六価クロム汚染」が、社会的問題となった日

 今日から40年前の1975年(昭和50年)7月16日に、六価クロム汚染問題が明らかになった。

 東京都が日本化学工業から買収した東京都江東区大島9丁目の土地で、クロム鉱さいが大量に埋立てられている事が判明。

六価クロム汚水の汚染土壌

 同土地に日本化学工業が埋め立て投棄したクロム鉱の残滓による六価クロム汚染が問題化し、日本各地で同様の土壌汚染があることが判明。日本化学工業の工場の従業員など約50人が肺ガンで死亡したり、40人以上が鼻中隔穿孔症に罹っていることが判明した。

 同土地の地表にちらばっている白い粉は、有毒な六価クロムを処理するために散布された硫酸第一鉄の粉末で、汚染土壌は江東区、江戸川区の5ヶ所の集中処理地に都の指導と費用負担によって、封じこめ処理された。

 六価クロム汚染については、この日よりも2年前の1973年に都営新宿線の工事中にクロム鉱滓投棄が発覚。汚染区域は江東区~江戸川区の170ヵ所以上で、推定鉱滓量は39万2千立方メートルとされた。

 この時に講じられた策が、毒性の高いクロム(Ⅵ)を低いクロム(Ⅲ)へ還元することで、硫酸鉄(Ⅱ)を散布する方法で、鉱滓は1980年から、5ヶ所の集中処理地に集められ、封じ込め処理が行われたが、封じ込めたはずの鉱滓からクロム(Ⅵ)が溶出する被害がその後も発生している。

六価クロムと三価クロム

 事件の発端となったのは、昭和40年代後半から昭和50年代前半にかけて、日本化学工業(株)小松川工場が排出した大量の六価クロム鉱さいによる土壌汚染が江東区大島地区等や江戸川区内で確認されたもので、江東区は昭和46年に日本化学工業グランド跡地に野積みされていたクロム鉱さいから六価クロムが検出されたことから、同社や東京都に対して対策を要請。
 昭和48年5月には東京都に対して早期の対応の申し入れを行い、東京都は「環境」「住民健康」「上水道等」の調査を江東区、江戸川区で実施。
 江東区は、さらに昭和50年8月に「江東区六価クロム等問題緊急対策本部」を設置して、健康診断、公共施設の土壌調査や環境調査を行う。
 東京都は、昭和54年3月に日本化学工業(株)と「鉱さい土壌の処理に関する協定」を締結し、以降、この協定に基づいて、六価クロム鉱さいの処理を行い、江東区内に3ヵ所の処理地が設置されて平成12年5月に処理が終了している。 .
 以降、東京都は毎年、江東区と江戸川区内の処理地で、定期的に大気(9地点)と水質(5地点)について六価クロム等のモニタリング調査を行い、24年度の調査結果で、大気中から六価クロムは検出されず、旧中川等の河川水から六価クロム、全クロムも検出されていない。

 六価クロムは、強い酸化作用を持ち、皮膚や粘膜に付着したままで放置しておくと、皮膚炎や腫瘍の原因になる。

六価クロムに皮膚炎

 特徴的な上気道炎の症状として、クロム酸工場の労働者に鼻中隔穿孔が多発したことが知られているが、これは飛散した酸化剤や顔料などの六価クロムの粉末を、長期間に亘って鼻腔から吸収し続けて、鼻中隔に慢性的な潰瘍が継続した結果と考えられている。
 また、発癌性物質としても扱われ、多量に肺に吸入すれば呼吸機能を阻害し、長期に及ぶと肺癌に繋がるリスクもあり、消化器系にも影響するとされ、長期間に摂取すれば、肝臓障害・貧血・大腸癌・胃癌などの原因となる可能性もある。

 六価クロムを粉末状で取り扱う職場においては、周囲への飛散を防いだ上に、目・鼻・口に入らないように厳重に管理し、皮膚や衣服にも付着したままで放置しないように厳重管理することが必要とされている。

 1973年に都営新宿線の工事中にクロム鉱滓投棄が発覚した際の汚染区域が江東区から江戸川区の170ヵ所以上で、推定鉱滓量が39万2千立方メートルもの大量なものとなったのか?

 実は、日本では、かつて「地盤強化剤」という名目の下に、クロム鉱滓(スラグ)を埋め立てることが奨励されていた。

 加古川市でも道路路盤材として神戸製鋼から排出されるスラグを使用していたように、沖積低地で軟弱地盤である東京の江東区などの下町地域では、実に広域に渡り、埋め立てられていた。

 クロム鉱滓による土壌汚染・地下水汚染は、その後も日本だけでなく海外でも発生しているが国内における事故では、2005年7月にJT(日本たばこ産業)で、JT徳島工場跡地でタンク処理の際に事故を起こして、400リットルの六価クロムを漏洩させた事件がある。

 六価クロムについて、考えてみたい。