私が経験した日本の歴史教育

(編集部注:2013年3月にBBCワールドジャパンのコーポレートサイトに掲載された記事を再掲載しています)

大井真理子記者

歴史装束を身に着けた日本の児童

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日本人は時折、1930年代から40年代の出来事に対して、近隣諸国が持つ根強い遺恨が理解できずに困惑する。それは20世紀の歴史を詳細に学ぶ機会が乏しいからではないだろうか。私自身、16歳でオーストラリアに留学した時点では、ほんのわずかな知識しか持っていなかった。

人類の起源から今日まで、何十万年にわたる歴史を、私は中学二年生の一年間で学んだ。14歳で、日本と世界の歴史的関係を初めて知ったことになる。

授業時間は、当時で年間105時間。週3回の授業で、20世紀まで駆け足で学んだのを覚えている。それでも「教科書の残りは読んでおいて」と言われた他校の友達に比べれば、恵まれていたと思う。

先日母校の聖心女子学院を訪問し、歴史担当だった社会科の先生方にお話をうかがった。

「第二次世界大戦(現代史)まで間に合うように教えるため、三学期は焦り気味になります」と言う。中学二年の時の歴史の先生は、聖心に着任した際、校長先生から「本校はアジアの姉妹校との繋がりも強く、生徒たちには近隣諸国との歴史的関係を正しく学んでほしいので、必ず近現代史まで教えて下さい」と言われたそうだ。17年前、先生が私たち生徒に、日本の戦争史の重要さと、それが今日の隣国との多くの時事問題の根幹につながっているとおっしゃったことを、今でも鮮明に覚えている。

大井記者が日本で使っていた教科書。南京大虐殺に関する記述は脚注にあるのみ
画像説明, 大井記者が日本で使っていた教科書。南京大虐殺に関する記述は脚注にあるのみ

同時に、それほど重要な時代なら、どうしてホモサピエンスや石器時代の歴史をはしょって、現代史をすぐに学ばないのか、不思議に思ったものだ。

しかし、ようやく20世紀史にたどり着いても、357ページある教科書のうち、1931年から1945年の史実に費やされていたのはたった19ページ。

満州事変に関して1ページ。日中戦争を引き起こした要因とされる出来事について1ページ。その中に、脚注として一行、南京事件が記されていた。

また「戦時中には、朝鮮人や中国人を日本に連行し、鉱山などで働かせた」という一文の後で、再び脚注だけで、日本帝国軍の慰安所で働かされた女性について書かれていた。

広島、長崎への原爆投下に関しても一文のみだった。もっと知りたいとは思ったが、当時の私は、自分の自由時間を使ってまで調べようとはしなかった。

母校の学友たちには、再度高校二年生の時に世界史を教科として学ぶ機会があったが、私はその時すでに海外留学で日本を離れていた。

留学先のオーストラリアでは、世界史を通史で学習するのではなく、重要な史実をいくつか選び、それに焦点を当てて勉強するのだと知った時の興奮を今でも覚えている。

国際バカロレア資格のための教科の一つとして歴史を希望したが、英語力のおぼつかない私が、膨大な英文資料を読破し、論文をまとめ上げるのは難しいと、先生方は反対だった。それでも敢えてその反対を押し切って歴史を選択し、初めての英語論文の題材として選んだのが「南京大虐殺」だ。

南京大虐殺に関しては、その事実関係に関する論争が絶えない。

30万人の中国人が殺害され、多くの女性が日本兵に強姦されたと主張する中国。それに対し、すべてがでっち上げだという日本の歴史家もいることを、およそ6か月間を費やし、多方面からの資料を調べるなかで知った。

藤岡信勝氏はそんな日本の歴史家の一人で、私がこの初めての英語論文を書くために日本から取り寄せて読んだ数多くの本の著者の一人でもある。

今回の取材で、藤岡氏に東京でお会いした。

「戦場だったわけですから、たくさんの人が亡くなりました。しかし虐殺や強姦が組織的に行われていたわけではありません」 

「中国政府は、日本のジャーナリストが南京事件について取材する時に、俳優を雇って被害者のふりをさせているのです」

藤岡氏は、中国が南京大虐殺の証拠だとして掲げる写真もでっち上げだという。

「例えば、南京大虐殺の証拠写真だと提示された斬られた首の写真が、国民党と共産党の内戦の写真としても使われていたりしています」

17歳の頃の私は、果たしてどの史観が正しいのか、結論を出そうとは思っていなかった。ただ、様々な議論を読むことで、少なくとも、なぜ今でも日本に対して良い感情を持たない中国人が多くいるのかだけは理解することができた。

日本の学生が、教科書の一行でしか読まない史実について、中国の子供たちは、南京大虐殺のみならず、詳細に学んでいる。それはあまりにも反日的だと批判もされている。

同様のことが韓国に関しても言える。このような教育の違いは、一つの史実に対して、非常に近い隣国間で全く違う認識を持つ子供たちを育てる結果となっている。

最も異論のある、顕著な例としてあげられるのが、従軍慰安婦問題だろう。

藤岡氏は、お金をもらって働いていた娼婦だと言う。しかし韓国や台湾などの近隣諸国は、日本軍によって強制的に連行された性的奴隷だと主張する。

このような議論の違いを知らずに、近隣諸国との領土問題、ましてや、なぜ中国や韓国で大々的な反日デモが起こるのか理解するのは難しい。

一般の中国人が、日本に対して激しい敵愾(てきがい)心を持ち、デモ行進する様子をテレビなどの報道で見て、日本人はその怒りに驚き、野蛮な行動だと思う人もいる。

また同じように、政治家が、本来戦争犠牲者を祀る靖国神社を参拝することに、なぜ近隣諸国が怒るのか疑問に思う人も多い。

靖国神社を訪れた日本の安倍晋三首相(2012年撮影)

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はたして現在、日本の若者はどのように歴史を学んでいるのか。

数人の学生に聞いてみた。

理系学部で学ぶ二十歳の大学生、ヨシダナミさんと姉のマイさんは、二人とも従軍慰安婦という言葉を聞いたことがないという。

「南京大虐殺は聞いたことがあるけれど、詳しいことは分かりません」

「学校では、もっと前の時代、江戸時代について詳しく習いました」とナミさんは言う。

17歳の高校生、ツカモトユウキ君は、満州事変や1910年の韓国併合などが、アジア諸国に日本が嫌われる要因だろうと言う。

「誰だって自分の国が侵略されるのは嫌だろうから、どうして彼らが怒っているのかは理解できます」

しかし、そんなユウキ君も従軍慰安婦については聞いたことがないという。

2012年9月中国で起きた反日デモ

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元教師で学者の松岡環氏は、日本の歴史教育が諸外国との外交問題の要因になっていると言う。

「中国や韓国が、日本軍の残虐行為に対して文句を言うことに、腹が立つという若者が増えていると思います。それは、どうして文句を言われるのか、史実をきちんと教えられていないからです」

これはとても危険な流れだと松岡氏は言う。

「インターネットで得る情報から、『日本は何も悪いことをしていない」と言う右翼の人たちの意見に影響される若者が増えていると思います」  

私が松岡氏のことを初めて知ったのは、数年前、南京にある戦争博物館を訪れ、南京事件の加害者とされる元日本兵たちのインタビュー映像を見た時だ。

「これまで被害者たちの証言は数多くありましたが、元日本兵たちの話も聞くべきだと思ったのです」

「実際にお話をうかがえるまで、何度も断られ、何年もかかりました。それでも250人におよぶ元日本兵からの話を聞くことができました。最終的には、殺人、強盗、強姦を認める方たちも何人かいました」と松岡氏は言う。

元兵士たちのインタビューを見て、私が一番印象に残っているのは、戦争犯罪を告白する、今や老人となった彼らの言葉ではなく、彼らの当時の年齢だった。

成人して間もない、自分より若い兵士たちが、戦場に派遣され、いったいどのように人間形成がなされたのだろうか。

博物館の展示を見ながら、私はとてつもなく複雑な感情に襲われ、胸苦しさを覚えた。母国日本が、幾度も「悪魔」と表記されているのを見る哀しみ。また、館内で見学する周りの中国人が、私が日本人だと気づいたら、いったいどうなるのだろうという不安。

それでもなお、私の心に大きくのしかかったのは、いったい何が、この若い日本兵たちを殺人や強姦に駆り立てたのかという疑問だった。

松岡氏が南京攻略戦に参戦した兵士の証言集を出版した時、彼女は日本の右翼グループからでっち上げだと非難され、数多くの脅しを受けたと言う。

松岡氏と藤岡氏は、日本の歴史教育について、正反対の主張をしている。

新しい歴史教科書をつくる会の藤岡氏は、従来の教科書は日本の歴史の負の部分を強調し、自虐的であると主張する。

「日本の教科書検定規定には、『近隣諸国条項』と呼ばれるものがあります。つまり、近隣アジア諸国との関係について記述する際は、国際協調と国際理解の見地から、必要な配慮がなされるべきだというものです。本当に馬鹿げている」と言う。

藤岡氏は「中学校の歴史教科書から、従軍慰安婦の記述を削除せよ」との声明で、圧力をかけた人としても知られている。

2001年に政府検定を通過した彼らの最初の歴史教科書には、南京市での中国人兵士や一般人の死について、少しばかり記述されているが、次作からは削除する予定だという。

しかし、「南京事件ってよく分からない」「従軍慰安婦って聞いたことがない」という若者が増えるのは、はたして日本にとって有益なのだろうか?

文部科学省の中学校学習指導要綱には、「日本と近隣アジア諸国との歴史的関係や、先の第二次世界大戦が人類全体に惨禍を及ぼしたことを理解させること」と示されている。

「すなわち、(1930年代に)日本の軍部が台頭して大陸での勢力を拡張したこと、中国との戦争が長期化したことを取り扱い、我が国が多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して、多大な被害を与えたこと、更には、日本各地への空襲や、沖縄戦、広島、長崎への原子爆弾投下など、日本国民が大きな惨禍を受けたことなどから、大戦が人類全体に惨禍を及ぼしたことを理解させ、国際協調と国際平和の実現に努めることが大切であることに気付かせることです」と、文部科学省の堀内昭彦氏は説明する。

「そのうえで、具体的な歴史的事象として、どのようなものを取り上げて指導を行うかについては、それぞれの学校が、地域や学校の状況や、生徒の発達段階などを踏まえて決めることとなります」とのことだ。

しかしながら、先述の松岡氏は「日本政府はあえて戦時中の日本の残虐行為を子供たちに教えないようにしている」と指摘する。

日本とオーストラリアの両国で歴史を学んだ私は、日本の通史教育のよさも知っている。子供たちは、数多くの歴史的出来事が、いつ、どのような順番で起こったかを、余すところなく理解できるからだ。

また、中高一貫校に通っていた私は幸運だったと思う。受験勉強を強いられる多くの学生は、膨大な史実を暗記しなくてはならず、社会科のみならず、全教科にわたって勉強しなければならない。

たとえ教科書の一文で、戦時中の残虐行為について読んだとしても、じっくり考える時間のゆとりはなかなか持てないだろう。

結果、近隣諸国、特に中国や韓国から、日本は戦争犯罪を隠蔽していると非難されている。

安倍晋三首相は中国の反日教育を批判する政治家の一人だ。

また、日本の子供たちが母国の過去を誇りに思えるように、藤岡氏が主張するような自虐的歴史教育を変えたいと公言し、従軍慰安婦の強制性を認めた1993年の河野官房長官談話を見直す意向を示している。

もし安倍首相が謝罪を取り消した場合、近隣諸国からの反発は避けられない。しかしその時、日本人の多くは、なぜそんな大騒ぎをするのか分からないでいるだろう。