司法はいまだにその誤りを認め、何らかの是正措置を取ることをしていない点である。同
じ過ちを繰り返さないためにも、司法は自らの非違に向き合う必要がある。
④死刑執行における問題
死刑執行については、通常の例と異なる以下の 2 点を指摘しておく。
まず、本人が再審請求を行っている事件で死刑が執行されることは、法律上は禁じられ
てはいないが通常はない。死刑という取り返しのつかない結果を招く刑罰についてはそれ
だけ慎重に決せられるべきものである。近時、話題になっている名張事件は名古屋高裁の
死刑判決が 1972(昭和 47)年に確定するが、40 年以上も経過した現在に至るまでその死
刑は執行されていない。しかし、F 氏については、1962(昭和 37)年 4 月に第 3 次の再審
請求が行われ、全国的な支援運動も広がりを見せ始めていたのであるが、法務大臣はその
年の 9 月 11 日に F 氏についての死刑執行指揮書に署名した。これに合わせたかのように 9
月 13 日、第 3 次再審請求は棄却される。翌 9 月 14 日、F 氏は福岡拘置所に送られそこで
死刑執行された。
2 点目は、その死刑執行に対する配慮が著しく欠けていた点である。菊池恵楓園の入所者
であった故入江信氏は、F 氏を助け、その再審請求を支えていた一人であるが、F 氏の弟か
らの知らせで 14 日のうちに死刑執行の事実を知る。翌 15 日 F 氏の弟とともに F 氏の遺体
引き取りに福岡拘置所へ行った。そこで分かったことは、遺留品の中に再審棄却決定書が
あったが再審請求が棄却されたことを F 氏が認識していたのかどうかは分からなかったこ
と、福岡拘置所に着いてどこかでしばらく落ち着くということもなく到着から 2 時間 30 分
で刑が執行されたこと、F 氏は最後まで娘さんのことを気にしていたこと、以前熊本の刑務
所にいたことがあって F 氏と会ったことがあるという福岡拘置所の教育部長が、F 氏に「い
よいよお別れだよ」と言うと、F 氏は「先生、どこかへご転勤ですか」と尋ね、また繰り返
して「お別れだよ」と言っても、F 氏は自分の死刑執行のことだと分からずそこで初めて死
刑の執行を告げたこと、だった(入江信「F 絞首の縄あとは深かった」、『菊池野』1964
年 9 月号)。
また、通常であれば、死刑執行に際しては、担当の教誨師が呼ばれ、最後の話をする機
会が与えられるものであるが、教誨師であった坂本克明氏には何の連絡もなく、坂本氏は
死刑執行を後で聞かされた(坂本克明「F 事件について」)。
福岡拘置所に収容することなく死刑執行したのは、ハンセン病患者を福岡拘置所に置く
ことはできないとの偏見によるものだと思われる。急いだ執行は、それ以上の運動の盛り
上がりが隔離政策の根本を揺るがすものにならないかという恐れを表しているのかもしれ
ない。いずれにしても、F 氏の命は著しく軽いものとして扱われたことは否めない。
再審を担当していた関原勇弁護士は死刑の執行を恐れ、どこかに連れて行かれる時は執
行だから、必死で抵抗するようにと言っていたというから、福岡に着いても自分の死刑執
行だと知らなかったとすれば、何か虚偽の事実が告げられて、だまされた形で福岡へ連れ