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Page 1
地質ニュース 590号, 31 -39頁, 2003年10月
Chishitsu News no.590, p.31–39, October, 2003
富士山に降った雨水はどう流れるのか?
安原正也
わかると思います.富士山全体で一年間に降水に
1. 富士山は巨大な水ガメ
よってもたらされる水の量は22億トン程度と考えら
駿河湾から直接そびえたつ標高3,776mの富士 れており(土, 1994), これは東京ドームの約2,000
山には、夏には太平洋から南~南東気流によって, 杯分にも相当します。
また冬には北西気流によって大量の水蒸気がもた 地表に降ったこれらの降水のうち、何割かは蒸
らされます. この水蒸気が斜面とぶつかり厚い雨発散によって大気中に失われます.では,それ以
雲を形成するため, 富士山では多いところでは年 外の水はどうなるのでしょうか現在の富士山の表
間3,000mm近くの降水(雨と雪)があります. 第1 面部分はスコリアや溶岩などの火山噴出物(新富
図を見てください。日本の一年間の降水量は平均士火山噴出物と言います)によって覆われていま
で1,800mm 程度ですから, 富士山の降水の多さがすが, 写真1からもわかるように, 新富士火山噴出
* 御坂山地においてあったし、
SM32,000mm
AAM02,250mm
ca 500mm
富士吉田。
&子
2,500mm
unrし
富士山
2.750mm、
御殿場
箱根山いる
愛鷹山
2,000mm
富士
2,250mm
駿河湾
10 km
第1図 富士山の年降水量分布(木澤ほか, 1969).
1) 産総研 深部地質環境研究センター
キーワード:富士山,地下水,海水,流動,涵養,年齢
2003年10月号

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安原正也
湧水からは, 一日あたり実に480万トンもの地下水
が地表に湧き出ています(山本, 1973). これは
1,150 万人をまかなう東京都の水道の毎日の給水量
の約80%にも匹敵する膨大な量です。富士山がし
ばしば巨大な水ガメと呼ばれるゆえんです.
富士山の湧水・地下水はこれまで地域の人たち
に多くの恵みをもたらしてきました.一方で, 水利
用や山麓開発を無計画にしてきたため、現在の湧
水や地下水は質と量ともに深刻な状態にあること
も事実です.近年,水環境への関心が高まり,
水の保全に向けた取り組みが各地で盛んに行われ
写真1 富士山南麓五合目付近の地表の状況.
ていますが, 富士山でも例外ではありません.湧
物はガサガサで大変水を通しやすい性質を持っ 水の保全には、まずその実態を知ることが不可欠
ています。このため、膨大な量の降水はすぐに地 です。富士山地下水はどこで涵養され、どこを通
中深くにしみ込んでゆき,地下水となるのです。 山 って何年かかって流れてくるのでしょうか.最新の
麓下部を除けば、いつも水が流れている川が富士 研究結果を参考にしながら,このような地下水の流
山にないのはこのためです.
動プロセスも含めて, 富士山地下水の実態へと
この地下水ですが,「水は低きにつく」のたとえ通 迫ってみたいと思います。
り, 高いところから低いところに向かって流れます。
その結果,山体の内部でも標高の高いところに水
2. 湧水の分布と湧水量
が少なく低いところに水が多いという現象が見ら
れることになります. 火山にはしばしば認められる 富士山のまわりには多数の湧水が分布していま
現象です。富士山においても第2図のように,上位す.第3図を見てください. 先ほども述べたように,
から順に、水がない無水域(標高2,000m以上), 水のほとんどの湧水は山麓下部の豊水域にあります.
が少ししかない乏水域(標高800~2,000m), そし 特に御殿場,三島,富士, 富士宮地区に湧水が集
て標高800m以下の水に富んだ豊水域に区分され 中していることがわかります。これらのうち, 湧水量
ます.山麓上部の無水域と乏水域は,そこに降っ が大きく有名なものとしては、須川 (地点42), 柿田
た降水が地下水を補給する涵養帯の役目を果たし 川 (地点17;写真2), 湧玉池(地点13), 白糸の滝
ており、下部の豊水域は地下水が地表に現れる湧 (地点11), 猪ノ頭(地点9;写真3), 忍野八海 (地
水帯となります. 富士山麓の湧水帯にある多くの点20;写真4)などの湧水をあげることができます.
富士山
m
4,0000
minnnnnninanmimith L
INE
3,000-
無水域(山頂涵養帯)
標高
2,000
乏水域(山腹涵養帯)
1,000-
豊水域(山麓湧泉帯)
100MITOR..
0
10 20:30:40 50607080km
水平距離
第2図 水に基づく富士山の鉛直区分 (山本, 1971).
地質ニュース 590号

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富士山に降った雨水はどう流れるのか?
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2000.
・・
B0000
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2003000
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写真2 柿田川湧水(第3図の地点17), 砂を巻き上げて
地下水が湧き出ている. 河野 忠氏提供.
写真4 忍野八海(湧池;第3図の地点20).
チールブラックが
Sara000
写真3 猪ノ頭湧水(第3図の地点9). 一面にセリが茂っ
ている. 河野 忠氏提供.
第1表 富士山の山麓毎の湧水量(山本, 1973を一部改変).
(一日当たり)
東麓(三島・御殿場地区)
210万トン
南麓(富士地区)
90万トン
西麓(富士宮・芝川地区)
130万トン
北麓(富士吉田地区)
50万トン
なっ
写真5 上井出林道湧水(第3図の地点91).
いずれも一日当たりの湧水量が 10万トンを超える
巨大なものです.特に, 柿田川湧水は日量100万ト
ンの湧水量を誇る日本最大の湧水として有名です.
標高がもう少し高いところ,すなわち乏水域にも
いくつか湧水があります.これらのなかで代表的な
ものは,滝沢林道二合目湧水 (第3図中の地点
83;標高1,475m), 水ヶ塚(同地点88;標高
1,430m), 太郎坊(同地点87;標高1,250m), 上井
出林道湧水(同地点91, 標高1,150m)などです.
写真5に上井出林道湧水の状況を示しました.さら
に上方の標高1,500m以上の山麓にも地点33に二
合目湧水(写真6;標高1,620m)が見られます.こ
れらはいずれも,一日当たりの湧水量が数トンから。
せいぜい数十トン程度と, 豊水域の湧水と比べて
水量が著しく小さいことが特徴です.
第1表は富士山の山麓ごとに一日当たりの湧水量
195
..
.
...
....
....
写真6 二合目湧水(第3図の地点33).
を合計したものです。 東麓(三島・御殿場地区)210
万トン, 南麓(富士地区) 90万トン, 西麓 (富士宮・芝
川地区) 130万トン, 北麓(富士吉田地区) 50万トンと
なり, 東麓の湧水量が特に多いことが注目されます。
この理由として,ほかの山麓に比べて富士山の東麓
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安原正也
う御坂山地が、
pun ours
20 866S
だって、河口湖 21
富士吉田
北麓
富士山
5地09
300)
西麓
or
62033
088
富士宮
130130
ANo.82
!麓99
014015
4.4953
富士川
潤川
黄瀬川13
N35-20
駿河湾
E13845
km
0510-
第3図 富士山麓の湧水の分布(安原・風早, 1995).
3. 富士山の雨はどこでしみ込む-地下水の酒
養標高は?
にはより多くの降水があること(第1図参照) がまず考
えられますが, このほかに,東方に位置する箱根火山
から大量の地下水富士山東麓に流れ込んでいるこ
とが一因であるとも考える人もいます。また北麓です
が,富士五湖(山中湖・河口湖・西湖・精進湖・本栖
湖)では湖底に露出した溶岩から大量の地下水が湧
き出ていることが知られています(丸井ほか, 1995).
したがって, 富士五湖は,本来はそれぞれが巨大な
湧水と考えられるべきものなのです. 第1表で北麓の
湧水量が少ないのは,これらの“湧水”の流量を計算
に入れていないためです。
湧水の起源は山麓に降った降水であることは前
に述べた通りです。では,山麓のどの地域(標高)
にもたらされる降水がこのような地下水の形成に最
も重要な働きをしているのでしょうか.水の酸素・
水素安定同位体比(8180, B2H)がこの“涵養標
高”についての答えを与えてくれます。一般に180,
2Hを含んだ重たい水ほど早い時期に雨滴となって
落下します.したがって、雲が山麓を上昇して雨を
降らす場合,標高が高いところの雨ほど同位体的
地質ニュース590号

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富士山に降った雨水はどう流れるのか?
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富士吉田
鳴沢
北麓
「豬頭
12
THE
西麓
*2000
上井出
御殿場
東麓
愛鷹山
南麓
裾野
km
05 10"
駿河湾
第4図 富士山の湧水・地下水の主涵養域(安原・風早, 1995).
に軽くなるのです。富士山の場合,標高が100m上 ます。同時に,標高2,500m付近から頂上にかけて
がる毎に雨水の酸素同位体比は0.11%(北麓)~ の山体の上部は中腹部と同じように大量の降水が
0.18%(東麓,西麓, 南麓)ずつ軽くなっていきます あるにもかかわらず,地下水の涵養に対してはあま
(安原・風早, 1995). この関係に基づいて、雨水と り大きな働きをしていないこともわかります。 山頂
湧水の同位体比とを比較することによって、それぞ を含む高い標高部分の面積が小さいことがこの原
れの湧水の元となった雨が斜面にもたらされた標高 因と考えられます。雨の総量は降水量に地表の面
を推定することができるのです.
積を掛け合わせることによって決まりますので,降
結果を第4図に示してあります.東麓,西麓, 南 水量が多くても面積が小さくなると地下水の元にな
麓の湧水の平均涵養標高は1,000~2,200mくらい。 る水の絶対量も少なくなるのです。さらに,標高
です。北麓の湧水では平均涵養標高は1,400~ 2,800~2,900m より高い地域では地下に永久凍土
2,700mくらいと少し高めになりますが,いずれにし (年中凍っていて水を通さない地層)が広がってい
ても富士山では,森林限界(標高2,000~2,400m付ますが(樋口ほか, 1974), この永久凍土を含めた
近;これより高いところでは森林がなくなります)を 山頂部の水文地質構造が, しみ込んだ水の貯留や
だいたい上限とする山体の中腹部に降る降水が地 流動になにかしら影響を及ぼしていることも原因で
下水の涵養に最も重要であると読みとることができ はないかと考えられています.
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安原正山
富士山
→南
新富士火山
地下水の流れ
地下水の流れ
モー
古富士火山
へ 富士五湖しのついた
S
e arteswansweeeeee
またNHK
ROTHIゃ
さかまさか本命
溶岩流の末端
Coah131
御坂地
おかゆ
おみせ
NEL.
|小御岳火山
きーも!
中でも
海水
S
AINMENTASH!
しんないいいion asketowow
第5図 富士山の南北模式断面図と地下水の流れ.
山灰層,火山砂礫層やスコリア層が何重にも重な
4. 富士山地下水はどこを流れる?
ってできています。これらのうち, 溶岩流の中心部
地中にしみ込んだ水は最初はまっすぐ下向きに 分は密なため、実は水を通しにくいのです, 対照
流れます.そして、水を通しにくい地層(難透水層) 的に, 溶岩流の表面部は砕かれてガサガサしてお
に出会うと,その上に溜まって地層(帯水層)のすり(クリンカーと呼ばれています), 水を溜めやすく、
きまを満たして地下水となります.そのあと,流れ また通しやすい構造をしています,火山灰層,火
の向きを変えて,帯水層の中を斜面下方に向かっ 山砂礫層, スコリア層も同じように水を溜めやすく
て横向きに流れます.
通しやすい構造を持っています。したがって,地表
富士山の場合を見てみますと, 過去約1万年くら からしみ込んだ水の一部は、まずこのような溶岩流
いの間に噴出された水を通しやすい新富士火山噴 の密な中心部にさえぎられ,その上の溶岩流の表
出物によって表面部分が覆われており、その下に 面部や火山灰層,火山砂礫層, スコリア層の中に
は古富士火山噴出物があります. 古富士火山をつ 蓄えられて地下水となり,斜面方向へと流れの向
くる主な地層は火山泥流と言って水を通しにくい きを変えるのです(第5図中の①や②の流れ) 新
ため、古富士火山は難透水層の役目を果たします. 富士火山噴出物中の溶岩流の末端に位置する海
このため,現在の富士山は大きく見れば,新富士 玉池 (第3図中の地点13), 柿田川 (同地点17), 忍
火山噴出物が地下水を溜める帯水層となり,その 野八海(同地点20)などの海水はこのようなメカニ
下の受け皿となる古富士火山の上に乗っかってい ズムによって形成されていると考えられています.
るという二重構造をしているものと考えられていま また,北麓の富士五湖 (本来は湧水とカウントされ
す。その様子を第5図に模式的に示しました。 地下 るべきものです)も,新富士火山噴出物である青木
水は古富士火山の上を斜面下方へと流れ、やがて ヶ原溶岩流,船津溶岩流、あるいは鷹丸尾溶岩流
山麓下部で湧水として湧き出すのです(第5図中の などを通じて地下水が供給されています(第5図).
③の流れ) このようなメカニズムによってできた湧 写真7は、西湖に流れ込んだ青木ヶ原溶岩流の地
水としては白糸の滝(第3図中の地点11) が有名で 上部分の様子です.西湖の湖底に露出したこの溶
す. ちなみに, 富士地区や三島地区あたりですと, 岩流の末端からは,常に大量の地下水が湧き出て
新富士火山噴出物は40~60mくらいの厚さを持っ いることが潜水カメラを使った調査によって確認さ
ています.
れています(丸井ほか, 1995).
さて、新富士火山噴出物は大局的には優れた帯 以上のように, 新富士火山噴出物中にしみ込ん
水層なのですが,これも決して一様ではありませ だ水の一部は斜面方向へと横向きに流れるように
ん. もう少し細かく見てみましょう,新富士火山噴 なります。そして、残りの部分がさらに深くしみ込ん
出物は溶岩流 (厚さは数mから十数m程度)や火でゆき、最後に古富士火山の上に貯留されると考
地質ニュース 590号

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富士山に降った雨水はどう流れるのか?
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第4章でも述べましたが,溶岩流と溶岩流の間は
砕かれていてとても水を通しやすい構造になって
います.また,溶岩流の内部に連続した空洞(溶岩
チューブと呼ばれます;北麓斜面にある富岳風穴
のようなものを想像してください)が存在するのかも
しれません. いずれにしても,このような特に水を
通しやすい構造が存在するため,地下水としては
通常では考えられないくらいの速いスピードで水が
流れていると考えられます.ただ,三島溶岩流は富
士山東麓の御殿場あたりから三島まで延々と数十
写真7 西湖とその南岸の青木ヶ原溶岩流.
km続いているのですが,そのどこでもこのような速
いスピードで地下水が流れているというわけではあ
えてよいでしょう。なお,火山灰層などが変質して りません. 一日当たり700~800mという流速は,
粘土化した地層が挟まれることもありますが,これ 局所的な瞬間最大値と考えた方がよいでしょう。
も溶岩流の中心部と同様に難透水層の役目を果た 一方, 湧玉池(第3図中の地点13)や三島の小浜池
します。前に紹介した標高の高いところにある湧水 (柿田川湧水の約2km 北東;第3図中の地点63)で
では,局所的に分布するこのような粘土化した火 - は一日あたり約1mという, 地下水としては常識的
山灰層がその形成に一役買っている場合もあるよ な流速が得られています(土, 1992). このように,
うです.また,最近の調査の結果,これまで難透水 富士山の山麓では,帯水層となる地層の性質によ
層と考えられていた古富士火山中にも地下水があ って、また同じ地層でも場所によって地下水の流速
ることがわかってきました.その実態はまだよくわ は大きく異なっているものと考えられます,
かっていませんが、ほとんど流れていないか, 流れ 「続いて,地下水の年齢(何年前の降水が地下水
ていても非常にゆっくりであると考えられていますの元になっているか)ですが、この年齢の決定には
(第5図中の①の流れ) このような深い部分の地下トリチウム (3H)という水にごく少量含まれている水
水は,長い年月をかけていずれは駿河湾などの海 素の同位体の濃度を使います。地下水のトリチウ
底に湧き出ているものと想像されます.
ム濃度は放射壊変によって時間とともに減少しま
すが,この濃度の減少の程度と降水のトリチウム濃
度に基づいて水の年齢を決めることができるので
5. 富士山地下水の年齢は?
す. 結果ですが,柿田川湧水 (第3図中の地点17)
では,富士山地下水はどれくらいのスピードで では数年程度(4年以内), 上流の裾野や御殿場地
流れているのでしょうかどれくらいの時間をかけ 区の地下水では数年から最大でも十数年という若
て山麓を流れ下り, 湧水として現れるのでしょうか。 い年齢が得られています(落合, 1995), 富士宮地
一例を挙げましょう。 富士山南東麓の柿田川湧水 区の湧玉池 (第3図中の地点13), 猪ノ頭湧水 (同
(第3図中の地点17) 上流の三島溶岩流と呼ばれて 地点9), 北麓の忍野八海(同地点20)についても
いる地層でアイソトープ流速計を使って調査した結 同様で,十年くらい前より後に山麓に降った新しい
果によると、一日あたり最大で700~800mという流 降水にその起源があるとされています.一方で, 富
速が求められています(落合, 1995). 私たちの日 士山の地下水の年齢はこれまで考えられていたよ
常の感覚では、この一日当たり700~800m という りはるかに長いと考える人もいます.たとえば湧玉
流速はとても遅いと思われるかもしれません。しか 池ですが,その年齢を40~50年とする報告もあり
し、地層のごく狭いすきまを縫うように流れる地下 ます(土, 1992).また,「富士山の湧水は100年の
水では、一日に数mも流れれば良いほうなのです. 歳月を経て・・・」というミネラルウォーター会社のキ
したがって,三島溶岩流中のこの地下水の流速は ャッチフレーズを耳にした方もあるかもしれません
驚くほど大きい値と言えます.
が,柿田川湧水をはじめとする三島地区の湧水の
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安原正也
万トン/日
湧玉池
万一流量
1990 19952000
1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985
西暦
第6図 湧玉池(第3図の地点13)の湧水量の変化(長瀬ほか,2002).
年齢を数十年から100年程度と考える人もいます.
トリチウム濃度を年齢に変換する時に用いる仮定
によって、また使うモデルによって、同じトリチウム
濃度からもこのようにかなり異なる年齢が得られる
ことになるのです.いずれにしても、川の水のよう
に,前日あるいは数日前に降った雨があっという間
に数十kmを流れ下って下流に到達するということ
がないことだけは確かですが, 富士山麓の地下水
の正確な年齢の決定には今後の詳しい調査・研究
を待つ必要がありそうです.
写真8 湧玉池. 河野 忠氏提供)
長期の1960年代に深刻となった地下水問題をあげ
6. 水と生活-富士山地下水の将来は?
ることができます.当時,地下水の無理な汲み上
富士山のまわりでは,豊富な湧水・地下水に基 げは地下水位の急激な低下をもたらしました。その
づいた人間活動が古くから営まれてきました。縄文 結果,沿岸部では地下水の塩水化(海水が地下水
時代や弥生時代の遺跡の分布は湧水のある場所と に混入する現象です)や地盤沈下(地下水が少な
ほぼ一致しています(山本, 1999).また,湧水はし くなったため地層が縮み,もとあった水準よりも地
ばしば信仰の対象となっており、神社が祭られて表面が低くなる現象です)が社会問題化したので
いることが多いのも特徴です。近年では醸造,紡 「す. その後, 法律や条例によって地下水の汲み上
績, 化学,製紙など大量の水を使用する工場が数: げが厳しく規制されたため,現在では塩水化や地
多く進出しています。わさび田や養鱒といった農 盤沈下の進行は表面上は沈静化していますが、そ
業や水産業への利用も盛んです.
れでも湧水については水量の減少や枯渇, 井戸で
湧水・地下水には、水質が良いこと,年間を通 は水位の低下が今も続いています.
じて水温が一定であること、大量の水がコンスタン 第6図は湧玉池(第3図中の地点13;写真8)の
トに得られること,さらに川の水のように水利権が 湧水量の変化を過去50年間について見たもので
ない(基本的にはタダで自由に使えます)という優 す ここ30年間は日量20万トンくらいのほぼ安定し
れた点があります. いろいろな産業が富士山麓にた水量を示していますが, 1955年当時の日量40万
立地した理由はここにあります。しかし,この産業 トン, 1965年当時の日量30万トンにはほど遠い状
の立地と発達が富士山地下水に重大な影響を態です。三島の小浜池(第3図中の地点63)でも,
及ぼしたことも事実です。有名な例として、高度成昔は日量20万トンあった湧水量が減少し続け、
地質ニュース 590号

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1970年以降は水がまったく顔を見せない日が出現 は主婦に至るまで, 自分の行為が故意・過失にか
するようになりました。この傾向は1990年代になっ かわらず地下水の水質にどのような影響を与える
ても続き, 1994年には枯渇日が年間300日を超え, かをいつも意識しながら, 自分の周辺だけでも絶
1996年にはついに小浜池は一年を通じて枯渇した対汚さないようにする基本姿勢をもつことが必要で
ままの状態になりました.このような湧水量の減少 す.
は,富士山のまわりのいくつもの湧水で確認され、将来にわたって富士山の豊かで清涼な水の恵み
ています。さらに,農工業活動によって排出された を受け続けるには、湧水・地下水は限りある地域
化学汚染物質や家庭排水の地下浸透による水質悪 共通の貴重な資源であるとの強い認識をみんなが
化も確実に進んでおり,地下水の価値は低下し続持ち、その量と質の保全に向けて地道な努力を続
けています。
けるしか道はないと思います.
この事実は、水の量の面から見ると,現在でも
地下水は汲みすぎであることを意味しています.地
参考文献
落合敏郎 (1995): 「東富士の地下水解析」, リーベル出版,206p.
下水資源を守るためには、水の再利用や節水に勤
木澤 綾・飯田陸治郎・松山資郎・宮脇昭 (1969):「富士山
め、地域全体で協力しながら地下水の汲み上げ量 然の謎を解く」 NHKブックス, 253p.
をさらに減らしてゆくことが必要です.また,山麓で
土隆一(1992):富士山のどこに地下水があるのかーその知られざ
るメカニズムを探る「富士山-その自然のすべて」,同文書院,
の土地の改変や利用の仕方にも十分注意しなけれ
225-249.
ばいけません。大がかりな住宅地の開発や工場の 土 隆一(1994):富士山の変貌1.湧水の減少と水質汚染, フロント,
建設は山麓でしみ込む降水の量を減少させ, 結果
第4巻第7号, 8-11.
長瀬和雄・鹿園直建・輿水達司(2002):富士山地下水.「富士山
的に地下水の量を減らすことになります。ゴルフ場
地下水と人間活動」総合調査研究会編,日本地下水学会,
や駐車場の建設も同じことです。やむを得ずこの 19-69.
ような開発行為を計画する場合には,計画の縮小
樋口敬二・藤井理行・藤村邦雄(1974):富士山頂の永久凍土と気象
条件,気象研究ノート, No.118.97-106.
や大幅な変更も覚悟した上で,公正で十分なアセ
丸井敦尚・安原正也・河野忠・佐藤芳徳・垣内正久・檜山哲哉・
スメントを受けるべきでしょう。特に,地下水涵養 鈴木裕一・北川 光雄(1995):富士山北麓西湖の水質と湖底湧
の点から,林地は将来にわたってしっかりと保護さ
* 水 ハイドロロジー, 25 (1). 1-12.
安原正也・風早康平 (1995):富士山の天水の安定同位体組成と地
れる必要があります。さらに、中腹に広がる地下水
下水の涵養高度,「富士山地下水流動系の研究」 平成4-6年
の主涵養域(第4図)では,土地の改変などの開発 度文部省科学研究費総合研究(A) 研究成果報告書,42-55.
行為の禁止は当然ですが、人間の立ち入りすら制
山本玄珠 (1999):富士山の自然と対話. 北水, 198p.
山本荘殺 (1971):富士山とその周辺の陸水「富士山富士山総合
限するくらいの覚悟がいると思います..
学術調査報告書, 富士急, 151-209.
一方、水質の面から考えると,富士山は非常に 山本荘毅(1973):地下水の現状-富士山アーバンクボタ, No.8.
水を通しやすい地層からなっていますから, 工場
10-11.
からの化学物質や畑からの肥料は簡単に地中にし
み込んで地下水を汚してしまいます, 家庭排水も
YASUHARA Masaya (2003): Groundwater in Mt. Fuji -Pre-
sent and Future-.
同じです. 商工業従事者から農業従事者,さらに
<受付:2003年8月8日>
2003年10月号