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カネミライスオイル中毒(油症)事件に関する研究
Page 1
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カネミライスオイル中毒(油症)事件に関する研究
1968年10月西日本一帯で皮膚疾患を主徴とする多数の
患者が続出した 当初から 患者の発生は家族性があり
男女の別なく発生している等の特徴から食中毒が疑われ
ていた.その後,患者が共通してカネミ倉庫製造のライ
スオイルを摂食していることから,これが原因食品と判
明した.のちに,1968年 2 月上旬製造のライスオイル
中に製造過程で熱媒体として使用されていたカネクロー
ル400(四塩化
の製品名)が大量に混入しているこ
PCB
とが明らかにされた.当初,中毒原因物質は
と考
PCB
えられていたが,その後の研究で,
が熱媒体とし
PCB
て使用されている間に生成した強毒性の
が主な原
PCDF
因物質であることが解明された.原因ライスオイル中に
の他にも
とほぼ同量,ないしは 3 倍程度
PCDF
PCB
PCQ
PCDD
PCB
,極微量の
,さらには,コプラナー
等が混在していた.これらの汚
Co-PCB
PCT PCN
染物質の中で中毒原因となったのは
およ
PCDF PCDD
であるが,その中でも比較的多く生成した強
Co-PCB
毒性の
が主な原因であり,それに極微量の強毒性
PCDF
および
の毒性が加わった複合汚染によ
PCDD
Co-PCB
る中毒であると考えられる.
油症事件発生当時,16000人が被害を届け出たといわ
れているが1984年までに1864人が認定患者とされた.当
所は1968年の事件発生時 油症原因究明に参画しており
当時の真子所長と中村専門研究員(後に保健科学部長)
の名前が油症原因物質究明分析班の報告書の中に見られ
る.その後,油症研究は九大油症治療研究班を中心に進
められており,当所は数年間,油症研究に関与していな
かった.
一方,
による地球規模の汚染が油症発生と相前
PCB
後して報告された.
はその優れた物性のために,
PCB
ノンカーボン紙,電気絶縁油,金属研磨油,熱媒体,塗
料,農薬の展着剤等広範な用途に用いられていた.わが
国でも,
による母乳汚染や食品(特に魚介類)汚
PCB
染が報告され,古紙再生汚泥,土壌,工場廃水等の環境
汚染も報告された.当所においても母乳,食品,土壌,
水等の
汚染実態調査を行った.
PCB
愛媛大学立川教授はヒトの血液から
を検出し,
PCB
広範な人々が
で汚染されていることを報告した.
PCB
PCB
次いで,第一薬科大学増田教授は油症患者の血中
を測定し,患者は一般人に比べて
濃度が高く,そ
PCB
のガスクロマトグラムパターンに特徴があることを示し
た.油症発生から数年経過しており,患者の他覚的症状
はかなり消失し,油症診断に困難をきたしていたため,
ガスクロマトグラムパタ
血中
分析(
濃度及び
PCB
PCB
は有力な診断根拠とされた.事件発生直後よ
ーン解析)
り毎年油症一斉検診が行われており,血中
分析は
PCB
重要な検診項目として油症診断基準に採用されている.
当時,数百名の患者の血中
分析は到底,一機関の
PCB
みでは対応不可能であった.増田教授をチーフに福岡県
(衛生公害センター),福岡市(衛生試験所 ,北九州市
衛生研究所 及び久留米大学医学部 環境衛生学教室
の 5 機関で受診者の血中
分析を行った かくして
PCB
当所は事件発生から 7 年にして再び油症に関与するこ
ととなった.ヒト血中
分析は,一般環境試料や母
PCB
乳,食品の分析と比べて供試し得る試料量が約10 と少
g
なく,再試験は出来ない.加えて,濃度が非常に低いた
め極めて困難な分析であった.しかも,現在のような高
純度の試薬や溶媒は入手できず,分析中に混入する妨害
物質に悩まされるという悪条件もあった.これらの困難
を克服して,毎年100件から200件の患者及び対照として
一般人30名程度の血中
を測定した.
PCB
1978年大阪府立公衆衛生研究所の樫本は油症の原因ラ
イスオイルから
の二量体である
を検出し,次
PCB
PCQ
PCQ
いで患者脂肪組織及び肝臓からも検出した さらに
は患者血液から検出され,一般人からはほとんど検出さ
れないため(検出限界値0.02
以下 ,油症原因ライ
ppb
スオイルを摂取したかどうかの判定にきわめて有用であ
ると報告した.当所は,九大油症研究班の依頼により血
検査を油症検診に応用するため,患者と一般人
PCQ
各数十名の血中
測定を行った.その結果,血中ガ
PCQ
スクロマトグラムパターン別の血中
濃度は, パ
PCQ
A
ターンが0.1
以上(典型的な油症患者の濃度 , パ
ppb
B
ppb
C
ターンが0.03∼0.09
(油症と一般人の境界領域 ,
パターンが0.02
以下(一般人濃度)であることが明
ppb
らかになった.以上の検討結果は油症診断基準の重要項
目として追加され,毎年の一斉検診で定常的な検査項目
となった.血中
濃度は油症診断項目として極めて
PCQ
有用な項目であるが,複雑でしかも完全塩素化という困
難な操作を含む分析法で0.02
という超低濃度まで正
ppb
確に定量することは非常な熟練と細心の注意を必要とし
た.そのため試薬の精製や使用するガラス器具の徹底的
な洗浄等に多大の労力と時間を要する仕事であった.当
所では
を構成する 6 つの骨格を合成し,骨格異性
PCQ
体別の
の正確で簡易な分析法が検討された.折か
PCQ

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らキャピラリーガスクロマトグラフが開発され,一般的
に使用され始められており,これを使用した
完全
PCQ
塩素化物の個別分析法が確立された.この分析法により
血中
濃度は妨害物質の影響なしに毎年の定常的分
PCQ
析が確実に出来るようになった.
一方,先に述べたように,油症の主たる原因物質は
であり,すでに,原因ライスオイルや死亡患者組
PCDF
織から検出されていた.1986年当時の高橋所長は油症の
治療のためには患者体内の
の残留量を正確に把握
PCDF
することが必須であるとして,患者に皮下脂肪の提供を
要請し,自らも夫人と共に対照として皮下脂肪を提供し
た.所長の呼びかけで当所職員 9 名も皮下脂肪の提供
に応じた.患者のために研究者が外科手術による自らの
皮下脂肪の提供をしたことは患者にとって大きな驚きで
あり,非常な感謝を持って受け止められた.ともすれば
患者から不信の声が聞かれることもあった油症研究班は
これを契機に患者の信頼を得て,この後の排泄促進の臨
床研究が円滑に進むことになった.かくて,患者18名,
対照者11名のボランティアの皮下脂肪組織中の
PCQ
の分析を行った.その結果,患
PCDF PCDD Co-PCB
者では主要な原因物質である
が対照者(平均16
PCDF
)と比べ,最高100倍(1900
)も高濃度で残留
pg/g
pg/g
していることが明らかになった.さらに,患者糞便試料
から
等が検出され,腸管経由で
等の毒物が
PCDF
PCDF
排泄されていることも明らかになった.これらの知見か
ら患者体内に残留する
等の毒物の排泄促進が油症
PCDF
の治療として有効であると考えられた.1991年九大油症
治療研究班は
等の毒物排泄促進による臨床治療試
PCDF
験を開始することにした.皮下脂肪中の
を測定さ
PCDF
れた18名の患者ボランティアのうち
濃度の高い 3
PCDF
組の夫婦 6 名の血中
と糞便中
排泄量が調べ
PCDF
PCDF
られた.その結果,
は(体内残留量を反映する)
PCDF
脂肪中及び血中
濃度に対応して糞中に排泄されて
PCDF
いることが分かった.これら 6 名の患者ボランティア
に対し,高コレステロール治療薬として安全性が確立さ
れていたコレスチラミンを 6 ヶ月間服用してもらい,
服用前,服用 2 ヶ月, 4 ヶ月, 6 ヶ月時点の血液と糞
便試料中の
を測定した.その結果は, 1 名につ
PCDF
いては排泄促進傾向が認められたものの,他はコレスチ
ラミンの有効性は認められなかった.次いで,動物実験
で米ぬか繊維または米ぬか繊維とコレスチラミンの併用
投与が
の排泄を顕著に促進することを見出し,こ
PCB
の知見に基づいて,患者ボランティア 4 名に対して米
ぬか繊維とコレスチラミンの併用投与による
等の
PCDF
排泄促進実験が 2 回行われたが,結果は 2 名の患者で
は排泄促進傾向が見られたものの,他の 2 名では効果は
認められなかった.
油症と同様の中毒事件が日本の事件から11年後の1979
年台湾の中部で発生した.これは
と呼ばれ,
Yucheng
日本の油症は
と呼ばれており,共に国際的に通
Yusho
用する言葉となっている.台湾の
患者は血中
Yucheng
濃度が高いため,これらの患者に対して排泄促進
PCDF
治療を行えば効果が明らかに出来ると考え,1993年九大
油症治療研究班と台湾の成功大学の研究グループは共同
して台湾の
患者の
の排泄促進実験を臨
Yucheng
PCDF
床的に行うことにした.まず,台湾の患者31名の血中
PCDF
PCDF
を調査した 予想通り多くの患者で高い血中
濃度を認め,それは日本の油症患者の最高レベルの血中
濃度と同程度であった.これらの患者のうち半数
PCDF
の15名に米ぬか繊維とコレスチラミンを服用してもら
い 残りの半数の患者は対照群とし 投与前 1 週間及び 2
週間の投与期間中の糞便試料を毎回採取し
を測定
PCDF
した.また,投与終了時点で採血し,血中
濃度の
PCDF
増減を調べた.実験途中で服用を中断した患者や糞便試
料が採取できなかった患者を除いた治療群は最終的には
6 名となった.これらの患者の実験結果では 6 名中 4
名で排泄促進効果が認められた.また,投与後の血中
濃度は投与前に比べて減少していた.以上の結果
PCDF
から米ぬか繊維とコレスチラミンの服用による
PCDF
糞便中排泄促進効果が臨床的にも実証された.台湾の研
究グループにより30名の患者に対してコレスチラミン単
独での
排泄促進実験が行われ,投与前と投与後の
PCDF
血中
濃度が測定された.しかし,残念ながら血中
PCDF
濃度の減少は見られず,治療効果は認められなかった.
体内に残留している
等の有機塩素化合物は糞便
PCDF
中に排泄されるが,一方,皮脂等を介しても体外に排出
されていると考えられた.そこで,1994年油症患者と一
般人各数十名について皮脂中ダイオキシン類(
PCDD
)の血中濃度を調べた.その結果,大部
PCDF Co-PCB
分のダイオキシン類異性体は皮脂中濃度と血中濃度が相
関することが分かった.台湾の60名の患者について,皮
脂中ダイオキシン類濃度も調べられ,台湾の患者におい
ても皮脂中濃度と血中濃度は相関するという結果が得ら
れた.すなわち,これらの化合物は体内残留量に応じて
皮脂を介して排出されることが明らかになり,その量は
糞中への排泄量に匹敵するものと推定された.これは皮
脂がダイオキシン類の排泄経路として重要なものである
ことを示すとともに,皮脂中のダイオキシン類を調べる
ことによってもその体内残留を推定出来ることが示唆さ
れた.油症事件発生まもなくから毎年行われている患者

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の一斉検診では,内科,皮膚科,眼科,歯科及び小児科
検診と血液生化学検査項目,血中
および
濃度
PCB
PCQ
が追跡調査されてきた.油症の主原因物質
の血中
PCDF
濃度検査は残念ながら,その技術的困難さゆえに定常的
PCDF
検査が不可能であった その後 個々の患者の血中
追跡調査は油症研究にとって大きな意義があり,分析機
器の発達と排泄促進研究で培われた高度な技術的熟練は
これを可能にした.1995年に福岡県の油症一斉検診を受
診した患者のほぼ全員にあたる83名の患者の血中ダイオ
キシン類濃度を調査した.その結果,典型的油症患者で
PCDF
PCDD
Co-PCB
は高濃度の血中
が検出され
および
は一般人とほぼ同程度であることが分かった.さらに,
1996年および1997年についても福岡県の油症一斉検診受
診者のほぼ全員について調査した結果,典型的油症患者
では血中
濃度がしだいに減少している事が分かっ
PCDF
た.この血中ダイオキシン類濃度調査は現在も継続され
ている.その後の油症治療研究の一環としては,ラット
を用いた動物実験で食物繊維や葉緑素がダイオキシン類
を排泄促進することを報告した.油症患者が食物繊維や
葉緑素を多く含む食事をすることは長期的には有効と考
えられる.
油症研究の中で対照試料として多数の一般人母乳,脂
肪組織,血液,皮脂,人体臓器(脂肪組織・肝臓・腎臓
・脳・脾臓他)等のダイオキシン類を調査した.これら
は日本におけるダイオキシン類による人体汚染を示す貴
重データである.1997年ころからごみ焼却場から排出さ
れるダイオキシン類による環境汚染が明らかにされ,日
本における母乳をはじめとする人体汚染に大きな社会的
関心が集まった.最近,ダイオキシン類は環境ホルモン
作用をもつことが明らかにされ,胎児や乳児に対する健
康影響が懸念されている.ダイオキシン類による環境汚
染,人体汚染の早急な実態調査が必要となり,国を挙げ
てこれに取り組むこととなった.油症とそれに関連する
ダイオキシン類のデータはまとまった人体汚染のデータ
として高く評価されることとなった.また,油症研究で
培った当所の技術と知見はダイオキシン類の研究に大い
に役立ち,食品のダイオキシン類汚染実態調査,ヒト血
中ダイオキシン類調査等,国のダイオキシン類研究にも
参加している.一方,従来より,ダイオキシン類による
大気,土壌,水等の環境汚染に関する研究も環境部門で
行われており 当所の研究レベルは高く評価されている
(参考文献)
1) 飯田隆雄,深町和美,竹中重幸,中川礼子,高橋克
巳:分析化学,37,230 235.1988.
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6) 小栗一太,赤峰昭文,古江博隆 編,油症研究−30
年の歩み−,九州大学出版会,2000.

Page 4
- 124 -
薬液注入工事に伴うアクリルアミド汚染井戸水摂取による中毒の発生
概要
下水道工事に付随する地盤強化のための薬液注入工
事(ケミカルグラウト施工)に使用された薬剤中のア
クリルアミドモノマーが井戸水を汚染した.この井戸
水を飲料水として摂取したため,一家族 5 名全員が中
毒し,特異な脳神経症状を呈して,このうち 3 名が
入院した.患者らは,800
前後のかなり高濃度の
ppm
アクリルアミドモノマーを含む井戸水を,数週間にわ
たって飲用したため,その累積摂取量が 200
㎏前
mg/
後に達した時点で亜急性的に発症したものと推定され
た.
従来,アクリルアミド中毒は製造工場,作業現場等
における作業従事者の産業中毒に限られていたが,本
事例は一般市民が罹患した希有な例であり,さらに化
学物質による環境汚染と,健康被害として注目すべき
ものであった.
1.患者の発生
昭和49年 3 月に福岡県粕屋郡新宮町において,不
明疾患の報告があった.疾患は一家族 5 名全員に,
ほぼ同時に歩行障害,記憶障害,幻覚,言語障害,四
肢のしびれと知覚異常などの症状が現れた.患者を診
察した開業医から,その発病状況から判断して,この
疾患は特殊な原因によるものと考えられる旨,粕屋保
健所に届け出があった.患者家族の構成は,成人 3 名
(男性 1 名,女性 2 名 ,児童 2 名(男性 1 名,女性1
名)からなり,このうち症状の重い成人 3 名が九大病
院に入院した.その後の経過は一般に良好で,約 2 ヶ
月後に退院した.
2.原因の推定
届け出があった後,直ちに新宮町,粕屋保健所,県
環境整備局整備課及び衛生公害センターは現地調査を
開始した.この疾患の原因として,当初,食中毒ある
いは医薬品中毒などが考えられたが,調査の結果いず
れについても否定的であった.一方,患者宅が面する
道路で下水管埋設工事に伴う地盤強化のための薬液注
入工事(ケミカルグラウト施工)が実施されており,
患者宅の井戸は施工箇所に一番近かった.また,施工
の約 1 ヶ月後に患者の発生がみられた.これらから,
井戸水の飲用が最も疑わしい要因と考えられたので,
この点について重点的に調査を行った.
患者宅では井戸水と町営上水道を併用しており,井
戸水の水質が良好なことから炊事,飲用に井戸水を使
用していた.患者宅及び近隣井戸水について一般水質
分析及び水質精密分析を行った結果,患者宅の井戸水
のみに,アンモニア性窒素,亜硝酸性窒素が多く,特
に有機性窒素,過マンガン酸カリウム消費量及び全有
機炭素が異常に多かった.しかし,重金属類,農薬そ
の他の項目については水質基準値以下であった.近隣
の井戸水については,全く異常は認められなかった.
また,薬液注入工事前に施工業者が患者宅の井戸水に
ついて飲料水の簡易試験を福岡市衛生試験所に依頼し
ていたが,水質は正常であった.さらに,薬液注入工
事に用いられたケミカルグラウトの主成分は水溶性の
アクリルアミド(モノマー)であり,患者の症状はア
クリルアミド中毒症に酷似していることが判明した.
付近一帯の地質は,海岸に近く河口部に位置するた
め,深層部まで砂質であり,実測調査の結果,図のよ
うに患者宅井戸に最も近い地下水面まで30−40
cm
所に薬液注入口があったことが判明した.用いられた
工法におけるアクリルアミドの硬化範囲は50
程度
cm
であり,硬化前に地下水に混入したと推察された.
以上の所見を総合すると,原因物質として最も可能
性が高いのはアクリルアミド モノマー であるので
衛生公害センターにおいてその確認定量を, )末端
a
メチレン基の確認試験, )臭素化反応, )
付ガ
b
c FID
スクロマトグラフ法, )ガスクロマトグラフ−質量
d
分析法の各方法によって行った.その結果,患者宅井
戸水の汚染原因物質がアクリルアミド(モノマー)で
あることが確認され,500
前後の高い濃度が検出
ppm
された.
本事例は,患者宅周辺において,下水管埋設工事に
先立って行われた地盤強化のための薬液注入工事(ケ

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- 125 -
ミカルグラウト施工)において,不適切な施工によっ
て薬剤の主成分であるアクリルアミド(モノマー)が
完全には重合せず,砂質である地層をその一部が透過
し,患者宅井戸水を汚染し,その飲用によって中毒し
た特異な事例と考えられた.
3.対応
患者が発生して以降の関係各機関の対応は,新宮町
では,汚染地域一帯の井戸水使用者に対して上水道を
敷設し,井戸水を飲用,浴用に使用しないよう指導し
た.このことによって,アクリルアミドによる地下水
汚染が地域住民の健康に影響を与える可能性は一応排
除された.
県は,環境調査を行いつつ,汚染物質除去対策を実
施した.患者宅井戸水を約 1 ヶ月揚水排除することに
より,地下水の汚染は著しく減少した.また,ボーリ
ングによる地下汚染調査を実施した.その結果,地点
によっては汚染が顕著であったが,揚水排除後は徐々
に減衰することが判明した.衛生公害センターは,事
件発生直後から所内に研究班を組織し,全力をあげて
原因究明に努め,その後の調査研究を進めることで一
貫して関与した. 水質課ではボーリング調査による
地下水汚染状況の把握,中毒原因物質の化学・機器分
析による解明,無害無毒化処理実験及びヒメダカを用
いた生息試験を行った.管理課中央分析室ではガスク
ロマトグラフ−質量分析計によるアクリルアミド(モ
ノマー)の同定・確認を行った.疫学課及び細菌課で
はアクリルアミド(モノマー)の毒性,生体内代謝,
病理組織学的変化について検討した.その結果,中毒
の発生は,平均800
程度と考えられる高濃度のア
ppm
クリルアミド(モノマー)を含んだ井戸水を10−15日
間程度飲用し,累積摂取量が200㎎ ㎏に達したため亜
/
急性中毒症状としての中脳性幻覚を伴った脳神経障害
をもたらしたものと考えられた.さらに,実験動物体
内に投与されたアクリルアミド(モノマー)は極めて
迅速な消長挙動を示し,その大部分が体内組織と急速
に結合あるいは分解するものと推定された 本事例は
井戸水を介した化学物質による中毒例であったので,
水質分析,化学物質の同定等の理化学分析が決定的な
役割を果たしたが,その多くを当センターが担った.
特に,当時設置されたばかりの大型分析機器であるガ
スクロマトグラフ−質量分析計は原因物質の同定に威
力を発揮した.さらに,疫学的調査及び動物実験によ
るアクリルアミドの毒性研究は,中毒機序の解明に大
きな役割を果たした.
本事例の発生と,その後の原因究明を契機として,
事態を重視した建設省は, 5 月 2 日,急きょ各種グ
ラウトの一斉使用禁止処置をとり,その毒性,工法な
どの総点検を行い, 7 月10日にケミカルグラウトの
暫定指針を定めた.
一方,厚生省は 5 月24日に毒物及び劇物指定令の一
部を改正してアクリルアミドを劇物に指定し, 7 月10
日に飲料水の判定基準にアクリルアミドは検出されな
いことが追加された.このような一連の緊急行政措置
が迅速に決定実行された.
4.まとめ
本事例は,土木工事に使用された化学物質であるア
クリルアミドが井戸水を汚染し,それを摂取した一般
市民が中毒を起こして入院するという事態が発端であ
ったが,関係機関が迅速に対応し,原因を究明したた
めそれ以上の被害は防止された.また,国も一連の行
政措置をとったため,その後はアクリルアミドによる
一般市民の健康被害は報告されていない.各種行政機
関の不祥事がいろいろと報道されている昨今である
が,本事例は,緊急事態が起こった場合に,関係する
行政機関がその責務を迅速に果たすことの重要さを示
す良い例ではないかと思われる.衛生公害センターも
科学的調査研究において主要な役割を果たせたのでは
ないかと,密かに自負している.
(参考文献)
1) 森本昌宏,森 彬,中村周三,深町和美,高尾
真一,森田邦正,永淵義孝,森木弘樹,江崎義
憲 岸川昭夫 田上四郎 木籐壽正 高橋克己
猿田南海雄,松尾和彦:福岡県におけるアクリ
ルアミド混入井戸水に起因する中毒患者の発生
(1),用水と廃水,17(10),51 62,1975.
-
2) 福岡県衛生公害センター:アクリルアミドによ
る環境汚染及び毒性に関する調査研究(昭和49
年度環境庁調査研究委託)昭和50年3月, 154,
p
1975.
3) 福岡県衛生公害センター年報 2 昭和49年度,
27 28, 39 45,1976.
p -
p -
4) 8382の化学商品,化学工業日報社, 231 232,
p
-
1982.
5) 内藤裕史:中毒百科−事例・病態・治療 −,南
江堂, 36 37,1991.
p -

Page 6
- 126 -
地下水汚染
1. はじめに
地下水は,昔から貴重な水資源として広く利用され
てきたが,近年,人間活動の影響を受けて地下水汚染
がしばしば生じるようになった.福岡県においても水
質汚濁防止法及び福岡県飲用井戸等衛生対策実施要領
に基づき,地下水汚染の対策や未然防止を図るために
実施している概況調査及び苦情調査等によって,地盤
安定強化剤アクリルアミドの井戸水への混入や道路舗
装工事に伴う井戸水のマンガン汚染等,様々な物質に
よる地下水汚染が明らかになり,周辺の地下水や土壌
の調査により原因の究明,対策が講じられた.そのな
かで当研究所は,地下水や土壌の化学分析およびデー
タの解析等科学的裏付けを行う重要な役割を担ってお
り,数多くの調査に関わってきた.これらのなかでも
代表的な調査事例であるトリクロロエチレン等及びヒ
素による地下水汚染について簡単に紹介する.
2.トリクロロエチレン等による地下水汚染
1980年代,トリクロロエチレン等低沸点有機塩素化
合物による地下水汚染が,全国的に顕在化してきた.
福岡県が実施した調査において,1984年度から1991年
度の間の検出状況は,30地域で汚染が発見され,調査
件数1381件のうち現在の環境基準値を超えた井戸は,
テトラクロロエチレンが14.6 ,トリクロロエチレン
%
が1.7 であった.このように,福岡県の汚染の特徴
%
は,主にクリーニング業等で使用されていたテトラク
ロロエチレンによる汚染が多いことで,以前は,毒性
が明らかでなく,規制が無かったテトラクロロエチレ
ンが十分な処理設備を設置せずに使用されていたため
であると考えられる.比較的規模が大きく,汚染原因
調査及び対策を実施した1989年の
町の事例では,
K
5 井戸中 1 井戸からテトラクロロエチレンが現在の
環境基準の 2 倍の濃度で検出された.このため,福
岡県は汚染源の特定,原因究明及び対策を行うため,
調査を実施し,当研究所は地下水及び土壌の分析を担
当した.その後の 3 回にわたる周辺調査の結果,調
査井戸34件のうち17件が基準を越えていることがわか
り,山間の川に沿った長さ 1
の範囲で汚染が認め
km
られた.汚染源は,汚染地域の上流部に位置する編み
物工場で,以前に製品のクリーニングのためテトラク
ロロエチレンを使用していた.汚染源判断の決め手は,
検知管を使用した工場敷地内の土壌調査で,クリーニ
ング機械を設置していた周辺で最も高い土壌ガス濃度
を検出したことであった.この検知管を使用した方法
は,この後いくつかの調査ですぐれた効果を発揮した.
この手順はまず直径 1
程度深さ80
の穴を地面に
cm
cm
あけ,ガス採取器に検知管をつけて穴の中の空気を一
気に100
吸入して検知管内の薬品の色の変わった部
ml
分の目盛りを読みとるというものであり,単純な作業
ではあるが,地下深くの汚染土壌の平面的位置を確実
に知ることができ,汚染原因究明及び汚染源除去のた
めの重要な情報が得られる.しかし,穴をあける作業
が場合によっては大変で,踏み固められた駐車場で調
査を行ったときは,一本の穴をあけるのに交代で手に
まめを作りながらの作業であった.しかも,夏の炎天
下に何十本もの穴をあけなければならず大変な思いを
したことは今も忘れられない. 町の事例では,調査
K
後対策として汚染土壌を除去して適正処分し,汚染さ
れた地下水を揚水,ばっ気して放流するなどの処置が
とられたが,その後のモニタリング調査でもテトラク
ロロエチレン濃度は,なかなか基準値までは低下せず,
汚染物質は除去できない深い地層に既に吸着されてい
るのではないかと考えられる.テトラクロロエチレン
は土壌に吸着されやすく,水に溶けにくいため,じわ
じわと地下水中に出てきているのであろう.この汚染
は,典型的な人為的汚染であり,今後もこのような汚
染が発生しないようにするために,不注意の事故や不
適正処理などによる環境への負荷を減らす努力が必要
であることは言うまでもなく,今後も地下水質の監視
を行う必要がある.また,このような汚染が発生し,
水道が未整備であるなど飲用水の確保が困難な場合に,
一般家庭で行うことができる簡易浄化法についての研
究を実施した.その結果,テトラクロロエチレン等の
低沸点化合物に対しては,活性炭が使用されているタ
イプの家庭用浄水器は活性炭が新しいうちは効果があ
るが,吸着容量が水質によっても差があり,徐々に吸
着効率が低下することなどから,一般家庭において除
去効率の維持が困難であるため,煮沸して空気中に追
い出す方法が確実であった.実験では,一般家庭を想
定し,3.3リットルのやかんとガスコンロ(最大熱量2
800
)のものを使用した.その結果,沸騰状態で
kcal/h
5 分以上加熱すれば,99.8 除去できることを確認し
%
た.ただし,この方法は汚染物質を空気中に放出する
ため,やむを得ない場合の手段である.
3.ヒ素による地下水汚染
1994年 2 月に福岡県大川市が,定期飲用井戸調査
で水道法に基づく水質検査を実施した結果,調査井戸

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12件中10件からヒ素が水道水の水質基準を超えて検出
された.このため,当時の県環境整備局公害課は,地
域住民の自主的検査や大川市周辺市町の協力を得て汚
染範囲確定のため周辺調査を実施した.検査した井戸
mg/l
数は11673件に及び,そのうちヒ素の基準値0.01
を越えた件数は2635件であり,その汚染範囲は県南地
域の 7 市 9 町の広範囲に及んだ.そこで,県は,そ
の汚染原因の科学的解明と井戸水飲用者の健康被害が
危惧されたため,地質,農薬,医学等の専門家 9 名
で構成される“福岡県県南地域地下水汚染検討委員会
”を設置し,ボーリング調査,土壌調査,健康影響調
査等についてそれぞれの専門的分野から約 1 年にわ
たる調査検討を行った.このなかで,当研究所は,水
質調査,ヒ素の形態分析,土壌及びボーリングコアの
金属含有量の分析及びヒ素の水中への溶出挙動の検討
を行った.その概要を次に示す. 水質調査:77件の
水質調査を実施し,分析値を解析した結果,ヒ素が検
出される井戸水は,アルカリ炭酸塩型であること,
及びリン酸イオンと相関があること,フミン質等
pH
有機物による色度が高いことがわかった. 形態分析
:水田の表層土壌でメタンアルソン酸が検出された
(全ヒ素濃度の5.5 以下)が,その他の地下水,ボ
%
ーリングコア等からはメタンアルソン酸やカコジル酸
の有機ヒ素は検出されず, 3 価及び 5 価の無機ヒ素
として存在していた. 土壌及びボーリングコアの金
属含有量:ヒ素等の金属含有量は表層が下層に比べて
高い傾向があったがその値は一般的土壌と同程度であ
り,特異性は認められなかった. 水中への溶出挙動
:ボーリングコア等ヒ素含有土壌からのヒ素の溶出量
を調べたもので,県南地域の典型的地下水が蒸留水よ
りもヒ素を溶出しやすい傾向があることがわかった.
以上の結果から,県南地域のヒ素による地下水汚染は,
農薬あるいは事故等による表層からの人為的汚染では
なく,この地域の地下水が被圧停滞性,アルカリ炭酸
塩型水質という特殊な性状を有するために,長年の間
に地層中のヒ素が地下水中へ溶出したために発生した
と考えられた.
このようにして,県南地域のヒ素による地下水汚染
は,その地域の地下水の水質特性による自然的要因に
よる汚染であったが,その汚染機構については不明な
点が多く,その解明を目的として,また,水道施設が
ない地域の飲用水確保のため,簡便かつ安価な除去技
術の開発を目的として “ヒ素等有害金属の地下水汚
染機構の解明及びその浄化に関する研究”を行った.
当時,ヒ素の溶出機構解明のためのデータは少なく,
必要な水質データを得るため,環境水として地下水,
温泉水,河川水,ダム湖水を新たに採取し,分析項目
としてヒ素をはじめ地下水の主要溶存イオン等20項目
の分析を行い,総合的に解析し,その結果をもとにい
くつかの検証実験を行った.その結果,ヒ素の溶出に
関わる要因は,次に示す項目にまとめられる. 地質
中のヒ素化合物が
(Ⅲ)や
(Ⅴ)に酸化される
As
As
こと, 水質がアルカリ性であること, 電解質を多
く含むこと, 停滞性のアルカリ炭酸塩型でカルシウ
ムイオンが少ないこと, 還元的であること, 有機
物を多く含むこと等であった.特にこれらの要因のう
ち, , , については検証のための基礎実験から
② ③ ④
確認された.また,簡易浄化に関する研究では,精密
ろ過膜,市販浄水器及びカキ殻による除去効果につい
て実験を行い,精密ろ過膜による除去法は有効である
ことが確認された.また,市販の家庭用浄水器は,据
え置き型のタイプであれば比較的ヒ素除去能があるこ
とが分かった.
4.最後に
これまで述べたように,地下水は重要な資源である
にもかかわらず,現在の人間活動によって,汚染され
つつある.見ることができないために状態を把握する
ことが困難であり,汚染を見過ごしやすい.トリクロ
ロエチレン等の化学物質による人為的な地下水汚染は,
局所的で原因究明も容易であるし,汚染初期であれば
対策も比較的可能である.したがって地下水質測定計
画に基づいた調査は,今後も重要であり,さらに,汚
染の浄化方法の開発も望まれる.また,元来地質に存
在するヒ素,水銀など有害金属あるいはフッ素,ホウ
素などが地下の特異な条件下で高濃度で溶解し検出さ
れる可能性は高く,これらの汚染原因を究明し,簡易
除去法の検討を行うことは,今後求められる重要な課
題である.
(参考文献)
1)鳥羽峰樹,北森成治,石黒靖尚,近藤紘之:全国
公害研会誌,19(1),40 44,1994.
-
2)鳥羽峰樹,田中義人,石黒靖尚,近藤紘之:福岡
県保健環境研究所年報第25号,51 54,1998.
-
3)近藤紘之,石黒靖尚,大野健治,永瀬誠,鳥羽峰
樹:福岡県県南地域のヒ素による地下水汚染原因
調査報告書,1 62,1995.
-
4)近藤紘之,石黒靖尚,大野健治,鳥羽峰樹:ヒ素
等有害金属の地下水汚染機構の解明及びその浄化
に関する研究(平成8年度−平成10年度地域密着型
環境研究),1 63,1999.
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