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ぐり研ブログ: 2013年8月

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2013年8月

2013年8月31日 (土)

ネット上の誹謗中傷は収まる気配もないようです

ネット上で炎上だ何だと言っていますけれども、基本的精神的もある程度成熟し実社会でそれなり揉まれた人間だからこそ「ネットはネット」で済んでいるところがあって、リアルとネットとが一体なって炎上したのでは大の大人でもなかなか対応苦慮しますよね。
学童生徒のいじめ問題も自殺事件などもあってか昨今ではもっぱら実生活での深刻さが取り上げられてきたところがありますが、実は水面下での活動も全く劣ってはいないどころかますます深刻さを増しているという記事が出ていました。

学校裏サイト 誹謗中傷「減ってない」…隠語ですり抜け、監視限界(2013年8月28日産経新聞)

 ネット監視大手「ガイアックス」(東京都品川区)の社内は、100台を超すパソコンが24時間体制で稼働する部屋がある。常駐するスタッフが画面越し見つめるのは「学校裏サイト」への書き込みだ。

 生徒らが学校に関する話題を語り合うため設置した学校裏サイトが、いじめの温床として注目され始めたのは平成19年ごろから。以来、対策は進み、文部科学省によると22年12月時点で、都道府県と政令市の約7割が民間業者委託するなどして「ネットパトロール」取り組んでいる

 ガイアックスも16の自治体と契約し、延べ3330校の裏サイトを監視。「個人が特定できる誹謗(ひぼう)中傷やメールアドレスなどを見つければ、学校連絡し、サイト管理者削除依頼する。自殺や犯罪予告は警察通報します」と同社の杉之原明子さんは説明する。

 21年6月全国先駆けてネット監視を始めた東京都教育庁の小沢哲郎主任指導主事(53)は「書き込みを1分でも放置すれば転載が繰り返され、飽きられるまで無限拡大する危険性がある」と早期発見の必要性を指摘。都では21年度発見された学校裏サイトへの書き込みのうち約13%あった誹謗中傷が昨年度は1・3%まで減った

 だが、ネット監視は万能ではない。杉之原さんは言う。「パトロールできるのは誰でも閲覧できるサイトだけ。『ミクシィ』や『モバゲー』などの会員制サイトやメール、無料通信アプリの『LINE(ライン)』などでのやり取りは法律上監視できない

 ◆隠語ですり抜け

 全国webカウンセリング協議の安川雅史理事長(47)も「学校裏サイトへの書き込みは減ってなんかいない。監視する側が見つけられなくなっただけだ」と指摘する。

 安川氏によると、書き込みの舞台は会員制サイト移行し、パスワードを設けたり、警察が捜査できないよう海外のサーバーを使ったりするケースもある。さらにネット監視の検索などをすり抜けるため、「死ね」なら「氏ね」「市ね」と隠語を使い、「横浜」なら「木」「黄」「三」「兵」と分割。「ネットいじめは巧妙、悪質化している」と安川氏。実際、協議へのネットいじめの相談件数はここ数年、7千~8千件で微増傾向ある。

 ネット監視限界がある中、「ネット情報の正しい受け取り方を教えることが、ネットいじめ防止の手段」と強調するのは、NPO法人「青少年メディア研究協会」(前橋市)の下田太一理事長(35)だ。

 ネット上のコミュニケーションは字面だけで、相手の真意を理解するは圧倒的情報量が足りない。下田氏は「子供たちは欠けた情報を勝手な『思い込み』で補い、心理的追い詰められる。場の雰囲気や空気が読めないネットコミュニケーションの特性を理解できれば、ネット上の言葉に対するフィルターや抗体ができ、不快な言葉を問題視しなくなる」と主張する。

 ◆親の役割が重要

 学校現場での情報教育も広がっている。東京都世田谷区では区立中学全29校で大学生によるネットリテラシー(情報の評価・活用力)講座を実施。体験談を交えてトラブルの危険性と有効活用法を伝える。「ネットは危ないから使うなというのは車は危ないから乗るなというのと同じでネットも正しく使えば生活を豊かする」と橘太造教育指導課長(50)は話す。

 安川氏は被害者も加害者もさせないため親の役割の重要性を強調する。「危ないサイトへの接続を制限するフィルタリングの設定が最も効果的な対策だが、大半の親は設定していない。スマートフォン(高機能携帯電話)を買い与えるなら、親も一緒買って勉強していかないと子供の言いなりなる」と話す。

 ネットいじめは学校の内外を問わないため、夏休み中も継続し、休み明け悪化するケースも多いという。子供の様子敏感なる必要がある。安川氏は言う。「着信音をオフにしたり、家族の前でメールを見なくなったりしたら要注意。被害遭っていることを家族知られないようにしている可能性がある」(河合龍一、篠原那美)

すでにこういう監視組織があって活動しているというのも大変なものですが、このガイアックスという会社の場合はもともと企業向けのweb制作などネット関連事業の傍らでこうした業務も行っているということで、多数の自治体が契約しているというくらいですからすでに立派な商売なるほどの需要があるということでしょう。
少し話が飛びますがパソコン通信と呼ばれた閉鎖コミュニティの時代は会員制かつネット課金も高いこともあって非常閉鎖的な環境で住民の自治意識も高く、かつて某有名キャスターが実名で降臨した際は散々ソース付きで論破され以後すっかりネット嫌いなったという伝説もあるくらいで、実名ないしそれに近いコテハンが主体であったころは「いい加減な発言は許さない」と言う雰囲気が漂っていたわけですね。
その後ネットが実質的無料なる頃から発達した某巨大掲示板を代表とする新たなコミュニティは匿名性を最大の特徴として日本独自の発達を遂げたことは知られる通りですが、ネットなどとは縁遠いという化石世代は元よりかつてのコテハン時代を知る人間からも「匿名は無責任な発言の温床だ」と否定的イメージで語られ、今日至るまでたびたびネット実名制が取り上げられることとなっています。
お隣韓国などでは実質的なネット実名制が導入され(これも違憲判決でどうなるか判らないとも言いますが)ネット規制が強化されはしたものの書き込み内容がさして改善されたという話もなく、中国当局のような人海戦術による徹底した規制を別にすれば今のところ実効性ある書き込み内容の規制策というものもないようですが、だからと言って必ずしも何も出来ないということでもないですよね。

記事中も幾つかのアイデアが示されていますけれども、やはり未成年が匿名で好き放題なことが出来てしまうということがしばしば大事件を呼んでいるのは事実なのですから、親のカードを勝手使わせるなどということは論外にしても、まずは親もそれなり知識とネットリテラシーを持って保護者としての責任を果たすということが必要かと思います。
以前子供のネットデビューを前親はどうすべきかということを取り上げたことがありますが、高校生くらいなってある程度自分で判断し行動するようなってきてからはまだしも、小学生などスマホを買い与えるの「いやあボクはそういうのは何も判らないからねえハハハ…」などとお気楽なことを言っているようでは、いつ子供が犯罪行為巻き込まれても仕方がないというものですよね。
また書き込むということもさることながら読む側のリテラシーも重要で、とかくネットでは一つの意見加速度的集約され炎上などと言われる袋だたき状態つながりやすいものですけれども、そもそもそうした話興味がある人間が同調しているというだけのことで意見が違う人間がその何倍、何十枚も「こいつらまた阿呆くさいこと言ってるなあ」と思いながらそれを眺めているという状況をきちんと理解しておく必要があります。
このところ世界的見てもネット規制論というものが盛ん取りざたされていますが、ネットもリアルも表現の手段が異なるだけで本質的同じものの二つの側面を反映しているのだと考えればリアルでは考えもしないような規制をネットだけは施すべきだなどという考え方もならないし、利用者も一部の書き込みだけを針小棒大取り上げて大騒ぎする必要もなくなると思うのですけれどもね。

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2013年8月30日 (金)

医療現場の性善説

先日取り上げました高齢者の往診で医者丸儲けという話に関して佐久総合病院の色平哲郎先生が日経メディカル記事を書いていまして、当然ながら厚労省も問題を把握しており規制も視野情報収集をしているというのですが、厚労省の担当者はこの紹介ビジネス問題対して「医師がそんなことをするはずがないと思っていた」と言います。
厚労省としては長年診療報酬で医療を政策誘導するということを行ってきたわけですから、今さら医師が高い診療報酬を求めて診療行動を変えるということを知らなかったとは言えない立場ですけれども、とかく医療現場というものは性善説で成り立っているものであって、一応は査定があるものの出来高払いという「手をかければかけるだけ儲かる」という売り手優位な保険診療システムが続いているのも現場の自制あってこそですよね。
麻薬など危険な薬品が当たり前使えるということにしても、そもそも唯一他人の体を傷つけることが許されている職業であると言う点からしてもこの性善説の前提なくしては成り立たないことですが、中は明らか「やって悪いこと」をやってしまうと言うケースもあって、性善説の前提が揺るぐということもなりかねません。

「異常なし」偽の診断書で免許取得した歯科医師(2013年8月21日読売新聞)

 てんかん発作の恐れがないとする偽の診断書を自分で書いて運転免許証を不正取得したとして、大阪府警西淀川署は20日、大阪市西淀川区野里、歯科医師和田義章容疑者(52)を道交法違反(運転免許証不正取得)容疑などで逮捕した。

 「自分で書いたが、内容はうそではない」などと容疑を一部否認しているという。

 発表では、和田容疑者は6月13日、門真運転免許試験場(門真市)で、失効した運転免許証を再取得する「特別新規申請」の際、以前持病と申告していたてんかんについて自ら「異常なし」などと書いた診断書を提出し、免許証を取得した疑い。診断書記載された病院が閉院しており、不正が発覚した。

てんかんと歯科医と言えば四日市で踏切待ちをしていた車列歯科医の車がぶつかり2人が亡くなるという事故がありましたが、あの裁判で歯科医側は「確か持病はあったがいつ意識を失うかは予見出来ない」と主張していたことも見られるよう、このてんかんと運転免許の問題が近年非常デリケートな話題となっている中で予見可能性というものが大きな焦点となってきたところですよね。
栃木のクレーン車事故では過去何度も事故を繰り返していた運転手が発作が増えて医師からも運転禁止を指示されていた中で病歴を隠し、夜遅くまでチャット講じ睡眠不足のまま薬も飲まず運転をして事故を起こすというかなり同情の余地がない状況であっただけ、患者擁護的な団体であるてんかん協会も「社会的責任が欠如している」とまで遺憾声明を出さざるを得なかったわけです。
言えばこうしたケースは特殊例で一般のてんかん患者は真面目治療を受けきちんとした生活を送っていますよという性善説を前提厳罰化だ、規制強化だと言う世論対抗してきた経緯があるのですから、医療専門職の一端連なる歯科医までもがこうした自儘なことをやっているという話は非常困ったものだと感じている人々が多いでしょうね。
医療現場の性善説ということで言えばかねて何度も話題なってきた偽医者騒動などもそうですが、基本的資格を偽る者などいるはずがないという前提で行われてきたことがその前提条件が崩れた結果大きな影響が出ていると言え、そんな中で以前から改善の必要が論じられていた例の医師検索システムもついに一新を余儀なくされたというニュースが出ていました。

なりすまし医採用、新検索システムで防止-運用開始、改修で確認厳格化(2013年8月27日CBニュース)

 「なりすまし医師」の採用を防ぐため、厚生労働省は「医師等資格確認検索システム」を改修し、27日から新システムの運用を始めた。これまでのシステムでは、氏名と医籍登録年しか確認できなかったが、新システムでは、登録番号や登録年月日などがそろわないと照合できないよう厳格化した。

 この検索システムは、医師と歯科医師が資格を取得しているかどうかを判別するもので、改修前は、偽造した医師免許証のコピーが医療機関提出された場合、検索結果とコピー記載された氏名や登録年が合致していれば、コピーが本物の免許証だと誤認してしまう可能性があった。

 新システムで検索するためは、▽職種▽性別▽氏名▽生年月日▽登録番号▽登録年月日-の6項目を入力する必要があり、該当する場合は「検索条件の者は名簿登録されています」と表示される仕組みだ。

 同日行われた閣議後の記者会見で、田村憲久厚労相は「新た医療機関向けの画面を作り、より厳格確認できるようした。医師を採用する際は利用し、確認してもらえれば」と述べ、医療機関など対し、新システムの積極的な利用を呼び掛けた。

 厚労省は今後、都道府県や関係団体通知を出し、管轄内や会員の医療機関への周知を依頼する予定。ただ、2年1回行われる医師調査で調査票を提出した医師が検索対象のため、医師名簿登録されていても、調査票を提出しない場合は表示されない。このため、最終的は免許証原本や戸籍の写し、運転免許証などでの確認が必要としている。【新井哉】

もともとこのシステム、ネット接続しさえすれば誰でも医師の氏名から医籍登録年を検索出来るというものですからそれは悪用し放題で、医師免許証などネットでちょいと検索すれば幾らでも写真が出てくるのですからプロの手を煩わせずともちょっと気の利いた素人でもそれらしいものをでっち上げることは簡単なのですが、驚くことこの検索システムによる確認すら怠っていた医療機関も結構あると言うのですね。
最近の成りすまし医騒動では以前のよう適当でっち上げたものではなく、実在する本物の医師の免許証をコピーして使うというケースが増えていますからこうした改修である程度対応出来るようなるかと期待されるところですが、個人的思うところでは別に検索緊急性を要するものではないのですから、誰が検索しているのかという検索者側の確認でもゲートキーパー機能を厳格化させてもいいよう思います。
そもそも免許証が今時紙切れ一枚であるからコピーされてしまうというもので、ちゃんとした写真と電子チップ付きのカードなり切り替えてもいいんじゃないかと思いますが、そうなったらそうなったで紛失しやすくなったと騒ぎ出す人もいるのでしょうか?

そもそも論で言えば医局による人事システムが崩壊しフリー医師が増えているという状況だからこそ偽医者が問題なっているとも言え、そう考えるとあれはあれできちんとした身元保証システムとして機能してはいたのだなと改めて感じますけれども、今や腕一本で病院間を渡り歩くフリー医師が拘束が少なく稼ぎもいいともてはやされる時代、今さら不自由の多い医局支配下戻りたがる人間も多くはないでしょう。
ただ穿った見方をすれば例の新専門医システムなどは更新を厳格化し基幹病院できちんと奉公を続けなければ維持できなくなると言うことですが、そうなりますと今流行りの渡りの麻酔科医などは将来的は続々と専門医資格を失っていくということなりかねず、一方で今後ますます専門医加算などで資格の有無が重視されていくことなれば今のようは我が世の春を謳歌できないと言うことなるかも知れません。
この辺りは厚労省の思惑と医師を囲い込みたい経営者目線の偉い先生方や医療系団体の思惑が見事合致している以上とんとん拍子で話が進んでいきそうですが、かつて医局全盛の時代「苦労していればいつかは見返りを用意してくれる」と期待しながら僻地病院島流しされ埋もれていった多くの医師達と同様、ここでも性善説ばかりを信じ込んでいると結局いいよう利用されるだけということもあり得るのでしょうかね。

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2013年8月29日 (木)

老人の在宅移行向けて いざと言うとき慌てない

高齢者をなるべく在宅へ移行させるという国の方針もあってか昨今在宅サービスへの新規参入の話も増えている印象ですが、その中で先日はなかなか大きな話なったなと感じさせるニュースが出ていました。

日本郵便が高齢者事業、安否報告や買い物代行(2013年8月26日読売新聞)

 日本郵政グループの日本郵便は、郵便局員が高齢者世帯を訪問し、暮らしぶりを確認したり、買い物代行などを行ったりする生活支援サービス事業を10月から始める。

 高齢者の割合が高い北海道、宮城、山梨、石川、岡山、長崎の6道県の一部地域、計103郵便局で先行的実施する。2014年4月から地域を順次拡大し、15年4月の全国展開を目指す。

 郵便局員が、郵便や貯金・保険の窓口業務以外を行うのは初めてだ。

 郵便局の営業活動の中で、都市部住む人が過疎地などで暮らす高齢の両親らの暮らしぶりや、安否を把握したいという需要があることが分かった。日本郵便は、地域密着した郵便局ネットワークの強みを生かせ、収益の拡大もつながると判断した。

 新しい生活支援サービスは、郵便局員が、会員となった顧客から依頼された高齢者の自宅を訪問したり、郵便局を会場した食事招いたりして、生活ぶりや健康状態を把握する。その上で、遠く住む家族など、指定の届け先月1回、リポートを送る

 医療機関の紹介や、生活の悩み24時間いつでも電話で相談応じるサービスも専門の業者委託して提供する。会員の基本料金は、月額1000円程度なる見込みだ。

 このほか、流通企業などと提携し、水やコメ、生活必需品などを定期的自宅届ける買い物支援や、利用者の健康状態を毎日電話で確認するサービスも受けられる。これらのサービスは追加料金がかかる。

天下の日本郵政グループがついに!という感慨はこの際置くとしても、全国津々浦々までネットワークを構築している上地域密着型でもある郵政グループならではのサービスとも言え、特に記事もありますよう過疎地における潜在需要はかなり大きなものがありそうですから期待したいところですね。
近年では湯沸かしポットを毎朝作働させているかを遠く離れた場所から携帯でチェック出来るといったサービスも話題なっていましたが、ともかくも高齢者を自宅へ送り返すということであれば自宅でどのようフォローアップしていくかということと表裏一体であるわけで、特に多少お金はかかっても…と考える遠方の親族の多そう思えるだけ今後この方面が大きなビジネスチャンス結びつきそう思えます。
ただ一方で安否確認を行った上でまさに何かがあった場合どうするのかという点で異業種参入不安を感じる方もいるかも知れませんが、実は在宅老人の急変時に関わる受け入れの問題で先日日本病院会長がこんなことを言っているのが注目されます。

日病・堺会長「急性増悪の対応は急性期で」-慢性期病床の機能整備は困難(2013年8月26日CBニュース)

 日本病院(日病)の堺常雄会長は26日の定例記者会見で、在宅や介護施設の患者の急性増悪は、急性期病床で対応すべきだとの認識を示した。在宅患者の急性増悪は慢性期の病床での対応を主張する声もあるが、堺氏は、慢性期病床による受け入れ機能を新た整備するのは困難だと指摘した。

 日病など四病院団体協議が日本医師と合同でまとめた医療提供体制の提言では、在宅や介護施設での急性増悪への対応を、「急性期病床」の役割の一つ位置付けている。日病が24日開いた常任理事では、合同提言のこうした内容についても話し合ったという。

 堺氏は会見で、「医療資源の状況を考えると、慢性期の病床急性期機能を持たせるのではなく、例えば2次救急を担っている病床や病棟が対応すれば一番いいということなった」とも明らかした。【兼松昭夫】

ひと頃話題なった医療崩壊という現象の中で救急受け入れ患者のいわゆる「たらい回しbyマスコミ」問題も大きく取り上げられましたが、特に高齢者の中でもある程度引受先が決まっている方々はともかく、実際は長年病院かかったことがないと自慢している方々が急変時に救急車の引受先がないと右往左往することがままあるわけですよね。
厚労省などは高齢者限らず平素からかかりつけ医を持つようと指導してきた経緯がありますが、一方でこうした場合のかかりつけ医的機能を担うことの多い開業クリニックでは救急車受け入れ機能を持たないという場合も多く、実質的「何かあったら出たとこ勝負の運任せ」状態放置されている老人は少なからずいて、当然ながら急変時の治療成績も影響を及ぼしていることが予想されます。
全国津々浦々医療機関があるとは言え救急車で送られてくるような急患を引き受けられる病院はある程度限られていて、しかも本当の急性期病院では病床回転率を上げ常時満床近くで何とかベッドをやりくりしていることから救急受け入れ不能というケースも多く、元より基礎的身体条件が悪く回復力も乏しいことから長期入院も予想される高齢患者ともなればどこも積極的は引き取りたがらないと言うことですよね。
本来的は例えば行政がお金を出して急患引き受け用一定数のベッドをキープしておくとか、そうしたベッドを空けておいても経営が成り立つような診療報酬体系を用意しておくのが筋なのでしょうが、こうした状況への手っ取り早い解決策として全国数多くある慢性期病床、いわゆる老人病院の類一定の老人救急受け入れをさせてはどうかという話は以前から出ていたわけです。

患者さんからすると病院と言えば大きさが違うくらいでどこも同じよう見えるかも知れませんが、急性期と慢性期と言えば同じ病院と名前がついていても設備も診療の内容も異なっていて、基本的は状態が横ばいなった患者を引き受けるのが慢性期病床ですから急変患者を受け入れるというのは筋が違うという主張はそれなりの根拠があります。
ただ近年高齢者の看取り方が議論される中で、急変時に若壮年者と同様急性期病床で目一杯頑張ってしまうのがいいかどうかという議論もされてきた中で、慢性期のベッドでやれる程度の医療で看取ってもいい方々も少なからずいるんじゃないかと言う話もあって、要するに積極的な治療が出来ないということを逆手取ってほどほどの終末期医療つなげようという考え方もあるということですね。
この辺りは目的をどこに置き話を進めるかによって非常手段も差が出てくるところだと思いますが、いわゆる一般救急的誰でもかれでも運び込むというのではなく、普段から関わりがあり病態も把握しているかかりつけ患者であれば例え慢性期の病院であってもまずは受けるのが筋であり、そこから必要であれば急性期の病院を手配したらいいんじゃないかという声はそれなり大きいでしょう。
特に多忙な急性期の医師達すれば「暇な老人病院の藪医者どもが自分たちの患者も全部送りつけやがって」と感情的反発もありますから、今後は急変と言えば何でも積極的対応一辺倒ではなく症例を選んで搬送すべきは搬送しそうでない場合は自分たちでそれなりの対応をし看取りもする、そしてそのためは普段から患者や家族との間できちんと急変時のコンセンサスを得ておくことが必要となりそうですね。

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2013年8月28日 (水)

正しくない医療が蔓延している? 朝日の一連の報道絡めて

不正請求と言えば聞こえは悪いですが、いわゆる査定引っかかったというタイプの不正請求とは有名な「エリスロポエチン訴訟」のよう不正とする方がおかしいようなケースである場合も多く、保険診療というものの暗部として多くの臨床医達を憤慨させてきたものであることは周知の通りです。
また非代償期の肝硬変アルブミンをいきすぎたような「切られるのは判ってるけど有効だから使っちゃった」不正だとか、あるいはジェネリック変更したところ保険適応症が変わっているの病名変更をしていなかったと言った単純な無知から来る不正も多く、これらは患者さんの利はなっても一般臨床医、中でも勤務医にとっては不正を働いたからと言って給料が増えるというわけでもなく何らのメリットもない行為ですよね。
もちろん保険診療のルールを知らないという単純な無知は論外ですが、不正請求で返還を求められる金額は30数兆も及ぶ膨大な医療費の中で数十億円規模とごくわずかですから総じて日本の保険診療は請求に関しては健全であると言え、正直わずかばかりの不正を追及するためどんどん人員を増やし査定を厳しくすることは費用対効果の上ではどうなのかという気もします。
ただもちろん、きちんとルールを知っていながら明らか犯罪的な意図を持って行われる本来の意味での(と言っていいのでしょうね)不正請求というものも数は少ないながらもあるわけで、先日朝日新聞がこんな記事を載せていました。

はり治療、覚えないの年160日 鍼灸院が架空請求か(2013年8月26日朝日新聞)より抜粋

(略)
鍼灸院を舞台不正請求か

 患者紹介ビジネスを手がける業者と契約し、患者を集めて医師の診療を受けさせていた鍼灸院を大阪市南部の住宅街で見つけた。

 50代女性は昨春、整体治療も行うこの鍼灸院で腰のマッサージを受けた。終了後、「保険診療すると安くなる」と誘われ、2階へ連れて行かれた。

 案内されたのは、狭い給湯室だった。スーツ姿の男性がテーブルの向こうで丸イス腰掛けている。対面座った。「どこが痛いですか」と聞かれたが、触診はなかった。話はすぐ終わり、帰り際名刺の拡大コピーを渡された。大阪・心斎橋の開業医だった。

 昨年末、医療費通知が届いて驚いた。あれから医師会っていないし、窓口負担分を払っていない。それなのに、医師から毎月1~2回の診察を受けたことなっていたからだ。無料でマッサージを受けたこともあり、後ろめたくて苦情を言えなかったという。
(略)

露骨な犯罪行為を行うケースはどこの業界でもありますが、今回の場合は見るから舞台設定からして怪しい中で行われた素人目も明らかな不正なのですが、一般的はここまで露骨な不正ではなくもう少し巧妙行われるケースが多いはずです。
そもそも同じ保険を使いながら一般医療機関比べ柔道整復師等対しては査定が甘いということが以前から指摘されてきたところで、「保険が使える安上がりなマッサージ」などと安易考えていると実は不正請求であったという可能性があることは利用者側も留意すべきですけれども、今回は露骨な不正を患者紹介業者と結託して組織的行っていたというのがポイントであるということですね。
このところ朝日新聞は医療関連業界に関する患者紹介ビジネスの問題を相次いで取り上げていますけれども、明らかな不正とは言い切れないまでも何かしら釈然としないこんな話もあるようです。

高齢患者紹介ビジネス横行 「先生いい話あります…」(2013年8月25日朝日新聞)

 【沢伸也、月舘彩子】高齢者施設で暮らす患者をまとめて紹介してもらい、見返り診療報酬の一部を紹介業者支払う医師が増えている。訪問診療の報酬が外来より高いこと着目した「患者紹介ビジネス」加担している形だ。法令の規制はなく、厚生労働省は「患者をカネで買うような行為は不適切」として規制の検討乗り出した。

「患者、金づるか」 過剰診療の恐れ

 紹介業者は高齢者施設の患者を一挙大量獲得し、訪問診療をする開業医話を持ちかけることが多い。紹介料の相場は、患者1人あたり診療報酬(月約6万円)の2割だ。

 兵庫県の診療所。毎週金曜日、午前の診察が終わると、待合室で製薬会社や医療機器メーカーの社員らが医師次々と自社製品を売り込む。昨夏、ひとりの営業マンが「患者を紹介したい」と切り出した。医師は意外な提案驚き、順番を後回しにして最後彼だけを応接間招き入れた。
 「先生いい話を持ってきました。喜んでもらえると思います」
 営業マンは医師と患者を「マッチング」させていると言った。「これからは在宅医療の時代ですね」と笑顔で話し、高齢者施設で暮らす患者を紹介するから訪問診療してほしいと提案した。そして続けた。
 「収入(診療報酬)が入ったら、2割をコンサルタント料として頂きます。ウチは完全成功報酬制です」
 さらに診療所のリストを見せ、「たくさんのお医者様も契約して頂いています」と続けた。関西の医師50人ほどの名がある。訪問診療をしている医師をインターネットで調べて営業していると明かした。1時間粘ったが、医師は断った。

 福岡県の診療所も別の業者が来た。医師は不審思い、ひそか録音した。営業マンの声は柔らかい。
 「コンサルタントフィーという形で、毎月税込み合わせると1人1万5750円をちょうだいさせて頂きます。検査で先生の報酬がどんどん上がっても、うちは1万5750円と固定させて頂いているんですよ」

「患者、金づるか」 紹介ビジネス、過剰診療の恐れ(2013年8月25日朝日新聞)

 高齢者施設で暮らす患者は、施設が薦める医師の診察を受けることが多い。患者紹介ビジネス組み込まれて「売買」されていても、気づいていない人がほとんどだ。そればかりか、過剰な診療を受けたり、診療水準が落ちたりする恐れもある。

高齢患者紹介ビジネス横行

 「施設入ると医者は決まっていました。お願いするしかありませんでした」
 茨城県ある有料老人ホーム入所していた女性(82)の長女(55)は、3カ月前を振り返る。
 医師は血圧と血糖値を測って「現状維持です」と伝えるだけで、母はどんどんやせた。家族が声をかけても母の反応はにぶくなっていった。長女は不安かられ、2カ月後に施設を変えた。今は別の医師から丁寧な診察を受け、自分で食事をし、会話もできるようなった。
 「いま考えれば、粗末な診療でした。私たちが払った医療費から紹介料が払われているのなら、許せません。いい金づるなんでしょうか」

 通院することが難しい患者を月2回訪問したら、医師が受け取る診療報酬は6万円を超える。外来の15倍だ。高齢者施設の30人をまとめて訪問すれば、月180万円が入る。業者はその2割程度を毎月、自動的入れることができる。
 東京都世田谷区の診療所は、3年前紹介業者が訪ねてきた。「患者を紹介するので、料金を払って欲しい」。医師が医師仲間メールで相談すると、仲間の診療所も同じ業者が営業来ていた。
 厚生労働省も複数の情報が寄せられている。愛知県では、有料老人ホームの運営会社自体が、医師入所者を優先的紹介する見返りとして診療報酬の20%の支払いを要求していたという。
 NPO法人高齢社会をよくする女性の・樋口恵子理事長は「高齢者や病人の人身売買だ。体が弱っていく時期、営利だけを追求する人々の利権によって食い物されるのかと思うと許せない」と憤る。
 一方、紹介業者の多くは「うちだけでない。ほかもたくさんやっている」と言う。大阪府の業者は「医師の要望で始めた。医師支援の一環だ。我々も人件費などコストがかかっているので(紹介料を)もらっている」と反論した。

先日以来取り上げているよう高齢者を施設から在宅へという近年の大きな流れが出来つつあって、その中で在宅患者訪問診察料というものもかなり高く設定されるよう改訂された訳ですが、ポイントなるのは施設入居している患者であっても高い報酬が得られるという点で、大きな施設入居しているご老人を毎月2回みて回るだけで高い報酬が得られるのですから多くの施設が飛びつく道理ですよね。
ただ往診しての診療内容についてはここでは触れませんけれども、もちろんこんな金額を設定しているというのは病院受診することが難しいという前提条件を満たしている場合であって、単に外来連れてくるのが面倒くさいというだけで往診切り替えると言うのは極めてグレーゾーンなやり方ではないかとは思います。
もちろん国すればこの際多少高くつくことは目をつぶっても往診をやる医師を増やそうとしているのでしょうが、ここまで極端な差をつけられると外来で診るということ自体が馬鹿馬鹿しいですし、施設のスタッフにしても患者さんを連れて行くよりは医師が来てくれた方が手間も省けるのですから、確か雪崩を打って往診切り替える医師が増えているというのも理解出来る話です。
ともかくこうして記事も大きく取り上げられた以上、次回の診療報酬改定ではこの辺りの報酬体系も改められるなり条件が厳しくなるなり何らかの手入れが入れそうですが、施設入居者全員を外来毎月2回連れて行くなどということは非現実的で、アクセスという点で高い往診料設定が入居者の医療環境を改善しているという評価は出来るかとは思いますから、どの辺りを落としどころにしていくかが問題ですね。

最もありそうなのは同一施設内で同日複数患者を診察した場合は大きく報酬を割り引くというやり方ですが、病院併設の老健毎日一人ずつ往診いくといった対処法は出るでしょうし、複数施設を掛け持ちして各施設一人ずつみてまわるなど、その気なればまだまだ儲ける道は残りそう思います。
国にしても老人は施設入所よりも自宅でと考えていることは明らかですから、本当であれば高い往診料を取れるのは自宅への往診限るべきなのでしょうが、この場合は時間効率が悪すぎて余程暇な医師でなければ少々の報酬では腰を上げないでしょうから、国全体でも到底施設往診のような総数をこなせそうないというのは痛し痒しなんでしょうね。
ただ往診の報酬が高すぎるというより本来は外来診療単価の方が極端安すぎるということの方が問題で、高齢者が受診する場合はほぼ例外なく誰かの付き添いが必要となるのですから、付き添いスタッフのコストも込みで外来診療単価を評価していなければおかしいという話で、特に入居型の施設を併設しているような医療法人は大抵が在宅のサービスもやっているわけです。
その場合は在宅患者の外来受診と言っても連れてくるのは家族ではなく訪看やデイサービスのスタッフである場合も多いのですから、往診も見劣りしない十分な報酬を外来受診時に医療側と介護側とで分け合えるようなれば理屈も合い、法人全体として損もならない道だと思うのですが、万一そんな話が出た日はさっそく日医あたりが「医科の報酬削減は断固反対!」と潰しかかるんでしょうね…

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2013年8月27日 (火)

介護も「フリーアクセス制限」による給付抑制へ?

本日の本題入る前、医師であり作家である米山公啓氏が先日こういうインタビュー記事出ていたのですが、いざと言うときには素人は何も決められないことが多いから普段から話し合ってどうするか決めておけというのは全くその通りだと思うのですが、その記事の中こんな記述がありました。

親を幸せ死なせるため、今考えておくべきこと(2013年8月12日日経ビジネス)より抜粋
(略)

米山:僕の母親の「死なせかた」を考えてみると、当時はまだ介護保険制度はなかった。自宅で、父と僕で最期まで看取るつもりだったけど、2人とも現役の医師だったのでなかなか大変で、最終的は病院入れました。もう少し、あと2、3週間家で看ていればそのまま看取れたの、鼻管を入れられて動けないままの9カ月間はかわいそうだったし、きっと母も望まなかっただろうと。それを悔やんでいます。

 父の場合は肺リンパ腫がありましたが、ぎりぎりまで自宅で普通の生活をさせて、最期病院入院して3日で亡くなりました。病院とは事前何度も話し合いをして、治療は一切しない、血圧上げたり人工呼吸器つけたりもしないと決めていた。何もしないというのもなかなか難しいんですが。それで父は、人間として尊厳を保った死に方というのかな、そういう最期だったので父については悔いがないんです。
(略)
 海外で寝たきりの老人がいないというのは、介護が手厚いとかいう以前、口から食べられなくなったら治療しないということも大きいと思います。

 先日、僕の患者さんと話していたら「2年間で親を死なせてくれる病院がいい病院だ」と言うんです。親御さんを今、有名なとてもいい病院入れているんだけど、最終的どのくらいお金がかかるのか分からないので経済的なことがすごく不安だと。例えば2年間と限定されていたら、家族は親のことを考えていろいろなことをしながら過ごせる。もちろんそんな病院はないんだけど。どこまで続くか分からないというのが経済的、肉体的最大の不安なんですね。

 だから家族側は、病院側と何度も話し合いを持って、共通の認識を持っておくべきなんです。
(略)
米山:うちの親父なんか、最後入院する時に遺言書を書いたか確認したら書いてないと言うので、びっくりして、入院する日簡単な遺言書を書かせて、入院して状態が安定してから病院司法書士を呼んで正式な遺言書を書かせた。

 そこまではなかなかできないかもしれないけど、そういう話をできるぐらいの親子のコミュニケーションが必要じゃないでしょうか。金の話はしづらいとか何とか、そういうのを突破してこそ、安らかな死を迎えられるんじゃないかと。
(略)

人生の最後をどうすべきかと言うことは永遠のテーマですが、高齢者の場合特徴的なのは多くの場合徐々衰弱が進んでいく中である程度の時間的余裕があって、自分の人生観基づいた意志決定が出来るということあると思いますから、どうせなら人生の最後も自分で好きなようやってもらうよう手配しておくというのも良いことだと思います。
ただ自分が望んだ結末と家族が望む結末とが必ずしもイコールでないのは言うまでもないことで、田舎などでありがちなのがご本人は長年世話なってきたかかりつけの先生看取ってもらいたいと考えているの、ご家族の方で「あんな小さな診療所では外聞が悪い」と街の基幹病院送り込んでしまうといったケースで、必ずしもご本人の希望通りいく訳ではないということはままあるわけですね。
医療の側でも多忙な基幹病院で看取り症例まで引き受けていたのでは医療リソース不足がますます深刻化しますから、昨今では昔のよう最後は取りあえず濃厚治療をやって終わるというケースは減ってきていると思いますが、より以上深刻なのが国や自治体といった医療費の多くを負担している側の事情で、昨今では医療でも介護でも個々の状態応じた最適の(あるいは最低限の)給付をと言う考え方が推し進められています。
最近その導入がささやかれているフリーアクセス制限論などもその一環として理解出来そうですが、利用者の希望によってサービス内容を決めるのではなく客観的状況を指標としてサービス内容を決めていく考え方が同じく見られる話として、先日各紙でも報道されていたこんなニュースがありますね。

特養「要介護3」から 厚労省 入所基準を厳格化へ(2013年8月26日産経ニュース)

 厚生労働省は25日、特別養護老人ホームの入所基準を厳しくする方針を固めた。入所できるのは原則として、手厚い介護が必要で自宅では負担が重い「要介護3」以上の高齢者からとする方向だ。要介護度の低い人は在宅へ、という流れを進め、制度維持のため給付費を抑制するのが狙い。介護保険法を改正、平成27年度からの実施を目指す。

 28日再開する社会保障審議の介護保険部会で議論を本格化させる。

 社会保障制度改革国民会議の報告書は、特養の入所者について「中重度者重点化」と明記。改革の工程を示すプログラム法案の骨子でも、26年の通常国会介護保険法改正案を提出し、27年度をめど実施していくとした。

 厚労省は報告書を踏まえ、特養入所できる高齢者を要介護3以上の中重度者とし、比較的軽度の要介護1、2の高齢者は新規入所を制限する。

 要介護1、2の高齢者が特養を利用する理由として「介護者不在、介護困難、住居問題」が大きいとする調査結果もある。このため厚労省は自宅がない要介護1、2の高齢者向けは空き家などを活用して住まいを確保、買い物や食事などの生活支援も合わせて行う仕組み作りを進める

 厚労省によると、25年4月審査分の1人当たりの介護サービス費用は、在宅が約12万円対し特養の利用者は約28万円

 23年度の特養の新規入所者14万人中、要介護3~5が約12万人と9割近くで、要介護1、2は1万6千人だった。

もともと平成14年の省令改正で入所の必要性が高い人から入れるということになっていますから実際どれだけの影響があるのかと思うのですが、平成19年に東京都が調べたデータでは特養入所者で要介護度2以下の割合としては12%ほどと、1/3ほどを占めている老健などに比べればさすがに低くなっています。
国や自治体にすれば医療や介護で手厚いサービスを提供する重症者向け施設ほど多くの出費がかさむ訳ですから当然軽症者に入って欲しくないのは当然なのですが、制度上は重症者向け施設ほど手厚い補助がなされていることもあって自己負担が低くなっていますから、安い上に手厚いサービスも期待出来るとなればそれは誰だってそちらを選びたくなりますよね。
実際各地で特養入所希望者が殺到し自治体財政も悲鳴を上げている状況でニーズ抑制策が求められているところですが、国も施設入居者への食費等ホテルコスト補助見直しの方針を固めたという報道が先日出ていて、仮に現時点での収入が少なくとも資産がある程度あれば給付対象から外し、場合によっては土地などを担保に貸し付けて死後に精算するといったやり方も検討するということです。
そもそも若年者の場合と違って基本的に状況が改善していくということのない慢性期の高齢者に対して重症者ほど安くなるという価格体系が正しいのかどうかで、日本では年寄りは病院に放り込んでいくのが一番安上がりなどと言われてきたことが日本独自の歪な高齢者分布を招いたことは確かですし、利用者相互の不公平是正のためにも少なくともサービス内容と価格との逆転が生じない料金体系にはすべきでしょうね。

ただここで注目したいのは特養から軽症者を追い出すことの是非はともかくとしても、その追い出し先として老健等の軽症者向けの入居サービスではなく自宅へ帰せと言っていることで、想像するに先日も出ました身体的には元気な認知症老人をどうするかだとか地域包括ケアシステムだといった話と同様に、高齢者は可能な限り高価な入所サービスから安い居宅サービスへと動かしていくという国の大方針に則った話なのでしょう。
施設入所と在宅サービスとではコストが全く異なりますから国や自治体としてはそう考えるのは当然ですが、例えば在宅介護のために息子が離職して面倒をみると言うことになれば息子の収入が無くなる訳ですから経済活動としても税収上もマイナスにカウントしなければならず、トータルで見て果たしてどちらが得なのかということは未だはっきりした比較を知りません。
また作業の効率ということを考えても元気な高齢者の介護はほとんどの時間が見守りを要するというだけなのですから、老人一人に介護者一人がついて自宅に閉じこもっているよりは大勢を一カ所に集めて専任スタッフがまとめて面倒を見た方がずっと効率的であるのは当然なのですが、こうした効率性の低下とホテルコストの削減とどちらが得かということも検証してみる必要がありそうですね。
前向きに考えれば在宅サービスをどんどん充実させて大きな産業としていければ経済成長にも貢献出来るし、特に地場産業の乏しい地方での有望な雇用先にもなり得る理屈ですが、実際には未だ3Kだ、4Kだと低賃金で過酷な職場に人が集まってこないのですから、まずはこうした待遇改善を先行させ産業としてきちんと成立するものにしていくのが大前提ですが、そちらは一向に話が進んでいないらしいのが気がかりです。

そしてもう一点、自宅介護ということになると「何かあったときにどうしていいのか判らない」といった理由で「うちでは無理だ」と考えてしまう人も多いでしょうが、軽症者の場合基本的にはすぐに命に関わるような状態ではないわけですから、何かあった時には一般の急変と同じで直ちに医療機関を受診する、あるいはそうではなくとも連絡し相談するということでいいと思います。
何らかの慢性疾患を持っていてかかりつけがある場合ならいいのですが、よく問題になるのが生来健康で病院にかかったこともなく元気に過ごしていた高齢者が急にどうにかなった場合の受け入れ問題で、やはりある程度の年齢がいっていると元気だとは言っても何があるかは判らないのですからきちんとかかりつけ医は確保しておく必要があるでしょうね。
国の方針としてはこうした日常ケアを担当する総合医というものを育成し、基幹病院に専門医を集約することと対の関係で医療を再編していくということのようですが、医師一人の開業医となれば常時誰かが当直をしている病院と違って24時間365日応需という訳にもいかず、特に休日夜間などでかかりつけ医と連絡出来ない際に受け入れ先も見つからないというケースが未だに少なからずありますよね。
平成22年に病診再診料統一と並んで導入されひと頃は大きな話題になった開業医による24時間対応への加算の話なども最近ではとんと聞かなくなりましたが、いつまで介護がいるか判らないがとにかく施設からは出て行け、さっさと家に帰れと圧力をかけるだけでは単なる家庭や地域への負担の押しつけと言うことに過ぎず、家族にしても終わりの見えない介護への精神的重圧感は大きいでしょう。
むしろ終末期に医療資源の多くが浪費され過ぎている!と言う主張は以前から盛んに行われているのですから、まだまだ元気なうちは介護施設でお友達と仲良く過ごしていただいて介護効率を追求し、いよいよ終末期になった時点でご自宅に戻り畳の上で看取るくらいの逆転の発想もあってもいいと思いますが、試しにどなたか在宅看取りサービスのようなものを立ち上げてみる気はありませんかね?

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2013年8月26日 (月)

進む不妊治療関連の議論 各々重視すべきものは何か

先日は厚労省の検討会で不妊治療への公費助成に年齢上限を導入するという話が出ていることを紹介しましたが、どうやらその詳細が固まってきたようで各社から報道がなされています。
全般的な報道ぶりを見てみますと意外にと言うのでしょうか、積極的に賛同するというわけではないものの批判的論調も相応に抑制が効いているのかなと言う印象を受けるのですが、まずは記事を紹介してみましょう。

不妊治療助成、医療機関の要件厳格化へ(2013年8月23日CBニュース)

 不妊治療患者への公的助成のあり方を議論していた厚生労働省の検討会は23日、報告書をまとめた。特定不妊治療に対する助成事業の指定医療機関の要件を厳格化し、対象となる女性に年齢制限を設ける内容。治療の安全性を高め、妊娠・出産のリスクが相対的に少ない年齢での治療を促す。厚労省の担当者は、「来年度の予算要求や要綱の改正に反映させたい」と話している。

 同事業では、助成対象となる医療機関の要件として、▽実施責任者(実施医師)▽看護師▽胚を取り扱える技術者▽泌尿器科医師▽コーディネーター▽カウンセラー-について、人数や資格などを定めている。これまで、胚を取り扱える技術者(胚培養士・エンブリオロジスト)の配置は「望ましい」となっていたが、報告書では配置を義務付けた。医師も兼ねることができるが、年間採卵件数が100件以上の施設では、「実施責任者・実施医師と同一人でないことが望ましい」とする。要件の変更は、新規指定の場合は来年度から、既存の指定医療機関は2015年度から。

 このほかの要件でも、治療件数の多い施設で、新たな要件を加える。医師については、年間採卵件数100件以上の施設で、生殖医療専門医の配置が「望ましい」とする。看護師も年間治療件数が500周期以上の施設で、不妊症看護認定看護師または母性看護専門看護師の配置を「望ましい」とし、これらの要件は「将来的には義務とすることも検討すべき」ことを盛り込んだ。

■対象女性の年齢は42歳以下、通算回数は6回

 患者の対象も変更になる。これまで制限のなかった女性の対象年齢は、「42歳以下」とする。通算回数は現行の10回から6回に減らし、年間回数や通算期間の制限はなくす。通算回数は、40歳以降に治療を始めた場合には3回とする。高齢での不妊治療では生産分娩率が低くなり、43歳以上では流産率が50%を超えることや、分娩に至った治療のうちの90%は治療回数6回までであることなどが勘案された。対象の年齢や回数の変更は、女性の年齢や新規の申請かどうかなどで、異なる移行期間を設ける。【大島迪子】

[不妊治療] 「妊娠」しやすい環境へ(2013年8月22日南日本新聞社)

 厚生労働省は、不妊治療で体外受精を受ける女性患者に対する公費助成を、42歳までに制限する方針を決めた。2016年度から実施する。
 現行制度に年齢制限はないが、40歳以上で治療を実施しても成功率が低く、妊娠・出産時のリスクが上昇することを踏まえた措置だ。背景には、助成予算の増加に歯止めをかける狙いもある。
 母胎への影響が大きい流産率が年を重ねるほど高くなるなどのデータを考えれば、年齢制限には一定の妥当性があろう。ただ、年齢を区切ることで、政府が適切と考える年代での出産を強いることになるとの指摘もある。実施に当たっては丁寧な説明が必要だ。

 1回に30万~50万円かかる不妊治療の助成事業は、患者の経済的負担を軽減するため、04年度に始まった。夫婦合わせた所得が730万円未満の人を対象に、最大15万円の助成を通算5年、10回まで受けられる。
 初年度に助成を受けた人は延べ1万7000人だったが、その後右肩上がりで増加し、12年度には延べ13万4000人を突破した。国と都道府県などが折半する予算は200億円にまで拡大した。高齢出産は現在も増加傾向にあり、今後も確実に増え続けるとみられる。
 見直しのきっかけになったのは年齢と不妊治療の成績などをまとめた厚労省研究班の調査結果だ。体外受精などの治療1回当たりでどれくらいの割合で出産に至ったかを調べると、32歳までは約20%と安定しているが、それより高齢になると低下し、40歳で7.7%、44歳では1.3%にまで下がることが判明した。40歳以上だと流産率が高いことも分かった。
 こうしたデータに加え、同様の支援制度のある先進諸国でも年齢制限を設けている場合が多いことなどから導入を決定した。新制度では、期間の制限なく上限6回(40歳以上は上限3回)の助成が可能となり、短期間に集中的に治療を受けられるようになる。

 忘れてならないのは、今回の見直しをプレッシャーと受け止め、不快に感じる人たちがいることだ。共働きでなければ生活を支えられず、ようやく妊娠を考える余裕が出てきたときに不妊に直面したという女性は少なくない。結婚や妊娠を先送りする人にはやむを得ない理由がある場合が多い。
 こうした反発を和らげるためには、若いうちに子どもを産み育てやすい社会を実現する施策を併せて行うことが不可欠だ。時間がかかる不妊治療の成績を高めるため医療機関のレベルを向上させることも検討すべきだろう。

繰り返しますがあくまでも公費による助成に対する制限であって何歳であっても不妊治療を受ける自由は確保されていますし、むしろ年間2回までという今までの制限を撤廃したことで少しでも可能性の高いうちに短期集中型で不妊治療を重ねることも可能になったわけですから、今までのように「いつまでこれを続けるのか」と迷うことは減ったと肯定的に評価することも出来そうです。
出生率も低くなっている現代日本で子供が増えた方が国にとっても自治体にとっても良いことであることはほぼコンセンサスを得られていると思いますが、ただそれに対してコストパフォーマンスを無視して何でも努力すべきだということではなく、子供が増えることによる社会のメリットとそのために要する経費の双方を十分に比較検討し、少なくとも明らかに後者がはるかに上回っていない場合に公費で助成する意味がある理屈ですよね。
自治体レベルでは今後も独自の補助に含みを持たせているところもあるようですが、例えば記録上ではそうした出産が行われたことがあるとは言え限りなく妊娠・出産可能性が低い60歳以上になっても無制限に不妊治療助成を行うべきだと主張する人はいないはずで、医学的・社会経済的な裏付けを勘案しながらどこかで公費による支援の線引きをすることは妥当な判断ではないかと思います。
それよりもむしろ議論を呼びそうだなと思ったのがほぼ同時に発表された卵子凍結保存に関するガイドラインなのですが、本来医学的妥当性に基づいて判断されているだろうこちらの方がむしろより大きな社会的議論を呼びそうな気がしますね。

卵子凍結、40歳以上は推奨せず 学会が将来の妊娠希望で歯止め(2013年8月23日47ニュース)

 将来の妊娠に向けた卵子の凍結保存について、日本生殖医学会は23日、妊娠の確率が低くなる40歳以上には勧められないとのガイドラインをまとめた。

 女性の晩婚化と晩産化が進む中、妊娠の可能性がより高い、若い時の卵子を保存したいという女性の要望に応じ、一部の不妊治療施設で卵子凍結が広まりつつあるが、現状では法的な規制がない。同学会は「何らかの道しるべを定め、無秩序に広がるのを防ぎたい」としている。

 卵子凍結は、女性の体内から卵子を採取し、液体窒素などで凍結保存。必要に応じ、解凍して体外受精に使う不妊治療の技術だ。

未婚女性も卵子保存、学会容認へ…指針案で(2013年8月24日読売新聞)

 日本生殖医学会(理事長・吉村泰典慶応大産婦人科教授)は23日、健康な未婚の成人女性が、将来の出産に備えるために行う卵子の凍結保存を容認する指針案をまとめた。

 晩婚化で出産年齢が遅くなっている現状を踏まえ、今後、実施施設が増えることが予想されることから、一定の歯止めとなる指針案を作成したとしている。

 卵子の凍結保存については、不妊治療を目的とした夫婦と、治療で卵巣機能が失われる恐れのあるがん患者にのみ、日本産科婦人科学会の指針などで認められているが、未婚の女性に対する見解が示されたのは初めて。

 指針案では、健康な女性の卵子の凍結保存を認めた上で、採卵時の年齢が40歳以上は推奨できないと定めた。凍結した卵子を解凍して受精させ、子宮に戻す年齢については、高齢出産のリスクを避けるため45歳以上は勧めない

近頃では高齢妊娠のリスク要因として母体の高齢化による各種合併症増加に加えて卵子の老化ということが大きく取り上げられるようになっていて、とりわけ妊娠がしにくくなってくることの理由として卵子の老化が半数に及ぶということですから、独身女性が当面結婚や妊娠の予定はないけれども、まだ若い今のうちに卵子だけでも保存をと考える心情は理解出来るところですよね。
実際に日本国内でも「卵子の老化対策は卵子保存」などとうたって商売している施設もあるようですし、海外などではむしろ積極的に保存をしておくべきとキャンペーンまで張られて卵子保存が普及してきていると言いますが、精子保存に比べれば相応に身体的負担も大きいにも関わらず今まではそのガイドラインが存在しなかったということが普及の妨げになっているという指摘もあったわけです。
その意味では高齢妊娠ということに社会的注目が集まってきている中で学会から未婚女性に対する指針案が出たことは待ち望まれていたとも言えますが、問題となりそうなのは卵子の老化が進んでいるだろう採卵時年齢40歳未満を推奨という縛りはまあ仕方ないとしても、高齢出産による各種合併症が増加する45歳以上での使用制限という一項が加えられている点でしょうか。

前述の通り高齢妊娠に伴う各種合併症の増加は明らかになっているわけですから医学的には妥当な考え方だと言うことになるのでしょうが、そもそも社会的背景を考えて見れば高齢妊娠になればリスクが上がると判っているのだから、せめて若いうちに卵子だけでも保存しておこうという方々がこの未婚者向け卵子保存の対象者であるはずですよね。
そうしたターゲット顧客がいざ利用しようとした時にそれは出来ませんでは何だそれはと言いたくもなるはずで、もちろん案ですから今後まだまだ改変の余地はあることですし、あくまでも勧めないというだけでリスクも何もかもきちんと説明を受け理解した上で行われる分には構わないという運用になるのかも知れませんが、やはり何か釈然としないものがあるように思います。
自治体レベルでの独自助成ではまた異なるのかも知れませんが、今のところ不妊治療での公費助成と言えば体外受精や顕微授精に限られてのこととなっていて、若いときから卵子を保存すると言うのは本来の不妊治療ではない予防的なものであることもあって、おそらく今後も助成対象とはならないでしょう。
となると先の公費助成の話と異なりこちらの場合はあくまでも私費で個人の意志に基づいて行われるものですから、医学的妥当性と対比されるべきものは社会的なコストパフォーマンスの代わりに顧客満足度ということになると思いますが、現状その一方からの視点で定められているように見える指針案が今後どう練り上げられていくのかに注目したいところですね。

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2013年8月25日 (日)

今日のぐり:「麗ちゃん」

大分合同新聞と言えばご存知の通り「ヌコ」で有名ですけれども、先日こんな記事が掲載されたと話題になっています。

2時間汗びっしょり、子猫の救出劇(2013年8月21日大分合同新聞)

先日、別府市内の60代主婦が金融機関駐車場から車を出そうとすると、「ニャーニャー」と車内のどこからか鳴き声が聞こえた。
不思議に思って調べると、子猫が車の底のわずかな隙間に入り込み、出ることもできずにいる。
驚いた主婦は何とか捕まえようとするが、手も届かない。
話を聞いた金融機関の職員数人も応援に駆け付け、炎天下、汗びっしょりになって救出を試みるも失敗。
結局、日本自動車連盟(JAF)を呼び、約2時間後に助け出した。
子猫は一目散に逃げ出し、抱きかかえるような感動的なシーンはなかったが、主婦は「猛暑の中、無事で良かったわ」。

久しぶりに本家本元ヌコキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!-と大騒ぎになるのも納得安心のクオリティですが、当然ながら職人の手によってこれまた絶讚ヌコ繁殖中と言いますから恐れ入りますね。
本日はヌコ救出に汗水垂らした大分県民に敬意を表して、世界中からまさにこれぞ決定的瞬間!というニュースを取り上げてみたいと思いますけれども、まずは今世界中で話題のこちらからいってみましょう。

ロシア、海水浴客でにぎわうビーチに軍艦がいきなり横づけ!(2013年8月22日GIZMODO)

Russian Navy Hovercraft Lands On Busy Beach (PART ONE)

すでに世界中で話題のこの動画。

夏らしく海水浴で賑わう浜辺、そこに突如としてあらわれたのは巨大な軍艦。これ、ロシアはバルト海に面したビーチでの映像。突然あらわれたのは、ロシア軍が保有する水陸両用の軍艦で、400人収容可能という大きな550トンサイズ。このサイズでは最大規模のものだといいます。映像を見ると、周りの人々が逃げる様子もなく、なんだか呆然とほのぼの軍艦を見つめていて違和感がありますけれど…。

浜辺に艦艇が上陸するのは、演習の一部でよくあることですが、そこに人がいたのは予想外。ネタ元にあるロシア軍関係者のコメントだと、上陸したのは軍保有のビーチでなんでそこに人がいたのかわからない、という状況のようです。しかし、ロシアの地元メディアでは、「上陸海岸を間違えただけでは?」という話もあがってきているようですけれど。それにしても、大スケールな映像がとれましたね。

実際のところは何故こうした状況に至ったのかは不明ですけれども、しかし何とも不思議な光景と言うしかありませんよね。
最近の日本では局地的豪雨が問題になっていますけれども、先日小田急線でこんな大事件が発生していたようです。

雷が列車を直撃した瞬間の映像がすごいと話題に(2013年8月13日ねとらば)

 小田急線の列車を雷が直撃した瞬間をとらえた映像がYouTubeに投稿され、すごいと話題になっています。

 動画は8月12日夕方に撮影されたもの。1分19秒ほど経過したところで、多摩川の鉄橋を走る列車に雷が落ちるのが見えます。

小田急線の列車に雷が直撃した瞬間をとらえた映像(登戸)

 小田急線はこの日落雷による停電で、一時列車の運転を見合わせ(13日には復旧)。Twitterには停電で真っ暗になった車内の様子を伝える写真が投稿されていました。

考えて見れば電車に雷が落ちても不思議はないというものですが、しかし中の人が無事だったというのが不幸中の幸いでした。
全力発揮を求められる競技中には思わぬハプニングが起こりえるものですけれども、こちらとんでもない快走劇が大きな話題となっています。

自転車レースで大逆転 秘技「壁走り」が炸裂(2013年8月11日ねとらば)

 世界各地で開催されるマウンテンバイク競技「4X(フォークロス)プロツアー」のチェコ戦で、大逆転劇が発生しました。スーパープレイの瞬間を捉えた動画が、YouTubeに複数投稿されています。

JBC 4X Revelations - Michal Marosi crazy wallride

 起伏のあるコースを障害物をクリアしながら駆け抜けていくフォークロス。レースが始まると、赤い服のミハウ選手が好スタートを切り、華麗に大ジャンプ! ぶっちぎりの1位確定かと思いきや、着地に失敗して他選手に追い抜かれてしまいます。しかし、勝負はまだここから。

 レース終盤の急コーナーでドラマが起こります。先陣の選手がスピードを落とし、バランスをとりながら曲がっているところを、驚きの角度から現れたミハウ選手が颯爽と抜き去っていきました。なんと、コーナーの“壁を走っていた”のです。このスーパープレイによる逆転劇に観客は大盛り上がり。ミハウ選手は歓声の中、1位でゴールしていました。

Best shot/view wallride overtake JBC 4x - Marosi 3.8.2013

JBC 4X Revelations - Michal Maro?i On Wallride

某巨匠の出世作とも言うべき古典的劇場アニメの一シーンを思い出すような光景なのですが、しかしこれも勝ち負け以前に何事もなくクリア出来たからよかったと言うものですよね。
ラブコメの一シーンなどではありがちな光景ですが、実際にやってしまうとこうなってしまうのだなと言うニュースが話題を呼んでいます。

人魚コスプレの女性「13歳の初めてのキスを奪われちゃった…」(2013年8月13日らばQ)

遊園地やテーマパークなどへ行くと、アトラクションと共にキャラクターに扮するパフォーマーが、一緒に記念写真をとってくれることがあります。
あるマーメイドの女性が「今日、13歳の少年にとってのファーストキスを奪われた」と題する写真を海外サイトに上げ、注目を集めていました。

うわっ。

しっかり、ぶっちゅーと入ってます。
記念撮影をするときに男の子がふざけていたそうで、冗談半分に「チーズ」の合図とともにマーメイドの女性がほっぺにキスをしてあげようとしたそうです。
すると少年も同じことを考えていたようで、結果は写真の通り。少年の両親や多くの人が見ていたそうで、しばらく笑いが止まらなかったと言います。

海外掲示板では、多くの人が少年が狙ったに違いないとコメントしていましたが、マーメイド女性によると偶然だったことは間違いないとのこと。
思わすファーストキスを経験してしまった彼は、顔を真っ赤にして逃げるように走っていったそうです。
微笑ましいこのキス写真に対する、掲示板の反応をご紹介します。

●間違いなくこの少年は、一生この話をするだろう。
●(マーメイド)すでに町で言いふらしていると聞いた。
●どれくらいそのコスチュームでいられるものなの? 自分の足がくっついたまま数分以上いられると思わなかったので。
●(マーメイド)一番長かったのは5時間半かな。それが一番長く泳いだ時間でもある。
●彼のシャツには「ハードに働く、ハードに遊ぶ」と書いてある。警告はちゃんとされていたな。
●(マーメイド)シャツをよく見てなかったわ。
●人に伝えて信じてもらうのに苦労しそうだ。
「初めてのキスは?」
「バカンス中にマーメイドにしたよ」
●大丈夫さ。証拠の写真を持ってる。
●(マーメイド)映像も持ってるわよ。
●31歳のオレよりキスの経験があるなんて。
●きっと父親の入れ知恵だ。オレの父親もうながしてたことがある。
●(マーメイド)確かに一番歓声を上げていた。
●その驚いた顔がいいよ。
●自分は22歳だが、同じことをしようとすると、そのひれで叩かれちゃう? あるいはガードマンに追い出されるんだろうか。
●(マーメイド)私の許可をちゃんと最初にとるかどうかね。この子のは偶然の事故だったから。

とりあえず少年にとって、とてもいい思い出になったことでしょう。うらやましいという大人が多かったのも笑えました。

写真だけを見るととても偶発的事故とは思えないほどはまってる感がハンパないのですが、しかしまあこれは出会い頭の不幸な衝突と言っていいものなんですかね…
先日イチロー選手が日米通算4000本安打を達成したことは記憶に新しいところですが、最後にその影でこんな出来事があったと話題になっているニュースを紹介してみましょう。

イチロー4000安打目のボールを大切そうに撫でまわす川崎ムネリンが日米で話題に! 海外の声「なんて可愛いの!!」「ムネのためのヒットだ!」(2013年8月22日ロケットニュース24)

2013年8月21日、ニューヨーク・ヤンキースのイチロー選手が、日米通算4000安打という偉業を達成した。VS トロント・ブルージェイズ戦でのことである。

ブルージェイズと言えば、イチロー選手を慕っていることで知られる川崎宗則選手(ムネリン)が在籍しているチームだ。しかも、この日、川崎選手は先発で出場! イチロー選手の4000安打の瞬間にその場に居合わせたのだ! その際、川崎選手がとった行動が感動的であるとファンの心に響いている。その様子は動画で確認することができるぞ!

・イチロー通算4000安打ヒット! → ボールがムネリンにめぐってくる

川崎選手がイチロー選手の偉業達成の瞬間に立ち会えたことだけでも、ファンは胸を熱くさせていたようだ。だが、それだけではなかった! イチロー選手が打った4000安打目の球がなんとセカンドを守っていた川崎選手の元へ回ってきたのだ。

・ボールを撫でまわす → 審判に投げるよう催促される / 実況「審判に返せって言われてましたよね」

川崎選手の元にめぐってきた4000安打目のボール。川崎選手は、一度、ボールを離そうとするも、それをやめて両手で包み込むようにボールを撫でていた。そうしているうちに審判に早く投げるよう催促されたようだ。
一旦、審判の手に渡そうとしたが、もう一度両手でギュっと握る川崎選手。実況にも「返せって言われている」とツッコまれてしまったが、このいじらしくも見える姿が日米で話題となった。

・アメリカのネットユーザーの声
「カワサキが4000安打の場にいたなんて!! 私はとても嬉しい!」
「ムネのためのヒットだったと思うよ!」
「イチローのボールを握りしめてるね」
「ボールにすりすりするカワサキ。なんて可愛いの!!」
「この日のハイライトは4000安打直後のカワサキの反応だ! カッコイイぜ」
「カワサキが一番幸せだったんじゃないか?」

・日本のネットユーザーの声
「ムネリンは、持ってるな。」
「イチローさん日米通算4000本安打おめでとうございます(uωu*) 何がアレって記録達成したのがブルージェイズ戦っていうのがwwwwムネリンwwww」
「ムネリンもスタメンだったし、記録的な瞬間に逢えてさぞや幸せだろうな。」
「ムネリンが安定のイチロー信者で安心したよww 」
「ムネリンぶれないなwww」

・イチローと塁上でグータッチも!!

また、記録達成直後、イチロー選手が川崎選手が守るセカンドに進塁したときもひとつのドラマが生まれていた。イチロー選手が川崎選手に手を差し出し、2人は塁上でグータッチをしていたのだ! 一瞬のことだったが、何とも心温まるシーンである。

4000安打の瞬間に立ち会っただけでなく、そのボールを手にし、グータッチまでした川崎選手は直後の2回にタイムリーヒットを打ち、チームに貢献している。だが、試合はヤンキースの勝利。残念ながらブルージェイズは負けてしまった。だが、イチロー選手の偉業達成を喜ぶ川崎選手の姿にファンの心は温まったようである。

ムネリンと言えばアメリカに渡って以来すっかり愛されキャラとして大人気になってしまいましたが、特にその熱烈イチロー愛は有名で「強いて言うなら、イチロー選手はおにぎりみたいな感じです」「「きょうは僕の記念日。(初めて)イチローさんとバッティング練習から一緒だった。テンション上がります」等々、様々な名言?を残していることでも知られています。
ファンの側でもそうしたバックグラウンドを知っているだけにボールをこねながらにまにましてしまうムネリンを微笑ましくみてしまうと言うものですが、単に勝ち負けだけでなく長い伝統に裏付けられたある種のゆとりと共にプレーを楽しむというのもまたスポーツ観戦の一つの醍醐味なのかも知れませんね。

今日のぐり:「麗ちゃん」

広島駅の駅ビルにも何店かお好み焼き屋が入居していますが、その中でも圧倒的な人気を博しているのが半世紀以上の歴史を持つというこちら麗ちゃんでしょう。
ちなみに広島のお好み焼き屋で○○ちゃんという屋号が多いのは、戦災で男手を亡くした奥さんが始めた店が多いからなんだそうですが、こちらでは大勢のスタッフが延々とお好み焼きを焼き続けているという中々に興味深い光景が見られるせいか特に駅利用の県外客らしい人々が多いようですが、見ている限りでもオプションてんこ盛りフルセットのオーダーが多くお好み焼き屋とは思えない客単価になってそうですね…
だいぶ以前にもお邪魔したことがあるのですが相変わらず行列待ちの大繁盛しているのはいいとして、今回驚いたのはいつの間にかメニューを番号で注文するようになっているということで、そのうえせっかく鉄板が目の前にあるカウンター席ながら皿でのサーブ、なおかつコテ(ヘラ)ではなく箸がデフォルトになってしまっているのは客層に合わせたのでしょうが、とにかく注文にも戸惑うし食べにくかったという印象でしたね。

それはともかくとして、注文の方がごくベーシックな豚玉モダンそばにしたのですが、こちら珍しく稀少派カープソース使用のお店なんですが甘口が薄く塗られていて、今回はそのまま食べましたが卓上には甘辛両方のソースも常備されています。
こちらの場合誰が食べてもそれなりにという好き嫌いの少ないタイプのお好み焼きだと思いますが、キャベツの甘みも十分でもやしも多すぎず少なすぎず、焼きの課程でかなり圧迫をかけ二つ折りにすることもあって押さえつけずふんわり焼き上げるお店とは見た目も味も異なりますが、もともとのお好み焼きとは新聞紙でくるんで手で持って食べられるようにこういう焼き方だったと言う話もあって、このあたりはまあ好き好きでしょうね。
あえて言うと茹でたてを使っている麺はそもそも柔らかめに茹でているものをあまり焼かないということもあってよく言えば麺らしい食感を存分に残しているものですから、どちらかと言えば焼きの強めが好きな派としては鉄板での吃食なら調節出来るのに残念…と言う気がします。
隣接する他のお好み焼き屋にも以前にお邪魔したことがあって、そちらと比べるとここの味は本当に癖が少なく万人向けと言うのでしょうか、他県で食べる広島風お好み焼きの延長線上に位置するものという感じで本場入門編として駅ビルにはぴったりという気はしますが、客層を見ていても逆にそのあたりが地元の濃いフリークには物足りないところもあるのかも知れませんね。

しかし今回久しぶりにお邪魔して何故システムを県外標準?に変更してしまったのかはっきりしませんが、箸とコテの両方を卓上に置いとけば済むことなのにわざわざ一人ずつ箸を配るのは何か特別な理由でもあるのかどうか、仮にも老舗の看板を掲げるお店としてはそれなりに大きな決断ではなかったかと思いますが内外から意見異論は出なかったのでしょうか。
ちなみにここの焼き行程は鉄板サイズもあってとにかく壮観で観光客目線でも見応え十分なんですが、何しろ焼き手の数が多いだけに見る限りでも技量に明らかなばらつきがあるようで、たまたまいかにもベテラン風の方に焼いていただけたのは良かったですが、場合によっては少しおぼつかない手つきで焼かれたお好み焼きを食べるということも起こりえるかも知れません。
接遇面ではカウンター内からだけで大部分の仕事が済んでしまいそうな狭い店内ながら意外なほどフロアが頑張っていて、目も行き届いているし焼き方との連携もしっかりしたものですが、とりわけ内外スタッフや客とののやりとりを聞いていると何やら老舗の蕎麦屋的で楽しいのですが、こういうものも込みでの老舗の味と言うことなのか…とも感じましたね。

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2013年8月24日 (土)

増え続ける馬鹿には社会的規制強化で対応すべきか?

最近はすっかり「馬鹿発見器」としての側面がクローズアップされているSNSですが、先日もお伝えしたように昨今自ら犯した反社会的行為を誇らしげに公開するという奇妙なブームが起きているようで、当然ながら退学処分損害賠償請求など様々なペナルティが下される事になりそうです。
こうした行為に走る連中は最初から目立ちたいだけなのだから、マスコミなどが大々的に取り上げるほど模倣犯は増える一方だという指摘もありますけれども、ともかくも昔なら子供の悪ふざけとして親や地域共同体の中で叱られ終わっていたものが、いい年になるまで矯正されないまま一気に全国に恥を晒すことになるというのも興味深い現象ですね。
そんな中でSNSに絡んでいわば逆方向のトラブルも発生し炎上していると言うこともしばしば話題になっていますが、まずは先日出たこちらの記事を紹介してみましょう。

食べ散らかしの子連れ客、カフェ経営者が写真掲載で炎上(2013年8月16日CNN)

(CNN) 店内で大声を上げる子ども連れの客を追い出し、食べかすが散乱する店内の写真を掲載したカフェ経営者のフェイスブックが、母親たちの反発で炎上し、店の対応をめぐって激論が交わされている。

CNN系列局KOMOによると、米ワシントン州レイクスティーブンズでレイニー・マクダフさんが経営するカフェに、女性2人が子ども連れで来店。しかし子どもの1人が泣き叫び続けたことから、マクダフさんはこの一行に店から出て行くよう頼んだ。

マクダフさんは客が去った後、パンくずが散乱した店内の写真をフェイスブックの自分のページに掲載し、「食べ散らかさない小さな子ども連れのお客様に感謝します」というキャプションを添えた。子連れ客が帰った後に掃除しなければならない店員のことを考えてほしいという思いだったという。

ところが女性の1人が友人にうわさを広め、謝罪を求めたことから騒ぎに火が付いた。マクダフさんのページには、ボイコットの呼びかけから危害を加えるという脅しまで、非難のコメントが殺到。「客に対する態度が高慢だ。子どもを差別している」「客の子どもを公然と笑いものにするのは大きな間違い。訴えてやれ」「あんたのようなむかつく人間は大損すればいい」などの投稿が並んだ。

一方で、マクダフさんを支持する立場から、「妻と私はうるさくて行儀の悪い子どものために食事を台無しにされたことが何度もある。これからはあなたのカフェの常連客になります」「自分の子どもが食べ散らかしても後片付けをさせないのは良くない。私たちが子どものころは、床にはいつくばって後片付けをさせられた」といったコメントも相次いでいる。

マクダフさんは自分の発言を謝罪し、特定時間内に寄せられたコメント1件につき、スコーン1個分の金額を慈善事業に寄付すると発表。220ドルを集めて地元の家族支援センターに寄付した。

店から追い出した女性客には、再度の来店を歓迎すると呼びかけ、ただし子どもは家に置いてきてほしいと付け加えている。

いわゆる問題顧客問題はどこの業界でも今や共通する重要課題で、今回はあえて踏み込みませんけれどもこうした行動に出た店側の気持ちは十二分に理解出来ると考える人も少なからずいるでしょうし、また賛否両論あるようにそうした部分も含めて全てを顧客から評価され客入りが決まってくるのが客商売というものなんだろうと思います。
しかし日本でも万引き犯の写真を店内に貼りだした店舗が過去にも何度か話題になり賛否両論ですけれども、顧客側店側を問わずネット媒体の発達はこうした本来発信者側にもリスクのあるはずの行為に踏み切る閾値を確実に押し下げているとは言えそうで、しかもそれがひとたび注目されれば一気に制御不能な炎上に結びつきやすいと言う点でかつてのようなローカルトラブルで終わっていた牧歌的な時代とは全く異なってきたとは言えるでしょうね。
既存マスコミ諸社はこうした現象を「ネットは偏りやすい」「容易にネット世論は先鋭化する」とその危険性を強調することと併せてネット抑制論に結びつけようとしていることは周知の通りですけれども、SNSなどを通じてこうしたトラブルが山積するようになればなるほど彼らの「ネット規制論」にも力が入ろうと言うものです。

ネットの暴言、どう処理する? -欧州では法律や市民運動で対処(2013年8月5日Yahoo!ニュース)

インターネットを使って、誰もが気軽に情報を発信できるようになったが、自由闊達な議論が発生すると同時に、嫌がらせ行為に相当する発言、暴力的な発言も、ネット界にそのまま流れる状況が生まれている。
報道の自由を維持しながら、いかに暴力的な、あるいは差別的な表現から市民を守るのかが、焦点となってきた
英国やフランスで発生したネット上の暴言の事例を紹介してみたい。

―英国の事例 ツイッターの場合

最も最近の例は古典学者で歴史物のテレビ番組のプレゼンターでもあるメアリー・ビアード教授のケースだ。
長い銀髪のヘアスタイルとメガネがトレードマークとなっている教授は、過去にBBCのパネル番組に出演した後で、容姿を批判したり、女性であることを蔑視するつぶやきを自分のツイッターのタイムラインに受けるようになった。
こうしたつぶやきを発する一部の利用者と「対話」をネット上で行うことで窮地を切り抜けてきた教授だが、今月3日、「爆弾をしかけたぞ」というつぶやきを受け、警察に通報した。
(略)
その後、一定の知名度を持つ女性への暴言ツイートは女性の新聞記者や雑誌記者にまで拡大した。
一連の事件がメディアで報道されると、より使いやすい「悪用を報告する」ボタンを採用するようにツイッター側に求めるオンラインの署名が、12万5000件集まった。野党・労働党の女性幹部もこの事件の重要さを取り上げるようになった。
3日、ツイッター英国社のゼネラル・マネージャー、トニー・ワン氏は、暴言ツイートを受け取った女性たちに対し謝罪した。また、ツイッター社のブログ上で、暴言を防ぐために方針を見直すことを明言し、アップル社が採用するIOSを使う機器ばかりではなく、すべてのプラットフォームで「悪用を報告する」というボタンを9月末までに付けると発表した。
4日、女性ジャーナリストのカイトリン・モーラン氏は、象徴的な行為として、この日一日、ツイッターを使わないと宣言した。

―既存の複数の法律で対応

英国のそのほかのネット上の暴言の多くが、既存の法律で処理されてきた。
昨年4月、あるサッカー選手が19歳の女性への性的暴行罪で有罪となった。性犯罪の事件では、報道機関は犠牲者の名前を報道することを禁じられている。これはソーシャルメディアにも適用される。しかし、数人がこの19歳の女性の個人情報の割り出しをはじめ、実名がツイートされてしまった。男性7人と女性2人が性犯罪改正法違反で有罪となり、罰金を科された。
秋には、ある上院議員が、5万人を超えるフォロワーを持つ人権運動家の女性から、児童性愛主義者であることを暗示するツイートを発信された。議員はこれが事実無根であるとして、女性を名誉毀損で訴えた。裁判で、女性は5万ポンド(約750万円)の損害賠償を支払うことを命じられた。
リアルの世界の法律がソーシャルメディアでも適用されるケースが増えている。ネット以外の世界でやってはいけないことは、ネット界でも許されないと考えると、分かりやすい。
(略)
ー市民レベルでの運動が発達

欧州各国では、ヘイトスピーチを行った人を罰する法律が存在する場合が多く、ほかには名誉毀損法、人種差別禁止法など関連する法律を適用して、ネット上の暴言を処理している。市民が反対運動、抗議運動を行って署名を集めたり、著名人が「ツイッター利用をボイコットする」と宣言したりなど、市民レベルでの運動が活発だ。
報道の自由の維持と暴力的な発言の削減との兼ね合いの間で、試行錯誤が続いている。

例えば「朝日がまたアサヒった」とつぶやいただけで名誉毀損だ!と言われるような社会になりたいとは当のマスコミ以外誰も思わないと思いますが、かつてであれば身近な人間に向かって叫んでしまえば終わっていたことが全世界に拡散され後々まで残るようになった、そういう状況変化に対応出来ていない人々はそれなりのペナルティを受けながら次第に淘汰されていっているのが現状なのだと思います。
だとすれば社会の側での自然発生的な対処が進んでいる現時点で外部から強権的に「これはやってはいけない。こうしなさい」と御指導いただくよりは、もう少し長い目で自然に状況が落ち着いていく先を見守ってもいいと思うのですが、どうも日本人の中でも「世の中かくあるべし」と言うことにある種脅迫観念的な考えを持って急進的対応をせずにはいられないという方々が少なくないようなのですね。
先日国内外で二つの出来事がニュースとして流れていたのですけれども、「あるべきではない行為に対する対処法」としてどちらがより大人の対応であるのか、最後に考える材料として紹介しておきたいと思います。

勉強しない子供のゲーム機は「踏んで壊していい」 朝日新聞の夏休み「親へのアドバイス」にネットで批判(2013年8月8日J-CASTニュース)

 夏休みが中盤に差し掛かかっているのにも関わらず、宿題も勉強もそっちのけで遊びに没頭する小中学生、そんな子供を持つ親御さんたちは頭が痛い毎日のようだ。
 朝日新聞はそうした子供にどう接すればいいかという特集を組んだが、ゲームばかりやっている子供への対処として、「偶然を装ってゲーム機を踏んづけて壊したっていい」と書いたため、「壊すって、正気じゃないだろ!」「いくらすると思っているんだ!」などといった大量の批判を浴びることになった。

■夜は両親と「憲法9条」といったニュースについて語ろう

 問題となったのは2013年8月8日付けの教育面「今からできる!夏休み勉強法」という特集記事。せっかくの夏休みだから遊びたい気持ちは分るが、両親の雷が落ちる前に自分で机に向かってみよう、と小中学生に呼びかける形で効率的な勉強法を塾講師、家庭教師2人の専門家が語っている。
 その中で、学習法に関する著書が多数ある塾講師の高濱正伸さん(54)が、夏休み前半を何となく過ごしてしまった小学生の君でも

    「今からでも十分、すばらしい夏にすることができる」

と説いた。早朝から昼までの数時間を勉強にあて、漢字、計算、英単語を集中して10分ずつ、計30分行うのを習慣にする。重要なのは算数の文章問題に挑戦すること。特に高学年は考える力が一番伸びる時期なので、頭をひねって考え抜く経験を積もうと呼びかけた。
 午後はカメラを持って身近な植物を撮影し、オリジナル図鑑を作れば自由研究にもなる。夜は両親と「憲法9条」や「消費税」といったニュースについて話してほしいし、ゲームをしたりテレビを見たりしてだらだらする余裕はない。ゲーム機は親に預けてみるという手もある、とし、

    「ご両親は、ゲームをしないよう説得しましょう。極端に言えば、偶然を装って踏んづけて壊したっていいんです」

と書いた。

■海外ではゲームデータを消され親に殺意を向ける子供も

 するとネットでは「物は大切に!」「毒親じゃねーか」など批判が上がり、

    「高いんだよ最近のゲーム機って・・・」
    「自分の思うとおりにさせるために、手段を選ばないという主張ですか?」
    「ゲーム業界への営業妨害にならないのか、これ」

などといった意見がネットの掲示板やブログに出ている。また、海外では親が子供が遊んでいたゲームデータを消去したことで殺人に発展したというニュースがいくつもあり、ゲーム機をわざと壊したとすればグレてしまうに違いない、とし、

    「子供の頃にこういうことされたら一生覚えてるよね。親はいつか自分に返ってくるよ」「壊された子供が親殺す事件がおこったら全て朝日の責任

といった書き込みもある。

「大麻売って」のつぶやきを警察がリツイート、カナダ(2013年8月16日AFP)

【8月16日 AFP】マイクロブログのツイッター(Twitter)に13日、仕事中の暇つぶしのためにマリフアナがほしいと投稿したカナダ・トロント(Toronto)周辺に住む機械工の男性に対し、意外な反応があった──ユーモアたっぷりの、警察によるリツイートだ。また、投稿の内容が上司に伝えられたため、この若い男性は職も失うことになった。同国のメディアが15日に報じた。

 投稿の内容は、「ヴォーン(Vaughan)の近くにマリフアナ2グラムを売りたいディーラーはいない?今日一日持ちこたえるために、マリフアナたばこが1~2本ほしいんだ ‎」というものだった。

 投稿に気付いた警察はすぐに、「最高!僕らも行っていい?」と反応。すると、インターネット上でこのやりとりを見つけた人たちがおもしろがり、リツイートされた回数は3000回以上に上った

 男性のツイートにコメントしたブレア・マッキラン(Blair McQuillan)巡査はAFPに対し、警察がインターネット上のやりとりを監視しており、ツイッター上でのコメントについて責任を問われる場合があることを人々に認識してもらいたかったと説明した。

 警察は今回の一件について、コメントにあった場所に警官を送り、誰かが現れる(そして犯行に及ぶ)のを待つのは最善の策ではないと考えた。そのため、犯罪防止につながる方法を取ることにしたという。

 マッキラン氏はまた、「違法薬物を使うなというメッセージを送っても、巨大なオンラインネットワークの中のどこかに埋もれてしまうだろう。そのため、何かおもしろい方法で人々とかかわり、われわれが単なる『バッジを付けた怠け者』ではないことを示したかった」と話している。

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2013年8月23日 (金)

それでも悪いのは医者なのか?

先日「「医療否定本」に殺されないための48の真実」という長いタイトルの本を出した開業医の長尾和宏氏が、これに関連して先日こんな「裏事情」を書いています。

《1220》 「医療否定本ブーム」を否定する本(2013年8月20日朝日新聞apital)

(略)
「医療否定本に殺されないための48の真実」という、少々物騒なタイトルがついた本が世に出ます。そもそも、どうしてこんな本を書くことになったのか。

書店や新聞や雑誌には、医療否定本が沢山ならんでいます。出る本、出る本がよく売れるようでちょっとしたブームです。たしかに現代医療には疑問な点がたくさんありますからね。

しかし行きすぎた医療否定は結局、何も生みません。患者さんは幸せになれないし、医者も幸せじゃない。そう思いながらも患者さんは否定本を買っています。

そして赤線を引いて私のところに相談に来られます。医療否定本を読みながら、かかりつけ医に相談って、なんだかヘンじゃないですか?

ヘンぐらいなら、まだいいです。真に受けて、重大な病気を放置した結果、えらいことになって、後悔されている患者さんもおられました。

まだまだ若い人のがんが、そうです。充分、完治するだろうのに否定本を信じて放置する人を見るたびに、医師として黙っておられなくなります。

私自身は、医者嫌いです。しかしそれは単に個人的な趣味です。それとこれ(医療者であること)は、全く別です。

自分の生き方を患者さんに押しつけるのは傲慢だと思います。しかしその傲慢本等の影響力が強くなって、医療現場は混乱、その対応にひそかに追われ、困り、疲弊しているのです。
(略)

まあしかし鰯の頭も信心からとも言いますし、この場合妙なものを信じて健康被害を受けるのはあくまでも当の本人であるわけですから、本人が納得しているという範囲内であれば自己責任で好きにやっていただいても構いませんよと言う考えの医師も増えてきているように感じますがどうでしょうね?
それはともかく、一昔二昔も前にあれほど興隆を極めた医療否定・医療批判の論調がマスコミの主流派ではなくなってきている(だからこそニッチマーケットとしての否定本ブームなのでしょうが)のは皆さんも実感しているところかと思いますが、実はそういった状況の変化が起こってきたのも例の「大野病院事件」や「たらい回し」報道などで医療バッシングが頂点を極めたからだという逆説的な理由があります。
大野病院事件においても何故あんな理不尽なバッシング報道を繰り返したのかという問いに当のマスコミの中の人が「だってあの先生悪人顔っぽいし、マスコミ嫌いそうだし~」と答えていましたけれども、マスコミの掲げる錦の御旗として悪役がバッシングされる構図を「視聴者が求めているから」という大義名分があったわけです。
ところがほぼこの時期からネットにおける職種の域を超えた交流がごく一般的なものとなり、マスコミの介在しない市民(患者側)と専門家(医師)との直接対話が当たり前に行われるようになった、折からマスコミの捏造報道に対する世間の厳しい批判の目が注がれていた中で、専門家から事を分けて「この報道はここが間違っている」と指摘されればそれは誰でも「ああ、いつものマスコミお得意のアレだったのね」と理解できますよね。

ひと頃あれだけ医師叩きの定型的表現として用いられてきた「たらい回し」「受け入れ拒否」なる文言もすっかりマスコミから消え去って久しいですけれども、それは当事者である医師ら医療側のみならず広く市民側から「受け入れ拒否ではなく受け入れ不能である」ということが繰り返しソース付きで抗議されたからで、「医療側がもっと早く言ってくれれば」などと他人のせいにしていられる問題ではなく単に彼らの取材不足に過ぎません。
要するにソース原理主義的な考え方がごく普通に身につき始めたネット利用者にとって、旧来のマスコミのやり方はあまりに脇が甘く突っ込みどころ満載にしか見えず、そんな適当なやっつけ仕事には乗ろうにも乗れないということが近年のテレビ視聴率低下や新聞部数下落に現れているということだと思いますが、マスコミ的正義感に従って言えば視聴者・読者から求められていないものは消え去って当然であるということですよね。
そうした理由で今は医療現場の深刻さ、医療崩壊といったものの方が数字が取れるということで、以前ほどには医者叩きを見かける機会が少なくなってきましたけれども、先日久しぶりに朝日からこんな記事が出ていたのが目につきました。

統合失調症、薬出しすぎ 入院患者の4割、3種類以上 診療報酬明細から分析(2013年8月20日朝日新聞)より抜粋

 統合失調症で精神科に入院している患者の4割が、3種類以上の抗精神病薬を処方されていることが、国立精神・神経医療研究センターの研究でわかった。患者の診療報酬明細書(レセプト)から実態を分析した。複数の薬物による日本の治療は国際的にみても異例で、重い副作用や死亡のリスクを高める心配が指摘されている。

 これまでも精神科の治療では「薬漬け」を指摘する声が根強くあったが、一部の医療機関などを対象にした研究が多かった。今回の研究では、2011年度から、全レセプトデータを提供する厚生労働省のデータベースの運用が始まったことから、精神科での詳しい薬物治療の実態の調査、分析ができるようになった。(略)

精神科と身体科というものもおかしなもので、過去数十年間にわたって同じ医学部出身者が手がけていながら全く別個に発達してきたことからすでに互いの交流や理解も難しくなっているようなところがありますけれども、近年のローテート研修必修化によってこの辺りの事情は徐々に改善されていくことになるのでしょうか?
それはともかく、ざっと「統合失調症」でググってみても著名人があからさまに闘病歴を公開していたりして統合失調症というもののイメージもずいぶんと変わってきているのかなと驚きますが、とにもかくにも100人に1人が罹患するということから考えてもその治療には大きな社会的影響を及ぼすものがあることは想像に難くありません。
精神科における統合失調症治療の現状に精通しているというわけでもなく、ここでその内容の是非について云々する立場にもありませんけれども、朝日の問題提起はそれとして、ちょうどこの記事が出た翌日に今度はこうした事件が起きているということが非常にタイミングがいいのか悪いのか何とも微妙な印象を受けます。

患者、主治医を刺殺 死亡の宮下さん、小説出版も(2013年8月21日朝日新聞)

 21日午前11時すぎ、北海道三笠市宮本町の市立三笠総合病院から「外来の患者が刃物を持って暴れている」と、三笠署に通報があった。診察室で同病院精神神経科の医師宮下均さん(53)が胸を刺されて倒れており、同署は市内の職業不詳の男(55)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。宮下さんはまもなく死亡が確認された。

 道警によると、宮下さんは男の主治医。この日は診察日ではなかったが、男は「先生に話があってきた」と病院を訪れ、宮下さんと1対1で話をしていた。看護師らが、診察室のカーテン越しに男が包丁を持って宮下さんに切りかかっているのを見つけ、男を取り押さえた。

 男は病院内にショルダーバッグを持ちこんでいた。病院によると、宮下さんと男の間に目立ったトラブルはなかったという。男は「自分が刺した」と容疑を認めており、道警は男の刑事責任能力の有無について調べている。

精神科医、診察室で患者に刺され死亡…北海道(2013年8月22日読売新聞)

 21日午前11時15分頃、北海道三笠市宮本町の市立三笠総合病院から「外来患者が刃物を持って暴れている」と、道警三笠署に通報があった。

 署員が駆けつけると、精神神経科の診察室で医師の宮下均さん(53)(同市本郷町)が胸から血を流して倒れており、間もなく死亡が確認された。同署は、宮下さんを包丁で刺したとして、同市内の患者の男(55)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕。男は容疑を認めており、同署は殺人容疑に切り替え、包丁を用意した経緯や動機を調べる。

 発表によると、男は精神疾患で同病院に通院していたといい、この日も午前11時頃から宮下さんの診察を受けていた。7、8分後、異変に気づいた看護師がカーテンを開けると、宮下さんがうつぶせに倒れ、男が包丁を持っていたため、看護師ら数人の職員が男を取り押さえた。同署では男の刑事責任能力についても調べている。

精神科から回ってきた個々の患者を外から眺めていて「この患者はちょっと薬効かせすぎなんじゃないか…?」と疑問を感じるということは多くの臨床医が一度は経験したことがあるでしょうし、中には自分の判断で薬の減量や変更を試みたりする先生もいらっしゃるかも知れませんが、精神科の薬は別物と割り切って手出しをせずに見ているというケースも多いように思います。
もちろん精神科の先生も常に神の手を持ち合わせているというわけでもないでしょうから、薬が多すぎたり少なすぎたりといったことは少なからずあるのでしょうが、何しろ日常的にハイリスク症例を目の前にして診療しているわけですから、心情的にどうしても少し慎重に対処したくなるということは十分理解出来ますよね。
こうしたことは別に精神科だけの話ではなく、例えば出血を来しやすい薬剤を投与している患者に対して出血を伴う処置を行うにあたって薬の休薬期間をどうすべきか、循環器科医や脳神経科医など薬を出す側は血栓塞栓症のリスクを主張しなるべく休薬せず行うべきだと言い、歯科医や内視鏡医など処置を行う側は出血リスクを重視して薬の効果が切れるまで休薬すべきだと言い張ってきたわけです。
ここ最近になってようやく薬を出す側の、そして処置を行う側のガイドラインが相次いで整備され「この場合の休薬基準はこうだ」と公式なルールが定まってきましたが、やはりお互いに「何かあった時にケツ持ちするのはうちだし…」と警戒心抜き難きものがあるのは言うまでもないことで、いずれ様々な事故症例が蓄積されていった時にようやく妥当な摺り合わせが行われるようになるのではと思います。

精神科の投薬問題に話を戻してみれば、何故そうした過剰(と世間から受け取られかねない)投薬が行われるのかと推察するならやはり一つの大きな要因として「そうしなければ世間が患者を受け入れないから」ということになるのだと思いますが、朝日を始め進歩的な各方面がかねて「日本の精神科病院は患者を閉じ込めっぱなしだ!海外では(以下略」と散々にバッシングしてきたわけです。
しかし実際には外に出そうにも社会にも家族にも受け入れられず引き取り手がいない、また有名ないわき病院事件のように外出した患者が殺人事件を起こした結果、遺族から外出許可を出した病院が訴えられた(地裁は賠償を認めず)といったことも起こるわけで、「病院の責任はどこにあるのか」「病院が責任を取るからこそ、精神病患者の社会復帰に、社会が信頼を置く」とまで言われればそれはよほど慎重に対応しなければと考えざるを得ないでしょう。
結局のところ統合失調症であって何が困るかと言えば社会性の有無と言う事が問われるわけですから、いくら医学的に「これは問題ない」と言っても社会が問題ないと認めなければ意味がないとも言え、案外精神科の側ではとっくに「世の中がそれでいいならこちらはいつでも」と待ち構えているのかも知れませんね。

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2013年8月22日 (木)

応召義務に囚われすぎることの弊害

今日はまたどうでもいいことを書いてみますけれども、ネット上では様々な質問に対して回答を受けられるサイトが人気ですが、先日何気なく見ていましたらこういう気になる質問がありました。

診療時間内にもかかわらず患者がいっぱいなので診察出来ない。他に行ってください...(Yahoo!知恵袋)

診療時間内にもかかわらず患者がいっぱいなので診察出来ない。他に行ってくださいという病院どう思いますか?
喘息があり1カ月に一度定期的に通っている病院です。先生の評判がよくいつも混んでいます

予約が満員でとれず電話のガイダンスが「診療希望の方は直接病院の方に電話して下さい」と流れたので直接電話したら診療時間が17時までなのに「もう今日は診察希望のかたがたくさんいらっしゃるので皆さんお断りさせてもらってます」と言われ何を言ってもだめなのであきらめました。他の病院に行こうと思います。
診療時間内でも診察を断ることは別に法などにふれないんですか?
夜間や休日や診療時間外に断られるのは納得いきますが、診療時間内に先生もいらっしゃるのに断られるのはいかがなものかと・・・すごく混んでいる病院に行っても待ち時間が2~3時間と長く待たされることがあっても診察を断られたことは初めてです。皆さんの意見聴かせて下さい

ちなみに内容からするとリアルタイムで書き込まれているのでしょうか、質問が掲載されたのが事件のあった当日であるとすれば書き込み時間が14時27分ですから午後の診療時間が始まって間もないくらいの時間帯と思われ、この時間帯ですでにお断りするほど夕方まで一杯になっているのだとすれば繁盛しているのは確かなのでしょうね。
質問者が「法などにふれないんですか?」と言っているのは応召義務のことだと思いますが、有名な医師法第19条には「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」というシンプルな規定があり、古来この条文が様々な議論を呼んでいるのは周知の通りですよね。
これに対して様々な解釈が行われていますけれども、しばしば議論の対象になる「正当な事由とは何か」ということは今回置くとして、あまり注目されることのない「診療に従事する医師は」という文言にこの場合着目すべきだと思うのですが、例えば道を歩いていて「あなたお医者さんでしょ?ちょっと具合が悪いんですが」なんて言われたときに診療に応じる義務はないということは常識的に理解出来るかと思います。
しばしば24時間365日常在戦場を求められることから混乱していますけれども、本来医師と言えども診療に従事する時間帯の区切りというものはあり、それが対外的に公式に表示されたものがいわゆる診療時間であるわけですから、それこそ「正当な事由」でもない限りはこれに外れる時間帯にまでは応召義務はないと考えるべきでしょう。
一般的な解釈によってもその医師でなければならないとか、直ちに応急的な処置を施さなければならないといった特別な事情がないのであれば、他の施設に受診するよう指示する等々常識的な対応をしておけば問題ないとされているようですから、今回どうしてもこちらでなければ…という理由もなければ明らかな診療時間外となる受診を断ることは問題なさそうですし、回答も同様で応召義務違反ではないとして決着しています。

ただ法律の文言以前に社会常識的に考えるならば、予約客が一杯で飛び込みもすでに多数行列待ちをしていて明らかに今日中の受け入れキャパシティーを越えているという状況でさらに飛び込み客を受ける方が無責任ですし、そうした状況で「まだ営業してるのに何で駄目なんですか?」と言う方が非常識だと思われますから、やはりここでも「医者の常識は社会の非常識」という構図が現れているのかも知れません。
一部には「オレなら何時になろうが診るぞ」とばかりに文字通り真夜中まで診療を続けられている先生もいらっしゃるようですが、つきあわされるスタッフには目をつぶるとしても患者様全てにその時間までかかるということを了承いただいているとも思えず、むしろ「こんなに待たせるならもっと早く言えば他にかかれたのに…」と思っている患者も少なからず…かも知れないですね。
ともかくも法律的な文言もさることながら、やはり医療とは患者と医者とが診療契約を結び行うものである以上単に片方の意志のみによって行われるのではなく、きちんとした双方の合意の元に行われるべきであるし、そうでなければまともな医療など出来ないということは近年これだけインフォームドコンセントなどと騒いでいることから見ても明らかではないかと思います。
逆に言えば双方合意に達せないほどの齟齬がある場合には診療契約を結ばないということがむしろ専門家たる医師に課せられた職業的責務であるとも言えそうですが、その辺りは保険診療よりも自由診療の方がしっかりしているということなのでしょうか、これまたおもしろい記事がありましたので紹介しておきます。

日本語のわからない方は治療できません(美容皮膚科クリニック院長ブログ)より抜粋

先日から、外国人の方の飛び込みや問い合わせが続いています
なにか、つながりのある方々なんでしょうか。。。
当院は、日本語でしか説明はしません。同意書も説明書もしかりです。
なぜかというと、私が日本語しか話せないからです。

最初は、飛び込み(予約なしで、いきなり来院)で来られて、アジア人の女性(中国人か台湾人か韓国人か、どこの方かはわかりません。顔は日本人と変わらなかったそうです)だったそうです。
ココハ、キュウケイジョデスカ?」と言われたそうです。
スタッフも意味がわからなかったそうで、「休憩所ではありません。クリニックです。」と言って対応したそうで、帰っていかれたんですが、しばらくして、電話をしてこられたようで(恐らく、声の感じで同じ方)、予約?診察希望なんですが、どうも傷跡を診てほしい、らしいです。
でも、日本語がかみ合わず、(コミュニケーションが取れず)、当院は、日本語ができない方は、美容医療は全てお断りしていますから、お断りしたそうです。

数日して、外国人(カタコトの日本語だったそうです)で、赤ら顔?を診てほしい、と電話があり、日本語のイントネーションが流暢でなくても、日本語ばっちり!という方はいらっしゃいますから、しばらく予約を取るための確認事項を聞いていると、なんか話がかみ合わない。。。やっぱり日本語わかってないよね。。
「失礼ですけれど、日本語はわかっていらっしゃいますか?」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ」
「診察カウンセリングも、全て日本語ですし、問診票・同意書も、全て日本語で、理解されていないと、希望されても治療はお断わりしていますよ。」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ」
「その場合、初診料の5250円は、お返しもしませんよ。」
「5250エン?」
「そうです。初診料は5250円です。」と言うと、
後ろで、英語で、5250円は、自分の国のお金でいくらくらいなのか?というのを誰かに聞いている声がして、その後で、
「ダイジョーブ、ツウヤク ツレテイクカラ。」
当院は、通訳は一切認めていません
だって、うちが雇った通訳じゃありませんからね。
正しく、訳しているなんて、保障は全くありませんし、それに、イザ処置、となって、処置室には、ご本人以外、入れません
(レーザー室には、医療者と患者さんのみ、です。そういう決まりです。目にレーザーが入ったら危ないので、患者さんはゴーグルなどで、目を保護してじっとしたままですし、第三者は入れません。
レーザーを扱う医療では、常識です。当院も同じです。)
レーザーをあてながら、細かく、どんな感じか聞いていくのに、微妙な感じなど、私も聞き出せないし、患者さんも表現できません
そうなると、とても危ないです。我慢したら、火傷のリスクが上がります。
ご本人が日本語をちゃんとわからないので、お断りしました。
(略)
うちの診察・カウンセリングというのは、とても時間が長いです。
他院で受けたことのある方は、ビックリされることがあります。
そういう話はいいから(聞きたくない・聞いてもわからない、というか、わかろうとしない)、さっさとやってください、という方は、全て治療をお断りしています。治療する側として、説明義務がもちろんあるのと、理解もしようとされない方に、美容医療は絶対うちではやりません。)
その長い説明を、例えば英語で、母国語のように訳して話すなんて、私にはできません。
スキンケアの指導なども、微妙~な話もしますのに、そんなの、英語でなんていうのか、私は知りません。
英語以外で、さらに話せ、って無理でしょう~。
他院では、英語なり、中国語・ハングル語など、旅先英会話みたいな本をちょっと見て、簡単に説明して、お金とりあえずもらって、やっちゃう、というのが大半でしょう。
それって、詐欺と似たり寄ったりだし、実際、韓国やタイなどに行って手術や処置を受けてくる医療ツアーなど、言葉の問題に、かなり深刻な被害(副作用がちゃんと説明されていない・そこまでひどい副作用とは思わなかった、などなど)が多発しているというのに、うちで、同じことを外国の人にやって、どうする!と言う感じです。
(略)
国籍や人種の問題ではありません。
日本語で、私と話ができるかどうか。コミュニケーションが取れるかどうか、問診票や同意書・説明書を読んで意味がわかるかどうか、が争点です。
だから、生粋の日本人でも、帰国子女(今でも言います?)で、日本語がわからない方は、日本人でもダメです。
日本人かどうかが問題じゃないから。
帰国子女とかではなさそうなんですが、(確率からいって、の話ですが)、日本語が全然かみ合わない方が、たま~にいらっしゃいます。
(略)
まず、根本的に、日本語の意味が、違う、というのか、ホントの別の次元から来たのかな、という人が、たま~にいらっしゃいます。
具体的なことは、今思いつきませんが、コミュニケーションが取れない方は、こちらの常識とかけ離れていることも多く、まあ、治療してもうまくいきませんね。
スキンケアとか言っても、自分で違約されて、真逆のことを勝手にしたりされますから、治療は、そういう方は、全てお断りしています。
(略)
「素人だから」「知らなかったから」と言い訳されますが、大半の患者さんが素人なわけで、それでも、皆さんの質問って、大体似たようなことで、ああ、そこでやっぱり引っかかるんだな、というある程度決まっているわけです。
日本語のわからない方は、もうどう説明していいんだか、というこちらが返答に困るような(素人の人からしても、当たり前すぎて。。。極端な話で説明すると、「頭はどうして、頭というんですか?ここは首じゃないんですか?」みたいな質問です、わかりやすく言うと。
(略)
やぱり説明は、全部じゃなくても、最低限、ある程度は理解していないと、ダメですよね~。
少なくとも、私は、理解していない方に、同じ質の医療を提供できる自信がないので、お断りしていますので、ご了承ください。

いきなり外国人患者が来るようになったというのはそれこそどこぞの外国人向けサイトなどに「これが日本の名医だ!」なんて紹介されてしまったのかも知れませんが、注意すべきはそうした情報が全て正しいことだけを書いているという保証などどこにもなく、むしろ間違った情報、嘘の情報が書き込まれている可能性の方がはるかに高いということです。
よく言われることに地方公立病院などで受診料不払いなどに積極的な請求をしない施設があると、無保険者が何故か集中して来院するようになるという現象がありますけれども、そうしたケースでもネット上で「ここはある時払いの催促無し」なんてことが書かれているという可能性は大いにあるわけですよね。
この場合きちんと対応をし誤情報を正すようにしていけばいずれ「これは嘘だった」という情報の上書きが行われる可能性がありますけれども、それを怠ると「噂は本当だった!」とばかりにますます誤情報が一人歩きしてしまうというもので、今の時代医療と言うものは目の前の患者一人を相手にやっていられるものではないということを現場スタッフそれぞれが認識しておく必要があると思いますね。

ところで冒頭に取り上げました事例に立ち戻っていただきたいと思いますが、医師法は別に保険診療に従事する医師に限って、などと言うものではなく全ての医師を対象としているわけですから、これまた診療時間内でも診察を断ることは別に法などにふれないんですか?といった類の疑問は出てくるはずですよね。
この場合先に言いましたように緊急でその時その医師にかからなければ…といった必然性が美容整形の場合はまず認められることがありませんから、仮に裁判になってもその点で罪に問われることはない(そもそも応召義務には罰則規定はありませんが)でしょうが、院長先生も書いているようにきちんと説明と同意を経ずに形ばかりの診療契約を結んでも「簡単に説明して、お金とりあえずもらって、やっちゃう」ということに他なりません。
応召義務ということが医師として決して踏み外してはならない不磨の聖典のように一部で過剰に言われているところがありますが、医療専門の弁護士の皆さんが言うように実際にはそれが問われるというケースは極めて限られていて、少なくとも今ここで直ちに対応しなければ命に関わるという緊急事態ででも無い限りは適切な他の医療機関への受診を促しておくといった対応で問題ないと思われます。
逆に明らかにそれは診療契約を結ぶのは無理だろうと言うケースでも対応しなければ問題だと診療契約を結んだとしても、そうした無理な契約に基づく医療行為は肝心の医療の質自体の低下を来しやすく、また顧客満足度を決して向上させるものではないということをもう一度考え直してみる必要がありそうですね。

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2013年8月21日 (水)

高齢者医療介護サービスに統合の動き

医療や介護など高齢者の生活支援に関わる諸制度を一体的に運用する「包括地域ケア」と言うものが提唱され各地でモデル事業が進められているところですけれども、ちょうど読売新聞に解説記事が掲載されていましたのでまずはこちらを紹介してみましょう。

地域包括ケアシステムとは(2013年8月20日読売新聞)

 高齢化が進む今後、「地域包括ケアシステム」の導入が必要だと聞くけれど、どういうこと?

サービス五つ 一体的に

 「地域包括ケアシステム」とは、介護が必要になった高齢者も、住み慣れた自宅や地域で暮らし続けられるように、「医療・介護・介護予防・生活支援・住まい」の五つのサービスを、一体的に受けられる支援体制のことだ。

 団塊の世代が75歳を超える2025年に向け、「速やかに導入を」と政府の社会保障制度改革国民会議も報告書で指摘した。病院に長期入院する高齢者が増えれば、必要な治療を受けられない人が増えてしまう。高齢で認知症や慢性疾患を抱えても地域で暮らせる仕組みは、全ての国民にとって急務となっている。

 全世帯に占める高齢者のみの世帯(単身・夫婦)の割合は、10年の20%から25年には26%に高まると予想されている。日常生活に支援や介護が必要な認知症高齢者も、280万人から470万人へ増えるとみられている。

 ただ、高齢者の総数は、ピークを過ぎると長期的には減少していくため、入居型の介護施設を多く整備すると供給過多になることが予想される。厚生労働省の調査では、「介護を受けながら自宅で暮らしたい」と望む高齢者が7割を占めており、政府は在宅介護を軸に整備していく考えだ。

 今後の実現で課題になるのが、医療や介護をはじめ、五つのサービスを必要に応じて届けられる提供体制の整備と、医師や福祉専門職などの連携だ。こうした体制があれば、大病を患った高齢者の多くが早く退院し、リハビリ施設などを経て、再び自宅で生活できるようになる。

 政府は、おおむね30分以内に必要なサービスが提供できる環境を目指しており、各地の地域包括支援センターには調整役が期待されている。

 具体化するには市町村の力量が問われる。東京都世田谷区では、低所得者向けの老人ホームや、空き家を活用した高齢者サロンの整備などが進められている。熊本県上天草市は、高齢世帯に緊急通報システムを設置している。

 在宅介護を広げるには、低所得者も利用できる高齢者向け住宅がまだまだ不足している。また、介護保険財政の逼迫(ひっぱく)が予想されるなか、民間ボランティアの力も必要となる。こうした人材の発掘や育成も急務だ。(樋口郁子)

医療と介護に限ってみてもその境界線は極めて不明瞭で、しかも常時その境界線上を行ったり来たりしている方々も多いのですから実際的には不可分にサービスが提供されている、となるとこれらを一体的に運用した方がよほど効率的でもあるし、利用者の利便性の上でも有益だろうなと言うことは誰でも判る話だと思います。
もちろん各サービスの実施主体はそれぞれ異なっていて、例えば行政側が提供しているサービスと民間からのサービスを一体的・統合的に運用するというのはなかなかに面倒なところもあるでしょうが、どちらにせよこうした社会福祉は自治体レベル以下の小さな単位で小回り良く運用されるべきものですから、地域内での立場を越えた緊密な連携無くしてサービスの充実など図れるものではありません。
国がこうした話を持ち出してきたのはもちろん提供体制の効率化に伴うコスト削減ということに着目してのことだと思いますが、利用者側からすれば何をするにも「それはうちでは判りませんから」でたらい回しにされるよりは何でも一体的に面倒を見てもらえた方がありがたいのは当然ですから、分断されていた各業種の連携をどんどん強化していく方向で考えた方が皆が幸せになれそうな予感がありますよね。
となるとその実現に至るまでのハードルをどう越えていくかという話になってくるのは自然な話だと思うのですが、先日大阪市内で開かれた「大阪府市医療戦略会議」の席上で、こんな意見が出たということを紹介してみましょう。

医療機関と介護事業者の「グループ化」提案- 東京医科歯科大・川渕氏「大 阪で実現可能」 (2013年8月19日CBニュース)

 中長期的な医療・健康関連産業の振興策などを検討する「大阪府市医療戦略会 議」(会長=上山信一・慶大教授)が19日、大阪市内で開かれ、超高齢社会に向 けた医療・介護サービスの在り方について、有識者からヒアリングを行った。こ の中で東京医科歯科大大学院の川渕孝一教授は、大阪で実現可能な施策の一つと して、保健・医療・介護を一体化する医療機関と介護事業者の「グループ化」を 提案。委員からは反対意見も出たが、上山会長は府内でのモデル事業の実施に前 向きな姿勢を示した。

 医療法人と社会福祉法人の制度見直しをめぐっては、政府の社会保障制度改革 国民会議がまとめた報告書の中で、「法人間の合併や権利の移転等を速やかに行 うことができる道を開くための制度改正を検討する必要がある」と明記され、 「ホールディングカンパニーの枠組み」が例示されている。

 川渕教授は「一医療機関が保健、医療、介護を全部やった方が、安上がりで質 がいいということがデータで分かってきた。いろんな議論があるが、これは『範 囲の経済政策』だ」と指摘。公益性の高い医療を担う社会医療法人が府内で多い ことなどを挙げ、グループ化の促進は可能だとの見方を示した。

 これに対し、茂松茂人委員(大阪府医師会副会長)は「例えば『選択と集中』 で、いわゆる米国のコングロマリット(複合企業)みたいなことをすると、やは り企業優先的になる。医療が逆にコントロールされてしまう」との懸念を表明。

 また、有識者の一人として出席した大阪府私立病院協会の生野弘道会長は、 「医療と介護を一緒にやると効率が良いように見えるが、これは限られている」 とし、地域の医師会と自治体によるネットワークの構築が重要だとの考えを示した。

 上山会長は「全国的に見ると、M&A(合併・買収)やコングロマリットのセン スにたけたお医者さんが大阪には多いので、私立病院が結構繁栄している。そう いう意味では、医療資源の在り方としては非常にユニークだと思う」と指摘。そ の上で、「民のアセットを中心としたモデルというのは描ける。場所を決めて、 丸ごとどこかの法人がやるという手もあるし、医師会と自治体で連携してやる手 もある」と述べた。【敦賀陽平】

ここで注目していただきたいのは大阪医師会の茂松茂人氏が「例えば『選択と集中』 で、いわゆる米国のコングロマリット(複合企業)みたいなことをすると、やは り企業優先的になる。医療が逆にコントロールされてしまう」と反対意見を述べている点で、さすがに医師会と言う気がしますけれども、医療がコントロールされるほどとはどれくらいの規模のグループ化を想定しているのでしょうか。
もちろん今時どこの医療機関であっても経営的視点を持たない運営ということはあり得ない話で、例えば検査入院等々と称し関連の養護施設との間で患者を随時出入りさせることで平均在院日数を調節するといったことは当たり前に行われている以上、こうした行為を医療法人の利益優先的に「医療がコントロールされ」ていないと主張するのは無理があるという気がします。
要するに医師会という組織はあくまでも経営的視点から成立しているものであって医療主体で成り立っているものではないということなのでしょうが、この懸念表明に対して大阪にはそういう手練手管に長けたお医者さんが多いから大丈夫でしょ?という会長の切り返しはうまいなと思いますね。
医療・介護サービスも実施主体が国家規模の巨大組織になってくるともちろん「医療が逆にコントロールされてしまう」弊害も大きいでしょうが、日本の場合か ねて中小の民間医療機関が乱立していることが医療の効率を下げていると指摘されている訳ですから、むしろある程度の統合合併を進めていった方がよろしかろ うと言う考え方も出来そうです。
ただその場合今までは「我が輩は医療法人○○会の理事長である!」と好き放題権勢を振るってきた経営者側の方々は数多くが肩書きをなくすことになるでしょうから、表向きの理由をどうつけるかは別としても医師会としては到底賛同できる話ではないのかなとも思います。

医師会という組織の利点として考えて見ますと、本当のところでは経営者視点での利益誘導ということであるにせよ、表向き医師というものへの世間の信頼に乗っかることである程度公共性が世間では認められている、その結果そこらの単なる営利企業等に比べれば自治体との連携なども行いやすいんだろうなとは思います。
中小介護業者などはどこもかつかつで必死に経営に苦労している中で、同業の他事業所からM&Aだ、買収合併だと言われてもなかなか決心もつかないでしょうが、そこに「医師会が仲立ちに役所がサポートして地域の高齢者サービスを再編成します。どうです貴事業所も参加しませんか」などと言われれば長いものには巻かれろの日本人的心情に訴えるところ大ですよね。
その意味では医師会としてはむしろどうやって統合された事業の中での主導権を握るかを考えた方が建設的かつ実利的だと思うのですが、とりあえず制度変更には何でも反対しておくという習慣が根っから身についてしまっているということなのでしょうか。

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2013年8月20日 (火)

医療制度改革 内圧と外圧の狭間で

本日の本題に入る前に、先日こんな記事が出ていたのですが、かなり長い記事ですので元記事に当たっていただくとして一部のみ引用させていただきましょう。

「高齢化社会だから医療費が増える」のウソ(2013年8月19日日経ビジネス)より抜粋

 日本の医療保険制度は国際的に評価が高かった。平均寿命は世界1位である一方、国民医療費の対GDP(国内総生産)比は経済協力開発機構(OECD)諸国の平均以下、皆保険制度に基づく公平性と医療へのアクセスの容易さも、世界的にとても優れたものであった。しかし高齢化が進展し、国の債務が世界最悪水準に積み上がる中、医療費にも抑制圧力が強く働きはじめた。窓口での自己負担金は年々引き上げられ、保険料の上昇に伴い無保険者が増え始め、医療の現場は様々な歪みや困難に直面し疲弊している

 この状況を改善すべく、内閣に昨年末設置された社会保障制度改革国民会議では、年金・介護・少子化に加え医療が重点的に取り上げられ、この8月に最終報告書が取りまとめられた。限られた時間の中、政治家と利害関係者を入れずに、短期的即効性のある改善案の数々を踏み込んで明記したことは十分に評価したい。しかし他方で、「長期的なビジョン」の重要性は会議でも再三指摘されたものの、どのような論点があり、どのような方向性を目指すべきなのかについては具体的な議論がなかった。言うまでもないことだが、医療は国民の日々の生活を大きく左右する。日本の医療保険制度の将来を考える際、国民一人ひとりが知っておくべき最も重要な論点とは何なのか、本稿ではそれを解説しよう。

高齢化していなくても医療費は上昇している

 その論点を説明するにあたり、前提となる知識が2つある。「医療需要」、そして「保険と再分配の区別」である。順に説明しよう。まず医療需要についてであるが、知っておくべきは、「所得に占める医療支出は国が豊かになるにつれ上昇を続けてきたし、そして今後も上がり続けていくだろう」という長期トレンドである。図に示すとおり、洋の東西を問わずGDPに占める医療費の割合は増加し続けている。多くの国が医療制度改革で頭を抱えている所以である。

 なぜ、医療費の対GDP比率は上がり続けているのだろうか。その理由としてしばしば挙げられるのは、高齢化の進展である。しかし図から明らかなように、この上昇トレンドは世界中で長期に渡り普遍的に観察されるものであり、高齢化が主要因ではない。上昇トレンドの真の要因は所得効果である。所得効果は経済学の用語で、所得の増加がある財の消費量に与える影響のことを指す。所得効果は財によって異なり、例えば、年収が1割増えた場合、旅行の需要は増え(正の所得効果)、カップ麺の需要は減る(負の所得効果)という具合である。

 これに関して近年の実証研究が明らかにしてきたのは、健康という財については強い正の所得効果が働くということだ。健康が他の財と違うのは、健康は人生の何を楽しむ上でも重要である点、さらに人生の期間そのものを長くしてくれるという点にある。豊かになった結果、「健康はほどほどにして他のことを楽しもう」などとは誰も考えず、むしろ貧乏なときにもまして健康にお金を回そうと考えるものなのである。

 なお、医療費増加の説明の1つとして、「医療の高度化」がしばしば指摘されるが、これは結果であって原因ではない。画期的な新薬や治療技術が開発されたところで、需要がなければ使用されない。高くついても健康でいたいという人々の願望がまずあってこそ、高価な医療が開発され利用されるのである。伝染病のような安価に直せる疾病が克服され寿命が延びても社会がそこで満ち足りるわけではなく、さらなる健康と長寿を求め、がんや慢性疾患のような社会的費用の大きな疾患への挑戦が新たに始まるというのも同様の摂理である。以上、医療需要についてまとめれば、「医療費はこれからも経済成長率を上回るペースで上がっていく」と考えられる。
(略)
 では、将来の日本の医療制度について考えてみよう。ここまでの議論が明らかにしているのは、社会全体としては医療需要の高まりとともに医療の質が上がり医療が高価になっていく一方で、応分の負担をすることができない人々は必ず一定数存在する、というジレンマである。このジレンマに対して我々はどのように対処すればいいのか?鍵は再分配をどうするのかという点だ。選択肢は2つある。第1は「社会保障予算のこれ以上の増加を避けるべく、再分配の度合いは現状程度にとどめる。医療費上昇分は、自助努力の考え方に則り個々人が負担する」というものである。このことは、支払い能力のない個人は支払えない、ということを是認することに他ならない。つまり、医療の格差が必然的に生じる
(略)
 もっとも実現可能性が高いと考えられるのが、現在の皆保険制度では原則として認められていない「公的保険を用いた診療とそうでない診療の併用(混合診療)」を解禁することである。これは、支払い能力に応じた質の医療を受けることを認めるというもので、現在でも大きな論争点であるが、今後の議論の大きなテーマとなっていくだろう。以上、いずれの形態を取るにせよ、各個人が支払い能力に見合った医療を受けるという方向性である。

 我々が持つ選択肢の第2は、「再分配を強化し続けてでも、先進的な医療の恩恵を国民全員が等しく享受できることを追求する」というものである。しかし、医療需要が経済成長のスピードを超えて増大していった時、この選択肢が意味することは、支払える人間にとっての大幅な負担増である。大規模な増税と保険料の引き上げが必要になろう。
(略)
 最後になるが、実は選択肢はもう1つある。「高額の最先端医療のようなものは贅沢品であり、国民全員で我慢すべき」という選択肢である。旅客機の例で言えば、ガタのきた機体を何とかつぎはぎしながら乗り続けるというものである。

 医療の合理化が進み高齢化が落ち着いた21世紀半ばには、経済成長の範囲内でそれなりのアップグレードも可能であろう。世界最先端の医療に拘泥しないと割り切ってしまえば、長期的に持続可能な制度である。そして実はこの選択肢は、政治的には一番選ばれやすいものなのである。国民的世論を主導し大きな舵取りをする手腕のない政治家にとっては、玉虫色の現状維持を選ぶのが一番簡単で無難だからである。

 しかし上述のように、社会の大多数がより良い医療にお金を出したいと望む構図がある以上、それを抑制しようというこの選択肢は社会的に望ましいものではない。加えて、ファーストクラスを導入するにせよしないにせよ、最新鋭の機体を導入することは大きな波及効果があることも指摘しておきたい。医療・介護セクターは産出額の意味でも従事者数の意味でも最大の産業の1つである。世界に先駆ける高齢化の国として、官民一体となり国際的競争力を持つ高度な医療・介護セクターを育成し、内需を創出し国の経済成長につなげるという視点があっても良いだろう。
(略)

ちなみに記事を書いている丸山士行氏は医療経済学を専門としているそうですが、結論においては各々それなりに異論もありそうだとは言え制度的な解説としてはなかなか簡潔で判りやすく、議論のたたき台としてはそれなりによい記事だと思いますね。
特に以前から書いています通り「人間は豊かになるほど健康への欲求水準が高まっていく」ということを所得効果という言葉で説明しているのは理解しやすい話ですが、では豊かになったがこれ以上豊かになっていくことは難しいという低成長時代の先進諸国において高度化し続ける健康への要求水準をどう満足させていくかということが、とりわけ財政上から問題視されているのが現状です。
「そんなものは簡単だ。医者は儲けているのだから値段を引き下げればいいじゃないか」と言う人もいるかも知れませんが、基本的に日本の医療は原価割れギリギリという先進国でも最安値水準にすでに保たれており、また過去の様々な診療報酬改定の結果医療費負担を安くするほど医療需要は増えるということが判明していますから、こういうことをやれば様々な問題が続発するばかりでろくなことになりそうにはありません。
となると利用者視点からすると少なくとも現状よりは何かしら悪い方向への改訂が行われそうだと誰でも気付く話ですが、古来医療の三要素としてコスト(価格)と質、そしてアクセスの容易さのバランスということが言われている中で、さてどれを制限すべきかということをみんなで考えましょうと言うことですよね。

丸山氏は言及していませんが、現行の議論の流れにおいてはコスト上昇や質の低下はどうも世間受けも医療関係者の反応もよろしくないということでアクセス制限が第一に考えられそうであり、具体的にはフリーアクセスの原則を撤廃し「症状、状態に応じて適切な医療を受ける権利を担保する」という一歩後退した形で再定義しようというものです。
ただ一方で丸山氏が最後に言及しているように医療内容そのものへの質的制約ということも考慮されていて、例えば高齢者のいわゆる延命的治療に対する近年の抑制を是とする論調などは一つには国や自治体からの財政的な要因もありますけれども、それ以前に医療現場からの「こんな空しい医療に多大な金と労力をつぎ込むのはどうなのか?」という素朴な疑問が発端となっていると言えますよね。
そう考えると財政的な面から医療費削減を目的に医療制度を考えているのが国や経済学者だとすれば、これに対して医療現場からも財政的制約を奇貨として積年医療現場に折り重なった課題を解消しようとしている側面もありと、この医療制度の議論は語る者それぞれによって目的と手段とが異なり、かつまた逆転もしているということが一つのポイントになるかと思います。
そうした課題解消の手段として日本人がかねて弱いと言われている外圧というものも非常に大きな意味を持ってきますけれども、ちょうど今話題のTPP交渉入りに際して農業・医療系の諸団体が反対派の急先鋒であることは知られているところですが、先日その医療について無視出来ないニュースが出ていました。

米、混合診療求めず 株式会社参入も(2013年8月15日産経新聞)

 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉をめぐって米国側が今月7~9日の日米2国間協議で、保険診療と保険外診療の併用を認める「混合診療」の全面解禁について「米国は公的医療保険制度の変更を求めない」と述べ、議論の対象としない方針を伝えていたことが14日、分かった。米側は、日本側が懸念した「株式会社の病院経営参入」も求めない考えだ。

 全面解禁は、日本医師会などが「国民皆保険の崩壊につながる」として、慎重な対応を求めていた経緯がある。

 外務省は平成23年11月に「実際の交渉で(混合診療が)議論される可能性は排除できない」との見解を示していたが、政府関係者によると、今年7月に日本がTPP交渉に参加後、過去の交渉の議論を分析しても、混合診療の件は議題になっていないという。

 米側は、昨年3月にも米通商代表部(USTR)のカトラー代表補(当時)が都内の講演で「混合診療を含め、公的医療保険制度外の診療を認めるよう求めない」と表明していた。今回、日本の交渉参加後も、米側の姿勢が変わらないことが明らかになった形だ。

 米側はこれまで、日本国内で米民間医療保険会社の参入などを狙い、日米通商交渉などで、たびたび混合診療の解禁または拡充を求めてきた

 ただ、公的医療保険制度は、TPP参加国12カ国のうち、ニュージーランドやオーストラリアなど大半の国で導入されている。米オバマ政権自体が公的医療保険制度の導入を進めていることもあり、今回は混合診療そのものを交渉対象としない意向とみられる。

 日本では、政府の規制改革会議が今月22日の次回会議で、混合診療の拡充を最優先課題として取り上げる方針だ。拡充は未承認薬を多く使用する国内のがん患者などから強い要望があり、政府も前向きな姿勢を示している。今回、米側があえてTPP交渉で議題としないのは、こうした事情も背景にあるようだ。

 一方、日本医師会は、混合診療がTPPで交渉対象とならなくとも、国家と投資家の紛争解決(ISDS)条項により、米系企業が日本政府を提訴することで全面解禁に結びつく可能性を指摘してきた。

 しかし、政府筋は「公的医療保険制度は医療に携わる国内外の企業を対等に扱っており、ISDSをテコに全面解禁が認められる可能性はほとんどない」と説明している。

どのレベルでの意志表示なのかが判らないことには何とも言い難いのですが、少なくとも医療制度の問題が過去の交渉においてもテーマとして取り上げられてきてはいなかったということは重要な事実で、米側にしてもまずは議論をまとめることを最優先にしているだろうとも予想されますから、現行規制を固守したい方々にとっては朗報と言っていいかと思います。
記事にもあるようにアメリカ自身が現在皆保険制度導入に絡んで大変な騒ぎになっている真っ最中で、国内が混乱している中で国外にまで問題を波及させるのは難しいという事情もあるのでしょうが、TPPという外圧の有無は別としても混合診療の拡大を求める内圧も近年無視出来ないものとなってきており、現政府も先進医療の拡大による実質的な混合診療導入に向けて舵を切っているところですよね。
日医を初めとする混合診療絶対反対派も様々な思惑が背後に秘められてはいるのでしょうが、表向きの理屈として一部でも解禁すればそれが蟻の一穴になり現在の皆保険制度が崩壊してしまうかも知れない、だから最初の一穴も断固認められないのだというスタンスが共通しているようです。
ただ医療そのものが滅多に手に出来ない稀少品扱いだった時代に作られた制度が、「日本人は風邪をひいても大学病院に受診する」などと問題視されるような奇妙な現状を産んでいることは医療関係者も理解しているはずで、国のみならず医療現場からもフリーアクセスの大原則の改定など抜本的制度見直しの議論を避けるべきではないという声が上がっているのも当然かと思いますね。

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2013年8月19日 (月)

ほとんどの患者はネットで情報を集めている?!

数年前に中国のクリニックが「自分で診断しちゃう人はお断りしますのでよそにいってください」と張り出したことがちょっとした話題になった記憶がありますが、実は大多数の患者が受診前に自己診断してしまっているということが判明したという調査結果が出ていました。

受診前に7割が「自己診断」、サイトなどで-GEヘルスケア調査(2013年8月15日CBニュース)

 体調が悪いと感じた時、少なくとも7割の人が、病院などを受診する前に症状について「自己診断」していることが、GEヘルスケアの意識調査で分かった。参考する媒体には、医療系ウェブサイトを挙げる人が最も多かった

 調査は、5月31日から6月5日までインターネットで実施。健康管理や生活習慣について、16-64歳の1034人が回答した。

 この中で、体調が悪いと感じて医師の診察を受ける前に、自分で症状について調べる方法を複数回答で尋ねたところ、61%が「医療系ウェブサイト」と回答。以下は、「医療系書籍・ジャーナル」(18%)、「新聞・雑誌」(17%)、「ソーシャルメディア」(8%)、「YouTube」(4%)などの順。該当する選択肢がないと答えたのは30%で、少なくとも70%が「自己診断」していることが分かった。

 また、誰の影響で生活習慣を改めるかも聞いた。最も多かったのは「家族」の71%で、「医療専門家」の62%を上回った。以下は、「友達・同僚」が48%、「政府によるキャンペーン」が22%、「著名人」が10%と続いた。【佐藤貴彦】

診断と言うと何かしらものすごく専門的な行為のようにも思えますが、誰であれ病院に受診すべきかどうかという決断を下す時点で何かしらの診断を行っているとも言えますから、厳密に言うと限りなく100%に近い自己診断率ということになるのかも知れませんが、注目すべきはその手段です。
テレビなどで「こんな症状の人はほんとは怖い病気が隠れてる」系の煽り番組があった直後に同様の症状を訴え来院する患者が急増するといった経験は多くの臨床医がお持ちではないかと思いますが、こうした旧来のマスコミによる自己診断というものは案外少数派で、実に過半数の人がウェブサイトで情報を手に入れているということが時代を反映していますよね。
ポジティブに考えるならばネット上できちんとした情報提供をしておけば医療機関の手間がかなり省けるという可能性がありますが、一般的に言えばネットのポジティブな役割よりもネガティブな役割の方がより大きな注目を受けるということが多く、一例としていかにも医療専門家の体を装ったホメオパシー系サイトなどでトンデモ理論に洗脳されてしまう人も後を絶たないわけです。
今回の調査でおもしろいのは生活習慣を改める動機として医療専門家の影響よりも家族の影響が大きかったという点で、とかく人間と言うものは専門家よりも素人の意見を重視したがるなどと嘆いた科学者は古来少なからず存在しているとは言え、いわゆるトンデモ系似非科学がそろって既存の正統派科学体系を否定するところからスタートしているということは非常に興味深い現象ではないかという気がします。

トンデモさんの話題はともかく、これだけネットでの情報収集ということが当たり前に社会に浸透している時代、これを積極的に有効活用しないのはもったいないのは当然ですし、むしろ不要不急の受診による医療崩壊などと言われている昨今医療現場の側からきちんと働きかけるべきではないかという気がしますが、当然ながら現状ではネットに医療情報を発信したところでお金が取れる訳でもなく手間暇がかかるだけですよね。
それだけならともかくそうしたサイト経由で相談した人々は当然そのサイトを運営している施設へ受診する機会が増えるでしょうから、経営者視点では喜ぶことかも知れませんが現場視点で見れば手間暇をかけて患者さんのためにサイトを整備したらさらに患者が増えて大忙しというもので、患者は多ければ多いほどうれしいという今時珍しいタイプの先生でもなければ積極的にやりたいことではないだろうと理解はできます。
現状では個人個人の医師がと言うよりも国や自治体なり保険者なりの公的な立場から(動機としては医療費節約の立場からでしょうが)きちんとした情報発信をするのが一番無難ということになるのでしょうが、そうした正しい医療情報発信のモデルケースとしても使えそうな制度が残念ながら十分に機能していないというニュースが先日出ていました。

薬のネット販売、4割が売りっぱなし 相談機能を徹底へ(2013年7月27日朝日新聞)

 【阿部彰芳】一般用医薬品(市販薬)をインターネット販売している201のウェブサイトのうち、4割が薬の相談に応じていないことが、厚生労働省の調査で分かった。薬事法は薬の販売業者に購入者からの相談に応じるよう義務づけている。厚労省は26日付で都道府県などに通知して、違法サイトを確認、指導するよう求めた。

 調査は民間に委託し、今年1~2月に実施。サイトに記載された相談先の電子メールアドレスに薬について問い合わせた。41・3%のサイトから回答が無く、2010年度調査の無回答26%、11年度の34・3%より対応が悪化していた。

 市販薬のネット販売について、最高裁が今年1月、現行の規制は無効だとする判決を出し、リスクが高い薬までネット販売が広がっている。厚労省は今秋までに新ルールを決める方針だ。

この医薬品ネット販売に関しては今年の初めに最高裁で通販規制への違憲判決が出たことで注目を集めていましたところ、先日最高裁判決を受けてほぼ全面的な解禁を行う方針だという政府決定が出されたばかりですが、そもそも反対論の主たる論点は対面販売でなければ十分な説明も出来ず安全性も確保出来ないということであったわけです。
それに対して通販推進派は実際の店頭販売状況から対面販売がきちんとした説明をしているとは言えない、これなら通販の方がよほど正しい説明を出来ると主張してきたわけですが、残念ながらネット販売においても十分な相談に応じられない「違法サイト」が根絶できていないというのは、通販規制派にとってはそれなりに意味のあるデータでしょうね。
実際のところ店頭販売と通販のどちらが安全というものでもなく、どちらもろくに説明などせず売るケースもあれば、利用者の側でも面倒な説明などいいからさっさと売れと要求する場合もありで、顧客側は自分の都合に応じて両者を適当に使い分けているというのが実情だと思うのですが、とりあえず法的に見れば店頭と通販とを問わずきちんとした説明や相談を行うことは販売者の義務となっています。
ちょうどこの15日から通販原則解禁へ向けたルール作りを議論する厚労省の検討会が始まったところですが、当然ながらこの場においても利用者からの相談受付をどのように義務づけるかということが議論の中心課題の一つとして取り上げられる予定となっているのですね。

一部の確信犯的な違法業者は何をどう言ったところで規制の網をくぐろうとするでしょうが、だからといって通販=許されざる悪という構図にはならないのは当然で、そんなことを言い出せば店頭販売にしてもろくに説明もなしに売りっぱなし、相談しようにもただいま薬剤師不在でお答えしかねますなんてケースが幾らでもあるわけです。
ネットの利点として各店舗に一人ずつ薬剤師を常駐させずとも中央に対応出来る窓口を用意しておけば済むという点があって、その意味では真面目な通販業者こそ自主的に常時相談受付のシステムを整備していただきたいと思いますが、その場合「疑問があれば何でも答えます」と言うのも重要だとは言え、主立ったFAQ的事項にはあらかじめ説明を加えておく方が思いがけない勘違いを与えずに済みますよね。
昨今では医療現場でもとにかく説明が長ったらしい、さっさと治療を始めてくれというクレームも多くて、それは確かに「緊急手術で大急ぎで始めないと命が危ないのに麻酔の説明だけで1時間」なんてのはやり過ぎだとは思いますけれども、専門的な業務内容の是非を日常知識の範囲内で判断出来るようなレベルにまでかみ砕いて説明することの重要性はどんな業界であれご理解いただけるかと思います。
保険や携帯の対面販売では誰にでも十分な情報を与えようと微に入り細に入り書き込もうとするあまり、あまりに長くなった契約書を誰も精読しないままサインしてしまい後日トラブルになるというケースが後を絶ちませんが、個々の患者の理解度に応じて説明内容を変えていくということは簡単なプログラムで対応出来る範囲であり、実はこのあたりの柔軟性こそネット通販最大の強みなんじゃないかと思いますね。

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2013年8月18日 (日)

今日のぐり:「ラフォーレ吹屋」

中国と言えば何であれ偽物が大流行だそうですが、こちら偽物は偽物としてもちょっとそれはどうよ?と思うような偽装事件があったようです。

大型犬をライオンとして展示、鳴き声で正体判明 中国動物園(2013年8月15日AFP)

【8月15日 AFP】中国中部・河南(Henan)省のラク河(Luohe)市にある「人民公園」の動物園で、「アフリカライオン」として展示されていた動物が実は毛の長いイヌだったことが、鳴き声で発覚してしまった。「代役」を務めていたのは、体が大きい長毛犬種のチベタン・マスティフだった。

 国営紙・北京青年報(Beijing Youth Daily)が報じたところによると、動物園で息子に色々な動物の鳴き声を聞かせようとしていた男性が、「アフリカライオン」と表示された飼育舎の中にいる動物の鳴き声がライオンのものでないことに気付いたという。入園料15元(約240円)を払っていたこの男性は、「動物園はわれわれを完全にだましていた。イヌにライオンのふりをさせようとしていたのだ」と憤慨しているという。

 この動物園では他にも、ネズミ科のヌートリア2匹がヘビの小屋にいたり、ヒョウの飼育舎に白キツネがいたり、オオカミの飼育舎にはまた別のイヌがいたりと、飼育舎の掲示と実際に展示される動物が違う例があった。

 動物園の責任者は北京青年報に対し、同動物園にもライオンはいるが現在、繁殖施設に送っているため、安全上の理由から一時的に職員が飼っているチベタン・マスティフをライオンの飼育舎に入れていたと弁明している。

ちなみに続報に件のイヌの全身像が掲載されていますけれども、まあ遠目には何とかライオンっぽく見えなくもないですかねえ…?
今日は壮大な計画が思いがけず頓挫した中国人に哀悼の意を表して、世界中からちょっとその計画は無理があるんじゃないかというニュースを取り上げてみましょう。

90キロの女性、52キロの男性に無理やり関係を迫られたと告訴=証拠不十分で男性は無罪に―台湾(2013年8月13日レコードチャイナ)

2013年8月11日、インターネットで知り合った男性から無理やり関係を迫られたとして女性が訴えを起こしていた事件で、裁判所は証拠不十分として男性に無罪判決を言い渡した。台湾・今日新聞網の報道を引用して中国台湾網が伝えた。

2009年、2人はネット上で知り合い、その後男女関係に発展した。女性によれば2011年6月、自分が妊娠していることに気づいて男性に話したが相手にされなかった上、別れを切り出されたという。さらに7月5日、男性は女性に金を借りに来て「5日後には返す」と言ったが約束を守らなかった。そして15日に彼女の家を訪れた際、男性が無理やり女性に性的関係を迫った。

男性側はこの事実を否定、15日に発生した性関係については「自然の流れでそうなった」と主張。また、「体重差が40キロ近くあるのに、どうして女性に無理強いできるのか?」と反論した。裁判所は女性がその時点ですぐに助けを呼ばなかったこと、何日も経過後に病院を訪れた際の問診で「最後の生理は6月3日だった」と答えていることなどから、女性が嘘をついていると判断。「多くの過程でつじつまが合っておらず、証拠不十分」として無罪判決を言い渡した。(翻訳・編集/碧海)

もちろん人間何があってもおかしくないですが、やはり比べて見るとそれは確かに無理があるとしか見えないんでしょうねえ…
缶入りスパゲッティと言えばその破壊的な味覚によって日本でもようやく知られるところとなってきていますが、こちらいくら何でもそれは…と思わず尻込みをしそうな新製品が登場したようです。

“チーズバーガー味”のパスタ、キャンベルの缶入りスパゲティに新味。(2013年8月4日ナリナリドットコム)

米食品メーカーのキャンベルが販売している子ども向け缶入りパスタ「スパゲティ・オーズ」に最近、新しい味が加わりました。それはチーズバーガー味。チーズバーガー味のパスタという不思議な、でもとても米国らしい組み合わせが話題を呼んでいます。

米ブログのfoodbeast.comなどによると、この「スパゲティ・オーズ」は、これまでにも、ミートボールやフランクフルト入りなどがありましたが、新しいフレーバーが登場するのはなんと20年ぶり。従来の「スパゲティ・オーズ」のソースに、チーズバーガーの風味を追加させたというのが、今回の商品なのだそうです。

同社のスープ事業に関わるエド・キャロランさんによると、「チーズバーガーは、常に米国人の大好物として挙げられる食べ物」であり、今回の製品開発も消費者のニーズに応えなければならないという「必然性から生まれたもの」とのこと。

「スパゲティ・オーズ」は80年代にピザ味を販売したことがあるそうですが、こちらは定番化することなく生産中止になってしまった過去があります。果たして今回のチーズバーガー味は米国人に受け入れられるのか、消費者の反応が気になりますね。

好きなものと好きなものを組み合わせればもっと好きなものになるという発想は判らなくもないのですが、しかしこれは…どうなんでしょうか…
涼を求めて水辺に行きたくなるのはこの夏のさなかにありがちなことですが、いくら何でもこれはというびっくりするようなこちら中国のニュースを取り上げてみましょう。

中国の湖がどう見ても地獄絵図! カオスすぎて中国人も仰天!!(2013年7月30日ロケットニュース24)

暑い暑い夏! 涼しさを求めてプールや海水浴に行く人も多いだろう。

だが人口13億人をかかえる中国では水辺に行っても簡単には涼めないようだ。連日の猛暑で市民が湖に殺到! 広い湖も人、人、人のゴッタ煮状態になり、完全に地獄と化してしまったというのだ。

湖に地獄が発生したのは四川省遂寧(すいねい)市にある湖だ。この湖は塩を多く含み成分がアラビア半島にある死海に似ているため「中国死海」と呼ばれ観光地化されている。

その中国死海に市民1万5000人が押し寄せた! というのも遂寧市では連日の酷暑。7月28日も気温が38度を超え、もう水にでもつからないとやっていられないほどの暑さだったのだ。だが湖は押し寄せた市民でぎゅうぎゅうの満員電車状態。水面も見えないくらいだ。これは人の熱気で余計に暑くなりそうだぞ。

この状況に中国のネットユーザーは

「オーマイガーッ!」
「四川省人多すぎィ!!」
「まさに“死の海”(笑)」
「水面が見えない」
「ギネスレコードに申請できるレベル」
「これじゃお風呂だね。泳ぐこともできなさそう」
「こんなに人が多いなんて、汚そう」
「半分以上は水中でオシッコしてそうだよね」
「おお、ブルっときたぜ」
「隣の人近すぎだろ」
「なぁ、こんなに人が多くて面白いんか?」
「中国は本当に人口が多いんだなぁ」

などとコメント。中国人でさえ仰天である。

ネットユーザーの中には「いくらなんでもこんなに多いはずがない。画像加工したのではないか」という声もあるが、現地で撮影された動画を見ると確かに湖は地獄状態だった。

それにしても、写真で見ると壮絶な光景だが利用者たちはなんだか楽しそうだ。なお、中国死海の管理者はこれだけ人が集まっても入場制限をかけるほどのことではない、安全に問題はないとしているとのことである。

その詳細はぜひリンク先の画像・動画を参照いただきたいと思いますけれども、どこの世界の歌川国芳かと思うようなカオス状態ですねこれは…
同じく中国から、世が世であれば情熱的な?求愛としてもてはやされていたかも知れないのに…という哀愁を誘うニュースを紹介しましょう。

送電鉄塔に登り男性が愛の告白 直後に感電死-中国(2013年8月15日裏モノNEWS)

中国の動画サイトに、9日に江蘇省で発生した若い男性の感電死事件を撮影した動画が投稿され、大きな反響を呼んでいる。
その動画には、感電した男性が高さ40mの鉄塔から地上に激突するまでの一部始終が収められているからだ。

問題の動画は2分36秒の長さ。投稿者によると、9日午後4時すぎに江蘇省常州市新北区にある高圧線鉄塔に若い男がよじ登っていた。周囲の人々の説得も無視して、男はてっぺんまで登り、そこで携帯電話を取り出して警察に電話をかけた。男は警官に片思いの女性を現場に連れてくるよう指示。この女性は彼の求愛を何度も断っていたという。

警官はこの女性を連れてきたが、男はすぐには降りるそぶりを見せず、1時間ほど鉄塔の上にとどまっていたが、午後5時半ごろに降りることを決意。動画では、男の足が高圧電線に触れたとたんに、身体から白い煙が上がったのが確認できる。その後、衣服が燃え出すと、男は鉄塔から落下。何度も電線に引っかかりながら地上に落ちて行った。男はその場で死亡が確認された。

片思いの相手の女性によると、男は5、6日前に彼女が売り子をしているスイカ売り場でスイカを購入。その後、毎日売り場を訪れ、交際を求めていたという。その後の調べで、亡くなった男は江蘇省北部出身の30歳と判明。常州には出稼ぎで来ていた。ネット上には「愛のためにおかしくなった男」「こんな極端な告白じゃドン引きだよ」「悲劇だ」というコメントが続々と寄せられている。

片思いが成就せず悲しむべき結末であったとも言えますけれども、こうした結果を招いた思慮のほどを見る限り彼女の判断こそ正しかったと言えるのでしょうか?
山歩きをしている最中に地図アプリを起動させていますと電池の減りが尋常ではないですが、こちらそれが最悪の結果に結びついたというニュースを紹介しましょう。

【海外:イギリス】スマホの地図で登頂を目指した登山者、バッテリー切れで遭難(2013年8月13日日刊テラフォー)

スマートフォンでグーグルマップにアクセルしながら登山をしていた3人が、スマホのバッテリーが切れて地図が見られなくなり、遭難した。

事件が起こったのは、イングランド・ウェールズ地方にある険しい山、スノードン山。

登山者は、最後の力ではなく、最後のバッテリーを振り絞って、
「登頂間近で悪天候に巻き込まれ、真っ暗な中で遭難してしまった」
とメッセージを送って、救助を要請した。

通報を受けたレスキュー隊は、真夜中直前に3人を発見し、昨日、標高941m付近から下山した。
救出された3人に登山経験はなく、使っていたナビゲート機器はスマートフォンという山の中では、かなり制限があるものだった。

「山の中で、電子機器をナビゲートに使うべきではありません。
登山に必要なものは、紙の地図とコンパス、それらを使いこなす知識です。」
と山岳救助隊員は怒りをあらわにしている。

3人の登山者は全員20代のロンドン出身者で、救出後、温かい服と飲み物、食べ物が与えられた。
登山開始時は5人だったらしいが、他の2人は遭難前にギブアップして下山していたという。

日本でも、あまりにも無防備な格好で富士山に登り、救助されるケースが後を絶たないが、事はイギリスでも同じなようだ。
いやはや、スマートフォンで登山とは…今回の事件を受けて、
「登山途中でバッテリー切れにならないように、携帯充電器も忘れずに持たなきゃ」
とは、どうか思わないでもらいたい。

いくら高山のないブリとは言えどれほど無謀なのかという話ですけれども、あまりに無謀すぎる登山計画は日本でもたびたび問題になるだけに以て他山の石となすべきでしょうね。
最後に取り上げますのが同じくブリから画期的アイデアの実用化間近しというニュースですが、まずは記事からご覧いただきましょう。

尿で携帯電話を充電、「未来のトイレ」実用化へ一歩(2013年8月13日ロイター)

[12日 ロイター] - 英ウェスト・イングランド大学の研究チームは、人間の尿から発電する技術を開発し、携帯電話に部分的ながら充電することに成功した。

今回開発されたのは、有機物から発電する微生物燃料電池を用いた技術。炭素繊維の電極上で育てられたバクテリアが尿を分解し、その過程で発電する。研究に使われる尿は仲間の研究者たちから提供され、研究施設のトイレに回収用の容器が設置されているという。

研究チームは実験の成果をもとにした「スマートトイレ」を、3年以内に実用化させたいとしている。スマートトイレにはUSB端子が付いており、用を足すと携帯電話など、接続した電子製品が充電されるという仕組みだ。

研究者たちの目標は、発展途上国向けに大量の発電ができる燃料電池の開発だという。

こういうものがもう少し早く実用化されていれば山で迷うこともなかっただろうに…と思いますけれども、どうやら装置一式の可搬性に大いに問題がありそうですよね。
原理を考えますと有機物を含むものであれば色々と応用が利きそうなのですが、なぜそこで真っ先に思いついたのが尿なのかということにブリのブリたる所以が隠されているのでしょうか、

今日のぐり:「ラフォーレ吹屋」

ベンガラで栄えたという吹屋地区は高梁市の町外れにある観光地ですが、そこにある公営宿泊施設がこちらラフォーレ吹屋です。
ちょうど古風なたたずまいを見せる吹屋小学校旧校舎に隣接する場所で観光の足場としても便利そうなのですが、本日こちら併設のレストランにお邪魔してみました。
ランチの時間帯には基本セットメニューが数種類とお茶系の品揃えのようですが、基本となる松花堂がいわゆるランチに相当するらしく、これに鳥の鉄板焼きをプラスしたものがべんがら御膳と言うことになるようです。

そのべんがら御膳、お造りはイカはいいんですが一緒についてきた白身の正体が判らず、カンパチだと教えてもらったものの見た目も食感もまるでカンパチっぽくないのは何とも不思議な感じでした。
天ぷらはごく一般的に海老や野菜ですが、この揚げ方がなかなか絶妙で衣が軽く油ぎれも良く、これを塩でいただきますと海老はぷりぷり、野菜もほっくりうまいですね。
焼きものの魚として定番のサワラはやや塩が甘いか?とも思うものの無難な仕上がりですが、どうせなら山里らしく川魚にすればいいのにと思ってみたりもします。
メインの鉄板焼きは鶏自体の味はいいんですが、このいかにも焼き肉!という感じの無個性なタレの味が勝ちすぎますしいっそ塩でいいのではという気がしますが、残念ながら卓上にそうした備品は置かれていないようです。
漬け物にわさび漬けが加わるのが珍しいのですが特産品なのでしょうか、また味噌汁もスッキリしたいい出汁の味なのですが今時珍しいほど妥協なく辛口の味噌が珍しいのと、飯は米の味は仕方ないにしてももう少し粒を立たせて欲しいといったところでしょうか。
ちなみにデザートについてきたわらび餅ですが何度か食べたことのある某和菓子屋そっくりの味で、わらび粉ではないようですがちゃんと味があるのはいいですよね。

食べて見ると女性客向けなのかさほどボリューミーではないものの、高価ではないがそれなりにしっかりした食材とまともな調理で味は悪くなかったですし、少し内容がありきたりなのが残念ですがよくある観光客向けのお店と違ってちゃんとしたものが食べられるのは好印象ですね。
接遇面ではスタッフがもともと少なくほとんど厨房に引きこもりがちなせいもあってほぼ放置状態ですが、気づいてもらえさえすればレスポンスは悪くないでしょうか。
建物自体はやたらにおしゃれですし、全体にシンプルながらトイレなどの設備も整っていてランチ以外にもちょっとお茶に立ち寄るにもよさそうな雰囲気ですが、施設本来の宿泊機能はほとんど開店休業か?と言う雰囲気が漂っていて、こうした田舎の小ぶりな観光地のあり方もなかなか難しいものがあるんだろうなと感じさせます。

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2013年8月17日 (土)

今日のぐり「こばや」

お盆と言えばこの時期日本全国お盆休みに突入することになっていますけれども、世の中この時期こそ最大の稼ぎ時だと多忙を極めている方々もいらっしゃるようです。

お盆休みって何? Twitterにいろんな「坊さんあるある」が投稿される(2013年8月14日ねとらば)

 お盆に入り、お休みをとったり実家に帰ったりと、いつもよりのんびりした時間を過ごしている人も多いでしょう。しかし! お坊さんにとっては、お盆こそが気合を入れて乗り切らねばならない忙しい時期です。そんなお坊さんの思いが垣間見えるつぶやきが、Twitterのハッシュタグ「#坊さんあるある2013盆」にたくさん投稿されていますよ!
(略)
 とりあえず1つ分かったのは、お盆はお坊さんの戦いの季節だということですね。みなさん、お坊さんに愛の涼風を!

詳細は元記事を参照していただくとして、なるほど仏教界の一大イベントだけに大変な騒ぎなのは想像できますが、こうしてつぶやきを見ていますと「なるほど」と頷くことも多々あるのがさすが修行を積んだ功徳というものでしょうか?
本日は盛夏の中で駆け回っている全国のお坊様型に敬意を表して、まさしく夏のこの時期にありそうでなさそうな様々な事件を取り上げてみましょう。

【車中ヤバい】炎天下の車中に卵を放置で立派な温泉卵になったと話題に(2013年8月10日秒刊サンデー)

6年ぶりの40度を超える猛暑を記録した10日の日本列島。この暑さはいつまで続くのだろうか、そんな中この猛暑を利用し温泉卵を作った方が話題になっている。作成方法は簡単、車の中に生卵を入れておくだけのシンプルな調理法。しかし温度調整が極めて重要となり65~68℃程度の湯に30分程度浸け置く必要がある。果たして本当にできたというのだろうか。
(略)
写真を見てみると確かに温泉卵が完成している。しかも実においしそうな温泉卵となっており食べる分には申し分ないほどのクオリティ。ただし彼は「一人で食べるには多すぎる」と嘆いてはいるが、車中で実際に温泉卵が出来るという事実には驚愕だ。

つまり車中の中は60℃以上のサウナ状態となっていたはずだ。しかし普通の調理法と異なるのは、お湯の中に30分では無く、パックのまま3時間ほどゆっくり時間をかけ熱していたようだ。逆に考えればたった3時間でたんぱく質がこのように凝固することが判明。

パチンコ店で車中で子供が亡くなっているという痛ましい事件がこの時期になると頻繁に耳にしますが、この実証事件を踏まえるとなんとも恐ろしい行為だという事が改めて感じさせられる。

―Twitterの反応
・夏は温泉卵買わなくてすむね!
・明日やってみます。
・うまくいってるw
・車内65度以上か
・ちょっと鶏卵買ってくる
・食えんの?腐れてない?
・つまり車内は65度以上…。
・子供や犬、猫絶対ダメ
・ナイスアイデア
・エコだなぁ
・食中毒大丈夫だろか
・これは試したい

もし真似する方は、食中毒には十分注意し実験が終わったら必ず加熱して食べることをお勧めする。

今年は日本史上最高気温を更新するなど暑い日が続いていますけれども、たしかにこれだけの熱をただムダにするのはもったいない?ですよね。
夏の熱気と言えば今や日本最大級のイベントに発展した真夏の祭典が今年も開かれましたが、熱中症続出という厳しい状況の中でまた新たな伝説が生まれたようです。

都市伝説の『コミケ雲』が会場で観測「これが伝説の…」と話題に(2013年8月11日秒刊サンデー)

コミックマーケット84において都市伝説とされていた「コミケ雲」が観測され、ツイッター上に多くアップロードされていることが判った。コミケ雲とは、来場者の熱気によって生まれた汗などの水蒸気が建物内に溜まり、白い霧のような物が発生する現象。一見カメラのレンズが曇っているように見えるがそうでは無く会場が曇っているという事で、現場の熱気の凄さが伝わってくる。
(略)
こちらが会場である「東京ビッグサイト」の内部の様子。館内は無線LANが使えなくなるほどの人であふれ、連日の猛暑も重なり一気に温度が上昇。さらに会場に押し寄せた人々の熱気(汗・その他体液)などが水蒸気となり、そのまま上空に舞い上がり、屋内である為上層部にこもってしまうという現象。また室内では空調が効いている為、温かい水蒸気が冷やされ雲のようになるのだという。

これら現象はもはやコミケ会場の伝説として語り継がれていたがソーシャルメディアなどの普及により、多くのユーザがこの現象を確認。即座にネットにアップした。

噂には聞いたことがあるが実際に見るのは初めてだという方も多く、大変珍しい現象だと言える。ネットでは「伝説のコミケ雲だ」「こわい」「都市伝説じゃなかったんだ!」などと感想を漏らしている。

―Twitterの反応
・コミケ会場の上マジ霧発生してるwwwこれが俗に言うコミケ雲か!!!
・もう少し条件が揃ったら、伝説のコミケ雲が見れるかもしれん。
・あら、コミケ雲観測されたの。すごいわねえ。
・コミケ雲だと!!?
・こ、コミケ雲ってなんね・・・
・コミケ雲wwwwwwwwwwwwwww
・ついにコミケ雲が発生したかww 今年の夏コミはいろいろとヤバイな・・・
・コミケ雲すげえ・・・
・コミケ雲って…こわい。
・コミケ雲リアルに見てきた。熱気がハンパじゃない。
・コミケ雲って都市伝説じゃなかったんだ!
・この雲の発生源はキモヲタたちの汗だろ?臭い雨が降りそうだなw
・まさに汁スプラッシュw
・コミケ雲やばwww人の汗が冷えて雲に?気持ち悪wwwww
・あれは何だ!!!鳥か?!隕石か?!いいや、コミケ雲だ!!!!!
・もうすぐ雨ですかね
・伝説のコミケ雲発生したか

更にコミケ雲が発達すると熟成された液体スープが雨のように降り注ぎ来場者を襲うという話もある。
違う意味での汗だくにはなりたくないものだが、それでも戦利品を手にした彼らは「勝者の顔」となるだろう。

どんな伝説だよ!とツッコミはさておき何やらものすごい状況であることは理解出来ますが、くれぐれも無理をせず十分な水分補給をしながら楽しんでいただきたいと思いますね。
夏の雲と言えば雷も落ちようと言うものですが、こちらその雷によってとんでもないことになってしまったという夏恒例のイベントのニュースです。

【悲劇】雷で開演前にフィナーレの花火が点火 木崎湖の花火大会で(2013年8月15日ねとらば)

 長野県大町市の木崎湖で、花火大会の前に雷で花火が点火するハプニングがありました。

 花火大会の開始前に激しい雷雨となり、雷によりフィナーレのナイアガラ花火が着火。観客に屋外や桟橋から避難するようアナウンスもあり、一時は大会の中止も懸念されましたが、その後雨は収まり、大会は決行に。ナイアガラはありませんでしたが無事開催されました。
(略)

ちなみに同日開催の諏訪湖の花火大会も大変な豪雨で中止になったそうですけれども、しかしどういう偶然にしろ大きな事故にならずに済んでよかったと言うべきなのでしょうか、セッティングをした職人さん達が半泣きになっていないことを祈りたいところです。
お盆の最中の終戦記念日と言えば靖国神社への参拝が多い時期ですが、こちらとんでもないお方が参拝されていたと話題になっています。

アンパンマンが靖国神社を参拝したと話題に(2013年8月15日秒刊サンデー)

68回目の終戦記念日を迎えた15日、戦死者が祀られている靖国神社になんと「アンパンマン」が登場し話題を呼んでいる。当初はその風貌から「石破幹事長」ではないか?と言う憶測も飛び交ったが見事にハズレ。正真正銘のアンパンマンコスプレだったという。しかし不審人物と認識され多数の警備員に囲まれている姿がアップされており、厳重な警戒態勢に正義の味方も思わずたじろいでしまったようだ。
(略)
現場に現れたアンパンマンのコスプレ。オフィシャルの物に比べ若干チープには感じられるものの、アンパンマンの特長を見事にとらえており、誰が見ても「アンパンマン」だと認識できるレベルだ。当然のことながら厳戒態勢が敷かれている靖国神社であるので警備員がやってきて職務質問を受けているようだ。この後彼がどうなったのかは不明だが、無事戦没者の追悼を行う事が出来たのか非常に気になる展開だ。

―何故アンパンマンの格好なのか

ではなぜアンパンマンの格好をしなければならないのか。ウケ狙いか?であればアンパンマンでなくとも「初音ミク」でも「巨人」でもなんでもいい。恐らくアンパンマンでなければならない理由があるはずだ。アンパンマンは自分の顔をちぎりお腹のすいた人たちに食料を与える。作者の「やなせたかし」氏は戦時中の食糧難の厳しい経験から「アンパンマン」を誕生させたとされており、戦争とアンパンマンとは深い因果関係がある。つまりアンパンマンが靖国神社を参拝するという事には深い意味合いがある。

コスプレをしていた方が「やなせたかし」氏へどれだけの思いがあったのかは定かではないが、そういったアンパンマンのスタンスから靖国へアンパンマンの格好をしていった可能性が高い。

―Twitterの反応

・石破幹事長じゃなくて本物だった。
・石破幹事長の事かと思ったらアンパンマンだった
・シュール過ぎるwww
・ふざけるバイト君と同じ匂い。シャレだよシャレ、で済まそうとしてる。済まないことの方が多いと気づけ。
・軍服旭日旗はノーマークなのに、アンパンマンはフルマークとか。
・そういえばアンパンマンがいた(笑)写真撮ろうかと思ってたら敬礼しながらどっか行った(笑)
・そこまで入れたのかよww
・お、おい!www
・コミケと勘違いすんなよ
・終戦記念日に靖国にアンパンマンでくる方が悪い てかバカすぎ
・いいじゃないか、靖国にアンパンマン
・お腹をすかせた英霊及び皇国の民びとを弔うために決まってるだろうが
・終戦記念日の靖国神社に詣でるのは、作品のスピリットからすればこの上なく正しいのでは。
・ネタでやってイイ場所かどうか少しは脳ミソを使えよ
・アンパンマンのコスプレだけなぜ差別されるのか
・韓国議員来たらアンパンチな!
・なめてやがる

我が国が誇る国民的ヒーローも現実世界では「不審人物」とされてしまう現実を、やなせたかし氏はどのように受け止めるのであろうか。

元記事を見ますとたしかにアンパンマン以外の何者でもないのに不審人物扱いとは失礼極まるというものですが、しかし夏の炎天下にあんパンですから鮮度的食品衛生的にどうなのかと心配になりますね。
こちらも食品衛生的にもさることながら、本来の役割を果たすことが出来なかった悲劇を報じたニュースです。

猛暑対策失敗! 氷タオルと間違えて、凍った鮭を持って外出してしまう(2013年8月13日トゥキャッチ)

 猛暑対策で凍らせておいたタオルを持っていこうとしたところ、凍った鮭の切り身を持っていってしまった、というツイートがTwitter上で拡散している。

 鮭の切り身も十分冷えているようだが、生臭いので体を冷ますのには向いていなさそう…。

 その後、もう一度冷凍したおいたそうだ。暑さで傷んでいないとよいのだが…。

 あなたも、猛暑対策のうっかりした体験談があったらTwitterへ投稿してみては?

これまた状況はリンク先の画像を参照いただくとして、しかし何故そういう基本的な間違いをするのか何事も確認が必要ということですね。
最後に取り上げますのはこれまた猛暑が続いているお隣中国の話題ですが、こういうのもどこか大陸的な牧歌的風景というのでしょうかね?

猛暑の北京住民に「イケア」が人気、冷房楽しみソファで仮眠(2013年8月11日CNN)

(CNN) 記録的な暑さが続いている中国の首都北京にある大手の家具販売店イケアの店内で、猛暑を逃れ、冷房が利いた中で快適なソファなどに座ってうたたねする市民の姿が目立ち始めた。

ショッピングモールなどで涼むのは冷房設備がない旧市街の家の住人らが多い。

上海では先に最高40.8度を記録。過去140年では最も暑い7月となった。同市では少なくとも住民10人が熱波で死亡した。

上海の地元テレビは酷暑の度合いを示すため、生の豚のバラ肉を日光が当たる大理石の床に置いて「焼かれ具合」をチェック。10分で「中も結構焼けている感じ」になったと伝えた。

中国の気象専門テレビは最近、国内の「暑い都市」リストを公表。首位は、35度以上の日が32日間続いた南東部の福州だった。上海は16位だった。

上海の企業の外国人幹部は「ショッピングモールは満杯。プールや水遊びが出来る娯楽施設は混み合い、住民が近いところでも歩くのを嫌がるため空車のタクシーを見つけるのが難しい」と暑さにうだる市民生活の一端を紹介した。

中国の一部の省では、高温や乾燥気候を変えるため人工雨を降らせる材料や装置を積んだロケットを打ち上げる措置にも踏み切った。

リンク先の画像を参照していただきますとまさに涼んでいるという状況ですが、こちら中国では豚バラ肉も焼けますかそうですか…
まだまだ残暑厳しいどころではない気候が続きますが、皆様もなにかと用心しながら夏を乗り切っていただきたいものですね。

今日のぐり:「こばや」

岡山市外の少し裏通りに入った場所にあるこちらのお店、串焼き串揚げを専門にするという落ち着いた雰囲気のお店ですが、つい先日オープンしたばかりだそうですね。
店内はほぼ全席座敷席ですが一応カウンターもあるにはあって、テーブルの上に置かれたツボにソースが入っているというお約束の光景ですけれども、それよりも入り口近くに並べられた酒瓶の数々に圧倒されま飲まない人間からすると「ああ、ここはそういうお店なのか」と恐れ入ってしまいます。
実際にメニューを見ても半分は焼酎など各種ドリンク類でこちらは非常に充実している一方、串焼きと串揚げ以外の料理はほとんどおつまみ程度の簡単なものしかないようですが、聞くところによると時間帯によっては刺身などおすすめ料理もあるそうです。

この日はおすすめという品を適当に見繕ってもらったのですが、まずは定番の枝豆の塩加減はツマミとしてはやや物足りないか?と思うものの、続いて出てきた蒸し鶏と温泉卵のシーザーサラダはあっさり控えめなソースのあんばいが良好でなかなか良い出だしだと思います。
串揚げがしばらく続くのですがまず真っ先に登場したのがナスで、正直所詮ナスと舐めてましたがこれがとにかく滅法うまい、元々ナスと言えば油と相性がいいものですがトロリとした茄子にカリカリの衣とソースの旨味があわさって間違いなく本日ベストの一品でした。
豚ヒレ肉やうずら卵など定番のネタが続きますが、アスパラに関しては丸々一本そのままを揚げるのも見栄えはいいのですが、食べる側としては丸ごとより少し切った方が一口ごとの衣との一体感が向上しそうですね。
もう一つの主役である焼き物の方はこれまた定番の豚バラはあっさり目の塩加減でジューシーな豚の脂の甘さが楽しめるのはいいとして、鶏皮などはやはり塩加減は控えめなのはいいとして炭に落ちた脂による独特の風味が強すぎて個人的にはちょっとつらいのと、焼き加減自体はもっとじっくり脂を落としながらさくさくとした皮の香ばしさを引き出してもいいか?とも思えるものでした。
鶏もも肉の串におろし大根をトッピングしてポン酢を添えたものはアイデアもいいし、油気の強いものが続く中でさっぱり口直しにもなっていい具合なんですが、逆にこういうものはタタキっぽくレア感を残して肉が固くなるまで焼かない方がよさそうですね。
単品ものではこれまた定番の鳥からは肉の味も下味もいいし、ジューシーな肉汁たっぷりの揚げ加減もちょうどいいんですが、最近の流行からすると皮はもう少し強めのクリスピー感を好む人が多そうでしょうか。
居酒屋メニューの定番であるホッケは焼き加減が頃合いでホクホクした身が楽しめるのですが、地元の特産黄ニラを使った出し巻き卵はスが入った焼き加減も少し残念ですし、強すぎるタレの味もせっかく青ニラほど風味の強くない黄ニラを使って仕上げているのにもったいない気がしました。

全般的には価格帯からすると素材は合格点をつけられるし揚げ物もどれも悪くないんですが、それに比べると焼き物は及第ではあるものの今一つか?という印象があることと、少し気になったのがお品書き的には明らかに飲み屋志向なのですが料理の味はがんがん飲む人向けではないようで、実際に見たところ入っているお客さんもライトな飲み方しかしていない若い人のグループがほとんどであるようです。
こういうあまり飲まない顧客が相手なら料理屋的にひと味控えめな今の味でちょうど良さそうですし、むしろいっそビールやチューハイなど安いドリンクと揚げ物に特化してもいいかなとも思うくらいのですが、割合落ち着いた雰囲気で裏通りの通好みのお店風な構えからすると将来的にはこういうちょっとマニアックな酒の品揃えを喜ぶ、もう少し年配客に主軸を移していこうとしているのでしょうか?
接遇面では席数数を考えるとスタッフ不足であるようで、チェーン店のようなマニュアル対応でもないですから現段階ではもう少し頑張って仕事を覚えていただかないとレスポンス的にもちょっとつらい感じですが、加えて夜は予約客のみの営業と張り出しがある中で、やたらに食材切れが多いというのはまだ仕入れに試行錯誤している段階だろうとは言え、予約限定なのも食材ロスを抑えるためか?などと勘ぐってしまいますよね。
ともあれスタートしたばかりなのですから細々した部分は試行錯誤している最中なのは当然で、いずれ味も接遇も安定した頃にお店がどうなっているかに期待しておきたいですね。

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2013年8月16日 (金)

高年収社員は際限なく働かせてもかまわない?

大学と言えば最高学府というだけに各種社会慣習の改善においても最先端かというイメージもありますが、実際にはそうでもないらしいという記事が先日出ていました。

日本の大学は非常勤講師を使い捨てる「ブラック大学」(2013年7月31日ニューズウィーク日本版)

 早稲田大学が今春から非常勤講師に適用した就業規則について、早大の非常勤講師15人が6月、早大総長や理事らを労働基準法違反で東京労働局に刑事告訴した。原告の首都圏大学非常勤講師組合の松村委員長によると、非常勤講師は今年度から契約更新の上限を5年とする、と大学から一方的に通告されたという。

 大学側は労働基準法にもとづいて意見を聞いたとしているが、講師らは正当な手続きを経ていないと主張し、「早大はわれわれを5年で使い捨てるブラック大学だ」と批判している。大阪大学も今年度から非常勤講師の契約期間の上限を5年とする規定を設け、これに対しても労働組合が告訴する動きがあり、これは一部の大学の問題ではない。

 4月から改正された労働契約法では、非正規労働者が5年を超えて勤めると、本人が希望すれば期間の定めのない「正社員」に転換しなければならないため、多くの企業で契約社員などを5年で雇い止めする動きが広がっている。大学の場合は今まで事実上無期限に勤務してきた非常勤講師が多く、早大の場合は教員の6割、4000人が非常勤だというから、雇い止めの影響は大きい。

 私もいくつかの大学で非常勤講師をやったが、賃金はだいたい一コマ(90分)で7000円ぐらい。準備の時間や往復の交通費や試験などの事務にとられる時間を考えると、コンビニのアルバイトと大して変わらない。ところが専任講師や准教授になると実質的に終身雇用になり、教授になれば年収1000万円を超えるので、常勤と非常勤の格差は非常に大きい

 ある非常勤講師の場合は、1週間に10コマ掛け持ちしても年収は300万円程度で、ボーナスも昇給もないので、50過ぎても生活は苦しい。カリキュラムは毎年変わるので、いつクビになるかわからないが、大学の教師というのはつぶしがきかないので、本当にコンビニぐらいしか働き口がない

 こんなひどい差別があるのは、日本の大学だけである。文部科学省の調べによれば、アメリカの大学教員のうちテニュアをもつのは62%で、助教授では12%しかいない。一流大学ほど要件はきびしく、ハーバード大学では2300人の教員のうちテニュアは870人しかいない。それなのに日本では、准教授になったら1本も論文を書かなくても昇進し、早大の場合は70歳まで雇用が保証される。

 企業のサラリーマンは競争がないようにみえるが、いろいろな部署に配置転換され、仕事のできない社員は左遷されるので、ポスト競争は強いインセンティブになっている。ところが大学教師は専門が決まっているので、仕事のできない教師を左遷することができない。授業も学生しか聞いていないので、勤務評定もほとんどない。だから日本の大学のレベルは、主要国でも最低なのだ。

 文科省は来年度の概算要求で、10校の大学を「スーパーグローバル大学」に指定し、世界の大学ランキングの上位100校以内に入ることを目標にして100億円の予算を要求するという。しかしこのように研究者に競争がまったくない状態で、いくら補助金を出してもすぐれた研究が出てくるはずがない。

 日本の大学は、最低品質のサービスを最高料金で提供する産業である。しかも一流大学も定員割れの大学も一律に私学助成が出る。その総額は約1兆5000億円で、農業補助金に次ぐ。農業補助金が農家を甘やかして農業をだめにしたように、私学助成が大学を堕落させたのだ。助成金は大学ではなく成績優秀な学生に奨学金として出し、海外の大学にも行けるようにすればいい。グローバルに育てるべきなのは大学ではなく、人材である。

 だから日本の大学の競争力を上げるのに、100億円の予算なんか必要ない。世界の大学がどこもやっているように、教授・准教授を含むすべての教員を任期制にし、テニュア審査に合格できない教員は契約を打ち切ればいいのだ。これによって非常勤講師も優秀な研究者は教授になれ、論文を書かない教授はクビになる。それが世界の常識である。

池田信夫(経済学者)

まあ事実関係以外の部分に関しては池田氏の意見に異論がないわけでもありませんが、ともかく天下の有名大学が何ともせこい真似をしているなと誰でも思うのがこの大学の非常勤講師という地位ですよね。
年収300万もあれば良い方だ、大学病院の医員を見ろなんてまたぞろ奴隷自慢を始めたがる人もいるかも知れませんが、ともかく法的ルールはこうなっているのだからそれをかいくぐるためにこういう内部ルールにしますと堂々と宣言するというのは、改めて法的ルールでもなければ労働者の権利はなかなか尊重されないということを示しているように見えます。
大学のように労働法規についても平素偉いことをしゃべっている方々がそろっている場所でもこうだと考えるべきなのか、それとも詳しいからこそ抜け道は幾らでも考えつくのだと見るべきなのか微妙なのですが、一般の会社でも大企業と呼ばれるところになればきちんとした法務部にその筋の専門家が揃っているだろうし、こうした法律の条文の隅々まで精通した上で就業規則を練り上げているはずですよね。
そんな手ぐすね引いて待ち構えている企業に大きな手助けをすることになる話が出てきたとちょっとした話題になっているのですが、「金もしっかりもらってるんだからいいじゃないか」と簡単に済ませられないものであるようにも覆えます。

週40時間の労働規制に特例 政府検討 トヨタ、三菱重工など導入へ(2013年8月15日産経ビズ)

 一定水準以上の収入がある会社員を対象に、政府が週40時間が上限といった労働時間の規制を適用しない「ホワイトカラー・エグゼンプション(労働時間の規制除外制度)」の実験的な導入を検討していることが14日、分かった。

 年収800万円を超えるような課長級以上の社員を想定しており、一部の大企業で特例的に認める方針。経済産業省によるとトヨタ自動車や三菱重工業など数社が導入を検討しているといい、仕事の繁閑に応じた柔軟な働き方の実現による生産性向上を狙っている。

 規制除外制度の適用を受ける社員は、労働基準法で定められている時間外労働に対する残業代が支払われないほか、休日や深夜勤務の割り増しなどもなくなる。その代わり、仕事の繁閑に応じて自分の判断で働き方を決めることができるようになる。例えば、繁忙期に休日返上で集中的に働き、閑散期にはまとまった休みをとるといった働き方が可能になるとみられる。自宅勤務の活用が進むことも見込まれる。

 政府は、今秋の臨時国会に提出予定の「産業競争力強化法案」に、先進的な取り組みを進める企業に規制緩和を特例的に認める「企業実証特例制度」の創設を盛り込み、それを活用して労働時間規制の適用除外の実験導入を行う。法案の成立後、制度導入を希望する企業からの申請を受け付け、早ければ2014年度にも実施する見通しだ。

残業代ゼロ実験導入 政府方針 年収800万円超想定(2013年8月15日東京新聞)

 政府が、一定水準以上の年収がある人には週四十時間が上限といった労働時間規制の適用を除外する「ホワイトカラー・エグゼンプション」の実験的な導入を、一部の企業に特例的に認める方向で検討していることが十四日、分かった。

 年収八百万円を超えるような大企業の課長級以上の社員を想定。時間外労働に対する残業代は支払わない上、休日、深夜勤務での割増賃金もない。経済産業省は自分の判断で働き方を柔軟に調整できるようになり、生産性向上につながるとしている。

 ホワイトカラー・エグゼンプションは第一次安倍政権が導入を狙ったが、二〇〇七年、労働組合の反対で見送られた経緯がある。今回も労組は「過労死を引き起こす」と反発しており、政府内でも厚生労働省からは疑問の声が上がっている。

 経産省は今秋の臨時国会に提出予定の「産業競争力強化法案」に、先進的な技術開発などに取り組む企業に規制緩和を特例的に認める「企業実証特例制度」の創設を盛り込む方針。この一環で、労働時間規制の適用除外の実験的な導入も認める。

 法案成立後、導入を希望する企業から申請を受け付ける。経産省によると、トヨタ自動車や三菱重工業など数社が導入を検討しているという。実際に適用することになれば、本人の同意や労使合意も必要となる見込み。

 労働基準法は労働時間の上限を一日八時間、週四十時間と規定。これを超えると残業代の支払いが義務付けられ、休日や深夜の勤務には賃金を割り増す。現行でも実際の労働時間とは関係なく、一定時間働いたとみなして固定給を払う「裁量労働制」があるが、休日、深夜の割り増しはある

 東京管理職ユニオンの鈴木剛(たけし)書記長は「多くの管理職に裁量はない。サービス残業が常態化しているのに、際限なく働かされることになり、過労死を引き起こす」と批判。厚労省幹部は「労基法は全ての事業者と労働者に適用され、特例を認めるのはなじまない。労働条件は労使が加わった審議会で議論するのが原則だ」としている。

ま、実際に勤務時間を柔軟に使い分けて忙しいときは働き、暇な時はしっかり休むなんてことができるのかどうか、それなら月あるいは年単位で総労働時間なりを規制した方がいいんじゃないかと色々と突っ込みどころがあるのですが、とりあえずここで気になるのが「高収入を得ている役職持ちは事実自分の業務内容を自分で自由に管理できるのか?」という点でしょうか。
大企業の役職付きの方々との付き合いがそれほどないので実際にどうなのかは何とも言い難いですが、昨今どこの職場でも人員削減でスタッフ全員身を粉にして働いている中で管理職だけが自由に時間をコントロールできるかと言えば怪しいものですし、自分が暇になっても部下あるいは上司との絡みで休みなど取れないというケースが容易に想像できそうです。
要するに年俸制に近い雇用スタイルを考えているのでしょうが、年間の休日が何日で連続何日の休みを取れるといった契約をきっちり結ぶ習慣のない日本の叩き上げ労働者にこうしたスタイルが馴染めるかどうか、まずは該当者に対する労使契約をきちんとルールづけることから始めないことには単に残業代なし、時間上限なしで会社側だけが得をするということにもなりかねません。

医療の世界について言えば以前から「医師は管理職か?」という有名な命題があって、一般には部長以上の役職にある医師は管理職として扱われていると言いますが、一般の会社員と違って労働者としての独立性が高い医師という仕事では、小さな診療科で部長一人だけでやっているようなケースが決して珍しくないわけですよね。
その場合に「これ以上はオーバーワークになるから外来を制限しますね」だとか「残業が多すぎるからしばらく入院患者は引き受けません」だとか言えるものなのかどうか、個人的には実際にそれに近いことを言い出した先生も知っていますがしばらくすると病院を辞め開業されていたあたりを見るにつけ、少なくとも多くの病院で本当に自分の仕事量を管理できているような医師は存在しないように思います。
そもそも応召義務があるのに仕事量の管理など出来るはずがない、全ては患者次第じゃないかと言われればその通りで、患者を大勢待たせても外来を急がないといった自主的な手段で何とか業務量をコントロールしようとしている先生方もいらっしゃるでしょうが、それも「こんなに待たされるなら他に行く」と行列から外れていく患者さんがいてこそ成り立つ話で、現実的にはなかなか難しいでしょうね。

この話を聞いて真っ先に思い出したのが、ちょうど今年の初めに奈良の県立病院で産科医がちゃんと残業代を払え、労基法を守れと訴えを起こし、最高裁まで戦ってやっと勝訴を勝ち取ったという有名な事件があって、これによって全国の病院で当直業務などが大幅に再編されることは避けられないのでは?と大変な騒ぎになりました。
そこにこんな話が舞い込んできたことから思わず深読みしてしまいたくなりますが、例えば日本においても高年収の労働者は関連法規に縛られず純粋に雇用主との契約に従って働きましょう、などという方向に話を進めていきたい「労働規制改革派」の方々が旗を振っているのだとすると、ちょうどそのあたりで法律違反だと大騒ぎになっている医師という職種は格好のターゲットですし、判決に頭を抱えていた全国数多の病院側にも渡りに船ですよね。
もちろんアメリカなどでは医師は契約に従って高い年俸をもらい休みもしっかり取れる、日本もアメリカを目指そうなんてことを言い出してもおいそれと踊らされる医師もいないでしょうが、とりあえずは自分の労働環境は自分で守るという姿勢を自ら示していかないことには、幾らでも仕事を押しつけられいずれ押しつぶされてしまうという未来絵図を容易に想像できそうです。
高い給料をもらっているんだからもっと働けばいいじゃないかと主張する方々もいらっしゃるでしょうが、したり顔でそうしたことを言う方々よりも多くの医師達の方がずっと沢山働いていて、もうこれ以上は金をもらっても働けないと考えていることを思い出していただくべきだと思います。

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2013年8月15日 (木)

医療現場の新技術導入はいいことなのですが

先日は史上初めて全てのオーダーをツイートで行うホテルが登場したと話題になりましたが、昨今では日常診療においても手元のスマホ、タブレット等を活用することが当たり前になってきましたよね。
こうしたデバイスを使用する上で医療業界では一般向けとは異なり、特有の専門用語を網羅した医学辞書というものの必要性が高かったわけですが、こちら手書き入力用の入力システムとして専門用語もタブレット等で簡単に入力できるという便利そうなものが登場したというニュースをお伝えしましょう。

医療版手書き入力システム「Medical 7notes Pad+WC」を販売開始(2013年8月9日産経ニュース)

株式会社MetaMoJi(本社:東京都港区、代表取締役社長:浮川和宣、以下:MetaMoJi)は、iPadで動作する医療用語辞書を登載した手書き認識入力システム「Medical 7notes Pad+WC」を、2013年8月9日より販売開始いたします。

「Medical 7notes Pad+WC」は、医療現場でのiPadによる手書き入力のご要望に応え、標準病名、医薬品名、検査・医歯薬用語、看護・介護などの医療用語に対応した医療用語辞書を登載することにより、難しい医療用語も簡単に手書き入力することができるようになりました。医療辞書は、医療システムへの多くの導入実績の持つキヤノンエスキースシステム株式会社が販売する「医用辞書」を使用しています。
(略)
「Medical 7notes Pad+WC」の販売開始について、ソフトバンクテレコム株式会社ヘルスケアプロジェクト推進室より以下のような賛同支援コメントをいただいています。

「医療現場へiPadを導入するにあたり、ソフトウェアキーボードでの入力はいつも課題となってきます。手書き入力と推測変換機能付医療辞書を持つMedical 7notes Pad+WCは、入力問題を解決する強力なツールであると確信しております。また、ソフトバンクテレコムでは、医療・介護関係者向けSNS『メディカルケアステーション*』の普及を図っており、MetaMoJi社の協力のもと、手書きによるメッセージ入力環境を用意して、IT機器に不慣れな利用者でも、サービスに参加できるように利便性を高めていきたいと考えています。」
(略)
【「Medical 7notes Pad+WC」概要】

<主な特徴>
 ・手書き入力ブラウザーにより、お客様のWebアプリケーションを変更することなく、手書き入力ができます。
 ・難しい医療用語が書けなくても交ぜ書き変換で漢字入力ができます。
 ・長い医療用語も推測変換で簡単に入力ができます。
 ・20万語以上登載し、各医療分野を網羅しています。

<価格>
iPad 1台あたり年額 6,500円

■7notes Pad+WCについて
MetaMoJiが開発したタブレット向け文字入力エンジンにより、iPad上で手書き入力を求めるユーザーや、キーボードに不慣れなお客様のニーズに合わせて、ストレスの少ない手書き入力を実現するアプリケーションです。これまで、キーボードの操作がボトルネックとなりシステム化が困難だった業務システムを簡単に実現します。 http://product.metamoji.com/enterprise/product/padwc/
(略)

ところでこの種のシステムと言うと以前から「専門用語○○単語収録!」といったうたい文句が一種の売りになっていましたが、これだけ医療も標準化が進んでいるわけですから、厚労省なり医療系団体なりが音頭を取って標準医学辞書というものを制定するようにすれば、手間やコスト面でもずいぶんと違ってくるように思うのですがどうでしょうね?
それはともかく、最近では流行の3Dプリンターを使って各人にぴったりと合う人工骨を簡単かつ低コストで作れるようになっただとか、世間で「おもしろそうだ、何か出来そう」と思える様々な道具が実際に医療現場で役に立つと言うケースが増えてきていますよね。
もちろんロボット手術のように未だごく狭い専門領域に留まって数としては大きく普及してはいないものもありますけれども、かつては職人技の手作業で行われていたことが機械によって簡単に出来るようになるだとか、ひたすら面倒な繰り返し作業だったものがPCで簡単に出来るようになるだとか、様々な恩恵も感じられるようになったのはよい傾向だと思います。
ただ逆に言えば様々なデジタルガジェットが当たり前に普及した結果、「ツイート出来なければ利用しにくいホテル」のように必ずしも以前のように「全ての人が支障なく使える」環境でなくともそれが導入されてしまうというケースもあるわけで、よく言うように「電子カルテを導入したら年配看護師がそろって辞めた」などと言うことがままあることなどはその典型例だと思います。

医療者にも迫る!?「テクノロジー失業」(2013年8月12日日経メディカル)

(略)
 最近、「テクノロジー失業」という言葉を時々耳にする。テクノロジー失業とは、通信技術や機械技術などの発展によってこれまで人間が行っていた作業が機械や装置に取って代わられてしまい、働き手が職を失うことを指す。科学技術の発展は人間の仕事を助ける半面、人から仕事を奪うという面を持っている。

 薬局薬剤師の仕事にもじわじわと科学技術が入り込んできている。処方内容や患者さんの様子、服薬指導の内容などを書き込む薬歴も電子化されている。また、愛知県豊田市にあるグッドライフファーマシーでは、調剤室のマシンが自動で薬のピッキングから鑑査、薬袋に入れるまでの一連の作業をすることが知られている。記憶に新しい、一般用医薬品(OTC薬)がインターネット経由で購入できるようになったこともITの進歩によるものだろう。薬剤師によるOTC薬の対面販売は、いつかパソコン上の画面に取って代わられてしまうのかもしれない。

 いわゆるルーチンワークはコンピュータやマシンが得意とする仕事で、人間の作業よりミスが少ないと言われている。それらに「仕事を奪われる」と言うと良からぬことのように聞こえるが、そこは発想を転換してコンピュータやマシンに「仕事を預けて」、私たちはこれから人間にしかできない仕事を突き詰めるべきではないだろうか。

 科学技術がどんなに発達しても、コンピュータの処理能力がどんなに速くなっても、「五感を使い、人が人のために、人のことを思ってする医療はコンピュータやマシンにはできない」と私は信じている。効率化や標準化のために技術革新を追う一方で、人間がやるべきこと、やらなければならないことを追求することが、医療を血の通ったものとし続けるために不可欠なのだと思う。

基本的に医療現場は典型的な労働集約型産業であって、しかも常時多忙すぎて人材流出も著しい人手不足産業の一方の雄でもありますから省力化は大歓迎なのですが、今現在は昔ながらの手作業が必須の仕事とデジタル化された仕事とがモザイクのように入り乱れ不可分の状態になってきているわけです。
少し以前には大学の外科系講座で神の手として鳴らした偉い教授先生が「ボクは腹腔鏡は出来ないからね。そういうのは若い先生に任せてるんだよ。ははは」などとどこか寂しそうに笑っていた時代もありましたけれども、こうまで技術革新の速度が上がると医療専門職のように技術習得に長年の修行を要する仕事では年代によって出来ること、出来ないことの格差が顕在化してきそうですよね。
それでも「出来ないことは出来る人に任せて、出来ることをやればいい」でうまく仕事が均等化できれば皆がハッピーになれますけれども、今時そろばんしか使えない事務職がオフィスで仕事がないのと同様あれも出来ない、これも出来ないで何一つ出来ることがない先生が医局で暇を囲っている、一方努力して様々なスキルを身につけた先生ほど仕事が集中して休む間もないとなれば不公平感は高まるでしょう。
悪いことに医師の給与体系は長年医師免許取得後年数によってほぼ決まる典型的年功序列なやり方が続いていましたから、長く勤めれば勤めるほど給料が跳ね上がる公務員という身分によって何のスキルもない永年勤続の老先生ばかりが暇を持て余しながら高給を取っているというよくある田舎公立病院の光景が、下手をすれば全国的に拡大再生産される可能性もありそうです。

医師などは基本的に技術ヲタクが多いですからまだしも学習意欲が高い方ですが、看護師などはいわゆる手に職をつける系でやってきた方々も相応にいて、どんどん新しいシステムを導入していく病院から相も変わらず紙カルテと手書き伝票でまわしている病院へとこうした方々が流出していくとなれば、病院毎の年齢分布にずいぶんと格差が生まれてくる可能性もあります。
もちろん病院に限らず給料の高くなってきたベテランはさっさと辞めてもらって若い者に入れ替えた方がいいという雇用の考え方もあって、いわゆるブラック企業などはその典型で若く体力のある人間しか雇っていないという場合がありますが、医療のような専門職の場合長く修練してようやく身につく技術も少なくありませんから、下手をするとどこかで技術的継承が絶たれてしまうという恐れも出てくるはずです。
それを避けるためにはある程度アナログな人間も残しておくか、それとも通常なら10年かかって覚える仕事を一生懸命努力して5年で覚えてもらうくらいでしょうが、現代のように新規技術導入が加速度的に進んでいる状況では、いずれ誰であれ習得の速度が技術の更新に追いつかない瞬間は来るはずですよね。
今現在は現場の人々が「こんなものが欲しい」「こんなものを作れないか」とアイデアを出し、それをメーカーが実現するといった二人三脚のスタイルでの開発が多い印象ですが、この結果同じような仕事をこなすための道具が各社操作法もデザインもバラバラになってしまっているというのはよく無い傾向で、自動車やオーディオの操作体系のように車が変わっても同じように使える操作性の統一感が望まれるところです。
こういうことは国がある程度インターフェースの統一基準を作っておけば…などと言い始めるとこのご時世に規制強化とは何事だと叱られそうですが、技術の中身はそれぞれ独自性を大いに発揮していただいて構わないし発揮すべきだとしても、その使い方までもハイテクを要する必要性は全くないはずなんですけれどもね。

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2013年8月14日 (水)

名前がキラキラしているのはあまり喜ばれない?

以前に日本でも「悪魔ちゃん騒動」なるものが勃発したことがありましたが、日本と比べるとずっと宗教的感覚の濃厚なアメリカで先日こんな判決が出たそうです。

「メシア君」はNG、米裁判所が名前の変更命じる(2013年8月12日アメーバニュース)

[11日 ロイター] - 米テネシー州で「メシア」と名付けられた男児をめぐり、同州の判事が、メシア(救世主)はキリストにのみ許された称号であるとして名前の変更を命じた。同州のテレビ局が報じた。

この男児の両親は7カ月になる子どもの名前について意見が一致しないことから裁判所を訪れていたが、判事は先週になって、男児の名前をメシアからマーティンに変えるよう両親に命じたという。

地元テレビによると、判事は「メシアとは称号であり、それは唯一キリストにのみ与えられたものだ」などとコメント。男児が住む同州コック郡はキリスト教徒が多く、メシアという名前を付けられることによって、男児が将来トラブルに巻き込まれる可能性があると指摘した。

一方、男児の母親は「判事の宗教的な価値観で、他人の子どもの名前を変えることはできないはずだ」と述べ、異議を申し立てる考えを示した。

ちなみに悪魔ちゃんはその後かなり数奇な運命を辿ったそうなのですが、日本であれば単に非常識な親といった程度の批判で済むかも知れませんけれども、宗教がしばしば人を殺し殺される理由にもなる世界ではなかなかにリスキーな話ではないかという気がしますがどうなのでしょうね?
その一方で日本でも難読名が続々増えてきていると話題になっていますけれども、昨今ではこういう名前を「キラキラネーム」などと呼ぶことが一般的になっているそうで、「一体これはどう読んだらよいのか?」と判断に迷うケースは確実に増えてきていることを実感する人も多いかと思います。
そんな中で先日とある救急医が「キラキラネームは取り違えて危ないからやめて」とつぶやいたことが各所で取り上げられ賛否両論を読んでいましたが、これが各方面で思わぬ反響を呼んでいるという事実が世間の危機感を反映しているようにも思いますね。

キラキラネームやめて 「患者取り違えの危険増す」 小児救急医師がツイッターで提言(2013年8月6日産経ニュース)

 「キラキラネームは止めて。患者取り違えの危険性が増す」-。静岡県内の小児救急で活躍する男性医師が、先月30日に短文投稿サイト「ツイッター」でつぶやいた発言が議論を呼んでいる。「キラキラネーム」などと呼ばれる一般の読み方と違った読み方をする漢字を使った名前の子供が最近増えているため、急いで患者のIDを作成しないといけない救急医療の現場で、IDの作成間違いなどの弊害が出る恐れがあることを訴えたもので、小児科医療の現場に一石を投じることになりそうだ。

 男性医師は、ツイッター上で勤務先の病院名や実名も明かした上で、キラキラネームは救急隊から名前の表記を説明される際に時間がかかるため、「バイタル(脈拍や体温など)の確認にまでに時間がかかってしまう」とツイートした。また漢字の説明に時間がかかる際は、いったんカタカナで患者のIDを作成した後に改めて漢字で正式なIDに変更するが、そのために必要な事務職員が24時間配置されていないという救急医療の現状も示した。

 産経新聞の取材に応じた男性医師によれば、救急隊が伝えにくい難読の名字や外国人のIDを救急搬送時に作る機会はキラキラネームよりも少なく、「キラキラネームの方が困るのは日常茶飯事」だという。

 ただ、男性医師は「キラキラネームでも実際の治療に支障があったことも遅れたこともない」と強調した上で、「(患者の取り違えなど)不利益が生じないように気を使うが、そういう名前の持ち主を差別するつもりは全くない」と話した。

 ツイッターなどのネット上では、「子供におかしな名前を付けると割を食うのは子供ということを親にわかってほしい」など、男性医師の訴えに賛成する声が多く、男性医師は「8割以上は肯定してくれている」と驚いた様子だった。

 一方、県こども未来局は「(男性医師が)主張している内容は間違っていないと思うが、子供の名前は親が熟慮した上で付けたもの。外部の人がいろいろと言うべきではない。立場を明らかにした上で自分の意見を示すことの社会的影響は考慮すべきだった」と話している。

『キラキラネーム狩り』開始か?テレビでも特集され酷い親と批判殺到!(2013年8月8日秒刊サンデー)

日本テレビ系列NEWS ZEROで先日救命医がツイートして一躍話題となった「キラキラネーム」についての特集が放送された。それを受けてTwitterなどでは「キラキラネームをつける親は酷い」「子供がかわいそうだ」「キラキラネーム」を考えた人が一番DQNだなどと早速批判が寄せられている。やはり子供に名前をつけるのは自由だがその後の人生を考えると突拍子もないものは避けたほうがよいという意見が多く、救命医の発言を発端に魔女狩りならぬ「キラキラネーム狩り」が始まりそうだ。

―キラキラネームはやめて!と言う救命医

7月30日に投稿された静岡県の救命医によるキラキラネームは「取り違えの危険性が増加する」発言。このツイートが波紋を呼び多くの批判が寄せられた。批判と言うのはキラキラネームへの批判ではなく救命医が「キラキラネーム」だからと言って簡単に取り違えを起こして良いものか?と言うものだ。しかし救命医は「もちろん取り違えは厳禁だがリスクが高い」と言う事を伝えたかったとのことで悪魔でキラキラネーム批判をしているわけではないようだ。

―NEWS ZEROでキラキラネーム特集

上記騒動は7日のNEWS ZEROで取り上げられ「キラキラネームをやめてほしい」と報道。番組を見た視聴者からはキラキラネームを批判するのは子供がかわいそうと言う意見もあったが、「キラキラネームをつける親の思考は理解できない・頭湧いてる」という意見がTwitter上で寄せられている。

更に実際にキラキラネームとして使われている例が投稿され始めた。

―キラキラネームの実例
・「みにい」と「まりい」
真理唯で、まりいって読む
・キラキラネームは苺輪舞(まろん)です。
・お兄ちゃんがケンシロウで妹がユリア
月花美人(キューティーハニー)←実在らしい
・「吾郎」で読みは、「ごろう」性別が、女。理由は親が稲垣吾郎のファンだから
凸で“てとりす”とか、もはやなめてるでしょ。
「礼」をぺこ
・有田芳生って最初のキラキラネームだよな。
玖麗亜
樹理亜ちゃん
・キラキラネームの始まりは「悪魔」だっけ。
・今日バイトでお客さんが 「クールクール」って子供呼んでて初めてキラキラネームを目の当たりにしてもう怖かった
・大也くん門土くん
心響音
芽以ちゃん

何処までがキラキラネームと言うべきなのかは明確には線引きできないが、それよりもキラキラネームが次第に『悪』と言うイメージが植え付けられていく風潮にも疑問を感じざるを得ない。

キラキラネームという名前が使われるようになるまではそのものズバリ「DQNネーム」と呼ばれていたものですが、別に名前をつけられた本人ではなくそうした名前をつける親の感性に対する批判的な論調であって、特にそうした名前をつける親に対するある種の固定観念、偏見といったものがあったことは否定出来ないところです。
ちなみに別の調査によれば「自分の子供に付けたいか」では「NO」が97%、「どんな名前でも許容されるべきか」も「NO」が90%、そして「奇抜な名前に接して困惑したことがあるか」は「YES」が77%に上ったと言いますから、そうした名前を子供につけたがっているのは社会的少数派だとも言えますけれども、読んでみればごく普通の音でも読めないといったケースに対する許容度などは意見が分かれそうですよね。
先の終戦後に日本語も漢字仮名表記からローマ字表記にしようという動きが一部にありましたが、一定の範囲内であればどのような文字の組み合わせも許され、それをどのように読ませるかも全く自由であるからにはこうした問題の発生は単なる表音文字使用国よりもずっと高率で起こりえる理屈ですし、実際それによって次第に不便を感じるまでになってきているのが現状です。
ただ日本人の難読名は今に始まったことでもなく、昨今の戦国ブームで多くの人々が当たり前に知るようになった有名武将なども正しくは何と読んでよいのか判らず、宣教師が書き残した横文字表記でかろうじて正しい読み方が判明するというケースも多いと言いますし、そもそも本名をそのまま呼ぶことは避けられた時代の方が長かったわけです。
その意味では歴史的に名前と言うもののバリエーションに対する許容度は高いとも言えそうですから、単に難読であるだけならいずれそれなりに許容されるようになりそうなんですが、何らかの技術的ブレークスルーでも為されるまでは読み仮名を併記する等の対策を講じなければ仕方がないかも知れませんね。

まさかに親にしても子供に悪い名前をつけようと思ってはいないはずで、彼らなりにそれが格好いいと思ってつけているのだから結局は親の価値観の問題だという考え方もあり、外国人の名前が日本語で珍妙に聞こえるからと笑うのが馬鹿げているように文化的バックグラウンドの異なるものを一方的な価値観に基づいて断罪するのは意味がないという意見にはそれなりに説得力を感じます。
ただキラキラの是非は別としても名前にも流行り廃りがあって、名付けられた頃には最新鋭の流行に則ったものであっても長い人生の後半になるといかにも時代遅れな印象を受けるということもありますから、ある程度先を見越して将来子供が恥ずかしい思いをせずともいいような普遍的な名前をつけてやることも大事なことではありますよね。
そもそも名前というものは親がつけるもので、知らない間につけられた子供にとっては「なんでこんな名前を…」と気に入らない場合も多いのですから、昔のように子供時代の名前はあくまでも仮の名で成人してから本当の名前を付けなおすのがいいという考え方もありますが、現代の戸籍制度上は名前変更はなかなかに問題も多く大変な作業ではありますよね。
将来的に同姓同名を排除できない名前という任意の記号に頼るのではなく、各人に必ず別々のものが割り振られているマイナンバーによる管理を優先すべきなのかも知れませんが、日常生活での利便性から考えると無味乾燥な数字や記号を覚えておくというのも難しいところで、今度は数字にかこつけた語呂合わせに頭を悩ませることになるのでしょうか。

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2013年8月13日 (火)

すでに変貌しつつある医療 医療事故調創設へ前のめりになる前に

海外では以前から有名になっていたことですが、日本でもすでにそうなっていたという興味深い話が先日報道されていました。

帝王切開、20年で倍増 背景に訴訟問題(2013年8月11日朝日新聞)

 【岡崎明子】帝王切開で出産する人の割合が約19%と、この20年でほぼ倍増している。厚生労働省のデータでわかった。日本産婦人科医会の詳しい統計分析でも2011年に18・6%と、世界保健機関(WHO)が推奨する目安を超えていた。自然分娩(ぶんべん)では予期せぬ事故が起こることもあり、医療訴訟などを避けたい医療者側の思惑が背景にありそうだ。

 厚労省による医療機関へのサンプル調査によると、帝王切開の割合は、1990年の10・0%、02年の15・2%、11年は19・2%と増え続けている。

 鈴鹿医療科学大学の石川薫特任教授らは、同医会による07~11年の出産に関する全国データを初めて分析した。都道府県別では、最高は23・5%の栃木県で、最低の秋田県は11・8%と2倍の差があった。WHOは、母子の健康リスクを避ける目安として、10~15%に抑えるよう示しているが、43都道府県でこれを超えていた。帝王切開率と周産期死亡率には相関関係はなかった

この20年間で倍増しているという結果はちょうど医療訴訟が激増し「産科=ハイリスク診療科」と認識されるようになった時期と重なるようで非常に興味深いのですが、恐らくまだその頂点には達していないだろうと思われ、アメリカやブラジル、韓国など「海外先進国」のように3~4割程度が帝王切開で生まれてくるという国々と同様の状況に日本もなっていくのでしょうか。
もちろん帝王切開がすなわち安全だというわけではなく、帝王切開も手術である以上それはそれで様々なリスク要因が存在するのは当然ですけれども、自然分娩を行うことでこれこれのリスクがありますといった場合に「ではどうすればそれを避けられるの?」と問われれば、帝王切開で産めば「自然分娩に伴うリスクは回避できる」と言う言い方は嘘ではないわけですね。
それぞれの出産方法のリスクと利益を詳細かつ冷静に検討した上でリスクを承知で主体的に選べるようになるのが本筋でしょうが、文字通り自然任せなところのある自然分娩よりはきちんと準備を整えリスクもある程度予想できる帝王切開の方が何となくやりやすいと考えたくなる医師側の気持ちも判るだけに、単に数字の高低を論じるのみならず更なるエヴィデンスの蓄積に基づいた冷静な議論が必要な話だとは思います。

いずれにしても日本人の出産という身近な問題がこれほど急激な変化を遂げてきているということは注目すべきで、近年では患者側のみならず医療業界の側もそれだけ医療事故というものに神経質になっている一つの傍証だと思いますけれども、産科無過失補償のみならず医療事故調制度創設がほぼ決定と制度的にも「医療事故とは一定確率で起こりえるもの」という前提に立っての話が進んできています。
先日は事故調創設に向けた法的体制の整備を盛り込んだ医療法改正案が来年提出される予定となったとの報道がありましたが、ただこれに関しても関係各方面それぞれが今までの議論について(控えめに言っても)到底満足しているとは言えないというのが正直なところのようで、それぞれの立場も目指すべきところも異なる以上は意見の相違があるのは仕方がないのかなという気もしますね。
ただ注意したいのは当初事故調なるものの話が出てきた経緯として医療訴訟激増に見られるように患者対医療という構図があったのは確かだし、今現在もマスコミなどでは「それで患者側の納得が得られるのか?」と同様の視点から事故調議論を語りたがる傾向がありますが、実際の議論の場で対立が激化しているのは実は医療対法曹という専門家同士による制度論になっているということで、医療側には「このままでは大変なことになる」と深刻な危機感がありますよね。

医療事故調 創設の影響は?≪Vol.1≫事故調創設で院内に調査委員会の設置を義務化(2013年8月9日日経メディカル)より抜粋

(略)
委員の意見が相違のまま集約
 今回の枠組みは、「医療事故の原因究明と再発防止のための制度が必要」という検討部会の委員の一致した思いから、とりまとめられた。だが、制度創設を目指してきた委員の間でも思い描く医療事故調査制度の“絵”は異なっており、最後まで議論は紛糾した(表2)。

 意見の相違が目立ったのは、(1)院内事故調査委員会のメンバー構成、(2)調査の目的、(3)第三者機関が行う調査の費用負担──の3点。

 (1)の調査メンバーの構成をめぐっては、外部の専門家が調査に参加するかどうかで、大きく見解が分かれた。南山大法科大学院教授で、医療事故で患者側の弁護を行ってきた弁護士の加藤良夫氏は「患者側の視点を持つ弁護士が調査に参加すれば、遺族が抱くであろう診療内容への疑問点を指摘でき、報告書がより良いものになる。調査メンバーに弁護士を加えるべき」と要望。

 これに対して、昭和大病院長の有賀徹氏は「患者遺族にきちんと説明すれば、医療の専門家も含め、外部の支援は必須ではない」と主張する(スペシャルリポートVol.2「インタビュー」参照)。

 両者の意見を踏まえ報告書では、医療機関内のメンバーによる調査を主体にするものの、第三者性の担保にも配慮し、「原則として外部の医療の専門家の支援を受けることとし、必要に応じてその他の分野についても外部の支援を求めること」とした。

 (2)の調査目的についても、検討部会の一部の委員と厚労省の認識は必ずしも一致していない。検討部会の報告書では、医療事故調査の目的を「原因究明および再発防止を図り、これにより医療の安全と医療の質の向上を図る」と明示。さらに「当該確認・検証・分析は、医療事故の再発防止のために行われるものであって、医療事故に関わった医療関係職種の過失を認定するために行われるものではない」としている。

 だが、その一方で厚労省は「第三者機関が作成した報告書がどのように使われるかは制限できない」との立場だ。院内事故調査の報告書が開示のみにとどまるのに対して、第三者機関の報告書は遺族に交付されるため、場合によっては、報告書の内容を根拠に医師や医療機関が責任を追及される可能性もある。さらには、「患者を助ける目的で医療行為を行ったにもかかわらず、事故の発生に関わったことで医療者が遺族に訴えられてしまうかもしれない」(有賀氏)という危惧もある。

 医療者にとっての懸念材料はまだある。この制度が始まると、医療機関が第三者機関の調査への協力を拒んだ場合、その事実が報告書に記載され、公表されてしまう。そのため、医療機関が調査を拒みにくくなる可能性がある。
(略)

医療事故調 創設の影響は? Vol.2原因究明と責任追及は明確に分けるべき(2013年8月12日日経メディカル)より抜粋

 厚労省検討部会の委員を務めた昭和大病院長の有賀氏は、「報告書には問題点があり、まだ議論の余地がある」と指摘する。法制化を経て、策定されるガイドラインでは、「第三者機関による医療事故調査の報告書が訴訟に使われないよう規制し、医師への責任追及が調査の目的ではないと示すべき」と主張する。

 検討部会の報告書によると、医療事故調査は「原因究明と再発防止」を目的とし、現場の医療を良くするために実施すべきとされている。この点には、納得している。だが、それが本当に実現可能なのかは疑問だ。

 今後、事故調査のガイドライン策定時には、(1)医療事故の原因究明と医療者への責任追及を分ける、(2)第三者機関の調査費用は患者に負担させない、(3)報告書を訴訟に使わない──ことを示すべきだ。

 医療は不確実なものだ。医療者は不測の事態に備えて診療を行い、さらに患者へその内容を説明するのが使命である。医療事故が起きた場合は、再発を防いで医療の質を向上させるために、院内事故調査委員会が十分に調査し、医療界でその結果を共有しなければならない。必要に応じて第三者機関に助言をもらうこともあるだろう。その上で、主治医が患者にしっかりと説明すべきだ。この報告書に示された調査の流れには納得している。

医療に紛争を持ち込むな
 しかし、今回まとまった仕組みが医事紛争に利用される可能性があれば、医療者として到底納得はできない。医療者は患者と紛争をしようと医療を行っているのではない。医事紛争を想定した仕組みになってしまえば、医療そのものが崩れるきっかけになり得る。医療事故の原因究明と紛争は分けて考えるべきだ。
(略)

多くの場合医療事故の被害者という立場で関わることになる患者側が処罰感情を持つことは理解出来ることとして、それをやってしまうと正しい事実関係の洗い出しなど出来ない、関係者それぞれが保身のために事実を曲げて有利な証言しかしなくなりますよ?と先行する航空事故調の例などを引きながら反論してきたのが医療側の基本スタンスであったわけです。
ただそれではどういう制度を作るのかという具体論になってくると議論の相手が次第に患者側からプロフェッショナルである法曹が主体に変わってきた、そして彼らは彼らで「こういうものはかくあるべき」という理論付けで迫ってきますからお互い正面衝突してしまっていたというのがこのところの傾向であって、「第三者機関が作成した報告書がどのように使われるかは制限できない」などと言われればそれは揉めるに決まっていますよね。
この辺りの事に関してかねて医療問題に造詣の深い弁護士としての立場から積極的な情報発信を続けてきた井上清成氏が先日興味深い話を書いてくださっていますので紹介しておきましょう。

Vol.193 医療安全に関する訴訟使用制限の院内規則(2013年8月6日医療ガバナンス学会)より抜粋

1. 医療安全推進に対する訴訟の脅威
医療の現場では、医療安全を推進する試みが定着した。医療安全管理委員会での議論、インシデントリポートの提出、院内の事故調査委員会の開催などで、医療事故の再発防止策が積み重ねられている。
ところが、これら医療安全の内部資料が訴訟で使われかねない。医療に対する不信を強く持つ人々が、情報開示や証拠保全や文書提出命令などのありとあらゆる手続を使って、責任追及に利用しようと試みている
残念ながら、厚生労働省は医療安全を推進すると言いながら、「医療安全活動の内部資料が訴訟に使用されてはならない」という原則に対しては前向きでない。 現に、医療事故調査報告書に関して、厚労省医政局の吉岡総務課長(2013年5月29日当時)は5月29日の医療事故調「検討部会終了後、記者団に対し 『(訴訟では)あらゆるものを証拠にすることができ、最終的に裁判所の判断になるので、(報告書の訴訟使用制限は)できない』との見解を示した。」(日本 医事新報4650号〈2013年6月8日号〉6頁「調査報告書の訴訟使用制限なし」より引用)
このままでは、医療安全を推進しようとすればするほど、訴訟で使用されて責任追及され、医療者は自らで自らの首を絞めかねない。医療安全推進に対する訴訟の脅威が高まっているのが現状であろう。

2. 訴訟使用制限の院内規則
民事訴訟における事実の確定方法に関する当事者間の合意を、法律用語では証拠契約と呼ぶ。その1つとして、一定の証拠方法を提出しないと約束する契約がある。法律用語では、「証拠方法契約」とか「証拠制限契約」という。
この証拠制限契約(証拠方法契約)の有効性は、一般に承認されている。たとえば、証拠制限契約に反して、患者遺族側から訴訟で院内事故調査報告書が申し出られたとしたならば、裁判所はその報告書の証拠申出を却下することになろう。
つまり、院内規則で証拠制限条項を定めて院内掲示をしていたとしたら、原則として、その証拠制限規則は証拠制限「契約」として有効性が認められる。たとえ ば、院内事故調査報告書やインシデントリポートの証拠保全が申し立てられても、証拠申出がなされても、いずれも訴訟には使用できないとして却下されること になろう。
院内規則さえ制定すれば、訴訟使用制限をできるのである。つまり、厚労省の「訴訟使用制限はできない」との見解は、法的には正しくない
(略)
4. 正当化根拠はWHOガイドライン
証拠制限契約の導入に否定的な意見もある。1つは、医療者への責任追及に障害となることを本音とするものであるが、それはさすがに何をか言わんや、といっ たところであろう。もう1つは、透明性向上の動きに逆行するというものであるが、この点は、証拠制限イコール改ざん・隠ぺいといった誤解に基づくもののよ うに思われる。
そもそも医療安全に関する証拠制限契約の積極的な正当化根拠は、WHOガイドラインに由来すると言ってよい。特に、ここに明示されている「非懲罰性」と「秘匿性」が重要であろう。
WHOガイドライン(「患者安全のための世界同盟 有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン 情報分析から実のある行動へ」監 訳・一般社団法人日本救急医学会と中島和江へるす出版)の「第6章 成功する報告システムの特性」(同書45頁以下)に明示されている。「非懲罰性」で は、「報告書とその事例にかかわった他の人々のいずれについても、報告したために罰せられることがあってはなりません」と明示され、「秘匿性」では、「医 療機関のレベルにおいては、訴訟で使われ得るような公開される情報は作成しないことで秘匿性を保ちます」と明示された。
これらWHOガイドラインのドラフト(草案)を院内規則化することによって、ルール(規範)に高めることができるのである。証拠制限契約というルールの正当化根拠は、WHOガイドラインというドラフトに存すると言ってもよいであろう。
実際、たとえば医療事故調については、厚労省とりまとめ(5月29日)だけを除き、四病協(1月)も日病協(2月)も全国医学部長病院長会議(5月)も日本医師会(6月)もいずれも、その取りまとめでこのWHOガイドラインの順守を提言しているのである。

例によって良心的なマスコミ的には「医療が真実を闇の中に沈めようとしている!」などと騒ぎ出しそうな話にも聞こえるかも知れませんが、別に医療側としても「医療行為は罪に問われるべきではない」と言っているわけではなく、例えば医療関係者が明白な違法行為を犯した場合にそれを法によって取り締まるということは全く問題ないわけです。
ただ事故調のそもそもの目的が本当に真相究明にあるのだとすれば、正しい制度設計をしないと誰も本当のことなど言うはずはありませんよと言っているだけであって、こうした考え方は医療に限らずおよそ事故調というものに関して世界的にもごく当たり前の常識となっている考え方であるわけですから何も特別なことを要求しているわけではありませんよね。
井上氏も以前から指摘しているように、医療事故調議論では何故か国際標準の指針と言うべきWHoガイドラインが無視されることがデフォになっているところに医療側の危機感がありますけれども、彼らが何らかの目的でそうした方針を貫徹しようとしているということでなければ、医療側も医療側でこうした技術論を使ってでも対抗しなければ医療がとんでもなく歪んだものになってしまいかねないということです。
すでに冒頭に挙げたようにJBMによる医療の変貌ということが現実のものとなっていることが示されている中で、それをさらに推し進めようと画策する方々は何故国際標準を無視してまでそうであるべきなのかということをきちんと根拠づけて示していただかなければならないと思いますけれどもね。

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2013年8月12日 (月)

そろそろ診療報酬改定を議論する季節です

診療報酬改定は二年に一度行われていますが、先日厚労省の社会保障審議会から来年度の診療報酬改定から来年度の診療報酬改定に関する基本方針案が出されています。
先日の社会保障制度改革国民会議で軽症高齢者を介護保険から切り離すだとか、急性期病院を中心に人員を集約化し入院期間短縮を目指せといった(マスコミ諸社の言うところの)高齢者に厳しい内容の報告書がまとめられましたけれども、今回の社会保障審議会案においても同国民会議の報告書を踏まえた内容でという基本方針には代わりがないようです。

診療報酬改定 入院日数の短縮など重視(2013年8月8日NHK)

厚生労働大臣の諮問機関である社会保障審議会は、来年度の診療報酬の改定にあたっては、病院での入院日数を短縮することや、高齢者を対象に十分な在宅医療を提供することなどを重視すべきだとする基本方針の中間整理案をまとめました。

社会保障審議会の部会がまとめた中間整理案によりますと、来年度の診療報酬の改定にあたっては、6日、安倍総理大臣に提出された政府の社会保障制度改革国民会議の報告書も踏まえて、医療機関の役割分担と連携強化を進めていかなければならないとしています。
そのうえで、入院医療については、早い段階からリハビリを行うこと、早期に退院できるように支援することや、緊急性が高い患者を受け入れている病院では入院日数の短縮を図り、ほかの病院への転院を進めるようにすべきだとしています。
また、高齢者を対象に、一人暮らしであっても住み慣れた地域にできるだけ長く暮らせるよう、十分な在宅医療を提供する必要があり、かかりつけ医を中心に、病院、訪問看護ステーション、薬局などが連携して地域ごとの仕組みを構築することを重視すべきだとしています。
この中間整理案は、今週開かれる部会で示され、年末の基本方針の取りまとめに向けた議論が加速する見通しです。

来年度の診療報酬改定、在宅医療を推進 厚労省 (2013年8月9日日本経済新聞)

 厚生労働省は2014年度の診療報酬改定で、在宅医療を推進する。病院は早い段階から患者のリハビリに取り組むなどして入院日数を減らし、自宅に移れるように促す。かかりつけ医を中心とした地域の医療体制づくりも後押しする。

 9日の社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)で基本方針の中間整理案を示し、大筋で了承を得た。基本方針は年末にとりまとめ、来年の診療報酬改定に反映する。

 かかりつけ医を中心に、病院や歯科、薬局などが連携するのが新たな医療体制だ。専門性が高い大病院には、かかりつけ医から紹介されるしくみも必要となる。

 病院から在宅への推進も打ち出した。病状にあった適切な医療を提供できれば、医療費を減らしやすくなる。いまは本来、緊急性の高い患者を受け入れる病院に、入院患者があふれている。この解決策として、診療報酬だけでなく消費増税分を財源にした補助金の活用も盛り込んだ。

「次期報酬改定への考え方」中間まとめ公表-医療保険・医療部会の議論整理(2013年8月9日CBニュース)

 社会保障審議会医療保険部会が9日開かれ、「次期診療報酬改定における社会保障・税一体改革関連の基本的な考え方について(案)」とする資料が事務局から提示された。これまでの同部会と医療部会で出された意見や、社会保障制度改革国民会議の報告書を踏まえたもの。国民健康保険の都道府県単位化など、国民会議で提言された改革項目については、報告書を受けた法制上の措置の内容とスケジュールを示す政府の「大綱」が今月21日までに閣議決定されるのを待ち、その後に本格的に議論を始める。

 次期診療報酬改定の考え方は、社会保障・税一体改革への対応に関する政府・与党への説明資料としてまとめられた。具体的な検討事項が示されたのは、▽入院医療▽長期療養▽外来医療▽在宅医療-の4項目で、「入院早期からのリハビリや退院・転院支援の促進」「大病院の紹介外来をさらに推進する方策」「在宅療養支援診療所・病院以外の医療機関による在宅医療」などが盛り込まれた。
 定義や評価について議論が分かれている「亜急性期」については、「例えば、急性期病床からの患者の受け入れ、在宅・生活復帰支援、在宅患者の急変時の受け入れなど」と機能を表記。これに対し、鈴木邦彦委員(日本医師会常任理事)は、「サブ・アキュートは亜急性期ではなく急性期に位置付けるべきだ」とする意見を改めて述べた。

 このほか、小林剛委員(全国健康保険協会理事長)は、緩やかなフリーアクセスの制限のため、紹介状のない大病院受診患者に対する定額自己負担導入を盛り込むことを提案。武久洋三委員(日本慢性期医療協会長)は「長期療養については適切な環境で療養を行うことが重要」とされたことに対し、一般病床でも患者一人当たり病床面積の基準を6.4平方メートルではなく4.3平方メートルのまま運用しているところがあり、障害者病棟であれば数年間その環境に入院しているという例を挙げて、適正化の対象として具体的に議論すべきだとの考えを示した。次回は9月9日に開かれる。【大島迪子】

自宅に自宅にと長年言われてはいるのですけれども、すでに核家族化が言われて久しく昔のように老親と同居ということが本当に少なくなった昨今、手のかかる有病高齢者を自宅に誘導することは健康面や安全面から考えると少しばかり無理があるのかなとも思えますが、逆に施設等への入所による手厚い対応で変に長引くことのないように…という裏の目的があるのかも知れません。
状態が悪くなって入院になった高齢者などにしばしば見られる現象として、普段から介護などで身近に接している家族は延命治療などは全く希望していなかったのに、どこからか出てきた遠い親戚とやらが「なんでこんなひどい状態なのに放っているんですか!出来るだけのことをしてあげてください!」などと空気を読まずに言いだして現場が混乱するということがままありますよね。
平素から手間暇かけて世話をしてきていない後ろめたさからくる代償行為ということなのでしょうが、やはり次第に弱っていく高齢者の現実をいつも身近に見ているほど「いつまでもこれが続くのは本人にも家族にもたまらない」と実感するもののようで、うがった見方をすれば広く国民にそうした認識を植え付けることで昨今議論も盛んな高齢者医療・介護問題を考え直させるという意図も見え隠れする気もします。

いずれにしても今回の診療報酬改定の基本線を概観する限りでは今までの皆保険制度のタテマエとして「全国どこでも同一価格で同一内容の医療を受けられる」という考え方から、むしろ積極的に医療格差を誘導していくことで施設間の機能分化を図ると同時に統合・系列化といったグループ化を推進し地域の医療機関全体で一セットの医療提供システムを構成していくという考え方のようです。
診療報酬によって医療の行く末を誘導するという現在のやり方を抜本的に改めない限りは医療制度は永遠のマイナーチェンジに止まらざるを得ないんじゃないかという気がしますが、とにもかくにもこうした診療報酬改定によって実際に医療機関の再編が行われていくようになると、明らかに病院間に(水平、垂直などとは敢えて言わないまでも)差が出来てくるということになりますよね。
医療の効率化ということを考えればこれは非常に当たり前の考え方ではあるのですが、その結果どうしても高度医療を提供する高次専門施設ほど「高級」で慢性期や総合診療を担当する施設は「低級」というヒエラルキーが医療関係者にも患者にも芽生えてくることは避けられそうになく、それが報酬面でどのように反映されていくのかということです。
例えば大病院にいきなりかかれないようにと紹介状なしの初診料を極めて高く設定するだとか、専門医による高度の専門的診療には十分に報いるといったことが実際に挙げられていますが、マスコミの主張する「診療報酬=医師の収入」という構図は虚構だとは言え、さすがに稼ぎが全く違うということになれば医師個人への報酬も違ってしかるべきだと考えたくなるのが人情というものでしょう。

日医などがこうした施設間格差には反対だ、フリーアクセスは断固死守すべきだと長年主張してきているのも、結局そうした各施設が提供する医療技術への評価が医師個人への評価へと結びつきやすい、さらに平たく言えば誰でも出来る程度の医療しか提供できない開業医なんて収入少なくていんじゃね?という話に結びつくことを嫌ってのことだと理解できます。
ただそれよりも問題なのはきちんと勉強もし長年修行もして高度な医療を提供しているにも関わらず、その努力の成果が十分に評価されてこなかったことではないかと思うのですが、要するに日本の医師の手技料はあまりに安すぎるし、高度な機材も多数用いコストもかかる最先端の医療に対する報酬があまりに安すぎることの方が医療の進歩に対するモチベーションという点からしても困ったことなんじゃないかと思います。
その意味でこうした流れの中では医師間の格差拡大を云々するよりも、努力した分しっかり稼げるくらい山の頂を高くしていくことの方が大事だと思うのですが、先日ただともひろ胃腸科肛門科の多田智裕先生によるこういう興味深い記事が出ていましたので紹介しておきましょう。

Vol.180 医療の値決めに無頓着な日本(2013年7月22日医療ガバナンス学会)

アメリカでは医療費、特に大腸内視鏡検査について「高額である」との議論が涌き起こっています。
6月1日のニューヨークタイムズの社説
http://www.nytimes.com/2013/06/02/health/colonoscopies-explain-why-us-leads-the-world-in-health-expenditures.html
では、大腸内視鏡検査の値段は、アメリカ全体で一番安いボルチモア州で19万円、いちばん高いニューヨーク州では85万円と報告されています。
日本では、医療費の単価についての議論がマスコミで真剣に行われることはほとんどありません。しかし、医療を成長戦略の一部として掲げる以上、"医療の値決め"は避けて通れない検討課題です。
私は、日本の医療は価格の議論を避けて、"格安"で"最高の医療"をという幻影を追い求めているために、成長産業と成り得ない不毛地帯に陥っている気がして仕方がありません。
今、アメリカにおいて、医療価格についてどのような議論がされ何が問題点なのかを理解することは、決して無駄ではないはずです。

●アメリカの大腸内視鏡検査価格の問題点とは?
大腸内視鏡価格における論点を、ニューヨークタイムズは3つ指摘しています。
1つ目は、同じ大腸内視鏡検査なのに、どこで検査を受けるかで価格が変化するということです。記事内では、同じ医師の大腸内視鏡を病院で受けた場合の検査代金は91万円だったのに対して、診療所で受けた場合は53万円と価格が大幅に変わる事例が挙げられています。
これは、わざわざ病院で受ける必要のない検査・処置ならば、診療所で受けた方が施設設備代金を大幅に節減できることを示しています。
2つ目は、本当に医学的に必要な処置内容なのかを見直すことです。
例として取り上げられた大腸内視鏡検査代金「63万円」の内訳は、29万円が設備施設利用料金、24万円が麻酔代金、10万円が医師の技術料となっています。ここで問題となるのは24万円の麻酔代金です。大腸内視鏡に本当に全身麻酔が必要なのでしょうか?
全身麻酔を行えば完全に"無痛"で内視鏡検査を行うことは可能です。けれども、本当に24万円もの金額に見合う価値のある処置なのか、そして、仮 に静脈麻酔が必要だとしても、麻酔科医師ではなく一般の医師が行うことでコストの節減が可能な可能性を指摘しています。つまり、処置や検査のパッケージ全 体にかかるコストの内訳を分析することで、必要でない部分の節減、または、ほかの安価な代替手段の検討が可能になるのです。
そして3つ目は、日本の皆保険制度のように国家全体での統制価格がアメリカでは存在しないということです。そのため、同じ大腸検査でも州により19万円から85万円もの差ができてしまうのです
アメリカの医療価格は、実際の処置内容に沿って決められているというより、金額を取れるだけ取ろうとする医師と病院と保険者間の無数の交渉により決まっていて、そのメカニズムに問題あり、と指摘しています。
(略)

●適正価格の議論によって成長戦略のヒントがつかめる
日本においては国民皆保険制度のもと、すでに"全国均一価格"が実施されており、日本の大腸内視鏡検査代金は約2万5000円と先進諸国の中では 最も安く設定されています。しかし、安すぎるのも問題です。なぜなら"医療の質"を保つことができなくなるからです。安いから価格の議論をしなくてもよ い、ということでは決してないのです。
細々とした価格を計算比較することは、非常に地味で目立たない作業です。"電算化されたレセプトのビッグデータを用いて医療を改革する"とか言っ ておいた方が聞こえは良いでしょう。しかし価格の中身を細かく見て適正かどうかを検討することによってこそ、成長戦略のヒントが生まれてくるのだと思いま す。
アメリカでは厳密なコスト計算をすることにより、大腸内視鏡は、"病院で受けるか診療所で受けるか"と"麻酔を使用するかしないか"がコスト削減のキーポイントであることが判明したのです。
6月初めに安倍内閣が打ち出した医療における成長戦略は、結局のところ"一般医薬品のネット販売解禁"と"抗がん剤への先進医療(保険外併用療養)適用"の2点でした。
薬のネット販売は販売チャンネルが変わるだけです。また、抗がん剤先進医療適用においても抗がん剤価格決定権を民間に任せるだけなので、"適正価格"の議論は行われていません
閣議決定された"安全・安心な生活の実現"が、もしもどことなく実現の可能性が薄そうに見えたとすれば、それは医療価格の議論を避けて戦略を打ち出しているのが1つの原因であることは間違いありません。

こういう話を聞いて個人的に思い出したのが、毎年のように食糧自給率が低すぎる、もっと引き上げなければ大変な事になると国民がそろって言っている割に、当の農家の方々に言わせると作っても儲からない値段でしか売れない(買わない)のだからどうしようもない、こんな農業では後継者などいるはずもないと嘆いていたことでしょうか。
それはともかく、内視鏡で楽に出来るようにとちょっとした麻酔をするにも保険で使えず病院の持ち出しなるという日本の診療報酬体系もどうかと思いますが、以前に大統領が大腸内視鏡でポリープ切除を(当然全麻で!)するために副大統領に核ミサイル等一切の権限を一時委譲したというアメリカの記事を見る限り、やはり彼の地の内視鏡事情も少しばかり歪んでいるなと思うのですが、コスト面でもこうまでの格差があるというのは盲点でした。
確かに前処置から含めれば半日以上かかることですので患者さんも大変でしょうが、しかし内視鏡一つに全麻で100万近くもかかるとなると患者負担面も大変ですし、想像するにコスト負担を嫌って内視鏡件数もかなり少なくなってしまい、医師の技量も向上しがたいのではないでしょうか(実際、神業的な日本の内視鏡職人に比べるとかなり…と言う話はよく聞くところですが)。

いささか脱線しましたが、ここで注目していただきたいのはそれでは安い日本の内視鏡が適正価格なのかということで、よく言われるようにせっかく内視鏡をしてポリープがたくさん見つかっても一度に沢山取りすぎると赤字になるからと「また次回に」と言われてしまうというのは、面倒くさい前処置に耐えてきた患者さんにとってはありがたくない話ですよね。
施設によっては高価な止血クリップは自費扱いで請求しているところもあるそうで、保険診療のルール上どうなのかと言う疑問はさておき、そうでもしなければ赤字になる報酬額を強いられているのが根本原因なのですから、せめて使った機材コストをちゃんと算定出来るようにすればいい話だと思いますが、先に挙げた麻酔の件といいこういう個別の問題が今までどれだけ真剣に議論されてきたかです。
そこらの開業医でも行われているレベルの内視鏡処置一つをとってもこの調子なのですから、より高価でコストもかさむ最先端の医療が正しく報われているのかは大きく疑問で、特に新しい治療法を導入する際などはどこの施設でも慎重を期して何度も繰り返し患者の状態をチェックしたりとスタッフもかかり切りになっていると思いますが、日本ではそうしたマンパワーに対する評価はもともと極めて乏しいですよね。

ともかく今の診療報酬の評価基準がこのまま続くようでは、今後大学病院など基幹病院は高度医療に特化せよとなった場合でもろくに報酬面では報われない、一方求められる医療の質を担保するためのコストは今よりもさらに高まるはずですから下手すると大赤字の垂れ流しともなりかねず、結局仕方がないから外来でもっと患者を呼び込むよう頑張ろうかと本末転倒なことにもなってしまいそうです。
診療報酬議論の場に出るような大学の偉い先生は組織管理者、経営者としての視点も求められているはずなのですから、「うちは一生懸命高い質を保つよう努力しているのだから、そちらももっときちんとした評価をしてくれないと困る」と徹底的に主張すべきだと思いますが、まずは何が適正価格なのかということから話を始めなければいけないのでしょう。
診療報酬改定の議論でも総額でコンマ何パーセント増えた、減ったと言い合う前に、きちんとした医療を行うにはこの手技には実際これだけのコストがかかるというデータが必要になると思いますけれども、面倒くさい上にそんなデータを出してしまったら今までの報酬額がどれだけいい加減なものだったか明らかになってしまい困ることになるのかも知れませんね。

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2013年8月11日 (日)

今日のぐり:「ホテル蒜山ヒルズ」

最近これが各方面で話題になっているらしいのですが、思わぬところで思わぬ波紋を広げているというこちらのニュースをお伝えしましょう。

「艦これ」の奇跡!! 94歳の祖父が自身で開発した戦闘機をゲット!(2013年8月8日トゥキャッチ)

 Twitterユーザーの祖父(94歳)が戦時中、自身で開発していた戦闘機を「艦隊これくしょん」でゲットした、というツイートがTwitter上で話題になっている。

 ユーザーの祖父が開発していたのは、「紫電改二」という戦闘機のようだ。
 94歳の祖父は開発しただけでなく、紫電の不具合の解消にも当たっていたという。
 自身で開発・調整した紫電と再会して、孫が心配になるほどよろこんでしまったようだ。

 手に入った紫電改二を使って、防空任務で活躍した第343海軍航空隊と同じ編成をしたいそうだ。
 紫電の開発者ならではのこだわりの艦隊の編成だが、94歳の「艦これ」の楽しみはそれだけではなく…。
 擬人化した艦隊や、戦闘機のかわいさにも心をときめかせているらしい。

 94歳でもまだまだ元気。
 あなたも艦隊これくしょんをきっかけに、戦争を経験した年配の方から話を聞いてみては?

元記事で一連のつぶやきを見ていただきますとそのよろこびぶりも伝わってこようと言うものですけれども、それにしてもやはり萌えにも走りますかそうですか…
本日は一躍有名人になってしまったお爺ちゃんに敬意を表して、全世界からある意味悲しい男のさが?とも言ってしまいそうなこれぞ男の子!の話題を取り上げてみましょう。

最高お父さん、大好きパパ! 子ども部屋にボーイング737のコックピットを制作、しかも動きます(2013年8月8日GIZMODO)

うちのお父さんは、世界一や!

お父さんってすごいな、と思うことは多々あるでしょう。車の運転が上手だったり、自分が食べられなかった巨大ハンバーグをペロリと食べたり、ディズニーランドのバズライトイヤーのやつで高得点をだしたり等々! しかし、世界的に見ても、ここまですごいお父さんはなかなかいないのでは。

Laurent Aigonさんは世界一クールでギークで最高のお父さん。だって、子ども部屋にボーイング737のコックピットを自作したんですもん。しかも、このコックピット、トレーニングシミュレーターとしてちゃんと機能するんですもん。このお父さん、ただ者ではありません。

Aigonさんは、もちろんパイロットではありません。パイロットになりたかった、レストランのウェイターです。40歳になりもうパイロットの夢は諦めようとした時、Aigonさんには次の夢がありました。ネットで様々なパーツを注文し、何千万という金額を費やして、ボーイング737のコックピット、機能するスクリーンとコントロールパネルを制作したのです。

それだけじゃ終りません。さらに5台のモニターを投入し、ネットワークに接続し、空の旅のシミュレーターまでをも可能にしたのです。シドニーからリオデジャネイロまでのフライトだって可能! 全部の制作にかかった時間は、約5年。夢と向き合う5年間です。

ネタ元のSudouset(グーグル翻訳経由)が報じたところによりますと、Aigonさんの自作コックピットは家の外でも大きな注目を集め、なんとAigonさんは、ボルドー メリニャック空港のthe Institute of Aircraft Maintenanceから講師として招かれるまでになりました。また、ここでは彼のシミュレーターが生徒達にトレーニング用として使われています。

さて、ところで彼のお子さんは飛行機が好きなのでしょうか。5年もたてば子どもの興味はうすれ「親父、俺の部屋でまだやってるわ。部屋乗っ取られましたわ。」なんて思っているかもしれません。しかし、夢に向って一直線、ついに夢を意外な形で実現したお父さんが、子どもの目にかっこよく写っているのは間違いないでしょうけれどね。

元記事の写真の数々を見ていただきますとそのこだわりっぷりがよく理解できるのですが、おそらく奥様には辟易されながらもついついやってしまうあたりが男ですかね。
全世界の男性諸氏が喜び勇んで購入に走る…かどうかは判りませんが、何やらあまりに欲望に一直線な画期的新製品が登場したようです。

【海外:珍商品】すべての男性が待ち望んだ商品がついに登場!?パンと手を叩くだけで外れるブラ!(2013年7月12日日刊テラフォー)

アメリカ・サンフランシスコの男性デザイナーが、男性諸君が飛んで喜びそうな、手を叩いた音で外れるブラジャーを開発した。

男性なら誰しも、女の子のブラを外すのに手こずったことがあると思うが、パンと手を叩くだけで外れるブラがあったら、もうそんな思いはしなくて済む!それどころか、街でパンパン手を叩いたら、女の子のブラが次々と外れてしまう夢のような光景が繰り広げられるかもしれない。

ランディー・サラファンさんが開発したブラは、電子マグネット式バッテリーが内臓されたブラで、誰かが手を叩いた音に反応して、バッテリーのスイッチが切れ、ブラが外れる仕組みになっている。

サラファンさんは、このアイデアを、シリアのバザールで売られていたハイテク・ブラを見て思い付いた。
「私たちは、アラブ諸国はセクシャリティが抑制された社会だと考えがちです。ですが実際には、それは変化しつつあり、ランジェリー技術に関しては、明らかに我々の先を行っています。」

シリアで見たようなハイテクなブラを作る!と使命感を持ったサラファンさんが、何度も試行錯誤を重ねた末に辿りついたのが、手を叩く音で取り外せる『クラップ(拍手)・オフ・ブラ』だった。

ところで、そこまでサラファンさんに感銘を与えたシリアのブラが一体どんなものかと言うと、リモコン式のブラや、暗闇で光るブラ・ショーツセットなどだ。
日本では、大人のおもちゃ屋さんに売っていそうな品々だが、シリアでは普通のマーケットで売られているとは、なかなかスゴイ。

クラップ・オフ・ブラの用途は何もエロ目的に限らず、関節炎で普通のブラのホックを掛け辛い人や、その他、体に障害がある人にも、とても便利は商品だ。

80年代にも、ブラではないが、手を2、3回叩いた音でスイッチが入る商品が発売されたが、購入者からは、「犬の鳴き声、ノックの音、テレビ内の拍手の音にも反応してスイッチが入ってしまう」という苦情が相次いだ。

果たして、クラップ・オフ・ブラは、その懸念を乗り越えられるだろうか?本格的に販売するまでには、まだまだ改良の余地がありそうだ。
そういう訳で、男性諸君の夢が叶うのは、もう少し先になる。参照元のクラップ・オフ・ブラの動画を見て、我慢していただきたい。

元記事を参照する限りではごく普通のブラっぽく見えるのが使用に際してのポイント?なのでしょうが、是非とも改良を進めていただいて水着等にも応用出来るようになるとさらなる需要が見込めるかも知れませんね。
ともかくこのように馬鹿げたものにとことん没頭してしまうのが男の悲しき習性だと言えそうですが、こちらも追求したいキモチは理解できるにせよ誰得感がハンパない研究成果が公表されたと話題になっています。

ブラジャー内の胸先が見えてしまう条件が算数で導き出される(2013年8月6日ねとらば)

 「ブラジャーの中にある胸先が見えてしまうのは、一体どんな条件なのか?」――こんなテーマを真剣に考察した雑学界の権威こと平林純さんのブログが興味深いです。

 薄着になる真夏。“胸先チラリ”がちょっと気になってしまうのは仕方ありません。平林さんはその見えてしまう「条件」を、算数によって導き出すと宣言します。そして、3/4カップ形状のブラジャーに包まれた「胸のモデル」と断面図を使って、諸々計算を開始します。

 詳しい説明はブログを参照してもらいたいのですが、何やかんやあって胸先チラリの”ギリギリ条件”は「ブラのカップ半径(R)=半円状の胸の大きさ(半径r)×1/Cos(22.5°)」という式にたどり着きます。簡単にいうと、ブラのサイズ(半径)が胸より約1.1倍大きいときに見えてしまうのであり、1サイズほど大きいブラにするとそのリスクが発生するのです。

 ただし、その約1.1倍大きくなる条件を満たすのは「アンダー65センチのB、Cカップ」「アンダー70センチのA、Bカップ」「アンダー75センチのAカップ」の場合のみ。つまり胸先チラリが発動するのは「ほぼBカップ以下に限られる」というのが答えでした。こうした人によってはどうでもいいテーマを、大真面目に理詰めで解いていく文章は、一見の価値があります。

しかし元記事の参考動画を見ていますと某社ケシカラン!と言うものですけれども、このわずか1cmにも満たない空間に男女間の永遠のせめぎ合いが内在しているということでしょうか。
これまた画期的な社会実験の成果が公表されていますけれども、明確な男女差が観測されたということが図らずも男の悲しさを浮き彫りにしてしまっていますよね。

【検証動画】 美女からエッチに誘われたら男性は何人OKするのか?(2013年8月1日Aolニュース)

男ならばセクシーで美しい女性を見て、一度くらいはエロい妄想をしたことがあるだろう。とはいえ、それを実行に移せるツワモノは多くないはず。では、もしも魅力的な女性から「私とヤッてみない?」なんて誘われたらどうだろうか...?

アンジェラという女性が"社会的実験"として、見ず知らずの男性に誘いをかけ、彼らの反応を紹介した動画が話題を呼んでいる。

「ねえ、私とイイことしたくない? 家がすぐそこなの...」と誘いをかけるアンジェラさん。最初に登場する年配の男性は、「キミ、大丈夫? あっちに行きなさい。(こんなことしてると)警察沙汰になるよ。よし、警官を呼ぶからな」と完全にお断り、というかお怒りモード。実験の意図も理解してもらえなかったようで、とんだ堅物オヤジである。

だがこの男性は例外で、その他は「絶対ヤる!」と即答する男性が続出(彼女同伴の男性はもちろん断るのだが、内心はわかったもんじゃない)! 中には「お酒でも飲んでるの?」「頭、おかしいんじゃない?」と言いながら、最後は「僕の家でどう?」というエロい輩も。

当然というべきか、14人中7人の男性が戸惑いながらもOKする結果に。まるで「ちょっと小銭貸してくれない?」のノリだが、まあ男性ならこれくらいのほうが健全というものだろう。

そしてこちらは逆バージョン。つまり男性が女性をセックスに誘うのだが、残念ながら爆笑されることがほとんど。びっくりして真剣に答える男性とは対照的に、「イヤよ」「マジありえないんだけど」「なにコイツ(怒)」「ボーイフレンドがいるの」とお断りする女性が続出した(自分に言われたのかと思い、「ノー」という連れの男性も)。中にはバカにされたと思ったのか、飲み物を男性にブチまける人も...。

さらに母と娘に声をかけてしまい、誘った男性のほうが困惑する一幕も...。「いつかね」と言葉を濁す人もいたが、本気にはしていないようだ。最後はヤケクソ気味に男性にも声をかけるが、あえなく撃沈。100人全員から「NO」と言われてしまった。

果たして日本で同じ実験をしたらどうなるだろうか? 女性はともかく、男性は成功する見込みは少ないのでやめておいたほうがよさそうだが。

いずれも是非元記事の動画で参照いただきたいと思いますが、しかしこの圧倒的に対照的な結果というものは何なのでしょうね?
男ならば時として欲望のやり場に苦労するということがあるのでしょうが、その切羽詰まった場面においても守るべき何かを持っていた志操堅固?な男性が話題になっています。

【海外:イギリス】また!くだらない110番通報「娼婦が外で見た時よりブサイクです」(2013年6月13日日刊テラフォー)

今までにも様々なくだらない110番・119通報をお伝えしてきたが、イングランド・ウェストミッドランドで、またもや、とんでもなくくだらない通報があった。
イギリスの119当番に当たる、999に通報してきた男は、一緒にホテルに入った娼婦が、外で見た時よりもブサイクだと苦情を述べた。

正直、苦情を述べたくなったのは電話を受けたスタッフの方だと思うが、とにかく男性は自分の主張が正しいと信じているようで、
「彼女は、実際の見た目よりもきれいに見せかけていました。物品売買法違反の罪で訴えたいと思います。」
と言う。

伝えられるところによると、この時、男性と一緒にいた娼婦の女性は、男性の車からキーを抜き取って走り去り、それを彼に投げ返して、男性を激昂させていたという。

通報を受けたスタッフは、その娼婦はどんな罪も犯していないし買春は違法だと、男性に説明した。
電話口の男性は自分の名前や住所を言うこと拒んだが、警察は彼の個人情報を特定し、警察の時間を無駄にしたことを警告する書面を送った。

「警察の時間を無駄にすることは、重大な罪です。最高で6ヶ月の懲役刑に処される場合もあります。」
と、警察は憤っている。

この男性は、消費者を守る物品売買法の存在を知っていながら、買春が罪になることを知らなかったのだろうか?今回はそれについて罪を問われなかったことを幸運に思い、もう二度とこんなバカげたことで通報しないでもらいたいものだ。

こうした通報によってもきちんと個人特定されてしまうのが大変なものですけれども、この場合誰が加害者で誰が被害者なのか何とも微妙なニュースですよね。
ところで今回の場合は警告だけで済んだようですけれども、これが事後に至るとどういうことになるかというのがこちら同じくブリからのニュースです。

【海外:イギリス】「娼婦からトマトを買おうとしただけです」買春が見つかった男の苦しい言い訳(2013年7月27日日刊テラフォー)

娼婦と買春した男が警察に見つかり、「いえ、娼婦から、トマトを買おうとしていたのです」と、苦し紛れの言い訳をした男が逮捕された。

男の苦し紛れの言い訳は、事件を鎮静化するどころか、警察官を唖然とさせてしまい、逮捕されて、裁判に掛けられる結果となった。

その日、警察官は、一人の売春婦が日産の車の中に座っているのを発見した。どう見ても、車の持主がATMからお金を下ろして戻って来るのを待っている様子だった。

39歳の男が車に戻って来て発進させると、警察官は車を尾行し、再び車が停まったところで、男を買春の容疑で逮捕した。

警察の事情聴取で、男は買春の容疑を否定し、
「20ポンドを下ろして、トマトを買える場所を探していたんだ。」
と意味不明の言い訳をした。

結局、男には買春の有罪判決が下り、計1065ポンド(約16万円)の罰金刑が言い渡された。

警察は、
「今までに様々な言い訳を聞いたことがありますが、警察官として10年間働いてきて、買春の罪を、トマトを買おうとしていたと言ってごまかそうとした人物は初めてです。」
と、あきれ返っている。

言い訳の方法は他にもたくさんあっただろうに、なぜ敢えて「トマトを買いに」と答えたのか、まったくもって謎だ。
男が相当なトマト好きで、上質なトマトを求めてよく車を走らせていた可能性もなくはないが…。言い訳をする時は、世間一般に通ずる事柄を選びたいものだ。

この場合どのような言い訳が正解であったのか何とも言い難いところですけれども、個人的にはトマトを云々と女々しいことを言いだしたのが敗因であったことは間違いないと思います。
しかしブリと言えばこの種の犯罪行為が未だに多発しているということなのか、それともブリ男性諸氏が諸外国並み以上に煩悩にまみれているということなのでしょうか?

今日のぐり:「ホテル蒜山ヒルズ」

蒜山高原と言えば昔から夏向きの観光地として知られてきましたけれども、消費活動の変化を示すものなのでしょうか、表通りに面していた昔ながらの団体客向けの大規模飲食店が軒並み閉鎖に追い込まれやや寂しい状況になっていますよね。
ところがその一方で個人客を対象とした小さくともしっかりした飲食店が各種充実してきていて、単に避暑というだけではなく食の面でも楽しみが増えているのは良い傾向だと思います。
そんな中でこちらは道の駅に併設しているという珍しいリゾートホテルなのですが、そのレストランがランチ客で結構繁盛しているということで今回立ち寄ってみました。

今回はからあげ御膳を中心に例によって同行者とシェアしながらつまんでみましたが、まずはいわゆる普通のから揚げ定食であるこのからあげ御膳、肉の方は下味もしっかりしていて、クリスピーだがジューシーさも十分楽しめる揚げ上がりといいなかなかよくできているのは確かなんですが、やはりこういう定番の組み立てになるほど皆値段にシビアになるんだろうなとも思います。
少し気になった点としてご飯が硬めの炊き上がりなのは別に気圧差のせいというわけではないでしょうしちょうど好みの加減でいいのですが、土地柄のせいなのか米自体の味は正直感心しないというのは、なんでも地のもの優先で使っていればよいというものでもないんだろうなという気がしますね。

ひるぜんそばセットなるものは天ざると握りのセットなんですが、残念ながらご当地の特産品であるはずのそばは市販の乾麺レベルで、しかも茹で方が正直よろしくないのは季節外れなのを承知の上でも惜しいところですね。
小鉢のなめこはさすがに瓶詰めよりも真っ当だとは思うのですが、もう一方の主役であるはずのゆかりのおにぎりはちょっとひどい出来と言いますか、全く飯粒が潰れてしまっているのはどうにかしていただきたいところです。
天ぷらの方は本来味が異なる蕎麦つゆにつけて食わせるのには異論もあるのでしょうが、こちらの場合テーブルに塩がありますのでまあお好みでというところでしょうか、全体的には見た目も味も街のお店のランチセットの水準ですね。
まんきつ蒜膳といういかにもフルセットという感じのネーミングはすごいと思いますが、こちらミニ牛丼にざるそば、大根サラダに温プリンという何かもう無理やり感がすごい組み合わせです。
ジャージー牛の場合食用に回ってくるのは雄の仔牛が主体なのでしょうか、肉として食べるにはちょっと物足りないところがありますけれども、それよりも何よりも温泉旅館的風情を醸し出すこの温プリンの見た目がとにかく大げさで笑えますので、スが入りまくりで食べるには向きませんが話の種に一見の価値はあるかも知れません。
食事のメニューとしてはセットメニューばかりで種類も決して豊富とも言えず、特に場所柄子供や老人など一人前を食べないお客も多いようなのにどうなのかなとも思うのですが、こういう応分に広いスペースでやっているのですから山菜など蒜山の特産品を使ったランチバイキングでもやればいいのに…とも感じました。

ところでホテルとしての見た目はおしゃれっぽくもありトイレなどもこぎれいにはしているのですが全体に設備の水準は一昔前のもので、雰囲気的にも少人数のリゾート客主体なのかと思っていましたら昭和の温泉旅館っぽい大宴会場に大浴場完備でノリは完全に団体観光客向けっぽかったりと、ややコンセプトが判りづらい気がしますね。
それはともかく、これが都市部であったなら競争力はなきに等しいと思いますが、こうした立地ですから休憩料と込みで何とか商売になっているのでしょうか、もちろん価格を気にしなければ単なる安かろう悪かろうの店よりはまだしも真っ当な味なんですが、この界隈も絶対値としてまともな味の店が増えてきているので、ポジション的には街で言うところのファミレスのようになっているのでしょうか。
客層もあまり料理の内容にはこだわりはなさそうな人たちが中心で平和なものですけれども、接遇の方もよくいえば田舎っぽくのんびりしたもので、以前にお邪魔した近隣のジャージーランドとよく似た雰囲気を感じますね。
ちなみに環境的には一階ロビー空間の一角を区切っただけという感じでよく言えば開放的な店構えなのですが、確かにこちらからの牧場の眺めも悪くはないもののどうせなら反対の蒜山の山並みが見えるような立地の方がよかった気もします。

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2013年8月10日 (土)

馬鹿発見器で奇妙な連鎖反応が進行中?

世に馬鹿発見器と呼ばれ、最近も中学生が飲酒写真を自ら公開し氏名から学校まで明らかにされるなど世の中には自らの愚行をつぶやかずにはいられない人々が多いようです。
最近そうしたSNSの世界でとある愚行が連鎖反応的に続いていると話題になっているのですが、その発端となったと思われるこちらの事件から紹介してみましょう。

“従業員がアイスクリームケースの中に入った写真”がアップされ炎上 ローソンがお詫びを掲載(2013年7月15日ガジェット通信)

7月15日、大手コンビニエンスストアのローソンがホームページに下記の文章を掲載した。

    加盟店従業員の不適切な行為についてのお詫びとお知らせ

    弊社加盟店である高知鴨部店の従業員がアイスクリームケースの中に入るという不適切な行為を行ったことが、Web上への写真掲載により判明いたしました。 お客さまには大変不安・不快な思いをさせてしまいましたことを心より深くお詫び申し上げます。食品を取り扱うものとしてあってはならない行為だと反省して おります。二度とこのようなことが起きぬよう、全社員・加盟店一丸となって信頼回復に努めてまいります。
    <経緯>
    先月、高知鴨部店の従業員がアイスクリームケースの中に入った写真が、Web上に掲載されました。これをご覧になられたお客さまから弊社にお知らせが入りました。弊社で事実確認をし、直ちに当該店でのアイスクリーム商品ならびにアイスクリームケースを撤去いたしました。(以下略)

「加盟店従業員の不適切な行為についてのお詫びとお知らせ」2013年7月15日『株式会社ローソン』
http://www.lawson.co.jp/emergency/detail/detail_78348.html

そして、FC契約は解約され、問題の従業員は解雇させたという。当該店舗は本日17時で休業するとのこと。

先月『Facebook』上にアップされた写真がここ数日で拡散され、「不衛生だ」といった声が多数あがり炎上、大きな騒ぎとなっていた事件。ネット上では店舗や従業員の素性について特定が進んでいたもので、店舗についてはネット上の情報と一致していたようだ。

ローソンの対応については、「素早く厳しい対応だ」とする声と、「先月の段階では対応せず、大騒ぎになってからの処分だから遅い」と評価がわかれているようである。
(略)

リンク先の画像を見ていただければ状況は一目瞭然なのですが、何しろこの暑さですからそうした衝動に突き動かされることもあるとは理解できるし、百歩譲って思わず一時の気の迷いで実行に移すこともあるとしても、それをわざわざ全世界に公開して回るというところが馬鹿発見器の存在意義といえますよね。
ちなみに風の噂によれば「犯人」は当該店舗のオーナーのご子息であるといった話もあるようですから、息子の愚行で思わぬ物入りになったということでしょうか(これまた風の噂によれば地元ではずいぶんと資産家として知られているとは言うそうですが)。
あっという間にこれだけの大騒ぎになったくらいで大変に馬鹿げた振る舞いであるということは言うまでもなく、当然拡散する過程でSNS利用者の多くも問題点の共有をしているはずだと思うのですが、今回非常に興味深いのはこの事件の後で相次いで類似の事件が発生しているということです。

店員が不衛生な悪ふざけ写真をネットにアップ『バーガーキング』や『ほっともっと』でも問題に それぞれ会社が謝罪(2013年8月3日ガジェット通信)

先月7月中旬、ローソンで従業員が悪ふざけのためにアイスケースの中に入った写真をアップ、大問題になってから半月あまり。

それ以降も、ファミリーマートのバイト店員が「香川真司が店に来た!」と防犯カメラの写真をアップしたり、ミニストップでアイスケースに入る者が出てきたりと店員が悪ふざけをして写真をアップし炎上、会社が謝罪という事件が毎週のように起っている

そんな中、また新たに今度はハンバーガーチェーンの『バーガーキング』で床に大量のバンズを敷き詰めてそれに寝そべる店員の画像が問題となり、8月2日に株式会社バーガーキング・ジャパンが「【お詫び】当社アルバイト従業員によるオンライン上への店舗撮影画像公開に関して」という文章をサイトに掲載。
大量のバンズは発注ミスにより廃棄するバンズだったとし、客に提供するようなことはなかったと釈明、該当者と該当店舗とついては厳重な処分をしたとしている。

また、8月3日にはお弁当チェーンの『ほっともっと』にて店員が冷蔵庫に入った写真をTwitterにアップ。すぐに炎上し、ツイート主はアカウントを削除したようだが、『ほっともっと』はサイトに「「ほっともっと」従業員による不適切な行為に関するお詫び」という文章を掲載。

    このたび、「ほっともっと」の従業員が、店舗内で不適切な行為を行った画像をインターネット上に公開していることが判明いたしました。
    お客様に多大なご迷惑をお掛けしましたことを心からお詫び申し上げます。
    今後、同様の事態が発生しないよう、従業員に対する指導徹底を図り、再発防止に努めてまいります

とのことである。
問題となっているのに同じように繰り返される騒動、今後も続いていくのであろうか……。

いつまで続く? 今度はステーキハウスで冷蔵庫に従業員が入って写真をアップして炎上(2013年8月6日ガジェット通信)

『Facebook』や『Twitter』に従業員や客が不適切な写真をアップして会社がお詫びすることになったケースがここ数日相次いでいる。当サイトが取り上げたものだけでも、

・ローソン 店員がアイスケースの中に入る(7月15日)
・ファミリーマート 「香川真司が来た!」と防犯カメラの画像をアップ(7月20日)
・ミニストップ 客がアイスケースの中に入る(7月25日)
・バーガーキング バンズをしきつめてその上に寝そべる(8月2日)
・ほっともっと 店員が冷蔵庫の中に寝そべる(8月3日に第一報、8月5日に「従業員を解雇した」等の追加情報アリ)
・丸源ラーメン 店員が冷凍ソーセージをかじった写真をアップ(8月5日)
・某コンビニでレジカウンター上で開脚し股間をバーコードスキャン

といった具合である(カッコ内は企業がお詫びのリリースを出した日付)。

中には、一連の流れの中で過去のツイートや写真から掘り出されて来て炎上した案件もあったりするようだ。同じような事件が相次ぐ現象に、ネットでは「シンクロニシティ」「百匹目の猿現象」などとも言われていたりするようである。

上記騒動を踏まえてのものなのかはわからないが、8月5日には『Twitter』にてステーキハウスの従業員とみられる者が「バイトなう 残り10分」とツイートし冷蔵庫に入った画像をアップした。炎上し、当事者はアカウントを消したようだが、プロフィールに本名と思しきそれと出身校および現在在籍する学校を記載していた模様。また、着ている制服とこれまでのツイートなどから店舗もほぼ特定されてるようだ。

当人は、

    いちいち面白がってうぜーな。しらねぇーやつが面白がって拡散とかいってリツイートしてんじゃねーよ。しらねぇーやつなのにいちいちだりーんだよ。

ともツイートしていた模様。鍵付き(非公開ツイート)ならともかく、『Twitter』は知り合いだけではなく全世界に向けて公開しているものだということは踏まえておいた方がいいと思われる。

もちろん世の中それだけ馬鹿が大勢いて、それがSNSの普及で相次いで周知徹底されるようになったということは良い傾向なのでしょうが、しかしこうも同種事件が相次ぐというのは不思議だと世間も注目しているようですね。
お笑いなどで当時は社会現象になるほど流行し自分も馬鹿笑いした記憶があっても後年当時の画像を見直してみると「こんな馬鹿馬鹿しいもののどこがおもしろかったんだろう?」と妙に冷静になってしまうことがしばしばあると思いますが、人間何がおもしろいと感じるかは実は世間の動向と密接に関わっている部分があるようで、要するに周囲が笑っているから取りあえず笑ってしまうということはあるようです。
逆に言えば「これは受ける!」と感じるツボというものもその時々の流行に沿っている部分があるとも言え、今回相次いで勤務先で冷蔵庫に入るといった愚行が流出してきたというのもSNS上でそうした画像が話題になっているということを知っているのが前提だと思うのですが、そうであればそれに対して世間がどう反応しているかということも同時に把握出来るはずだと思うのですがね。
特に従業員がその地位を利用して(?)商売道具で遊ぶなどといったケースが炎上すれば雇用主側としても厳しく対処せざるを得ないのは当然で、実際にいずれの場合も当事者の解雇が最低線といった様子なのですが、まさか今流行りのブラック企業だからどうせなら会社にもダメージを与えて辞めたい、などと考えてでもいたのでしょうか。

先日も職場での馬鹿げた愚行でサブウェイの従業員が解雇された件を紹介しましたように、同種事件は海外でも珍しくないようでSNS時代に特有と言うべきなのか興味深い現象なのですが、当然ながら企業やオーナーにこれだけの金銭的被害も与えているのですから、オーナーの息子といった事情でもあるのならばまだしも普通に考えれば損害賠償請求をされてもおかしくないような話にも思えます。
従業員に対する会社からの損害賠償に関しては少しばかりややこしいルールがあって、通常業務でミスをした場合には原則損害賠償ということは出来ない(特にアルバイトやパートの場合業務を教えていなかった上司の監督責任になります)ことになっていて、減給等の企業からの処分によって対応するという形になっているそうですね。
一方で正当な業務行為ではなく犯罪行為等によって会社に損害を与えた場合には、常識的に与えた損害に相当する金額までは損害賠償請求を行えるという判断が一般的なようですが、フランチャイズを打ち切られアイスクリームケースも中身のアイスクリームも総入れ替えとなるとちょっとした金額の損害を与えたということになりそうです。
社会人として世に出た以上は馬鹿なことをやってその責任を取るということは当然のことですから仕方がないとしか言いようがありませんが、「今はこれがクールだから」と一時のノリに任せて文字通りクールなことをしでかしてしまった勉強代としてはいささか高くつくということくらいは知っておいた方が、より学習の実も挙がるかと思いますね。

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2013年8月 9日 (金)

医療改革はまずフリーアクセス規制から?

全国どこでもこうしたことは普通に行われるようになっているのだと思いますが、最近病診・病病連携ということに関して幾つか記事が目に付いたのでまずは取り上げてみましょう。

田川地区の6医療機関が連携 得意分野など情報交換 [福岡県](2013年8月3日西日本新聞)

 田川地区にある公的な6医療機関が、患者をスムーズに紹介し合う関係を築こうと「田川地域医療機関ネットワーク化協議会」を発足させた。参加したのは田川市立病院▽社会保険田川病院▽川崎町立病院▽糸田町立緑ケ丘病院▽福智町立方城診療所▽同コスモス診療所。患者受け入れ態勢などを共有し紹介し合うことで、地区内で治療を受けやすい環境をつくる

 市立病院によると、地区内の患者の3分の1が地区外で治療を受けている。原因の一つとして医療機関の連携不足を指摘。市立病院では、リハビリなどを行う療養病床が不足し、脳外科医や放射線治療医もいないため、このような分野では地区内の他の病院に患者を受け入れてもらい「田川地区内の完結医療を目指す」という。

 協議会は7月31日、田川市内で初会合を開き、6施設の各代表者が診療科ごとの医師数や治療実績、設備などを報告し合った。医師や看護師同士の意思疎通を図る交流会も開き、6施設から計約120人が集まった。

 外来診療専門の方城診療所の浅野茂利所長は「それぞれの病院の得意分野などを知ることで、入院が必要な患者をどの病院に紹介すればいいか判断しやすくなる」と期待する。

小売業で言うと大手スーパーに対抗して中小小売り店が共同でショッピングモールを開くようなイメージでしょうか、注目していただきたいのは地域外に流出していた多くの患者を地域内で囲い込むということが主目的の一つに挙げられているという点でしょうか。
すでに久しく以前から医療は施設完結型ではなく地域(医療圏)完結型を目指すという「分化と連携」が叫ばれていますけれども、旗を振っている厚労省の方でも地域によっては難しいかも…と認めているように、連携しようにも医療機関の選択肢がそもそも存在せず唯一の町立病院が何でも屋的に診療に当たっているという場合も少なくないはずです。
専門分化の時代ですからそうそう高度な専門的知識を全科的に持っている先生ばかりではなく、中には専門外の医療も一生懸命勉強しながら頑張っていらっしゃる熱意あふれた臨床医の先生方もいらっしゃるのでしょうけれども、普通は「ちょっとそれは正直他所に行ってもらいたいなあ」と感じる局面も多くどこかに紹介しましょうと言う話になりますよね。
また夜間救急などではとりあえず初診を受けたはいいが、さてどこに紹介しようと迷う局面も少なからずあるでしょうし、医療関係者にしてそうなのですから患者にしてもどこにかかるべきか判断がつかないと思いますが、こうした患者の振り分けをきちんと各施設の状況も判った上で行えるようになれば効率的だろうなと言うことは理解出来ます。
ただこうした話を聞くと「自分のところに来てくれる患者をよそにまわすか?」と日本の病院の多くが私的施設であることもしばしば問題視されるというのは、最低限の利益を出さなければ経営が続けられないという大前提がある以上、経営者は顧客にとっての最善解よりも自施設の経営にとっての最善解を優先するんじゃないかと言うことですよね。

実際に一昔前には病院トップが近隣救急隊に付け届けをかかさず「何かあれば当院へ搬送よろしく」などと頼んで回っていた時代もあると聞きますが、今時そんなことをやっていては現場のスタッフが「やってられない」と逃散していくと言うもので、適切な顧客需要の振り分けによる限られたリソースの最適な活用と、何より負担の公平化ということなくして永続的な医療提供は望めません。
皆保険制度下で薄利多売を強いられている状況にあって、経営的にはとにかく患者を少しでも多く囲い込むというやり方が正義だとされて久しいですが、はっきり言って不要不急の医療需要を喚起し「病人を作り出す」が如き状況に陥るだけならまだしも、それによって現場が疲弊し逃散を招いたのではかえって経営上マイナスです。
まして国にしてみれば増え続ける医療費の抑制は積年の課題であって、各施設が一生懸命努力し顧客を呼び込み増収増益を図ろうとするほど診療報酬をさらに絞り上げなければと言うことになり、結局自ら望んで忙しくなっただけで何ら儲けは増えないことになりかねませんが、さすがにそんな無限連鎖は現場にとっても国にとっても、そして国民にとっても馬鹿げているんじゃないかと考える人が出てきても不思議ではないですよね。
先の参院選の結果安定政権下で社会構造の様々な部分で改革が進むんじゃないかと言う予測(と言うよりも期待)が増していますが、医療システムの抜本的改革ということに関連して一つは例の社会保障制度改革国民会議による報告書もあり施設の統合ということも視野に入り始めた中で、先日はただともひろ胃腸肛門科院長の多田智裕先生がこんな記事を書いていましたので紹介しておきましょう。

医療機関が「競争」する時代は終わった、日本の医療を救うには「協調」だ(2013年8月5日JBpress)より抜粋

(略)
フリーアクセスにより医療機関を競争させることの弊害

 日本の病医院の85%以上は民間経営です。税率は一般企業と何ら変わりありませんし、赤字になっても国からの補填などは一切ありません。なおかつ、「フリーアクセス」という、患者がどの医療機関でも自由に選んで受診できる制度によって、各医療機関は患者獲得のため過当競争を強いられています
 日本では、利用者はいつでも好きな病院で診てもらうことが可能です。

 実際にこういうことがありました。吐血したということである男性が病院にやって来ました。緊急胃内視鏡を行ったところ胃潰瘍からの出血が確認されたため、近くの対応可能な病院をすぐに受診することを勧めました。するとその男性はこう言うのです。
 「僕は○○病院でしか診てもらいたくない。どの病院でも自由に好きなところを受診してよいいはずだろう? それに、その病院で受診するにしても今すぐはいけない、用事を片付けてからでないと受診できないので、夜9時くらいになってしまう
 結果的に、患者さんは大量の出血を起こすこともなく無事だったのですが、このようなフリーアクセスを維持するためには、当番病院だけでなく各病院が消化器内科医師を常に揃えておく必要が出てきます。
 そのため、医療機関の分化・連携が進まず、医療機関の再編成も行われず、結果として医療のコスト増大さらには医療の質の低下につながっていることはあまり理解されていないと思うのです。

民間資本同士では地域内の連携や統廃合はほぼ不可能

 例えば、同じ市内に総合病院が4件あり、消化器内科医師が各病院に2人ずついるとしましょう。常勤医師2名では外来+検査業務だけで精一杯で、入院患者の診察も不十分になりがちでしょう。夜間休日の救急対応はほぼ不可能です。
 そこで、「消化器内科はここが全部引き受ける」という病院を1カ所決めて、8人の消化器内科医全員がその病院で勤務するとしましょう。すると、検査数も多くできるようになり、入院患者も十分診察して、夜間休日の救急に対応することも(完全ではないにせよ)可能になります。
 つまり、医療提供体制を地域ごとの枠組みで再編成することで、勤務医数は同じでもより多くの医療を提供することが可能になり、みんなにとってよい結果になるのです。
 それどころか、このような医療提供体制の改革がしっかりと行われれば、勤務医の数を現状より少なくすることも決して不可能ではないのです。

 ところが、フリーアクセスの下で各医療機関が患者獲得を競い合っている状況下では、その実現は困難です。つまり、地域全体としては望ましい話でも、消化器内科がなくなる病院にとっては患者数が減ってしまうわけで、とても受け入れられる話ではないのです。
 もちろん、消化器内科がなくなる病院の近くに住む人たちにとっても、医療アクセスが制限されることになり、反対運動は必至でしょう。

医療機関の協調を促す新制度を

 とはいえ、地域の複数の病医院をグループ化し、医療機器の共有や事務作業・仕入れなどの統合を進めることが、医療資源を効率的に利用するために極めて有効であるのは間違いありません。
 さいたま市の例を挙げると、さいたま新都心に「小児医療センター新病院」の建設が予定されています(平成27年度末完成予定)。ここにさいたま赤十字病院と埼玉小児医療センターが移設し、同じ敷地内で周産期医療及び救急部門の連携を図ることになります
 小児医療センターが公的資本であるため、ここまでの歩み寄りが可能になりましたが、民間病院同士が“同じ敷地内で連携する”ことはなかなか難しいでしょう。

 これまでは国の施策として、コストパフォーマンスの高い医療を提供するよう医療機関同士を競わせてきました。それはそれで成功したと言っていいでしょう。
 しかしその弊害として、医療機関同士の連携や協調はほとんど検討されませんでした。結果的に医療資源の分散化と質の低下を来しかねない事態になっているのです。
 地域の中で複数の病医院がグループを作り、医療機関の連携/統合を含めた協調を可能にする日本の医療崩壊を食い止めるために、そんな新制度が、いま一度検討されてもよいのではないでしょうか。

細かいことを言うと処置をきちんと行うにはスタッフは集約化した方がいいのはその通りなのですが、完全に一極集中するのも問題が多くて、例えば今時カテもやらない循環器内科医など存在意義がないと考えたくなりますが、日常のちょっとした心機能評価やら循環器的コンサルトに院内にいるのといないのとではやはり違うということですね。
ただしそれを常勤医として行う必要は必ずしもないのであって、将来的には施設間で医師が日常的に行き来したりだとか、何かしら遠隔診療の技術的発達で対応することも出来るようになるかも知れませんし、そもそも全科的知識を備えることが当たり前に求められる時代になればいちいち何でも専門家にお伺いを立てるということ自体が減る(かも知れない)ということでしょう。
ともかくも先に書きましたように日本では個々の病院がそれぞれ異なる経営者の元で細分化され顧客の奪い合いをしていますが、例えば岩手の公立病院では中心となる基幹病院に医師を集めて末端の中小病院は縮小、クリニック化した上で中央から医師を派遣するというシステムを取り入れるところもあり、行き来する医師の負担は大変ですが経営母体が同じだからこそできたこととは言えますよね。
そう考えると昨今ようやく議論され始めたように経営母体の垣根を越えての統廃合ができるかどうかということも一つのハードルとなりますが、当座統合とは言わずとも冒頭の記事のように経営母体を越えての診療連携を強化するとして、やはり各施設の取り分がどうなるかということは気になってきます。

医療には確実に儲かる部分と儲からない(下手をすると損する)部分があることは知られていて、例えばひと頃あれだけ「病院の稼ぎ頭」ともてはやされた産科も医療コストの増大に対して顧客にそれを転嫁できないこともあって今や必ずしも儲からないとも言いますし、小児科や救急などは赤字部門の最たるものとして取り上げらる機会も多いですよね。
これらそれぞれに利益率の異なる各診療科を分担し合うとして、競合施設間でこれらの利益配分をどうするのかと言うことが必ず問題になりますけれども、まさか民間病院に赤字をかぶらせる訳にもいかないでしょうから公立病院が泥をかぶるしかないでしょうけれども、施設としてはそれでよくてもスタッフの士気が維持出来るかどうかは別問題です。
今時どこの施設でも院内の会議なりのたびに「もっと頑張って売り上げを伸ばしましょう」的な発破をかけられるのは当たり前のこととなっていますけれども、赤字部門ばかりを扱っているのだから利益度外視でいいと割り切ってくれるとも到底思えず、毎回毎回尻を叩かれるだけでも相当なストレスが蓄積することは目に見えていますよね。

患者側の立場で考えると医療機関は集約されて遠くにあるよりは身近にあった方がいいはずですが、しかしその全てが病院である必要はなく、むしろいざとなればどんな患者も確実に引き受けてくれる基幹施設がしっかりとある地域なら、その周囲に中小のサテライトが点在しているという構図が昨今「待ち時間も少なくて楽」と人気ですよね。
しかし一方で初診は近所のクリニックでいいやと思っても、実際問題仕事が終わった頃にはやっていないというケースが多いのが問題で、そうなるとどうしても法的に24時間医師の常駐を強いられている病院に行こうかということになり、二次救急レベルの中小病院の存在意義はほとんどの場合そこにあると言ってもいいほど「数日前から風邪気味で」式の時間外患者が多くなっています。
そうなると夜間診療所やERがあれば多少違うんじゃないか、そもそも何故どこの病院も夜間にやらないのかという疑問が出るのも当然なんですが、診療報酬上夜間にやると言ってもそれが正規の営業時間であるなら割増料金の請求はできず、スタッフコストは増える上に経験的に対して顧客も来ないことが判っていますから経営的に成り立たないわけですね。

色々と考えて見ると全国一律どこでも同じサービスを同じ料金で提供します、だからどこの施設でもいつでも自由にかかってくださって結構ですという皆保険制度の大前提がそもそもの諸悪の根源じゃないかと誰しも判り始めていると思うのですが、それではコストと質、そしてアクセスの容易さの制限するべきかと考えた場合にまずは利便性の問題だけですむフリーアクセスからと言う考え方は当然ありだと思います。
先日の社会保障制度改革国民会議の最終報告書でも「ともすれば「いつでも、好きなところで」と極めて広く解釈されることもあったフリーアクセスを、今や疲弊おびただしい医療現場を守るためにも「必要な時に必要な医療にアクセスできる」という意味に変えていく必要がある」として、かかりつけ医によるゲートキーパー機能を重視していますよね。
田村厚労相などはこれを受けて、(イギリスなどのように)家庭医にまずかからなければ病院を受診できないような制度ではないと否定しつつも、大病院に勝手に受診することを選定療養よりもさらに大々的な金銭的負担をかけることで抑制する方針だと言いますから、国としてはフリーアクセスという言葉の解釈を変更しつつあるとは言えそうです。
おもしろいのはこうした国の医療政策には何であれ反対せずにはいられない日医の立場なのですが、考えて見ればこの制度が実現すれば日医の主たる支持母体である開業医にどんどん患者が流れてくるという構図になるわけですから、彼らとしても今までのように「フリーアクセス規制絶対反対!」などと大きな声を出せるものかどうか要注目ですよね。

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2013年8月 8日 (木)

ブラックな職場は正当化できるか?

不景気からようやく上向き加減だと言われる中で最低賃金引き上げだといった話題も出ていますが、先日何気なくyahooを見ておりましたらこんな記事が取り上げられていました。

日米で比較。職業別平均年収事情(2013年8月4日R25)

数ある職業のなかには、その年収を聞いて「意外」と思うものもあるはず。例えば、安倍首相の昨年の所得は3879万円(講演料や印税収入も含む)。高額ではあるが、その立場を考えると安い気もする。

実際どの職業の年収が高いのか。厚労省の賃金構造基本統計調査には様々な職業の平均年収が載っており、それによると、平成24年において平均年収が1000万円を超えた職種は3つ。航空機操縦士(1151万円)、医師(1143万円)、大学教授(1080万円)となった。

また、総務省の「平成22年地方公務員給与の実態」をもとに、東京都の地方公務員の平均年収(全職種の月給・賞与項目の平均を足して算出)を試算すると、その額は768万円。

海外ではどうなのだろう。たとえばアメリカでも医療系の年収が高いが、その額は日本の比ではない。ウェブサイト「CNN Money」によると、トップは神経外科医で約37万ドル(約3700万円:7月25日現在の為替レート、以下同)。以下、石油エンジニアと麻酔看護師が約16万ドル(約1600万円)で続く。

このような差について、人事コンサルタントの山口俊一さんは「海外では専門職の評価が非常に高く、高給になる傾向にあります」と語る。その証拠に、アメリカでは医者に限らず、ソフトウェア開発者や保険計理人の平均年収も1000万円を超える

「海外との比較でいえば、経営者の給料も日本はかなり控えめです。欧米は経営者市場があり、外部から招くのが主流ですが、日本は多くが内部昇格。そのため、経営者になって大幅に年収を上げるのは反発を招き、実行しにくいのです」(山口さん)

そう考えると、専門職の人や「将来は経営者に…」という志の高い人は、世界を舞台に仕事をした方が、将来ずっと高い年収を得られるかも。もちろん、まずは個人の能力ありきですが。(有井太郎)

それにしても近頃では職業別の年収比較表を見ますと、かつて文系高収入職の代表格のように言われていた弁護士が今やすっかり凋落していることが顕著に現れていて興味深いですよね。
個人的感覚としては特殊技能を有する専門職が上位に並んでいるというのは正しい社会のあり方ではないかなとは思うのですが、記事にも現れているように年収の国際比較という観点で考えて見ますと事務員など一般職で日米はほぼ同じ給与をもらっているのに対して、技術職では実に二倍ほども格差があるという興味深い現象が見られています。
日本では経営者と言えども極端な高給を取ることは少なく全社員年収は比較的均等に収まる傾向がありますが、医師など必ずしも組織への帰属が強固でない職種でも国際比較での格差は大きく、国民平均年収との比率で比較すると平均4.4倍のところ日本は2.8倍と低めであることはかねて知られていました(アメリカなどは給料が高くとも医賠責保険料も高いので多少割り引いて考えるべきでしょうが)。
これでもここ数年の医師平均給与の上昇と国民所得の低落傾向の持続とでかつてよりはずいぶんと相対的に医師給与は高くなってきた方で、多くの職業の年収がバブル以降下がってきている中で医師は多少なりとも給料が上がっている数少ない職業に挙げられます(ちなみに他に同様の傾向がより顕著に目立つ職業として記者が挙げられますが)。
だからどうなんだと言うことですが、近年の就職戦線の不活発さもあってどこの職種でも「嫌なら辞めろ」でブラック化が進行していると騒がれている、その中で労働環境は自分が声を出さないと帰られないと目覚め始めたと言われる医師の待遇が改善されつつあるというのは何やら象徴的ですが、その意味をまだ理解していない人もいるようなのですね。

「ブラック企業かどうかは、人それぞれ」――この発言が怖い理由を考える(2013年8月5日ビジネスメディア誠)
より抜粋

(略)
 「長時間の残業を強いる企業だろ」とか「サビ残(サービス残業)ばかりの企業のこと」とか「低賃金で重労働ばかり」「デスマデスマデスマの会社だよね」「パワハラやセクハラが横行している職場のことでしょう」「要は離職率が高い会社のことじゃないの、結果として」「嘘つき企業だよ、イメージ先行で」

 ブラック企業とは? と私の身近な人に質問してみたところ、上のような台詞が返ってきました。どれも的を射ている気もしますし、さりとてすべてを的確に表しているとも言いがたい。持つイメージとは反対に、“ふんわりとした”言葉であるがゆえに、メディアでも頻繁に取り上げられるようになりましたし、ブラック企業を公表することを選挙公約に盛り込むという話が飛び出たりしたのでしょう(結果としては盛り込まれませんでしたが)。まあ、定義が曖昧な言葉を企業にレッテルとして貼るのはどうか、という議論の余地もあると思いますから、ここではその是非は問題にしません。

 重要なのは、ブラック企業という曖昧な言葉であっても、そこで行われていることの多くは「適法ではない可能性が高い」ということ。なぜ違法な状態がまかり通ってしまうのか、そのいくつかの理由を本記事で考えてみましょう。

「ブラック企業がどうかは人によって違う」という風潮はなぜ怖いのか

 劣悪な環境で働いている、その結果過労死になった、とニュースなどで報じられ、その労働環境の数字(主に残業時間などですが)が出た途端、こういう反応を示す人は少なくありません。

俺なんて、普段からもっと残業しているぞ

 理解に苦しむリアクションですが、周囲にこういう発言をする人は意外とたくさんいるはずです。自分だってもっと働いている、残業時間はハンパない、この程度でブラック企業というならば、自分の会社は漆黒だよと揶揄(やゆ)する人もいます。自分たちの若いときの話を持ち出して、会社のソファーで寝たとか、朝起きたら自室のベッドでスーツ姿のママだった、という武勇伝を話しだす人もいます。そして、この類の話をする人たちは、こういう台詞で話をまとめるケースが多い点が見逃せません。

 「まあ、ブラックかどうかなんて、人それぞれだからね」

 先にも書きましたが、ブラック企業という言葉の定義は曖昧で、「これをやったらブラック企業認定」という基準もありません。しかし、法令遵守がなされない労働環境を、同じ働く人が「そういうこともあるよね」と済ませてしまうどころか、それを認めた上で「それを乗り越えることを美化する」のはいかがなものでしょう? そう反論すると、“ブラック企業なんて人それぞれ派”は、こう続けます。

 「過酷な労働条件の中、一生懸命働いた経験が、その後のビジネスパーソンとしての糧になるというケースはいくらでもある。理不尽な思いや、辛いことを乗り越えて成長するのが人間。それをしなくてもいい、となってしまうと人は成長しない」

 だから、人によってはその経験が「素晴らしい糧」になるかもしれないし、ブラック企業にいて限界だった、と判断するかもしれないと。もっともらしい理屈ですが、だから法律を守らなくても良い、という理由にはなりません。皆さんも学生時代に、労働基準法、労働組合法、労働関係調整法のいわゆる「労働三法」について習ったと思います。それらは、そもそも、企業と労働者との力関係を比べたときに、どう考えても働く人が弱くなる、それを守るために最低限これだけは守ってください、と決められたルールです。そう、自分自身を守ってくれる決まりごとを、とらえ方次第だよと曖昧にしてしまい、返って自分たちの首を締めてしまっているのです。

就活生が、企業研究や自分探しと同じようにやるべきこと

 少なくとも法律が守られるようにするために、多くの人ができることが一つだけあります。それは、その法律をきちんと理解することです。以前にもある場所で書いたのですが、働き始めるときに就業規則に目を通していない人が多すぎる気がします。自分たちがどういう条件で働くのか、なにを要求され、遵守しなければならないのか。一定規模の企業はその規則を作成しなければなりません。しかし、それを「見たことない」という人は多いはず。まずは、そこから関心を持ち、目を通す必要があると思うのです。

 →モデル就業規則について(厚生労働省、参照リンク)

 その上で、最低限「労働基準法(参照リンク)」という法律があるのを知っておくこと。時間が許せば簡単に目を通しておくと良いでしょう。就活生の皆さんは、企業研究や自分のやりたいこと探し、自己分析も大切です。ブラック企業とインターネットで検索して、そこに入社しないという行為も重要でしょう。しかし、それと同じくらい、自分たちの立場を守る決まり事があり、そして、それらを企業が守っているかどうか知ることも、就活には必要不可欠なのです。
(略)

何やら耳に痛い話が多い中で、特に「過酷な労働条件の中、一生懸命働いた経験が、その後の糧になる」とはどこかでよく聞いたような台詞だなと思うのですが、某業界には「本気で外科医になりたいなら40までは親に養ってもらうつもりでいろ」なんてことをおっしゃる偉い教授先生もいらっしゃったと聞きますから、少なくとも「一生懸命働かせる」側にとってはある程度普遍的な価値観として共有されているのかも知れません。
ただ職業体験によって何らかの人生経験を得て今後につなげることと、職場として関連法令無視の労働体制を強要することは全くの別問題なのですから、「私はこれを買ってから恋人が出来ました」と怪しげな石を高値で売りつける商売並みには因果関係を無視した暴論と言ってもいいかと思います。
ましてや働かせる側がそうした暴論を理由に若い労働力を搾取し使い潰すというのではどんな野麦峠か蟹工船かと言う話で、部活の後の自主トレーニングの如く自ら求めてオプションの苦労を背負い続けることとの根本的な違いをまず認識しておく必要があるでしょうね。

この点でも興味深いことに医師と言う職種では近年例の臨床研修制度が導入され、「研修医は学ぶべき存在であって、安価な労働力ではない」ということを制度的に担保したと言うことは研修内容の是非に対する議論は別として英断だったと思いますが、実のところその反動としてその上のレジデントクラスが以前以上に酷使されているという悲しむべき現実があります。
もちろん激務で知られ「あそこで研修を完遂すればどこの職場でも戦える」とOBOGが引く手数多の奴隷病院が今も大いに人気を博しているように、自ら何年間と年限を区切ってそうした環境に身を置くというのはそれが各人の全く主体的な判断に基づくものであるかぎり問題ないでしょうし、それこそ「その後の糧になる」ことも少なからずあるでしょう。
しかし書類上は日雇い雇用で週3日20時間未満の非常勤扱いにしておいて、実際には365日24時間酷使するといったやり方は全く許容されるものではなく、「常勤医師の定数が」云々と言い訳をしながら未だにそうした勤務体系を強いている国公立病院が逃散相次ぎ医師不足にあえいでいるというのは全く当たり前の話だと思いますね。

医師という職種は激務ではあっても相応に報われているのだからいいじゃないかと言う意見もあり、実際に医師に対する調査でも「金銭的にはもう十分」という声が過半数に達していると言いますから「なんだ、もうこれ以上待遇改善なんて必要ないんだ」と勘違いする病院もあるかも知れませんが、同時に転職願望は相変わらず根強く「忙しすぎないこと」を最優先と考える医師が多いということも忘れてはいけませんよね。
幸い昨今では医師雇用市場の流動化が著しく(その先鞭をつけたのが例の臨床研修制度導入であるという点も注目すべきですね)、いわゆる奴隷病院にはそれこ そ奴隷である以上のメリットでもなければまず人が集まらなくなってきていますけれども、それでは奴隷であるということ自体に何かしら価値観を見いだす人々 をどう考えるべきかですね。
あたら高給を取っていながら当直残業で全く金を使う暇がない、そもそも院外に出られる時間帯には店など開いてないなどと笑い話のような自虐自慢話が一昔前までは珍しくありませんでしたが、そうした過酷な労働環境が職業人としてのパフォーマンスにも重大な悪影響を及ぼすというエヴィデンスが揃ってきた今の時代、そうした環境に甘んじている人間は単に「馬鹿なの?死ぬの?」と言われて終わりでしょう。
技術系専門職に多く見られる美点として自らの仕事に誇りを持ち仕事の完成度を追求することに生き甲斐を感じるということがあって、日本人の場合国民性とも相まってこれが良い方向に作用していたことが今日の日本を築いたとも言えるのでしょうが、自ら求めてパフォーマンスを引き下げるような状況を甘受している人間はプロフェッショナルとしての自覚を問われるべきなのかも知れませんよね。

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2013年8月 7日 (水)

働かない働き蟻

今日は本当にどうでもいい話を書いてみますけれども、医師という職業はおもしろいもので、この時代にあってほぼ完全な年功序列制が温存されているのですが、給与や役職は医師を何年やっているかでほとんどが決まってしまうというのはかなり奇異な印象を受けますよね。
特に公立病院などは公務員であるだけに長年勤めているというそれ自体がステータスですけれども、その結果田舎公立病院などでは永年勤続で何も仕事はしない/出来ないのに給料だけはやたら高いという老部長先生が淀んでくることになるという弊害もあります。
さて、昨今特に病院経営者側から医師の待遇改善ということと医療費削減ということが同時並行的に語られる場面も多くなり、マスコミなどもそれを助長するかのように「診療報酬すなわち医師の給料」的な書き方をしていますけれども(実際には医師の取り分は診療報酬のたかだか一割強というところですよね)、本来この二つは別概念であるはずなんですよね。
一般世間でも客単価の高い高級店の雇われシェフよりも一杯500円のラーメン店の親父の方が儲けているということはままあることなのですが、「うちよりはるかに下等な料理しか出せない輩が不当に儲けているのはケシカラン!」という逆恨み?をしていても仕方がないというもので、本当の問題は別のところにあるはずなのです。

パラサイトドクターがブラック勤務医を生む ワープア勤務医の敵は開業医にあらず(2013年7月31日東洋経済)

外食産業のブラック労働が話題になった久しい。特に某居酒屋チェーン店は、トップが選挙などで目立つせいか、各種のメディアでたたかれやすい。私も駅前でビラ配りをしているオネーちゃんなどを見るにつけ、「この人社員?休みちゃんともらえているのかな? ビラ配りはサービス残業かぁ?」などと余計な心配をしてしまう。

この夏の参院選でも「ブラック企業対策」は重要課題として、各党はいろいろな公約を発表していた。だからといって、「ワタミの店員がかわいそうだから、隣の行列のできるラーメン店の大将の儲けを回せば一件落着」やら「同じ調理師なのに給料差があるのはおかしい!」と主張する人はいない

いや……。過去に1度だけ似たような主張を聞いたことがある。ちなみにプレゼンの担当者は、東大法およびハーバード院卒なのだそうな。

2011年、民主党政権の超人気イベントだった「事業仕分け 第2弾」のことだった。「医療崩壊を防ぐには、医療費増額が必要」といった趣旨の分科会で、財務省出身の代議士はドヤ顔で「確かに産科や救急の勤務医は大変だが、開業医はそうでもない。また、開業医の収入は勤務医の約1.7倍ある。同じ医者なのに、こんなに給料が違うのはおかしい。だから、開業医の儲けを勤務医に廻せば、医療費の総額を上げずとも医療崩壊は防げる」とプレゼンし、仕分け人は「来年度の診療報酬総額を据え置くべき」との結論に至った。

今の私は確信している。「ワーキングプア勤務医の敵は開業医ではない。勤務医組織に寄生する、ノンワーキング常勤職員である」のだと。「ブラック労働の勤務医を救うには、開業医の儲けを回せば一件落着」とは「ワタミの店員を救うには、水だけで800円とる人気シェフの儲けを回せば一件落着」レベルの暴論だと思っている。

ワープア勤務医の敵は開業医ではない

いわゆる「医師不足」とは「勤務医不足」であり、もっと正確に言えば、「当直や残業可能な勤務医の実働部隊不足」である。「勤務医のブラック労働」と言っても、すべての勤務医が過労死スレスレではなく、「週2コマの外来以外、何をしているかよくわからん副院長の爺医」的な医師も、それなりに存在している(特に公立病院)。

ワープア勤務医の多くは、開業医を恨んではいない。自分たちを搾取しているのは、開業医ではないことを知っているからだ。事業仕分けでは「開業医は楽で儲かる」と評されたが、あまりに無能・怠惰な開業医からは患者も職員も逃げるので、市場に淘汰される。「儲かっていない開業医は借金がかさむ前に廃業」するので、「目につく開業医は儲かっている人ばかりに見える」とも言える。現在の日本の法律では、常勤の勤務医を「無能である」ことを理由に解雇することは困難だし、日本の大病院の多くは公立病院なので、「下手に患者を任せると死人が出そう」なレベルな人材には、適当な閑職をあてがって問題を先送りしがちである。その結果、「週2回、半日ずつしかオープンしない」開業医は淘汰されるが、同レベルの勤務医は同僚や税金に寄生しながら、定年まで組織にしがみつくことが多い。

大学病院など、ほとんどの大病院は、今なお典型的な日本型報酬体系を取っている。すなわち報酬額は年齢でほぼ決まり、同期の間では大差はなく、高齢になるほど高額になる。当然のことながら人間の能力は均一ではなく、仕事は有能者に集まり、「あの人に頼むとヤバい」と自他ともに認める無能者は定時に帰宅できたりする。その結果、実質的な時給は、無能なほど高くなりがちである。特に麻酔科は仕事の発注者が外科医であり、その道もプロである。患者(=シロート)相手ならば、話術や身なりで誤魔化せても、外科医や看護師には有能無能はバレバレである。
(略)
アラフォーでフリーになるまでの過酷な日々

私は手術や麻酔が好きだった。難しい長時間手術も心肺停止の蘇生も、それなりに楽しんで対応していた。だからといって、40時間連続労働や、それを40代以降も続けることに、そしてそれが改善される見通しのないことに、だんだん疲弊していった。当直明けかつ40時間連続労働の帰り道、うっかり居眠り運転をして赤信号無視で交差点を渡り、激しくクラクションを鳴らされてハッとしたこともあった。

世間では「40代小児科勤務医が過労を訴えて病院屋上から投身自殺」「30代医師が当直明けに交通事故死」といったニュースが散見されていた。「これ以上、こんな勤務医生活を続けたら、過労死か医療事故は必発」と思い、アラフォーで逃げるようにフリーランスに転身した。

その結果、私の年収は約3倍になり、1年のうち350日は自宅で寝られるようになった。と同時に、私がかつての同僚たちにいかに貢いでいたかを実感した。かつて私を苦しめた医師不足は、フリーになった今となっては追い風となり、営業などせずとも仕事の申し込みが途切れる気配はなさそうだ。中堅医が辞めた後の大学医局はますます弱体化し、そのことも麻酔科医不足にさらなる拍車をかけ、フリーランス医師への仕事の安定供給の一因となっている。この転職者の体験記には、とても親近感を覚えている。
(略)

色々と解釈の余地がある記事だと思いますけれども、「無能な勤務医は存在を許されるが無能な開業医は廃業するしかない」と言うのはその通りで、どんな環境にあろうがきちんと仕事をこなしている職業人が相応に報われるということには多くの人が異論がないはずです(もちろん、評価の基準はきちんと公平にされるべきでしょうが)。
ただここで特に注目しておきたいのは「人間の能力は均一ではなく、仕事は有能者に集まり、「あの人に頼むとヤバい」と自他ともに認める無能者は定時に帰宅できたりする。その結果、実質的な時給は、無能なほど高くなりがちである。」という一文で、確かにその通りと頷きたくなる方々も世の中には多いことでしょうね。
世に「働き蟻の法則」というものがあって、一般的には「働き蟻の中でよく働く蟻とサボっている蟻の割合は集団によらず一定であり、よく働くorサボっている蟻を集団から除外すると新たなよく働くorサボり蟻が同じ比率で出現する」と言われているようですが、これを称して「一見無駄な人材に見えてもそれは非常事態における集団としての余力として存在するのだ」と肯定的に捕らえる向きもあるようです。
ただ一説には元論文(というよりもちょっとした観察記ですが)では少し話が違っていて、働かないサボり蟻は別の集団に移してもやはり同じようにサボっていたとも言いますからややイメージが異なりますけれども、ともかくも集団の中では必ず一定数サボっている者が存在する、故にリストラなど無意味なのだという主張の根拠になっている話ではありますよね。

医師の世界で教授だ、病院長だと言うポストに執着する人は昔から決して少なくなく、教授選に破れた一派がごっそり大学を去っていくなどと言う光景が未だにありますけれども、そうしたポストが必ずしもよい待遇を約束するというわけでもないということに気がつく人が増えてきたせいでしょうか、昨今の若手からはあまりポストに執着する声が聞かれなくなったという話をよく聞くようになりました。
前出の記事の筆者氏も別記事で国公立大学教授ですらリストラされる時代に、若手にとってこうしたポストの魅力はなくなってきたと書いていますけれども、一方ではそうした話が通用するのは単なるヒラだろうがそれなりの好条件を期待出来る医師という職業が特別であるからで、大多数の企業では役職につかなければ給料も上がらないという声も当然あるでしょうね。
例えば日本の企業の約半数で一定年齢に達すると管理職ポストから解かれてしまう役職定年制度というものが導入されていますが、当然ながら社員の数よりも役職の数は少ないはずですし、誰もが順調に昇進していけるわけでもないのですから、こうした制度がなければ若手は昇進しようにも上がる先のポストがないということになってしまいますよね。
そうした意味では非常に合理的な制度であるとも評価出来るのですが、手に職のある専門職はともかく単なるホワイトカラーの場合役職を解かれた途端に燃え尽きてしまうという人も多いようで、むしろ役職定年制度が社内の不良債権を増加させているという声もあるようです。

「給料泥棒は退職しろ?!」 働かない役職定年社員が招く負の連鎖(2013年8月6日日経ビジネス)

(略)
 「私、会社で倒れちゃったんです。完全な過労です。3月末で、うちの部署で3人が役職定年になった。彼らがちっとも働いてくれないんで、その分をカバーしているうちに倒れてしまった。疲れているという自覚はありましたけど、自分でも驚いています」

 200人ほどの中小企業に勤めるこの男性は、47歳。彼は3月末に係長から課長に昇進。一方、前任の課長は役職定年になり、部下となった。3月末まで同じ係長で横並びだったベテラン社員2人も役職定年を迎え、同じく彼の部下になったそうだ。

 「役職定年になると、うちの会社では3割くらい賃金が下がるんです。だから、会社も彼らに遠慮して、無理な仕事をさせなくなる。でも、頭数は変わらないので、その分の仕事は誰かがやらなければならないわけです」

 「しかも、役職定年になった人が、明らかに働かなくなった。完全に“余生状態”。『30年以上会社に尽くしてきたんだから、これからは楽をさせてもらうよ』なんて堂々と言う人もいて。締め切りがある仕事が終わっていなくても、平気で放り出して定時になるとさっさと帰ってしまうんです。毎回、それをやられるとこちらも困るので、『締め切りは守ってください。もし、間に合いそうにない時には、早めにSOSを出してください』とお願いしました」

 「すると返事だけはいいんです。『はい、分かりました』って。ところがまた締め切り当日に終わらせないまま帰宅をしたり、中にはそれを派遣さんに、『やっておいて』と頼んで帰ったり。これじゃ、まるで給料泥棒です。しかも、私が過労で倒れたときに、『マネジメント能力を彼につけさせるように、会社は教育した方がいい』と、上層部に言っていたそうです」

 「確かに、自分の能力のなさなのかもしれないですけど、人のことをとやかく言う前に、とにかくもう少し働いてくれと言いたい。仕事の締め切りくらい守ってほしい。こんなことを思ってしまうのはイヤだし、年上の方に失礼かもしれませんけど………、さっさと退職してほしいです」
(略)

ちなみに筆者氏によるとこういったベテラン社員の処遇問題に突っ込むのはある種のタブーなのだそうで、下手なことを書くと読者から「そうなった人たちの気持ちが分かっていない」「触れてはいけない話題に触れた」と意見が届くのだそうですが、仕事をしない名ばかり管理職と仕事をしない元管理職のどちらがよりタチが悪いかと言われるとなかなか究極の選択だなという気がします。
医師の場合はどちらかというと専門職、ブルーカラーに近い気質の方々が多いですから、名ばかり管理職のご老人が部長会議など面倒な仕事を引き受けてくれるから助かるという側面もあるのかも知れませんが、同時に専門職らしく能力があるかどうかにはシビアですから、仕事が出来ない連中の方が高い給料をもらっているというのはあまりおもしろい感情は抱けないでしょうね。
それでも数の限られた資格職ですから病院に在籍しているだけで意味があるというケースもままあるのが難しいところで、昨今手術や処置の件数に応じて報酬を出すという病院が出てきているのも頭数という施設要件をクリアしつつ、バリバリ働ける人も働けない人もそれなりに満足出来る職場環境を模索しているということなのでしょう。
ちなみに筆者氏は結局重要なのは本人に自立心があるかどうかだと書いていますけれども、医師免許を取った時点で診療に従事する能力はあるものと国が認めてくれたわけですから、周りが「あの先生はああだから」と変に気を遣って仕事を引き受けたりするのもかえって本人のためにならないという場合もあるのでしょうか。

 先日亡くなった作家で精神科医のなだいなださんは、「現代の不安の多い社会では、一人ひとりが自立し、こころの自己教育をする必要がある」と常々語っていた。そんななだいなださんが、自立の必要性を感じたエピソードが実に面白い。

 アルコール依存症の治療に長年関わってきたなださんのもとに、「東京大学の教授に診てもらった」と自慢する患者が来た。その患者に、なださんは、「それで」と促した。するとその患者は、「それでも治らなかった」と答えた。

 そこで、「それじゃ、僕にも治せない。日本一の先生が治せなかったのだから、誰も治せない。覚悟を決めなさい。治らなかったら死ぬしかないでしょ。死ぬつもりなら、酒をいくらでも飲もうとあなたの勝手」と言い放った。

 ところが、その患者はその日以来、ぴたりとお酒をやめた

 そこで半年たったころに、「日本一の東大教授に止められなかった酒が、なぜ止まった?」と聞いたそうだ。

 するとその患者はこう答えた。

 「先生のおかげです。この先生に頼っていても仕方がない。自分がしっかりしないとダメだと思ったんです」と。

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2013年8月 6日 (火)

胎児の産み分けがすでに行われていたことが判明

最近は出生前診断の発達でいよいよ子供の資質に基づいた産み分けと言うSF的なネタが現実化するかと思っていましたら、すでに行われていたというニュースが飛び出して話題になっています。

異常胎児選んで減胎手術36件…長野の産科医(2013年8月5日読売新聞)

 出産の危険が高まる双子や三つ子などの多胎児を妊娠した際、胎児の数を減らす減胎手術の実施を公表している諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町、根津八紘院長)で、異常が見つかった胎児を選んで手術を行ったケースが、これまでに36件あることがわかった。

 8日から大分県別府市で開かれる日本受精着床学会で発表される。母体保護法は減胎手術について定めておらず、国も具体的な指針を作っていないが、こうしたケースが初めて明らかになったことで、今後、議論を呼びそうだ。

 同クリニックによると、減胎手術の理由は、ダウン症などの染色体の病気が25件、胎児のおなかや胸に水がたまる胎児水腫などの病気が11件だった。31件が不妊治療による妊娠だった。

 いずれも、夫婦が「減胎できなければ、すべての胎児を中絶する」との意向を示したという。今回の減胎手術について、根津院長は「一人でも命を助けるために、やむを得ず行った」としている。

 ◆減胎手術=多胎妊娠となった場合に、母子の安全性を高めるための処置として始まった。超音波で確認しながら、子宮内で一部の胎児を心停止させる。通常、胎児の異常がほとんどわからない妊娠初期(12週未満)に行われる。

学会でも発表するということで特に隠れてどうこうという話ではないようなのですが、ともかくも昨今出生前診断の技術的進歩が何かと議論の種となっている中で、これはなかなかに話題を集めそうな行為ではありますよね。
胎児の権利というものがどの段階で発生するかということには諸説ありますけれども、現在の日本では法的に見ると出生し人間として登録をされてからようやく国民としての権利を得られるようになるわけで、胎児の権利尊重ということに関してはあくまでも人倫、道徳といった側面から捉えられているに過ぎないのが現状と言えるでしょう。
言い方を変えれば妊娠中絶とは親子の問題ではなく親の問題と見なされているということであって、胎児にとっては不都合な選択が一方的になされることもあり得ると言う点ではなかなかに難しい側面もあるかと思いますが、ほとんどが不妊治療を受けていたこともあり「産む気がないなら最初からやらなくても」といった厳しい声も少なからずあるようです。
また件の医師が過去にも何かと話題になる業績を積み上げてきたことも知られていて、今回もわざわざこの処置のために遠方から受診している人がいることから当該医師の暴走ではないかという批判もあるようですが、ともかくも当事者もこうした結論を出すに当たってそれぞれに葛藤を抱えていたようで、決して簡単な選択ではなかったということですね。

「この道しか」減胎手術、苦渋の選択…自責も(2013年8月5日読売新聞)

 「自分を責めたが、この道しかなかった」――。
 諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)で、異常が見つかった胎児を選んで減胎する手術を受けた夫婦3組が、読売新聞の取材に応じ、苦渋の決断をした胸中を語った。一方、ダウン症の子どもの家族からは「障害を受け入れない社会にも問題の背景がある」との声が聞かれた。

 「2人とも産むか中絶するか、なるべく早く決めてください
 2010年夏、中部地方の主婦(39)は、おなかの中の双子の羊水検査の結果を聞いた。
 結婚3年目、体外受精で待望の妊娠だった。だが、妊娠10週の超音波検査で、1人に染色体異常の疑いがあると言われ、羊水検査を勧められた
 結果は、ダウン症。10歳上の夫と話し合った。主婦は、ダウン症のいとこがおり、おじおばが愛情を注ぎながらも、苦労する姿を見てきた。
 「将来、私たち夫婦が亡くなったら、同時に生まれてきたきょうだいに大きな負担をかけてしまう」
 病院で中絶手術の日程を予約したが、「年齢的にも最後かも」と思うと簡単にはあきらめられなかった。諏訪マタニティークリニックのことを知り、減胎手術を受けた
 11年春、女児を出産した。亡くなった胎児は、火葬し、故郷のお墓に入れた。
 墓参りのたび、「ここに妹がねんねしているよ」と、家族で手を合わせる。「目の前にいる娘を救えた意味を深くかみしめている」

         ◇

 関東地方の主婦(31)は10年末、排卵誘発剤による不妊治療で、三つ子を妊娠した。不妊クリニックの院長から、「このままだと、流産の危険が高い」と説明を受け、妊娠8週で減胎手術を受けた。
 出産する病院で、残った2人のうち1人がダウン症だとわかり、諏訪マタニティークリニックで2度目となる減胎手術を受けた
 「欲しくてたまらなかった子どもなのに、自分たちの都合で、ひどいことをしていると自分を責めたけれど、この道しかなかった」と主婦。「出産をあきらめていたら、妻の精神的ショックは計り知れず、立ち直れなかっただろう」と夫(34)は話す。

         ◇

 12年夏、関西地方の夫婦は、妻(35)のおなかの双子のうち1人の脳に障害があると告げられた。重度で、寝たきりになるという。
 異常がある胎児の脳が大きく、もう1人も順調に成長できないおそれが高い。「元気な子どもを出産できる可能性を高める方法」として、主治医に紹介状を書いてもらい、減胎を選んだ
 夫(37)は、「子どもを授かり元気に生まれてくることは奇跡のようにありがたいとわかった。思いがけない現実に突き当たり、深く考えて、やむを得ない選択をした夫婦がいることをただ知ってほしい」。

         ◇

 異常のある胎児を選んで手術が行われていたことについて、ダウン症の子どもを持つ父親(53)は、「個々の夫婦の選択や、技術の否定はしない」とした上で、「ただでさえ育児の負担が大きい双子や三つ子で、1人の異常がわかれば、より産むことをためらうだろう」と想像する。
 「背景には、障害を持った子どもを持つ親が、希望しても、なかなか通常学級に入れないなど障害を容易に受け入れない社会がある。障害を持つ人と共に学び働いた経験の有無が、選択に影響を与える。社会を作る一人一人が考えるべき問題だ」と話す。

減胎手術自体は排卵誘発剤による多胎妊娠などで過去にも少なからず行われてきたことですけれども、その場合は多胎妊娠によって妊娠継続に支障があるといった母子共にデメリットが大きいという状況でやむなく選択されてきた、しかしそれはあくまでも無作為に行われてきたことであって、そこに診断技術の進歩によって価値判断が加わってきたということが今回の事例のポイントかと思います。
「どうせ間引くのであればより生きる力の強いものを残すのが生物として当たり前のことだ」という考え方も一面の真理で、例えば明らかに出生後の生存に支障のある重度障害が認められた場合に健常胎児への悪影響を避けるため減胎を選ぶといったケースであれば判りやすい話ですよね。
しかしダウン症など生きること自体には何ら支障がない場合はどうなのか、もちろん周囲の支援を得なければ日常生活上支障があるという点で生きることに支障があるとは到底言えないという考え方もありますけれども、ではダウン症が減胎の対象となるのであれば他の疾患・遺伝的素因はどうなのかと考えていくことも出来そうです。

例えば将来的に様々な診断技術が進化してこの子は目が悪くなるとか成績が良くないとか言ったことも予測出来るようになるかも知れない、その場合「この子はどうせブサ面で三流の学校にしか行けないし人生負け犬決定だから」といった理由で選別が行われるようになるのではないかという優生学的社会の到来を危惧する声も当然にあるでしょうね。
必ずしもそうした行為が問答無用で悪いというわけではなく、むしろ我々自身も品種改良という形で他の種に対してはそうしたことを当たり前にやっているわけですが、それが何となく尻の座りが悪く感じられるのは誰しも「世が世ならオレも本来間引かれる立場だったのかも…」と考えてしまうからかも知れません。
SFなどで古来定番のネタとしてそうした人為的セレクションによる世代間の断絶(いわゆる新人類ものですね)ということがありますが、仮にそうして生まれた子供が成長し社会の主流派となった時、同様の考え方で「役に立たない出来損ないの老人達」を間引き始めることに反対することが出来るかどうかと考えて今から薄ら寒い気がしている人もいるでしょうね。

やや話が脱線しましたけれども、本来中絶という行為自体が刑法にも規定のある犯罪行為である中で「経済的事由」という法律の文言の拡大解釈によって実施されてきたように、いわゆる普通の妊娠中絶も長年曖昧なグレーゾーンの中で行われてきた経緯があって、そうであるが故に「これこれの理由での中絶だけは絶対駄目」と言うことが言いにくい状況になっているとは言えそうですよね。
個人的には一部の中絶絶対反対論者のように胎児の権利ばかりを過度に尊重すべきという考え方にはさほど賛同するわけではありませんけれども、実際問題ここまでのことが現実的に行われていると明らかになった以上は、様々な胎児情報に基づいた産み分けという行為はすでに現実のものとなっていると見なすべきでしょう。
そうした事実を認めた上で何をどう考え環境整備を行っていくのか、例えば親の考えで産み分けをしてしまうのは仕方がないとして各種出生前診断の精度を高め「誤診に基づく中絶」を少しでも減らそうと言う考えもあるでしょうし、そもそも胎児のことをあれこれ調べすぎるからそうなるのだと胎児診断自体を制限すべきだと言う考え方もあるでしょう。
ただどちらにしても少子化がこれだけ問題になっている時代に何故十分生きられる子供まで間引かなければならないのか?という問題が根本にあるわけですが、最も単純な解決法としてはそうした子供を持つことが負担どころかメリットになるようなシステムを用意しておく、といったことになるのでしょうか。

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2013年8月 5日 (月)

社保改革国民会議報告書にさりげなく盛り込まれた医師再配置計画

参院選も終わり消費税増税がどうだ、改憲はどうなるんだと様々な政策課題の行方が注目されていますが、久しく以前からその抜本的改革が叫ばれながら一向に進んでこなかったのが社会保障制度改革の問題です。
先日社会保障制度改革国民会議が開かれ、これからは年齢ではなく能力に応じて社会保障の負担をしてもらうだとか、介護度の低い高齢者は介護保険の給付対象から外すといった提言がなされていましたが、これがなかなか大きな話題になっているようです。

高齢者、高所得者に負担増 各論部分で論議、大筋合意(2013年8月2日産経ニュース)

 政府の社会保障制度改革国民会議(会長・清家篤慶応義塾長)は2日、最終報告書案の各論部分を議論し、大筋で合意した。高齢者に新たな負担を求め、高所得者の負担を増やした。冒頭に少子化対策の改革案を示し、高齢者に偏る医療、介護、年金の各分野よりも現役世代の支援を重視する姿勢も打ち出した。国民会議は5日に報告書を正式決定し、安倍晋三首相に6日、提出する。

 報告書案では医療分野の高齢者の負担増について、現在は1割に据え置かれている70~74歳の医療費窓口負担を、新たに70歳になる人から段階的に本来の2割にすることを求めた。来年4月にも実施される。

 膨らむ75歳以上の高齢者医療向け支援金について、高収入の企業社員が加入する健康保険組合ほど負担を大きくする「総報酬割」を平成27年度から全面導入するよう提言した。浮く公費は国民健康保険の赤字の穴埋めに使い、国保の運営主体を市町村から都道府県へ移し運営強化を図る。

 高額医療の自己負担を低く抑える「高額療養費制度」限度額を所得に応じ、きめ細かく設定。負担は高所得者に増やし、低所得者には軽減するよう求めた。

 介護分野では、高所得者の自己負担を1割から引き上げる介護の必要度が低い「要支援」向けのサービスは保険適用から外し、段階的に市町村事業へ移行させる。

 年金分野では、支給開始年齢の引き上げについて「中長期的な課題」と位置付け、速やかに検討を開始するよう政府に求めた。

 少子化対策分野では、妊娠期から子育てを総合的に支援する拠点設置を提案した。具体的には待機児童対策や、育児休業中の経済的支援の在り方の検討を進めるべきだとした。

社会保障改革案 介護軽度者切り離し 「精神的孤立も」(2013年8月3日産経ニュース)

 政府の社会保障制度改革国民会議(会長・清家篤慶応義塾長)の最終報告書案が2日、おおむね了承された。高齢者にも所得に応じた応分の負担を求める一方、若い世代の負担を軽くしようとする姿勢も盛り込まれ、持続的な社会保障制度を目指す。子育て環境の整備などの少子化対策には歓迎の声が上がるが、高齢者からは医療や介護などの負担増加やサービス低下への不安の声も上がる。

 昼間なのにカーテンが閉め切られた東京都内の一戸建て。ヘルパーが訪ねると、女性(85)が「あなたの顔を見るとほっとする」と出迎えた。

 女性の要介護度は「要支援2」。腰椎すべり症で、室内でもつえが要る。かがむことができず、お風呂で体を洗えない。週2回、ヘルパーに掃除や洗濯、入浴を助けてもらっている。息子がいるが、ほとんど会話はない。ヘルパーは「私が行かなければ身の回りのことができなくなる。精神的にも孤立する」と話した。

 介護保険から外す方針が示されたのは、支援の必要度が最も軽い「要支援1」と「要支援2」。身の回りの世話は必要だが、ヘルパーの支援で1人暮らしをしながら症状を保っている人は多い。

 認知症患者300万人

 「認知症は、本人も家族も軽度や初期の時期が一番大変。しっかりケアすることが大事なのに」。「認知症の人と家族の会」(京都市)の高見国生代表理事はため息をつく。

 報告書案では、介護を必要とする度合いが低い人向けのサービスは、市町村が行う地域包括推進事業(仮称)に移行することが提言された。日常生活は送れる軽度な認知症患者は、介護保険の対象から外れる可能性が高い

 高見氏は「市町村にも熱心な担当者はいるが、一定の基準や制約なく介護保険から外すことは放任に等しい」と憤る。

 厚生労働省の推計では、認知症の患者は300万人を超える。「初期・軽度の人へのケア充実が、進行を防ぎ、費用の節約につながる」と高見氏は語る。

 一方で、介護予防の先進的な取り組みをしている自治体は意欲を示す

 埼玉県和光市では、歩行困難な高齢者の要介護認定を行う場合、原因まで分析し、改善を目指すきめ細かい計画を作っている。

 東(とう)内(ない)京一保健福祉部長は「軽度の認知症といっても十人十色。調理ができるのにヘルパーに調理を頼んでいたら、財源は尽きる。きめ細かい取り組みを全国でできれば効果的だ」と話す。
(略)

記事にもあるような調理の問題に関しては出来る、出来ないではなく例えば火の不始末の恐れがあるといったことの方が重要で、軽度認知症患者に対しては介護保険によって給付される介護サービスよりも何かが起こらないことをチェックする見守り等のサービス給付の方が重要なのですが、その気になれば現状でも自治体の裁量の範囲であっても可能なことはあるはずですよね。
また自治体内で財政的に定められた各介護度別の「定員枠」の中で認定作業が行われているような側面がありますから、早い者勝ちのように一部の方が過剰なサービスを享受する一方で一部の方は必要不可欠なサービスも受けられないということも起こりかねず、単純に症状のみならず家庭内状況等も勘案しての弾力的な運用が求められるところだと思います。
このあたりは田舎の小さな自治体で熱心な担当者と医師が協働しているような場所では実に有機的なサービス提供が行われていて感心するのですが、財政的には市町村よりは都道府県、さらには国がと大きなくくりの方が有利だとしても、実際のサービス提供主体はより小さなくくりで行った方が無駄を省くという点でも有利に思われます。

一部メディアは相変わらず「弱者の切り捨てだ」とか「高齢者に負担を強いる」とか報じていますけれども、基本的に若年現役世代がワープアだ、永年不況だと食うや食わずの生活を送っている時代に実際の資産や所得の状況も無視して「若いことそれ自体が罪」であるかのような一方的な負担の押しつけを続けることは、制度としての永続性を担保する上でもマイナス面の方がはるかに大きくなってきているということでしょう。
高齢者の医療費窓口負担1割という特権的優遇がいつまでたっても是正されずに来たことにも現れているように、選挙対策で先送りが延々と続けられてきたのであればこの機会にさっさと改めておくべきでしょうし、世間の注目が声の大きい人たちの多い高齢者問題に集まることは仕方のないところですけれども、今回の報告書ではその他の数々の問題に関しても言及されていることを見逃すわけにはいきませんよね。
医療の面に関しては病床数が多すぎる、病院間の機能分担が不明確といった既存の問題点が指摘されるなど色々と勉強しているなと言う提言が並んでいますけれども、その中でもこうした文脈が提言の柱の一つとして記載されていることには注目すべきでしょうか。

医療・介護分野の改革各論案(厚労省資料)より抜粋

(略)
(1)改革が求められる背景
社会システムには慣性の力が働く。日本の医療システムも例外ではなく、四半世紀以上も改革が求められているにもかかわらず、20 世紀半ば過ぎに完成した医療システムが、日本ではなお支配的なままである。
(略)
1970 年代、1980 年代を迎えた欧州のいくつかの国では、主たる患者が高齢者になってもなお医療が「病院完結型」であったことから、医療ニーズと提供体制の間に大きなミスマッチのあることが認識されていた。そしてその後、病院病床数を削減する方向に向かい、医療と介護がQOLの維持改善という同じ目標を掲げた医療福祉システムの構築に進んでいった。
(中略)
日本では、(中略)医療計画も病床過剰地域での病床の増加を抑えることはできても適正数まで減らすことはできない状況が続いている。 (中略)人口当たりの病床数は諸外国と比べて多いものの、急性期・回復期・慢性期といった病床の機能分担は不明確であり、さらに、医療現場の人員配置は手薄であり、病床当たりの医師・看護職員数が国際標準よりも少なく過剰労働が常態化していること、この現実が、医療事故のリスクを高め、一人一人の患者への十分な対応を阻んでいることが指摘されていた。
救急医、専門医、かかりつけ医(診療所の医師)等々それぞれの努力にもかかわらず、結果として提供されている医療の総体が不十分・非効率なものになっているという典型的な合成の誤謬ともいうべき問題が指摘されていたのであり、問題の根は個々のサービス提供者にあるのではない以上、ミクロの議論を積み上げるのでは対応できず、システムの変革そのもの、具体的には「選択と集中」による提供体制の「構造的な改革」が必要となる。要するに、今のシステムのままで当事者皆で努力し続けても抱える問題を克服することは難しく、提供体制の構造的な改革を行うことによってはじめて、努力しただけ皆が報われ幸福になれるシステムを構築することができるのである。
(中略)
(2)医療問題の日本的特徴
日本の医療政策の難しさは、これが西欧や北欧のように国立や自治体立の病院等(公的所有)が中心であるのとは異なり、医師が医療法人を設立し、病院等を民間資本で経営するという形(私的所有)で整備されてきた歴史的経緯から生まれている。公的セクターが相手であれば、政府が強制力をもって改革ができ、現に欧州のいくつかの国では医療ニーズの変化に伴う改革をそうして実現してきた。(中略)ゆえに他国のように病院などが公的所有であれば体系的にできることが、日本ではなかなかできなかったのである。
しかしながら、高齢化の進展により更に変化する医療ニーズと医療提供体制のミスマッチを解消することができれば、同じ負担の水準であっても、現在の医療とは異なる質の高いサービスを効率的に提供できることになる。(中略)医療政策に対して国の力がさほど強くない日本の状況を鑑み、データの可視化を通じた客観的データに基づく政策、つまりは、医療消費の格差を招来する市場の力でもなく、提供体制側の創意工夫を阻害するおそれがある政府の力でもないものとして、データによる制御機構をもって医療ニーズと提供体制のマッチングを図るシステムの確立を要請する声が上がっていることにも留意せねばならない。そして、そうしたシステムの下では、医療専門職集団の自己規律も、社会から一層強く求められることは言うまでもない。
(中略)
(3)改革の方向性
(中略)
その上で求められる医療と介護の一体的な改革は、次のようにまとめられよう。
すなわち、日本は諸外国に比べても人口当たり病床数が多い一方で病床当たり職員数が少ないことが、密度の低い医療ひいては世界的に見ても長い入院期間をもたらしている。(中略)そこで、急性期から亜急性期、回復期等まで、患者が状態に見合った病床でその状態にふさわしい医療を受けることができるよう、急性期医療を中心に人的・物的資源を集中投入し、入院期間を減らして早期の家庭復帰・社会復帰を実現するとともに、受け皿となる地域の病床や在宅医療・在宅介護を充実させていく必要がある。(中略)
その際、適切な場で適切な医療を提供できる人材が確保できるよう、職能団体が中心となって、計画的に養成・研修することを考えていくことも重要である

この「職能団体が中心になって」云々という話に関して、国立長寿医療研究センター総長の大島伸一委員が「職能団体には責務があると言い切ってほしい」と要望し「できないなら、医師の適正な分野別の養成・配置を国の責任で、ある程度強制化せざるを得ない」と言い切ったといった報道もあるようですが、実のところ報道各社はほとんどこの提言には注目していないようです。
「職能団体の責務」などと言うことを言い出せばまたぞろ日医あたりがしゃしゃり出てきて若手会員を人身御供に差し出しますので好きにお使いください、いっそ全医師を日医強制加入ということにしていただければ全て良いように采配いたしますが何か?などと言い出しかねませんし、実際にいわゆる新専門医認定制度に日医を噛ませろなどと言う妄言を聞いていればその方向ですでに動き出しているとも受け取れます。
ただこうした話を聞けば「なに医師の計画的配置?とうとう万年医師不足の田舎病院にも医師が送り込まれるようになるのか!」と喜びたく(あるいは憤慨したく)なる人々もいるかと思いますが、ここで言われているのは医師をはじめとする医療資源集約化という命題実現のための医師の計画的(あるいは強制)配置であるということには注意が必要ですね。

医師強制配置計画と言えば一昔前には国家権力によって特に医師不足の地域に医師を派遣するという「白い巨塔」の復権の如きイメージで語られていましたが、昨今ではもう少しスマートに研修や資格取得等と絡めて「何この資格が欲しい?それならこういう手順を踏んでね」とあくまで自主的、主体的に医師の移動を促すという手法にシフトしてきているようです。
そしてその方向性の延長上にあるのがかねて厚労省が悲願としてきた医師集約化ということになりますが、この話はむしろ医療需要の少ない病院から医師を引き抜いて基幹病院に集めましょうという医療提供効率向上のための方法論を示したもので、「近所の町立病院でも偉い専門医の先生に診てもらいたい」と言った地方住民のニーズとはおよそ真逆と言ってもいいものですよね。
無論、例えば内科系専門医取得の条件として基幹病院における奴隷労働とセットで、田舎病院に一定期間出向しての全人的医療への習熟云々が求められるようになる可能性はあるにせよ、職業人としての自由が侵害されると医師達が騒ぐのを「医者ざまあw」などと他人事のように喜んでいると、実は一番大きな影響を受けるのは自分達だった、などということも十分あり得そうな話です。

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2013年8月 4日 (日)

今日のぐり:「桃山亭 うどん道 当新田店」

一人の勇者が全世界の男に勇気を与えたと話題になっていますが、本日まずはこちらのニュースを紹介してみましょう。

「もっとも小さいアソコを持つ男コンテスト」優勝者のポジティブさが人々に勇気と感動を与え話題に(2013年7月28日ロケットニュース24)

米ニューヨークのブルックリン地区は、マンハッタンからすぐの場所に位置しながらも独自の文化を持った、近年注目を集めているエリアだ。そんなブルックリンで先日あるコンテストが行われたのだが、そのときの優勝者が大きな話題を呼んでいる。

コンテストの目的は、「ブルックリンで最も小さなアソコを持つ男」を決めること。男性にとっては、優勝どころか出場すらしたくない人が多いと思われた大会だった。そんななか優勝したブルックリン最小のアソコを持つ男が、非常に前向きで人々に勇気を与えるような素晴らしい人柄だと称賛されている。

・「ブルックリン最小のアソコ持ち」は27歳の男性に決定
優勝したのは、米大手運送会社UPSに勤めるニック・ギルロナンさん(27)だ。彼を含めて計6人の男たちがコンテストに出場したという。だが、その半数は大会中、顔にマスクを着用していたとのこと。

・コンテストではサイズ測定だけでなく極小ビキニ審査も行われた
そんな状況でも顔を隠すことなく堂々と人々の前に現われたニックさんは、極小ビキニ着用の審査や質疑応答などを順調にこなしていき、終始観客たちの人気を集めていたという。また、観客には見えないように配慮された舞台裏で、アソコのサイズ測定も行われたそうだ。

・優勝者は「ブルックリン最小のアソコ持ち」の称号と賞金約2万円を獲得
見事優勝を果たしたニックさんは、「ブルックリン最小のアソコ持ち」であることを認定され、賞金200ドル(約2万円)を獲得した。彼は、その後のインタビューで次のように語っている。

「私は、アソコだけでなく、自分自身の身体のすべてにおいて恥じることは何一つないと感じています。このようなイベントによって、アソコにコンプレックスを抱えている人々に少しでも勇気を感じてもらえれば幸いです」。

・優勝者「男はアソコの大きさで判断されるべきではない」
また、「大きいほうが良いという風潮をどう思うか」と聞かれると、彼は「メディアに責任がある」と答えている。「メディアが理想の男性像や女性像を作り上げ、人々にプレッシャーをかけていると思います。アソコの大きさで男性は判断されるべきではないし、女性も胸の大きさで評価されるべきではないのです」。

・優勝者「自分の力でどうにもできないことを悩むのはやめよう」
さらに、「小さなアソコ持ちの男性たちへ何かアドバイスはあるか」と聞かれ、彼はこう語った。「自分の力ではどうにもできないことを悩むのはやめて、自分ができることに全力で取り組み前に進もう」。

・男女問わず多くの人々が感銘を受ける
彼のこの前向きな姿勢が、男女問わず多くの人々の心に響いた。「勇気ある素晴らしい人だね」、「女性を本当に幸せにできるのは彼のような男性だと思う」、「サイズは関係ないんだ!」など、感激した人々から多くのコメントが寄せられている。

・運送会社の「UPS」はペニスとは無関係なので要注意
ちなみに、海外ユーザーのなかには、「 “UPS” は、U(You:あなた)・Penis(ペニス)・Small(小さい)の略では……」と考えた人もいたようだ。だが正確には、「United Parcel Service(ユナイテッド・パーセル・サービス)」の略称であり、ニックさんが勤務する運送会社のUPSはペニスとは関係がないのでご注意いただきたい。

優勝したギルロナン氏の勇姿をぜひ元記事の画像で参照いただきたいと思いますけれども(気のせいか観客が若い女性ばかりのような気もしますが)、何とも前向きなコメントの数々に心洗われる思いがしたという声は多いようです。
本日はギルロナン氏の栄光に敬意を表して全世界から何よりも大事なアソコに関する話題を取り上げてみたいと思いますけれども、まずはコンテスト参加者一同にさっそく朗報となりそうなこちらのニュースを見てみましょう。

性器の大きな男性は心臓病にかかるリスクが高い?!伊大学調査(2013年8月1日IRORIO)

ペニスが大きいことを自慢する男性は多いが、喜んでばかりもいられない。伊フィレンツェ大学の調べによると、ペニスのサイズが大きい男性ほど心臓病を発症する確率が高く、入院を伴う深刻なケースに至ることも多いと判明した。

同大学は性の悩みを抱える2,809人の男性を対象に、性器のサイズとホルモンレベルを測り、7年間その健康状態を観察したという。特徴的だったのは睾丸の大きな男性は黄体形成ホルモンの値が高かったこと。このホルモンは脳下垂体から分泌され、男性ホルモンであるテストステロンの生成に関係しているが、これが心臓血管に何らかの悪影響を及ぼしているのではないかというのが同大学の見解だ。

性器の大きな男性はアルコールの摂取量も多く、血圧が高い人が目立ったのも一因ではないかとのこと。これまで大きな性器は性と生殖に関する健康にとっては好ましいとされてきただけに、今回予想外にネガティブな調査結果が出たことに研究者も驚いている旨を、学術誌『Journal of Sexual Medicine.』に語っている。尚今回の調査は性機能障害の男性を対象にしたもので、すべての男性に当てはまるとは限らないという。

未だに確たる検証とまではいかないようですけれども、いわゆる総身に知恵が回りかね的に心臓の血の巡りも悪くなろうと言う気はしますでしょうかね?
ありがちと言ってしまえばそれまでなのですが、こちらその瞬間のやっちゃった感は半端なかったんだろうなと想像されるニュースです。

ビニールチューブが抜けない!局部がピンチの男性を救え―中国重慶市(2013年8月1日新華経済)

中国西部の重慶医科大学付属永川医院に29日朝、激痛を訴える一人の男性が駆け込んだ。男性は前日夜、興味本位でビニールチューブに自分の局部を押し混んだが、このチューブが抜けなくなり、赤く腫れて「危険な状態」だった。重慶晨報が30日伝えた。

この男性を助ける任務を担当したのは、病院の要請で駆け付けた消防隊員だった。隊員は当初、電動の研磨機でチューブを削ろうとしたが、摩擦で高温になるため「二次的被害」が出る恐れがあった。そのため糸のこぎりで約1時間をかけて慎重にカット。ようやく局部は解放された。

消防隊員はこうしたケースが発生した際には「慌てて力まかせに抜こうとせず、石けん水などを使って滑らせる方がよい」と、市民に注意を促している。

消防隊員も思わぬ作業にびっくりというものですが、しかしこういう場合そもそも内部で膨張を図るべきで無理に押し込むようなことをしてしまってはいけませんよね?
子供が思わずやってしまいそうなお馬鹿ネタを、大の大人がやってしまうと全世界にニュースとして流れてしまうというのがこちらの記事です。

サブウェイの従業員 男性器のサンドイッチ作り解雇(2013年7月24日VoR)

  ファーストフードチェーン大手サブウェイの従業員2人が、独創的な気晴らし方法を見つけた。

   2人の従業員は、自らの男性器を「具」にしたサンドイッチを作った。2人は、出来立てのサンドイッチをバックに男性性器を写した写真をインターネットに掲載した。 Huffington Postが伝えた。

   従業員の1人キャメロン・ブロックスさんは、ツイッターとインスタグラムに自分の男性器の写真のほか、オシッコでいっぱいにしたペットボトルの写真も掲載した。ブロックスさんは、「仕事場でやった」と書き込んだ。

   だが後に、2人の従業員は、それほどの勇気の持ち主ではないことが分かった。2人は22日、Huffington Postのインタービューで、スキャンダルを起こした写真は、職場ではなく自宅で撮影したと語った。

   世界中に店舗を構えるサブウェイは、2人の従業員を即刻解雇した。

ある種の特殊な嗜好を持つ人々に向けてはかえって受けたかも知れませんけれども、しかしどこの国でも馬鹿発見器は機能しているのですね…
こちら身の毛もよだつような恐ろしい事件の顛末ですが、まずは黙って記事に目を通していただきましょう。

犬、全裸で寝ていた飼い主の睾丸を食べる - でも、米国市民は犬に同情的 (2013年7月31日えん食べ)

米国アーカンソー州で7月29日朝、犬が飼い主の男性の睾丸を食べるという事件が発生した。アーカンソー州ポインセットのローカルメディア KAIT8.com が伝えている。

同メディアによれば、被害者となった39歳の男性は月曜日の早朝、「体の中心部分に焼けるような痛み」を感じ、目覚めたという。男性はその日全裸で寝ていたが、目覚めたときには、両足の間に、前足と口のまわりにべっとり血をつけた飼い犬が座っているのを見た。その後、自分の睾丸の1つが、犬に食べられてしまったことに気付いたという。男性は、セントバーナード地域医療センターに搬送され、手当てを受けている。

加害者となった犬はもとは野良犬で、事件が起きる3週間前に、男性によってアダプトされたばかりだった。男性は、この一件が起きるまで、犬はとても従順だったと述べている。

警察による調書に「小さく、白く、モコモコしていた」と記載された犬は、トルーマン動物クリニックに運ばれ、そこで安楽死させられた。犬の頭部は、狂犬病に罹患していないか確認するために、アーカンソー保険局に送られた。

さてこのニュース、米国市民の多くは犬に同情的だ。また、そもそもこのニュース自体が嘘ではないかという意見もある。ニュースが掲載された米国メディアのコメント欄には、次のような意見が投稿されている。

■犬に同情的な意見
◆狂犬病の検査?3週間前にアダプトしているのに、まだワクチンを打ってなかったのか?
◆どうして犬は殺されなければならなかったんだ?男が、犬に餌を与えてなかっただけじゃないのか?
◆私もそう思う。それはともかく、犬が、ボール遊びが好きなことだけは事実だ。
◆犬は男性が腫瘍であると臭いで知り、その腫瘍を取り去ろうとしたのではないか?

■ニュース自体に懐疑的な意見
◆このニュース、本当なのか?男性が搬送された病院の名前が「セントバーナード」だって?犬に睾丸を食べられた男が搬送される場所として、これ以上皮肉な(悲惨な)場所はないだろう。

確かにこのニュース、首をかしげる点が多く、疑いたくなる気持ちもわかる。だが、男性の睾丸が食べられてしまったという部分だけは、紛れもない事実のようだ。警察による調書には、次の一文が記載されている。

◆動物によって噛みちぎられた被害者の陰嚢は、動物によって摂取されていた

よもや四月一日でもあるまいにというびっくり事件なのですが、しかし人間どのような時にも隙を見せては飼い犬に噛まれる危険があるということでしょうかね。
最後に取り上げますのはご存じブリからの話題ですけれども、思わず「何を言ってるのかわからねえと思うが(AA略」などと狼狽してしまいそうなニュースです。

英王子の頭に男性器? BBCが誤って放映し謝罪(2013年8月2日AFP)

【AFP=時事】英国放送協会(BBC)は1日、英国のウィリアム王子(Prince William)の頭上に男性器が描かれた画像を、一時的に放映してしまったとして謝罪した。

 この大失態は、BBCの番組「Breakfast」の放映中に発生したもので、後ほど出演する予定だったコメディーグループのプロモーションビデオの1場面が誤って放送されたことによるものだった。

 数秒間流れたというこの画像上には、新聞の写真に写ったウィリアム王子の頭上に黒色ペンで男性器が描かれていたほか、口ひげやあごひげ、さらには眼鏡や、欠けた歯の落書きもあったという。

 BBCは、この大失態を謝罪したものの、不愉快な画像は番組関係者によって制作されたものではないと、あくまで強調した。

はてさて、何しろブリ的精神の総本山たるBBCのことですからこの弁解をそのまま受け取る訳にもいきませんが、おそらくは事故に装ったプレイだと見るべきなのでしょうね。
しかし日本で言えばNHKがそういう画像をわざわざ用意していたと考えると、さすがブリ半端ねえ…としか言いようがありませんよねえ。

今日のぐり:「桃山亭 うどん道 当新田店」

岡山市街地から南に進んだ郊外の繁華な場所にあるのがこちらの店舗ですが、以前に別の料理屋が入ったところに居抜きで開業したようですね。
新しいお店ではあるのですがチェーンとしては意外に創業は古いようで、周囲にはラーメン屋など競合他店も多い中でどれだけ割って入れるかですよね。

この日は冷たいぶっかけを天かすだくでネギ、おろししょうがと大根少々というトッピングでいただいてみました。
一見して見た目はまずまず合格というこのうどん、見た目通り滑らかな舌触りはそれなりに評価出来るのですが基本的にはコシがあると言うより硬いうどんで、冷よりも温の方が合いそうでしょうか。
感じとしては何度かお邪魔したことのある連島のうどん店「さぬきうどん庵」さんに近いかなと思うのですが、これに対して合わせる汁の味は甘辛濃厚ではなくさっぱり系で、そのまま味わうとちょうどいいと言う香川スタイルです。
うどんとのマッチングもそう悪くもないんですがぶっかけとしては少しさみしい気もするのは自分だけでしょうか、ともかくもこのぶっかけの汁問題は食っちゃうまい系を目指すか飲んじゃうまい系を目指すか永遠の課題ではありますよね。
付け合わせにゴボウかき揚げを食べて見たのですが、こちらはよく言えば癖のあるゴボウの味が濃厚と言いますか正直に少し水にさらした方が良かったかも…と言いますか、ともかくもゴボウかき揚げの場合は讃岐うどんならいりこ(煮干し)を大量に使うのでその身を加えてもっとクリスピーに揚げるとうまいですよね。

同じチェーン店として近隣にも進出してきている「はなまる」などと比べて特にまずくも高くもなく、相応の競争力はありそうですし実際ある程度お客も入っているのですが、もちろん名店とは言わないまでも誰が食べても許容範囲には入りそうな水準ではあって、一昔前のひどかった頃の百円うどんなどからすると考えられませんよね。
接遇はもちろんセルフなりの仕事ぶりですが相応に丁寧ではあるんですが、そのせいか調理場に備え付けのファンの音が意外にうるさいのでもう少し元気が良くてもいいかも…とも感じました。

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2013年8月 3日 (土)

ネット依存 マスコミ的には放置しがたい大変な問題?!

すでに各種メディアで大々的に取り上げられていますけれども、先日厚労相の研究班がこんなデータを発表したことが話題になっています。

ネット依存の中高生、51万人…睡眠に悪影響(2013年8月2日読売新聞)

ゲームや電子メールなどに夢中になりすぎてやめられず、インターネットへの依存が強いとみられる中高生は全国に約51万8000人いるという推計数を、厚生労働省研究班(主任研究者=大井田隆日本大教授)が1日、発表した。

 中高生へのアンケート調査から割り出したもので、依存が強いほど睡眠に悪影響が出る実態も浮き彫りになった。研究班は「利用時間を区切るなど、夢中になる前の指導が大切」としている。

 研究班は昨年10月~今年3月、無作為抽出した中高計264校約14万人にネットの利用状況を問う調査票を配り、179校約10万人から回答を得た。

 「ネットを制限しイライラしたことがあるか」「不安や落ち込みから逃れるためにネットを使うか」など八つの質問のうち、五つ以上に「はい」と答えた依存の強い中学生は6・0%、高校生は9・4%いた。全国の中高生数(約680万人)から推計すると、中学生約21万3000人、高校生約30万5000人が依存が強いとみられる。

 依存の強い中高生は、59%が「睡眠の質が非常に悪い」「かなり悪い」、23%が「夜、眠りにつきにくいことが常にあった」「しばしばあった」と答えた。画面の明るさから夜に目がさえ、昼と夜の生活が逆転するとみられる。食事が不規則になり栄養障害が出たり、歩かないために骨がもろくなったりする弊害もあるという。

 研究班の一員で、専門外来を開設する国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の樋口進院長は「生徒が遅刻したり授業中に居眠りをしたりするようになると注意が必要。ネットに依存する生徒がすぐにカウンセリングを受けられる仕組み作りも必要だ」と話す。
(略)

ネット依存、健康悪化など生活に影 治療できる医療機関少なく (2013年8月2日日本経済新聞)

 世界保健機関(WHO)の国際疾病分類には現時点でインターネット依存の記載はなく、病気とするかどうかは議論が定まっていない。ただ、米国の精神医学会は科学的な証拠が集まれば、ガイドラインを採用するとしており、世界では病気とみなす流れができつつある

 厚生労働省の研究班は今回の調査で「ネットの使いすぎにより、健康や暮らしに問題が発生した状態」をネット依存とし、それを判定する項目を選んだという。

 研究班メンバーで、久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の樋口進院長は「依存が悪化すると、睡眠以外はネットに夢中で食事も取らず、栄養失調になるなど健康が損なわれることもある」と指摘する。暮らしに及ぼす影響としては、オンラインゲームを長時間利用した金銭問題、家族の注意による人間関係の悪化などがあるという。

 同センターは2011年7月に「ネット依存治療部門」を開設。これまでに全国の約500人から相談が寄せられ、約150人が治療のため来院した。

 しかし、国内には治療できる医療機関はほとんどないのが実情で、支援にあたる自助グループもあまり育っていない。樋口院長は「ネット依存に詳しい医師や臨床心理士らを育成し、治療体制を整えていくことが急務だ」と話している。

子供のネット依存、治療に当たる久里浜医療センター院長が「生易しい問題ではない」と警告(2013年8月1日日経トレンディーネット)

 「おそらく多くの人たちは『ネット依存』なんて大した問題ではないと思っているのではないでしょうか。それはとんでもない話です。子供たちのネット依存は、そんな生易しい問題ではありません。私は長年、アルコールや薬物に依存する大人たちの治療に携わってきましたが、ここに来る子供たちのネットへの依存度は、アルコールや薬物への依存と変わらない重大なものばかりです」。

 ネット依存の子供たちと向き合う独立行政法人国立病院機構久里浜医療センターの樋口進院長は、真顔で私にそう語った。

 神奈川県横須賀市の海沿いにある久里浜医療センターは、日本で最初にネット依存の治療を始めた医療機関だ。それでも開始は2011年7月。実際に患者が来るようになったのは同11月から。まだ1年8カ月ほどである。久里浜医療センター以外で対応できているのは、全国規模で見ても数カ所もないという。そのため久里浜医療センターには全国から悩み相談が集中する。

 2013年7月までの間に、久里浜医療センターには約350件の電話相談が寄せられ、そのうちの3分の1に当たる約120人が実際にセンターにやって来た。半分以上は、親に「無理やり」連れてこられた未成年者だ。

 ネット依存といっても、これまでに来院した子供たちの80%は、パソコンを使って多人数で遊ぶオンラインゲームへの依存が強い人たちばかり。先に社会問題になった携帯電話やスマートフォンで楽しむソーシャルゲームの方ではなく、「家に引きこもって何時間もパソコンやゲーム機にのめりこんでしまう子供たち」だという。大学生を含む、10代の男子学生がほとんどである。

 逆に女性は20代以上。男性と違ってSNSにはまる傾向が強く、ゲーム依存はまれ。「好きな芸能人の追っかけがいつしか度を越し、四六時中SNSばかりしている女性がいる」(樋口院長)。

 男性と女性で傾向が異なるのは、そもそも依存対象が男性と女性では違うからだ。ちなみに米国では出会い系などにはまる人が多いそうだが、久里浜医療センターにはそうした相談は少ない。

 最近はLINEなどにはまる子供の話もなくはないが、「現在までにセンターに寄せられた相談はオンラインゲームが圧倒的に多い。ただし、ネットの分野はトレンドの移り変わりが激しいので、どんどん依存対象が変化していくことも考えられます。頻繁に調査をしない限り、実態をつかむのは本当に難しい」。

 ネット依存傾向者は全国に約270万人ほどいると推計されている。ただそれも「2008年の調査結果。5年前のものです。現在ちょうど最新の調査を実施中ですが、スマホの登場で状況はまた変わり、依存傾向者はさらに増えていると思われます」(関連記事:スマホから離れられない子供たち、「スマホチルドレン」は今)。

 しかも270万人という数字は、国内の成人だけが対象だ。問題がより大きい未成年者が含まれていない。「未成年者については別に調べているところで、近々結果が出ます」。そのとき、驚愕の事実が判明するかもしれない。「具体的な数字が出てきて初めて、対策に向けて重い腰を上げてくれる人たちが出てくるかもしれません」。

 ともかく、日本での取り組みは始まったばかり。ゲームやスマホアプリの仕組みまで理解しながら、子供たちと根気よく向き合える専門性の高い医師の数も非常に限られている。
(略

こういう記事を読みますと何と言うのでしょう、かつて漫画だのテレビゲームだのについても同様に色々言われて規制論が賑やかだったことを思い出しますし、それら過去の規制論が今どのような末路を辿ったかも考えてみたくなりますね。
それはさておき、昼夜逆転して趣味に没頭するなんてことはどんなジャンルのマニアでも当たり前にあることなんですが、それがこうまで急ぎ対処し治療しなければならないとまで言われるようになるのは、一つにはいわゆる引きこもりやニートのイメージと結びついたイメージで語られているという側面も大きいように思います。
外出が稀という準引きこもり状態も含めると今や全国に300万人はいると言われる引きこもりですが、まさに平成時代の病気とも言え中心世代が20代~30代と言いますからちょうどネット普及期に相当し、いわゆるネトゲ廃人のイメージと非常に重なるのは仕方がないところですけれども、実際には数が少なく社会問題化しなかっただけで40代以上の高齢引きこもりもそれなりに存在しているわけです。
これら初期引きこもり世代はネットと無関係に漫画や家庭用ゲーム機と共に引きこもっていたはずですが、当時は未だ流通の関係で「ドラクエ発売初日に○○万人が行列!」などと言うくらいにそれなりに世間に出ていく機会もあったものが、今やネトゲだネット通販だの時代で全く家から出なくても何不自由なく引きこもれてしまうということが重症感を煽り立てていると言えそうです。
日本で最初に問題化し世界的にも「Hikikomori」で通用してしまうこの状態も別に日本独自のものというわけでも何でもなく、多くの先進諸国で同様の方々が存在することが明らかになっていますから結局は親世代が引きこもりを許せるほど豊かである証拠とも言えそうですが、文化論的に言えば成人後も親から独立せずパラサイトを続ける文化のある日本などで特に顕在化しやすいのかも知れません。

ともかくも世に数多くのアル中親父が普通に社会人として生活を送ることを許容されているのと同様、ネット依存もそれが通常の社会生活と併存可能であればこうまで大騒ぎされる必要もないはずで、管理人なども何かと言えば真っ先に通信手段を確保しようとするタイプですが普通に社会人をしている、その意味ではネット依存であれ何依存であれそれが社会性の喪失、引きこもりという現象に至るからこそ大騒ぎになるのですよね。
近頃言われていることではこうしたヒッキーがそのまま高齢化していき、やがて親世代が死んでいくにつれて社会保障上の巨大なお荷物になるんじゃないかと恐れられていますけれども、多くのケースレポートで親が健康を害するなど生活維持能力が失われたと理解することが引きこもり離脱の契機となっているとも言い、むしろ引きこもりを許してしまう親の側が問題を長期化・深刻化する原因になっているという指摘もあります。
そうした意味では糖尿病やアルコール依存症などと同様、まず患者本人よりも家族への教育こそが優先されるべきかなとも感じるのですが、今のところ前述の樋口先生の記事にしてもそうした点への言及がないというのは一つにはネット依存の主たる患者層が若年中高生と見なされていて、彼らは「まだ未熟であるが故に道を誤っているのだ」と認識されているからでもあるように思います。
実際にはそれより上のいわゆる社会に出て行く年齢層のネット依存の方がよほど社会的に深刻な問題だと思うのですけれども、過去の引きこもり報道をみてもやはり親世代の責任に慎重な態度が見え隠れするというのは一つにはかつての自閉症騒動に対するマスコミの反省ないし警戒もあるでしょうし、それ以上にこの親世代こそ彼らマスコミの主要顧客であるからだと考えるのは穿ちすぎでしょうか?

そしてもう一つ、ネットと言えばかねて既存マスコミの天敵として蛇蝎のように嫌われていますけれども、そのネットに依存することで彼らマスコミを平素から糾弾してやまない若年世代が病気になっていくと言うのですからこれ以上おいしいネタはなく、彼らとしては安心して「ネットなどに関わっていては危険ですよ!病気になりますよ!」と喧伝できるだろうということですね。
先日はパナソニックが満を持して発売したスマートテレビが民放各局からCM放送を拒否されるという珍しい事件が発生して驚きと共に報じられていましたけれども、ネット視聴が当たり前の時代にテレビ放送とネット放送を並列させて表示出来るというのは視聴者にすれば「あって当然の機能」なのですが、民放各局が拒否した理由である「テレビとネットを混同する」という言い訳があまりにおかしいとかえって大きな話題になりました。
おかげでネット広告だけしか打てなくなった同製品は普通にCMを打つよりずっと効果があったとも言われ、今後高い広告費を払ってCMを出す意味があるのかどうかとまで議論されていますけれども、こうした「あって当然の商品」をマスコミが寄ってたかって潰しにかかるということは今に始まったことではなく、有名なところではCMを飛ばして録画できる機能を持つレコーダーが市場から消えた事が挙げられますよね。
マスコミ各社も商売でやっていることですから、商売の邪魔になることに対してはあの手この手で潰しにかかってくるということは当然と言えば当然なのですが、そうなるとこれからは「ネット依存」ということが繰り返しマスコミに大きく取り上げられ、社会的に対応を急がれる喫緊の課題に祭り上げられていくんじゃないかという気がしないでしょうか。

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2013年8月 2日 (金)

議論分かれる高齢者への医療・介護サービス体制のあり方

本日の本題に入る前に、先日ちょっとした衝撃と共に報じられたのがこちらのニュースですが、ご覧になりましたでしょうか?

「車いすの天才科学者」ホーキング氏に安楽死を提案 85年 英紙(2013年7月29日産経ニュース)

 28日付英サンデー・タイムズ紙は「車いすの天才科学者」として有名な英ケンブリッジ大のスティーブン・ホーキング博士(71)が1985年に、体調悪化のため医師に安楽死を勧められていたと報じた。博士が新しい記録映画のインタビューで明らかにした。

 60年代に難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断を受けたホーキング氏は85年、滞在先のスイスで肺炎のため重篤な状態に陥った。医師が生命維持装置を外し安楽死させる選択肢を提案し、当時の妻、ジェーンさんが拒否したという。

 ホーキング氏は当時、世界的なベストセラーとなる「ホーキング、宇宙を語る」を執筆中だった。ALSは体を動かす神経が徐々に侵され、全身の筋肉が動かなくなる難病だが、ホーキング氏はブラックホールなどについての研究や活発な執筆活動を継続。英ヴァージン・グループが開発中の民間宇宙船にも搭乗する予定だ。(共同)

しかしホーキング博士もすでに70越えということにおどろきましたが、どうも診断が間違っているような気がしないでもないんですよね…
それはともかく、いわば世に名前が出る前のことであったとは言え安楽死というものを考えるにあたってなかなかに示唆的な事実で、特に当時の奥さんが今まで必ずしも評判がよかったとは言えなかったことから「実は大変よいことをしていた!」などと言われてもいるようです。
日本でも時に「何故こんな人が小児科で…?」と思うような歳のいった入院患者を見かけますけれども、生まれつきの病気などで非常に厳しい状態だと判っていてもやはり若いということ自体家族は元より医師にとっても忍びがたいところがあってついつい濃厚医療に走ってしまう、その結果両親も当時の担当医も先だった後で一人きり残された患者だけが延々引き継がれつつけているという状況であるようです。
格闘技であれば心技体それぞれを充実させる必要があるなどと言いますが、人間も心と体のバランスということが非常に重要なようで、ALSのように体がどんどん弱っていけば引きずられて心もどうしても弱っていきがちですし、認知症のように体は元気でも心ばかりが先にダメになってしまうのも特に家族にとっては大変に悲惨な状況ですよね。

日本の高齢者医療・介護体制は未だにこれが!という確たるものに至っていない理由の一つに「自力で食べられなくなったらそれまでとあきらめる」北欧方式のような割り切りが出来ていなかったことがあると思いますが、高齢者に過分なほどの濃厚医療をして長生きさせても家族は損をするどころか年金差益で金銭的メリットがある、そして医療機関側でも「植物園」の運営で損にはならなかったという制度的な側面もあります。
ただそれで本人や家族、あるいは医療従事者が幸せになっていたかと言えばむしろ逆であって、それが故にこのところ急に終末期医療のあり方が世間をも巻き込んでの議論になってきたとも言えますが、とりあえず患者がどんな年齢、状態でも何か具合が悪くなれば救急車に乗せて病院に運び込むのが正しいのかどうかという議論もようやくタブー視されず出来るようになってきました。
一方では老健施設不足で急性期病床にまで待機患者に浸食されているだとか、明らかに手のかかる認知症患者の介護度認定が身体的機能低下の場合に比べて低すぎるだとか、より望ましい状態に移行していくことを阻害している制度的な問題が少なからずあったのも事実ですが、それでは状況を改善するためにシステムをどう変えていくべきかという議論もこれまた一筋縄ではいかないようですね。

深刻化する認知症患者急増の裏側?入院医療めぐり深まる、医療現場と厚労省の対立(2013年7月31日ビジネスジャーナル)

 ここ数年、認知症に関する報道が増えているが、実際、認知症有病者数は急速な増加傾向にある。

 厚生労働省の調査では、65歳以上で「日常生活自立度Ⅱ」(日常生活に支障をきたす症状や行動が見られても、誰かが注意すれば自立できるレベル)の認知症高齢者数は、2010年に280万人だったが、15年に345万人、20年に410万人、25年には470万人に達する。65歳以上人口に対する比率は、10年の9.5%に対して25年には12.8%に拡大する。

 これを受けて、厚労省は昨年9月に「認知症施策推進5か年計画」(オレンジプラン)を発表し、今年4月から実施に入っている。計画は、

(1)標準的な認知症ケアパスの作成・普及
(2)早期診断・早期対応
(3)地域での生活を支える医療サービスの構築
(4)地域での生活を支える介護サービスの構築
(5)地域での日常生活・家族の支援の強化

など7つの視点で作成された。この7つのうち、地域での支援強化に3項目を割いていることから明らかなように、在宅による有病者サポートが施策の目玉である。ところが、高齢者世帯には独居世帯や高齢者のみ世帯が多く、退院後に自宅での生活が困難なケースが急増中だ。

 この問題を補おうとする施策のひとつが、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)である。2011年、それまでの高齢者住宅だった高齢者円滑入居賃貸住宅(高円賃)、高齢者専用賃貸住宅(高専賃)、高齢者向け優良賃貸住宅(高優賃)の3つがサ高住に一本化された。サ高住はバリアフリーの構造で、安否確認と生活相談などのサービスが付く。

 所管する国土交通省は20年までに全国60万戸を建設する計画で、建設費の10分の1、改修費の3分の1の補助金を支給することから、社会福祉法人や医療法人、介護事業会社のほかに異業種からの参入ラッシュが続き、今年1月にはすでに10万戸を突破している。

 サ高住には、土地オーナーが建設して、介護業者に運営を委託するサブリース方式もクローズアップされ、都内に複数のオフィスビルを所有する不動産管理会社の社長は「銀行から『運営委託先を紹介するから、今のビルをサ高住に改装しないか』と持ちかけられた」と話す。黒田東彦・日銀新総裁の金融緩和策次第では、ちょっとした“サ高住バブル”になる勢いだ。

●態勢整わないサ高住

 ところが、医療や介護の専門家の評価は必ずしも芳しくない。この3月22日に開かれた厚労省の老人保健健康増進等事業「認知症の人の精神科入院医療と在宅支援のあり方に関する研究会」(以下、研究会)で、全国老人福祉施設協議会の鴻江圭子副会長は「老人施設の入居者の80~90%は認知症」と説明した上で、「サ高住に重度の認知症患者が入居しようとしたら断られた例もあり、まだ態勢が整っていない」と指摘した。

 同様に、日本医師会の三上裕司常任理事もサ高住の限界を取り上げた。

「認知症の入居者が夜中(注:日中は介護福祉士など専門スタッフが常駐)に1人で部屋にいて本当に大丈夫なのだろうか? また、認知症の人はなじみの環境で暮らすことが大切だが、サ高住は、自宅でない所で暮らすことで、なじみでない環境での生活になってしまう。なじみの環境を提供するには、グループホームと小規模多機能型居宅介護の強化が必要だ」

 サ高住の評価が問われてくるのはこれからだが、認知症への対応力強化が求められるだろう。

●深まる医療現場と厚労省の対立

 さらに認知症対策では、精神科病院への入院医療も深刻な問題になっている。だが、厚労省と医療現場の認識に大きな乖離があることが、研究会で明らかになった。厚労省の原勝則老健局長は、研究会の目的に「精神科病院に入院が必要な状態増の明確化」があることに触れ、こう問題提起した。

「普通、入院の基準は医療の専門家が考えるものだが、認知症に関しては、わざわざ研究会を開かざるを得ないほど基準が単純ではない。医療の専門家が出す結論だけで、認知症対策が具体的に進むだろうか?」

 この発言に、すかさず日本精神科病院協会の山崎学会長が反発したのだ。

「精神科病院では医師が診察をして入院が必要かどうかを判断しているのに、政府の文書に“入院基準がない”と書かれてあることは理解できない」

 入院日数も俎上に載せられた。厚労省が調査した「認知症入院期間の国際比較」によると、入院期間は米国6.1日、イングランド72.2日、オランダ19日、スウェーデン13.4日、デンマーク7.8日などに対して、日本はアルツハイマー病による認知症で349.8日、血管性などによる認知症で251.5日。驚くような差が開いているのだ。精神科病院は、入院期間短縮化の時流に逆行しているのだろうか?

国際比較は恣意的なデータで、厚労省が出すのは大きな問題である」

 またしても、山崎会長が不快感を示したのだった。

欧米では認知症患者は病院に入院せず、専門の施設に入って治療を受けている。ドイツでは山奥にあるリゾートホテルを改装した施設に入る。デンマークでは居住系の施設で治療していて、その数は日本の3〜4倍もある。そうした事実を踏まえないのは恣意的なデータだ」

 研究会に厚労省からは原局長のほかに、老健局の関山昌人認知症施策総合調整官、社会・擁護局障害保健福祉部の重藤和弘精神・障害保健課長など10人近くが出席していたが、山崎会長への反論は出なかった

 このデータからは、医療費抑制に向けた入院期間短縮化に精神科病院が逆行していると読めてしまう。全国在宅療養支援診療所連絡会の新田國夫会長は「日本では退院しても帰れる場所がないから入院しているのだろう」と入院期間が長期化する背景を述べた。

 議論の前提となるデータの欠陥が明らかなことに対して、研究会座長の国立長寿医療研究センターの大島伸一総長も厳しく糾弾した。

「データの信頼性が乏しいことは大きな問題だ。データをきちんと取ることは専門家の責任であり、その責任を果たさなければ専門家を名乗る資格はない」

 政府が不都合な真実を隠蔽して、関心の矛先を変えてしまうのは、お決まりのパターンだ。しかし、いまや認知症対策は待ったなしの状況に追い込まれている。研究会は医療・介護関連の主要な団体代表者など12人の委員で構成され、5〜7回の討議を経て13年度内に報告が出される予定だ。厚労省の思惑に影響されず、医療・介護の現場視点で、ぜひとも有効な施策が報告されることを期待したい。

まあしかし、さすがに認知症で入院までさせるというのに入院期間が1~2週間というのは明らかにやっていることが日本と全く異なるんだろうなとは誰にでも想像できるところですし(認知症がたった一週間で改善するのだったらそれこそノーベル賞ですよね)、こういうデータから「日本の医療現場はこんなに国際常識から外れたことをやっている」式の議論に持ち込むのはフェアではないかなとは思います。
一方で必ずしも全てを政府陰謀論に帰着させていくのが正しいのかどうなのかで、例えば医療従事者の多くは老人患者をみて「あ、この人は以前は自立だったのに今は足腰が弱って立てなくなった、これは施設に入れなければ」と言い出すと施設入所が半年待ち、一年待ちになってくる、そして事実そういう高齢者があちらこちらの病院を2~3ヶ月毎にたらい回しにされているというケースは珍しくないですよね。
ところが地域によってはこういう人はさっさと家に帰してしまう、そしてヘルパーが毎日のように自宅に出向いて這いずり回ることしか出来ない人でも何とか自宅生活が出来るように援助するということをやっているのですが、こうしたことは医師ら医療関係者や本人家族はもちろん、地域の文化的背景として「それもあり」だというコンセンサスが必要になってくるんだろうなと思います。
「そんなことをしたらコストや手間が大変じゃないか」と言う意見もあるかも知れませんが、どんなに手厚い在宅介護をしても明らかに入院医療よりはずっと安くすむ、そしてご近所の老人が不便そうにしていれば何かと気になるのが人情と言うものですが、そうした個人の配慮レベルだった手助けを制度に取り込めば手間賃も払えるようになるのですから、人の入れ替わりの少ない田舎などではどんどん試してみていいことだと思いますね。

最近では制度に頼っていては理想的な自宅での看取りは出来ないということから、保険外で好きなように訪問看護を受けられるといったサービスも登場しているようですが、これなどはさすがに24時間のフルサービスで利用すれば月数百万単位のコストがかかると言いますからおいそれとは利用できないものの、もっと安価で簡易なサービスなら日常的にちょくちょく利用したいという人も相応にいるでしょう。
庭木の剪定や草刈りなど身の回りの仕事を頼むのに安くて便利だからとシルバー人材センターを利用するという方も多いと思いますが、例えば看護師などもあれだけ離職者が多いと問題化しているのですから、フルタイムでは無理でもちょっとした手助けなら出来ますよという人を組織化して活用したらいいだろうにと思うのに、許認可の問題や何かあった場合の責任問題などでなかなか実現は難しそうなのが現状です。
それでもあったら便利だろうに制度的にちょっと難しいと言うサービスがあるのなら、条例などでそれを認め何かあった時には公的に補償をするといった行政のバックアップを行うだけでどんどんサービスは充実していくだろうし、特に医療を初めとする社会資本が不足しがちな地方の自治体などでそうした柔軟なやり方をどんどん試してみる価値はあると思うのですけれどもね。

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2013年8月 1日 (木)

あなたはよいかかりつけ医を見つけられますか?

本日の本題に入る前に、先日近畿地方の病院協会で作る近畿病院団体連合会の委員会でこんな話しが出たという記事を紹介してみましょう。

今年度初の委員会で「分担主治医制」も協議-近病連(2013年7月30日CBニュース)

 近畿地方の10の病院団体でつくる「近畿病院団体連合会」(近病連)の今年度初の委員会が30日、神戸市内で開かれた。同委は、病院の理事長や院長を務める各団体の幹部で構成され、毎年度2回、医療をめぐる諸問題を話し合う。今回は約70人が出席し、勤務医の労働環境などについて意見を交わした。

 この日は、委員長に兵庫県民間病院協会の吉田耕造会長を据える役員人事を決定後、開催県となった兵庫の病院団体の提案で、医療の国際化と「分担主治医制」(複数主治医制)をテーマに協議した。

 兵庫県病院協会は、勤務医の労働環境を改善するため、休日や夜間を含め、1人の医師が診療の全責任を持つ「主治医制」を見直し、診療能力が同等の医師による分担主治医制や、夜間・休日診療を担当する「当直医チーム」の導入を検討することを提案したが、各団体の賛否は分かれた

 団体間の意見交換では、既に導入の動きがあるとする意見もあり、委員会での検討を推す声もあったが、主治医制以外の医療体制に関する注文が多かった。

 京都私立病院協会は、「自由開業医制をどう考えるかも併せて考える必要がある」と問題提起したほか、大阪府病院協会は「日本は急性期病院のドクターの数が少ない。そこを変えなければ、いくら言っても同じだ」と指摘。また、大阪府私立病院協会から「民間病院は、複数主治医制を導入する余裕はない」との意見が出るなど、病院の規模や設置主体によって温度差も見られた。

 一方、兵庫県民間病院協会が提案した医療の国際化では、医療機関や検査センターの国外での開設や、国産の医療機器や医薬品の輸出などについて協議した。各団体からは、医療の国際化の方向性に反対する意見はなかったものの、医療の営利化に対する懸念の声が上がるなど、慎重論も多かった。

 次回の会合は来年3月に開かれる予定で、今回のテーマを引き続き協議するかどうかは、今後、議題を提案した団体の中で検討するとしている。【敦賀陽平】

僻地よりも都市部の方が医師は集まりやすいと言い、また東日本よりも西日本の方が医師数が充足している傾向があると言いますから、近畿地方の病院団体としてはさほど緊急の危機感はないのかと言えばさにあらず、近畿においても医師不足に起因する当直医不足など様々な問題が発生していることは奈良県立病院産科医訴訟などにおいても明らかになっている通りです。
今をさること5年ほど前には阪南市立病院の内科医がごっそり退職して一気に診療科閉鎖に追い込まれたという事件が話題になりましたが、最終的に過重労働に見合った約1.8倍とも言う大幅報酬増で手を打ったように、激務を強いるならそれに見合った待遇くらいは用意しろという考え方も労働者としては当然にあるわけですよね。
一方でいくら金をつまれてももうこれ以上は無理と言う先生方も多く、先日の日経メディカルの調査でも過半数の医師は収入面では満足している一方で転職先探しを続けている医師も多く、その際の条件として「忙しすぎないこと」を挙げる者がダントツで多かったということには大きな意味がありそうに思います。
いずれにしても幾ら金を積まれても無理なものは無理ですから、今後は実際の勤務状況を改善する方向での要求も強まってくるかと思いますが、働かせる側である病院団体がようやくこうした話をするようになってきたのは良い傾向とは言えますが、逆に「馬鹿医者にオレの患者を触らせるな」と主治医制断固支持という先生もいますから、この話は実現に向けてはなかなか難しい部分もあるかも知れませんね。

医師側の労働環境改善という観点からは特に入院では看護師など他職種で行われているチームとしての業務分担が望ましいのは確かなのでしょうが、一方で患者側としてはやはり誰か責任ある(そして出来れば地位もある)先生に自分の専属として診てもらいたいという率直な要望も根強いようです。
日医など医師団体にしても厚労相にしても長年「病気になったらすぐ大病院にかかるのはやめましょう。普段から自分のかかりつけを持ちまずそちらに相談しましょう」などとキャンペーンを張ってきたわけですから、医療要求度の少ない段階では一人の医師が継続的に診る、そして入院でチームで診ることになっても何かしら主治医もそこに加わる事が出来るようになれば患者にとっては理想的なのかも知れません。
アメリカなどではドクターフィーがある関係でかクリニックのかかりつけ医が近所の病院のベッドを間借りしてそのまま入院担当医になるということも多いようですが、日本でも一時そうした制度の導入が言われながら結局定着していないあたり、クリニックのかかりつけ医にしても薄利多売を強いられ患者数の多い状況から「そこまで暇じゃない」と言うことになってしまうのでしょうか。
いずれにしてもかかりつけ医がきちんと病気を拾い上げなければその後はないわけですから、患者にとってはまずはかかりつけ医が信用出来るかどうかが最も重要であることは言うまでもありませんが、その点に関して少し前にこんな興味深い記事が出ていたことを紹介しておきましょう。

「信用できる医者、できない医者」評価ポイント10(2013年5月15日プレジデントオンライン)より抜粋

「大病院のほうが安心できる」――そんな思い込みにとらわれている人は少なくありません。でも、そうした人たちの中には、待合室に延々と待たされたあげく、ろくな問診もされずに「薬を出しておきます」で終わり、といった体験をした人も少なくないはずです。

これがもし、自宅や職場の近所にかかりつけ医がいれば、ふだんの健康状態や過去の病歴なども把握してくれているので、安心して診てもらえ、適切な診療を受けられるでしょう。必要があれば、より高度な医療機器や入院設備を備えた総合病院の専門医や専門病院を紹介してくれます。さらに、その後に通院治療が可能になれば、またかかりつけ医に診てもらう「病診連携」も機能します。

もちろん、近所であれば通院時間も待ち時間も比較的短くすみ、日常の健康管理の相談にものってもらえます。“信頼できる”かかりつけ医を近所で見つけたいところ。ここでは、「ちょっと体の具合が悪いな」と感じたあなたが、近所のドクターを訪ねたと仮定して、その信頼度をチェックしてみましょう。
(略)
こんな先生、病院なら安心!
3項目以下だと「かかりつけ医」としては不安あり

(1)物理的距離・心の距離が近い
家や職場から近い。話しやすく、説明がわかりやすい

(2)内科を主体に標榜している
なんでも相談できる」診療科目がある。

(3)待合室には常に数人の患者が待つ
「完全予約制」では辛いときすぐに対応してもらえない。

(4)毎日、院長が診察に出ている
継続的に、患者の健康状態を把握できる。

(5)問診票にも目を通している
文字や文章をも観察し、問題を探求する姿勢が見える。

(6)診療費の話ができる
患者の不安要素に経済問題も含まれると認識している。

(7)スタッフが親切、短期間で代わらない
院長の方針がスタッフにも共有され、一体感が見える。

(8)往診もしてくれる
臨機応変な対応に尽力している。

(9)医師会に入っている
公益性と専門医とのネットワーク構築への意思表示。

(10)近隣の評判がよい
地元密着型だけに口コミサイトより近隣の評判が大事。

元記事の方はかなりの長文ですので直接リンク先を当たっていただくとして、たぶん多くの臨床医の方々はこれを見て「えっ!?」と感じてしまうのではないでしょうか?
あくまでも患者が言うのではなく編集部の主張でもあり、また顧客満足度という指標に基づいて考えるとこうなると言うことだとすると理解できないものではないかとも思うのですが、注目していただきたいのは医師の場合他人に命を預けるとなればまずもって腕が確かかどうかを第一に考えがちですが、全くと言っていいほどそうした評価基準が含まれていないという点に注目していただきたいと思いますね。
逆に多くの医師は当たり前の常識的判断が出来ればそれでいいと思っていそうな接遇面等もかなり重視しているということが見て取れますし、院長が診察に出ているだとか医師会に入っているだとかややピント外れにも見える項目にもチェックが入れられているというのはおもしろいなと思います(一応それぞれの根拠も書かれてはいるのでご参照ください)。
考えて見ると飲食店なども「食べ物を売るんだからまず味がいいかどうかだろう?」と単純に考えがちですが、実際にはあまりほめられた味とも思えないファミレスやファーストフード店ばかりがどんどん街中に増殖していっているのを見ても、サービスを提供する側の認識と受け入れる側の認識が大いに異なっているということはありそうですよね。
そうした視点からおもしろいなと思ったのがこちら、店側から見たいいお客、悪いお客の評価基準という記事なんですが、一見予想外なようでいてよく見ていますと当該業種に限らず「あるある」な話も多いように思いますし、医療現場から見た「良い患者」という評価にも結びつく話ですよね。

― プロが回答した[好かれる客/嫌われる客]白書【1】 ―(2013年7月12日日刊SPA!)から抜粋

何げなくやっていることが実は嫌われる原因になっていた……なんてのは、職場でも男女間でもよくあること。それはお店とお客の関係でも同様だ。クレーマーや明らかな迷惑行為は別にして、店側から見た[好かれる客/嫌われる客]の“ありがち言動”を、各業種のプロに聞いてみた!
(略)
【キャバクラ】
◯ヘルプで入ったコにも丁寧に接してくれる客
×よく来るくせに指名しないでずっとフリーで入る客
(略)
 結局、好かれるのはこんな客。

「私に別の指名が入っても、『頑張ってこいよ』と優しい言葉をかけてくれる人は好き。嫉妬して不機嫌になる人、多いんで。私が席を離れてるとき、ヘルプで付いたコにも同じように丁寧に接してくれる人も好き。指名のキャスト以外は冷たくあしらう人って結構いるので、あとでヘルプ入ったコから『あの人、感じよかったよ』って聞くと、うれしくなりますね」
(略)
【立ち呑み】
◯混んできたらサッと帰る客
×同じ料理を何度も頼む客
(略)
「ウチのように狭い店だと、大人数で来られると困っちゃいます。無意識に声が大きくなるし、時間も気にしなくなる。空くのを待っているお客さんもいますから。逆に店が混んできたと思ったら、サッと帰るお客さんは最高ですね」(北千住「徳多和良」)。酔っても、ほかの客への気遣いは大切だ。
(略)
【美容院】
◯アシスタントとも気さくに話す客
×「お任せ」「何でもいい」と言う客
(略)
大きな声で他店の悪口を言ってくるお客さんは、リアクションに困るんで嫌われがちですね。自分が試されてるみたいでプレッシャーもかかりますし」

 しかし、実はそれ以上に嫌われるのが、結構ありがちな「お任せ」「何でもいい」というオーダー

「本当に全部任せてくれるならいいですが、そういう人に限って途中であれこれ注文つけてきたり、最後に『ここ切り直して』とか不満げに言うんですよ」とは、「任せる」と言いつつあとで文句つける上司みたい。そりゃ嫌われるわー。
(略)

先ほどの「よいかかりつけ医」評価ではずっとそこにいるだろう院長が自ら見てくれるのがいいと書かれていて、確かにそれはそれで一面の真理ではあるのでしょうけれども、やはりヘルプで入っている非常勤医に当たっても普通に平等に接してくれれば診る方も気持ちよく対応が出来るのは当然ですよね。
また話しやすい先生を求めるのも判りますがこれもケースバイケースで、時折外来が混雑している時に「そう言えばこの前こんなことがあって…」などと長々と話し込んでいる患者がいて相手をする担当医の方も困っていると言う場面がありますけれども、やはり自分だけが気持ちよければそれでよいということではなく他のお客に対する配慮も必要かと思います。
有名な「後医は名医」という言葉もあるように前医批判はよろしくないということはしばしば言われますが、患者側にしろ他院の批判ばかりしている患者は当然他院に行った時には自院の批判もしているだろうと思われるでしょうし、ましてインフォームドコンセントがやかましいこの時代に「お任せします」が一番困るというのはどこの先生も感じていることでしょう。
こうして見てみると結局お客さんは基本的にわがままで困ったちゃんである、なんて要約をしてしまいそうになりますが、サービスを受ける側、提供する側双方にちゃんと理由があってこれがいい、あれは悪いと言っているんだと言うことをきちんと理解しておけば、譲れるところは譲って相手に好印象を与えるということも意図して出来るようになるでしょうね。
とりわけ世間の大抵の商売以上に医療現場はマンパワーの要素が大きいところで、やる気のない名医よりもやる気満々な凡医の方が多くの場合顧客満足度ははるかに高くなりがちですから、結局一番確実な「よいかかりつけ医を持つ方法」とは患者側も相手の立場に立って考えて行動してみる、そして一方的に好意を寄せるだけでなく相手からも好意を寄せられるような相互的信頼関係を結ぶことではないかという気がします。

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