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無情なカネミ油症判決 - 尾形修一の紫陽花(あじさい)通信
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無情なカネミ油症判決

 3.21に福岡地裁小倉支部であったカネミ油症損害賠償裁判の判決は、無情きわまりない、常識に反する判決だと思う。この判決を考えるためには、カネミ油症事件の歴史を簡単に振り返る必要がある。水俣病などに比べても知名度が低く、かなり昔の事件なので知らない人が結構いると思う。この問題はかなり複雑だけど、川名英之「検証 カネミ油症事件」(緑風出版、2005)が、とても判りやすく本質を伝える本だった。

 カネミ油症というのは、1968年頃にカネミ倉庫が製造販売した米ぬか油を食用した人が、顔面などの皮膚異常、頭痛、しびれ、肝機能障害などが続き日常生活を送れなくなった日本最大の食品公害事件である。1万4千人以上が被害を訴えたが、認定患者は1900人程度にとどまっている。原因は製造過程でカネカ(鐘ヶ淵化学)が製造したPCB(ポリ塩化ビニール)が混入したことである。PCBは構造的に安定した非常に便利な化学物質と言われて当時はいろいろ使われていたが、この事件をきっかけに製造中止になった。さらにその後になって、PCBが過熱される過程で、ダイオキシン類に変化したことが明らかになった。ダイオキシンというのは、ベトナム戦争の枯葉剤被害で知られるが、同時期に日本でも大規模なダイオキシン被害が発生していたことを知らない人が今でも多い。

 カネミライスオイルと言う製品は、安くて美味しいということで、九州北部ではかなり売れていたらしい。特に五島列島の島々に患者が多発している。当初は皮膚が黒ずむ被害が大きく取り上げられて、ダイオキシンによる肝機能低下などは判っていなかった。人間に被害が出る前に、養鶏用飼料に使われた油で49万羽もの鶏が死ぬというダーク油事件と言うものが起こっている。これは米ぬか油製造過程で出る黒っぽい油かすなどを再利用したものだというが、やはりPCBが混入したのである。当然これを農林省は把握していたが、厚生省に情報が伝わることはなかった。この「縦割り行政」の弊害が、「国の責任」と言えるかどうか。カネミ倉庫に責任があるのは間違いないが、さらに物質を製造しただけのカネカに責任があると言えるか。この事件にはこういう責任問題がつきまとった。カネミ倉庫は小さな会社で、被害者救済に尽くせる財源があるかどうかと言う問題もあったからである。

 被害者は1970年に、カネミ、カネカ、国の三者を相手取って裁判を起こした。その後も何回か裁判が起きている。最初は国の責任が認められなかったが、1986年に福岡高裁で国の責任を認定、仮払金の支払いも認める画期的判決が出た。被害者一人当たり300万円ほどの仮払金が支払われたが、以後の第2陣判決では認められず、最高裁段階での訴訟でも逆転敗訴の可能性が高まった。そのため、原告団は苦悩の中で、敗訴の判決を得るよりも訴訟以前の段階に戻す方が良いということで、1989年に訴訟取り下げに踏み切った。その結果、仮払金の返金義務が生じてしまった。しかしカネミ倉庫からはまとまった賠償金が支払われず、日々の治療費に苦しむ被害者のほとんどは、その段階で仮払金の大部分を使ってしまっていたのである。国もすぐには強制取り立てはしなかったが、この訴訟取り下げで社会的にはカネミ事件は終わったと思われ、以後何十年も忘れられてしまう。そして病気に苦しみながら生活苦から自殺した被害者の子どもに対して、返金支払いの義務がのしかかると言った大変な苦しみが続いてきたのである。

 この問題は21世紀になってようやく取り上げられるようになり、また被害の大きさ、ダイオキシンによる回復しない被害、離島に住んでいたり東日本に移住したため知らなかった被害者など、様々な問題があることが判ってきた。その結果、2004年に認定基準の見直しが行われた。また2007年に国の仮払金請求を放棄する被害者救済法が成立し、被害者の救済に関しては、昨年の21012年8月29日に「カネミ油症患者に関する施策の総合的な推進に関する法律案」が成立した。国が備蓄米の倉庫としてカネミ倉庫を指定し、その委託費を優先的に被害者の医療費などにあてるという法律である。

 さてようやく、今回の裁判。今回の原告は、大部分が2004年の新基準で認定された被害者であるという。カネミの責任は認めたが、賠償請求権が除斥期間の20年を過ぎていて、訴えは無効であるという判決である。民法では不法行為への賠償請求に訴えの期間を設けている。それは当然で、忘れていた借金を何十年もたってから訴えられても困るし、子供の頃いじめられたと老人になってから訴えても証拠を調べようがないから裁判にならない。しかし、この問題を厳格に考えすぎると、訴えられない事情があった人が不当に不利になる。ハンセン病国賠訴訟では、療養所への隔離そのものは何十年も前でも、被害は「らい予防法」廃止(1996年)まで続いていたと認定したから元患者側勝訴の判決になった。

 自分の症状がカネミ油症であることが認められる前に裁判を起こせる人があるわけがない。もしあっても、そのときは認定されていないという理由で敗訴するに決まってる。新規に認定基準が出来て、カネミ油症と認定された2004年が、除斥期間の始まりというのが、常識ある人の判断と言うべきだ。この裁判官は、裁判を起こすということがどれほど重いことか、判っていないのではないか。20年以内に裁判に訴えることができたと本当に思っているのだろうか。今も健康被害が続き、ある意味では「今も現在進行中の被害」があるのである。どうして「権利が除斥」されてしまうのか。目の前の被害者の苦しみが判らないのだろうか。

 司法改革が進められたが、全然裁判が変わった感じがしない。当然だろう。裁判員制度を作ろうが、司法試験を変えようが、「裁判官の官僚的意識」という一番大事なことを変えないのなら、裁判は変わらない。それを変えるのは、「司法の一元化」なんだろうと思う。つまり、今は司法研修を終える修習生を、裁判官、検察官、弁護士に希望と選別で選んでいく。これをやめて、全員を弁護士とするということだ。弁護士を10年程度務めた中から、裁判官、検察官を希望により選任する。弁護士として、刑事事件の被告と接し、各種民事事件に関わった経験を持つ人だけの裁判官にするというやり方である。本格的に考える必要があると思う。
*2014年2月24日、高裁でも請求棄却の判決が出た。原告側は上告の予定。
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