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東京電力による自主点検データの隠蔽

東京電力による自主点検データの隠蔽・改竄事件に関する声明

日本原子力学会ヒューマンマシンシステム研究部会

目次 (下記の本文へリンクしています)

1.はじめに
2.隠蔽を招いた社会背景
3.対応策
4.おわりに

1. はじめに

 東京電力が1980年代から自主点検によって炉心シュラウド等の機器に異常を発見しておきながら規制当局に報告せず異常発見の事実を隠蔽し、あるいは点検記録を改竄していた事件は、JCO事故で失った原子力への社会的信用を再び失墜させるものであり、きわめて遺憾である。

 公開された情報から判断する限り、隠蔽された異常は何れも直ちに周辺公衆にリスクが及ぶほど重大なものとは認められない。しかし、いかに軽微な異常であってもその隠蔽は原子力安全の基盤である安全文化に反するものであり、隠蔽の行為そのものを原子力関係者は重大と受けとめなければならない。今回の事件では、公表を憚られるようなものでない異常の組織的隠蔽に東電が走った背景要因の解明と対策は原子力界にとって重要課題であると考える。

 また、本件はよく最近の大企業による不祥事との関連で報道され、企業倫理の問題として論じられることが多い。しかし、その背景には以下に述べるような原子力が置かれた社会環境要因があると考えられ、こうした本質的問題に目をつぶって一般的な企業倫理の側面だけを見て対策をとることは、有効でないばかりか状況をかえって悪くする恐れがある。したがって、安全文化再構築のために、組織的隠蔽を誘発した背景要因の分析に基づく適正な対応をとることが、規制を含む原子力界全体にとって不可欠である。

2. 隠蔽を招いた社会背景

 東電社員がGEIIに隠蔽あるいは記録改竄を指示した動機としては、異常を報告して修理などの対応を要求され、運転に支障を来すのを回避したかったことがあると報道されている。このことから、東電の各発電所の現場ではいかに軽微な異常でも発見したら直ちに修理などの対応をとらなければならないという社会規範が認識されていたようであるが、このような形式主義が工学的常識から考えて非合理的であることは明らかである。異常が軽微な場合、直ちに修理や取替えなど対応をとるべきか、状態を監視しながら機器の使用を継続して行くかは、機器が破損する最悪の場合も含むリスクと、直ちに対応することによる補修作業中のヒューマンエラーなどのリスクや余分なコストを勘案して判断するべきものである。このような合理的劣化・寿命管理を安全上重要でない機器に対しても認めないような規範は、正常な判断力を有する現場技術者にとっては本質的意味のない建前主義と映り、異常隠蔽などの違反を促進する情況を形成したものと考えられる。

 そしていったん軽微な異常の隠蔽が常習化すると、やがて軽微でない異常の隠蔽に対する抵抗も失われて行く。今回公表された異常隠蔽の中に、炉心スプレースパージャの亀裂が1件含まれている。亀裂そのものの発見部位は安全上重大とは言えないものの、安全上重要な系統であるECCS構成機器の異常であることを考えると、上記のような隠蔽拡大の兆候を見ることができ、軽微といえども異常隠蔽の常習化は非常に危険である。東電幹部は、こうした不適切な規範が違反促進になることに気づいて早期に改善措置をとっておくべきであった。

 また、このような情況に置かれた人間が違反行為に走ることは無理もないとはいえ、なお原子力の置かれた社会環境を考えれば、組織的不正がいかに重大な社会問題になるかについての感覚が当事者に欠けていたのではないだろうか。すなわち、不正を働いたとしても外部に発覚することはなく、また合理的判断に従う限りは何もやましいところはないと現場技術者が考えていたとすれば、技術センスに比べて社会センスが不足していたと言えよう。この点においても、東電は技術系社員の社会センスの涵養にもっと力を入れておくべきだった。

 さらに、上記の不適切な規範が形成された背景を考えると、次のような要因があげられる。

 まず、原子炉圧力容器や1次冷却系配管など圧力バウンダリの設計基準は、わが国では亀裂が全く存在しないという仮定に基づいている。しかし圧力バウンダリに対する維持基準が制定されていないため、技術基準適合義務によりいかなる亀裂も発見されたら直ちに修理しなければならないことになるが、これが圧力バウンダリ以外の構造物の劣化・寿命管理にも影響を与え、不適切な規範の形成につながったと推測される。圧力バウンダリに対して現実的な維持基準がないのはわが国だけであり、諸外国ではある程度の亀裂の存在を認めた上で、合理的劣化・寿命管理を行う維持基準を採用している。こうした現実的維持基準の制定を長年怠ってきたことは、規制当局ならびに専門家の手落ちであり、専門家は基準整備などにもっと関心と責任を持つべきであろう。

 つぎに、異常の発見を報告・公表した場合に発生する面倒な説明責任を、会社が回避したがったということが考えられる。異常のある機器を使用しつづけることは、原子力が置かれた社会状況から各方面の批難を招く可能性が濃厚であった。これに対して、東電は軽微な異常に限っては直ちに修理することが経済性ばかりでなく安全性の観点からも最上策でないことを説明して、合理的劣化・寿命管理に対する理解を得る必要があったが、修理や新品との交換という安易な対応でこうした労力を回避してきたのではないだろうか。

 こうした説明責任回避の傾向は、事業者だけでなく規制当局にも強く見られる。そもそも、軽微な異常に対する保守保全は事業者の自主的判断により行われ、規制当局への報告義務を課す場合でも報告は安全情報の社会共有という目的で行われるべきものである。しかし規制当局は、社会の不安にみずからの説明責任という形で応えることを避け、かわりに軽微な異常でも目に見える対応を事業者に迫るという形で規制を強化してきたのではないか。こうして拡大された規制の多くにも本質的意味のないものが含まれており、事業者による隠蔽や虚偽報告を助長する原因になっている恐れがある。また今回は、規制当局が内部告発情報を得た後に調査権限がないとの理由で2年間も放置していたことは、自主保安の範囲にまで介入している一方で説明がつかない。さらに、内部告発者が特定できる情報を事業者側に漏洩していたという報道があり、これが事実とすれば規制当局も社会センスの欠如を疑われる。

 このように事業者と規制当局の双方が事なかれ主義に走る一方で、地元、マスコミ、反対派などは実現不可能な絶対安全やトラブルゼロを要求する傾向が強く、安全上重大でない事象でも誇大に報道し、すぐに社会問題にするという状況が長年続いてきた。こうした社会風潮は現場技術者に対して絶対に失敗は許されないという過酷な精神圧力となり、正常な社会センスを失わせて違反を促進する。また同時に、事業者や規制当局の事なかれ主義を助長し、安易ではあるが非合理的対応が繰返されることになる。こうした社会風潮は、原子力安全にとってむしろマイナスであると言わざるを得ない。

3. 対応策

 原子力に対する社会的信用を回復するために今回の事件への対応として第一に必要なことは、他にも同様の隠蔽や改竄がなかったかを全事業者が自主的に徹底調査し、結果を公開することである。同様の異常は他のプラントでもかなりの頻度で起り得ると考えられるが、万一これらに報告漏れなどがあり、それが外部からの指摘や内部告発で発覚したりすれば、たとえ故意でなかったとしても原子力界が受けるダメージはもはや致命的である。また、圧力バウンダリなど安全上重要な機器についても、異常の隠蔽などがないことを社会に示すことが必要である。こうした対応の必要性は東電のみの問題ではなく、信用回復のために原子力界全体として早急に取組むべきである。

 つぎに必要なことは、不健全の悪循環を断つことである。工学的に無意味な規制や規範が現場技術者の違反を促進する情況を作り、不祥事が起ると組織の社会的信用を失い、パターナリズムが支配的な日本では世論が規制の強化を求める。事業者も規制当局も面倒な説明責任を回避して安易な解決に走りたがるので、無意味な規制や規範がますます増えて行く。こうした不健全の悪循環は原子力において極端であるが、この悪循環を断ち切らない限り安全管理はしだいに歪んだものとなり、安全レベルは努力と裏腹に切り下げられて行く恐れがある。

 こうした事態を打開するためにまず取組むべきことは、建前主義に基づく非現実的な規制や規範を廃し、規制においても自主保安においても工学的に意味のある維持基準を採用してそれを守ることである。その際には、民間基準や学会基準などの活用も検討すべきである。今回の事件に対する反応として、規制をさらに強化する動きがあると一部で報道されているが、安易な規制強化は違反促進にしかならずかえって危険である。強化が必要だとしても、その実効性を十分に評価・検証すべきであり、現行規制の中で意味のない規制はむしろ勇気をもって廃止すべきである。事件を起した東電ばかりでなく、こうした対策を怠ってきた規制当局の責任も重大である。現実的維持基準の制定が滞った組織社会的経緯も、今後の安全行政を健全化するために解明しておくべきであろう。

 つぎに、事業者も規制当局も従来の事なかれ主義を廃し、真の説明責任を果たすべきである。規制と自主保安の境界があいまいであることも説明責任の所在をあいまいにしているので、両者の境界を明確にするとともに、規制内容に関する説明責任は規制当局が、その他に関する説明責任は事業者が分担して負う覚悟を決める必要がある。その上で社会に対する透明性を高め、より一層の自主的な情報開示に踏み出すべきである。

 最後に、事業者は社内の技術者に対して技術の研鑚だけでなく、社会センスの涵養になるよう教育を行い、モラルの向上に努めるべきである。ただしこのような対策は、違反を促進する情況を取り除かない限り十分な効果がないことに注意すべきである。

4. おわりに

 ヒューマンマシンシステム研究部会では、かねてから安全文化の重要性を訴え、組織事故防止の方法や違反を促進する要因の発見などについて情報発信に努めてきたが、今回の事件によってその努力が不充分であったことを認めざるを得ない。特に、過度に厳しい規制や実行不可能な規範が違反を誘発する条件であることは、ヒューマンファクタの専門家には周知の事実であったが、これを事前に是正することができなかった。すなわち、こうした不適切な規制や規範を取り除くべく学会活動を組織し、オープンな場で議論・発言し、原子力界に向けて働きかけるべきであったが、こうしたことが十分でなかったことは反省すべきであると考える。したがって、今後とも違反促進要因、組織事故、安全文化などについて研究を重ねると同時に、その成果が原子力の現場に反映されるべく一層の努力が必要であると認識する。

 

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