生コンクリート産業の規模は、全国生コンクリート工業組合連合会(以下、全国生コン)の推定によれば、2008年度は1兆2300億円。ピーク時1990年度の2兆円から、ここ20年で年間出荷量は約2分の1になった。
生コン製造業者のほうは全国3501社、工場は3911カ所(08年度末)ある。生コン産業で働く人の数は非正規雇用や外部委託のミキサー車運転手まで含め、2万~3万人の規模と推定されている。
生コン出荷量が半分になった一方で、工場数はピーク比4分の1しか減っていない。それを反映して、下グラフのように、生コン1工場当たりの平均年間出荷量は、採算ラインといわれる3万立方メートルを大きく割り込み、2万3000立方メートルに落ち込んでいる(09年度推定)。鳩山政権が提唱する「コンクリートから人へ」で、ある意味、注目の生コン業界。その前途はどうなるのか。
価格カルテル容認でも黒字事業者は僅か1割?
生コン事業者は建設業や建設資材商社、骨材業との兼業企業が多く、生コン事業だけの損益をつかみにくい。推定の域を出ないが、「全国の生コン事業者の半数以上が赤字になっているのではないか」(全国生コン)という。セメントを販売する大手セメント企業役員の見方はもっと厳しく、「現在の低調な数量では、生コン事業者で黒字を確保しているのは10%だろう」と指摘する。
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こうした厳しい現状に、生コン産業を所轄する経済産業省と業界団体・全国生コンは危機感を強めており、10年4月から5年間で全国の生コン工場を30%、約1200カ所減らす構造改善に着手する。全国生コンが司令塔になって、281ある全国生コン加盟の各都道府県の生コン協同組合(共同販売組織)が自主的に行う方針だ。その際、協同組合のメインバンクである商工中金が構造改善に必要な資金を融資する。
だが、過去の構造改善事業のように法律に基づく公的な支援があるわけではない。「1200工場削減という数字は、自然淘汰(自主廃業)を含めた目標数字と考えている」と吉田治雄・全国生コン会長は話す。
生コン産業を理解するには、キーワードが三つある。(1)生モノに由来する地域性、(2)中小企業の多さ、(3)協同組合による共同販売=価格カルテルの容認、だ。
セメント出荷量の約4分の3は生コンクリート製造用だ。セメント需要は生コン需要と比例し、どちらもここ20年で数量は半減した。
生コンはセメント、骨材(砂、砂利、砕石など)と化学混和剤、水を生コン製造プラントの中で混ぜて製造され、搬送用のミキサー車で建設現場に運ばれる。生コンはその名のとおり、生モノである。品質を保証するために日本工業規格(JIS)は、生コンが製造され、建設現場で荷下ろしし、型枠に流し込むまでの時間を90分以内と規制している。
この規制を順守するには、ミキサー車は60分以内に建設現場に着く必要がある。それは、道路が渋滞する東京都心だと、生コン工場から半径5~15キロメートル程度という狭い商圏を意味する。道路事情のよい地方でも範囲はおのずと限られる。さらに一部の地方では、JISより厳しい60分以内の荷下ろしという規制が、地方自治体などにより課されている。こうした特性から生コンは地域産業であり、中小企業が多いのだ。
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標準的な生コン製造業者は年商4億~5億円、従業員は10人前後(下表参照)。東京都心にある大手セメント系生コン事業者でも年商は30億円、従業員30人にすぎない。
生コン製造業の誕生は戦後の49年。中小企業が多く、販売先は交渉力の強い大手建設会社になること、JIS基準の品質を確保するためなどから、生コン事業者が協同組合を作って販売量を割り当て、価格を統制することが独占禁止法の適用除外で認められている。各地区ごとに生コン事業者が協同組合を作り、協同組合が窓口になって建設会社などに販売する。販売価格も協同組合が決める。加盟している生コン事業者には生産・販売シェアを割り当てる。
地域ごとに販売価格 協同組合方式にヒビも
建設会社が積算の根拠とするのが財団法人が出す「建設物価」で、全国各地区の生コン販売価格を網羅している。生コンは地区の事情を色濃く反映する。販売価格は地区ごとに大きく異なっており、京都市と大分市では販売価格に2倍以上の差がある(下表参照)。道路一本隔てると、生コン価格が倍になるということも珍しくない。協同組合方式で価格の安定、平準化を図っているはずなのに、なぜこんなことが起きるのか。
「協同組合といっても事業者が結束している地域もあれば、有名無実化している地域もある。そうした地域は過当競争が起きて価格が低い」(広島県のある協同組合)という。
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事業者は協同組合に加盟する際、設備能力を基準に生産・販売シェアを割り当てられる。そしてこのときの販売シェアが、原則として永久に続くことになる。販売シェアに不満を持つ事業者は協同組合から離脱してアウトサイダーとなり、独自に生産量や販売価格を決めるため、地区全体の価格も押し下げられる。
また協同組合方式では、加盟員がお互いに顔見知りになり、濃密な人間関係が形成される。お互い会社の懐事情もわかる。こうした中で、人間関係がこじれると、「経済原則を逸脱して、相手が倒れるまで競争することが起きる」と、大手セメント会社役員は業界の内情を打ち明ける。
目下、日本最安値の地区が大分市だ。「12年ほど前から今の低価格が続いている。われわれもあぜんとする値段だ。協同組合が崩壊したことが原因。建設など兼業の利益やこれまでの蓄積もなくなっている。このままでは共倒れになる。事業者を説得して4月をメドに協同組合を再建し、販売価格を常態に戻したい」と関係者は語る。
一方、協同組合を再建して販売価格を上げた地区がある。広島市だ。「05年に協同組合を再建した。再建前の価格は立方メートル当たり6500円前後と低く、みんな大赤字だったが、今では1万4150円と高い部類に入った」(関係者)。
組織再建のカギは販売シェアの再配分だった。「たとえば、販売シェア3%を持つ事業者が、そのうちの0・5%を他の事業者に貸すことでアウトサイダーに協同組合に入ってもらうという方式だ。見返りに貸与した事業者は金銭をもらうが、その数量を販売したと想定した金額よりは少ない」(同)という。
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削減策で先行する大阪 廃業を資金供与で支援
簡単に言えば、高い販売シェアを持つ事業者が既得権の一部を、不満を持つ事業者に与えることで、協同組合を再建したということになる。ただし、それでも安泰ではない。広島市の関係者が嘆く。「価格は上がったが、需要は激減している、この1月の出荷量は経験したことのない少なさ。これが続くと協同組合の結束にひびが入る」。
大阪広域生コンクリート協同組合は、全国生コンが構造改善の「先進地区」(吉田会長)と期待している協同組合だ。大阪広域では93社、106工場が加盟しており、年商は約650億円。「日本一大きい協同組合」(安田泰彦理事長)である。
大阪は戦闘的なミキサー車運転手の労働組合(連帯ユニオン関西生コン支部)があるために、他の地区より生コン搬送費が高いという地域特性がある。「関東の生コン運転手の平均年収は450万円だが、関西は800万円。原価が高い分、生コン価格も高い」(安田理事長)という。大阪広域は生コン工場の約30%弱削減に先駆して取り組んでいる。
その方式は、販売シェア0・1%に対して約6000万円の設備廃棄資金を事業者に渡すというもの。事業者は、その資金で廃棄費用や従業員の退職金などを支払う。30%弱の生産能力を削減するのに150億円程度かかるという。大阪広域ではこの資金を内部留保と商工中金からの借り入れで調達する。
「4月にJISが改正され、生コン品質の規制が強化される方向にある。規制をクリアするには新たな設備投資も必要だ。こうした前途を考えると今廃業したほうが得、と考える事業者も増えている。削減の目標は達成できそうだ」(安田理事長)。
廃業資金を与える事業者からは、今後は生コン事業に再参入しないという「念書」をもらう。過去の構造改善で、廃業したはずの事業者が環境が好転すると再参入し、工場数が構造改善前より増えたという苦い経験があるからだ。工場が減ることで残った工場稼働率は上がり、利益も上がる。その資金で商工中金からの借り入れを返済するスキームだ。
4月以降、品質基準規制が強化される一方、セメント会社は従来の商慣行を清算して、「契約書どおりきちんとコストアップ分を値上げしていく」(大手セメント会社役員)。両者に挟まれて、生コンの統廃合は待ったなしの段階に入った。
(内田通夫 撮影:梅谷秀司 =週刊東洋経済)