ヘルプ

<< 仲原みゆ紀 M's のページ検索結果にもどる

このページでは http://ohkawa-a.cocolog-nifty.com/ のキャッシュを表示しています。

キャッシュとは、提携する検索エンジンが、検索結果表示用の索引を作る際に各ページの内容を保存したものです。
-> キャッシュとは?
元のページは変更されている可能性があります。現在のページ内容はこちらから確認できます。

※HTMLバージョンとして表示する際、レイアウトが崩れたり、文字が読めなくなる場合があります。ご了承ください。

Yahoo! JAPANはページ内のコンテンツとの関連はありません。

大川吉崇公式ブログ「まなびの山頂(いただき)」


学校法人 大川学園
学校法人 大川学園
各校の詳細はこちら


津南ロータリークラブ

社団法人 三重県私立幼稚園協会

社団法人 三重県レクリエーション協会

斎宮歴史博物館

三重ふるさと新聞

やまもとようこのマクロビーノライフ

三重ブランド

園コミュGift*momo

インスタを始めた

 6月1日、本日より幼稚園も全園児登園、他部門もほとんどが平常になる。従来に戻るのでなく、新生活様式にどう入るかの段階となった。

 インスタグラムは私の娘たちと就職している孫たち5人とのつもりで始めた。ダンスに夢中の孫の動画を見たくて、娘にアプリを入れてもらったのがきっかけだ。すると思わぬ人が私の投稿した写真に「いいね」を送ってきてくれた。フォロワー14+11人おすすめ10人、その中に市内や関東に住む5人の知人がいて驚く。娘に話すと、お互いの知り合いの関係性からという。しかし、一方で世界中に拡散しているからと種々忠告も受ける。ブログはこれまで毎月2回程度9項目のテーマで13年間発信してきたが、インスタなるものは今回が初めて、聞くと幾分用心してしまう。

若い人たちは、チケット取りや宿泊、商品注文、位置情報から店舗探しと総てスマホを自由自在に使いこなし、感心するばかりである。ここでも浦島太郎になった私がいる。新型コロナでこれまでの日常と違う日々、自宅勤務時にはテレビ会議をはじめついていくのに四苦八苦の私であった。結果、私なりに一歩一歩かというところに落ちつくことにした。

P5261643 P5271644

|

5月18日から馴らし保育が始まった

 518日、我が学園の幼稚園も本日からで、私も出勤である。といっても幼稚園は馴らし保育で、本日より2週間は女子と男子が交互の登園である。出席番号が付いていないため約半数登園となる。年長児は鼓笛隊の小太鼓のリズム刻み練習にさっそく取り組んでいた。年少と年中児は外遊びに夢中だが、新入園児の中に「おかあちゃん」と泣いている子も23人いる。いつも自分を中心にお母さんがついていてくれたのだから不安なのである。ご両親の愛情の元だがやがて独立心が芽生え、一人とか友達遊びの上手な使い分けがすぐできるようになる。

 子どもたちの声は元気をくれる。幼稚園では、手洗い・消毒や各所に透明ビニールカーテンを駆使して飛沫感染対策等をとっているが、先生方にとって三密は避けられないのが現状だ。子どもたちが話しかけてきたときはもちろんだが、泣いている子は抱き上げ、あい対応して目を見てのにこやかな話しかけが必要だからである。

 朝暫らくの時間は間隔も離れるが、お絵かきや製作遊びでも、遊びの時間は密着となる。幼稚園や保育園で先生方は、さまざまな注意と覚悟をして日々取り組んでいてくれるので頭が下がる。

P5181614

|

7月下旬出版予定の原稿の初校が届いた

 513日、伊勢新聞社からこの夏に発刊予定の図書の初校が写真も割付されて届いた。今回の原稿は、私の中学2年生の時に起こった水難事件の資料集で、そこに私のとらえ方を付加したものである。これまでの食文化系とも郷土の山の歴史や伝承系とも民俗学系とも違う。実に迷いに迷いながら、長い年月をかけてここまで来た。ある程度まとめた段階で、2度も長い空白を作った。中身は一般的資料を集めたものなのだが、重く苦に近いものが時として襲うと中断していた。表現力というか文章力の弱さもある。

 歴史的に重大なことでも、時として忘れ去られようとすることがある。私は縁ある者の一人として、これを次の世代に受け継いでもらいたいとの思いでこの作品に取り組んだ。重たいのは、この県の歩んだ一面から何か計り知れない圧迫感を感じたからである。最後の仕上げとしようと取り組めたのは、大腿骨骨折で104日の入院経験からくる人生の残りを悔いのないようにとの決断だ。タイトルは『一九五五の夏』とした。

 コロナで自宅勤務の私が、教職員が出勤している中、本来すべき学園勤務の貴重な時間を郷土の次世代に返せる歴史と文化に関わる原稿と理由付け、校正に取り組まさせてもらった。同月16日、新聞社に渡す予定である。

P5151607

|

自然界と幼児を含む人間界

本日5月9日土曜日、私の書斎は2階で、ベランダに出ると庭のケヤキがやけに迫ってきていた。先日きれいだと感じデジカメに収めたのと同じ場所だが、日付を確認すると5月2日となっていた。8日間でこれだけ景観は変化するのだと、自然界の姿に驚く。幼稚園や保育園の子どもたちも日々大きく成長しているのだろう。2日には白い花がいっぱいだったハナミズキは散り、代わって庭の片隅にスズランの白い花の蕾が群れになっていてくれている。振り返れば津西幼稚園の入園式当日、門前の桜とぼくらのお山の中の山ツツジが満開で、何年か前に植えた日本シャクナゲは蕾だったがもう総て終わっているのだろう。コロナであっても何であっても自然界は毎年季節を運んできてくれる。

だが人間界では、子どもたちの園生活・学校生活までリズムを崩させ、5月末まで自宅待機。結果、教育関連法に沿って年間39週、概ね1日4時間の保育を夏休みに行うことになる。一方で、国際社会への同化も云々され、コロナは9月入学の変化話題まで出す。ワクチンは何時出来るか計り知れないので全滅は期待できないものの、私や園児たちが出られる解除の目安は今は無いが、先ずはそれを政治に早くと期待する。

P5021590 P5091605 P5091603

|

ブログのアクセス

 令和2年4月10日、幼稚園入園式で子どもたちを迎えたが、15日から新型コロナ対策非常事態宣言で全園児自宅待機となった。実に今までにないショックが私自身にのしかかった。4月20日になると学園として、60歳以上の教職員には有休を使って自宅待機してもらうこととした。私は出勤するつもりだったが、副理事長他部門長からこの危機を乗り切るまで体調を崩してもらうわけにはいかないと同様の体制を取らされた。そして学園内の会議も、パソコン画面を通してのものとなった。

 自宅勤務ゆえ、インターネットで文部科学省や厚生労働省にアクセスしたり、県や市から刻々と出される情報の収集となるが、実に味気ない。外出しての散歩も控え、その反動でパソコン相手の文章書きと可笑しな生活が続く。すると、園児のみんなは自宅待機で如何ともし難いだろう、保護者の方々は更に悩ましい日々となっておられるのだろうという思いが頭をよぎる。本当に如何ともし難いのだが、申し訳ない気持ちに苛まれる。

 そのような日々が坦々と続き、今日に至った。昨夜秘書が私のブログアクセス情報を届けてきた。見ると、入園式の翌日のアクセスが54人とあり、その後44人、49人と続いていた。PVは238、189、166と記されていた。

ここにきて園児たちの日々の姿には会えないが、久しぶりにブログを書き始めることとする。

P5091597

|

桜とツツジが満開の中の運動場での入園式

 令和2410日(金)津西幼稚園の入園式がとり行われた。人類の生存をも揺るがす新型ウイルス対策で、7日夜に首相から緊急事態宣言が7府県に出されたばかりの時である。津市民の感染者数がありがたいことに大都市とは違うので実行に踏み切ったが、目に見えない相手だけに、運動場での式となった。  

 ちょっと寒かったが、祝ってくれたのは園庭入り口の10本の桜とぼくらのお山のヤマツツジで、共に満開で新入園児のみんなを迎えてくれた。日本の四季の自然の移り変わりにこれほど感謝に感謝を重ねたことはない。お山の中の石楠花はまだつぼみだったが、お山の木々は白っぽい薄黄緑の新芽を吹き、花壇や壺のチュウリップは赤白黄色と歌ってくれている。幼稚園の先生方と保護者の方だけでなく、大自然が園児のみんなの入園を総出で歓迎してくれていた。

 昨日までの晴天の太陽の日差しは今日は時折雲がさえぎることもあったが、温かな眼差しの保護者の横にぴったりと、ちょっと緊張気味に座る可愛い姿が勢ぞろいである。30分かからず終わった式典であった。続いてのこの子たちの門出の記念写真は、ホールにてクラス単位でパチリ。

生まれて初めての団体生活のこの子たちのために入園式が出来たことは、日本の四季の自然界と日差しという天の恵みのお陰であり、感謝である。

P4101564 P4101569 P4101582

|

8人での父母の法事

 令和244日(土)、父の23回忌と母の17回忌を行なった。すでに亡くなってこれだけの歳月が過ぎたのだと実感する。亡き祖父そして伯母と4人で力を合わせ、終戦の11月から婦人会の方々に請われて洋裁塾をはじめ、今日の大川学園の礎を築いた人たちである。

 今回の供養は新型コロナウイルスの関係で、大阪と名古屋を経由する遠来の親族をまず除き、ここに来て名古屋圏に近い親族も除かせてもらった。延期も考えたが、先の状況が読めないため予定通り行うことにした。供養の前々日に鈴鹿市の関連の親族にも遠慮してもらい、津市在住者も無理せずに、当日8人で行なった。感謝を込めて、仏壇内の位牌を通じての供養、寺院に移動し本堂とお墓での読経で先祖の方々にもその意志を伝えた。

 のち、我が学園の講師をしていただいている料亭はま作に席を移した。はま作には、連絡のたび人数を削減で迷惑をお掛けした。満開の桜が庭でも部屋からも我々を迎えていてくれ、料理と共に久しぶりに心を和ませてもらった。

P4041554 P4041555

|

卒業式・修了式の実施

 3月は卒業式、修了式シーズンである。今年はコロナウイルスの流行で迷いに迷ったが、3月13日の三重介護福祉専門学校も翌日の三重調理専門学校も都シティ津で実施。同月16日の大川幼稚園、翌17日の津西幼稚園もそれぞれの園で修了児と保護者そして教員の出席のもと、実行を決断した。もちろん、マスクに手洗いに消毒、そして換気に細心の注意を払ってである。

この決断は、三重県での感染が当初の一人は速やかな対応がなされ、その後は伊賀市のみだったゆえ、津市内では規模縮小で実施できると判断した。簡略化した式ではあったが、この状況下だけに、開催できたことは学生も保護者も私達も充分深い喜びを共有することが出来た。時が時だけに、調理の卒業式には伊勢新聞と中日新聞そしてZTVが取材に来てくれた。

幼稚園では、園児にとって何か記憶に残るものをと思い、私からの祝辞を短くし、マジックを披露したところ実に喜んでくれた。どの部門も次なるステップに、皆さん1段も2段も高みを目指しての成長の門出である。どのような時代に移るのか予測出来ない時代に入るが、幼児も専門学校生も知恵と勇気で、一歩一歩努力で切り開いてくれるだろう。

P3131551 Dscn6698

|

熊野の馴れずし

 熊野市に住む林伸行さんが、自分で漬け込んだ馴れずしを持参して訪問してくださった。10幾年か前から自ら熊野地方名産の馴れずしを漬けてみえる。私が執筆した『三重県食文化事典』に、三重県下では、熊野地方(熊野市・旧紀和町・紀宝町)と津市、伊賀市・伊勢市で細々と継承されている馴れずしを紹介しているが、一般にはあまり知られていない。このすしは、合わせ酢でなく、塩をした魚に飯を詰めて樽に詰めて押し、自然発酵をさせた半馴れの寿司である。熊野地方では、冬場に灘に下ってきた脂身の抜けたサンマを使うのだが、ここ幾年と不漁で、今回はカマスとサバだ。水出し時間を短くしたとのことで、少し水っぽさはあったが実に美味しく、ついつい1匹半を一気に食べてしまった。更には酢飯のカマスとサバそして稲荷寿司も作ってこられたので、そちらにも手が出てしまった。

林さんは県職時代は津市に住まわれ、一方で三重県ヨット連盟の会長をされていた。そして互いの娘同士が仲の良い同級生で、高校時代にヨット競技で国体に2年連続で出場させてもらっている。退官後故郷の熊野に帰られ、伝承事業にこの馴れずし、一方で現在は熊野古道センターの理事長もされ、とにかく私とあまり齢は違わないが行動的な人である。

P3121535 Dsc09635 

|

介護福祉士科の2期卒業生が集まる

 令和2222日(土)、三重介護福祉専門学校介護福祉士科2期生同窓会で、懐かしい顔が学校に集まってくれた。20年前の卒業生である。県内の各施設を牽引してくれている人たちだ。中には、特定非営利法人を立ち上げ、同期生の仲間の協力を得て事業所を5ヵ所まで増やして独立している人もいる。当時の教員で短大講師になり、大学院を自らも卒業し、准教授になって介護に関する論文を次々書き上げてくれている先生も参加してくれた。

 介護福祉士科の専門学校を開設した当初の学生は、看護短大も同大学も県内にない時代で、能力も性格も実に個性も多種多様だが学力が凄かった。卒業後、中南勢の三重県の介護分野を牽引しているといっても過言ではない活躍である。10期生少々までは県内の専門学校は短大と競えた時代であった。昨今は、少子化の中で県内高校生の女子はほぼ全員短大へ、男子は県外に75%以上が出てしまいその確率は年々高くなる。県内の専門学校に進路を取る現象減に歯止めがきかなくなった。何れの分野も県内では専門職不足が他県の比ではない。今回、卒業生と話していて、彼ら彼女たちのような人材を再び興そうとの意気込みを呼び起してくれた。

Img_6744 Img_6794

|

«名張市錦生地区の第8回家庭料理大集合