Untitled
氷 43号 1997
3. 降水の酸性化 (酸性雨)
北海道環境科学研究センター 研究員 野口
泉
11. はじめに
日本では雨の名称だけでも霧雨、小雨、雷雨、
大雨、 五月雨、梅雨、 秋雨、 時雨、氷雨、驟雨、
夕立、長雨、雨、通り雨・・・など、雨や雪
(降水)に関する名称は数多い。これは日本人が
降水に強い関心をもっていることを示している。
降水は作物の出来不出来を左右し、 多く降れば水
害、 土砂崩れなどを、 降らなければ干ばつ、飲料
水不足などを引き起こす。 これらは雨の名称に示
されるように、降水量、 降水時間、 季節 (気温)
などに関する要素の影響が大きく、これらの要素
は降水の物理的性質と言える。
び海(海塩)などが主な発生源であった。 しかし、
産業革命以降の人間の活動、 特に石油や石炭など
の化石燃料の使用量が増加するに従って、 大気中
に二酸化硫黄(SO2) や窒素酸化物 (NOx) な
どのいわゆる大気汚染物質が多く排出されるよう
になった。これらが降水に多く含まれるようにな
り、湖沼や森林に影響を与えるようになった(図
1参照)。 これらの大気汚染物質は硫酸
(H2SO4) や硝酸 (HNO)として降水に取り
込まれるため、この環境問題は「酸性雨」(降水の
酸性化)と呼ばれる。
降水中に溶けている物質は分離し、 成分として
検出される場合が多い。 特に酸性雨に関係する物
質はイオン成分として降水中に存在する。 主なイ
原因物質の放出 輸送と反応
一方、 降水は自然界の水の循環の一部分である
が、水は様々な物質を溶かすことができる最も優
れた溶媒である。 例えばスープの種類の
多さと味の複雑さは、水が数多くの物質
を溶かすことができるからである。 また
水は生物の体内でも栄養分を溶かして
ぶなど、 生物になくてはならない役割を
果たしている。 そのため別の視点からみ
ると、水の循環は水に含まれた物質の移
動とみなすことができる。 すなわち降水
は大気から土壌、 河川・湖沼へ物質を運
ぶ現象と考えることができる。 これらは、
降水の化学的性質と言える。 この降水の
化学的性質が、 現在重大な問題になって
H2SO4
HNO3
沈着
H2SO4
HNO3
湿性
SO
NO:
乾性沈
いる。
発生源
2. 降水の化学的性質
降水の中には大気中に存在する様々な
物質が溶けている。 従来は土壌や植物及
82
TT
森林
湖沼など
図1 酸性雨の全体像 (原、 1991)
細氷 43号 1997
オン成分は、 硫酸イオン (SO) 硝酸イオン
(NO.)、 塩化物イオン (C1-) などの陰イオン、
水素イオン(H+)、ナトリウムイオン(Na)、
カリウムイオン (K+)、 カルシウムイオン
(Ca2+)、マグネシウムイオン (Mg2+) 及びア
アンモニウムイオン(NH) などの陽イオンであ
る(図2参照)。
H+濃度は、新聞などでしばしば報道される
-「pH」 という指標で表されることが多い。 これ
は酸の強さを表す指標で、数字が小さいほど酸が
強く、H+濃度が高いことを示す。 またpHは4と
3では10倍、4と2では100倍H+濃度が高いこと
を表す。H+濃度や沈着量(濃度×降水量)は、
後述する臨界負荷量などに用いられ、降水の酸性
化のみならず、土壌や陸水の酸性化を予測するた
ための重要な指標である。 なお、 H+濃度は他の成
分 (陽イオン、 陰イオン) のバランスによって決
定され、陰イオンの和からHを除く陽イオンの
和を引いた値がH+になる。
NaClMg2+は、日本では主に海塩由来
の成分と考えられている。 (SO、Ca²+などは
海塩に由来する成分と他の発生源に由来する成分
があり、 Na+を基準に海塩組成比から非海塩由来
SO、Ca2+を算出し、これらをnss-SOに、
nss-Ca 2+ と表す (nssはnon sea saltの略)。
無
機イオン成
溶解性成
降水中の成分
分
分
陰イオン:
SOは、火山から排出されるガス、微生
物活動によって排出される硫化水素などの自然発
生源由来の場合があるが、 主に化石燃料の燃焼に
よって発生する硫黄酸化物に由来する成分であり、
硫酸として降水に含まれることが多い。 そのため、
その濃度や沈着量は降水の酸性化、 土壌や陸水の
酸性化に関する重要な指標である。
NO3 は、主に化石燃料の燃焼によって発生す
ある窒素酸化物に由来する成分であり、硝酸として
降水に含まれることが多い。 そのため、 降水にお
いてはnss- SO錠とともに酸性成分と呼ばれる。
しかし土壌中では、微生物の活動に使われる際に
土壌の酸性化を抑制する働きをする場合がある。
また陸水では、湖沼の富栄養化の原因となる栄養
塩である。 その濃度や沈着量はH*, nss-SO4-
と同様に降水の酸性化、 土壌や陸水の酸性化など
に関する重要な指標である。
NHは、農業で使われる肥料や酪農の家畜の
糞尿、さらに化石燃料の燃焼などに由来する成分
である。降水においては酸を中和するアルカリ成
分であるが、 土壌中では微生物の活動に使われる
際に土壌の酸性化を促進する働きをする場合があ
る。またNO」と同様に、陸水では湖沼の富栄養
化の原因となる栄養塩である。 その濃度や沈着量
はH NO. と共に土壌の酸性化などの重要な指
(SO NO C1, HCO CO3、
"F" PONOz・・・・など)
陽イオン
有機成分
不溶解性成分
(H+ NH、Na*、 K+ Mg2+ Ca2+、
Fe2+ Al3+ Mn2+・・・・・など)
図2 降水中の成分
83
標である。
氷 43号 1997
nss - Ca2+は、土壌粒子 (黄砂など)、道路粉
等に由来する成分であり、酸を中和するアルカ
リ成分である。H+濃度、沈着量の増加は、
nssCa2+濃度、沈着量の減少によっても引き起
こされることから、 降水の酸性化に関する重要な
指標である。
K+濃度や沈着量は、 降水試料が植物の種子や
葉、鳥の糞尿などに汚染されていないことを調べ
る上で重要な指標である。
これらの成分は、前述したように陽イオン、陰
イオンに分けられるが、陰イオンの和と陽イオン
の和がほぼ等しくなることなどによって、分析結
果の精度を確認する方法が確立されている。
3. 降水の酸性化の評価
降水の酸性化の評価方法は2種類あり、一つは
降水のpH、もう一つはイオン成分の負荷量であ
る。
Hの場合、しばしばpH5.6という値が用いら
れる。これは蒸留水に大気中の二酸化炭素が十分
とけ込んだ時のpH値であるため用いられる。 し
かし実際の環境では、 火山の周辺地域やアルカリ
成分を多く含んだ土壌地帯もあり、 自然由来の成
分によっても降水のpHは大きく変わる。 また前
述したように降水中では酸性化に働くが、 土壌や
陸水中では酸性化を抑制する成分 (NOz) やそ
の逆の働きをする成分 (NH) もあり、陽イオ
ンと陰イオンのバランスで決定されるpHのみで
は、降水による環境への影響を把握することは難
しい。
イオン成分の負荷量による評価方法としては臨
界負荷量と呼ばれる指標がある。 負荷量とは、各
成分の沈着する総量のことである(例えば1年間
1㎡当たり何トンのHが降ってきたか? な
ど)。臨界負荷量は、 被害が発生する限界の負荷
量を経験的に求めた値である。 すなわち、欧州や
北米などにおいて実際に酸性化した湖に降ってい
た降水中の成分の量を基準にする方法である。 し
かし、影響を受ける陸水や土壌の酸に対する緩衝
84
作用等は複雑で、 現在も様々なモデルが提案され
ており、これらは各地域の地質、 植生、 気候及び
風土などによっても異なることから、 まだ検討し
なければならない問題が多く残されている。
これらのことから、 現在はまだ酸性雨の明確な
基準を設定することは難しいと考えられている。
4.降水の酸性化の歴史
欧州、北米及び日本における酸性雨に関する主
な歴史的経緯を表1に示す。
酸性雨 (Acid rain) という言葉は、19世紀後
半、英国のアンガス・スミスが著書
「大気と雨」において当時の大気汚染を形容する
のに初めて用いた言葉である。 しかし、当時は健
康被害を引き起こす局地的な大気汚染問題が主で
あり、降水の酸性化はその副産物でしかなかった。
むしろ降水は大気汚染物質を取り除いてくれるま
さに「恵みの雨」 であったのである。 その後、 局
地的な大気汚染問題を解消するため、欧州などで
は煙突を高くして大気汚染物質を遠くへ拡散させ
る対策をとった。これにより、工場近くの大気中
の汚染物質濃度は減少したが、 排出される量は増
加の一途をたどった。 そのため、大気汚染物質の
発生源から遠く離れた地域でありながら、 降水中
には多くの大気汚染物質が含まれるようになった
のである。 これらの地域の中には土壌の耐酸性が
弱い地域もあり、生態系を破壊するほどの土壌や
陸水の酸性化がみられるようになった。 この時、
降水の酸性化、いわゆる酸性雨問題がはじめて認
識されたのである。 このような降水の酸性化は欧
州や北米では改善されつつあるが、 世界的には大
気汚染物質の排出量は減少しておらず、 産業革命
以来進行しつづけていると考えられている (図3
参照)。 特に現在、 アジアなどの発展途上国にお
けるエネルギー消費量の増加は著しい。 そのため
降水の酸性化に関わる世界の研究者は、 東アジア
を今後最も被害が予想される地域として指摘して
おり、日本もこの地域に含まれている
日本において初めて降水の酸性化が認識された
のは、1970年代に目や皮膚の刺激などの霧雨によ
細氷 43号 1997
表 1
酸性雨に係わる取り組みの移り変わり (抜粋)
1872年
1880年
1911年
ノルウェー南部で初めてのサケの大量死。
1948年
ヨーロッパ
英国のアンガス・スミスが著書 「Air and Rain」 の中で初めて酸性雨という言葉を用い, 当時の英国の大気汚染を形容した。
死者1200人を出す「ロンドン・スモッグ」 が発生する。
スウェーデンのハンス・エグナーは初めての広域調査となる降水モニタリングを始めた。
1952年
死者4000人を出す最悪の 「ロンドン・スモッグ」 が発生する。
1957年
「国際地球観測年」を契機に全欧州の観測網が整備された。
1968年
スウェーデンのスパンテ・オーデンは北欧の酸性雨の原因物質が英国や欧州中部から飛来することを検証した。
1972年
ストックホルムで第1回国連環境会議が開催され、 国境を越えた大気汚染が題になる。
1977年
大気汚染物質の監視と長距離輸送の評価に関する協同研究計画 (EMEP)が発足する。
1979年
欧州経済委員会 (UNECE) において, 国際間で協力して酸性雨に取り組むことをうたった「ジュネーブ条約」を採択した。
大気汚染、降水調査のためのヨーロッパ監視評価計画 (EMEP) が実施される。
1985年
1992年
SO2の排出量を30%削減することを定めた 「ヘルシンキ議定書」 が締結される。
「環境と開発に関する国連会議」 (地球サミット) にて 「アジェンダ21」が採択される。
アメリカ、カナダ
1948年
ピッツバーグの郊外ドノラでスモッグ発生, 6000人が健康被害を受け、20人が死亡。
1963年
「大気浄化法」が制定される。
1963年
ジーン・ライケンスが降水の観測を始める。
1970年
「大気浄化法」が改正される。
1972年
カナダのハロルド・ハーベイが. 湖の酸性化と魚類の死滅に関して発表。
1973年
全米の小中学生による酸性雨調査が行われる。
1976年
「大気降下物評価計画」 (NADP)が発足する。
1978年
「酸性降下物調査計画」 (NAPAP)がNADPを母体として発足する。
1979年
1980年
1984年
UNECEにおいて,国際間で協力して酸性雨に取り組むことをうたった「ジュネーブ条約」を米国。 カナダも同時に採択した。
アメリカで 「酸性降下物法」が制定される。
カナダで 「SO2排出削減計画」が策定される。
1980年
アメリカで 「新大気浄化法」 が制定される。
1992年
「環境と開発に関する国連会議 (地球サミット) にて 「アジェンダ21」が採択される。
日本
1884年
足尾銅山で銅の精錬が始まる。
1973年
1974年
関東地方を中心に霧雨による目や皮膚の刺激などに対する住民の訴えが相次ぎ、キュウリやタバコの葉が茶褐色に枯れる。
関東地方を中心に前年を大きく超える3万人以上の住民の訴えがある。
1975年
関東地方で 「湿性大気汚染調査」 が始まる。
1983年
環境庁の「第一次酸性雨対策調査」 が始まる。
1985年
関東地方のスギ枯れと酸性雨, オキシダントに関して初めて報告される。
1988年
環境庁の「第二次酸性雨対策調査」 が始まる。
1990年
中部山岳地帯の河川のpHが低下しつつあることが報告される。
1992年
1993年
「環境と開発に関する国連会議」 (地球サミット) にて 「アジェンダ21」が採択される。
環境庁の「第三次酸性雨対策調査」が始まる。
「第1回東アジア酸性雨モニタリングネットワークに関する専門家会合」 が開催される。
85
細氷 43号 1997
る健康影響によってであった。 その後健康影響に
関する報告は減少したが、 降水の酸性化の影響に
関する調査研究は全国に拡大した。 その中では、
関東地方のスギ枯れや苫小牧地方のストローブマ
ツの異常葉、広島の松の立ち枯れ、 神奈川の大
山、 群馬の赤城山、 さらに記憶に新しい奥日光に
おける種々の樹木の立ち枯れや日本海側の地域に
おけるナラ類の枯死などの植物影響が観測されて
おり、酸性降水や酸性霧との関連が検討されてい
グリーンランド
1989 Om-
スピッツベルゲン島(スパールバル諸島)
Om:
¥40m
1900
る。また陸水への影響についても、中部山岳地帯
の河川のpH低下などが報告されている。
年代
-80m-
1800-
ラキ山噴火
(1783)
40m
$120m
1700
5. 降水の酸性度
実際に土壌、 陸水の酸性化が起こった欧州や北
米の降水の平均pHの分布を図4、5に、また日
本の平均pHの分布を図6、7に示す。 また世界
の降水中のSONO 濃度及び沈着量を図8、
9に示す
1600) G160mm
1500
-80m
-200m-
ボーリングの
|谍度
1400
5.1. 5.2
5.3
pH
5.4 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 5.6 5.7 5.8 5.9
PH
5.4
4.94
5.1
5.1
5.3
図3 18世紀後半から酸性が強くなってきた北極
圏の氷雪層(藤井理行、 1991)
5.0
4.8
5.3
4.6
15.2
5.2
-4.3 4.5 4.7
(5.2
5.2
S.3
/5.4
5.3
5.3 5.3
5.5.5.3
5.3 5.6
5.7
5.2
5.5
5.4.
4.8
壁は河川湖沼の性化した地域
出典: Co-operauve Program for Monitoring and Evaluation of the
Long-Range Transmission of Air Pollutants in Europe..
砲)は河川湖沼の酸性化した地域。
出典: Pacific Northwest Laboratory.
図4 欧州の酸性雨の状況
図5 北米での酸性雨の状況
86
降水中のpH分布
第2次調查/平成5年度/6年度/7年度
細氷43号 1997
利民
4. 3/4, 9/15. 31/15, 31
新氣
**/14. 81/5.0/5.
礼牒
5. 2/5.1/4.7/4. 6
対
北九州
立山
建服
-/-4.1/4.9
尾花沢
-/-/14, 37/4.8
4. 6/4. 6/4. 5/4. 8
4. 6/46/4. 6/4.7
酥
4. 6/4 7/4.1/4.7
八方尾枝
-/-/4 7/14. 91
NG //14.77/4.3
~/--/4.0/4. ò
京靠弥柴
1-1-14.3
MR -/-/4, 6/4.7
4.9/4. 91/5, 1/4.5
松江工业
4. 7/4.9/4.8/4, 1
桂田
-/-/4, 7/4.6
5. 0/4.8/5.2/5.2
4. 374. 3/14. 77/4.9
有提小雄
4. 6/4.9/4. 7/4.8
-/-/14.
/ 14. 81/4.3
大牟田
5.0/5, 3/5.5/5. 5
||-/—/[4. 31/54, 61
言補品
4. 5/14, 63/4. 4/46
S. 3/5. 9/5. 7/5. 3
大分入住 •
-/-/4.5/4.7
-/4.6/4.6
犬山
91/4.8
-/-/44.974 8
商品
5.0/5. 2/4. 9/4. 81
仙台
5. 3/5, 3/15. 31/5. E
-/-/-/15.01
改装
4. 9/(4.3]/[4, 5]/[(4.7]
洗菜
4.7/5, 3/5. 0/5, 2
廠
5. 5/14.9/5.6/5. 7
市原
4.9/5.2/5. 5/5.3
川哥
4.7/5. 1/4.7/4. 8
分页
-/-/-/4.8
4.5/4. 7/4, 3/4. 7
5.8/5. 3/5. 3/4. 7
京都八戒
4. 5/4 1/4 7/4.8
大阪・・
4.6/4.8/4, 5/4.7
條
4.7/5.0/4.3/4. S
豆呼
-/-/4.5/4.6
这款
4. 6/4, 7/4, 7/4, 5
英
5.3/5.5/5.0/5. 1
沖繩四路
-/-/14.91/4.9
-
未滿足
():
有効判定により美された平均(参考値)
冬季に取を使用したため選された平均
1)第2次調査 平成元年度から4年式までの平均値である。
小三路
5.1/5.1/5. 3/5. 3
平成三度と平成5以降では測定所位置が異なる。
図6 第3次酸性雨対策調查中間結果
87
سے
欧州や北米では、いずれもpH5.0以下
の範囲で河川や湖沼の酸性化した地域が
みられ、pH4.5以下ではより多くなって
いることがわかる。 一方、日本において
もほとんどの地域でpHは5.0以下を示し
ており、一部地域では年平均pHが4.5以
下を示す場合もみられる。 また世界の降
水中のSO NO 濃度及び沈着量の50
%値をみると、日本の値はいずれも欧州
と北米の中間の値を示している。これら
のことから、日本の降水はpH、SO、
NO; 濃度及び沈着量とも欧州や北米と
同程度であり、土壌などの緩衝作用が同
程度であればいつなんらかの被害が発生
してもおかしくない状況にある。 一方、
土壌の耐酸性に関する実験結果では日本
の土壌は酸に対する緩衝能力に優れてい
る土壌が多く、欧州や北米のような土壌、
陸水の酸性化は起こりにくいと考えられ
ている。
細氷 43号 1997
1991~93年度
平均pH
4.6 4.7 4.8
4.9
40
5
図7 1991-93年度全国公害研酸性雨合同調査結果
北極圈雪氷
C31% D:16
C14
C35, 'D:30 1
しかし、前述したようにエネルギー消
費量の増加が著しいアジアでは、近い将
来、過去の欧州や北米以上の大気汚染物
質が排出されると考えられており、日本
においてもこれらの影響は避けられない。
そのため降水の酸性化が進むと、将来は、
土壌、陸水の酸性化が出現することが考
えられる。 なお、 現在の降水が降り続い
た場合に自然生態系に影響が出るまでに
は、10~40年程度かかるという報告があ
る。
C.15. D:15 ↓
日本
C.17. D:23
C70,D:64. T
C.6, D:7
C.4, D:7
C5, D:8
海洋
C0.5
H (Cumoi L, D:m mol m-2 y-1)
土:増加傾向:減少傾向、 さい傾向・
C3, D:4
北海道の降水のpHを図10、11に示す。
北海道では、都市部である札幌圏及び旭
川などで平均pHは低い値を示し、 全道
的には日本海側でHが低い傾向がみら
れる。 またSO2は道央部や日本海側の
地域で濃度が高く、沈着量が多い傾向が
みられ、NO」は道央部の地域で濃度が
高く、 沈着量が多い傾向がみられている
図8 世界のSO1-濃度(C)及び沈着量(D)の50%値
北極圈雪氷
C.7.
C.15, D:12
C13, D:20
C16,D:211
C.5. D:4
C4, D.3
C.9. D:23
南極
1C0.6
| 海洋
単位(C. μmoi L・Dim molm-2y-1)
増加傾向減少傾向:機構這い傾向
C3, D:4
図9 世界のNO 濃度(C) 及び沈着量(D)の50%値
C.35, D:30
Q15. D:10
日本
88
0
・稚内(5.1)
on
旭川
· 北見
(4.7)
札幌 (4.6)
千葉(4.8)
(4.8)
(4.9)
苫小牧東部
苫小牧(4.8)
函館(5.3)
(4.8)
細氷 43号 1997
>5.1
5.1~5.0
<5.0
図10 北海道各地の降水のpH
(昭和57昭和63年度)
札幌における長期調査結果を図2に示
す。 1990年前後を境に、pHが低下し、
H+沈着量が増加する傾向がみられる。
これは、アスファルト粉じんが減少した
ため、 降水中のnss-Ca+濃度、沈着量
が減少したことに起因する。 酸性成分で
あるnss SONO3は濃度、沈着量
とも減少か横這いの傾向にあり、アルカ
リ成分の減少による降水の酸性化が起
こっていると考えられる。この酸性化は
冬期に顕著であり、 程度や時期の差はあ
るが、 道内の各地域でも同様の傾向がみ
られている。 また北海道と同じくスパイ
クタイヤを使用していた東北地域におい
ても、同様の雪の酸性化が進んでいる。
なお、酸性雨を中和していたアスファル
ト粉じんには石油精製の残さ等が含まれ
ており、アスファルト粉じん問題が続い
ていたならば、 重金属や化学物質による
環境汚染が問題となっていたことが考え
られる。この様に、様々な環境問題は複
雑に関連していることを示しており、環
境問題の対策は難しいことが分かる。
北海道における降水を考える場合、 雪
の降水量は多く、 降水時間は長いため、
雨と同程度かそれ以上に雪を重要視しな
7
6
5
図11 北海道全域の雨水のpH分布
(1988年8月-10月)
'84'85 *86
meg/m2/30 days
87
88 '89
90
H+沈着量
3
2
91 92 93
94
95 96 97
WW
M
84 85 *86 87 '88 89
meg/m2/30days
90 91. 92 93 94
95 96 97
25
nss-5042-沈着量
20
15
10
5
0
84 85 '86 '87 *88 '89 90
meg/m2/30days
91
92 93 94 95 96 97
3 NO3" 沈着量
2
84 85 *86 '87 88 89 90
meq/m2/30days
91 92 93
95 96
97
30 nss-Ca2+沈着量
20
10
MA
0
*84'85 '86 '87 '88 89 90 91 92 93 94 95 96
97
・冬(12~2) 春(3~5) 夏(6~8) 秋(9~11)
図12 札幌における降水調査結果の長期的変動
—
89
-
細氷 43号 1997
ければならない。 しかしながら、 酸性雪
は環境への影響に関して雨と異なる作用
をすることはそれほど知られていない。
雨は降ると同時に、 植物や土壌に接触し、
河川や湖に比較的短時間で流出するが、
雪は積雪として春先の融雪時まで蓄えら
れる。この時雪に含まれる酸性成分も同
様に積雪中に蓄えられる。 東北などでは
積雪期間中も成分の溶出が起こるが、 北
海道では春先の融雪時まで蓄積される。
積雪中の成分は融雪率20%で50%の成分
が、融雪率50%で80%の成分が流出する
という報告がある。そのため融雪初期に
は濃縮されたpHの低い融雪水が流出す
る。 春先はまだ土壌が凍っている場合も
多く、 また融雪水は積雪中の氷板を伝っ
て流出することも多いため、 土壌の緩衝
をあまり受けずに河川や湖沼に作用する。
そのため融雪水の陸水生態系に及ぼす影
響は、短期的であるが雨の場合に比べて
大きいと考えられている。
北海道の積雪のpH分布、及びその長
期的変動を図13に示す。積雪水量の多い
日本海側の地域でpHが低い傾向が見ら
れる。また前述したようにアスファルト
粉じんが減少したため、 1988年と比べ、
1992年、1996年はpHが低下している。
そのため、日本海側などの地域では融雪
水による環境への影響が顕著に増大して
いると考えられる。 北海道においては、
平成9年度から融雪水の陸水に対する影
響について調査研究を始めているところ
であり、今後の結果が待たれる。
6. 将来の酸性雨対策
1992年の地球サミットにおいて採択さ
れたアジェンダ21では、 越境大気汚染の
観測・評価、抑制のための地域協定の制
定・実施、 排出物の削減およびそのため
の戦略の策定が目標として規定された。
1988
1992
1996
□□
>6.0
5.5-6.0
5.0-5.5
<5.0
>5.2
5.0-5.2
4.8-5.0
<4.8
>5.2
5.0~5.2
4.8-5.0
<4.8
図13 北海道の積雪のpH分布
90
細氷 43号 1997
その後環境庁は、国内では環境の酸性化の未然防
止を図るべく、 種々のリサーチを行いつつある。
また国際的には、 欧州 (EMEP)、 北米のモニタ
リングネットワーク (NAPAP) に続いて環境
の酸性化が顕在化すると懸念されている東アジア
における酸性雨モニタリングネットワークの構築
に先頭に立って取り組んでいる(2000年にはモニ
タリングが開始される予定である)。 また地方公
共団体においては国内300か所を越える酸性雨モ
ニタリングを、民間では電力中央研究所が日本、
中国及び韓国等で酸性雨モニタリングを行ってい
る。さらに気象庁も世界気象機構とともに日本や
アジアの降水化学に対するモニタリングを始めて
いる。 このようなリサーチやモニタリング結果に
より、「どこの国から排出された大気汚染物質が、
どこの国のどの地域にどれだけ影響を及ぼす
か?」、また「どこで森林の衰退や河川、湖沼の
酸性化が進んでいるか?」 などの課題が明らかに
オゾン層の破壊
されるであろう。 さらにこの結果を世界に公表す
ることによって、 各国の対策を促し、酸性雨の原
因となる大気汚染物質の排出を抑制することが可
能となる。
7. おわりに
ここでは降水の酸性化を中心に示したが大気の
酸性化は降水のみでなく、酸性霧 (雲)、またが
スエアロゾルによる乾性沈着によっても引き起
こされ、その影響は森林、 農作物、 土壌、陸水の
みでなく、建物や文化財、人間の健康、 災害にま
で及ぶと考えられている。 環境の酸性化は局地的
な被害が発生する問題であり、北海道のような地
方公共団体が対応すべき点は多い。しかし一方で
は越境大気汚染が原因となる問題でもあり、北海
道だけでは解決できない問題である。 また前述し
たアスファルト粉じんと酸性雨の問題のように、
酸性雨の問題は他の環境問題とも関連があり(図
14に参照) 地方自治体、国、 国
際レベルの連携による総合的、
科学的な調査研究、 対策が必要
である。
熱帶雨林
焼き畑に
よる汚染
物質
汚染物質の
酸化促進
温暖化
降水量
の増加」
樹木の活力低下
メタン、炭酸ガス
この発生
緩衡能力低下
裕出
砂漠化
酸性雨
重金属污染
樹木の活力
低下
飲料水中激
硫化メチル
栄養塩、
度の増加
ミネラル
参考図書
·富栄養化
図14 酸性雨を取りまく環境問題
アスベスト
1. 石弘之: 「酸性雨」、 岩波新書 1992
2. 村野健太郎: 「酸性雨と酸性霧」、 裳華房、 1993
3. 溝口 次夫ら 「酸性雨の科学と対策」 丸善 1994
91.