東日本大震災の「大川小学校の悲劇」をごぞんじでしょうか。川を遡上してきた津波により、小学生が多く飲み込まれてしまった悲劇です。この悲劇は避難までに無駄に時間を費やした、適切な避難場所を選択できなかった、など人災的側面を多くもち、現在もその責任の所在を巡って裁判などが行われています。

 この事故の新聞報道では、その関係者の証言が二転三転しています。震災直後の報道では

『複数の児童が、避難場所をめぐって教頭が地域の人と話し合っている場面を証言。「(裏)山に逃げた方がいい」と話す教頭に対し、地域の人は「ここまで(津波)は来るはずがない」「三角地帯に行こう」と言っていたという。 一方、別の教員から「(山は)危ないから駄目なんだ」と言われた児童もおり、教員間でも避難場所について意見は一致していなかった…』(山陽新聞2011.8.24)。

あるいは、

『5、6年生の男子たちが、「山さ上ろう」と先生に訴えていた。当時6年生の佐藤雄樹君と今野大輔君は「いつも、俺たち、(裏山へ)上がってっから」「地割れが起きる」「俺たちここへいたら死ぬべや」「先生なのに、なんでわからないんだ」とくってかかっていたという。 
2人も一旦校庭から裏山に駆けだしたが、戻れと言われて、校庭に引き返している。 (中略) 教諭たちの間では、裏山に逃げるべきか、校庭にとどまるべきかで議論をしていた。市教委の報告書には<教頭は「山に上がらせてくれ」といったが、釜谷(地区の)区長さんは「ここまで来るはずがないから、三角地帯へ行こう」といって、けんかみたいにもめていた>と記されている』(週刊ダイアモンド2011.11.3)

でした。しかし、生存した唯一の教諭の手紙によると

『あの日、校庭に避難してから津波が来るまで、どんな話し合いがあったか、正直わたしにはよく分からないのです。そのなかで断片的に思い出せることをお話しします。 (中略) 校庭に戻り「どうしますか。山へ逃げますか」と(教頭らに)聞くと、この揺れの中では駄目だというような答えが返ってきました。』(毎日新聞2012.1.22)

と、現場の指揮官であった教頭の発言がまるで逆になっています。

 なぜ、このような食い違いが生じたのか。これはこれらの証言内容が事故の人災的側面の「責任の所在」に関わるためではないかと思われます。
 安全工学ではヒューマンエラーを「防ぐことができないもの」としてフールプルーフ、フェイルセーフな設備やシステムの構築を目指します。そして人間を「道徳的に責めてはいけない」「責任を問うては行けない」としています。さもなければ、真実を明らかにすることができなくなる、としています。犯人探しが事故原因の究明よりも優先されてしまうと、証言は統一性を失い、事実は隠蔽されてしまいます。しかし、個人感情として、怒りをぶつける先である犯人を特定したいという思いを、特に被害者やその関係者が強く望むのも理解できます。また、法的責任は人(時に法人等の人格をもつ組織)に帰すことを前提にしています。

 罪に対して「罰」はなぜ与えるのか。日本の法律は刑事罰に関して教育校正を目的にしており、やむを得ない場合以外は死刑を避けます。少年法の精神はその最たるものです。「罪を憎みて人を憎まず」は理想でしょう。しかし、それで本当に事件を抑止できるのでしょうか。見せしめの必要性を否定できるのでしょうか。理想に従うのなら故意ではない過失はすべて罰されるべきではない、ということになってしまいます。

 この問題は、事故再発抑止のための戦略に関わるものであり、まだ我々は答えをもちません。知恵が足りません。

片桐 利真