悲嘆を経験した場所であることが自覚され、そのことを意識して構成された空間を、ここでは想起のアーキテクチャ
と呼ぶことにする。そのようなアーキテクチャは、文字通り空間の構造であると同時に、過去・現在・未来のつながり
に構造を、つまり時間の構造をそのうちに内包している。本報告では、ある思想家による問題提起を引き受けつつ、想
起のアーキテクチャにおける時間問題について考究する。
災害の問題との関連でしばしば言及される思想家の一人としてジャン=ピエール・デュピュイ(Dean=Pierre Dupuy,
1941- )をあげることができる。彼は、もともと科学技術の進展などによって複雑化・高度化する近代システムが人間
に災厄をもたらす問題に取り組んでいたが、スマトラ沖を震源とする大震災を契機として 2005 年に出版された『ツナ
ミの小形而上学』(邦訳は 2011 年)では、「覚醒した破局」論の射程を自然災害へも広げることができると主張した。
デュピュイは、総じて自然災害、道徳的災害、環境災害、産業的災害などを視野に入れたうえで、今日における「悪」
の問題を考察しようとしている。
本報告では、ドイツの哲学者ギュンター・アンダースによるノアの寓意をデュピュイがとりあげて論究している箇所
に注目する。デュピュイは、偶然と運命とを混交させるような「時間のループ化」こそ、ノアの予言が人びとの「信念
の体系」へと染み入ることを可能にし、また彼らを行動へと促すことができた要因であったと考える。「時間のループ化」
とは何であるかを明らかにした後に、そこから翻って災害ミュージアムを含む想起のアーキテクチャへの示唆を見出し
たい。