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終焉に向かう原子力と温暖化問題
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1
日本カトリック教会・正義と平和協議会・地球環境をまもる会
2010 年 1 月 19 日(火)
終焉に向かう原子力と温暖化問題
京都大学原子炉実験所
小出 裕章
Ⅰ.IPCC による評価と歪められた主張
地球温暖化と二酸化炭素との関係
IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change、気候変動に関する政府間パネル) は国際連合環
境計画(United Nations Environment Program: UNEP)と国際連合の専門機関である世界気象機関
( World Me-
teorological
Organization:
WMO)によっ
て 1988 年に設
立された組織
です。本来は、
気候変動枠組
条約とは直接
関係のない組
織ですが、科学
的調査を行う
専門機関の設
立が遅れたた
め、IPCC が数
年おきに出し
てきた評価報
告書(Assessment Report)が活用される
ようになりました。図1に IPCC 第4次報
告書に示された地球の平均気温の変化を
示します 1)。これによると、20 世紀後半
には 100 年当たり 1.3 度、最近の四半世
紀だけを考えれば 100 年当たり 1.7 度温
度が上昇しているとされています。
しかし、IPCC が依拠している地上の
温度観測データの信頼性に問題があるこ
とも指摘されていますし、昨年11月に
図1 IPCC が示した平均地上気温
図2 大気中二酸化炭素濃度の変化

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2
は、温暖化しているとして示されてきたデータが実は偽造されていたことも発覚しました。現在、その
ことが深刻な問題として取り上げられるようになってきて、「ウォーターゲート」事件をもじって「ク
ライメットゲート」事件と呼ばれています。しかし、過去 200 年程度の長さを見れば、わずかではあり
ますが、地球が温暖化しているということ自体は、おそらく本当でしょう。
また、一方では図22)に示すように大気中の二酸化炭素濃度も増加しています。そして、その原因に
人間の活動があることも本当でしょう。
京都議定書と二酸化炭素排出権
温暖化をこのまま放置すると人類にとっての世界、そして一部の動植物にとって破滅的な現象となる
可能性もあるように見えます。一方、IPCC はその原因が二酸化炭素を主成分とする温室効果ガスにあ
ると主張し、気候変動防止枠組条約(Framework Convention on Climate Change, FCCC)を中心に、
温室効果ガスの削減が最重要課題であるかのように宣伝されてきました。2003 年には京都で第 3 回締
約国会議(Conference of the Parties, COP)が開かれ、京都議定書が結ばれました。そして、温室効果
ガスの放出に決定的な責任があるいわゆる「先進国」はそれぞれの責任の重さに応じて、温室効果ガス
を削減する義務が規定されました。ところが、最大の責任がある米国は、自らの国益に合わないとの理
由で、京都議定書から離脱してしまいました。日本は 2008 年から 2012 年の平均で、1990 年に比べて
6%削減するように義務付けられ、日本政府は議長国としてその規定を受け入れました。しかし、長く
日本の政権を握ってきた自民党政権は実質的に何らの対策も採らず、環境省が示した 2007 年度の確定
値では、1990 年に比べて削減どころか逆に 8.7%も増加させています 3)。ところが、2008 年度の速報
値では、リーマンショック以降の景気の急速な減速のもとで生産活動が減少し、エネルギー需要が激減
したため、1990 年比 2.0%増まで低下しました。このことは、経済活動のあり方で1年間に7%もの削
減ができることを示しています。
民主党政権に変わって、2040 年に 1990 年に比べて 25%削減すると言うようになりましたが、経済成
長を目指す姿勢自体は自民党政権時代と同じで、原子力をいっそう推進したり、国際的な排出権取引を
使って、カネの力で乗り切るというものでしかありません。この日本という国は、地球温暖化が地球上
の生命環境に重要な問題だと言い、その原因が二酸化炭素放出にあると言いながら、自国が放出する二
酸化炭素の量を一向に減らすつもりがありません。
失敗した「COP15・コペンハーゲン合意」
ブッシュ政権からオバマ政権に変わった米国も再度地球温暖化を防ぐ行動をとるかに見えました。そ
して、昨年暮れには米国も参加してデンマークのコペンハーゲンで COP15 が開かれました。ところが、
「先進国」側が「途上国」側にも責任を負うよう譲らなかったため、会議は決裂、合意文書すらできま
せんでした。この間、急速に経済成長した中国が、今や米国と並んで、二酸化炭素排出量の双璧となっ
たため、中国が実質的な対策を採らなければ、この問題の解決がないとの思いが「先進国」の強硬姿勢
を支えました。しかし、もし二酸化炭素が地球温暖化の原因であるとするなら、いうまでもなくそれを
放出してきたのは、「先進国」であり、「途上国」は一方的にその影響を受けさせられてきたのでした。
その上、京都議定書で決めた約束すら、日本を含め先進国は守っていません。まずは「先進国」が自ら
の責任を果たそうとしないのであれば、いかなる合意もできる道理がありません。

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3
歪められた主張
ただし、二酸化炭素が地球温暖化の原因だと言うのは、後に述べるように科学的に正しくありません。
また、温暖化した時にどのような影響が出るかについても、大きな不確かさがあります。北極の白熊が
絶滅するとかいう主張に至っては宣伝用の誇張です。それでも、影響が現れた時には遅すぎるという主
張は成り立つでしょうし、予防原則を適用して、二酸化炭素の放出を抑えるべきだと言う主張も成り立
つでしょう。しかしそれは科学的な判断ではなく、あくまでも政策的な判断にすぎません。
一番ひどい主張は、二酸
化炭素の放出を減らすた
めには、化石燃料への依存
をやめ、二酸化炭素を出さ
ない原子力に切り替えな
ければいけないという宣
伝です。今日の報告はそれ
が如何にでたらめかを述
べるものですが、現在の二
酸化炭素悪者説には、それ
だけでないたくさんの嘘
があります。まず、地球温
暖化の原因は多様であり、
二酸化炭素だけが原因で
はありません。そして本当
に大切なことは、生命環境
を守るためにはエネルギ
ー浪費を減らすことこそ
必要なのに、それがむしろ
見えなくされてしまって
います。
Ⅱ.原発は最悪
原子力発電もまた大量の二酸化炭素を放出する
原子力とはウランやプルトニウムの核分裂現象を利用します。核分裂現象は、通常の物が燃える場合
に二酸化炭素が出る現象とは異なります。そのため、日本の国や電力会社は「原子力は二酸化炭素を出
さず、環境にやさしい」と宣伝してきました。ただし、その宣伝は、最近では「原子力は発電時に二酸
化炭素を出さない」に微妙に変わってきています。何故でしょう?
100 万 KW の原発を 1 年運転するために必要な作業の流れを図3に示します。図3で中央やや下より
に「原子炉」と書いた部分が原子力発電所です。これを動かせば、今日標準的となった 100 万 kW の原
ウラン鉱山
残土、240 万トン
製錬
濃縮・加工
原子炉
再処理
廃物処分
鉱滓、13 万トン
低レベル廃物
劣化ウラン、160 トン
低レベル廃物
低レベル廃物、ドラム缶 1000 本
廃炉
低レベル廃物
中レベル廃物
ウラン鉱石、13 万トン
天然ウラン、190 トン
濃縮ウラン、30 トン
使用済み燃料、30 トン
高レベル廃物、
固化体 30 本
使用済み燃料、30 トン
プルトニウム、300kg
資材・エネルギー
資材・エネルギー
資材・エネルギー
資材・エネルギー
資材・エネルギー
資材・エネルギー
図3 100 万 kW の原発を 1 年運転するために必要な流れ
70億 kWh
の電気

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4
発の場合、1年間に約 70 億 kWh の電気が生み出されます。しかし、この原子炉を動かそうと思えば、
「ウラン鉱山」でウランを掘ってくる段階に始まり、それを「製錬」し、核分裂性ウランを「濃縮」し、
原子炉の中で燃えるように「加工」しなければなりません。そのすべての段階で、厖大な資材やエネル
ギーが投入され、厖大な廃物が生み出されます。さらに原子炉を建設するためにも厖大な資材とエネル
ギーが要り、運転するためにもまた厖大な資材とエネルギーが要り、そして、様々な放射性核種が生み
出されます。これら厖大な資材を供給し、施設を建設し、そして運転するためには、たくさんの化石燃
料が使われざるを得ません。結局、原子炉を運転しようと思えば、もちろん厖大な二酸化炭素が放出さ
れてしまいます。この事実があるため、国や電力会社も「発電時に」と言う言葉を追加せざるを得なか
ったのでした。しかし、「発電時に」と言うことが原子力発電所を動かすことを示すのであれば、原子
力発電所の建設にも運転にも厖大な資材や化石燃料を必要としているのですから、その宣伝もまた正し
くありません。その上、たしかに核分裂現象は二酸化炭素を生みませんが、その代わりに生むものは核
分裂生成物、つまり死の灰です。二酸化炭素は地球の生命環境にとって必須の物質ですが、核分裂生成
物(死の灰)はいかなる意味でも有害な物質です。二酸化炭素を生まないとの理由だけを強調して、死
の灰に目をつぶる議論はもともと間違っています。
JAROによる裁定
原子力を推進する国や電力会社は、原子力は二酸化炭素を出さないとして、「エコ」であるとか「ク
リーン」であると、マスコミ、ミニコミ、あらゆる手段を使って四六時中宣伝しています。このような
宣伝の洪水に晒されれば、多くの日本人が、それを信じてしまうことはやむをえないことでしょう。そ
の宣伝に違和感を思えた一人の若者がJARO(日本広告審査機構)に、こうした宣伝の正当性につい
て審査を求めました。JARO は専門家による審査委員会を作って検討し、以下のような裁定を下しまし
4)
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
今回の雑誌広告においては、原子力発電あるいは放射性降下物等の安全性について一切の説明なしに、発
電の際に CO2 を出さないことだけを捉えて「クリーン」と表現しているため、疑念を持つ一般消費者も少な
くないと考えられる。
今後は原子力発電の地球環境に及ぼす影響や安全性について充分な説明なしに、発電の際に CO2 を出さな
いことだけを限定的に捉えて「クリーン」と表現すべきでないと考える。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
あまりに当然な裁定ですが、JARO は民間の機関で強制力を持たないため、国と電力会社はこの裁定
を無視して、相変わらず偽りの宣伝を流し続けています。
原子力推進派によるライフサイクルアナリシス
原子力を推進する人たちも、原子力発電を行うためにはさまざまな工程で二酸化炭素を放出すること
を認めています。ただし、彼らは、ライフサイクル全体を含めての評価なるものを行い、原子力が放出
する二酸化炭素は火力に比べれば、はるかに少ないし、太陽光や風力に比べても少ないと主張していま
す。その評価を行ったのは電力中央研究所で、その結果は日本中の原子力推進派によって図45)のよう
に利用されています。この研究では、1kWh の発電をするごとに、石炭火力発電所なら 975g の二酸化

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5
炭素を放出するのに対して、原
子力発電では 22gで済んでし
まうということになっていま
す。これが本当なら、53g の太
陽光発電、29g の風力発電に比
べても、原子力は二酸化炭素放
出量が少ないことになります。
事実に基づかないシナリオ
しかし、ライフサイクル全体
での二酸化炭素の放出量を評
価するためにはそれぞれの発
電方法が、どのような工程とど
のような作業で構成されるか
のシナリオを描かなけれ
ばいけません。彼らがどん
なシナリオを描いたのか
は、図5を見れば分かりま
す。電力中央研究所が行っ
たこの評価6)では4種類の
シナリオが取り上げられ
ました。日本には東京電力
などが使っている沸騰水
型(BWR)と関西電力など
が使っている加圧水型
(PWR)の 2 種類の原発が
あります。また、原子力発
電所の使用済み燃料中に
はプルトニウムが生成・蓄
積されてきますが、それを
再処理によって取り出し、
燃料として利用する「リサイクル」という選択肢も考えられています。そのため、原子炉の型とリサイ
クルの有無によって 4 種類のシナリオが取り上げられました。図4に示されている 22g/kWh という値
は、図5の左から2番目の「BWR(リサイクル)」のもので、二酸化炭素の放出量が一番小さく評価さ
れたものです。図4は関西電力の HP に掲載されている図ですが、関西電力はもともと BWR ではなく
PWR を使っています。その上、再処理は一向に進んでおらず、リサイクルなどできていません。した
がって、もし関西電力が事実に即して描くのであれば、PWR(基本)の 29g と描くべきでしょう。そ
うすれば、それだけで、原子力が放出する二酸化炭素は風力と同じになります。こんなところでも推進
22
24
18
21
64
58
69
62
7
6
14
12
13
11
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
その他
再処理など
濃縮
発電
基本 リサイクル
基本 リサイクル
24(26) 22(23) 29(31) 25(26)
g-CO2/kWh
(送電端)
BWR
PWR
「再処理など」は再処理、MOX 製造、HLW 貯蔵・処分を含む。
( )内の数値は、使用済み燃料を 200 年間の貯蔵後に最終処分する場合。
図5 推進派による原子力発電の工程別二酸化炭素放出割合
図4 原子力推進派による各種電源の
ライフサイクル二酸化炭素放出量の評価の宣伝

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6
派の姑息な宣伝が見て取れます。
また、図5から見て取れるように、どのような仮定を採っても、6割前後は「濃縮」作業から放出さ
れることになっており、廃物処分など「その他」の工程から放出される割合は1割強に過ぎないとされ
ています。しかし、図5の脚注にも書かれているように、使用済み燃料の保管期間が 200 年になれば、
それだけで二酸化炭素放出量は 1∼2g 増えてしまいます。後で述べるように、使用済み燃料は 100 万年
に亘る管理が必要な毒物で、仮に 20 万年貯蔵するなら放出される二酸化炭素はさらに 1000∼2000g も
増えてしまうことになります。シナリオが描けない段階で、二酸化炭素の放出量を計算し、あたかも原
子力利用での二酸化炭素放出量が少ないかのように主張することはもともと正しくありません。
厖大な温廃水
今日 100 万 kW と呼ばれる原子力発
電所が標準的になりましたが、その原子
炉の中では 300 万 kW 分の熱が出てい
ます。その 300 万 kW 分の熱のうちの
100 万 kW を電気にしているだけであ
って、残りの 200 万 kW は海に捨てて
います(図67参照)。私が原子力につ
いて勉強を始めた頃、当時、東大の助教
授をしていた水戸巌さんが私に「『原子
力発電所』と言う呼び方は正しくない。
あれは正しく言うなら『海温め装置』だ」
と教えてくれました。300 万 kW のエネ
ルギーを出して 200 万 kW は海を温めている、残りの 3 分の 1 を電気にしているだけなのですから、メ
インの仕事は海温めです。そういうものを発電所と呼ぶこと自体が間違いです。
その上、海を温めるということは海から見れば実に迷惑なことです。海には海の生態系があって、そ
こに適したたくさんの生物が生きています。100 万 kW の原子力発電所の場合、1 秒間に 70 トンの海
水の温度を 7 度上げます。東京にある河川では、荒川で 1 秒間に 30 トン、多摩川で 40 トンしか水量が
ありません。日本全体でも、1 秒間に 70 トンの流量を超える川は 30 に満ちません。原子力発電所を造
るということは、その敷地に忽然として暖かい大河を出現させることになります。また、7度の温度上
昇が如何に破滅的かは、入浴時のお湯の温度を考えれば分かるでしょう。皆さんが普段入っている風呂
の温度を7度上げてしまえば、決して入れないはずです。しかし、それぞれの海には、その環境を好む
生物が生きています。その生物たちからみれば、海は入浴時に入るのではなく、四六時中そこで生活す
る場です。その温度が7度も上がってしまえば、その場で生きられません。
ライフサイクル全体を評価したと言っている原子力推進派の評価では、この温廃水についての考慮は
ありません。でも、地球上の二酸化炭素の大部分は海水に溶けており、海水を温めれば、二酸化炭素が
大気中に出てきます。ビールやコーラなど炭酸飲料を温めれば、二酸化炭素がぶくぶくと泡になって出
てくるのと同じです。では、1 秒間に 70 トンの海水を 7 度温度を上げると一体どれだけの二酸化炭素
が大気中に追い出されてくるでしょうか? 例えば、15℃の海水を 22℃に温める場合を考えてみまし
図6 「原子力発電所」は「海温め装置」

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ょう。 15 ℃ における二酸化炭素の水への溶解度は 2.00g-CO2/kg-water 、 22 ℃ のそれは
1.62-CO2/kg-water です 8)。そのデータを下に計算すると、それだけで 1kWh 当り 100g になります。
ライフサイクル全体を考えて 22g だなどと言っていた原子力推進派の主張が如何に馬鹿げているか分
かります。もちろん、太陽光にしても風力にしても海を温めることなどありませんので、この効果を考
慮に入れただけで、原子力はあらゆる自然エネルギーに比べて二酸化炭素の放出量が多くなります。
原子力ははじめから終わりまで放射能のごみを生む
ウランの核分裂反応は二酸化炭素を出しませんが、代わりに出るものは核分裂生成物と呼ばれる死の
灰です。それをどのように管理あるいは始末するかは生命体の生存にとって極めて重大な問題です。た
だし、問題はそれだけでは済みません。原子力を利用しようとすれば、ウラン鉱山でウランを掘ってく
る段階から厖大な放射性のごみを生みます。次に、掘ったウランを原子炉で燃えるように濃縮し、加工
したりしなければなりませんが、その過程でもまた放射能のごみが出ます。さらに、原子炉を動かせば、
使用済みとなった燃料は厖大な核分裂生成物を含んだ塊として人類の未来に大きな負債となります。
ウラン残土すら始末できなかった日本
たとえば、原子力利用の一番初めの段階であるウラン鉱山では 240 万トンもの残土(放射能を持った
廃物)が鉱山周辺に捨てられることになります。
日本では、1954 年に原子力予算が成立しました。そして、すぐにウラン探鉱が始まり、1955 年暮に
は岡山・鳥取両県の県境にある人形峠周辺の地域がウラン鉱山として有望とされ、静かな山村が一気に
「宝の山」と変わりました。原子燃料公社が設立され、およそ 10 年にわたって、ウランの試験的な採
掘が行われました。その挙げ句に、人形峠のウランなど全く採算がとれないことが明らかとなって、採
鉱作業は放棄され、鉱山は閉山されました。そのあと原子燃料公社は動力炉核燃料開発事業団(以下、
動燃)に改組されました。そして、海外からのウラン鉱石を人形峠まで運び込んで製錬・濃縮試験を始
めました。当初、坑内労働にかり出された住
民たちも、一部は動燃の下請企業労働者とし
て働き、一部は静かな生活を営む山村の住民
に戻りました。鉱山として住民から借り上げ
られていた土地もすでに住民の土地に戻っ
ていましたが、88 年になって、その土地に
鉱石混じりの土砂が 20 万 m3、ドラム缶に詰
めれば 100 万本に達する量が、野ざらしのま
ま打ち捨てられていることが発覚しました。
残土の堆積場では、放射線作業従事者でも
許されないほどの放射線が測定され(図7)、
半ば崩れた坑口からは放射線取扱施設から
敷地外に放出が許される濃度の1万倍もの
ラドンという放射能が検出されました。それ
でも、動燃は残土堆積場を柵で囲い込むなど
0
10
20
30
40
50
60
70
80
()内の数字は年間の被曝量
[ミリシーベルト/年]
[ミリシーベルト/年]
放射性廃[棄]物の規制免除線量 (0.01)
原発の敷地境界目標値 (0.05)
一般公衆の線量限度 (1)
管理区域境界での上限線量 (15)
職業人の線量限度(20)
地上
1m
人形峠ウラン残土
図7 人形峠残土堆積上での放射線量率

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8
の手段をとっただけで残土の放置を続け、行政は安全宣言を出してそれを支えました。ただ、鳥取県側
の小集落方面(「かたも」と読む)地区だけは、動燃、行政の圧力をはねのけ、残土の撤去を求め続け
ました。私有地の不法占拠を続けることになった動燃は、1990 年になって、やむなく残土を人形峠事
業所に撤去する協定書を結びました。ところが、それまで残土の安全宣言を出していた岡山県は、事業
所が岡山県に立地していることを理由に、鳥取県からの残土の搬入を拒み、動燃も岡山県の反対を口実
に撤去を先延ばししました。
方面地区住民の苦闘の末、最高裁まで争われた裁判で、ついに 3000m3 の残土の撤去命令が確定しま
した 9)。その間に、「もんじゅ」事故など数々の失態を繰り返していた動燃は、日本原子力研究所と統合
されて、日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構)になりました。そして、その原子力機構は、撤
去を命じられた残土のうちウラン濃度の高い残土 290m3 を日本国内ではどこにも棄てることができず、
ついにアメリカ先住民の土地に棄てに行きました。従来は単なる「捨て石」で何の危険もないと言って
きた残土を突然「準鉱石」だと言い、「商業的」な目的で「製錬」してウランを取り出すのだと言い出
したのでした。ただし、この残土は重量にして 500 トン、平均ウラン含有量は 0.03%U で、含有されて
いるウランを 100%取り出したとしても
150kg にしかなりません。ウランの価格
を33$/ポンドとしても高々100万円です。
ところが、この「商業的」な取引とされ
る「製錬」のために原子力機構は 6 億 6000
万円を支出しました。原子力機構が行っ
たことは、自分で始末の付けられなかっ
たごみを他者に押しつける行為で、国境
を越えたことを取り上げれば「公害輸出」
と呼ぶべきものです。
ちなみに、残土が搬出された土地は米
国ユタ州ホワイトメサにあるインターナ
ショナル・ウラニウム・コーポレーショ
ンで、そこはアメリカ先住民ナバホ族、
ホピ族などの土地です(図8参照)。
低レベル放射性廃物
図3には原子炉の運転に伴って「低レベル放射性廃物」が生じることを記しましたが、その廃物は現
在青森県六ヶ所村に次々と埋め捨てにされています。そして、日本の国は、それが安全になるまでに 300
年間管理するのだと言っています。日本で原子力発電を行って利益を得ているのは電力会社です。当然、
生み出す放射能のごみに責任があるのは、電力会社のはずです。しかし、現在の九電力が生まれたのは
戦後で、その歴史は未だに 58 年しかありません。その電力会社が放射能のごみを 300 年間管理すると
保証できる道理がありません。そこで、電力会社は放射能のごみは国の責任で管理してくれるよう求め、
日本の国はそれを受け入れました。しかし、300 年と言う時間の長さはどの程度の長さなのでしょうか?
明治維新で現在の日本の国家体制ができてからわずか 141 年しかたっていません。米国など未だに 233
図8 アメリカ先住民の土地と4コーナー

Page 9
9
年の歴史しかありません。
現在から 300 年昔にさか
のぼれば元禄時代、忠臣蔵
討ち入りの時代です。その
時代の人々が現在の私た
ちの社会を想像できた道
理がないように、私たちが
300 年後の社会を想像す
ることなど到底できませ
ん。もちろん現在の電力会
社など存在しないでしょ
うし、民主党という政党も、
自民党という政党もないでしょう。日本の国すらないかもしれない彼方です。それにもかかわらず、生
み出した放射能のごみを 300 年にもわたって一体どうやって誰の責任で管理するのでしょう?
どうにもできない使用済み燃料
現在日本には 54 基、4900 万 kW 分の原子力発電所が動いていて、私たちは電気が欲しいといって原
子力発電を動かしながら、毎年、広島原爆約 5 万発分に相当する死の灰を生み出しています。日本で原
子力発電が始まって以降、原子力発電はたしかに6兆 kWh を超える電力を生み出しました。しかし、
その裏で不可避的に生み出した死の灰の総量は、すでに広島原爆 110 万発を超えています(図9参照)。
正直に言うと、私自身その恐ろしさを実感できません。
日本人の一人ひとりが等しくこの放射能に責任があ
るとは思いませんが、もし原子力の恩恵を受けている
今の世代の人間が等しく責任を負うとするならば、セ
シウム 137 の減衰を考慮してなお、わずか 150 人で
広島原爆 1 発分の放射能に責任を負うことになりま
す。
人類初の原子炉が動き出したのは1942年のことで
した。それ以降すでに 60 年以上の歳月が過ぎ、その
間死の灰を死の灰でなくそうと研究が続けられてき
ましたが、困難はますます増えるばかりで一向にその
方法が視えません。人類は死の灰を生み出すことはで
きるようになりましたが、死の灰を無毒化する力を持
っていません。そうなれば、できることは死の灰を人
類の生活環境から隔離することしかありません。放射
能にはそれぞれ寿命があり、一口に「死の灰」といっ
ても、寿命の長いものも短いものもあります。代表的
な核分裂生成物、セシウム 137 の半減期は 30 年です。
表1
気が遠くなる時間の長さ(2010 年現在)
日本で原子力発電が動き始めて(1966 年)から
44 年
現在の 9 電力会社ができて(1951 年)から
59 年
日本初の電力会社(東京電灯)ができて(1886 年)から
124 年
明治維新(1868 年)から
142 年
アメリカ合州国建国(1776 年)から
234 年
忠臣蔵の討ち入り(1702 年)から
308 年
邪馬台国(卑弥呼)から
約 1,800 年
神武天皇(?)即位から
2,670 年
低レベル放射性廃物のお守り
300 年
高レベル放射性廃物のお守り
1,000,000 年
1970
1980
1990
2000
0
1
2
3
4
5
6
7
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
110
120
[兆kWh]
広島原爆に換算した
核分裂生成物生成量
[万発分]
累積生成量
当該年度に蓄積している量
累積発電量
(セシウム137として減衰を考慮)
図9 日本の原子力発電による累積発電量と
核分裂生成物の累積生成量

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10
それが 1000 分の 1 に減ってくれるまでには 300 年の時間がかかります。
その上、原子力発電が生み出す放射能には、もっとずっと長い寿命を持った放射能があります。たと
えば、長崎原爆の材料にもなったプルトニウム 239 の半減期は 2 万 4000 年で、それが 1000 分の 1 に
なるまでには 24 万年かかります。原子力発電所の使用済み燃料(あるいはそれを再処理して生じる高
レベル放射性廃物)は、およそ 100 万年に亘って人間の生活環境から隔離しなければならない危険物で
す。日本では現在、青森県六ヶ所村に建設された貯蔵施設(高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター)
に、およそ 50 年間を目処に一時的に貯蔵して当座をしのいでいます。また、2000 年 5 月に「特定放射
性廃棄物の最終処分に関する法律」が成立し、その廃物は、深さ 300∼1000mの地下に埋め捨てにする
方法が唯一のものと決められました。しかし、どんなに考えたところで、100 万年後の社会など想像で
きる道理がありません。もちろん現存しているすべての国は消滅しているでしょうし、人類そのものが
存在しているかどうかすら分かりません。その頃にもし人類がこの地球上に存在していれば、地下 300
mや 1000mなど、ごく普通の生活環境になってしまっているかも知れません。地層処分の選択をせざ
るをえなかったのは、他に考えた方策がどれもだめだったからに過ぎません(図10参照)。結局、人
類は原発が生み出す廃物の処分方法を知らないまま今日まで来てしまいました。いまだにその処分法を
確定できた国は世界に1つもありません。
もし、高レベル放射性廃物を現在の日本の国が言っているような方法でなく、きちんと管理し続けよ
うとすれば一体どのような手
段があるのか、現在の科学で
は、シナリオすら描けません。
したがって、一体どれくらい
のエネルギーが必要になるか
定量的に示すこともできませ
んが、発電して得たエネルギ
ーをはるかに上回ってしまう
ことは想像に難くありません。
もちろん、二酸化炭素の放出
も膨大になってしまうでしょ
う。
温廃水をもう一度考える
日本というこの国が国家として「美しい」とは思えませんが、気候に恵まれた、得がたい生命環境だ
と私は思います。たとえば、雨は地球の生態系を持続させる上で決定的に重要なものですが、日本の降
水量は平均で 1700mm/年を超え、世界でも雨の恵
みを受けている貴重な国の一つです。国土全体で
は毎年 6500 億トン近い雨水を受けています。それ
によって豊かな森林が育ち、長期にわたって稲作
が持続的に可能になってきました。また、日本の
河川の総流量は約 4000 億トンです。一方、現在日
表2 原発の温廃水の厖大さ(1年毎)
日本の全降水量
6500 億トン
日本の全河川流量
4000 億トン
55 基の原発の温廃水
(7度温度を上げて海に戻す)
1000 億トン
図10 高レベル廃物処分は地層処分だけ?

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11
本には 54 基、電気出力で約 4900 万kW の原子力発電所があり、それが流す温廃水の総量は1年間に 1000
億トンに達します。日本の全河川の流量に換算すれば約2度も暖かくしていることになり、これで温暖
化しなければ、その方が不思議です。
もちろん日本には原子力発電所を上回る火力発電所が稼動していて、それらも冷却水として海水を使
っています。しかし、現在の原子力発電所は、燃料の健全性の制約からタービンに送る蒸気温度を高々
280℃までしか上げることができず、発電の熱効率は約 33%でしかありません。一方、最近の火力発電
所では、500 度を超える高温の蒸気を利用できるようになり、発電の熱効率は 50%を超えています。つ
まり、海に捨てるエネルギーは、化石燃料を燃やしてでてきたエネルギーの半分以下で済みます。もし
原子力から火力に転換することができれば、それだけで海に捨てる熱をはるかに少なく済ませることが
できます。その上、火力発電所を都会に建ててコジェネを使えば、総合のエネルギー効率を 80%にする
ことも可能です。しかし、原子力発電所は都会に建てられず、この点でも原子力は失格です。
Ⅲ.温暖化と二酸化炭素の
因果関係
温暖化は19世紀初めから
人類による化石燃料の消費が急速に
進み、二酸化炭素放出が激増したのは、
第二次世界戦争後、つまり 1946 年以
降のことです(図 1110参照)。では、
現在観測されている地球の温暖化とい
う現象はいつから起きているのでしょ
う? 1800 年です(図 1211参照)。
つまり人類による二酸化炭素
放出が始まる前から温暖化の
現象は起きており、これは地球
の自然の現象です。19 世紀と
20 世紀前半の気温の上昇速度
は 100 年に 0.5 度程度でした。
それが 20 世紀後半になって先
に述べた様に 100年に 1.3度程
度に上昇率が増えているよう
にみえます。そのため、二酸化
炭素を悪者視する IPCC すら 20
世紀後半の温暖化に限って二
酸化炭素が主因だと主張して
いるにすぎません。しかし、20
図11 二酸化炭素の急激な放出は 20 世紀の後半
図12 大気温の上昇は 19 世紀初めから始まっている
推定の不確かさは過去に遡るほど大きく、それを灰色のグラデュエーションで示した

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12
世紀後半の温暖化に二酸化炭素の影響があるとしても、地球上の生命環境を破壊してきた原因は、多様
な人間活動そのものにあります。二酸化炭素放出など人類の諸活動のただ1つに過ぎませんし、生命環
境破壊の原因のすべてを二酸化炭素に押し付けることはもともと間違っています。その上、二酸化炭素
濃度の増加が地球温暖化の原因だとする主張とは、逆の結果を示しているデータもあります(図 1312)。
この図は、よく議論されているように、二酸化炭素の長期的上昇傾向を差し引いた上でのもので、二酸
化炭素濃度の上昇自体は前提にされています。しかし、それでもなお気温が上がった後に二酸化炭素濃
度が増え、気温が下がると二酸化炭素濃度が減る、つまり、気温が上下することで二酸化炭素が上下し
ていることを示しています。どうしてそうなるかも説明できます。すなわち、先に書きましたとおり、
地球上の二酸化炭素はそのほとんどが海水中に溶け込んで存在していています。気温が上がることで、
海水の温度が上がり、海水に溶け込んでいた二酸化炭素が大気中に出てくることは当然です。このよう
に、地球の大気温度の変化、二酸化炭素濃度の変化は、お互いに影響し合う関係にあるし、その要因も
複雑です。
地球温暖化の要因には自然要因もあるし、人為要因もある
自然は大変複雑な系です。その地球の温度
も地球誕生以降大きな変動を繰り返してきま
した。人類などまだ誕生する以前には現在よ
りさらに高温だった中生代があり、恐竜たち
が生きていました。新生代に入っても、大き
な氷河期を4回も経験し、現在は4番目の氷
河期が終わった温暖期にあります。現在問題
にされている最近 150 年間の温度増加など
高々0.8 度程度でしかありませんが、それぞ
れの氷河期とそれが終わった温暖期の気温に
は約 10 度もの違いがありました(図 1410
照)。それでも、北極の白熊を含め、こんなこ
図14
氷河期と間氷期の環境
図13 気温と二酸化炭素濃度の変化の順序

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13
とで絶滅はしませんでした。現在、北極の白熊
などが絶滅の危機に瀕しているのは温暖化のた
めではなく、人類が地球上にはびこりすぎ、他
の生物の生命環境を侵食してきたからです。
地球の温度に影響する原因のうち、人為的要
因でない自然の要因にも、地球の歳差運動が関
係するミランコビッチサイクル、太陽活動によ
る変動サイクル、エル・ニーニョやラ・ニーニ
ャなど地球自体の要因、さらには火山の爆発な
どの要因もあり、大気中の二酸化炭素濃度も気
温も長い周期、短い周期、あるいは大幅小幅に
と多様な変化をしてきました。観測している地球の平均気温も大気中の二酸化炭素の濃度もそれらすべ
てが関係しながら変動しています。図 1513)に示すように、ここ数年は、温暖化どころか地球は寒冷化し
ています。IPCC の関係者は、これは小さな変動でいずれまた温暖化に向かうと主張していますが、そ
うかも知れないし、そうでないかも知れません。人為的な要因が地球を温暖化させている可能性は高い
と私は思いますし、「予防原則」を適用して、その温暖化を防止しようということも必要かもしれませ
ん。しかし、すでに述べたように、それは科学の議論ではなく政治的、政策的な議論の範疇に入ること
です。
人類の諸活動が引き起こした災害には、大気汚染、海洋汚染、森林破壊、酸性雨、放射能汚染、さら
には貧困、戦争などがあり、温暖化はそのうちの一つに過ぎません。そしてその温暖化の原因の一つの
要因に二酸化炭素があるというに過ぎません。それにもかかわらず、二酸化炭素の放出を減らすことが、
何よりも大切だと多くの人が思わされています。地球温暖化問題は現時点では、科学的な根拠が薄弱な
まま、政治的に引き回されています。
Ⅳ.何よりも必要なことはエネルギー消費を抑えること
エネルギーと寿命
人類を他の生物と区別して人類らしくしたものは火や道具の使用でした。そして、エネルギーの消費
は人類の寿命にも密接に関係しています。図 16 に過去の日本のエネルギー消費量と寿命との関連を示
します。現在、日本は世界一の長寿命国になっていますが、100 年前は、日本人の平均寿命は 40 歳代
でした。当時はまだ日本では電気すらろくに使えない時代でしたし、一人ひとりのエネルギー消費量も
現在の私たちに比べれば 10 分の1ほどしかありませんでした。ただ、図 16 を細かく見れば、幾つか大
切なことに気づきます。第1に、利用できるエネルギー量が絶対的に少ないと人は長生きできないと言
うことです。第2は、絶対的に不足していたエネルギー消費量をわずかに増加させることができれば、
寿命が飛躍的に延びるということ、そして第3に、ある程度以上のエネルギー消費は寿命の延長に役に
立たないということです。1960 年代の高度成長期やバブル期を含めた 1990 年前後には、エネルギー消
費は急激に伸びましたが、その期間における寿命の延びはほんのわずかでしかありません。今の日本で
は、生きることではなく、贅沢をするためにエネルギーが使われています。
図15 最近は寒冷化すらしている

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14
地球の歴史と人類の歴史
地球は 46 億年前に誕生したといわれま
す。誕生当初の地球は生命が根付くには過
酷過ぎ、生命が誕生するまでには数億年の
時の流れが必要でした。40 億年前に生まれ
た生命は、おそらくは今の常識から言えば、
生命と呼ぶにはあまりにも原始的なものだ
ったでしょう。その後、様々な生物種が生
まれ、そして滅びました。人類と呼べるよ
うな生物種がこの地球上に誕生したのは、
400 万年前とも 600 万年前とも言われます
が、地球や生命の歴史に比べれば、人類の
歴史などいずれにしても 1000 分の 1 の長
さでしかありません。もし、地球の歴史を 1
年として1月1日から時をたどれば、人類
が発生したのは春も夏も秋も過ぎ、冬が来
て、大晦日の午後になってからに過ぎません。
その人類は現在地球上で栄華を極めていますが、人類が今日のようにエネルギーを膨大に使い始める
ようになったのは 18 世紀末の産業革命からで、それ以降わずか 200 年しか経っていません。それを地
球の歴史を 1 年と考える尺度に当てはめれば、大晦日の夜 11 時 59 分 59 秒にしかならず、残り 1 秒の
ことです。その 200 年の歴史で人類が使ったエネルギーは人類が数百万年で使った全エネルギーの 6 割
を超えます。
産業革命以降の生物の絶滅
そのため、地球の生命環境は危機に瀕しています。
命あるものいずれ死ぬのは避けられません。個体にし
てもそうですし、種としての生物もそうです。地球上
には、これまでにもたくさんの生物種が生まれては滅
んできました。数千万年前までこの地球を支配してい
たといわれる恐竜たちも、忽然と姿を消しました。そ
の原因は、宇宙からの巨大隕石の落下だという説もあ
れば、肉体が巨大化しすぎて生命を維持できなくなっ
たとの説もあります。しかし、恐竜たちからみれば、
いずれにしても万やむをえない理由で絶滅に追い込
まれたのでしょう。人類も一つの生物種として、いず
れは絶滅します。ところが、図 17 に示すように、産
業革命以降のエネルギー浪費と軌を一にして、人類は
0
2
4
6
8
10 12 14
40
50
60
70
80
1890
1910
1920
1930
1935
1947
1950
1955
1960
1965
1970
1975
1980
1986
1989
平均寿命[歳]
1人、1日当たりエネルギー供給量[万kcal]
1993
2000
2002
2005
図 16 日本におけるエネルギー消費量と寿命
0
10
20
30
40
50
60
1500
1600
1700
1800
1900
2000
Durrell,1987
[万種]
図 17 人類が絶滅に追い込む生物種

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15
地球上に住む多くの生物種を絶滅に追い込ん
できました。この絶滅は温暖化のためにもたら
されたのではありません。人類がエネルギーの
浪費をしながら、地球の生命環境をさまざまな
形で乱開発してきた結果です。それは今現在で
もいっそうひどい形で続いています。
エネルギー消費の格差
ただし、地球の生命環境を破壊している罪は
人類に等しくあるのではありません。世界でエ
ネルギーがどのように分配され使用されてい
るかを図 18 に示します。一人当たりの消費量
で言えば、最もエネルギーを消費している国と
最もエネルギーを利用できない国とでは 1000
倍の格差があります。また、私たち日本人一人
ひとりも世界平均の約2倍、アジア諸国に比べ
れば 10 倍から 100 倍のエネルギーを使ってい
ます。
また世界人口を四つにわけ、エネルギ
ーをたくさん使う順番に「工業文明国
(いわゆる先進国)」、「工業文明追従国
(いわゆる発展途上国)」、「第三世界の
半分」、「極貧の第三世界」としましょう。
それぞれのグループには、いずれも約
16 億人の人間が含まれます。そして、
それぞれのグループが世界全体で使う
エネルギーのどれだけの割合を使って
いるかを考えてみます。まず、「工業文
明国」の人間が、エネルギー使用量全体
の 68%を使ってしまいます。次に「工
業文明追随国」が 17%を使い、世界人
口の半数を占める第三世界の人々には、
全体のわずか 15%しか残されません。
第三世界の中でも奪い合いがあり、強い
方のグループが全体の 10%を使い、最
もエネルギーを使えない「極貧の第三世
界」はわずか5%しか使えません。
0
10
20
30
40
40
50
60
70
80
平均寿命[歳]
1人、1日当たりエネルギー消費量[万kcal/日]
カザフスタン
南アフリカ共和国
クエート
カタール
アラブ首長国
USA
カナダ
日本
アイスランド
ロシア
トルクメニスタン
コスタリカ
ジンバブエ
ザンビア
窮乏国家群
エネルギー浪費国家群
エネルギー
アフリカ
アジア
中近東
南アメリカ
中央アメリカ
オセアニア
ヨーロッパ
北アメリカ
トリニダート・トバゴ
図 19 世界各国のエネルギー消費量と
平均寿命の関係(2003 年)
0
10
20
30
40
50
60
0
20
40
カタール他中東産油国
中国
インド
メキ
ブラ
イン
シア
世界平均
ナイ
パキ
ングラデ
シュ
累積人口[億人]
1人1日当たりエネルギー消費量[kcal]
図 18 エネルギー消費の格差と不公平
人口は 2006 年、エネルギー消費は 2002 年の値

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16
世界の国々の平均寿命
図 16 は日本という一つの地域について、時間的なエネルギー使用量の変化を尺度として寿命がいか
に変わるかを示しました。同じことは、今日というある時刻の中での、世界各国のエネルギー使用量の
違いを尺度にしても言えます。図 19 に世界各国のエネルギー消費量と寿命との関係を示します。上部
に横に長く分布している「エネルギー浪費国家群」では、現在の日本がそうであるように、エネルギー
使用量をいくら増やしても寿命を延ばすことはもはやできません。逆に、図の左の軸周辺に「エネルギ
ー窮乏国家群」として示した国々の中では、使用できるエネルギー量が絶対的に欠乏しているため、生
命自身を維持できない国があります。そうした国の中には平均寿命がいまだに 30∼40 歳代の国があり
ます。もし、そうした国で、エネルギー消費を少しでも増やすことができれば寿命は飛躍的に長くなり
ますが、残念ながら世界の政治の状況はそれを許しません。
環境破壊の責任はごく一部の「先進国」にある
種としての人類が地球環境を破壊してきて、今またそれを加速していることは確実です。しかし、人
類の内部を見れば、一方には生きることに関係ないエネルギーを厖大に浪費する国がある一方、生きる
ために必要最低限のエネルギーすら使えない人々も存在しています。今この地球上には、11 億もの人々
が「絶対的貧困(1日1ドル以下で生活し、食べるものがない、きれいな飲み水がないなど、生きてい
くのに最低限度必要なものさえ手に入
れることのできない状態)」に喘ぎ、5
億の人々が飢餓に直面しています。「先
進国」に住む私たちが贅沢な暮らしをす
れば地球環境はますます悪化しますが、
悪化に対処することができない貧しい
国々の人々はますます苦況に追いやら
れます。
危機的な日本の環境
日本においては 1880 年代以降、50
年で 10 倍になるような率でエネルギー
消費の拡大を続けてきて、現在、日本へ
の日射量の総量に比べて約 0.6%のエネ
ルギーを人為的に消費しています(図
20 参照)。太陽から地球に届くエネルギ
ーのうち、3 割は地球の大気表面で直接
反射されてしまいますし、一部は雲で反
射され、地表に達するのはまた一部にな
ります。また、地球に達する太陽エネル
ギーのうちわずか 0.2%のエネルギーで、
風、波、空気の対流など、私たちが自然
1900
2000
2100
0.001
0.01
0.1
1
10
100
1000
日本全土への太陽エネルギー入射量
(A)
(Aの10%)
(Aの1%)
(Aの0.66%)
エネルギー総供給量実績
通産省による将来予測値
[x10
16
kcal]
(Aの10倍)
図 20 日本におけるエネルギー総供給量の変遷
(太陽エネルギーの 0.2%の部分は、風、浪、空気の対流など、い
わゆる自然現象を引き起こすために使われている。日本の平均日
射量と比べると 0.66%程度になる。)
太陽定数を 1.36kW/m2、日射量の平均値として 256kcal/cm2/yr、日
本の総面積は 37.8 万 km2 とした。

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17
現象と呼んでいる現象が起きています。日本への日射量と比較するとそれはほぼ 0.66%になります。つ
まり、今現在、私たちは日本で自然現象起こしているエネルギーとほぼ等しいエネルギーを人為的に使
っていることになります。もし、このままエネルギー消費の拡大を続けるならば、数年後には日射量の
1%、2050 年には 10%、2100 年には太陽が日本に与えてくれているエネルギーと等しいだけのエネル
ギーを人為的に消費することになってしまいます。そうした時代がどんな時代になるか人類には経験が
ありません。またそれを予測できるような学問もありません。しかし、かりにその時代の日本において
まだ人が生きられたとしても、従来と同じスピードでエネルギーの浪費を続けるかぎり 2150 年には日
射量の 10 倍、2200 年には 100 倍のエネルギーを使うことになってしまいます。そのような未来に人類
が生き延びられないことは当然です。エネルギーの浪費に慣れてしまった日本人にとって、エネルギー
消費を抑えることは容易なことでありません。そのため、多くの日本人は消費を抑えることなど出来な
い、もっと便利に暮らしたいと言います。しかし、できなければ、自らの生きる環境を失うだけです。
危機の顕在化はどこで
現在騒がれている地球温暖化問題は、地球全体で進行する危機を扱っています。しかし、危機は地球
全体だけでなく、個別地域的に起こってきました。日本で起きた数々の公害もそうでしたし、ヨーロッ
パの酸性雨もまた地域的に多大な被害を生じました。核実験による放射能汚染にしても、もちろん全地
球的な汚染もありましたが、実験場周辺での被害が深刻でした、同じことはチェルノブイリ原子力発電
所の事故でもいえます。温暖化ということであれば、都市のヒートアイランド化も問題でしょう。
世界各国が、それぞれの国に降り注ぐ太陽エネルギーに比べて、どれだけのエネルギーを消費してい
るかを図 21 に示します。太陽からの入射
エネルギーの 0.2%で自然現象が起きてい
るのに対して、シンガポールのような非常
に狭い地域を限定的に考えれば、すでに太
陽エネルギーの3%を超えるエネルギー
を人為的に使っています。日本の国土は 37
万 8000km2 あり、シンガポールや香港に
比べれば、はるかに広い地域ですが、それ
でもすでに 0.17%に達しています。もちろ
ん、世界全体を見れば、エネルギーをほと
んど使っていない国々もありますが、危機
が顕在化するのは、図 21 に引いた黒の点
線に近い国々でしょう。日本という国も危
機の最先端にいることが分かります。
地球温暖化問題が現在の最重要課題だ
と言っている人たちは、自分が関わってい
る課題だけしか見えなくなって、広い視野
を忘れています。それは、「温暖化予測業
界の論理でしか考えられなくなった14)
0.01
0.1
1
10
100
1000
1e−06
1e−05
0.0001
0.001
0.01
0.1
1
シンガポール
香港
バーレーン
日本
国土面積[万km
2
]
太陽光入射量との比[%]
図21 危機はいつどこで顕在化するか?

Page 18
18
と彼ら自身が自戒を込めて書いている通りです。
少欲知足
いったい、私たちはどれほどのものに囲まれて生きれば幸せといえるのでしょう?
人工衛星から夜の地球を見ると、日本は不夜城のごとく煌々と夜の闇に浮かび上がります。建物に入
ろうとすれば、自動ドアが開き、人々は階段ではなくエスカレーターやエレベータに群がります。夏だ
というのに冷房をきかせて、長袖のスーツで働きます。そして、電気をふんだんに投入して作られる野
菜や果物は、季節感のなくなった食卓を彩ります。
地球温暖化、もっと正確に言えば気候変動の原因は、日本政府や原子力推進派が宣伝しているように、
単に二酸化炭素の増加にあるのではありません。産業革命以降、特に第二次世界戦争以降の急速なエネ
ルギー消費の拡大の過程で二酸化炭素が大量に放出されたことは事実ですし、それが気候変動の一部の
原因になっていることも本当でしょう。しかし、生命環境破壊の真因は、「先進国」と呼ばれる一部の
人類が産業革命以降、エネルギーの膨大な浪費を始めたこと、そのこと自体にあります。そのため、多
数の生物種がすでに絶滅させられたし、今も絶滅されようとしています。地球の環境が大切であるとい
うのであれば、二酸化炭素の放出を減らすなどという生易しいことではすみません。すでに述べたよう
に、人類の諸活動が引き起こした災害には大気汚染、海洋汚染、森林破壊、酸性雨、砂漠化、産業廃棄
物、生活廃棄物、環境ホルモン、放射能汚染、さらには貧困、戦争などがあります。そのどれをとって
も巨大な脅威です。温暖化が仮に脅威だとしても、無数にある脅威の一つに過ぎませんし、その原因の
一つに二酸化炭素があるかもしれないというに過ぎません。日本を含め「先進国」と自称している国々
に求められていることは、何よりもエネルギー浪費社会を改めることです。あらゆる意味で原子力は最
悪の選択ですし、代替エネルギーを探すなどと言う生ぬるいことを考える前に、まずはエネルギー消費
の抑制こそに目を向けなければいけません。
残念ではありますが、人間とは愚かにも欲深い生き物のようです。種としての人類が生き延びること
に価値があるかどうか、私には分りません。しかし、もし地球の生命環境を私たちの子供や孫たちに引
き渡したいのであれば、その道はただ一つ「知足」しかありません。一度手に入れてしまった贅沢な生
活を棄てるには苦痛が伴う場合もあるでしょう。当然、浪費社会を変えるには長い時間がかかります。
しかし、世界全体が持続的に平和に暮らす道がそれしかないとすれば、私たちが人類としての叡智を手
に入れる以外にありません。私たちが日常的に使っているエネルギーが本当に必要なものなのかどうか
真剣に考え、一刻でも早くエネルギー浪費型の社会を改める作業に取り掛からなければなりません。

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19
【文献】
1) Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC Forth Assessment Report (2007) (http://
www.ipcc.ch/ipccreports/ar4-syr.htm
概要や翻訳などは、たとえば、以下の環境省の URL に載っています。
http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th/ar4syr.pdf
2) 例えば、地球産業文化研究所の以下の URL から、第 1 次報告書以下各報告をダウンロードできます。
http://www.gispri.or.jp/kankyo/ipcc/ipccreport.html
3) 環境省、2007 年度(平成 19 年度)の温室効果ガス排出量(確定値)について(お知らせ)、2009 年 4
月 30 日(http://www.env.go.jp/press/ press. php?serial=11091)
環境省「2007 年度(平成 19 年度)の温室効果ガス排出量(確定値)」(2009 年 4 月 30 日)
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/ghg/2007gaiyo.pdf
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/ghg/2007ghg.pdf
4) (社)日本広告審査機構、電気事業連合会宛の審査委員会「裁定」(登録番号A−08−05−0
20)、2009 年 11 月 25 日
5) 関西電力のホームページ、http://www.kepco.co.jp/gensi/teitanso/01.html
6) 本藤祐樹、内山洋二、森泉由恵、ライフサイクル CO2 排出量による発電技術の評価−最新データによ
る再推計と前提条件の違いによる影響―、電力中央研究所研究報告 Y99009、2000 年 3 月
本藤祐樹、ライフサイクル CO2 排出量による発電技術の評価、電力中央研究所研究報告 Y01006、2001
年 8 月
7) 天笠啓佑「原発はなぜこわいか」、高校生文化研究会。図を描いたのは故・勝又進さん。
8) 理科年表のデータから補間して計算
9) 榎本益美、小出裕章「人形峠ウラン公害ドキュメント」、北斗出版(1995)
土井淑平、小出裕章「人形峠ウラン鉱害裁判」、批評社(2001)
10) 赤祖父俊一「正しく知る地球温暖化、誤った地球温暖化論に惑わされないために」、誠文堂新光社
(2008)
11) Committee on Surface Temperature Recon- structions for the Last 2,000 Years, The National
Academy of Sciences, Surface Temperature Reconstructions for the Last 2,000 Years(2008)
(http://dels.nas.edu/dels/ rptbriefs/Surface_Temps_final.pdf).
12) 根本順吉「超異常気象」中公新書(1994)(もともとは Keeling が 1989 年に出だしたデータ)
13) 日本経済新聞 2009 年 2 月 2 日
14) 江守正多「地球温暖化の予測は「正しい」か? 不確かな未来に科学が挑む」、化学同人(2008)
この資料は白黒で印刷していますが、下記の URL にカラー版を載せています。必要な方は、そちらで
ご覧ください。また必要であれば、カラーで印刷してお使いください。
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/JCC100119.pdf