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宇宙飛行すると眼球が変形してしまう?
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図1.地上へ帰還後6日目の宇宙飛行士の眼球周辺 MRI 画像。眼球後部平坦
化と視神経鞘拡大が確認される。
(出典元・Brunstetter, T. NASA・一部改変)
宇宙飛行すると眼球が変形してしまう?
―宇宙時代に直面する謎の眼病発症メカニズムを解明―
概要
宇宙に長期滞在すると、宇宙飛行士の体には微小重力の影響による異常が現れてくることが知られています。
その例として、眼球の後部がつぶれ、眼球と脳をつなぐ視神経の周辺組織が変形すること報告されていますが、
その起源は解明されていませんでした。
京都大学大学院工学研究科 掛谷一弘 准教授、仏ラリボアジエール病院 篠島亜里 研究員、大阪大学大学院
医学研究科 多田智 招聘教員らの研究グループは、長期宇宙滞在後の宇宙飛行士に見られる、眼球の後ろが平
たくなる眼球後部平坦化(図1・黄色矢印)、および眼球と繋がる視神経を取り囲む視神経鞘の拡大(図1・
青矢印)について、文献に発表されている宇宙飛行士などのデータを用いて解剖学的 ・材料力学的に検討しま
した。その結果、これらの眼病の本質的な原因は、従来言われてきた脳髄液圧の上昇ではなく、大脳の上方へ
の移動であり、これによりすべての所見が矛盾なく説明ができることを明らかにしました。このように宇宙飛
行によって生じうる眼病の発症原因を明らかにすることで、一般人も宇宙に行く近未来に、人類が直面する宇
宙特有の病気への対応策の立案に貢献できると期待されます。
本研究は、2018 年 7 月 6 日にアメリカ医学会発行の学術誌「JAMA Ophthalmology」のオンライン版に掲
載されました。
1.背景
宇宙空間における人類の活動は、旧ソ連のガガーリンに始まり、アポロ計画、スペースシャトルを経て、現
在は高度 400 キロメートルの軌道上の国際宇宙ステーション(ISS)への滞在と、多様な形で着実に拡大して
います。宇宙空間では、地表での重力の 100 分の 1 以下である微小重力のために、宇宙飛行士の身体に様々な
変化が現れます。地表で常時使用している足腰の筋力が衰えるだけでなく、あまり影響がないと思われる大脳

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や視神経など体の内部にも異常がでることが知られてきました。
2011 年、眼球後部平坦化や視神経鞘径拡大などの宇宙飛行士の眼に関する所見が公表されて以来、世界中
の数多くの研究者たちが、その起源の解明を試みてきました。地上で模擬微小重力環境を作るため 『ヘッドダ
ウンティルト』と呼ばれる、水平からさらに 10 度前後頭を下げた状態を保持して、眼に関する実験を行って
きました。2017 年には、宇宙飛行が長期滞在になればなるほど、脳が上に移動したままで、帰還後も元には
戻らないことがあるということが報告されました。
宇宙飛行士は、定期的に眼科に関する検査だけでなく、さまざまな医学的検査を宇宙飛行前 ・飛行中 ・飛行
後に行っています。しかしながら、宇宙飛行中 ・飛行後に見られる眼球後部平坦化や視神経鞘拡大については
誰も説明することが出来ずにいました。地上では、視神経鞘拡大は頭蓋骨内部の髄液の圧力が上昇しているこ
とを示唆します。臨床の現場では、どれくらい髄液圧が上がっているかについて、腰の安全な部位に太い針を
刺して髄液の圧を測定します。しかしそのような身体を傷つける検査を、重力がほとんど無い国際宇宙ステー
ション内で行うことは現実的ではありません。一方で視神経鞘の形状は、身体を傷つけない超音波検査によっ
て観察可能であり、国際宇宙ステーション内でも行われています。宇宙飛行中に視神経鞘拡大を含む眼球形態
異常が認められた宇宙飛行士は、帰還後に髄液の圧を測定することがありますが、実際に、地球に帰還後も髄
液の圧が上昇したままである宇宙飛行士がいることが報告されています。
本研究は、既に論文などに報告されている事実を基に、宇宙飛行中の髄液の最大圧力を推定しました。その
結果、眼球後部平坦化や視神経鞘拡大の主たる要因は、髄液の圧力が上がっていることでは無く、宇宙飛行中
の大脳の上方移動であることを指摘しました。そして眼球後部を含めた眼を観察することで、脳の動きが推定
できるのではないかということを提案しました。
2.研究手法・成果
今回の研究では、髄液圧を眼球後部に存在する視神経鞘
直径から推測するために、解剖して取り出した人間の視神
経鞘の内部に圧力を加えた場合の直径変化に関する既存の
研究成果を用いて、図2のような視神経鞘の薄肉管モデル
を作成しました。次に、飛行中に超音波測定された視神経
鞘直径から、髄液圧を推測した結果、飛行中の髄液圧は
210mmHg にも上ることがわかりました(※側臥位でのお
およその正常脳脊髄圧 :10~18 cmH2O [7~13 mmHg])。
地上での臨床研究からの知見では、そのような髄液圧があ
る場合、被験者は会話もままならない状態となるはずです
が、NASA TV など一般向けのインターネット配信でもわか
るように、宇宙飛行士たちは元気な姿をしばしば地上に報
告してくれています。したがって、宇宙での視神経鞘拡大
の真の原因は別のところにあるに違いありません。
そこで本研究は、米国の研究グループによって 2017 年 11 月に報告された、ISS に長期滞在後の宇宙飛行士
に見られる大脳の上方への移動に注目しました。大脳の上方移動が起きた時、視神経は眼の後ろにある骨 (眼
窩)の隙間を通って後ろに引っ張られるのに対し、視神経を取り囲む硬膜 (図2 ・黄色 ・灰色の円筒部分)は
眼窩の骨膜とつながっているために、眼球を押し戻すように力が働くことが考えられます。それにより視神経
図2.髄液圧を検討するために導入した視
神経鞘の薄肉管モデル。

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鞘が拡大 ・変形および眼球後部平坦化をもたらしている可能性を本研究は指摘したのです。つまり、宇宙飛行
士の場合、大脳が頭頂方向に移動することに伴い視神経が後ろへ引っ張られ、髄液圧とは関係なく視神経鞘が
拡大する影響を考えなくてはいけません。そのため、我々が算出した計算式が適応できないことになります。
3.波及効果、今後の予定
本研究成果の画期的な点のひとつは、超音波検査による
視神経鞘径の既存のデータを用いて、視神経鞘径から脳脊
髄圧の推定式を算出したことです (10mmHg より上の圧で
適応・右図)。
しかし、病気などでは、すでに頭蓋内圧が亢進している
状態で診察することがほとんどであり、病気になる前の視
神経鞘径を知ることは滅多にありません。よって、腰椎穿
刺による髄液検査が無くなることはないと考えられます。
宇宙飛行士はその点、宇宙へ行くことがわかっているの
で、宇宙飛行前のデータを測定しておけば、飛行中 ・飛行
後のデータと比較することが出来そうです。しかし、脳の
上方移動の影響で、今までに述べたような視神経鞘の変形
が生じうる可能性があるので、本研究の推定式は宇宙飛行士全員には適応できないと考えられます。よって、
現在他の研究者が進めているような、身体を傷つけない別の脳脊髄圧を推定する方法に対する需要が考えられ
ます。
まだ一般人が飛行機に乗るように、宇宙へ行ける時代ではありませんが、近い将来、訓練を経た一般人は宇
宙へ行ける時代がやって来ることが予想されます。よって、この研究を宇宙へ行きたいと思っている多くの人
に知っていただけたらと思います。ただ、必ずしも、宇宙飛行士全員に視神経鞘拡大は生じていません。視神
経鞘拡大が生じるのは、脳が上方移動する頭蓋内のスペースの個人差が問題になるのではないかと考えていま
す。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、フランス・ラリボアジエール病院(Assistance Publique-Hôpitaux de Paris, University
Sorbonne Paris Cité)篠島亜里研究員(眼科学)、京都大学大学院工学研究科掛谷一弘准教授(固体物理
学)、大阪大学大学院医学研究科多田智招聘教員(神経内科学)らによって行われました。今後、このような
学問の領域をまたいだ研究スタイルで、宇宙医学系だけでなく、病態の解明に迫るような研究に発展するこ
とを切望しています。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Association of Space Flight with Problems of the Brain and Eyes.
著者:A. Shinojima, I. Kakeya, S. Tada.
掲載誌:JAMA Ophthalmology.
DOI:10.1001/jamaophthalmol.2018.2635
図3.著者が得た計算式。