海外で注目されているニュースなのに、なぜか日本では取り上げられないニュースがある。軽視されているのか、なんらかの理由で無視されているのか。あるいは特段の理由はなく、単に意味を読み取るが難しいだけなのか。理由は単一ではないだろうが、そういうニュースがあればできるだけ、ブログで拾うようにしている。このところのニュースでは、フランスでロマの女学生が学校で拘束され強制送還された事件が半ば日本では無視されていた。
 日本でまったく報道されなかったわけではない。だが、時系列を整理して、日本での着目度や、何に着目した報道だったかを検討してみると興味深い。
 この種類のニュースで日本語で報道されることが多いのは、AFPによるものだ。今回も17日に報道があった。「15歳ロマの少女を学校行事中に拘束・送還、仏閣内に亀裂」(参照)である。


【10月17日 AFP】フランスで、ロマ民族の15歳の少女が校外での学校行事に参加中にスクールバスから降ろされて警察に身柄を拘束され、その日のうちにコソボに強制送還されたことが分かり、不法移民の取り扱いをめぐって仏政府内部で閣僚が対立する事態となっている。
 発端は今月9日、東部の町ルビエ(Levier)でロマ民族のレオナルダ・ディブラニ(Leonarda Dibrani)さん(15)が学校行事でバス移動中に警察に身柄を拘束されたことだ。この事件は今週になって初めて、就学年齢の子どもの強制退去処分に反対するNGO団体「国境なき教育網(Network for Education without Borders、RESF)」によって明らかにされた。
 当日の詳しい状況は不明だが、その場に居合わせた教師の話と内務省の主張はいずれも、レオナルダさんが他の生徒たちの目の前で拘束されたわけではないとの点は一致している。しかしこの教師がRESFを通じて公表したところによれば、他の生徒たちは何が起きているのかを完全に認識しており、ひどいショックを受けているという。
 レオナルダさん本人は次のように当時の様子を説明している。「友達も先生もみんな泣いていました。中には、警察が私を捜していると知って『誰か殺したの』とか『何か盗んだの』とか直接聞いてくる子もいました。バスまでやって来た警察は私に降りるよう言い、それからコソボに帰らなければならないと告げました」

 事件があったのは、9日のことだが、これが大きなニュースとなったきっかけは同報道にあるように「国境なき教育網(Network for Education without Borders、RESF)」が「今週」明らかにしたことによる。今週は14日以降である。
 ニュースになる理由は、誰でもわかるように就学中の学生を強制送還するというようなことがフランスのような先進国で行われたこと、また行われているということである。
 だが、このニュースにはもう少し複雑な陰影がある。この点もAFPが触れている。フランス内政の問題である。あとで触れるがEUの問題でもある。

■割れる仏政界、「学校は聖域」と与党左派
 バンサン・ペイヨン(Vincent Peillon)国民教育相は「学校は聖域であるべきだ。われわれは権利と人間性に基づいた指針を保持しなければならない」と主張している。
 これに対しマニュエル・バルス(Manuel Valls)内相は、レオナルダさんとその両親、1歳~17歳のきょうだい5人の強制送還は正しい措置だったと反論する一方、対応に問題がなかったかどうか見直すよう関係各所に命じた。同内相の説明によると、一家の強制送還は既存の手続きに沿ったもので、亡命申請が却下されたためだという。
 与党内の左派勢力から噴出した強い批判を受け、ジャンマルク・エロー(Jean-Marc Ayrault)首相もレオナルダさんの権利が侵害されたことが確認されれば、一家がフランスに戻れるように手配すると約束した。
 一方、野党議員はバルス内相の見解を支持し、強制送還処分が取り消されればフランスが不法移民を歓迎しているとの誤ったメッセージを発信することになると警告している。

 ごく簡単に言うと、「与党内の左派勢力から噴出した強い批判」ということからわかるように、オランド政権によるロマ排斥をバルス内相が汚れ役として引き受けているということだ。
 この問題に注視してきた人は知っているように、ロマ排斥を強行に進めてきたのは、右派とも見られることもあったサルコジ政権だったので、今回左派勢力としても事態に困惑しているかに見える。が、左派勢力にはあとで述べるが、別の思惑もありそうだ。
 今回のニュースがさらに大きな話題となったのは、AFP報道の翌日の18日の、ロマの少女の強制送還に抗議する高校生のデモが着目されたからだった。
 この話題は、日本の報道を見渡すと東京新聞系が19日朝刊で拾っていた。「移民送還 仏デモ拡大 政府批判、全土に」(参照)。

【パリ=野村悦芳】フランスで今月、少数民族ロマの女子中学生が、同級生の前で警察に連行され、その後、国外退去を強いられた。オランド大統領の左派政権に対し人権軽視の批判が起き、パリなどでは処分に抗議する高校生らが十八日、デモを繰り広げた。一方で、反移民の極右政党、国民戦線が支持を拡大しており、フランスが抱える移民問題の難しさが浮き彫りになっている。
 パリ中心部では約二十校の生徒が、労組メンバーらとともに、政府批判を連呼した。高校生の大規模デモは十七日からフランス全土に広がっている。

 この時点で三点、注目したい。一つは、ロマ学生排斥といった政治問題に、フランスの高校生が意識的に参加していること。二点めは、労働組合などがオランド政権を明確に批判していること。三点目は、右派政党がロマ排除を支持していることだ。記事では「反移民の極右政党、国民戦線」と表現されているが、この動向は「極右」とのみだと言いがたい。同記事では汚れ役のバルス内相の支持として描かれている。

 仏国内に二万人以上いるとされるロマは、不法占拠の土地に集団で住むケースが多い。バルス内相は最近も厳しい態度で臨む方針を示し、左派から批判を受けたが、政治家の好感度を問う世論調査では一位となった。

 ロマ排斥の動向はフランス国民の多数に支持されている現状がある。
 さて、日本での報道という観点で時系列に意識してこの事件を見直して、興味深いのは、どの時点で、どこがどのように報道を開始するかである。
 全体傾向として、日本の場合、時事・共同などの外信(現地記事のサマリーのようなレベル)を大手紙が追うことが多く、政治的な意図がなければベタ記事的に扱われる。これに並行してNHKが独自に取り上げることがあり、むしろNHKの動向が独自の視点があり興味深い。今回はどうだったか。
 NHKの最初の報道は「10月19日 9時8分」付けの「仏 移民女子生徒拘束に批判強まる」(参照)だったようだ。

 フランスで、旧ユーゴスラビアのコソボ出身の15歳の少女が通っていた中学校で、不法滞在だとして警察に身柄を拘束され、強制送還されていたことが明らかになり、教育現場での当局の対応に抗議デモが行われるなど批判が強まっています。
 フランス東部のルビエで今月9日、コソボ出身の15歳の中学校の女子生徒が、通っていた学校の敷地内で不法滞在だとして警察に身柄を拘束され、その日のうちに強制送還されました。
今週、地元のNGOが警察の対応を非難しこの問題を明らかにすると、フランス国内で大きな反響を呼び、教育の現場に警察が踏み込むのは許されないとの批判が広がっています。
 18日、パリでは高校生らがデモを行い、参加した高校生たちは「フランスは人権の国なのにもはや人権などない」と抗議の声を上げていました。
 この問題は政界でも大きな議論となっていて、政府は警察の対応が適切だったか詳しい調査を進め、不適切だったと判断した場合には強制送還の措置をいったん取り消すとしています。
 この少女の家族は、地元の当局から滞在許可の申請を却下されていて、右派などからは、強制送還の措置を支持する意見も出るなど、移民政策を巡る議論に発展しかねない状況で、政府は対応に苦慮しています。

 NHK報道はAFPに2日に遅れた形になっている。この時点でNHKが取り上げた背景には、18日の高校生デモがきっかけだったことが伺われる。また、フランス政治の背景にも若干言及がある。簡単にまとめるなら、高校生デモといった反応がなければNHKは取り上げなかったかもしれない。NHKの着目点は人権とはいいがたい。
 NHK報道で興味深いのは、その前日の18日にフランス極右政党を取り上げていることだ。「フランス 極右政党支持が拡大」(参照)。

 フランスでは、世論調査でオランド大統領に対抗するリーダーとして極右政党の党首がふさわしいと答えた人が全体の半数近くに上り、オランド政権が経済建て直しの効果的な道筋を示すことができないなか、極右政党への支持が拡大しています。
 フランスのテレビ局などは16日、オランド大統領に対抗するリーダーとして主要な野党の中で誰を選ぶか、およそ1000人の有権者を対象に世論調査を行いました。その結果、反移民や反ユーロを掲げる極右政党「国民戦線」の女性党首ルペン氏と答えた人が全体の半数近い46%に上り、2番目に多かった最大野党所属で前首相のフィヨン氏の18%を大きく引き離しました。
ルペン氏は、おととし、「国民戦線」の創設者である父から党首の座を引き継ぐと、愛国主義的な主張を堅持しつつも45歳という若さとソフトなイメージで、若者や労働者などを中心に支持を広げています。
 国民戦線は、今月に入って、フランス南部の県議会議員の補欠選挙で、候補者がおよそ54%の圧倒的な得票率で当選したほか、来年のヨーロッパ議会に関する世論調査でも、回答者のおよそ4分の1の支持を集め、与党や最大野党を上回りました。
 ヨーロッパの信用不安がくすぶり続けるなか、オランド政権は、経済建て直しの効果的な道筋を示すことができておらず、国民の与党や最大野党への不満を背景に極右政党への支持が拡大しています。

 マリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)の動向はそれ自体としては興味深いが、このNHK報道では18日の時点で、ロマ女学生排斥の動向との関連は、取り上げられていない。しかし当然ながら、今回のロマ女学生排斥事件とジャンマリー・ルペン率いる国民戦線の動向には関連があり、フランスの政局とも関連してくる。今回学生運動の背景と見られる左派勢力も、ジャンマリー・ルペンの動向との文脈にあると見てよいだろう。
 当の事件の現状だが、すでにバルス内相に汚れ役を押しつけるだけではすまなくなり、すでにオランド大統領が動き出している。この点については、NHKで今日の報道があった。「学校で生徒拘束 フランスの移民政策に波紋」(参照)。

 フランスで、旧ユーゴスラビアのコソボ出身の中学生が、不法滞在だとして学校で身柄を拘束され強制送還された問題で、オランド大統領は19日違法な点はなかったとしながらも復学を認める方針を明らかにしました。
 これは今月9日、フランス東部のルビエで、不法滞在だとして国外退去処分を受けたコソボ出身の一家のうち15歳の女子中学生が学校の敷地内で警察に身柄を拘束され、その日のうちに強制送還されたもので、この措置に反対するデモがフランス各地で起きたほか、警察が教育現場に入って生徒を連行するのは行き過ぎだという批判が出ています。
 フランスのオランド大統領は19日、テレビ演説を行い、「調査の結果、強制送還の措置自体に問題はなかった」とする一方、女子生徒が学業を続けたいと望む場合には、本人に限ってフランスに戻ることを認める方針を明らかにしました。
 オランド大統領の異例の演説には不法な移民を取り締まる政策は堅持すると同時に人道面にも配慮する姿勢を示すことで事態の幕引きを図りたいおもわくがあるとみられます。
 しかし国内では家族とともにコソボに残るのか、一人でフランスに戻るのかという選択を中学生に迫るのは酷だという声や、国外退去処分をくつがえせば移民政策が揺らぎかねないという声もあり、今回の事態はフランスの移民政策に波紋を投げかけています。

 NHK報道の要点としては、オランド政権による「フランスの移民政策」のありかたであり、左派政権の人権意識の問題は二次的な扱いになっている。さらに、個別に欧州のロマ問題はあまりNHKとしては注視されていない。
 今回の問題をどのように見るかは、意外に難しい。基本は人権問題であると言ってもよいし、NHKのようにフランスという特定国家における移民政策問題としてもよいだろう。左派勢力による政局の文脈もある。
 が、こうした日本の報道で欠落しているかのように見える前提、そもそもEUとは何かということだ。
 言われれば誰も気がつくだろうが、EUとはその内部での市民の移動が自由である共同体なのである。この理念と、フランスの国内法との整合が問われている。なかでもロマだけが排斥される実態に大きな矛盾がある。
 ロマは「移住の民」と言われているが、実際にはその95%は定住している(参照)。その意味では、ロマというくくりではなく、個別に強制送還する国家とされる国家の市民の問題であるはずであり、それが問題という地平に上がらないようにするがそもそもEUの理念だった。
 今回の事例では、女学生の強制送還先はコソボであり、コソボはEU加盟を目指して安定化連合協定締結に向かっている(参照)。今回の事件から暗示されるのは、個別の事例には個別の背景があるとしても、大枠としては、コソボがEUではないからロマが「強制送還」されている。
 EUはどうあるべきか。理念は明確だが、現実では、フランス国民の大半が今回の事態でもロマ排斥を支持している実態がある。
 これをフランスがどのように解消していくのかは注目されるが、現状のオランド政権の対応を見るかぎり、実態はサルコジ政権と同様なナショナリズムに向かっている。つまり、EUの理念の内実が徐々に崩壊していく過程のように見える。