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生物多様性をまもり育むために 生物多様性をまもり育むために
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平成 25 年度独立行政法人環境再生保全機構地球環境基金の助成を受けて作成しました。
生物多様性をまもり育むために
生物多様性をまもり育むために
愛知ターゲット 3 の達成とグリーン経済への転換に向けて 2
「愛知目標 3」補助金・奨励措置を地域の視点で考える
NPO法人 野生生物保全論研究会 (JWCS)
東京都武蔵野市境 1-11-19-102
T/F 0422-54-4885 http://www.jwcs.org
NPO法人 野生生物保全論研究会 (JWCS)
東京都武蔵野市境 1-11-19-102
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はじめに:本報告の構成
. 行政・政策をめぐる動向
1-1 生物多様性に関する環境税・環境課金・奨励措置、国内外の事例(講演録)
1-2 地域発の生物多様性政策統合は奨励されているか(三重県での事例)
1-3 自治体職員と補助金:アンケート分析の結果から
1-4 海岸事業と住民参加 〈千葉フィールドワーク報告〉
1-5 志摩市の取り組みと補助金の活用・鳥羽市のアサリ研究会の活動状況
   〈志摩・鳥羽フィールドワーク報告〉
. 分野別の事例について
2-1 里山の農地における生物多様性の減少と関連する奨励措置
2-2 生物多様性に影響を及ぼす補助金の現状と課題:漁業に関する補助金を例に
2-3 外来種対策における環境保全 NPO への助成制度
. 復興・開発をめぐる諸問題
3-1 水産業に関する復興予算の現状と課題
3-2 震災復興関連での漁業振興策をめぐる地域状況 〈岩手・宮城フィールドワーク報告〉
3-3 沖縄 嘉陽海岸・泡瀬干潟などでの公共事業 〈沖縄フィールドワーク報告〉
. 今後の展望
自然共生社会を実現するために ∼里山・里海ルネッサンスをめざして∼
英文要約
目次
01
03
11
19
24
27
30
39
50
57
62
68
78
85

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はじめに:本報告の構成とねらい
第 10 回生物多様性条約会議(COP10、2010 年)で定められた新たな戦略目標(愛知ター
ゲット)において、生物多様性の評価・保全・回復・賢明な利用のもとで、生態系サービ
スの保持と健全な地球の維持、自然からの恩恵が与えられる世界の実現が目指された。本
報告は、愛知ターゲット(20 目標)の中でも目標3(補助金、奨励措置の健全化)に関し
て、日本の市民社会の立場から情報提供をおこなうものである。
本報告では、昨年度の中間報告をふまえて、従来の政策や新たな政策(補助金その他の
奨励策)に関して、生物多様性保全との矛盾や問題点、あるいは積極的な意義をもつもの
などについて、その現状把握をおこないつつ、諸課題の提示をめざしている。
第1部では、政策や行政関与のあるべき姿について課題を論じるとともに、地域の現
場で起きている現状を的確に把握することに重点をおいた内容となっている。まず日本の
環境政策と行政対応の全体状況を概観したうえで、地域が主導する取り組みの重要性につ
いて海外動向をふまえ論じている(諸富)。続いて政策展開の具体例として、三重県での生
物保全政策(環境用水、里海創生)の現状について統合的な政策実現に向けた動向の必要
性などについて検討している(高山)。
さらに現場に近い位置にいる自治体職員の方からのご意見(アンケート)をもとに、
そこから浮かび上がってきた現状や課題について考察をおこなっている(志村)。また、現
状把握のために各地で行った実地調査・フィールドワークのまとめと報告を参考資料とし
て掲載している(志村、鈴木)。さまざまな問題や矛盾が現れている現状について、典型的
なケースを抽出して問題状況を把握し、矛盾点や問題点を明確化する作業としてお読みい
ただきたい。
第 2 部では、分野別の諸課題について、より専門的に現状分析をおこなうとともに、
課題提示を試みている。とくに第一次産業(農林水産業)は、人と自然が折り合いを保つ
領域として最も大切で重要な分野である。人里に近い自然環境として里地・里山の農業は、
多くの課題や問題を抱えている地域であり、生き物の豊かな環境を保全する政策展開の余
地が非常に大きい(北澤)。また漁業に関しては、資源管理や漁業振興をめぐって様々な課
題が内在しており、現状分析と課題提示をおこなっている(鈴木)。さらに、近年深刻化し
始めている外来種問題に関して、適切な対応がなされていない現状を分析し課題提示をお
こなっている(佐藤)。(森林分野に関しては、それ自体が大きなテーマであることから今
回は省いた)
第 3 部では、日本の地域開発政策について、とくに典型事例を取り上げながら公共事
業を中心とする事例分析と調査報告をおこなっている。とくに歴史的大事件として、日本
をおそった 3.11 東日本大震災(2011 年)は多くの課題を私たちに突き付けており、震災と

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復興を契機に何が起きているか、復興・開発をめぐる地域の状況を明らかにするとともに、
諸課題の提示と問題提起をおこなっている(高橋、古沢)。また、地域開発問題の諸矛盾が
集中的に見受けられる沖縄での現地調査に関して、フィールド調査報告によって問題認識
と課題提示をおこなっている(安倍、高橋、鈴木)。
最後に今後の展望として、将来の社会のあり方や目指すべき方向性(シナリオ分析)
とビジョン提示に関して、全体状況を考察しながら締めくりをしている(古沢)。
2014 年 3 月 16 日
JWCS 愛知ターゲット 3 委員会 委員長 古沢広祐

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1.行政・政策
1-1 生物多様性に関する環境税・環境課金・奨励措置 国内外の事例
諸富 徹
IUCN 日本委員会主催 「にじゅうまる COP1 パートナーズ会合 (2014 年 2 月 16 日大阪府立大学
I-site なんば)」 分科会 12 「目標 3 奨励措置を地域の視点で考える」での話題提供を収録
1.公害問題、温暖化問題そして生物多様性
環境税、それから環境課金と奨励措置。奨励措置は非常に広い概念だと思うので、これ
をどのように理解するかを考えてみましょう。
これらの手法は公害問題から出発して、温暖化問題へという発展形態をとってきました。
人体になんらかの健康被害を与えるものの規制、または環境税による対策という問題意識
でした。
そのため生物多様性については事例と議論が乏しく、萌芽的な領域といえます。すでに
若干導入されており、とくに日本の場合は森林の保全を目的とした税があります。しかし
生物多様性を念頭に置いたものかといわれれば、必ずしもそうではありません。
環境税の活用は拡大しています。欧州では、イギリスの経済学者ピグーの導入提案(『厚
生経済学』1920 年)から約半世紀後の 1960 年代末、公害問題の広がりにより、水質保全の
領域で導入開始されました。その後、大気汚染、農薬・肥料、地球温暖化問題にまで適用
領域が広がりました。
1990 年代初頭にまず北欧諸国が炭素・エネルギー税を導入し、引き続いて 2000 年前後
にはイギリス、ドイツ、イタリアも炭素・エネルギー税を導入しました。直近ではアイル
ランドは 2010 年から CO2 トンあたり 15 ユーロの税率で炭素税を導入しています。
2.日本の温暖化対策税
日本の温暖化対策税(温対税)は 2010 年に閣議決定され、2012 年から施行されました。
これは課税ベースが温室効果ガスの排出で、典型的な環境税です。もし生物多様性につい
て課税する場合には、何に課税するかが問題になります。また補助金を出す場合は、何に
着目して誰に補助を出すのかを決めていく必要があります。
環境税の場合は、汚染物質の排出者に課税することがはっきりしています。日本では化
石燃料を 100%近く輸入に頼っており、関税がかかる段階が上流、この後石油精製の段階が
あり、原油を石油製品に生成しています。生成した後の段階を下流といいます。

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上流に石油石炭税があります。温暖化対策の面でいうと石炭を課税していなかったこと
が課題でしたが、2004 年に石油税が石油石炭税にようやく改正しました。それだけではな
く、温暖化対策ではなかったので、課税ベースが炭素比になっていませんでした。そこで
温対税は CO2 の排出に比例した形で、化石燃料課税を石油石炭税に上乗せする税金として
導入しました。税収はすべて温暖化対策に特定している目的税です。
上流は関税と同じ石油精製の前段階なので、輸入の段階でほぼすべてをカバーできます。
下流に課税をすると全国のガソリンスタンドすべてで課税しなければならなくなります。
現在、原油に高い税率がかけられ、次が LPG・LNG、石炭は低くなっています。CO2
単位当たりで税率計算をしていますが、実は同じ 1 単位の量の化石燃料を燃やした場合、
一番 CO2 を出すのは石炭です。もし CO2 単位で同じ税率ということを考えると、すべて
の CO2 に対して均等の税率をかけなければいけないのに現行はそうなっていません。この
是正が今回の改定の重要な目的で、段階的に税率を上げていくことになっています。
これによってどれだけ CO2 が減るかというと、非常に産業界の反対が強くて税率は理想
的な水準からはるかに低い水準になったため、あまりインセンティブ効果がありません。
税率の効果に対して、税収は環境保全目的、CO2 削減に充てる目的税なので、それにより
最高で 2.1%までは CO2 を削減できます。
通常、目的税は良くないと言われています。なぜなら目的税をあまり乱立・乱発すると、
税収に対して支出が決まっているため新しい政策課題に対応できなくなるからです。
税収と支出は切り離すというのが原則ですが、温対税の場合は産業界が自分たちの払っ
た税金が温暖化対策の補助金の形で戻ってくるという条件で合意をした経緯があります。

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3.税制のグリーン化
このようにこれまで環境省は温対税の導入に注力してきました。今後、税制、補助金も
含めてグリーン化をしていく中で、あるべき姿はどういうものかを温暖化対策に限らず、
議論していこうという「税制全体のグリーン化推進検討会」が開かれました。
「税制全体のグリーン化」とは、持続可能な社会を構築するという観点から、環境負荷
の抑制に向けた経済的インセンティブを働かせるため、税制を環境負荷に応じたものに変
えていくことを指します。それは「汚染者負担原則」と「世代間公平性」に立脚していま
す。もっとも、環境保全に特別の財政需要が発生する場合は、その費用を「応益原則」に
したがって配分することも、「グリーン化」論議の範疇に含まれています。
検討会の議論の中で、さらなる炭素税、また炭素税の課税とも絡む森林吸収源対策、そ
のほかにフロン税、廃棄物税、森林環境税などが検討されました。またこれから環境政策
として考えるべき課題として、持続可能な社会の構築に向けて、低炭素社会、循環型社会
(廃棄物・リサイクル)、自然共生型社会の 3 つの方向性が示されました。
図を見ると分かるように、自然共生型社会に向けた生物多様性の保全について現行の税
制は、国立公園に特化しています。固定資産税の非課税、土地の譲渡時の特別控除、それ
から国立公園地域で財産を持っている方が税金を払えなくなって、環境に良くない状況で
誰かに土地を転売されてしまうことのないように、土地・固定資産に税制優遇するのがこ

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の趣旨にあります。
「生物多様性国家戦略 2012‐2020」には、森林や水源の保全を目的とした森林環境税な
ど、生態系サービスを社会経済的な仕組みの中に組み込んでいくことが書かかれています。
経済学では「公共財」とか、「公共サービス」という言葉を使います。有形のもの、物的
にはっきりするものを「財」といいますが、無形のもので良いことは「サービス」といい
ます。
生物の多様性、あるいは生態系があるおかげで、大気が浄化されたり、水が循環してき
れいになっていったり、いろいろな意味で良いことが行われます。人間はそれをこれまで
無償で受けてきましたが、人間の活動が広がるにつれて、必ずしも十全なものでなくなっ
てきました。したがってそれを維持していくために、生態系サービスという良いものに対
する我々の何らかの経済的負担を本格的に考えていかなければいけない、という考え方で
す。それを社会経済的な仕組みに組み込む具体的な方法が、税財政、助成措置、補助金な
どです。
4.先行する自治体
生物多様性に関する税制では地方自治体が先行しています。地方分権一括法が 1999 年に
施行され、自治体議会が同意する課税について、総務省は要件さえ整っていれば同意する
ようになりました。そのため県がほとんどですが、森林環境税等を計 33 件の自治体が導入
しています。その中の「歴史と文化の環境税」は乗り入れる車を抑制したいという税です。
「環境協力税」は環境保全にかかるコストを、旅行者に負担してもらおうという発想で、
沖縄でなされている課税です。河口湖で漁をする人たちに対して課税する「遊漁税」とい
う税もあります。

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1)佐賀県の事例
森林環境税は県民税の均等割りに上乗せをするという形で、課税対象者全員で払います。
すべての森林環境税がこのタイプをとっています。税収はだいたい 2.3 億円前後で安定的に
推移しています。平成 20~24 年(1998~2012)度の税収約 11 億円のうち、荒廃森林再生
事業と重要森林公有化等支援事業に活用しています。税収の大半は、間伐を実施して森林
の公益的機能を高める事業です。
山主が関心を失っているか、林業が経済的に回らないので、人工林に手を入れる余裕が
なくなってしまいました。そのままでは生態系によくないので混交林に誘導する、そのた
めに財源を確保しなければいけないので森林環境税が導入されました。
2)神奈川県の事例
神奈川県も最初は狭い意味での水源の森林づくりを検討していました。1980 年代後半に、
大規模な渇水が起きましたが、神奈川県内ではこれ以上ダムが作れないので森林を再生さ
せて、水源涵養機能を高めようというのがもともとの発想でした。
ただこの仕組みを税という形にするには、平野部に住んでいる何百万人に便益がありま
せん。たしかに上流の水源涵養機能が高まれば、水を利用する下流は便益があるといえば
それなりにありますが、直接の便益がないのは問題だというところから、いろいろな施策
を打ち出すことになりました。

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神奈川県の施策の体系をみると佐賀県より広範な対象に税収を当てています。神奈川県
では税収が桁違いに多くなるため、その豊かな財源を利用してより広範な施策が可能です。
施策には森林の保全のほか、河川の保全再生や地下水の保全再生、水源関係の負荷軽減
などがあります。この中でとくに2(丹沢大山の保全・再生対策)、3(渓畔林整備事業)
が生物多様性に関わります。
丹沢大山地域には自然再生計画がすでにあり、そこと連携した対策をとるとしています。
このように計画がベースにあるという点は参考になると思います。つまり生物多様性につ
いて環境税を考えるときは、まず自然再生計画のような計画があり、そこにお金を投下す

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るには負担は誰が負うのがよいか、という議論の順番になるのではないでしょうか。
5.海外の事例
海外では、水資源保全の税制は多くみられ、漁業資源の保全などもあります。
自然共生型社会の分野では、森林の保全に関わる税、狩猟税、ペット税などがあります。
沖縄や河口湖などと同じように、その地域に入る行為に対して課税する入島税もあります。
生態系の保護、景観保全を目的にウィーン市で 1995 年に導入された税は、立木の伐採時
に課税します。森林伐採を防ぎたいという目的がはっきりしています。
韓国の環境保護税は、大きな建物と軽油自動車に課税しているというところは通常の大
気汚染対策の税です。ところが、税収を環境関連特別会計に入れ、大気・水環境保全に使
うほかに、自然環境保全を目的とするプロジェクトにも使っています。インドネシアでは
伐採課徴金が導入されています。
(参考)環境省 税制全体のグリーン化推進検討会 資料・議事録(2014 年 3 月 4 日確認)
https://www.env.go.jp/policy/tax/conf01.html
6.論点
1)税か、補助金(奨励措置)か
税を対策に使うという場合、環境に悪い、例えば生物の多様性についてマイナスの影響
を与える行為を特定し、そこに課税します。先ほどの例ではウィーン市の伐採に対する課
税があげられます。補助金の場合は環境に対して良い活動をした人に、その行為を特定化
して補助を出します。
これに対してよく議論されるのは、農薬などの場合です。農薬の使用で地下水が汚染さ
れます。汚染者負担原則では農家に課税するということになりますが、往々にして農家に
その負担能力はありません。そのうえ代替措置がないまま課税すると誘導にはならず、単
なる負担の増加になります。
そのような条件の場合には、農家と契約を結んで減農薬にしてもらうか、完全に農薬の
使用をやめてもらう方法があります。それにより土壌、地下水への悪影響を防げますが、
農薬をやめると他に代替措置がなく、収穫量が減るので所得が減ってしまいます。それに
対して補助金を出します。
補助金の財源をドイツなどでは水料金、水道料金に上乗せをしています。水がきれいに
なることで便益を受ける人たちからとったお金で、農家に所得補償をしています。
2)一般財源化か、目的税化か
目的税は税収に対して支出が決まっているため、新しい政策課題に対応できなくなる問
題がありますが目的税は増える傾向にあります。2014 年 4 月から税率の上がる消費税は社
会保障に使う、と事実上目的税化されています。目的税は有権者の理解を得やすい利点が
あります。

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3)補助金と「参照基準」
これは、もし補助を出す場合には、何をもって環境に良い行為かという基準を決めなけ
ればなりません。農薬について、使わない、あるいは減らす行為に対する補助金の例をあ
げましたが、農薬を最大限使っている状況を出発点にして、そこから少しでも減らした場
合でも補助金を出すのか、またはある基準以上減らす場合に初めて補助金を使うことに妥
当性があるのか。この何をもって環境に良い行為とするのかということを参照基準といい
ますが、それを補助金導入の際に決める必要があります。
4)参照規準とモニタリング
農薬減らしたと言って補助金をもらったが、実は農薬を減らしてなかった場合を考える
と、モニタリングが必要です。ドイツの場合では、土壌に計測器を埋めて、そこに農薬が
入るとその物質を検出するという形でモニタリングをしているといいます。
5)他の政策手段(直接規制、取引制度、オフセット制度)とのポリシー・ミックス
なぜ税なのか、なぜ補助金なのか、ということは当然問われます。環境税関連の導入に
は本当に大変なエネルギーが必要です。そして一度導入するとそう簡単にはなくなりませ
ん。長期的にわたった安定財源になることは間違いないのですが、つくる際には当然お金
を取られる側は反発します。補助金ならもらえるものなので反発する人はいないでしょう
が財政制約がある。そのため財政当局は新たな補助金に強く反対します。したがってなぜ
税が良いのか、直接規制、取引制度、オフセットなど他の政策手段も含め論点が尽くされ
る必要があります。
冒頭で述べたように、生物多様性を柱とする奨励措置や環境課金などの取り組みは萌芽
的な段階にあります。これから取り組むべき事柄や課題など、まだまだ多くあると思いま
す。
(参考文献)
OECD (2009), ECO-Innovation in Industry: Enabling Green Growth.
OECD (2010a), Taxation, Innovation and the Environment.
OECD (2010b), Interim Report of the Green Growth Strategy: Implementing Our Commitment for a
Sustainable Future:Meeting of the OECD Council at Ministerial Level, 27-28 May 2010.
OECD(2011), Invention and Transfer of Environmental Technologies.
諸富徹(2000)『環境税の理論と実際』有斐閣
諸富徹・鮎川ゆりか(2007)『脱炭素社会と排出量取引‐国内排出量取引を中心としたポリシー・ミックス』
日本評論社
諸富徹・浅野耕太・森晶寿(2008)『環境経済学講義』有斐閣
諸富徹・浅岡美恵(2010)『低炭素経済への道』岩波新書
諸富徹編著(2010)『脱炭素社会とポリシーミックス』日本評論社

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1-2 地域発の生物多様性政策統合は奨励されているか(三重県の事例)
高山 進
1.はじめに
「生物多様性の主流化」というのは、単に「生物多様性」の意義を認識する人の数を増
やすことではなく、様々な政策を立案・実行する際に、省庁ごとにばらばらではなく生物
多様性の保全をベースに政策を統合化することである。縦割りは日本だけでなく、どこの
国にもあるが、解決に向け努力している事例に学ぶ必要がある。また、生物多様性は地域
ごとに個性があり、かつその手入れに手間がかかるため、直接その自然に接している地域
住民が暮らしを成り立たせ、主体的に取り組み、その意思が尊重される分権型の体制を作
らないと解決できない。結論を先取りすれば、日本の場合この政策統合と分権化、そして
それらを結び付けるという重要な視点が未だ定まっていない。
各省ごとの「生物多様性配慮」の動きは近年加速している。農林水産省は 2012 年 2 月に
「農林水産省生物多様性戦略」を改訂した(第一次は 2007 年)。また国土交通省は 2012 年
3 月に中央環境審議会生物多様性国家戦略小委員会において「国土交通省における生物多様
性の取組」を報告している。いずれも日本が議長国としておこなわれた生物多様性条約
COP10 やその成果である愛知目標、それを受けた生物多様性国家戦略の改訂作業が要因と
なっていることがうかがえる。筆者の問題関心は、近年の「生物多様性配慮」の深化が、
省庁を越えて統合することが強く求められるような政策の現場に対してどのようなインパ
クトを与えているのか、言い換えれば、生物多様性国家戦略は政策現場まで浸透し機能し
ているのか、という点にある。
このテーマを考察しようとすると、まず実際に省庁間の調整がどのように進行している
かといった情報へのアクセスが困難という壁に突き当たる。実は 2001 年に行われた中央省
庁再編のねらいと概要を諮問した「行政改革会議最終報告」(1997 年)には省庁間の政策調
整の必要性とその進め方が明記されており、必要性に関してはたとえば「時と課題に応じ
ていかなる価値を優先するかを総合的、戦略的に判断し、大胆な価値選択と政策立案を行
うことが何より必要である」と述べられ、留意点として次のことが指摘されている。「その
過程においては、非建設的な権限争いなど、縦割りの弊害を排除するとともに、政策協議
の透明性の向上を図るため、情報公開の趣旨に沿い、可能な限り、省間の協議過程を明ら
かにする」(1)と。しかし、こうした省庁間の調整作業に関する情報に外部の人間が触れる
機会はほぼないと言ってよいだろう。
筆者は最近「環境用水」の事例から環境、農業、河川の政策分野を統合する現場に接する
機会があり、これを事例に分野間の調整のあり方について論じたい。また、三重県志摩市
の里海創生事業に深くかかわっている立場から、基礎自治体が政策統合を進めていること
に対する支援のあり方に関して「政策統合と分権政策の結合」が重要と考えており、その
点を論じたい。
2.環境用水の事例から
1)制度としての環境用水と省庁間調整

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「環境用水」とは、①水質向上(浄化用水として)、②アメニティ(親水性)向上、③生態
系向上のいずれかの目的を持ち、都市の小河川、水路、農閑期の農業水路に、河川水、地
下水、湧水、下水処理水、工業用水、農業用水などの水源から流水を引き入れる試みを指
し、実は 1970 年代から全国に多様な事例が存在していた(2)。秋山道夫氏はこうした多様な
事例を「機能としての環境用水(広義の環境用水)」と呼んでいる。しかしそうした試みは
あくまで例外で、多くの農村では、農閑期に用水が完全に止まり、かつてわが国に広範に
存在し、「懐かしい風景として人々の記憶に刻み込まれている『春の小川』の流れ」(3)が失
われてきた。
そんな中で、2006 年 3 月 20 日、国土交通省は環境用水を導入する制度を通達「環境用水
に係る水利使用許可の取扱いについて」という形で策定した。秋山氏はこれを「制度化さ
れた環境用水(狭義の環境用水)」と呼び、前者との区別を図っている。その特徴は河川水
を河川外の土地(「堤内地」)に、おおむね次の条件で通水することを認めるという制度で
ある。
①水利使用許可の申請者:地方公共団体が原則、ただし地方公共団体の計画に位置づけ
られ、必要な業務の遂行能力を持つ者についても許可される。②水源:基準渇水流量から
正常流量(河川維持流量+既得水利権量)を除いた範囲内でなくても、社会実験として豊
水を水源とし、取水を許可する。③河川環境との関係:「河川環境のために必要な流量を損
なうことなく、河川管理者、利水者、地方公共団体で意見交換が行われる。④許可期間:
原則 3 年間を原則とする。
なぜこの制度が必要とされたかを理解するために歴史を概観してみよう。「春の小川」が
失われる趨勢の始まりは 1970 年であった。かつて主要な河川水の大半が農業の用途で占有
されていたが、高度経済成長期に都市用水の需要が高まり、1970 年に建設省河川局は、「慣
行水利権について」を公表し、あいまいであった慣行水利権を「合理化」し、余剰水を都市
用水に振り当てる方針を打ち出した。さらに 2 年後、農業用水側が慣行水利権を許可水利
権に切り替えない限り、老朽化した施設の改修を許可しないという強い方針を打ち出し、
その後 1998 年時点で灌漑面積 100ha 以上の地区のほとんどが許可水利権に切り替えられた
と言われる(4)。
一方農水省側は、当初「余剰水は存在しない」と主張したが、その後慣行水利権のうち
灌漑用水分を差し引いた部分は、農村地域の生活用水・防火用水、修景用水その他を含ん
だ「多目的用水」「地域用水」であり、「余剰水」とは言えない、と論理を若干変更して中小規
模の慣行水利権の存続を後押しした。同時に 1963 年から開始した圃場整備事業により開水
路のパイプライン化、開水路の 3 面張りによる断面縮小などの施設整備を行い、水路ロス
をなくし、農閑期の断水等と合わせ転用する水量を捻出することに努めてきた。こうした
水利の合理化が「春の小川」を消失させ、田んぼの生物多様性を劣化させてきたといえる。
愛知目標に照らしていえば、従来型の圃場整備事業は生物多様性に有害な奨励措置である
と表現できる(5)。
その後高度成長期の終焉とともに、都市用水、灌漑用水の要求が鈍化する一方で、水を
めぐる環境改善の要請が徐々に高まってきた状況を受けて、先の「環境用水」の通達へと帰
結した。実はこの通達に素早く呼応し、環境省と農水省の動きがみられる。環境省水・大

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気環境局水環境課は翌 2007 年「環境用水導入事例集~魅力ある身近な水環境づくりにむけ
て~」という事例集をまとめ、2008 年農水省は「地域水ネットワーク再生事業」を打ち出
し、2009 年農林水産省農村振興局整備部水資源課は「農業水利施設を利用した環境用水の
水利権取得に関する手引き」を公表し、環境用水の制度への応募を後押しする懇切丁寧な
マニュアルを著した(6)。このような通達後の素早い動きから、おそらく先の通達以前に農
水省、国土交通両省(さらには環境省)の調整が積み重ねられたことが推測される。
じつは環境用水に関しては、2006 年のこの通達の 11 年前の文書、平成 7(1995)年「環境
用水の水利使用の取扱いについて(水利制度研究会による中間とりまとめ)」にほぼ同趣旨
の内容が盛り込まれており、これについて学術誌に記述した担当者は「建設・農水両省に
よる「共同」作業は、現行河川法施行(1964)以来実質的に初めて」と書いていたのである。
ここから判明することは、そもそも両省の調整というものが極めてまれにしか行われてこ
なかったこと、また「環境用水」は例外的に調整が進んだテーマであったことをうかがい
知ることができる。
また次のことからも調整の痕跡を読むことができる。国土交通省の通達では「用水に係
る事業計画が、地域におけるまちづくり等に関する地方公共団体又は国の計画に位置付け
られること等により、公共の福祉の増進に資する水利用であることを確認すること」とあ
るが、農水省の「手引き」では「地方公共団体の農林水産部局が主体となって作成する「田
園環境整備マスタープラン」等は、地方公共団体の長レベルで決定される計画であるため、
当該計画に環境用水が位置付けられた場合は地方公共団体等の計画に位置付けられたとみ
なされます」と書かれている。また通達では「事業内容が公共の福祉の増進に資する水利
用であることから、水利使用許可の申請者は、地方公共団体を原則とする。」となっている
が、「手引き」では「地方公共団体が策定する環境用水に関する計画等において申請者が事
業主体として位置付けられているもの」という条件等を満たせば土地改良区等が水利使用
許可の申請者になることができる。すなわち、農水省側からの参画が可能になるように調
整されている、と読むことができる。
2)三重県松阪市朝見地区の事例
三重県松阪市朝見地区は櫛田川第一頭首工から用水を引き入れている田園地帯であるが、
その用水を管理するため 1963 年に櫛田川・祓川沿岸土地改良区を発足させ、許可水利権を
獲得した。この用水の到達地区内で順次圃場整備が行われてきたが、朝見地区はこれまで
地区内の合意に至らず圃場整備が遅れてきた。その結果、伝統的な土水路が長い区間残り、
用水と排水が分離されず、川からの水路の連続性も保たれていることで、生態系の豊かさ
が保たれていた。そのことは皆川明子氏(応用生態工学)の一連の研究フィールドとなる
ことで、断水する農閑期においても生活排水、雨水等により水路の一定部分で、タナゴ、
オイカワ、ドジョウ、メダカ、フナ、カマツカ等の「氾濫原の象徴種」の生息が証明され
てきた(7)。
2009 年からこの地区の中の 3 集落が圃場整備事業に着手することになった。その際、三
重県には 2001 年土地改良法改正において加えられた「環境との調和への配慮」を実現する
独自のシステムが存在し、機能した。それは 1998 年から開始した「三重県環境調整システ

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ム」と呼ばれ、条例アセスよりも小規模な事例でも県の事業に関して適用される環境アセ
スメントの一種である。圃場整備事業の場合は、事業を担当する農業基盤室が環境配慮の
調整に必要な手続等を行おうとするものである。圃場整備の進行過程で「環境アドバイザ
ー協議会」(生物系専門家チーム)が調査及び審議を行い、調査で存在が判明した希少種を
保護するための環境配慮の提案を行う。その際保全事業にかかる経費は「希少生物保全対
策事業費」として別途土地改良区に補助される、という流れとなっている。
環境アドバイザー協議会からの提案は以下のものであった。①長さ 4.5m 水深 60cm の溜
まり水設置(農閑期の生物避難場所)、②水路底に砂礫質の材質を入れる(イシガイ類保護)、
③排水路則面に緑地パネルを設置(在来植物保護)、④現存している樹木(稲架木)を溜ま
り水周辺を移植(生息環境・伝統的景観の保全)、⑤計画地区の一部を整備せず残す(既存
の生態系保全)。この提案に対して、地元住民の反応は積極的なものではなかった。たとえ
ば水路内の溜まり水に関しては管理の手間から水深を 30cm に変更したいとか、まとまった
緑地を残すことについては反対する等の回答であった。高齢化が進む地元では、維持管理
の手間をかけることができるのかどうかが懸念された。
一方で、朝見地区の貴重な水生生物を圃場整備によって失うことは何とか避けたいとい
う強い思いを抱く人々も存在した。朝見まちづくり協議会は 2012 年 3 月「環境用水」(農
閑期の通水)の要望書を用水の管理者である櫛田川・祓川沿岸土地改良区に提出している。
また、朝見小学校では校庭にビオトープを作ったり、校舎の廊下にいくつもの水槽を設置
して、用水への通水が止まる前にレスキューした魚を半年間避難させる活動を生徒たちと
ともに行っている。
こうしてこの地の圃場空間が豊かな淡水生態系となっているという特殊な条件に対して、
住民自身がどう向き合うのか、合意ができずもがいている状況にある。
じつはこの動きと並行して 2011 年 09 月から 2013 年 3 月まで国土交通省中部地方整備局
三重河川国道事務所が主催をして「櫛田川自然再生検討会」が動き、2013 年 5 月に「櫛田川
自然再生計画書」がまとめられた。その目的は、櫛田川の河川環境上の問題点や課題につ
いて把握・分析を行うとともに、河道内(堤外)の自然再生、すなわち、いくつかの堰の
魚道の改善、河道内氾濫原のワンド状態の改善等を通じて鮎を復活させ、地域おこしにつ
なげるというものであった。はじめは河道外(堤内地)の自然再生は目的対象外であった
が、検討委員の K 氏(三重県立博物館職員、魚類学)が熱心に朝見地区の環境用水実現を
主張した結果、計画書に以下のように盛り込まれることになった。
「櫛田川及びその下流域における水田や用水路の環境に依存して生息するタナゴ類など
の生息環境を保全するため、引き続き現状把握を行う。さらに、河川環境の保全・再生及
び堤内地の水路における魚類生息環境の保全・再生に向けた取り組みとして、地域と連携
した環境保全活動に努めると共に、関係機関との調整や検討を進めていく。 」
ここに触れている「堤内地の水路」とは、言うまでもなく朝見地区の水路を指している。
魚類学者の K さんはその価値を深く理解し、検討会で論陣を張った。それに対して他の委
員からも賛同の声が上がり、上記の文言に至った。事務局側の国交省三重事務所としては、
環境用水は国交省の制度でもあり、委員会が合意した以上否定はできない。ただし地元合
意はまだできていないので、今年(平成 25 年)度、松阪市、櫛田川・祓川沿岸土地改良区、

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朝見まちづくり協議会を加えた実施委員会をおこし、K さんを委員長として議論の場を提供
する、という方針案を作成した。すなわち国交省三重事務所としては、環境用水はすでに
制度になっていることと、生物多様性配慮は時代の流れなので前向きに進めようという思
いからこういう方針まで進めたものと思われる。
現在この方針を本省に上げているところであるが残念ながら回答が遅れ、年末に差し掛
かったいまだに新委員会はスタートしていない。遅れている理由に関しては推測の域を出
ないが、国交省側の本音の中には「櫛田川の水量にゆとりがなく、かつ河川管理者として
は本川の正常流量を確保することを優先しなければならず、環境用水への対応は基本的に
は難しい」(8 月 2 日ヒアリング)という本音もまた存在する。どう決着が図られるのか注
視をしているところである。
一方で圃場整備とその環境配慮を担当する三重県農業基盤室のスタンスはどうだろうか。
ヒアリングの中で地元住民の環境配慮に対する反応が今一つであったことに対して担当者
に問いかけたところ、彼は次のような問題点を指摘してくれた。現在のプロセスは次のよ
うになっている。まず地元の議論を経て全員一致の場合圃場事業の要望を上げ、圃場事業
の計画と負担割合が確定する。ちなみに現在進められている朝見地区圃場整備の場合、総
事業費 41 億 2600 万円で、負担の内訳は国 55%、三重県 27.5%、松阪市 12.5%、農家 5.25%
(約 2200 万円)となっている。次いで地元としてこの計画の受け入れが表明された後、環
境調査が始まり、貴重種が存在すれば環境配慮の提案が行われる。すなわち、より手間が
省けるという圃場整備目的のもとに一旦合意した後から、別目的の合意を迫られ、環境配
慮費用は補助されるが、労力は地元が担わなければならない。
これに対して農業基盤室の担当者が提案したことは、地元より事業の要望が確定した段
階で環境調査を行い、貴重種が存在した場合負担金約 5%の通常型で受け入れるか、環境配
慮をより徹底して行うタイプで受け入れるかの事業メニューを選択する機会を与え、後者
の場合はさらにインセンティブを与えるような流れにしてはどうか、という提案をしてく
れた。すなわち、環境配慮型を選択した場合、得になり、かつ自ら選択したため維持管理
の苦労もやむを得ないという合意ができ、工法を含め協議・調整がスムーズになるのでは
ないか、というのである。
つまり、現在の流れは従来型の圃場整備事業が主要な目的としてあり、追加的に(事後
的に)環境配慮が要求されているが、はじめから環境配慮を含んだ圃場整備がより奨励さ
れる仕組みにする必要があるのではないか、と担当者個人は考えている。先に考察したよ
うに、環境用水は例外的に省庁間の調整が進んだ事例であったが、現場においては農業と
環境の政策統合が不十分であるという事態に遭遇したことになる。また、もし三重県が環
境用水を位置づけた「田園環境整備マスタープラン」のような計画を持っていれば、朝見
地区の圃場整備の計画ははじめから環境用水実現を目指す農業と河川の政策統合に踏み込
んだかもしれない。
以上みてきたように、ヒアリングをした農業と河川の担当者たちは、環境配慮や生物多
様性に十分前向きな姿勢を持っていた。冒頭に述べたような省庁の政策変化が担当者レベ
ルまで浸透していることがうかがえる。今後地元住民がより前向きに受け止められるよう
な政策統合への進化が求められている。また「環境用水」に関しては農業側、河川側双方

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にまだいくつかのハードルを抱えている様子もうかがえた。今後の推移を注視していきた
い。
3.志摩市里海創生事業の事例から
筆者は 2011 年度から志摩市の里海創生基本計画の委員長を務めている。この計画が「先
端事例」であると内外から注目され、2012 年 10 月日本弁護士連合会人権擁護大会「豊かな
海を取り戻すために~沿岸域の保全・再生のための法制度を考える~」シンポジウムでも
注目を受けた。
その第一の理由は、基礎自治体の政策として日本では軽視されてきた「干潟再生」「淡水
域の塩性湿地化」に取り組もうとしていることである。個別のケースは散見されるが、す
でに開始された事例をふまえて、さらに本格的に取り組もうとしているのは全国初といっ
てよい。
筆者が注目してもらいたい第二の点は、志摩市の取り組みには科学的根拠を築き上げて
きた歴史があるという点である。2000 年立神真珠研究会(立神真珠組合の若手グループ)
の人工干潟の造成実験から始まり、2003 年には三重県地域結集型共同研究事業が立ち上が
り、多くの研究者を巻き込む研究プロジェクトが継続した。その過程で干潟再生の技術を
積み上げ、内湾である英虞湾の再生に対して持つ意義を証明してきた。
すなわち志摩市では、豊かで多様な水産資源とリアス式海岸であるため干潟になる可能
性を持つ多くの遊休地(旧農地)を持つという特質があり、「干潟の再生による内湾の資源
回復」という、科学的に証明された方向を実施していける全国でも特殊な条件を有してい
る。
そして第三の点は、環境の保全をベースに置いた地域資源の利用、地域のブランド化を、
海と農地と山(これら全体が「沿岸域」)を一体的に、行政の部署を越え一体的に、個人、
各種団体、行政の枠を越え一体的に進めようとしているところにある。そのため多様な主
体の協議会を持ち、様々な部署を横串する里海推進室を置いた。以上 3 つの点をふまえる
と、ここには基礎自治体発の「エコシステム・マネジメント」「沿岸域統合管理」が立派に
成立していると評価できるのである。
じつは志摩市は 2008 年に英虞湾自然再生協議会を設立し、協議を開始した。その実績を
もとに自然再生推進法に則った助成金を得ようとしたのだが、実際の運用では、その自然
再生協議会に参加する主管庁を、環境省・国土交通省・農林水産省の3つから選ぶ必要が
あり、主管庁が決まらないと正規の協議会が立ち上がらない。いざ主管庁が決まってしま
うと、実際に行う再生事業は主管庁の事業のメニューに限られてしまうため、省庁を横断
するような柔軟な再生への模索はできなくなる。このように、まじめに政策統合に取り組
もうとすると、自然再生推進法はその支援の機能を果たせないという現状に遭遇し、この
道を断念し現在の形に行きついたという経緯を持っていた。基礎自治体が真剣に統合政策
に取り組もうとすればするほど、それに対応する支援メニューが国にはない、という皮肉
な事態が生じる。
ここでアメリカで模索された一つの事例を紹介したい。1997 年に 13 の連邦機関が共同で
進めた「国家遺産としての河川に関するイニシアチブ」は、先に紹介した環境保護省管轄

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の「流域保全アプローチ」をさらに一歩進めるものであった。「その焦点は、コミュニティ
のニーズに対して連邦機関がいかに応答するかに絞られている。すなわち、それらの基本
政策の目指すところは、連邦政府から各コミュニティに対しての“直接的”かつ“一連の
まとまりのある支援”の提供の確保にある」(8)。まず地域の協働組織が河川を軸とする「自
然資源および環境の保護、経済の再活性、歴史・文化の保存」という目的に沿った行動計
画を策定し、優れたものが選定される。指定を受けた場合計画の実施に対して連邦機関か
ら助成金、専門知識獲得の訓練機会、人的支援等を受けることができる。すなわち適切な
連邦機関職員をリバーナビゲーターとして無償で迎え、連邦機関との橋渡し役を務めると
いう。1997 年には 126 の応募の中から 14 の計画が指定されたという。
人権大会第 3 分科会の議論をふまえて提出された「豊かな海をとり戻すために、海岸線
の新たな開発・改変の禁止、及び沿岸域の保全・再生の推進を求める決議」には、同様の
考え方に基づき、地域発の優れた統合政策への国による支援が次のように要請されている。
「国は、地域レベルで沿岸域の保全・再生へ向けた取組を含めた沿岸域の総合的な管理を
行うために、次の施策を行うこと。① 沿岸域の地方自治体が主体となって、関係者によ
る協議機関を設置して管理計画を策定した上で、具体的な取組を実行することができる制
度を創設すること。② 上記制度の運営と計画の実施に必要な予算措置、情報の提供等の積
極的な支援を行うこと」(9)。
この提案の背景には、地域主体こそがその地の特殊な条件をふまえて、責任ある政策統
合を提案することができる。国はそれを奨励し、適切に支援することこそが意義ある政策
統合を広げていくメインの方法になっていく必要がある。これがまさに「政策統合と分権
政策の結合」ということの意味に他ならないのだが、日本ではこの観点はいまだマイナー
である。
たとえば「EU 水枠組み指令」では、EU 各国が守るべき「共通原則」の中に目標に到達
する筋道は分権的な「補完性の原則」がはっきりと明記されている。指令はその理由を4
つあげている。①共同体の多様な状況およびニーズは、それぞれ特定の解決策を有するた
め、②この多様性は、河川流域という枠組みで水の保全および持続可能な利用を確保する
措置を計画および執行する際考慮されるべきであるため、③決定は、水が影響を受ける、
または利用される場所にできるだけ近いところでなされるべきであるため、④地域及び地
方の状態に合わせた措置プログラムの作成を通して、構成国の責任で行動に優先順位が与
えられるべきであるため、と。また「補完性の原則」はドイツ法でもこう明記されている。
「広域計画は・・・市町村計画に対して自由な計画策定の余地を認めうるような枠組み計画
に止まらなければならない」「広域計画の目的を同等に達成できる範囲内において、市町村
は代替計画を広域計画主体に対して請求できる」(10)。
日弁連の決議には次の言葉がある。「この、沿岸域を再生して環境を復元する取り組みは、
沿岸域環境による影響を強く受け、またかつての沿岸域環境をよく知る地域レベルで行わ
れるべきである。したがって、内湾や海岸線などの一定のまとまりごとに、市町村などの
地方自治体が主体となって、沿岸環境の影響を受けかつその状況をよく知る関係者の意見
を調整しながら、沿岸域を総合的に管理する計画を策定し、それを実行する仕組みが必要
である。」

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また、志摩市の沿岸域統合管理を後押ししている海洋政策研究財団は、2013 年 4 月に改
定された海洋基本計画に働きかけ次の一文を盛り込ませた。「沿岸域の安全の確保、多面的
な利用、良好な環境の形成及び魅力ある自立的な地域の形成を図るため、関係者の共通認
識の醸成を図りつつ、各地域の自主性の下、多様な主体の参画と連携、協働により、各地
域の特性に応じて陸域と海域を一体的かつ総合的に管理する取組を推進することとし、地
域の計画の構築に取り組む地方を支援する。」
このように改善の方向は明瞭になっているのだが、日本の政策は「地域発の生物多様性
政策統合」を尊重し、推進するという点に関して今一歩踏み出し切れていない。
(注)
(1) http://www.kantei.go.jp/jp/gyokaku/report-final/(2013 年 12 月 20 日確認)
(2) 「環境用水の導入」事例集~魅力ある身近な水環境づくりにむけて~、
(3) 足立孝之「『春の小川』の環境用水を考える」『環境技術』Vol.39,No.12,2010,p.1
(4) 七戸克彦「現代の水利権を巡る諸問題」『季刊河川レビュー』32(3),2003,p.11-17
(5) 「水田の生物多様性を妨げる施策や補助金等を廃止し、または改革する」「圃場整備事業。農業生産に効
率のよい農地を作れる半面、生物多様性にとって有害な事業で、改革が必要。」『田んぼの生物多様性の 10
年プロジェクト行動計画』2013、ラムネット
(7) 皆川明子・髙木強治・樽屋啓之・後藤眞宏(:「非灌漑期の農業水路における魚類の移動と越冬」『農業
農村工学会論文集』269(78-5)、2010、p.369―375
(8) 及川敬貴、アメリカ合衆国におけるトップ・レベルの環境行政-協働に基づく地域生態系保全を促進す
るための調整活動-、鳥取環境大学紀要、第 3 号、p.39-57、2005
(10) 大橋洋一:「国土整備と法」『対話型行政法学の創造』弘文堂、1999、p.94

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1-3 自治体職員と補助金:アンケート分析の結果から
志村智子
1.はじめに
愛知で開催された生物多様性条約締約国会議(COP10)では新たな戦略目標「愛知ターゲッ
ト」が合意され、生物多様性の評価・保全・回復・賢明な利用のもとで、生態系サービス
の保持と健全な地球の維持によって自然からの恩恵が与えられる世界の実現が目指された。
この戦略目標 A「間接的要因への取り組み」のグループに目標 3「生物多様性に有害な補助
金などの奨励措置を廃止・改革する」がある。
補助金は、国や自治体が政策を実現するツールの一つであり、その効果によって個人や
企業等の行動に変化を与え、社会の有り様にも影響を与えている。補助金の使途、使い方、
金額などは常に変化し続けており、補助金における生物多様性への配慮、生物多様性の保
全のために使われる補助金は増えているが、生物多様性の劣化は依然として食い止められ
ておらず、一層の変革が必要となっている。
国や自治体にとって重要なツールである補助金が、ときに生物多様性に負の影響を与え
ている状況を改善し、生物多様性の保全を奨励するものに転換するために、補助金の何を
変えればよいのかという検討素材を知るために、補助金に係わる現場の声を聞くことを考
え、自治体職員にアンケートを実施した。
2.方法
アンケートは、インターネットを通じて呼び掛け、回答の回収もインターネット上の無
料アンケートサイトを活用した。呼び掛けた先は、自然保護関連のメールニュース、フェ
イスブックなどである。設問は 8 項目(回答者の個人情報に関する設問を除く)で、選択
回答式にするとともに自由記述ができるようにした。なお、設問の設定には、地方自治体
職員に相談をし、アドバイスをいただいた。
質問内容
問 1 ご所属の自治体について教えてください。
問 2 地域について教えてください。
問 3 補助金による事業を実施する中で、補助金があったことで、いままでよりも地域の自然を活かす
ことができた、または地域の自然を損なわないよう配慮ができたと感じたことはありますか。
問 4 問3の回答についての理由、該当の補助金等の施策の名称を教えてください。また、その他と回
答された方は、可能な範囲で具体例をお教えください。
問 5 補助金の条件等のために、事業で地域の自然に配慮しにくかった、または自然への配慮が十分で
きなかったと感じたことはありますか。
問 6 問5の回答についての理由、該当の補助金等の施策の名称を教えてください。また、その他と回
答された方は、可能な範囲で具体例をお教えください。
問 7 自治体として、さらに環境保全をすすめる観点から、補助金事業への意見として該当するものを
教えてください。
問 8 問7の回答についての理由、また、その他と回答された方は可能な範囲で具体的に教えください。
3.結果

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回答数は 30 件であった。各質問への回答は以下のとおりである。
質問 1:ご所属の自治体について教えてください。
質問 2:地域について教えてください
地域
回答数
うち都道府県
うち市町村
その他
北海道
1
1
0
0
東北
1
1
0
0
関東甲信越
9
2
6
1
中部(東海北陸)
4
2
2
0
近畿
6
2
4
0
中国
4
3
0
1
四国
4
2
2
0
九州
1
0
1
0
沖縄
0
0
0
0
(合計)
30
13
15
2
その他は、市町村が運営する施設職員からの回答であった。
質問 3 (複数回答可)
質問内容
選択肢
回答数
補助金による事業を実施す
る中で、補助金があったこ
とで、いままでよりも地域
の自然を活かすことができ
た、または地域の自然を損
なわないよう配慮ができた
と感じたことはあります
か。
・住民から要望のあった環境保全事業が実施できた。
8
・希少な生物の生息地を保全できた。
7
・その他
6
・環境配慮のために事業を追加・変更できた。
5
・意見交換会など、住民の合意形成の場をつくることができた。
5
・地域の自然と補助金はあまり関係がない。
5
・とくに感じたことはない。
5
・事前や事後の環境調査をていねいに実施できた。
2
・無記入
2
(合計)
45
質問 5(複数回答可)
質問内容
選択肢
回答数
補助金の条件等のために、
事業で地域の自然に配慮し
にくかった、または自然へ
の配慮が十分できなかった
と感じたことはあります
か。
・とくに感じたことはない。
15
・規格が決まっていて、希望した環境配慮が十分できなかった。
7
・環境配慮に関して申請した補助金が認められなかった。
5
・予算内では、環境配慮までできなかった。
4
・その他
3
・無記入
3
(合計)
37
質問 7
質問内容
選択肢
回答数
自治体として、さらに
環境保全をすすめる観
点から、補助金事業へ
の意見として該当する
ものを教えてくださ
い。
・環境保全そのものが目的の事業を増やしてほしい。
17
・住民参加の機会を創出するソフト事業の補助等を増やしてほしい。
12
・補助金の採択条件に、環境負荷の低減や配慮等を加えるとよい。
12
・その他
6
・とくにない。職員の工夫や運用によって環境保全はできている。
2
・とくにない。法律等の範囲内で環境配慮はできている。
1
・無記入
1
(合計)
51

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また、質問の自由記述への回答については内容に応じてグルーピングを行った。
補助金の成果や効果
肯定的意見 ・生物多様性維持に向けた補助金制度が存在することで、行政職員にその活動を実施させよ
うというモチベーションが生じる。
・補助金制度があることで、そうした活動を行っている NPO にとって行政の理解を得てい
ると心強く感じられる。
・地域の自治体や住民が主体となる自然再生協議会が主導することが事業の条件のため、協
議会で一定の住民の合意形成が可能であった。<自然再生法「自然環境整備交付金」>
・地域の生態系に通じた専門家が複数参加し、意見を反映したため、事業内容がより環境に
配慮したものとなった。事業の結果、再生が実現し、希少生物の棲息域の保全に繋がった。
<自然再生法「自然環境整備交付金」>
・採択基準の中で事業内容に縛りがあり、目的に沿って実施される。採択基準に自然を生か
すなどの手法が盛り込まれているような補助であれば当然なにがしかの役には立つと思う。
・生物多様性を目標とした事業も必要。町のみで行うのは財政面からも厳しく、環境保全の
ための補助制度があると助かる。
課題・提案 ・環境保全に関する補助事業が少ない。どのような補助事業があるか情報が各自治体に示さ
れていないことが多い。
・環境法令における上乗せ条例などに代表される先進的な取組みを、各県 1 つ以上するこ
とを義務づけるなどが必要。
■採択条件について
肯定的
・関連部局がそれぞれ対応しているが、比較的運用は緩やかである。
採択条件
・生物多様性地域戦略の策定に必要な調査・研究に限られており、具体的な保全に対する支
援が盛り込まれていない<地域生物多様性保全活動支援事業のうち生物多様性保全計画策
定事業(環境省)>
・都市公園で残存する二次夏緑林維持のため伐採し萌芽更新を促進したいが、維持管理費用
とみなされ、施設の整備・改修費用の補助を目的とする当該補助の対象になっていない。<
都市公園事業費補助>
・対象地域が国立公園や国定公園のケースが多いが、保全を必要とする環境・生物はごく身
近でありふれた場所にもある。
・補助の条件が厳しすぎ、「生物多様性保全」の手かせ・足かせ。その分、県単独費を投入
せざるを得ず、ただでさえ少ない県予算を削ってまで生物多様性創造という流れにはならな
い。<自然復元>
・メニューの幅が狭い。<公園整備事業>
・事前調査は県単独費なので、十分な水辺国勢調査並みの調査ができない。<総合流域防災
事業>
・画一的な工法しか許されない。<災害復旧工事>
・制約があり事業を執行できない。天然記念物、国立公園など、文部科学省・環境省なども
っとフレキシブルにスムーズに事業が執行できる組織構造としてほしい。<災害復旧事業>
・補助金を活用する団体の条件が制約されている。募集期間が短く、申請機会が年 1 回な
ど使いにくい。審査期間が長く、活用ができない場合もある。
・水濁法等の放流水質基準は、定期修繕など施設維持上で停止せざるをえない期間は綱渡り。
職員の工夫や運用などソフト面に過度に頼るともいえる。安定した環境負荷の低減を実現す
るために、ハード面への補助は不十分。
・補助金の採択条件は、少なくすることが肝要。
・順応的に実施し、失敗が許されたとしても単年度予算なので、金銭的な制約でリカバーで
きない。<公園整備事業>
・下水道、農林水産業集落排水、浄化槽の 3 つの事業が縦割りで補助率が異なるため、効
率の良い事業が選択されない。浄化槽は相対的に不利。浄化槽にシフトすれば川の水量を自
然状態に近づけることが可能になる。<下水道事業>
■人材育成など

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行政職員の
人材育成
・現場の技術者の創意工夫に任せることが大事。そのために行政内に「技術士」を増やし、
法律も技術も理解し、実践できる公務員を育成することが必要。
・自治体担当者の知見も乏しい。<公園整備事業>
・生物、生態系を知らぬ人間が予算付・事業審査をしている。生物学、水理学、水文学、水
質・環境がわかる者の育成が必要。
・国担当者の考えが狭い。会計検査の対応を考えるので、思い切ったことができない。失敗
が許されない。<公園整備事業>
住民参加
・住民参加を求めなければ広い市域の保全は望めない。
・国民的議論を高める必要性がある。
・活動に賛同する人を集めることが活動継続に大切。人集めのために、新聞広告やチラシ作
成配布などに補助金だけでなくノウハウ提供も大切。
・環境保全は多くの人が関心を寄せたほうがよい。だが実際、参加を促すプログラムは難し
い。
・住民参加を呼びかけるにしても、それを支える・引っ張っていく人間の育成(行政内にお
いて)が大事。人材育成事業に対して、ひも付きでない補助金の創生を考えてほしい。
4.おわりに
今回のアンケートでは、自治体全体や担当課としての回答ではなく、補助金を運用して
いる一人ひとりの職員の意見を聞くことにより、具体的な課題を見つけ出していくことに
つなげたいと考え、個人としての意見と限定して回答を依頼した。
回答数が 30 件であったため、全国的な傾向などは把握できなかった。また、回答の中に
は、勤務年限が短いため直接補助金の業務に係わっていないという回答や、アンケートタ
イトルに生物多様性という言葉が入っていることや回答内容から環境関連担当者からの回
答が多くなっていることが考えられるなど、自治体職員の意見と言えるものにはなってい
ない。
そのような状況ではあるが、補助金に係わる自治体関係者の現場の、意見の一端は知る
ことができ、現場担当者の悩みや視点を感じる回答をいただくことができた。
その中の多くは、生物多様性に配慮するためのインセンティブとなる補助金についての
回答であった。回答から見ると、現在の補助金制度は、財政難に悩む地方自治体にとって
必要な財源であり、補助金によって実現できている生物多様性保全の事業があることがう
かがえる。一方で、地域の多様性さや、状況の違いには、まだまだ対応できてはいないよ
うすが自由回答での記述に多くみられた。大きな枠としては生物多様性保全に関する補助
金はあるものの、あるものは調査費用が少なすぎたり、またあるものは調査費用だけで実
行は対象になっていないなど、それぞれの地域が必要としているものとの間にギャップが
みられる。多種多様な補助金の中から、自分たちの地域にフィットする補助金を見つけ出
し、場合によっては組み合わせて、事業を実施していくのが行政マンの腕の見せどころな
のかもしれないが、目的や手法が限定されている補助金ではなく、生物多様性保全を目的
としながらも地域の実情に合わせて活用できる交付金のような財源を増やしていくことも
必要ではないだろうか。
また、愛知ターゲットの目標 3 は「生物多様性に有害な補助金などの奨励措置を廃止・
改革する」が目標である。生物多様性を損ねるような開発計画は後をたたず、公共事業で
行われるものも少なくない。具体的な数値で示すことは難しいが、感覚的には、開発計画

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の巨額の補助金に対して、生物多様性保全のための補助金は比較にならないほど小さいよ
うに感じる。開発での生物多様性の損失を食い止めるには、環境アセスメント制度や種の
保存法の改正と合わせて、開発計画を進める際には、生物多様性の損失をきちんと回避す
るための補助金をセットにするとか、環境アセスメントで予測したとおりに生物多様性の
損失が回避できなかった場合には補助金の返納を求めることができるようにするなどのし
くみを考えるべきではないだろうか。
現政権は、国土強靱化基本法(正式名称:強くしなやかな国民生活の実現を図るための
防災・減災等に資する国土強靭化基本法)を 2013 年 12 月に成立させた。閣議決定された
2014 年度の予算案では、公共事業関係予算は 5.3 兆円から 6.0 兆円へと 12.9%増になって
いる。社会資本整備事業特別会計がなくなった分を差し引くと 1.9%増ではあるが、昨年度
の時点で 15.6%と 4 年ぶりに大幅増加に転じている。この予算を使って、我が国の生物の
これ以上の絶滅を食い止め、生物多様性を損ねないようにすることこそ、我が国を強靭に
する道の一つである。また、震災に備えるインフラ整備などの公共事業も多数計画される
ことと思うが、その際には生物多様性を損ねないことが最低条件であり、そのための予算
をきちんと計上し、生物多様性を両立させる方法を具体化させていくことが必要と考える。
今回のアンケートで得られた回答は、現場の自治体職員のごく一部の意見でしかないが、
自治体職員の視点からの課題を整理した情報は少なく、生物多様性と補助金の課題を検討
するにあたっての一助となるよう、取り組みを続けたい。
(参考)
石坂信一郎 (2005) 地方自治体の補助金制度についての一考察-北海道美唄市の補助金制度を中心に-.
専修大学北海道短期大学紀要 38 p.35~51
佐藤克廣(北海学園大学法学部助教授 (1992) 政策評価と地方自治体——その課題と展望—— 会計検査研究
第 6 号
矢部浩祥 (1994) 企業の環境監査と政府の環境監査 会計検査研究第 9 号

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1-4 海岸事業と住民参加 <千葉フィールドワーク報告>
志村智子
日程:2013 年 2 月 20 日
場所:千葉県外房海岸
九十九里浜(一宮町九十九里浜、屏風浦、九十九里町片貝漁協)/勝浦海岸
参加者:JWCS 愛知ターゲット 3 委員(古澤広祐、北澤哲弥、鈴木希理恵、高橋雄一、志村
智子
ヒアリング 千葉県県土整備部 宇野晃一氏、清野聡子(九州大学大学院准教授)
愛知ターゲット 3 は、生物多様性にとって有害な補助金・奨励措置を廃止ないし改革す
るとともに、持続的利用のための積極的な奨励策の創造や発展が、戦略計画の達成に極め
て重要な一歩であるとしている。そこで、従来の政策や新たな政策に関する現状把握の一
環として、千葉県の海岸保全事業の現場を訪れ、海岸保全事業の現場を視察し、関係者か
らヒアリングを行った。
1.一宮町(九十九里浜、屏風浦)/千葉県河川整備課、長生土木事務所
千葉県は、三方を海に囲まれ、海からの多くの生態系サービスを受けている一方、東日
本大震災での津波や、高潮、侵食を受けている。めぐみと被害の両面と付き合ってきてい
る県である。
我が国の海岸に関する法律としては、海岸の防護を目的に昭和 31 年に制定された海岸法
がある。環境問題の高まりや海岸利用のあり方の変化などを受けて、1999 年(平成 11 年)
のに改正され、環境保全と適正な利用がその目的に加わり、知事は海岸保全計画を沿岸ご
とに定めることになった。その後、東日本大震災で津波による甚大な被害が発生したこと
から、これまで明確にされていなかった津波に対する考え方の検討が始まり、千葉県にお
いても、銚子から洲崎までの外房と、洲崎から浦安まで内湾の二つに分けて計画策定に向
けての会議が行われている。(注:「千葉県東沿岸海岸保全基本計画」として 2013 年 11 月に
決定、公表された。)
海岸の整備は、海岸保全基本計画を
もとに進められるが、基本計画は全体
的な方針を示すものであるため、現場
の特性や意向に応じた海岸作りを推進
するため、千葉県では「魅力ある海岸
作り会議」という地域会議が創設され、
一宮町と匝瑳市の二箇所で実施されて
いる。
九十九里浜の最南部に位置する一宮

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町(千葉県長生郡)の会議は、まもなく 7 回目を迎える。ここでは、ヘッドランド(写真)
と養浜事業が行われており、会議では、事業による影響や効果についてのモニタリング状
況の確認し、今後の事業が検討されている。会議は、地域の海を考える場となっており、
海の家、サーファー、各沿岸の区長、役場、県、学識者らが参加し、意見交換をして合意
形成が図られている。様々な意見のバランスをとりつつ、事業の優先順位やゾーンの決定
などが検討されているとのことである。
九十九里浜は、南端の屏風浦の崖が崩れてできた砂が供給されて砂浜を形成されてきた。
しかし、波消しブロックが置かれたことで砂が運ばれなくなり、海岸線の後退が深刻な問
題となってきた。浜が侵食されて、人の背丈ほどもある崖が海岸線に出現し、後背地を守
るために災害申請をして対策が取られている。屏風浦近くの漁港が整備されたことにより
堆砂の場所も変わった。海岸線の後退を抑えるために、県は、昭和 58 年から、全部で 10
箇所のヘッドランドや離岸堤を全長約7km の範囲に設けてきた。
2年前に6号ヘッドランドを発注した際に、全国のサーファーから署名が届けられ、工
事が一時中断した。その後は、地元の合意形成を重視するようになり、現在は、「魅力ある
海岸作り会議」を開催して、合意形成がなされてから発注している。
工法は、ヘッドランドだけではなく、離岸堤もある。離岸堤は砂を引き止める効果はあ
るが、沖につくるほど底辺が広がることで漁場が失われるため、一宮町では地元漁業協同
組合からの反対がありヘッドランド方式に変更された。サーファーにとっても、離岸堤は
間隔が狭いために、サーフィンができる場所が限られてしまうことから好まれていない。
ヘッドランドの設置から約1年半が経過し、効果が見られてきているとのことであった。
また、九十九里浜の南端の屏風浦の漁港に溜まるようになった砂を、県では年間約 6000
立米、陸上に上げてダンプで運び、2 号堤、3 号堤の間に養浜している。養浜する場所や時
期は地元との協議で決められており、波や潮汐など地元住民などからの意見なども聞きな
がら、砂が流れ出さないタイミングを見て実施されている。
このような取り組みは進められてきたが、九十九里浜全体では、いまも砂は流れ出し、
侵食が続いている。海水浴場が閉鎖されたところもある。成果を見ながら、ほかの場所に
ついても対策が必要とのことであった。
事業の効果・影響を把握するためにモニタリングが行われている。毎年同じ場所で、貝
を採取して成長具合を調べているほか、海底の水質などのデータが 10 年以上蓄積され、漁
民にも説明されている。今年は、チョウセンハマグリが大量に採れており、貝の生育しや
すい砂が戻ってきていることが理由と考えられるとのことであった。なお、一緒に採取さ
れたものは記録しているが、漁業資源である貝類が主要対象種でチョウセンハマグリ、ナ
ガラミの2種用の貝下駄を使用した調査を行っているとのことであった。また、砂浜環境
だけだったときには生育しなかったイセエビが、消波ブロックに見られるようになり、漁
業権設定を検討している。また、陸上の植生等についてはモニタリングは行われていない。
匝瑳市では、市が、どのくらい前から砂浜が減ったかなどについてアンケートを実施し
た。200通に対して150通の回答とたいへん関心の高さを伺わせた。ウミガメの上陸回数や、
観光客が減ったことなどが連鎖しているようすがわかったとのこと。

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清野聡子九州大学准教授は、特別にモニタリング調査をしなくても、サーフィンをして
いるサーファーがいる場所は、そこに砂が溜り砂州ができているとわかる、千鳥が歩いて
いる波打ち際には餌があることがわかる、だから、日頃海を見ている地域の住民の関心を
集めることが重要だと指摘している。海や地域のローカルナレッジをどう活かすか、とい
うのも今後、大きなテーマである。行政の事業に対して地元から意見が出されると、今ま
では反対意見として捉えられることが多かったが、その中には、より地域の状況を把握し
たうえでの提案であるものも多いはずだ。
千葉県では、97 年に河川法が変わり、住民から意見を聞く取り組みは、和田町で始めて
いたという。合意形成会議をやることを法定計画に入れたことで、システムとしてやるこ
とになり、行政も動きやすくなったという。
千葉県の担当者からは、モニタリングや合意形成は事業の一環として行われているもの
で、漁業や生態系への影響配慮は、海岸法に位置づけられている今では常識、という力強
い言葉を聞いたが、海岸は、この約半世紀、ハードに偏った管理が行われてきた。そのた
めに、多くの地域の財産を失い、その補填のために多くの予算を費やさなくてはならない
自体に至ってしまっている。時間や手間のかかることではあるが、地域の自然の特性を丁
寧に把握し、地域住民の自然との関わり方の知恵を活かすことの意味や価値を改めて考え
直し、実行することが必要であると考えられる。
2.守谷海岸・興津海岸
勝浦市内の2箇所のポケットビーチを視察。海岸線の後退なども見られず、比較的良好
なようすであった。一方、観光客の誘致のために作られたものの、地域らしさや地域の自
然を活かされておらず、あまり利用されていない施設の状況を視察した。
(写真 初期のエココースト事業 興津海岸)

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1-5 志摩市の取り組みと補助金の活用・鳥羽市のアサリ研究会の活動状況
<三重県志摩・鳥羽フィールドワーク報告>
鈴木希理恵
日程 2014 年 1 月 10 日~11 日
参加者 JWCS 愛知ターゲット 3 委員(高山進、古沢広祐、北澤哲弥、志村智子、高橋雄
一、鈴木希理恵)、伊勢・三河湾流域ネットワーク 10 名
行程
2014 年 1 月 10 日(金)
10:05 近鉄鵜方駅着 英虞湾奥の干潟再生地 2 か所を視察
志摩市里海推進室 浦中秀人氏 環境省志摩自然保護官事務所 藤田和也氏
13:30-16:30 志摩市役所 401 会議室
里海政策を学ぶ
1.「里海創生政策とは何か」 志摩市里海推進室 浦中秀人氏 13:30-14:30
2.干潟再生の進め方について志摩市の方々と意見交換 14:30-15:30
3.「環境保全活動支援の取組み手法を応用した 未利用資源活用の試み(あかもくの事
例)」紹介 三重県水産研究所 竹内泰介氏 15:30-16:30
1 月 11 日(土)
9:30-11:00 海の博物館見学 および館長 石原義剛氏と懇談
11:00-12:00 カキ殻加工固形物(ケアシェル)を使ったアサリの天然採苗を視察
1.志摩市「里海創生政策」
1)政策の概要
「志摩市里海創生基本計画(志摩市沿岸域総合管理基本計画)」(2012~2015 年度)は次の
ような基本理念で策定された。市内全域が伊勢志摩国立公園であり大規模な企業・工場誘
致が困難なため「山から海に至るさまざまな生きもののつながりが再生・保全されたまち」
を目指している。例えば以前は環境保全対策といえば排水処理だったが、干潟や藻場の再
生や山の活用など沿岸域を総合的に管理する方向へ転換した。この取り組みを特産品の真
珠にたとえ、「自然の恵み」の保全と管理を核とし、沿岸域資源の持続可能な利活用を真珠
層、地域のブランド化を「輝きを放つもの」と説明している。
計画は部署を横断する里海推進室が担当し、市民、関係団体、事業者、専門家などによ
る志摩市里海創生推進協議会が連携の場となっている。
2)奨励措置から見た政策
・土地利用
「自然の恵み」の保全と管理として、市内で 3 か所の干潟再生事業を行っている。英虞湾
では江戸時代以降、湾奥部の干潟を石垣で区切って水田造成を行ってきたため、干潟の約
70%が失われた。それにより英虞湾持っていた海の浄化力が低下して赤潮・貧酸素や干潟

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の生き物の減少があった。造成された水田は機械化に適さず、現在では 95%が休耕地にな
っている。2010 年から市が干潟再生を行っている貯水池(2ha)では水門を開ける形で少
しずつ海水を入れる方法をとり、周辺のヒトエグサなどの養殖業者から悪影響は報告され
ていないという。一方、水門開放から 3 年で水門内外の生物種がほぼ同じになった。
市は干潟再生地を増やしていく方針だが、地目が農地となっていると調整が難しいとい
う。干潟再生に着手した 1 か所は貯水池でもともと海だった場所だった(写真)。もう一か
所はホテルの所有地で地目が変更されていた場所だった。
・補助事業
志摩市が 2013 年(H25)に第一集を発行した「新しい里海創活動計画集」は、市、環境
省、教育委員会、漁協、研究機関、民間団体などが市内で行う事業を、志摩市里海創生基
本計画の項目に分類したものである。それぞれの事業名をみると、国の補助事業と思われ
るものがある。市の担当者に、補助事業の申請にあたり「基本計画」の実現が意識されて
いるのか質問したところ、各事業を報告書にまとめて関係者の意識を高める段階で、各事
業の調整は行っていないということであった。
しかし、生物多様性保全を総合的にまちづくりに取り入れた基本計画があり、それを意
識して補助事業を分類しているだけでも、先進事例といえるだろう。
写真 干潟再生地
2.海の博物館
財団法人が運営する民間の博物館として、(S46)漁村青年の教育を目的に「海の博物館」は
開館した。全国的な海の汚染や埋め立てに反対する SOS 運動の拠点として活動をしてきた。
現在は海の生物の基盤となる海藻の保全や教育活動、とくに学校教育への浸透に力を入れ
ている。
3.カキ殻加工固形物を使ったアサリの天然採苗
カキ養殖業者にとって廃棄物であるカキ殻は、肥料として活用されてきた。このカキ殻
を鳥羽市の業者が独自の技術で商品名・ケアシェルに加工した。これを利用して独立行政
法人水産総合研究センターがアサリの採苗試験を行い、浦村アサリ研究会によりアサリ養
殖の実用化に向けた技術開発が行われている。その仕組みはケアシェルを入れた網袋を海
に沈めるとアサリの浮遊幼生が着底し、網袋の中で出荷できるサイズにまで成長するとい

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うものである。これにより以前はアサリが採れていたが底質が悪化したためか全くとれな
くなってしまった浜で、アサリが養殖できるようになった。
視察をした大吉浦では、以前にアサリの稚貝を放流した時、ツメタガイ(左の写真上部
肉食性でアサリなど二枚貝を食べる)もいっしょに入ってきてしまったという。放流は意
図しない外来生物の侵入のリスクがあるので、養殖場所での天然採苗の技術は外来生物防
除の面で興味深い。浦村アサリ研究会は、養殖技術の確立のため三重県の補助事業「強い
漁家経営支援事業」に申請し、資材の準備に充てている。
(参考)
浅尾大輔 (2012) 「カキ殻を有効活用した新しいアサリ養殖‐種とり(天然採苗)からスイカ式養殖ま
で‐」全漁連 全国青年・女性漁業者交流大会資料
志摩市(2013) Panel Exhibition Date Shima City-A New Satoumi community
志摩市 (2011)「里海読本」広報しま 別冊
三重県水産研究所 (2011)「英虞湾の環境再生へ向けた住民参加型の干潟再生体制の構築」

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2.分野別事例
2-1 里山の農地における生物多様性の減少と関連する奨励措置
北澤哲弥
1.はじめに
日本の生物多様性を保全するうえで、里山の生態系は非常に重要な要素である。しかし、
人間活動の縮小や土地利用の変化、化学物質など、様々な要因によって里山の生物多様性
は脅かされている。「日本の里山・里海評価(国際連合大学高等研究所・日本の里山・里海
評価委員会 2012)」では、里山・里海の生態系サービスの変化を引き起こす要因を、「土地
利用変化」や「利用低減」といった直接要因と、これらを引き起こす社会的要因(経済や
政策など)としての間接要因に整理し、里山の生物多様性の減少を根本的に食い止めるた
めには、直接要因に対する事後対応ではなく、それを生み出す間接要因への対策が必要で
あることを指摘している。
こうした間接要因への対策の一つとして、行政の実施する施策(補助金を含む奨励措置)
の改善が挙げられる。里山の生物多様性は農林業の営みと深く関連しているため、農業の
ありかたを決める奨励措置の影響を強く受けることになる。「平成 24 年改訂農林水産省生
物多様性戦略」では、農林水産業が生物多様性に与える負の影響を認識するとともに、今
後実施する奨励措置については愛知目標3(奨励措置)に整合するよう努めていくことが
明記され、農業サイドでも補助金が生物多様性に及ぼす影響について関心が高まっている。
本稿では千葉県の里山(おもに農地)における生物多様性の変化と、それに関連する奨
励措置の状況について整理をおこなう。なお、農村振興や農業販売促進(6 次産業化)など
も間接的に農地維持のための奨励措置となってくるが、ここでは範囲を限定しより直接的
なものを扱った。
2.農地の変化が生物多様性におよぼす影響
里山の伝統的農業は、水田や畔、水路やため池、さらには農用林や茅場といった利用に
見られるように、人為的に自然を改変しつつも原生自然の種構成を大きく失うことなく、
むしろ水環境や植生の遷移段階を多様化させることで環境の多様性を生み出してきた(中
村 1997、守山 1997)。
里山を構成する土地利用のうち特に水田や水路は、後背湿地の代替環境として多くの水
生・湿性の生物の生息環境の役割を果たしてきた。しかし現在、これらの環境に生息・生
育する多くの生物が絶滅の危機に瀕している。千葉県では、動物に関して、水田を含む湿
地・池沼を生息環境とする種のうち 22 種が絶滅し(全絶滅種の 28.2%に相当)、51 種が最
重要保護生物(絶滅危惧ⅠA 類に相当、全最重要保護種の 20.6%)に指定されている(千
葉県レッドデータブック改訂委員会 2009, 2011)。同様に植物については、湿地・湿田環境
を生育地とする種のうち 20 種が絶滅し(同 25.6%)、さらに 28 種(同 20.4%)が最重要
保護生物に指定されている(最重要保護種については維管束植物のみが対象)。また、水田

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耕作にともなってつくられる畦畔では、繰り返し草刈が行われることで半自然草地が維持
されてきた。この畦畔草地は、気候的に森林が優占する日本において、秋の七草として名
の知られるオミナエシやカワラナデシコ、キキョウ、さらにはツリガネニンジンやワレモ
コウなどの草原性生物が安定して生息・生育できる数少ない場所である。しかし水田と同
様に、畦畔草地を含む草地の生物もその多くが絶滅の危機に瀕している。千葉県では絶滅
種のうち動物 18 種(全絶滅動物種の 23.1%)、植物 10 種(全絶滅植物種の 12.8%)が草
原を生息・生育環境としていた。さらに草原に出現する動物 23 種と維管束植物 19 種が最
重要保護生物に指定されている(全最重要保護種のそれぞれ 9.3%、13.9%)。
こうした里山の農業的な土地利用において、多くの種が絶滅あるいは絶滅の危機に瀕し
ている現状と要因について、土地利用ごとに整理した。
表1 千葉県における絶滅危惧動物の生息環境別種数(柳ほか,2011 を改変)
表2 千葉県における絶滅危惧植物の生育環境別種数(柳ほか,2011 を改変)
1)水路の生物多様性
水田の用排水のためにつくられた土水路は、底質や岸の構造、流速や水深が変化に富み、
水生植物が繁茂し二枚貝などが生息することで、スナヤツメやホトケドジョウ、ミヤコタ
ナゴといった魚類をはじめ多様な動植物の生息・生育場所となってきた(田中 1999)。また
ドジョウやギンブナ、ナマズなどは河川と水田を行き来して水田で繁殖を行うが(斉藤ほ
か 1988)、土水路が不可欠な移動経路となっている。しかし、こうした土水路は三面コンク
リート張りや落差工などによって年々姿を消している。千葉市では、都川流域に 38 か所の
谷津があるものの、舗装されていない土水路が残る谷津はわずか 2 か所である。また水路
の延長距離に換算すると土水路はおよそ1%でしかなく(齋藤 1998)、それにより大型水生
森林 草地
海岸
海浜
干潟
湿地
池沼
河川
水路
河原 その他
脊椎動物
絶滅種
4
2
1
1
13
1
2
24
最重要保護生物
7
2
12
6
19
4
1
51
無脊椎動物
絶滅種
6
16
6
15
9
2
54
最重要保護生物
37
21
65
27
32
10
4
1 197
  絶滅種小計
10
18
7
16
22
3
0
2
78
  最重要保護生物小計
44
23
77
33
51
14
4
2 248
  合計
54
41
84
49
73
17
4
4 326
生息環境
合計
分類群
カテゴリ
海岸
海浜
海中
湿地
湿地
湿田
沢沿 池沼
岩上
岩原
草原
河原
樹上
樹皮
森林
その
絶滅種
4
1
2
20
2
12
4
10
9
17
2
83
最重要保護生物
8
3
3
28
1
8
16
19
6
43
2 137
合計
12
4
5
48
3
20
20
29
15
60
4 220
生育環境
合計
カテゴリ

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JWCS
動物の種類および生物量が減少することが報告されている(楡井・中村 1997)。
また近年では外来生物の侵入も進んでいる。千葉市の谷津田の保全協定地域である小倉
の谷津では、いまだに土水路が残されているものの、その水路にはカダヤシやアメリカザ
リガニ、ミシシッピアカミミガメなどの外来生物が多数確認されており、在来種への影響
が懸念される。
2)水田の生物多様性
伊藤(1987)は、農法の変化が水田雑草におよぼす影響について整理している。そのう
ち、生物相の変化に最も大きな影響を及ぼしている要因は、乾田化と農薬の普及であろう。
乾田化は水生植物を減少させる一方、湿性植物などを増加させる。また除草剤は、生産に
大きな影響を与える強害草だけでなく、除草対象外の植物をも減少させてきた。このこと
は、国あるいは自治体のレッドデータブックからも伺える。
千葉県では1970年頃から湿田の乾田化が急速に進められてきた。これと並行するように、
水田を産卵場として利用するニホンアカガエルの個体数が大きく減少してきたことが報告
されている(例:佐野 1991、小賀野ほか 2007、長谷川 1995、1999)。Lane & Fujioka(1998)
は、湿田に多く生息するアカガエル属やアメリカザリガニ、ドジョウ、その他の魚類など
を主なエサとするチュウサギは、圃場整備されて乾田化した水田において生息密度が低く
なることを示した。植物でも、圃場整備にともなって水田や水路、ため池などに生育する
コウホネやホッスモといった希少な水生植物が姿を消している(千葉県レッドデータブッ
ク改定委員会 2009)。有田(2000)は、圃場整備が行われていない谷津の水田と、圃場整
備が済んだ谷津と平野の水田を比較し、水田内の単位面積当たりの種数や多年草・水湿植
物の種数、希少種数は圃場整備が済んだ水田よりも未整備水田で多いこと、整備田のコン
クリート舗装型水路よりも未整備の土水路において水路際の植物種数が著しく多いことを
示した。このように基盤整備に伴う乾田化は、水田を生息・生育場所とする生物に大きな
影響を与えている。
サンショウモやデンジソウといった水田の強害雑草として知られていた植物や、サワト
ウガラシなど水田に出現する湿性植物では、除草剤の普及が個体数急減の原因とされる植
物も多い(畠山 2006、千葉県レッドデータブック改定委員会 2009)。また水生昆虫では、
1980 年代までに大きく数を減らしてきたが、2000 年以降にまた衰退し始めており、新たに
使用され始めたネオニコチノイド系やフェニルピラゾール系農薬の影響が疑われている
(市川 2010)。
また中山間地や谷津の狭い谷などに位置し生産効率が悪い水田は、耕作放棄されるもの
も少なくない。千葉県では 148,960ha の農地があるが(2010 年1月時点)、そのうち
11,514ha(2011 年時点)が耕作放棄されている(数値は千葉県農林水産部農地課および農
村環境整備課ウェブサイト参照、2013 年 12 月 23 日確認)。こうした耕作放棄地では、植
物群落の遷移にともない背丈の高い多年草のヨシやガマなどが優占するようになり、やが
てはヤナギ類やハンノキなどが優占する湿地林へと移行する。その結果、元の水田に生息・
生育していたほとんどの動植物は姿を消すことになる。

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3)畦畔草地の生物多様性
千葉市郊外の里山においては、ワレモコウやツリガネニンジンといった茅場などの半自
然草地の減少に伴い姿を消している草原性植物が、基盤整備されていない谷津の水田とそ
れに隣接する林との間に位置する刈揚場(丹羽 1989)と呼ばれる線状の草地に遺存的に分
布している(Kitazawa & Ohsawa 2002)。基盤整備され新たに作り直された畦畔では、①
植物種の多様性が低い、②多年生草本、特に希少種の種数が減少する、③一年草と外来植
物が増加する、ことが知られている(須賀ほか 2012)。
こうした畦畔草地は様々な生物の生息環境でもある。例えばバッタやカマキリに関して、
整備された水田の畦畔では未整備の場所に比べて種数・個体数ともに低くなることが報告
されている(楡井・中村 1998)。またホタルなど水辺に生息する昆虫類にとっても、畦畔は
蛹化や羽化場所として、その生活環を全うする上で非常に重要な環境である。
4)景観スケールでの生物多様性
Nakamura and Kevin(2001)は、こうした市街化調整区域内で農用地区域に指定され
ない農地において、貴重な野生動植物種が他地域より多く分布していることを明らかにし、
伝統的な農業空間に豊かな生物多様性が残る場所であることを指摘した。
土地改良事業は、「農業振興地域の整備に関する法律」に基づく農業振興地域内の農用地
区域で積極的におこなわれるため、上述した理由によって生物多様性は減少する。一方、
都市計画の市街化区域に位置する農地は、宅地等への転換により農地そのものが消失して
しまい、やはり生物多様性が減少あるいは局所的に絶滅することになる。これに対し、
Nakamura and Kevin(2001)が指摘したような、市街化調整区域内で農用地区域に指定
されない農地(白地農地)では、整備事業からも市街化からも取り残された場所が存在し、
いわば生物多様性の局所的ホットスポットとして存在している。
3.生物多様性の保全にかかる奨励措置

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上述のように水田の生物多
様性は大きく減少してきてい
るが、こうした原因は農地を
取り巻く状況の変化に起因し
ている。農林水産省も、近年
では「経済性や効率性を優先
した農地や水路の整備、不適
切な農薬・肥料の使用、生活
排水などによる水質の悪化や
埋め立てなどによる藻場・干
潟の減少、過剰な漁獲、外来
生物の導入による生態系破壊な
ど生物多様性への配慮に欠けた
人間の活動が野生生物種の生
育・生息環境を劣化させ、生物多様性に大きな影響を与えてきた。」と、農林水産省生物多
様性戦略の中で農林水産業による生物多様性への負の影響を認めている。こうした意識の
変化にともない、環境サイドだけでなく農業サイドでも生物多様性保全を目的とした奨励
措置が行われるようになった。以下では、国や自治体の正負の奨励措置についていくつか
の事例を挙げる。
1)負の奨励措置
農業農村整備事業(土地改良事業)は土地改良法に基づき、農地だけでなく農村社会や
地域の防災対策までを含む総合的な事業であるが、元来は農地基盤の整備による生産性向
上を目指したものである。「ほ場整備事業」や「かんがい排水事業」のほか、「農道整備事
業」、「農地防災事業」など、様々な事業が国や県、自治体からの補助金によって実施され
ている。これらの事業によって、区画整理や暗渠排水、客土、農道整備等が進められ、大
規模化、機械化、作物の転換が可能といった近代的な農業に適した水田へと整備される。
平成 24 年度の千葉県当初予算案をみると、土地改良事業には 168.8 億円の予算がつけられ
ており、県予算全体の約 1%を占める大型公共事業である。2010 年 3 月末時点で、千葉県
内の農振農用地(水田)の面積 70,396ha のうち 38,514ha(県内の約 55%)で圃場整備(標
準区画30a以上が対象)が終了している。水田における様々な整備は1960年代以前から徐々
に行われてきており、1965 年に 20%前半だった整備率(標準区画 10a を含む)は 2002 年
時点で 85%を超えている(図1)。すなわち、県内の 85%以上の水田では、整備に係る補
助金に関連した何らかの工事が行われており、それらの水田に生息生育する動植物は補助
金事業による影響を多かれ少なかれ受けているといえる。
2)正の奨励措置
2000 年ごろから、里山の生物多様性の保全を目的とした様々な措置が取られるようにな
ってきた。その事例をいくつか紹介する。
図1 千葉県における水田整備率と水稲労働時間の
推移 ※標準区画 10a を含む(千葉県農林水産
部耕地課・農村整備課 2004 を一部改)

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・千葉市谷津田等の保全に関する協定
千葉市は 2003 年に生物ゆたかな谷津田の自然の保全施策指針を策定した。この指針で
は市内の谷津田の自然と保全と創造を目標として、生物多様性豊かな谷津田等を保持する
農家と保全協定を結び、1 ㎡あたり 10 円の奨励金を土地所有者に交付している。ここで生
物多様性豊かな谷津田とは、千葉県立中央博物館が実施した生態系調査(沼田[監修]1997)
をもとに自然環境や生物相を基準にして委員会が市内 25 か所の谷津田を候補地として選定
したものである。2013 年 12 月現在、そのうち 15 箇所、面積約 44ha の地域で協定が結ば
れている。2011 年度決算において、市は保全協定に基づく奨励金として 2,619,150 円を計
上している。協定締結後のモニタリングについては、3 地区でアカガエルやホタルといった
指標種の調査を実施しているほか、2 地区ではその地域で活動するボランティア団体の実施
した調査データを得ている。
このように生物多様性の保全上重要な谷津を選定し、その地域を維持する所有者に対し
て補助金を提供する取り組みは、全国的に見て現在でもなお先進的な取り組みであり、特
に耕作放棄や農地転用を防ぐうえで一定の役割を果たしていると考えられる。また協定の
対象となる谷津田等には、「谷津田、湿地及び畑並びにその周辺の斜面林等」が含まれ、農
地だけでなく、その周辺環境を含めた一体的に保全しやすい制度となっている。
市は予算を確保しながら協定範囲を拡大していく方針であり、今後も保全協定地域の面
積拡大が見込まれる。
・千葉県里山条例
千葉県が 2003 年に制定した条例(正式名:千葉県里山の保全、整備及び活用の促進に関
する条例)である。この条例は、土地所有者に代わって、県の認定を受けたNPO等の団
体がその管理を行う制度である。県は奨励金を出しているわけではないが、土地所有者と
管理団体とのマッチングを推進する「里山センター」を運営することで(NPO法人への
業務委託)、里山保全を奨励している。2013 年 6 月現在、本条例に基づき 29 市町村で 84
団体が活動し、122 ヵ所合計約 169ha の地域で里山協定が結ばれている(千葉県農林水産
部森林課森林政策室ホームページより集計、2013 年 12 月 1 日集計)。
所管が森林課であるため、森林を対象にした活動が多いものの、条例は「人里近くの樹
林地またはこれと草地、湿地、水辺地が一体となった土地」を対象としており、農地も対
象に含まれている。
・生物多様性地域戦略
農地に限らず、行政が地域における生物多様性の保全を総合的に進めていく上で重要な
役割を果たすのが生物多様性地域戦略である。行政全体の施策を生物多様性の視点から横
断的にまとめ直す役割を果たし、統合的に生物多様性保全に取り組むためのツールとして
の役割が戦略に期待される。千葉県は初めて地域戦略を策定した自治体である。県内の市
町村では、柏市と流山市が策定済みのほか、市川市や野田市が策定中である。ただし、千
葉県環境基本計画は、県内の全市町村が平成 30 年までに地域戦略を策定することを目標と

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しており、一層の促進が必要である。なお八千代市は、市内の生物多様性を形作る谷津・
里山を対象に「八千代市谷津・里山保全計画」(2011)を策定しており、実質的な地域戦略
に相当するといえる。
地域戦略やその他の法定計画の策定を支援する補助金としては、環境省の地域生物多様
性保全活動支援事業がある。この事業には計画の策定だけでなく計画に基づいた活動の実
施も含まれ、平成 25 年 3 月までに策定済みの 51 地方自治体のうち 8 つの計画がこの事業
を利用している。なお平成 24 年度には、本事業を含む生物多様性保全活動支援事業全体で
1 億 8900 万円が執行されている。
・中山間地域等直接支払制度
中山間地域等の急傾斜地など、農業生産に不利な条件の農地(農業振興地域内の農用地
区域に限られる)に限定されるものの、農地の多面的機能を維持するという目的で交付金
が支払われる。千葉県では、県南部の 14 市町村約 979ha に対して約 1 億 2651 万円が支払
われている。千葉県が 2008 年に集落協定代表者に実施したアンケートでは、94%が耕作放
棄防止に有効と回答している。また、館山市内では、かつて生息したホタルの再生活動が
取り組まれ、ゲンジボタルが生息するようになるなどの成果が報告されている(千葉県農
村環境整備課ウェブサイト、2013 年 12 月 24 日確認)。ただし、景観形成のために畔に園
芸植物を植栽するなどの活動も行われており、新たな外来生物問題を引き起こす可能性も
ある。それゆえ、取り組み内容によっては負の奨励措置となってしまう側面も持ち合わせ
ている。
・環境保全型農業直接支援対策
化学肥料及び農薬の使用を慣行農業と比較して半減するとともに、地球温暖化の防止と
生物多様性保全に効果の高い営農活動の促進を目的に農林水産省が実施している。生物多
様性の保全については冬期湛水もしくは有機農業の取り組みが対象となっている。平成 24
年度の実施面積は冬期湛水が 7,079ha、有機農業が 14,469ha、全取り組み合計は 41,439ha
(千葉県の実施面積は 462ha)であった(農林水産省生産局農産部農業環境対策課ウェブ
サイト参照、2013 年 12 月 24 日確認)。しかし、既存の農業農村整備事業(平成 24 年度概
算決定額 2,129 億円)と比較すると、本支援対策の同年度概算決定額は 26.4 億円とわずか
1%にすぎず、実施面積も限られている。
4.おわりに
2001 年に土地改良法が一部改正され、法の目的及び原則に「土地改良事業の施行に当た
っては、その事業は、環境との調和に配慮しつつ、国土資源の総合的な開発及び保全に資
するとともに国民経済の発展に適合するものでなければならない(第 1 条 2 項)」が明記さ
れ、農林水産省生物多様性戦略が策定されるなど、生物多様性保全の考え方が農業施策に
取り込まれ始めている。しかし大規模化をはじめとした生産効率を重視する農業施策の基
本方針が今後も継続するならば、農用地区域を中心に農地整備はより一層強化されること
が予想される。こうした地域では、生物多様性保全型農業直接支援対策など広域的に実施

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でき、生産性と両立可能な対策により、農地の生物多様性を底上げすることが望ましい。
谷津や中山間地などはその地形条件から大規模整備は難しく、効率的な生産には不利で
ある。それゆえ生産効率や生産量で他地域と競争することは難しく、何も手を打たなけれ
ば耕作放棄がより一層進むことが予想される。一方、こうした条件不利地には、整備が進
まないために生物多様性のホットスポットとなっている場所も多い。千葉市谷津田等の保
全に関する協定のように、生物多様性保全上の優先順位をつけて効率的に該当する農地を
維持し、耕作放棄や開発が進まないよう担保することが望ましい。条件不利地の生物多様
性をより広く保全するためには、対象地域を条件不利地に限って支援する中山間地域等直
接支払制度のような補助金も必要となってくるが、現状では農振地域以外の農地に適用で
きないなどの課題もあり、適用可能な補助金の充実が望まれる。また農業に対する直接的
な補助金ではないが、PES など生物多様性保全が農家のメリットとなる取り組みを支援し
ていくことも、条件不利地での農業を支援する上で重要である。
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2-2 生物多様性に影響を及ぼす補助金の現状と課題
漁業に関する補助金を例に
鈴木希理恵
1.はじめに
本章では、生物多様性を減少させる天然資源の過剰利用の奨励措置の代表として議論さ
れてきた漁業補助金について検討してみたい。
戦後の漁業政策は、昭和 38 年制定の沿岸漁業振興法により沿岸漁業等の生産性の向上や
漁業者の生活水準の向上を図られ、補助金も政策の一つとして役割を担っていた。しかし、
漁業生産量の減少、漁業者の減少が続き、政策の転換が必要になった(水産庁 HP)。
沖合・遠洋と拡大発展した漁業は、米ソ 200 カイリ漁業水域設定、そして国連海洋法条
約批准により排他的経済水域(EEZ)が設けられ、自国の水域内の資源管理が義務付けられ
た。また WTO ドーハ・ラウンド(世界貿易機関、ドーハ以降の交渉会議)で過剰漁業防止
を目的とした漁業補助金規律が交渉された。このような世界レベルの水産資源の低下に対
応した国際ルールに、政策の転換が迫られた。
このような政策の転換にともない、漁業に関する補助金も生産拡大から資源管理へ、さ
らに生物多様性保全へと新たな要素が加わり、整合性がとれない事業もあると思われる。
本研究の分析からは生物多様性の視点のみならず、さまざまな示唆が得られるのではない
だろうか。
(表1)漁業政策年表
1956 S31
海岸法
1963 S38
沿岸漁業等振興法(2001 年廃止)
1977 S52
米ソ 200 カイリ漁業水域設定
1996 H8
国連海洋法条約を批准 EEZ を設定
2001 H13
水産基本法 WTO ドーハ・ラウンド開始
2007 H19
海洋基本法
2008 H20
海洋基本計画策定
2010 H22
生物多様性条約締約国会議 COP10 愛知ターゲット採択
2012 H24
新たな水産基本計画
2.漁業補助金に関する議論
本研究の分析対象である漁業補助金は、とくに 2001 年に始まった WTO ドーハ・ラウン
ドにおいて過剰漁業を抑制する観点から漁業補助金規律が議論されてきた。交渉において、
ニュージーランド、チリ、米国等は、漁業補助金は原則禁止で例外を認める方式を主張し、
日本、韓国、台湾、EU等は資源に悪影響を与える補助金のみを禁止する方式を主張した。
ドーハ・ラウンド交渉は 2006 年の中断後停滞しており、2013 年 12 月現在、合意は先送り

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されている。(経産省 HP、八木 2009)
このドーハ・ラウンド交渉の中で、どのような補助金が過剰漁業を促進するのか、各国
が意見を出し合っている。漁業補助金の原則禁止を主張する米国、ニュージーランドは、
減船や資源管理のための補助金は認めるとしている。 2007 年の議長テキスト
(TN/RL/W/213)で禁止が提案されたのは、漁船建造や近代化、水揚げ・貯蔵・加工など
漁港施設関係、燃油・氷・保険料・漁具など操業経費、漁獲物の価格支持、所得補償、乱
獲した資源を漁獲する可能性のある漁業の支援などである。そして禁止されない補助金と
して環境影響の緩和、減船、漁業者の転職支援などを挙げている(猪俣 2012)。
これに対し、日本は 2011(平成 23)年に WTO に新提案を提出した。「漁業補助金の規
律は、漁業資源の長期的な持続性を確保すると同時に、漁業に依拠する沿岸社会での社会
経済的側面や影響を考慮したものとなるべきと考える 」という姿勢で、適正な漁業管理下
では過剰漁業は生じないとして禁止されない補助金の拡充を求めている(水産庁 2011)。
また WTO での交渉に向けて UNEP(国連環境計画)、OECD(経済協力開発機構)、WWF
(世界自然保護基金)などがそれぞれ漁業補助金についての報告書を発行し、漁業補助金
の分析を行っている(OECD2005、UNEP2004、WWF2004)。
これらは WTO の漁業補助金規定の議論において、漁業補助金の分類のベースとなってい
る。
3.分析の方法
本章では、ブリティッシュ・コロンビア大学漁業センター(2006) “Catching More Bait :
a Bottom-Up Re-Estimation of Global Fisheries Subsides”(以下、『UBC 漁業センター報
告書』)で用いた漁業補助金の分類を採用した。この報告書は過剰漁業防止の視点から「良
い補助金」「悪い補助金」「あいまいな補助金」と、WTO 議長提案の路線に近い分類をしてい
る(表 2)。『UBC 漁業センター報告書』ではこの分類を用いて沿岸 144 カ国について国際比
較をしている。また漁業による海洋生態系の影響を研究している「Sea Around Us Project」
はウェブサイトの補助金の項目で、この報告書の分類を用いて国際比較しやすく可視化し
ている。そのため国際的な議論のベースになる分類方法と考え、採用した。
(表2)
ブリテッシュコロンビア大漁業
センターの分類
WTO 2007 年議長テキスト
A
良い補助金(自然資本への投資)
一般的例外(禁止されない)
A1
漁業管理計画とその支援
漁船や乗組員の安全向上、混獲防止・環境への影響軽減技
術、資源管理のための機器導入など、転職のための再教育・
早期退職、減船・漁獲能力削減
A2
漁業調査と発展
B
悪い補助金(負の投資)
禁止補助金
B1
漁船の改造と整備の最新化
1.漁船の取得・建造・修理 2.輸出等第三国移転 3.

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B2
水産企業発展事業と支援
漁船の操業経費(燃料・氷・保険)と水揚げ、運転?漁港
とその周辺での加工の経費、操業ロスの補填 4.港湾イ
ンフラ、水揚、貯蔵、加工施設など 5.所得支持 6.
価格支持 7.外国水域への入漁補助金 8.IUU 漁業への補
助金 +明らかに過剰漁業の漁船に対する補助金
B3
漁港の建設・改修
B4
市場販売支援と倉庫設備建設
B5
免税・保険
B8
他国とのアクセス協定
C
好ましくない補助金(負の投
資になる可能性がある)
C1
漁業所得補償
C2
漁船の更新
C3
漁村開発(貧困対策・食料自給)
C4
その他
表3『UBC 漁業センター報告書』の分類
良い補助金(自然資本への投資) 詳細
A1
漁業管理計画とその支援
a)モニタリング、管理・監視計画
b)ストック評価と漁業資源調査
c)魚類生息環境増強プログラム
d)海洋保護区の実施と維持管理 e)放流強化事業
A2
漁業調査と発展
a) 漁業構造調査 b)海洋学的研究 c)漁業社会経済学
d)漁業計画と実施 e)漁業情報システムの設置 f)漁業
経営計画を支援するデータベースと統計の作成 g)海洋
保護区と禁漁区の設置
悪い補助金(負の投資)
B1
漁船の改造と設備の最新化
相場より安い融資、公的資金による支援を含む
B2
水産企業発展事業と支援
エサの供給、制度のサポート、捜索支援、開発補助金、相
互・多国間援助
B3
漁港の建設・改修
船団のための水揚げ施設、波止場、船団のための安い係留
場使用料
B4
市場販売支援と倉庫設備建設
輸出促進、価値付加、価格維持で市場介入、公的資金によ
る加工、貯蔵、卸売市場の整備を含む
B5
免税・保険
a)漁業者のための繰延べ法人税 b)乗組員保険
c)漁獲輸入の免税 d)漁船保険
e)そのほかの経済的奨励措置
B6
他国とのアクセス協定
a)明示的な貨幣的移転 b) 漁業技術移転
c)別の水産国の市場へのアクセス
あいまいな補助金
(負の投資になる可能性がある)

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C1
漁業者所得補償
a)所得援助プログラム b)失業保険;
c)労働者調整プログラム
d)再教育されている漁業者への他の完全弁済
C2
漁船の更新
a)買い戻し b)ライセンス返納
C3
漁村開発(貧困対策・食料自給) 協同組合と地域コミュニティ関係者の参加、NGO の支援
C4
その他
4.分析対象
補助金の定義は、日本の「補助金等に係る予算執行の適正化委に関する法律」第 2 条の
定義によると、「国が国以外の者に対して交付する補助金、負担金(国際条約に基づく分担
金を除く)利子補給金、その他相当の反対給付を受けない給付金であって政令で定めない
もの」とされている。
一方、『UBC 漁業センター報告書』では漁港建設改修以外の公共事業は対象になっていな
いが水産庁の補助金には公共事業が含まれる。内水面および養殖漁業は含まれていないが、
水産庁の補助事業の中には養殖漁業を区分できない事業がある。また免税も含まれていな
いため単純に比較はできない。
また『UBC 漁業センター報告書』は 2000 年前後のデータを分析しているが、本研究では
最新の予算で検討した。しかし 2011(H23)年度補正予算以降は震災復興の要素が加わるた
め、水産庁の「平成 23 年度補助事業(概算決定額)」を上記の分類を用いて分析した。
5.『UBC 漁業センター報告書』の中の日本の漁業補助金
上記の『UBC 漁業センター報告書』の日本の記載は次のようになっている。水産庁の予算
は 40 億 USD で海面漁業収入の 1/4 にあたり、その多くは途上国で漁獲している。「悪い補
助金」に分類されているのは「燃料補助」「産業支援」がほとんどである。「免税」も含ま
れている。この分類に水産インフラ整備は含まれていない。
「あいまいな補助金」に含まれる所得補償は、コミュニティが補助金に依存するおそれが
あるとしている。

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“Catching More Bail: a bottom-up re-estimation of global fisheries subsidies“p27
『UBC 漁業センター報告書』に掲載されたデータでは、日本の補助金の額は大きいものの「良
い補助金」が突出している。これは「A1 漁業管理とその支援」に分類される補助金が多い
ためである。また「悪い補助金」に漁港・水産加工インフラは含まれていない。インドは
「悪い補助金」に燃料補助、漁船の近代化、インフラ整備が占めている。
6.水産庁補助事業の分析
A 過剰漁業防止に「良い補助金」
2011(H23)年度補助事業(概算決定額 約1411億円)を分類し(表2)、金額を円グラフ
にした (図2)。
A1-1 漁業収入安定対策事業
「A1:漁業管理計画とその支援」は、漁業管理計画が過剰漁業を防ぐ効果の大きさで「良
い補助金」といえるのか、評価が変わってくるだろう。
もっとも金額の大きい「漁業収入安定対策事業」は、休漁や漁具規制の順守、種苗放流、
藻場の造成などの資源管理に取り組む漁業者への所得補償である(2011(H23)年度399億
円)。所得補償は C1に分類されるが、事業の目的が資源管理であったので A1に分類した。
なお資源回復計画は2011 (H23)年度に終了し、その後は国や都道府県の資源管理指針に
沿って漁業者が自主的に資源管理計画を策定する制度に変わっている(水産庁2011a)。
2013(H25)年3月末現在、全国で1,700件を超える資源管理計画が策定・実施されている。
注)事業名は2013年1月より「資源管理・漁業所得補償対策」から「資源管理・漁業経営
安定対策」へ変更されている。
・所得補償と資源管理計画
2013年7月25日に水産庁は「資源管理・漁業経営安定対策の実施状況」を公表した。この
A1
54%
A2
9%
B1
1%
B2
0%
B3
27%
B4
4%
B5
0%
B6
1%
C1
1%
C2
0%
C3
1%
C4
2%
(2)H23年度水産庁補助事業

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事業は漁業共済を利用した所得補償であり、漁業収入安定対策事業の実施状況として漁業
共済の加入率のみが報告されていた。2010(H22)年3月末に54%(21,536件)だった共済加
入率が2013(H25)年6月末には69% (23,768件)で増加分のうちこの事業による加入が61%と
報告されている(水産庁 HP)。
この「実施状況」からは、所得補償が共催の加入率を上げる奨励措置になっていること
は明らかだが、資源管理計画の進捗は不明である。
・資源管理計画と資源回復の透明性
次に資源管理計画が資源回復に効果があったのかが検証できる仕組みになっているのか、
2011(H23)年度まで実施されていた資源回復計画についてみてみよう。
資源回復計画は国が作成したものと都道府県が作成したものがある。2004(H14)年4月か
ら2010年3月までに作成された計画は、国が作成した広域資源回復計画のうち魚種別は17計
画、包括的に漁業種類で定めたものは1計画、都道府県が地先資源を魚種別に作成した計画
は33計画、漁業種類別の包括的資源回復計画は15計画であった。(水産庁2011b)。これらを
みると計画とそれに対応する資源管理評価が公表されている。
2012(H24)年度からは資源管理計画に制度が変わり、1700以上と計画数が多くなった。
評価として優良・先進事例が紹介されている。
・資源回復のための生態系保全
「資源管理指針・資源管理計画作成要綱」には管理計画措置として主要魚種別・漁業別
に休漁、漁具制限、漁法制限、漁獲物(体長制限)制限と種苗放流が挙げられている。国
の指針では漁場環境保全活動は自主的な取り組みとして「引き続き実施する旨記載する」
となっている。
また「水産基盤整備事業」(2011(H23 )年度概算決定額 約723億円)には沖合に漁礁
をつくる「フロンティア漁場整備事業」と、現行の整備手法を見直して生態系全体の生産
力の底上げを目指す「水産環境整備事業」の2つがある。その「水産環境整備の推進」(約
120億)は、資源回復を目的としており、分類では A1(c)魚類生息環境増強プログラムにあ
たると判断した。
「水産環境整備事業」の実施に先だって開催された検討会のとりまとめ文書では、これ
までの漁場整備が生態系を考慮してこなかったことや地方公共団体の財政悪化、漁業者の
減少と高齢化を踏まえたことを明記している。そして「新たな評価手法の方向性」として
生態系ピラミッドのある階層に着目して評価することや、指標種の種苗生産額や飼料生産
価格等で代替して貨幣化した評価をすることを記している。また漁業者による藻場や干潟
の保全活動やNPO法人等との連携なども記されている。(水産庁2010)
A1-2 漁業管理計画の支援
漁場の維持として外国船・漂着ゴミの対応(約23億9000万円)、漁場環境・生物多様性保
全事業(約9億円)のほか、種苗放流(約1億4000万円)などがある。

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A2 漁業調査
「A2:漁業調査」関連では43億円余りが支出されている。そのうち一番金額が大きいの
は「我が国周辺水域資源評価等推進事業(新規)」(2011(H23)年度概算決定額 約14億4
千万円)で、事業内容は資源評価調査で、A1に分類した資源回復計画の検証の役割を果た
している。
次に金額の多い「国際資源評価等推進事業」(2011(H23)年度概算決定額11億円)はク
ロマグロやカツオの産卵場調査や漁船に乗船してデータ収集を行う科学オブザーバーの育
成、2国間または多国間協定に基づく科学者の交流、とくにカツオ・マグロ類の中長期的な
資源動向の究明である(水産庁 HP)。
「鯨類捕獲調査円滑化事業費補助金(継続)」(2011(H23 )年度概算決定額 約7億1500
万円)は事業内容として南極海および北太平洋での鯨類捕獲調査の妨害予防対策に対して
助成すると書かれている。南極海での調査捕鯨をめぐっては、オーストラリアが商業捕鯨
であるとして国際司法裁判所に提訴している。まさにこの補助事業が漁業調査と言えるか
が判断される。なお、この補助事業を2011(H23)年度第3次補正予算として22億8400万円を
計上し、復興とは無関係な支出の代表例として批判された。その後は復興目的ではないが、
2012(H24)年度2013(H25 )年度とも概算決定額 約11億円が計上されている。
B 悪い補助金
・公共事業以外の補助金
「B1: 漁船の改造と設備の最新化」については、「漁業近代化資金利子補給金」が資本装備
の高度化のため農林中央金庫にたいして利子補給を行う事業なので該当すると思われるが、
金額は 400 万円弱と小さい。
「B2:水産企業発展事業と支援」は水産企業が直接受け取る補助事業はないので、実態は不
明である。
「B3: 漁港の建設・改修」は、前述の「水産基盤整備事業」(平成 23 年度概算決定額 約
723 億円)がこれにあたる。おもな内容として「流通拠点漁港の整備」(約 285 億円)が挙
げられている。補助事業の中でもっとも金額が大きい。前述の「水産環境整備の推進」(約
120 億)は除いている。
「B4:市場販売支援と倉庫設備建設」
流通に関する補助事業は約 43 億円あり、ほとんどが「強い水産業づくり交付金」(約 35
億 5000 万円)である。事業内容は漁業関連施設の整備と漁村振興である。
「B5:免税・保険」
漁業金融に対しての補助事業がこれにあたると考えられる。(燃油や飼料高騰の場合の補填
は C1 に分類した。)また免税は分析した水産庁補助事業の中には含まれないが、自家労力
の小規模漁業者の事業税は非課税、また漁船の買替、機械等の設備投資、燃油に関する免
税制度がある。(水産庁 HP)
「B6:他国とのアクセス」
ロシアに支払う「さけ・ます漁業協力事業費」、国際交渉対策の「海外漁場持続的操業確
保連携強化事業」、民間団体が実施する入漁関係にある沿岸国への研修や資機材の提供、会

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議などへの補助「国際漁業振興協力事業」をこの項に分類した。
・生態系への影響が懸念される公共事業
公共事業の補助事業は「水産基盤整備事業」のほかに「海岸事業」(平成 23 年度概算 約
7 億 7000 万円)がある。高潮や浸食から海岸を防護する事業である。1956(S31)年に制定さ
れた海岸法に基づいている。補助率 1/2 で地方公共団体が事業実施主体である。
日本の海岸線は、自然海岸は 53.09%、本土域のみでは 42.27%しかない(環境省 1998)。
海岸事業は環境アセスメントの対象であるが、丁寧な合意形成と、より生物多様性に配慮
した事業への転換が望まれている。(1-4、3-3 参照)
C あいまいな補助金
C の「あいまいな補助金」に分類される事業は、C1:漁業者所得補償、C2:漁船の更新、C3:
漁村開発 C4:その他、である。
これらは漁業者個人や漁村に対する事業で、C1 は漁業金融や燃油・飼料高騰の場合の補
填、C2 は漁業金融、C3:は離島の漁村に対する補助のほか、水産普及指導員、活力ある漁村
づくりが分類される。A1 で述べた「漁業収入安定対策事業」は漁業者所得補償の一つであ
るが、漁業管理計画に参加を促す奨励措置と判断した。
「その他」は上記以外すべての補助事業、養殖に関する研究や対策、漁業金融機関の支援、
安全に関する事業などを分類した。
水産庁補助事業分析のまとめ
漁業管理計画および漁業調査を「良い補助金」とするには、その本来の目的である資源
回復の効果が現れているかが重要である。漁業交渉で理解を得るためには、また計画の改
善ためには積極的なデータの開示が必要と思われる。そして公的資金が使われる以上、費
用対効果を検討できるよう会計の透明性も求められる。
漁獲能力の増大につながるとされる補助金を「悪い補助金」としている。しかし漁業従
事者が高齢化し減少している日本の現状では、金額が大きいインフラ整備は、積極的に漁
獲能力を拡大しているとは言えないのではないだろうか。
「あいまいな補助金」に分類される他の漁業者個人や漁村に対する補助金は、生産拡大
を目標にしていた時期の方針を継続している面もあり、また地域発の資源回復や漁村振興
の取り組みを支援する面もある。
7.生物多様性保全からみた補助事業
以上は過剰漁業防止のための分類であり、とくに WTO 漁業補助金規定の議論をふまえて公
的資金が特定の産業を支援することは好ましくないという考えが基本にあると思われる。
そこで視点を変えて生物多様性を保全と持続可能な漁業から補助事業を考えてみよう。
資源回復と生物多様性保全が両立しない例として、放流による移入種問題が挙げられる。
例として外国産アサリ種苗に混入し、アサリの食害を引き起こしているサキグロタマツメ

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タ(大越 2007)などがある。(アサリの天然採苗と補助事業について 1-5 参照)。補助事
業では「種苗放流による資源造成支援事業 2011(H23 )年度概算決定額 1 億 4250 万円が
計上されている。
持続可能な漁業をめざす補助事業として、未利用・低利用の国産魚の利用促進のモデル事
業などの「水産加工原料確保緊急対策事業」約 6 千万円(H23)が挙げられるだろう。ま
た補助事業ではないが、奨励措置として日本の水産関係団体が資源と生態系の保護に積極
的に取り組んでいる漁業を認証するマリン・エコラベル・ジャパン、国際的に持続可能な
漁業を推奨する MSC 海のエコラベルが挙げられる。
漁業対象種以外の調査では、「赤潮・磯焼け緊急対策」は金額のほとんどが赤潮発生時の
養殖の避難であるが、そのほかに底質改善の実証に 3 億円、磯焼け発生海域の藻育成など
に 1 億円が計上されている。「漁場環境・生物多様性保全総合対策事業」 944,621 千円の
事業内容は、調査と技術開発である。
地域のとりくみを支援する制度としては、油濁事故の対応を支援する「漁場油濁被害対策
費」(5863 万円)、干潟・藻場の機能維持・回復する「環境・生態系保全対策」(588,409 千
円)がある。
生物多様性保全には、自然の事情に配慮するためのモニタリングと順応的管理、地域の持
続可能な生活と生物多様性の両立が重要と思われる。これまで見てきたように、これらの
要素が含まれる補助事業はわずかである。
8.震災後の補助事業
これまでは震災以前の 2011(H23)年度当初予算をみてきたが、今後を展望するため
2012(H24)年度(約 2379 億円)の補助事業で考えてみよう。事業金額の半分以上が復興関
係で、そのほとんどは漁港と関連施設の復旧である。また養殖施設や漁船などの復旧、融
資などである。復興予算の割合が大きいので、相対的に他の事業の割合が小さくなってい
る。公共事業の水産環境整備事業は通常分で約 104 億円、復興分で 7 億円あまり増額して
いる。
復興関連の海に関する事業で、生物多様性の観点からもっとも懸念されるのが防潮堤で
ある。想定される津波の高さで防潮堤の高さが決められ、現状復旧が基本なので代替案が
ない。環境アセスメントが簡略化されているなど問題が多い(日本自然保護協会 2013)。「水
産環境整備事業」で生態系全体の保全から漁業対象種の資源回復をする方針を打ち出して
も、より巨大な生物多様性の喪失につながる事業が行われれば、整合性がとれず効果が上
がらないことも考えられる。
9.おわりに
過剰漁業防止の点から国際比較をしている『UBC 漁業センター報告書』の分類を用いて、
水産庁の補助事業の分析を試みた。
補助事業全体に占める「良い補助金」の金額の割合は 2011(H23)補助事業では 68%を
占める。生物多様性保全の考え方を導入した漁場整備の公共事業も始まっている。しかし

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漁業者への資源管理計画参加の奨励措置や漁業調査などの補助事業と、資源回復の効果と
の関連が明確に示されていないのが課題である。
「悪い補助金」に分類されるインフラ整備は過剰漁業を促進するとされているが、漁業者
減少、生産量減少が続く日本では、さらなるインフラ整備が過剰漁業を促すかは他国と状
況が異なると思われる。また公共事業の中には沿岸の生態系の再生を目指したものも含ま
れる。
「あいまいな補助金」に分類される漁業者個人や地域に向けた補助金は、国際的に持続
可能な漁業として注目される沿岸漁業の振興に向けた再構築が必要ではないだろうか。
日本は WTO 漁業補助金規律交渉において、過剰漁業防止は補助金の禁止ではなく、漁業
管理で行うことを主張している。この日本の意見が支持されるには、補助金を禁止しなく
ても過剰漁業が防止されることを証明する必要があろう。しかし日本のみならず、政府が
漁業補助金に関する情報の公開は不十分で、水産業界に与える漁業補助金の本来の影響を
評価することは極めて難しい状況にある(中田 2013)。
それならば過剰漁業の防止だけでなく、漁業対象種以外の生物や自然共生社会を含む、
生物多様性の概念を視野に入れた補助金改革により、持続可能な漁業への転換を明らかに
してはどうだろうか。
現在の補助事業の中に生物多様性や生態系保全を目標にする事業はあるものの、他のイ
ンフラ整備や個人への補助金などとの関連がなく、生物多様性を地域振興に結び付けたも
のにはなっていない。そのためローカルな事情を考慮した政策が重要になると思われる。
戦後の漁業政策のたどった、生産拡大から資源管理へ、さらに生物多様性保全への流れ
と整合性を持つ補助金の再構築が必要と思われる。
(参考)
猪又秀夫(2012)「WTO 漁業補助金交渉の経緯と論点:2009 年2月~ 2011 年4月を中心に」農林水産政
策研究 20 号 p13-35
大越健嗣(2007)非意図的移入種による水産被害の実例―サキグロタマツメタ 日本水産学会誌 73 巻 6 号
経済産業省HP 補助金交渉
水産庁 (2011) 漁業補助金の規律にかかる日本の新提案
http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kakou/pdf/110118-03.pdf
水産庁「平成 24 年度補助事業(概算決定額)」
水産庁HP 資源管理指針・資源管理計画
http://www.jfa.maff.go.jp/form/kanri.html
水産庁(2011a)『資源管理・漁業所得補償対策<各論編>』
水産庁「資源管理・漁業経営安定対策の実施状況(平成25年6月末現在)について」
水産庁2011b『水産白書 平成23年度』2-5 資源回復計画一
http://www.jfa.maff.go.jp/j/gyoko_gyozyo/g_thema/pdf/suisankankyouseibi_honbun.pdf
水産庁 平成 23 年度補助事業 国際資源評価等推進事業(新規)
http://www.maff.go.jp/j/aid/hozyo/2011/suisan/pdf/56.pdf
水産庁 漁業者への税制支援

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JWCS
http://www.maff.go.jp/j/aid/zeisei/gyo/index.html
環境省 1998「第5回自然環境保全基礎調査 海辺調査」 海岸の経年変化p173
http://www.biodic.go.jp/reports/umibe/umibe.pdf
中田達也(2013) 漁業補助金協定草案交渉過程における「過剰能力」および「過剰漁獲」と補助金の関係
をめぐる各国の発想と展開―2001(交渉開始)~ 2007 年(議長テキスト発出)に焦点をあてて 湘南
フォーラム No.17 p83-106
日本自然保護協会(2013} 海岸堤防・防潮堤復旧事業と海岸防災復旧事業に関する意見書
http://www.nacsj.or.jp/katsudo/higashinihon/2013/02/post-13.html
福田雅明(2006) 生態系保全・遺伝子多様性確保を可能とする効果的種苗放流技術開発の試み 水産総
合研究センター『水産技術』別冊第 5 号
八木信行(2009)「環境的関心事項の分析視角から見た WTO 漁業補助金交渉」RIETI Policy Discussion Paper
Series 09-P-001 p1-37
OECD(2005), “Subsidies: a Way Towards Sustainable Fisheries?” Policy Brief Deccember2005
http://www.oecd.org/agriculture/35802686.pdf
UNEP (2004), “Analyzing the Resource Impact of Fisheries Subsidies: A Matrix Approach”
http://www.unep.ch/etb/publications/fishierSubsidiesEnvironment/AnaResImpFishSubs.pdf
WWF(2004), “Healthy Fisheries, Healthy Fisheries Crafting new rules on fishing subsidies in the
World Trade Organization”
http://awsassets.panda.org/downloads/healthyfisheriessustainabletradefinal.pdf
Benjamin S. Halpern, Catherine Longo1, Darren Hardy, Karen L. McLeod, Jameal F. Samhouri, Steven
K. Katona,Kristin Kleisner, Sarah E. Lester, Jennifer O’Leary, Marla Ranelletti, Andrew A.
Rosenberg, Courtney Scarborough,Elizabeth R. Selig, Benjamin D. Best, Daniel R. Brumbaugh, F.
Stuart Chapin, Larry B. Crowder, Kendra L. Daly, Scott C. Doney, Cristiane Elfes, Michael J.
Fogarty, Steven D. Gaines, Kelsey I. Jacobsen, Leah Bunce Karrer,Heather M. Leslie, Elizabeth
Neeley, Daniel Pauly, Stephen Polasky, Bud Ris, Kevin St Martin, Gregory S. Stone,U. Rashid
Sumaila& Dirk Zeller(2012)
“An index to assess the health and benefits of the global ocean “ Nature Vol.488 p615-620

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2-3 外来種対策における環境保全 NPO への助成制度
佐藤方博
1.はじめに
生物多様性の保全を進めるためには、行政、研究機関、利害関係のある企業や地域社会
など、さまざまな主体による取り組みが必要である。とりわけNPO等による市民活動(以下、
NPOとする)は、小さな組織であったとしても、生物多様性保全の歴史の上でしばしば重要
な働きを示してきた。NPOの活動や主張が、世間の耳目や、市民からの広い支持を集めるこ
とも少なくない。しかし、お金はなかなか集まらないようだ。収入規模が小さい団体が多
いことは、我が国のNPO法人の大きな特徴となっている。内閣府大臣官房市民活動促進課
(2010)の調査では、NPO法人の49.9%は年間の収入規模が500万円以下であった。このよ
うに収入規模が小さいNPOにとって、企業や財団等が拠出している助成金は重要な収入源の
ひとつになっている。先の内閣府の調査によれば、補助金・助成金はNPO法人の収入の14.9%
を占めている(「保健、医療又は福祉の増進を図る活動」を除いた16の分野のNPO法人)。こ
れらのNPOに対して助成を行う財団等もかなりの数に上る。エコネット近畿がとりまとめた
環境分野助成団体一覧(2013年11月23日発行)には、環境分野のNPO向けの助成プログラム
として108件が掲載されている(エコネット近畿ホームページ)。
環境保全分野のNPOにとって助成金は、野外作業用具や調査研究機材の購入、市民参加イ
ベントで大量に用具を揃えるといった場合に、強い味方になっている。助成金はNPOの活動
全般よりも特定のプロジェクトに対して支給される性格が強く、プロジェクトにおいては
助成金が主たる財源になっていることも少なくない。助成案件には筆者が関心を持つ外来
種対策分野も含まれている。外来種対策を行う環境NPOにとって、助成金は民による奨励措
置であるといえる(一部、官によるものもある)。一方で、さまざまな活動事例を見聞きし
ていると、環境保全の看板を掲げている活動であっても、環境に対して誤った働きかけをし
写真 1 助成を活用した外来種対策事業の例
外来カメ防除技術講習会
写真 2 助成を活用した外来種対策事業の例
普及啓発活動講座

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ている事例や、活動内容と環境保全との関連性を理解しにくい事例も見受けられる。外来
種問題について言えば、ある生物種を本来の分布域ではない地域へ導入している事例、野
生生物種を復活させる目的で活動地のものとは異なる遺伝的特性を持った個体を導入して
いる事例、自然環境中に園芸植物を植栽している事例などが見受けられる。これらの活動
が助成金によって行われるとしたら、せっかくの奨励措置が外来種対策にとってはマイナ
スの効果をもたらすことになりかねない。
筆者は愛知目標3「奨励措置」に関連し、NPOに対する環境保全分野での助成案件につい
て、外来種対策の観点からプラスまたはマイナスとなる案件を抽出し、考察を加えたので報
告する。
2.方法
環境保全分野のNPO等を対象とした助成プログラムのうち、助成総額と、助成1件当たりの
助成額が比較的大きく、助成対象団体数も多い2つの助成プログラムを選定し調査対象と
した(それぞれA財団、B財団とする)。両財団が公表している2007年から2012年の間の5
年分の助成報告書を調査し、外来種対策に資すると考えられる事業を抽出した(プラスの奨
励措置)。また外来種対策以外の分野の活動に関して、当該事業によって外来種を導入、拡大、
蔓延させてしまう可能性があると考えられる事業を抽出した(マイナスの奨励措置)。抽出
された事業について、その特徴を整理し考察した。
3.結果及び考察
1)助成の件数、分野
2007年から2012年の5年間に両財団が助成した事業の件数は、A財団で879件、B財団で
338件、合計1,217件であった。助成分野の内訳は、A財団では自然保護・保全・復元、森林保
全・緑化、砂漠化防止、大気・水・土壌環境保全、地球温暖化防止、循環型社会形成、環境
保全型農業、総合環境教育、環境活動情報化、日中韓三カ国環境協力、総合環境保全活動、
その他の環境保全活動の12分野に、B財団では表土・森林、気候変動、エネルギー、水産資
源・食料、水資源、生物多様性、持続可能社会の7分野に区分されていた。これらの助成事業
のうち、外来種対策を主目的としていた事業と、報告書に記載されている活動内容から外来
種対策を含むことがわかった事業数は、A財団では35件(3.9%)、B財団では34件(10%)
であった(図1)。
これらの外来種対策事業の分野は、助成財団による区分では、生物多様性および生態系
の保全、自然保護・保全・復元、総合環境保全活動、表土・森林、気候変動、エネルギー、水
産資源・食料、水資源、総合環境教育、持続可能社会に分類されていた。外来種対策の内容と
しては、駆除の実践、調査や技術開発、普及啓発に関するものがあった。対象とする外来
種は、ブラックバス類、マングースなどの特定外来生物の駆除のほか、アカミミガメ駆除、
アメリカザリガニ駆除、複数種の外来樹の伐採、身近な外来草本の調査や駆除、外来種防除
のツール作成などがあった。

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外来種問題は、生物多様性国家戦略2012-2020(環境省2012)において、生物多様性を脅
かす4つの危機のひとつに数えられている重要なテーマである。外来種または外来生物と
いう言葉を認知している国民は96.3%に達している(環境省自然環境局野生生物課2011)。
新聞等のメディアにもさまざまな外来種問題が頻繁に登場している。助成によって行わ
れている外来種対策は、外来種による生態系等への被害を防止または軽減するために役立
っていると考えられるが、行政や社会における外来種問題への注目の高さを考えると、助成
事業における外来種対策事業の割合は少ないという印象を受ける。
図1 助成事業における外来種対策事業の割合
2)外来種対策の観点から懸念される事業
外来種対策以外の分野へ助成された事業のうち、外来種対策の観点から懸念される事業
が見出された。該当する事業は、A財団で4件(0.45%)、B財団で5件(1.47%)、合計9件
で、全助成案件の0.73%であった(表1)。助成事業全体からすると低い割合であった。とり
わけA財団では全体の0.45%と値が低かった。しかしこれらの助成は環境保全を目的に提供
されているものである。助成事業が環境に対してマイナスの影響をもたらすとしたら、環境
に対する悪影響ばかりか、保全活動全体に対する社会の信頼を低下させてしまう可能性も
ある。割合は低くても、軽視してよいものではないと思われる。

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表1 外来種対策の観点から懸念された助成事業
これらの9事業の活動分野は、植樹4件、水質浄化3件、環境保全1件、生物多様性1件であっ
た(分野の名称は両財団による区分を元に筆者が統一した)。
外来種対策上、懸念される事業が4件ともっとも多かった分野は「植樹」であった。植樹
活動には、外来樹種を用いたものが1件あった。植樹の目的は地球温暖化防止、砂漠化防止
や緑化、震災被災地の森林回復などで、いずれも重要な取り組みである。とりわけ地球温
暖化は生物多様性に対する4つの危機のひとつに挙げられているきわめて重要な課題であ
る。一方では外来種問題も、4つの危機のひとつとして挙げられている。植樹活動を進める
際には、在来生物相への配慮が払われることが期待される。植樹活動ではこのほか、苗木の
育成地と植樹地が遠く離れている事例が2件あった。このような場合には、苗木の育成地で
苗木や土壌に付着・混入した昆虫や微細な生物群、植物の種子などを、植樹先に侵入させて
しまう可能性がある。植栽木によって随伴侵入した生物の例として、チョウ類のムラサキツ
バメがある。本種は本来西南日本に分布していたが、食樹となるマテバシイの植栽にとも
ない、2000年頃に東日本へ分布を拡大したと考えられている。野外で苗木を生産する際には、
植樹地に近い地域で育成することが大切である。また樹木自体も、植樹地域の遺伝的特徴
をもった個体を用いることが求められる。
「水質浄化」には、富栄養化した水を浄化する3件の事業が該当した。これらの事業では
浄化資材として外来種の草本植物や二枚貝が使用されていた。植物や二枚貝に水中の栄養
塩類を吸収または吸着させて水域から除去する取り組みは、適切な規模で実施すれば水質
浄化に効果があると考えられるが、外来種を利用することについては慎重さが求められる。
植物資材としては、東南アジア原産の空心菜がしばしば使用されているが、水質浄化装置か
ら逸出した場合、野外に定着する可能性がある。野外に設置された装置からの逸出防止対策
は容易ではないと考えられる。浄化資材の選定においては、野外への定着リスクも含めて検
討することが望まれる。また二枚貝は卵や稚貝を放出する繁殖様式を持っている。親貝の逸

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出防止はできても、野外に放出されたプランクトンについては不可能である。ムラサキイガ
イ、コウロエンカワヒバリガイなどのように、バラスト水に含まれていた浮遊幼生から野
外に定着したと考えられる外来二枚貝が分布を拡大している(日本生態学会2002)。野外で
の外来貝類の利用は慎重に行う必要がある。
二枚貝の導入にはもうひとつ課題がある。霞ヶ浦では淡水真珠養殖用に中国産のヒレイ
ケチョウガイを導入したところ、要注意外来生物のオオタナゴが随伴侵入した可能性が指
摘されている(環境省要注意外来生物リスト:魚類ホームページ)。タナゴ類は二枚貝のエ
ラ内に産卵し、孵化した仔魚が水中へ出て行く習性がある。オオタナゴは霞ヶ浦から河川を
伝って拡散し、利根川流域に分布を拡大している。利根川下流部には関東平野で絶滅の危険
度が高い在来タナゴ類が比較的よく残っている場所として知られており、オオタナゴとの
競合による影響が憂慮されている。ヒレイケチョウガイは水質浄化目的でも各地で利用さ
れており、十分な対策が求められる。
そのほか、観光やまちづくり、人的交流を目的として観賞用の植物を植栽する活動が2件
あった。内容は、海外の市街地に園芸樹種を植える活動と、遠隔地から園芸用草花を導入し
て広範囲に植栽する活動であった。観賞目的での植物の植栽は、それが園芸種であっても、
市街地の花壇や庭などの管理された空間で行われる場合には、一般的に外来種問題とは見
なされない。本件を外来種問題として扱うかどうかは微妙なところもあるが、少なくとも環
境保全分野の助成で行われる活動としては奇異な印象を受ける。
3)2011年以降の傾向
調査した5年間で外来種対策上の懸念があった9件のうち3件の事業は、2011年以降に実施
された事業であった。これは2011年3月に起きた東日本大震災に対して、調査対象とした助
成財団がいちはやく復興を支援する助成枠を設けたことが関係している。復興関連助成で
は、放射能汚染の調査や沿岸湿地の再生、再生可能エネルギーの研究や導入の実践などが行
われていた。このうち外来種対策の観点から懸念されたのは、海岸林・防潮堤への植林に
関して、遠隔地で育てた苗木を被災地へ輸送していた事例である。復興支援は急ぐべき課
題であり、対象地域も非常に広範囲に及ぶため、行政、企業、NPOといったさまざまな立場の
組織がいくら努力をしても、それがやりすぎということはない。被災地周辺では緑化資材の
不足もあるかもしれない。しかし外来種を導入してしまっては本来の自然回復にはならず、
のちのち別の問題を引き起こしてしまう可能性がある。一面ではよい取り組みであること
に疑いはないが、他の側面からの検討も必要と思われる。なお、調査対象とした両財団の
助成案件には、植樹地周辺から採取した種子を植樹地に近い場所で育苗し、上記の課題を
クリアしている「よい植樹」の事例も存在した。
4.提言
1)助成財団への提言
環境分野助成金が外来種対策にとってマイナスの影響をもたらす可能性がある事例は全
体の0.73%と低い値であった。全体からすればわずかな割合であり、助成プログラムは生
物多様性保全にプラスの効果をもたらしていると言ってよいであろう。しかし環境保全を

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目的としている助成事業によって、結果として外来種を蔓延させるようなことが起こった
場合には、助成事業ばかりか、環境保全活動全体に対する社会的な信頼を失うことになり
かねない。
本調査では、地球温暖化防止や水質浄化の解決に貢献し得る活動であっても、外来種問
題までは考慮されていない活動があった。外来種対策では、まずは侵入経路を管理する予
防が重要である。そのため環境省では外来種被害予防三原則を定め、外来種を「入れない、
捨てない、拡げない」というスローガンを掲げ、外来生物に関わる国民や事業者に対して
適切な対応と協力を要請している(環境省外来生物法ホームページ)。愛知目標でも、目標
9 外来種において2020年までに、「侵略的外来種とその定着経路が特定され、優先順位付け
られ、優先度の高い種が制御され又は根絶される、また、侵略的外来種の導入又は定着を
防止するために定着経路を管理するための対策が講じられる」ことが明記され、侵入経路
を管理することの重要性が認識されている。外来種の侵入経路には、資材等に付着・混入
している外来種を非意図的に導入してしまう「随伴侵入」がある。NPOとしての活動分野が
野生生物系ではない場合には、随伴侵入のリスクを認知しにくいと思われる。
対策としては、助成財団の審査員に、外来種対策の視点を持った委員を含めておくこと
が考えられる。環境分野で規模が大きい助成プログラムでは、扱う分野も広い。調査対象と
した助成財団も、分野は野生生物のみならず、エネルギー、ゴミ問題、国際協力など多岐にわ
たっており、少人数の専門家ですべての分野をカバーすることは困難である。専属の委員の
ほかに、外部アドバイザーを設けるのも一案である。少なくとも助成プログラムの募集分野
の分だけは内外に有識者を確保しておく必要があるだろう。
2)NPO、研究者への提言
生物多様性の保全分野では、環境によかれと思って行われている活動の中に、保全上問
題のある事例が見られる場合がある。善意によって行われている活動に水を差すと、お互
いに傷つく結果になる場合もあり、発言すべきかどうか悩ましところである。善意で行っ
た事業が外来種を蔓延させてはならないし、やってしまってからひとつずつ批判を加えて
改善を促していくことも難しい。このような無用な衝突を減らすためには、保全活動をす
る上で留意すべき事項をあらかじめ公表しておく広報活動が重要になる。植生学会では、
東日本大震災による復興事業によって、地域の在来植生がダメージをうける可能性が懸念
されたことから、復興事業を進める上で留意すべき事項をまとめて公表した(植生学会東日
本大震災関連ホームページ)。日本魚類学会では、各地で自然保護や河川美化の名目で行わ
れている魚類放流活動が生物多様性に配慮した活動になるように、魚類の放流ガイドライ
ンを策定している(日本魚類学会ホームページ)。このような文書を策定し、タイムリーに
社会に発信していくことは、専門家に期待される重要な役割であると思われる。
(参考・引用文献)
環境省(2012)生物多様性国家戦略2012-2020.
環境省外来生物法ホームページ http://www.env.go.jp/nature/intro/

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環境省要注意外来生物リスト:魚類ホームページ
http://www.env.go.jp/nature/intro/1outline/caution/detail_gyo.html#8
環境省自然環境局野生生物課(2011)平成22年度外来生物問題等認知度調査業務報告書.
内閣府NPOホームページ https://www.npo-homepage.go.jp/
内閣府大臣官房市民活動促進課(2010)平成21年度市民活動団体等基本調査(特定非営利活動法人の資金
調達に関する調査)報告書.
日本魚類学会「生物多様性の保全をめざした魚類の放流ガイドライン」の策定経過について ホームペー
ジ http://www.fish-isj.jp/info/050406.html
日本生態学会編(2002)外来種ハンドブック.地人書館.
植生学会東日本大震災関連ホームページ
http://www.sasappa.co.jp/shokusei/earthquake-related.html
エコネット近畿ホームページ http://www.econetkinki.org/page0100.html

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3.復興・開発
3-1 水産業に関する復興予算の現状と課題
高橋雄一
はじめに
2011 年 3 月 11 日におきた東日本大震災により、宮城、岩手をはじめ東日本の太平洋側
の漁港は大きな被害を受けた。東日本大震災による水産関係の被害総額は全国で 1 兆 2,637
憶円である。その内訳をみると漁船の被害数は 28,612 隻(1,822 憶円)、漁港施設は 319
漁港(8,230 憶円)、養殖関係は 1,335 憶円(養殖施設は 738 憶円、養殖物は 597 憶円)、
共同利用施設は 1725 施設(1,249 憶円)である。(平成 24 年 4 月 18 日時点 平成 24 年水
産白書より)
震災以前から被災した地域の水産業は経営や担い手の問題を抱えていた。その中で被災
を受け、漁港が自力で復旧・復興することは困難であり、国等からの補助金等を利用して
復旧・復興をしている。
復興予算については、適切に使われていないのではないかという指摘がある。
本章では、水産業に関する復興予算にはどのようなものがあり、その目的などを概観し
ている。また、宮城県と岩手県の水産業の復興計画を比較した。
1.復興予算
平成 23 年度の第一次補正予算は 4 兆 153 憶円で内水産関連予算は 2153 億円であり、第
二次補正予算は 1 兆 9,988 億円で内水産関連予算は 198 憶円であり、第三次補正予算は 12
兆 1,025 憶円で内水産関連予算は 4,989 憶円である。平成 24 年度の当初予算(復旧・復興
対策分)は 843 憶円であり、平成 25 年度の当初予算は 2,121 憶円である。
平成 24 年度の水産白書では、復旧・復興予算の概要として大きく 10 の支援に区分して
おり、さらにその中で事業別に区分されている。図は、事業の中で金額が大きい事業(漁
港関係等災害復旧事業(公共)は除く)をグラフにしたものである。

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図 1.復興予算水産業関連事業のグラフ(平成 24 年度水産白書より作成)
漁業・養殖業復興支援事業には、がんばる漁業復興支援事業、がんばる養殖復興支援事業が含まれている。
また、水産業共同利用施設復旧整備事業には、養殖施設復旧・復興関係、漁協・水産加工等共同利用施設
復旧・復興関係、漁港施設復旧・復興関係が含まれている。
2.宮城県の政策
宮城県は、平成 23 年 10 月に「宮城県震災復興計画~宮城・東北・日本の絆再生からさら
なる発展~」を発表した。計画期間を 10 年間で設定し、復旧期(H23~25 年度)、再生期
(H26~29 年度)、発展期(H30~32 年度)としている。基本理念には、①災害に強く安心
してくらせるまちづくり、②県民一人ひとりが復興の主体・総力を結集した復興、③「復
旧」にとどまらない抜本的な「再構築」、④現代社会の課題を解決する先進的な地域づくり、
⑤壊滅的な被害からの復興モデルの構築が掲げられている。
---------------------------------------------------------------------
水産業における高齢化や新規就業者の状況から見ても、単に元に戻す「原型復旧」という
姿勢では、震災前からの課題は解決されず、多くの水産業関係者が、今回の被災を契機に
水産業及び地域からの撤退を余儀なくされ、本県水産業の潜在的可能性が低下することは
明らかであります。
このことから、本県水産業の復興にあたっては、震災による壊滅的な被害から早急に復
旧を遂げ、震災前以上に発展することができるよう、単なる原形復旧ではなく「新たな水
産業の創造」として、漁港のあり方と集約再編の検討、経営形態の見直しなど、新たな考
え方や取組を積極的に取り入れ、復興の担い手である個人・民間事業者・地方自治体及び
国などが総力を結集し、本県水産業を抜本的に再構築します。(宮城県水産業復興プラン

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平成 23 年 10 月より抜粋)
---------------------------------------------------------------------------
宮城県が掲げる復興のポイントは以下の 5 つである。
①水産業の早期再開に向けた取り組み
がれきの撤去、海洋環境調査、魚市場の応急整備、腐敗水産物の処分、養殖種苗の確保
②水産業集積地域、漁業拠点の集約再編
県内 142 ある漁港の位置づけや役割を整理し、県全体の漁港機能の棲み分け
③新しい経営形態の導入
漁業経営の共同化、協業化、法事化等、新たな経営形態を導入するための取組み
④競争力と魅力ある水産業の形成
6 次産業化などの取組みを支援、海外への輸出拡大
⑤安全・安心な生産・供給体制の整備
風評被害の防止
3.岩手県の政策
岩手県は、「東日本大震災津波復興計画 復興基本計画~いのちを守り 海と大地と共に
生きる ふるさと岩手・三陸の創造」を平成 23 年 8 月に発表した。計画期間を 8 年間で設
定し、第 1 期(H23~25 年度)を基盤復興期間とし、第 2 期(H26~28 年度)を本格復興期
間としており、第 3 期(H29~30 年度)を更なる展開への連結期間としている。
復興基本計画では、復興に向けた 3 つの原則を掲示している。
-------------------------------------------------------------------------------
復興に向けた歩みを進めるに当たっては、まず、「安全」を確保しなければならない。そ
の上で、被災者が希望を持って「ふるさと」に住み続けることができるよう、「暮らし」を
再建し、「なりわい」を再生することによって、復興の道筋を明確に示すことが重要である。
このことから、「安全の確保」、「暮らしの再建」、「なりわいの再生」を復興に向けた 3 つの
原則として掲げ、この原則のもとで、地域のコミュニティや、人と人、地域と地域のつな
がりを重視しながら、ふるさと岩手・三陸の復興を実現するための取組を進める。(岩手県
東日本大震災津波復興計画より抜粋)
---------------------------------------------------------------------------------
岩手の復興基本計画内で、復興財源の確保として国庫負担率の引き上げや補助対象の拡大、
採択基準の弾力化等、国の力強い支援を基本とした措置の創設が不可欠であり、国に対し
て強く要請していくとしている。また、「復興一括交付金」など自由度の高い仕組みの創設
も必要であるとしている。
水産業は「なりわい」の再生であり、地域に根ざした水産業を再生するため、両輪であ
る漁業と流通・加工業について、漁業協同組合を核とした漁業、養殖業の構築と産地魚市
場を核とした流通・加工体制の構築を一体に進めるとしている。
水産業に関わる取組項目は、①漁業協同組合を核とした漁業、養殖業の構築、②産地魚

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市場を核とした流通・加工体制の構築、③漁港等の整備が示されている。
①の概要は、漁業協同組合による漁船・養殖施設等生産手段の一括購入・共同利用シス
テムの構築や、つくり育てる漁業の基盤となるサケ・アワビ等の種苗生産施設の整備、共
同利用システムの活用や協業体の育成などを通じた担い手の確保・育成を支援することで
ある。
②の概要は、中核的な産地魚市場の再開と安定的な運営に必要な施設・設備・危機の復
旧・整備や、加工機能の集積や企業間連携等による高生産性・高付加価値化を促進させる
ことである。
③の概要は、漁港・漁場の支障物・災害廃棄物(がれき)の早期撤去、当面の安全性や
機能の確保のための漁港、海岸保全施設等の応急的な復旧を進めるとともに、地域の防災
対策や地域づくり、水産業再生の方向性を踏まえた漁港・漁場・漁村生活環境基盤や海岸
保全施設の復旧・整備を推進することである。
4.宮城県と岩手県の対応の違い
水産業で岩手県と宮城県の政策で大きく異なるのは、岩手県は地域の漁協を中心に地域
のコミュニティを重視しながら復興を進めている。他方、宮城県は「新たな水産業の創造」
として水産特区を導入し、宮城県漁協と宮城県知事の間にわだかまりができた。
水産業復興特区の宮城県石巻市桃浦地区では、2012 年 8 月 31 日に桃浦カキ生産者合同
会社が設立された。宮城県漁協は水産特区に対しては当初から反対の姿勢を取っていた。
宮城県漁業協同組合専務理事船渡氏は、「問題なのは、水産業復興特区で何がもたらされ、
これを活用した養殖業の再生と振興策というものを本来ならば議論するべきですが、それ
が議論されずに特区が推し進められていることです。」(農林金融 2014.3 p44 より抜粋)
と述べていることからも分かるように、宮城県側は早急に特区を推し進めたことがみてと
れる。また、この合同会社は初年度(平成 24 年度)から赤字を出している。かつて、話を
きいたある漁業者は、企業は赤字がでると継続せずに撤退することができるが、漁業者は
負債を抱えたまま、同じ場所で漁業を継続すると語っていた。
共同利用漁船等復旧支援対策事業等の共同化事業の実施主体は、漁協や漁業生産組合等
になることが条件となっている。宮城県では、2007 年に 31 漁協が合併し、宮城県漁協が
誕生した。宮城県には他に、石巻市漁協、塩釜市漁協、気仙沼漁協、牡鹿漁協がある。宮
城県漁協が管轄する漁港の共同化事業すべての受け皿となる。そのことは資産の増加を意
味しており、宮城県漁協にとっては自己資本比率低下につながる。この課題を解決するま
でに時間を要している。このように、宮城県漁協の決断は所属する支所の漁協に影響する。
他方、今回の場合、共同事業実施主体の設立諸手続きや経理、総務、資産管理などの実務
面は、実質的に漁協が担う形を取ったことにより、各々の支所は地域漁業に集中すること
ができた。
岩手県では岩手県漁協系統が県知事に対して、復旧に必要な対策を現場の視点から要望
し、漁協を核とした地域の復興を提言したことにより、岩手県は「漁協を核」とした復興
を目指した。岩手県には 24 漁協がある。宮城県と異なり岩手県では漁協が点在しているこ
ともあり、1 漁協当たりの範囲は宮城県と比べ狭い。そのため、意見の収集や合意などスピ

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ードは速い。そのため、漁協での決断が速くできるものと考えられる。この場合、リーダ
ーの速やかに的確な指示を出せるような人物がいるかということが重要になってくると考
えられる。リーダーの資質や組織の力が復旧・復興の差となる可能性がある。
宮城県、岩手県は漁協の仕組みが異なる。さらに、県レベルでの水産業の復旧・復興政
策も大きく異なっている。現段階で、どちらの政策が優れているかという評価はできない。
生物多様性保全のキーワードである持続可能な漁業の観点から、今後の動向を注視してい
きたい。
(引用・参考文献)
鴻巣正. (2012.6). 地域営漁組織の育成と漁業再生の課題-集落を基盤とする漁業の協業化と今日的役
割-. 農林金融, 2-16.
鴻巣正. (2013.6). 漁協を核とした漁業復興と協同組合の意義-岩手県における漁業・漁村の復旧と漁協の
動向から-. 農林金融, 2-18.
出村雅晴. (2013.3). 宮城県の漁業復興における漁協の取組みと復興の現状. 農林金融, 73-86.
船渡隆平. (2014.3). <講演録>宮城県の漁業・漁村の復興に向けた漁業協同組合の取組み. 農林金融,
28-45.
大井誠治. (2013.3). 〈講演録〉東日本大震災からの漁業復興-岩手県の取組み-. 農林金融, 58-71.
鈴木利徳. (2012.6). 大震災からの漁業復興に向けて-全国漁業協同組合連合会の取組み-. 農林金融,
17-33.
水産庁.平成 24 年度水産白書
宮城県.(2011.10) 宮城県水産業復興プラン
岩手県.(2011.8). 復興基本計画~いのちを守り 海と大地と共に生きるふるさと岩手・三陸の創造~

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3-2 震災復興関連での漁業振興策をめぐる地域状況
<宮城・岩手フィールドワーク報告>
古沢広祐
日程 2012 年 8 月 2 日~5 日
参加者 JWCS 愛知ターゲット 3 委員(古沢広祐、高山進、高橋雄一、鈴木希理恵)
行程
8 月 2 日(木)大崎市田尻にて佐々木陽悦氏(エコファーマー)に環境保全型農業と補助事
業についてヒアリング。
8 月 3 日(金)石巻市十三浜地域にて佐藤清吾氏(宮城県漁協十三浜支所運営委員会委員長)
に十三浜の状況をヒアリング。
8 月 4 日(土)石巻市から宮古市重茂へ移動。重茂漁協にてヒアリング。重茂漁協泊
8 月 5 日(日)重茂漁協と生活クラブ生協による「重茂味まつり」に参加。
東日本大震災からの復興に関しては、二つの大きな動きが生まれているようにみえる。
とくに東北沿岸部・三陸地域の漁業をどう復興していくかに関しては、地域密着型の伝統
を重視した再建方向の一方で、地域の伝統や関係性を排した近代的企業化・グローバルな
展開を目指す動きがある。将来をどのような方向性で考えるべきか、大きな岐路にあると
思われる。
3.11 以前の東北は、日本全体のなかでいわゆる‘辺境’の地にあり、三陸の漁業におい
ても高齢化などでその存続が困難な状況におかれていた。日本の沿岸海域は、伝統的に地
域の漁村が共有管理する漁業権が設定されており、漁業権はおもに漁業協同組合(以下、
漁協)によって管理されてきた。しかし戦後日本の近代化の歩みにおいて、伝統的な第一
次産業は衰退状況を迎え、零細な漁業は経営悪化や漁業者の後継者不足、高齢化などの問
題をかかえてきた。そこに今回の大震災(津波被害)が直撃し、地域によっては漁業の担
い手や漁協組織が解体の危機に瀕する事態を迎えている。
こうした状況下、宮城県の村井嘉浩知事は、伝統的な地域社会の資源管理として営まれ
てきた漁業権を漁業協同組合などに限定せず、企業の参入を促す「水産業復興特区」プラ
ンを打ち出したのであった。水産業復興特区の狙いとして、民間の技術力や経営・資本力
をとり入れ、生産・加工・流通・販売まで一体化して付加価値を上げることで経済活力を
産み出そうとするものである。その方向性は、企業ベースの大資本が水産加工産業基地を
形成し、世界市場を目指した新たな拠点を創り出すことで、グローバル競争を前提とした
成長拡大路線への延長上に復興を目指そうとする動きととらえることができる。
他方では、岩手県の達増拓也知事が主張する方向性があり、ローカルな地域社会に根づ
いてきた小規模経営や地域コミュニティ、協同組合などの核をベースに、伝統的な関係性
を大切に引き継いで発展させていこうとする動きである。その際、昔のままを再現すると
いうのではなく、旧来から続いてきた危機的状況下での狭い関係性に閉じこもらずに、さ
まざまな連携・連帯方式を模索しつつ、生業としての漁業を軸として、消費者や支援組織

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との協力や連携によって復興を目指そうとする動きである。
グローバル市場経済の中で勝ち抜いていくための拠点として、水産加工産業基地やコン
ビナート基地を作って行く方向へ突き進むのか、あるいは、もう一度ローカルな地域社会
が継承してきた価値を大切にして、その地域の人々の自主的管理や運営に基づいて、協同
組合的な理念でローカル性を維持しながら復興していくのか、そのせめぎあいが起きてい
るととらえることができる。
実際には、地域的な特徴や被災の深刻度、担い手や漁業形態などによって多様な状況に
あることから、あまり単純化しすぎないように注意する必要がある。とくに漁業と一口に
言っても遠洋漁業や沖合漁業のような業種と沿岸地域での栽培漁業や養殖漁業とでは質を
異にしている。しかし、大局的な見地から事態の進行状況をとらえるならば、一つの方向
性としてグローバル化の流れに乗った日本の再編成に連なるかたちで、復興事業でも中央
に連動・従属する地域再編路線が進行しているととらえることができる。(1)
それは、大状況的には TPP(環太平洋地域連携協定)に参加してグローバルな市場再編
の一角を担う動きとして、地域の農林漁業を再編成しようとする動向と軌を一にしたもの
である。他方それとは一線を画して、あくまで地域の独自性に基づいた内発性を重視した
動きもまた展開している。それは、中央への従属化や地域の画一的な再編を拒否し、独自
性という意味では、人々の暮らし、文化、さらに生物多様性につながる地域生態系の保持
までも重視しようとする動き(里
さと
やま
さと
うみ
保全)として出現しており、前述した伝統文化の
再評価の動きもこの流れの一端にあると考えられる。
地域をめぐる大状況が、大きな力としてグローバル社会の開発・編成圧力下において変
容を迫られていることを踏まえるならば、こうした分析視角で地域の再建や復興を考える
意味は重要だと思われる。さらにその動きと方向性は、近代化と伝統社会の崩壊の波を受
けつつある世界とくに途上国に対しても、それなりの重要な示唆を与えるものとなるので
はなかろうか。(2)
1.宮城県十三浜地域でのうごき
現状を理解するための事例として、宮城県石巻市十三
じゅうさん
はま
地域(宮城県漁業協同組合北上
町十三浜支所)と岩手県宮古市重茂
お も え
漁協での取り組み状況を視察し聞き取り調査をおこな
った。視点としては、ローカルな地域の伝統を重視した地域復興の状況について、どのよ
うな取り組みがおこなわれているかを把握することである。
十三浜は、宮城県石巻市北東部に位置し、北上川河口の湾から続く海岸線に点在する十
三の集落を指す。北上川は山から海へと豊富な栄養分を届け、川ではべっこうしじみ(ヤ
マトシジミ)、春にはサクラマス、秋には鮭が大量に遡上する。海へと流れ込んだ山の養分
は冷たい海水とまじり合って、十三浜の名産であるワカメ、コンブ、ホタテ、アワビ、ウ
ニ等の海産物を育んでいる。十三浜の人々はこれら自然の恵みと養殖技術を駆使し、全国
にその名を知られる十三浜わかめを出荷してきた。
震災とその後の大津波は集落を壊滅させ、収穫直前のワカメを根こそぎ奪い去った。全
世帯数 630 余り、人口2千人余りのこの地域で、家屋の全壊・全流失(460 余り)、多くが
半壊・一部損壊などにみまわれ、死亡者・行方不明者(300 人余り)と想像を絶する被害を

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JWCS
被ったのだった。聞き取り調査でお世話になった佐藤清吾氏(宮城県漁協十三浜支所運営
委員会委員長)は、奥様とお孫さんが行方不明となり、被災後は一人で仮設住宅に入って
十三浜復興の先頭に立ってきた方である。同地区では、2011 年 8 月にワカメ復興サポータ
ー制度がスタートし、2012 年 5 月 5 日時点で総参加者 3,244 人、約2千7百万円(入金
額)が集まり、復興への歩みが始まっている。自然の恵みであるワカメ養殖が復活し、支
援の輪の中で流通も広がり地域の再生へ
向けた取り組みが一歩ずつ進みつつある。
(7)
佐藤委員長によれば、かつて大手水産会
社が宮城県内でギンザケの養殖に参入し
た経緯があった。この会社は、漁業者との
間に稚魚の供給、成魚の販売などを約束し、
漁業者が設備投資をおこなったが、輸入ギ
ンザケの急増で価格が低下したことで会
社は撤退してしまった。その結果、設備投
資の借金で廃業を余儀なくされる漁業者
が出たとのことであった。永続性や漁業資
源の持続的管理という点で、短期的利益に
左右されやすい企業参入は大きな問題であ
るとの見解を語った。
この地域社会での伝統的慣習には、講(こ
う:契約講、頼母子講)などの助け合いの
仕組みが存続しており、集落の磯場の利用
管理でも厳格に共同利用する仕組みを存続
させてきた。こうした地域独自の自己管理
システムは、あらためて再評価すべき事柄
だと思われる。良い例に、アワビ漁での管
理強化の実績がある。集落での持続的な利
用管理が機能していたにもかかわらず、外
来者の盗漁の被害を受けて大幅な収穫減
にみまわれたことがあった。それに対して、
地域の人々が一丸となって監視体制を強
め、盗漁を排除して採り過ぎを防いだこと
で、再び安定した収穫量を取り戻すことに
成功したのである。
こうした地域では、復興に向けた着実な
歩みが徐々にだが始まっているかにみえ
る。しかしその一方では、十三浜地域とは
宮城県漁協十三浜支所
相川漁港
大室神楽

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別の桃
ももの
うら
地区では、村井県知事の提唱する水産特区構想に乗った動きもスタートしている。
後継者難など地域の漁業存続が危ぶまれる所では、企業参入や連携による生き残りを模索
せざるをえない状況があるのである。
2.岩手県、重茂
お も え
漁協の取り組み
以下、岩手県の重茂漁協の取り組みをみていく。宮古市の南方、本州最東端の魹ヶ
と ど が
ざき
台がある重茂半島においても甚大な被害がもたらされた。当地の重茂漁協は、組合員 550
人からなる中規模の漁協である。この漁協でも、漁船の 9 割以上が流出、漁港施設もほと
んどが全壊し、人的被害も漁家 400 戸のうち約 100 戸が流出、地域全体の死者・行方不明
者は 50 名に及んだ。養殖施設、あわび種苗センター、加工場、ふ化場などおよそ 50 施設
の被害額だけでも 42 億円にのぼった。同半島には、「此処より下に家を建てるな」(大津波
記念碑:1933 年昭和三陸津波後に建立、重茂半島姉吉地区、同地区は被害をまぬがれた)
があり、それなりの備えをしてきた所である。甚大な被害を受けながらも、重茂漁協の建
物は高台に設置されていたことから、被災後に比較的迅速な復旧対応を行うことができた
ことで大きな注目をあつめた。
対応が遅れる国や県からの支援に頼ることなく、危機のなかを自力で漁協の関係者はい
ち早く中古漁船の調達を行い、域外からの協力もあったことで、その年に天然ワカメ漁を
再開させ、定置網漁も再開にこぎつけることができた。さまざまな要因があるのだが、自
力更正を可能にした条件と今後の地域の発展方向を示唆する点では、注目すべき事例であ
る。重茂漁協に関する詳細については、すでに幾つか報告文献が出ており詳細は省くが、
重要な論点を簡単にまとめておこう。(3)
重茂漁協の大きな特徴は、ワカメ・コンブの養殖事業、サケ・サバ・イカなどを漁獲す
る定置網事業、アワビ・ウニなどの水産物加工・貯蔵・パツケージ・販売にいたる一貫生
産などを協同組合として取り組むとともに、流通までも漁協として行っていることである。
また、これらの事業を持続可能にしていくためのアワビの種苗生産、サケの孵化放流など
の資源管理もまた漁協の事業として取り組んでいる。とくに販売活動においては、生協な
ど消費者組織との産直をはじめとして多様な流通チャネルを持つことで、安定的な収人の
確保を実現してきた。こうした堅実な経営基盤の下での内部資金や多数の連携組織もあっ
て、被災からの復興がいち早く達成できたと考えられる。
とくに注目される漁協の取り組みとしては、資源保護と環境保全への積極的な関与があ
げられる。「重茂漁業協同組合、未来につなぐ美しい海計画」では、具体的な事項として「管
理区域における合成洗剤の追放」、「肥料の不使用」、「薬剤の不使用」、「景観と海を汚さな
いための漁期終了後の養殖施設撤去」、「残滓の適正処分」、「漁業系廃棄物の適正処分」、「養
殖生産物のゼロ・エミッション化」の7項目が挙げられている。
また、森が育むミネラル分豊富な水が海産物にとっての大切な栄養源であることから、
森林保全活動も重視している。海と山の関連性に目を向けた地域住民や小学生による広葉
樹の植林活動が実施され、重茂半島の国有林の保全を国へ要望する取り組みも続けられて
きた。環境保全ということでは、青森県六ヶ所村の核燃料再処理施設反対運動など、長年

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反原発・反核運動を進めてきたことも注目され
る。
すでに指摘した大きな論点として、中央への
従属化や地域の画一的な再編を拒否し、自主・
独自性を大切にしつつ、地域の人々の暮らしと
文化、そして生物多様性につながる地域生態系
の保全までを重視する動きが、重茂漁協の取り
組みにおいては展開されている。いわゆる‘辺
境’の地を逆手にとって、自然の恵みと厳しさ
を受けとめながら、人々の共同性を培い地域の
可能性を拡げていく活動事例として、学ぶべき
点は大きいと思われる。
重茂漁業協同組合の初代組合長、西館善平
(昭和 22 年就任)は、「天恵戒驕」(天の恵み
に感謝し驕ることを戒め不備に備えよ)と、以
下の言葉を残している。
「私たちのふるさと重茂は天然資源からの恵
みが豊富であり、今は何ら不自由はないが、天
然資源は有限であり、無計画に採取していると近
い将来枯渇することは間違いない。天然資源の採
取を控えめに、不足するところは自らの研鑽によ
り、新たな資源を産み補う。これが自然との共存
共栄を可能とする最良の手段である。」(4)(5)
おわりに
産業革命と近代化を我がものとし、自然の制
約から解放され、無限の成長を実現してきたか
に見えた日本にとって、3.11 震災でいったい何
が問われたのであろうか。それは、成長し発展する楽観的認識を基盤とする現代文明の考
え方、さらなる豊かさや便利さだけを追い求めていく近代的世界観への問い直しであり、
「持続可能な社会」という 21 世紀社会に求められている課題の問いかけである。近代化に
邁進してきた日本社会がはらむ諸矛盾が 3.11 を契機に問われており、大きな反省が迫られ
ている点にこそ、私たちは目を向ける必要がある。とくに東北地域は少子高齢化や過疎化、
経済的停滞にあえぐ日本の地域社会の縮図といってもよく、その再生・再建の行方は日本
国内にとどまらず世界が注目している。
日本は、西欧社会が数世紀かけて成し遂げた文明的発展を、明治以降で百年あまり、戦
後でも半世紀ほどで成しとげた輝かしい側面と、その反面で、核兵器(原水爆)の悲劇、
深刻な公害問題、そして今回の福島第一原発の事故という近代システムの矛盾ないし暗部
重茂味まつり
重茂漁協建物と西館氏の銅像

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を抱え込んできた国である。日本という存在は、近現代の光と影を内在させて走りぬけて
きた現代世界の「縮図」のような国であり、まさに社会的な実験台としてとらえるべき姿
として観ることができる。日本、世界をめぐる時代状況は、まさしく転換期にある。3.11
を経た日本社会は、今後どのような展開をとげていくのだろうか。多くの課題が積み残さ
れたままに推移しているが、今こそ諸課題に真摯に向きあうことが求められている。
(報告書1の文章を加筆のうえ再掲)
(注)
(1)濱田武士『漁業と震災』みすず書房、2013 年。
(2)ナオミ・クライン 『ショック・ドクトリン――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(上、下) 幾島 幸
子・村上 由見子 訳、岩波書店、2012 年。
(3)十三浜の支援をしている特定非営利活動法人パルシック(PARCIC) 石巻北上事務所
(4)丸山茂樹「岩手県宮古市・重茂漁協の復興への取り組みと特徴」JA 総研『にじ』2011 年冬号。
古川美穂「協同ですすめる復旧復興─なぜ重茂漁協が注目されるのか」、『世界』、2012 年 11 月号、岩波
書店。

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3-3 沖縄 嘉陽海岸・泡瀬干潟などでの公共事業
<沖縄フィールドワーク報告>
日程 2013 年 10 月 24 日~27 日
参加者 JWCS 愛知ターゲット 3 委員(古沢広祐、高橋雄一、鈴木希理恵)日本自然保護
協会 安部真理子
行程
10 月 24 日(木)那覇市着
10 月 25 日(金)
10:00-12:00 沖縄県庁にて嘉陽海岸事業についてヒアリング
海岸防災課:外間海岸班長、安里主任/北部土木事務所:天久班長、又吉氏、喜友名氏
10 月 26 日(土)
午前 嘉陽海岸視察
午後 沖縄市に移動 泡瀬干潟視察
博物館カフェ「ウミエラ館」にて泡瀬干潟を守る連絡会前川盛治氏よりヒアリング
10 月 27 日(日)
午前 浦添海岸臨港道路建設地および那覇空港滑走路増設予定地視察
午後 琉球大学「島と海」のシンポジウム(主催:国際沖縄研究所)に参加
嘉陽海岸高潮対策事業 住民参加型エコ・コースト事業を目指して
安部真理子
日本自然保護協会が海草藻場モニタリング調査「ジャングサウォッチ」を行ってきた嘉
陽海岸は、沖縄島東海岸に位置する。日本のジュゴンは近年では沖縄島北部にのみ生息が
確認されており、生息数は 3 頭であるとされている(沖縄防衛局、2009)が、嘉陽はこの
絶滅危惧種であるジュゴンが最も頻繁にえさ場として利用する場所である(沖縄防衛局、
2012)。イノー(サンゴ礁の浅瀬)を抱くように弧を描く砂浜は、ニライカナイの神々が降
り立つとされる地先の小島・キョウをはじめ、沖縄でももう数少なくなった自然海岸の1
つである。
2007 年の大型台風のときに、これまでになかった高潮被害を受けたことがきっかけとな
り、地元の要望を受け、沖縄県は海岸保全施設の整備計画を計画した。2009 年度には「嘉
陽海岸住民参加型エコ・コースト推進協議会」が事業者である沖縄県北部土木事務所によ
り組織され、事業が開始された。当初は 2010 年度内に着工し、防災対策として護岸を作る
ことが決められていた。当初は海の中に手を入れる離岸堤などの工法も検討されていた。
しかしながら「住民参加型」を謳いながら嘉陽住民のエコ・コースト協議会への参加は区
長など 3 名のみに限られ、その内容は区民には全く知らされていなかった。また協議会に
はジュゴンの専門家や海草の専門家、防災や海岸工学の専門家も入っていない、不十分な
ものであった。
日本自然保護協会と、名護を拠点に持つ北限のジュゴンを見守る調査チーム・ザン(以

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下、「チーム・ザン」)は、事業者との話し合いを重ね、住民説明会への市民への傍聴を許
可することや資料の公開、嘉陽住民との合意形成などの実施を求めてきた。例えば、高波、
越波や飛砂の原因の究明を十分にすべき、過去の台風被害により機能が大幅に劣化してい
る海岸植生や保安林の機能を向上させること、幅広い住民意見の反映と公開性を確保する
こと、環境調査・予測評価を徹底することなどを要望した。また協議会にはウミガメと甲
殻類の専門家しか含まれていなかったが、ジュゴン、海草藻場、サンゴ礁生態系や海岸工
学などの分野の専門家の意見の導入も必要であることを指摘してきた。その一方で、地元
のチーム・ザンが中心となり嘉陽住民との個別の話し合いなども進めてきた。
これらの活動の結果として着工が延期され、計画の見直しが行われ、2012 年 3 月に初め
ての住民に状況を説明するための住民説明会が事業者により行われた。住民のなかにはこ
の計画について初めて聞いた人もいたが、その後、事業者が住民一人一人に個別にアンケ
ートを取るなどの住民の声を聞く措置が取られた。
その後、沖縄テレビの河川環境シリーズの中で、海岸工学の専門家である琉球大学の仲
座栄三教授にインタビューがなされ、教授が「セットバック方式」(護岸を前方=浜側に出
すのではなく、後方=保安林側にバックさせて作る)を提案した。しかし事業者は、セッ
トバック方式の「将来的な」方向性を評価しつつも、現時点では法的・地理的条件から実
現困難であり、一刻も早い工事が必要であるというスタンスを変えなかった。
その後、名護市の博物館で仲座教授を招いた講座「海岸防災と環境保全」(チーム・ザン
主催)が行われた。講演のなかで、仲座教授は日本・沖縄の沿岸生態系を壊してきた人工
化の歴史を概観し、「コンクリートに優しい」日本と、海岸には構造物を作らないセットバ
ックレギュレーションを持つハワイを比較しつつ、「戦後 60 年間、沖縄の沿岸の工事には
日本(本土)の工法が導入されてきたが、沖縄の自然環境にあった工法が必要である」と
述べられた。事業者の嘉陽護岸担当者は請負業者(設計・測量)、名護市の環境政策課、旧
嘉陽小学校跡地を利用する「沖縄美ら島財団」の担当者ほか、多くの市民が参加して活発
な議論が行われた。この議論を受けて、仲座教授から事業者に嘉陽におけるセットバック
護岸の具体的な方法の提案もあった。
これらの流れを受け、嘉陽の海岸保全区域が拡大されることになった。海岸保全区域と
は海岸法に基づき県が指定する保全区域を指す。エコ・コースト事業はこの範囲の中でし
か実施できないという制約がある。そのため、今回建設が予定されている護岸も、海岸保
全区域外に位置する農林水産部の管轄の海岸林の区域は対象外となっていたが、今回の改
訂で、海岸保全区域が拡大されたため、護岸の位置を後方に引くことが出来た。海岸林を
含め海岸の持つ機能を最大限に利用できる形となった。
このような事業者の努力があり、人が住む集落前の護岸は、従来検討されていた案に少
し改訂を加え、陸側に位置を寄せ、2013 年の 7 月に完成した。そして計画されていた範囲
の残り 3 分の 1 ほどに相当する旧嘉陽小学校前に関しては、仲座教授の提案を取り入れ、
県内初のセットバック方式の導入に踏み切ることになった。
また護岸の資材としては白色の琉球石灰岩を使用し、沖縄の城壁を作る技術を応用し、
周囲の景観になじむよう工夫がなされた。城壁を作る技術を持つ石工がいる沖縄ならでは
の工法である。また資材のつなぎにはコンクリートを使わず環境に負荷の少ないポーラス

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コンクリートが導入された。また護岸の幅も当初予定の護岸よりも直立に近い形となり、
砂浜を可能な限り残せるように改良されていた。残る工事が完了するのは 2014 年度末とな
る。
今後、事後調査の費用が出せるかどうかが大きな問題になる。本事業「嘉陽海岸高潮対
策事業」は「住民参加型エコ・コースト協議会」を設置するなど、最初から国土交通省の
住民参加型エコ・コースト事業に申請することを視野に入れて開始された。要件が揃った
ので国交省に申請中である。申請が下りれば、通常は1年間で終わる事後調査を、モデル
事業という位置づけのもと、複数年にわたり行うことが出来る。
この事業は、行政、NGO、住民、研究者が可能な限り協働し、防災と自然環境保護を両
立できる方法をともに探ってきた。住民参加型エコ・コースト事業とは地域住民、有識者、
NPO、地元自治体等の意見の聴取を行いながら進める海岸整備事業であるが、第一歩とし
ては良い事例となったと思う。費用と時間のかかる工事となったが、このように環境に与
える負荷が少ない護岸は沖縄及び日本で初めての事例であり、その価値があったと思われ
る。沖縄県で行われる公共事業は補助率が高いため、規模が大きくなりがちである。しか
し、今回のように海と陸との連続性(エコトーン:移行帯)を残し、環境に負荷を与えな
いような形に出来るのであれば補助金が有効に活用されたと言えるのではないかと思われ
る。また今回の沖縄県の姿勢には土木事務所の姿勢には、戦後 60 年間続いてきた全国一律
の工事を断ち切り、沖縄らしい工法の導入に踏み込んだ沖縄県の決意が見られる。今後、
日本の他の地域での導入を望む。
図1:嘉陽の位置

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図2:嘉陽海岸沖のキョウ
の写真
図3:ジュゴンが見える丘
からの写真。周囲の景観と
調和している様子が見られ
る。
図4:石工さんによる丁寧な作業
図5 完成した護岸の様子

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泡瀬干潟埋立の問題点
安部真理子
沖縄県の東海岸に位置する沖縄市には、琉球列島に残された大きな規模の干潟である泡
瀬干潟が広がっている。サンゴ群集、海草藻場、泥場、砂場、砂州などの環境を有する生
物多様性豊かな場所である。ここには 1980 年代より沖縄市東部海浜開発構想が策定され、
1998 年にその構想が急速に進展した。この計画は沖縄市・沖縄県の要請により開始され、
国(沖縄総合事務局)と沖縄県が埋め立てを進めている。
国の目的は、隣接する具志川市(現・うるま市)の埋立地・新港地区の特別自由貿易地
域(FTZ)東埠頭の整備で発生する浚渫土砂の処分場の確保であった。
埋立面積は、1 期工事区域 96ha、2 期工事は 91ha の計 187ha である。面積は小さいが、
クビレミドロ、トカゲハゼなどの絶滅危惧ⅠA 類の生息地であり、沖縄島で 2 番目の規模
を誇る海草藻場が広がり、1998 年には「沖縄県の自然環境保全に関する指針」でもにおい
て評価ランクⅠ(厳正な保全を図る区域)、2001 年には「日本の重要湿地 500」に指定され
ている。これらの事実からも、この場所を埋め立てるにあたって、事業者が行った環境影
響評価はずさんなものであったことが伺える。
埋立地内には、被度 50%以上の大型海草藻場が約 25ha あり、事業者はこれに対する環境
保全措置を「移植で保全する」こととしていた。しかしながら機械移植実験も手植え移植
実験にも失敗し、移植された海草の多くが枯死した。しかも、移植された海草藻場は 1ha
であるが、残りの 24ha は被度が 50%以下になったことから「移植対象ではない」とし、移
植措置すら行わないまま工事を実施した。そもそも礁斜面以外の場所では海草やサンゴな
どの生き物を被度で計測することは誤りであり、総面積等であらわすべきであるというこ
とは、中城湾港泡瀬地区環境監視委員会の委員にも指摘されていたにも関わらず、その意
見は採用されなかった。総面積で見れば、移植するに値しないとされた 24ha に生えていた
海草がどれほど豊かなものか判断できたはずである。また絶滅危惧種の海藻クビレミドロ
については環境影響評価の段階では見落とされていた。指摘を受けて、保全策を「移植技
術で保全する」としたものの、当時もさることながら現在に至ってもクビレミドロの移植
技術が確立されていない。トカゲハゼについても、「人工干潟」を造成して保全するとして
いたものの、失敗に終わっている。
また、泡瀬干潟の埋立地には被度 50%を超える豊かなサンゴ群集が広がっていたが、こ
れも環境影響評価の段階では「被度 10%未満で保全対策ではない」とされていた。サンゴ
群集の規模や被度については事業者は認めなかったものの、約 1,000 平方メートルのサン
ゴ群集を確認し、事業者ではない民間 NPO と沖縄市がボランティアという立場で、存在し
ないはずのサンゴ群集を移植させた。また埋立地近くの約 30,000 立方メートルのサンゴ群
集(ヒメマツミドリイシ)についても、環境影響評価で見落とし、市民の指摘を受け、事
業者が確認したという経緯がある。
サンゴ類について最初に現在埋立地となってしまった場所に広がっていた豊かな群集を
発見したのは市民である。貝類の調査についても環境影響評価ではわずか 23 種の記載があ
るのみであったが、市民や研究者の観察により、360 種の生息が確認されている。着工後、

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沖縄県が公表した「レッドデータおきなわ」では、泡瀬干潟に生息する絶滅危惧種は、貝
類 65 種、鳥類 22 種、甲殻類 18 種、魚類 9 種、海藻草類 13 種、その他 1 種の計 128 種で
ある。また同じく着工後に、約 10 種類の新種の生物が確認されている。
事業者が行った環境影響評価自体に問題があり、また環境保全措置についても見通しが
甘すぎたため、有効な保全対策は取られないままに多くの生き物を失ってしまった。
2005 年 5 月には県内外に住む約 600 人の原告により泡瀬干潟「自然の権利」訴訟を沖縄
県と沖縄市を相手に行われた。2008 年 11 月に那覇地方裁判所(福岡高等裁判所那覇支部)
は沖縄県・沖縄市に対して本埋立事業に対し、経済的合理性が認められないとして、公金
支出差し止めの判決を下した。民主党が「コンクリートから人へ」という公約を掲げ、泡
瀬干潟に関し、前原誠司・国土交通大臣(当時)が「1区中断、2 区中止」を表明し、一時
的に工事は中止されていたため、私たちも工事はもう停止されたものと思っていた。それ
が一転したのは 2010 年 7 月 30 日のことである。沖縄市は埋立面積を約 1/2 に縮小した新
計画を発表し、それを数日後にあたる 8 月 3 日に前原誠司・沖縄担当兼国交大臣(当時)
が即刻承認した。
判決では「新たな土地利用計画に経済的合理性があるか否かについては、従前の土地利
用計画に対して加えられた批判を踏まえて、相当程度に手堅い検証を必要とする」とされ
ていたが、沖縄市の新土地利用計画にも経済的合理性は無い。2011 年に再び住民の手によ
り第二次公金差止訴訟が起こされた。
至らない環境影響評価のため、予測できなかったことが、埋立地の外に位置する周囲の
環境にも多数起こっている。工事の影響は、直接の改変地である護岸にとどまらず、護岸
の周囲にも広く影響を及ぼした。地形が変化し、砂州が消失したため、今までアジサシや
ウミガメが産卵に使っていた場所が無くなった。豊かに広がっていた海草藻場も消失し、
サンゴ(ヒメマツミドリイシ)群集も劣化し、貝類の死滅も目立つようになった。これら
の環境変化に対し、事業者は「台風のせい」であるとしているが、工事の前は大きな台風
の上陸があってもこのような環境変化は生じていなかった。工事に起因すると考えるのが
普通であろう。
その後、工事は続いていたものの、2013 年 10 月になり第一次泡瀬干潟埋立公金支出差
止事件に係る弁護士報酬請求事件の判決が 10 月 1 日に言い渡され、泡瀬干潟を守るために
訴訟を起こしていた原告が勝訴した。この判決では、裁判所から沖縄県と沖縄市に支払い
をするようにと判決が出た。金額はそれぞれ 200 万円ずつと少額であったが、沖縄県と沖
縄市が非を認めたことは一歩前進である。
世界に誇る沖縄の宝というべき泡瀬の海を経済合理性のない開発計画のために埋めてし
まう。理不尽な公共事業が裁判に勝ってもなかなか廃止されない。このような開発事業の
ゆがみをただし、自然を守り活かした社会発展、産業振興に転換させたい。

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泡瀬干潟埋め立ての経緯
2000 環境影響評価、公有水面埋立承認
2001 海草移植実験
2002 海上工事着工
2003 市民団体や研究者が新種や絶滅危惧種
多数を発見し始める
2005
2006 浚渫工事着工
2008 護岸締切
2009 土砂投入開始
前原国土交通大臣 1区中断、2 区中止を
表明
2010 判決を受け、工事中断
沖縄市、埋立面積を約 1/2 に縮小した新
計画を発表(7/30)
前原元沖縄担当・国交大臣、新計画を承
2011 沖縄県・国、埋立変更許可・承認申請
(4/26)
沖縄県港湾課、埋立変更書類の告示・縦
覧 意見募集(5/17-6/6)
沖縄県港湾課、埋立変更承認(7/19)
第一次公金支出差止訴訟(自然の権利訴
訟)を提訴
那覇地裁による公金支出差止判決
福岡高裁那覇支部、公金支出差止判決
第 2 次公金支出差止訴訟(7/22)
図:泡瀬干潟の埋め立ての予定図。
第一区工事区域と第二区工事区域と
あるが、後者は残されることになった。
(泡瀬干潟を守る連絡会提供)
泡瀬干潟で遊ぶ子供たち
(撮影:小橋川共男)

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奨励措置からみた視察事業
1.補助事業の制度と自然への配慮の自由度
高橋雄一
県の担当者へのヒアリングによると、嘉陽海岸の高潮対策事業は、まだ国土交通省の補
助事業(注1)であるエコ・コースト事業にはなっていないものの、エコ・コースト事業
の要件に基づいて事業を行なっている。今後は、エコ・コースト事業として申請できるよ
うに調整を進めているということだった。
エコ・コースト事業と認められると、工区終了後も最長 3 年は国の補助事業を活用して
モニタリングをすることができる。認められない場合でも、工事期間中のモニタリングは
可能で、工区終了後に予算が残っていれば翌年に繰越し、繰越金のなかでモニタリングす
ることは可能ということだった。この事業でも、エコ・コースト事業として認められなか
った場合、県はこのような方法をとるように沖縄総合事務局と調整中という。
事業をおこなうにあたって使用する資金が、補助金から交付金へ替わったことで、以前
より県の裁量が拡大したという。また現場の自然環境に合った、よりよい工法を採用する
にはもっと人手が必要とのことである。
(注1)エコ・コースト事業(旧自然環境保全型海岸整備モデル)とは、国土交通省の補
助事業のひとつで良好な自然環境を積極的に保全、回復する必要の高い海岸において、津
波、高潮、侵食等の自然災害から海岸を防護することと併せ、必要に応じ住民等の参加を
得ながら、生態系や自然景観等周辺の自然環境に配慮した自然と共生する海岸を整備し、
海岸愛護の精神の啓発に資することを目的としている。
エコ・コースト事業は、①一般型エコ・コースト事業、②住民参加型エコ・コースト事業、
③既存施設改良型エコ・コースト事業に分けられている。
嘉陽海岸は②で事業を行なう予定と思われる。②で実施する場合は、住民参加型エコ・
コースト推進協議会を設置し、推進計画を策定する。推進計画には、海岸管理方針、施設
整備計画、モニタリング計画(原則パイロット工区における事業完了後 3 年を限度)を盛
り込む必要がある。
(注2) 沖縄県の場合、平成 24 年度に「沖縄振興一括交付金」が創設された。沖縄一括交付
金は、沖縄振興に資する事業を県が自主的な選択に基づいて実施できる交付金である。沖
縄一括交付金は、沖縄振興特別推進交付金(経常事業を対象)と沖縄振興公共投資交付金
(投資事業を対象)の 2 つに分けられる。
補助金は要件が特定された資金であるのに対し、交付金は受け取る側で弾力的に使途を
変えられる資金である。
沖縄県庁ホームページ 新たな沖縄振興予算の姿 平成 24 年度(2012)~

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2.「自然」と「地域」から奨励措置を考える
鈴木希理恵
奨励措置(補助金等公的資金のほか、環境税・環境課金、市場創出、規制、環境基金な
ど)を生物多様性保全に向けて改革するときの重要な点は以下の 2 点ではないだろうか。
① 自然:生態系に考慮した科学的知見を事業に取り入れる
② 地域:生物多様性保全と持続可能な地域の生活の両立
これらを実現する手段として、モニタリングと順応的管理および住民の合意形成が重要
と考える。
この観点から視察した事業をみてみると、嘉陽海岸高潮対策事業は先述のように科学的
知見を工事に採用し、住民参加の場を設けて地域の合意のもと行われた好事例といえる。
一方泡瀬干潟の埋め立ては、環境アセスメントの誤りが市民団体から指摘され、また海
草藻場の移植に失敗しており、まず上記の①の点で問題がある。次に第一次泡瀬干潟埋立
公金支出差止事件で那覇地方裁判所は経済的合理性が認められないとの判決を下している。
したがって②の持続可能な地域の生活の面でも問題がある事業と言える。
公金差止事件の裁判にあたり埋め立て事業の予算と事業計画など関連資料が公開され、
埋め立てによって失われる自然とともに、埋め立て地に計画されているリゾート施設の採
算性や、工事の多くは本土のゼネコンが落札していることなど地域振興の観点からも、公
的資金による問題点が明らかになっている事例である。
また沖縄県の公共事業の多くは軍事問題と関係している。視察した浦添市西海岸は渋滞
緩和の臨港道路が建設中だった。牧港補給地区(米海兵隊キャンプキンザー)の返還後の
都市計画の一環である(浦添市 HP)。また埋め立てによる那覇空港の拡張は、発着回数年
間 13.5 万回の処理容量を 18.5 万回にする計画であるが、那覇空港は民間航空機だけでなく
自衛隊機も使用している。
最近では、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設にあたり、安倍晋三首相は閣議で政
府の沖縄振興予算として、2021 年度まで毎年 3000 億円台を確保するよう指示した(2013
年 12 月 24 日朝日新聞デジタル)。
住民の合意形成には多大な努力が必要とされるが、沖縄県では基地問題が事態を一層難し
くしている。
(注)
「泡瀬干潟を守る連絡会」ホームページ 泡瀬干潟裁判の経緯
「泡瀬干潟を守る連絡会」ホームページ 第一次公金差止訴訟 埋め立てに関する予算
「泡瀬干潟を守る連絡会」ホームページ 第二次公金差止訴訟 提出書面等
内閣府沖縄担当部局の予算
浦添市ホームページ 「那覇港浦添ふ頭地区公有水面埋立工事が完成」
国交省 平成 25 年度航空局関係予算決定概要 P7

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4.今後の展望
自然共生社会を実現するために ~里山・里海ルネッサンスをめざして~
古沢広祐
1.はじめに:日本と世界の動向
本プロジェクトのテーマは、生物多様性に関わる奨励措置や補助金のあり方(愛知ター
ゲット3)について、現状分析と課題提示をおこなうものであるが、ここではより広い視
野から今後の展望に関して、シナリオ分析と政策展開をもとに論じることにしたい。
日本そして世界をめぐる時代状況は、まさしく転換期にあると思われる。とりわけ日本
社会は世界に先駆けて大きな転機にさしかかっているかにみえる。それを象徴した出来事
は 2011 年 3 月 11 日の東日本大震災と原発事故の深刻な事態であった。それは、従来の発
展の在り方を根本的に問い直す出来事だった。自然の制約から解放され、無限の成長を夢
見ていっそうの豊かさを実現していく近代的世界観が、大きく揺すぶられたのである。ま
さに、成長し発展する楽観的認識を基盤とする現代文明、科学技術と市場経済的な発展の
土台を揺さぶる激震といってもよい出来事だったといってよかろう。
日本は、西欧社会が数世紀かけて成し遂げた発展を、明治以降で百年あまり、戦後でも
半世紀ほどで成し遂げた輝かしい側面と、その反面で、核兵器の悲劇(ヒロシマ、ナガサ
キ)、深刻な公害問題(ミナマタ)、そして今回のフクシマ原発の事故という近代システム
の矛盾ないし暗部を抱え込んできた国である。日本という存在は、近現代をまさしく鮮烈
な光と影を内在して走りぬけてきた現代世界の「縮図」のような国であり、まさに社会的
な実験台としてとらえるべき姿と観ることができる。「ミナマタ」など公害先進国の名前を
世界にとどろかせる一方で、気候変動条約における「京都議定書」(1997 年)や、生物多様
性条約における「名古屋議定書」「愛知ターゲット」(2010 年)というような地球環境問題
へ具体的な対応を定めた取り組みに、日本の固有名詞を冠する動きをみせてきた。日本が
世界へ貢献する基本方針としては、今後の世界の枠組み作りへ貢献するための指針である
「21 世紀環境立国戦略」が、2007 年に閣議決定されている。日本の現状と今後の動向につ
いては、世界史的な文脈において見ていくことがきわめて重要だと思われる。
世界に目を転じると、1992 年の地球サミット(国連環境開発会議)において人類は2つ
の国際環境条約(気候変動枠組み条約、生物多様性条約)を成立させたが、これらは現代
文明の大転換をリードすべく生み出された双子の条約と位置づけられる。従来の文明の発
展様式は、化石燃料(非再生資源)の大量消費に依拠していたが、この“化石燃料依存文
明”(非循環的な使い捨て社会)は、気候変動枠組み条約によって終止符ないし転換を迫ら
れている。他方の生物多様性条約は、人類だけが繁栄して他を排除する一人勝ち的状況の
脆さに警告を発し、生命循環と多様性に基づいた“生命重視の文明”の再構築(永続的な
再生産に基づく社会)をリードすべく生まれたととらえるべきものである。現実の生物多
様性条約の中身は、不十分きわまりないものだが、そこに隠れている潜在的な可能性にこ
そ目を向けていく必要がある。

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文明史的転換の文脈で、この2つの条約のもつ潜在的可能性と歴史的な意義を明らかに
していくことは、現在進行中の条約の中身(内実)と今後の動向を検討するうえで欠かせ
ない視点である。とくに後者の生命重視の文明の新たな胎動という視点は、これまで遅れ
た古い産業と見られがちであった農業や第一次産業の可能性について、再評価、再認識す
る契機を与えうるものといえるだろう。
2010 年名古屋で開催された生物多様性会議(COP10)において、日本から「里山(Satoyama)
イニシアティブ」が提起された。原生的自然の保全とともに人の手が加わった二次的自然
や農山漁村の維持について、生物多様性条約は新たな地平を切り開く可能性を秘めている。
自然を人間と切り離してとらえがちな従来の自然観に対して、「里山」に象徴される人間と
自然が折り合いつつ安定的な関係を形成してきた領域の保全は、人口稠密なアジア的風土
においてはとくに重要性をもつ。地域が衰退し、伝統的文化や生活が失われかけているな
かで、里山の存在意義と復権、そこに育まれてきた在来種や小農民たちの営みこそが、生
物多様性をも育てていたことの再認識の意味は大きい。その延長線上には、生物多様性と
文化的多様性との緊密な関係性というさらなる課題が連なっている。このような視点に立
つならば、“遅れたものが最先端に躍り出る”という、生物多様性条約に内在するもう一つ
の可能性について文明転換的な方向性が示唆されてくると思われる。
以下では、まず全体的展望をとらえる視点からみていこう。
2.社会形成の4類型からの展望
理想的な世界をすぐには展望しにくい状況にあることから、大きな動向として社会形成
の根幹部分の基本類型をみていくことは、未来を展望する上で意味があると思われる。さ
まざまな立場についての類型化としては、T.オリョーダンの4つの類型、技術楽観主義、
調和型開発主義、エコロジー地域主義、自然中心主義の整理が参考になる。4つの立場に
ついて簡潔に整理し、以下に示す。
(A)技術楽観主義
人間の能力と技術進歩は無限とし、自由主義経済を信奉し、環境問題も市場メカニズム
に委ねて解決しうるとする。成長こそが善であり、経済的成長が達成されることで技術の
発展や汚染の克服も可能になるといった一種の功利主義的な考え方で、「先ずは開発を、し
かる後に保全を」といった主張がよくなされる。(現状維持的な保守派、国際的には米国な
どに比較的強くみられる技術・市場主義に傾斜した考え方)
(B)環境調和型開発主義
適切な環境管理の下に開発と環境保全の両立を実現しようとする。社会的諸制度や環境
アセスメントなどの調整メカニズムを組み入れることで、保全と開発との調整が可能であ
ると考える。合理主義的な考え方を基礎に公平性も視野に入れてバランスをとる構造改革
的アプローチといってもよいだろう。(リベラル派や革新勢力とくに国際的には欧州諸国に
多く見受けられる考え方)
(C)エコロジー地域社会主義
現体制で主流となっている中央集権、巨大開発、大規模科学技術などを見直して、適正

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技術とローカル資源に基づく環境を破壊しない小規模開発や分散型社会への移行をめざす。
「スモール・イズ・ビューティフル」(シューマッハに代表される考え方)を基本に、地域
社会に主導権を移し、地域における共同や協力と民主的な政治参加によって、生態系との
調和をはかりながら人々の自立的な暮らしと地域社会が実現できるとする。(環境重視、一
般的にエコロジストと呼ばれる人々の考え方)
(D)ガイア・自然中心主義
自然の超越した法則性や人為を超えた力の存在を重要視する。人間の生活をできるだけ
自然に即したものに組み変えていく方向性を大切にする。自然生態系の保全や永続可能性
の原則を絶対視して、これをあらゆる人間活動や社会の軌範とすることをめざそうとする。
(ラディカルな環境主義、宗教的な立場、ディープ・エコロジストなどと呼ばれる人々の
考え方)
私たちの周辺を見渡すと、将来ビジョンに関してはこのような類型にだいたい収まるの
ではなかろうか。楽観的な(A)の立場、はこれまで大きな力を持ってきたが、問題の深
刻さが明らかになり危機が進行するにつれ弱まる傾向もみせはじめている。その一方では、
悲観論を克服すべく強気の論調は繰り返し現れて一定の勢力を保持し続けているかにみえ
る。(D)については、一定の注目はあつめても少数派にとどまっていると思われる。これ
までの動向をみるかぎり、(A)、(B)、(C)との綱引きという事態が起きていると考えら
れる。かつて、1970 年代から環境問題の深刻化が認識された時点においては、(A)+(B)
に対抗して、エコロジー重視の(C)による攻めぎあいが顕在化した。その後の経緯をみ
ると、1970 年代の石油ショックや低成長経済下のなかで、いっそうの技術開発や経済発展
が優先されて、全体的には(C)の地域エコロジー主義は十分な力を発揮しないままに推
移してきたように思われる。
21 世紀初頭の今日においても 70 年代以降と似たような状況が起きつつあり、経済成長を
頼みに景気をいかに盛り返すか(成長戦略)が日本を含め国際的にも最優先課題になって
きている。歴史は繰り返されるというが、楽観と悲観の間を交互に振れ動きながら事態が
推移していく動きをたどっているかにみえる。昨今の時代状況をみるかぎりでは、経済的
な不況などによる社会不安や政治的混乱が複合的に重なり合いながら、気候変動交渉や生
物多様性保全などにおいて強力な規制政策を十分にとることができずに、深刻な事態を到
来させることが懸念される。
とはいうものの、環境規制の強化や国際環境条約の成立など、将来的予想としては紆余
曲折をへつつも、(C)を考慮しながら基本的には(B)の改良型の立場が主流となってい
く動きをみせていくのではないかと考えられる。実際には環境重視か経済重視か、かなり
苦しい攻めぎあいもあって、対策が後手に回る恐れも心配されるが、環境(CO2)税など
といった租税システムや課徴金制度、各種優遇制度や補助金制度、排出量取引制度、直接
規制、等などの誘導的な施策が重要性を増していくプロセスをとる可能性が大きいのでは
なかろうか。
3.4つの社会ビジョンからの展望

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以上のような4つの立場から見る視点に対して、世界動向をより具体的に「技術志向⇔
自然志向」「グローバル志向⇔ローカル志向」といった座標軸を設定して、将来の社会ビジ
ョンを提示する試みがある。こうした社会ビジョンの想定としては、生物多様性条約の第
10 回名古屋会議(COP10)に向けて出された「日本の里山・里海評価」レポートにおいて、
わかりやすい概念図解が示されているので、以下見ていきたい。
座標軸としては、縦軸(上下)にグローバル化とローカル化が配置され、横軸(左右)
に技術・自然改変と適応・自然共生が配置されている。その内容をみると、経済発展と環
境規制という単純な対抗関係というよりは、社会の在り方ないし世界の組み立て方におけ
るビジョンの差異として、より具体的に描かれているように見てとれる。その点で、内容
的には社会イメージがよりつかみやすいと思われる(図 1)。
(図 1)
(図の出所、「日本の里山・里海評価」概要版)
http://isp.unu.edu/jp/publications/.../16853108_JSSA_SDM_Japanese.pdf
シナリオについて、具体的な内容の一部を抜粋して紹介しておこう。
--------------------------------------------------------------------------------
(グローバル・テクノトピア)
貿易と経済の自由化の進展と同時に、国際的な人口・労働力の移動が活発化する。中央
集権的政府により技術立国が標榜され、国際協調を促進する政策が展開される。しかし、
教育、社会保障、環境への社会・政治的な関心は低下する。食料生産、公共事業、生態系

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管理において、生態系サービスを効率的に利用するための技術開発が志向される。
(地球環境市民社会)
このシナリオでは、人口や労働力の国際的な移動がさかんになり、貿易の自由化とグリ
ーン経済の発展に焦点があてられる。中央集権的な統治体制のもと、教育、社会保障、環
境に対する投資や政治的関心が高まる。農林水産業、公共事業、生態系管理の分野では、
食料生産や里山・里海の管理において、低投入型の環境保全型農業、自然再生技術、多様
な関係者の参加による順応的管理など、環境に配慮した技術の利用が志向される。
(地域自立型技術社会)
このシナリオでは、全国的な人口減少が進む中、地方から都市への人口移動が進む。貿
易と経済では、食料や物資の自給率を高めるため、特にそうした観点から重視すべき産業
について、保護貿易が適用される。伝統的知識よりも、科学技術に高い信頼がおかれる社
会となる。地方への権限委譲が進むが、地域コミュニティの人間関係は希薄化する。農林
水産業や公共事業、生態系管理においては、食料や水などの生態系サービスの効率的利用
を促進する技術開発が志向される。
(里山・里海ルネッサンス)
この 4 つ目のシナリオでは、これまでの大都市化への人口集中が見直され、地方への人
口回帰が進むと同時に、地方への権限委譲と全国的な人口減少が進展する。貿易や経済で
は保護主義の志向が強く、特に食料や物資の自給率を高めるうえで重要な産業についてそ
の傾向が強い一方、グリーン経済の考え方も受け入れられる。また、農林水産業や公共事
業、生態系管理においては、低投入型の環境保全型経営、自然再生技術、多様な関係者の
参加による順応的管理といった、環境配慮型の食料生産や生態系管理のための技術開発が
志向される。
(以上、「里山・里海の生態系と人間の福利」日本の里山・里海評価 2010 概要版より引用)
これら4つの社会ビジョン(シナリオ)について、現実世界に当てはめてみると、たと
えばグローバル・テクノトピアに重なる国としては、シンガポールなどがイメージされる
のではなかろうか。地球環境市民社会では、米国などがある程度想定され、地域自立型技
術社会や里山・里海ルネッサンスとしては、部分的に欧州諸国や日本社会のある部分が重
なりそうである。しかし、社会の具現化というよりは、現実世界が内包している諸要素を
傾向的に図式化したものとしてとらえるべきであろう。
実際には、引用したこのレポートに明記されているとおり、各シナリオが個別に展開す
るというよりは複合的かつ重層的な動きとして進行していくものと考えられる。社会形成
の方向性を促すベクトル(突き動かす力)によって、その内容は大きく異なっていくこと
が示されており、具体的な社会ビジョンとしてイメージできる点ではたいへん興味深い提
示である。
現在、私たちはいろいろな意味で時代の過渡期に位置しており、不安定な時代状況のな
かで非常に難しい舵取を迫られている。経済問題、政治問題はもとより環境問題だけを取
りあげても、国際レベルでも国内レベルでも大小さまざまな綱引きが演じられている。ど
ちらにどう転んで行くのか、多くの不透明さ、不安定さを内包している。前述の4つの立

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場が現実にどういった形で展開されて行くのか、あるいは、世界動向の方向性による4つ
のシナリオ提示をどう受けとめるべきか、社会選択を定めていく上での手がかりを私たち
に与えていると思われる。
4.変革をうながす対策と政策手法の展開
つぎに政策手法という観点から、社会の転換について論じることにしたい。社会の構造
転換は、近年では政策的な介入(規制)や各種誘導策と深く関連して進行していくからで
ある。
政策手法という観点からみていく場合、大きく4つのカテゴリーに類型化するとわかり
やすい(表1)。すなわち、① 技術的解決、② 法規制的手法(強制的な管理統制)、③ 経
済的手法(実利、インセンティブによる誘導)、④ 社会・文化による内部化(慣習、倫理、
教育、ライフスタイル、等)である。
表1
① 技術的解決
公害防止・環境保全技術、自然調和的な工法、有機農業、環境保全
型農林漁業、自然共生的な都市・農山村づくり、等
② 法規制的(統
制)手法
環境規制(禁止・罰則・制限)、許認可・利用規制、等
③ 経済的(インセ
ンティブ)手法
課徴金、助成金、環境税・財政改革、排出権(市場)取引、エコラ
ベル、等
④ 社会・文化によ
る内部化
倫理、社会規範、教育、慣習、生活文化、ライフスタイル、市民意
識の高まり等
比較的わかりやすく受け入れやすいのが①の技術的解決である。ただし、それが単独で
自然に展開するわけではなく、②の法制度的な枠組みや、③の経済的手法の活用をどう取
り入れるかが重要である。②と③が相互に関係し合って、制度枠組みが形成されてはじめ
て①が実効性あるものになるのである。具体的な例としては、経済発展が公害問題を激化
させない仕組みが、上記の相互作用のなかで達成されてきたことなどをあげることができ
る。
自然共生社会の実現に向けては、環境調和を志向する技術的な対応と市場の改革が連鎖
的に進行していくような制度設計をどう作り出すかが大きな役割を果たすと思われる。そ
のためには、それを支持する市民社会の形成と市民意識の高まり(④)が不可欠であり、
なかでも知識の普及や教育の充実による社会認識の広がり、一人一人が主体的に環境保全
と自然共生を規範とする生活様式を確立し、政治的意識を形成していくことが重要なので
ある。
現状をみるかぎりでは、環境影響に関しては汚染物質規制や温室効果ガスなど、直接的
に人間生活に悪影響をもたらすような指標提示や認識・評価についてはかなり普及してい
る。しかし、生態系への影響や生物多様性と生物種の絶滅に対する認識や評価などに関し

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ては、認識の高まりはまだ低く情報の共有については多くの課題が残されている。生物多
様性の価値をどこまで数量的に評価できるのか、そもそも経済的に貨幣換算すべき否かな
ど、議論すべき課題は多い。環境コストの内部化ないし経済指標化の実際の動きとしては、
いわゆる貨幣評価法としては、直接法(仮想的状況評価法:CVM、等)、間接法(ヘドニッ
ク法、トラベルコスト法、等)、代替法(取り替え原価法)等が、例えば自然環境の価値や
農業・森林の価値評価として適用されている。だが、評価する人々の情報(知識)の制約
があるし、政策決定の参考資料としてどこまで社会的に受容するかは、まだ開発途上段階
にあるといってよかろう。
全体として見た場合、自然共生社会の形成に関して、各種制度的な枠組みが十分に形成
されていないのが実情である。とくにグローバル化した市場経済の拡大圧力は、自由貿易
(WTO:世界貿易機関)体制下でいっそうの規制緩和を求めており、多少とも規制が伴うよ
うな動きは保護主義の台頭として強く警戒される傾向にある。しかし、環境社会配慮に基
づく税・財政改革(環境税、規制・優遇策の充実)や、環境関連の規制枠組みと評価指標
などがきちんと市場システムに組み込まれない限り、自然共生社会の形成は進まないのが
実体である。
その意味で、例えば国際的な条約による枠組みづくりや、地域の実情に応じた制度の形
成こそが重要な役割を果たすと考えられる。そして整合性という視点に立てば、個々人の
環境意識形成から個別事業活動、地域・自治体レベル、国家的な制度、国際的な枠組みづ
くりなど、相互的・多層的な統合的枠組みを形成することが今後の大きな課題である。そ
うしたことの積み上げが、従来型の発展の枠組みを転換させ自然共生社会を実現していく
ため第一歩となることだろう。

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Aichi Biodiversity Target 3
Ideas on Promotion Measures from Local Viewpoint
Japan Wildlife Conservation Society NPO
Research Report by JWCS Aichi Target 3 Committee
1. Governance and Policy
Example of Biodiversity Related Domestic and Foreign Environmental Taxes, Charges
and Incentives
Methods such as environmental taxes, charges and subsidies (incentives) have been
proposed for issues ranging from pollution to manmade climate change. Local
government is taking the lead in the biodiversity field, especially with introduction of a
forest ecotax. It is important to present arguments about a mix of policies other than
taxation (direct regulations, institutional changes, and offset systems).
Although manmade climate change taxes are a top-down approach, renewable energy
uses a bottom-up wholesale purchase system. Since subsidies are paid for infrastructure,
although such infrastructure may not be managed sometimes, a wholesale purchase
system produces income from power generation. In regions with declining population
where villages are the traditional foundation, income from the sale of electricity can be
invested in local revitalization. In the biodiversity field, there are some regions using
the profits from small-scale hydropower projects for forest maintenance.
Local Government Employees and Subsidies
A limited Internet survey was conducted on individual opinions of local government
employees.
With the current subsidy system, it was suggested that although work on assuring
biodiversity can be achieved using subsidies, it would be impossible for the subsidy
requirements to cope with regional diversity and different circumstances. Additionally,
there were many responses about issues concerning personnel training for
administrative officers and citizens' participation.
Is unification of regional biodiversity policies encouraged?
"The aquatic environment" was cited as an example of progress between agencies
responsible for the environment, agriculture, and rivers but on-site integration of
agricultural and environmental policies is described as inadequate. In addition, the
Sato-umi Creation (里海創生事業) Group of Shima City, Mie Prefecture, held a meeting
between the various main stakeholders using connections of the Sato-umi Promotion
Office (里海推進室) to promote basic local government establishment of "ecosystem

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management" and "integrated coastal management".
Chiba Fieldwork Report — Coastal Work and Resident Participation
Associate Professor Seino Satoko of Kyushu University explained that it is known
sandbars form where sand collects at the bottom of surfing locations and that beaches
with plovers are known to have bait, noting the importance of attracting the interest of
local residents who observe the sea from day-to-day. The person responsible for Chiba
Prefecture said since there are links between monitoring and consensus building,
consideration of the effect on fisheries and the ecosystem made powerful common sense
with the current positioning of the Seashore Act.
Shima and Toba Fieldwork Report — Initiative between Toba City Asari (Short-Necked
Clam) Study Group and Shima City
Shima City Sato-umi Creation (里海創生) Basic Plan (Shima City Coastal General
Management Plan) FY2012 ~ 2015
Tidal marshes at three city localities are being regenerated to increase marshlands but
there are difficulties with reclassification of old land that has been classified as fallow
land to "agricultural land".
Discarded oyster shells in Toba City have been processed and natural seeding of asari
short-necked clams is under way. Stocking of spat from other areas is attracting
attention due to fear of invasive alien species.
2. Examples of Work in Each Field
Incentives Related to Biodiversity Loss in Upland Agriculture
Upland agricultural village maintenance (agricultural land improvement), such as land
reclamation, irrigation and drainage, farm road maintenance, agricultural land disaster
prevention, etc., is performed using subsidies from national, prefectural, and local
governments. It could be said that organisms living and growing in paddy fields today
are more or less influenced by the subsidy "business". Villages like Yatsuda in Chiba
City, Chiba Prefecture, are maintained through receipt of measures such as the Chiba
Prefectural Village Regulations, Grants for Upland Regions, Grants for Agricultural
Environmental Conservation, etc., as promotion measures.
Subsidies for Problem of Invasive Species
Assistance was examined from the viewpoint of preventing invasive species in the field
of environmental conservation by non-governmental organizations such as NPOs. There
were found to be few assistance systems in fields other than for countermeasures to
invasive species. Among these, the most common was for tree planting. Invasive
herbaceous plants and bivalves are being used as water purifiers. There have been

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JWCS
cases of planting ornamentals to help promote local tourism and village economies, as
well as transport of saplings raised elsewhere to disaster stricken regions for use in
plantings as sea and tidal defenses.
Fishing Industry Subsidies
Effective subsidies for fishery management and studies to prevent overfishing require
active public disclosure of information about the resource recovery effectiveness as well
as accounting transparency in terms of cost effectiveness. In Japan, where the numbers
of fishermen and fish landings are in continuous decline, there are issues about whether
ineffective subsidies for infrastructure adjustment are promoting overfishing. Instead of
preventing overfishing by changing from expanding production to resource
management matching the trend to conserving biodiversity, which can be traced back to
postwar fishery management policies, it is important to rebuild the subsidy system
based on the concept of biodiversity, including organisms other than targeted fisheries,
as well as creating a society in harmony with nature.
3. Recovery and Development
Iwate and Miyagi Fieldwork Report
Two main trends seem to be occurring related to the Great East Japan Earthquake
recovery effort. In particular, with respect to how the fisheries of the Sanriku region of
the Tohoku coast can be revived, rather than pursuing rebuilding based on the
importance of local traditions, there seems to be a trend towards modern
commercialization and global development that ignores local community-based
traditions and relationships.
Okinawa Fieldwork Report
Scientific findings were adopted in the construction the high-tide countermeasures on
the shoreline of Kayou in Nago City, Okinawa, and sites were agreed with local
inhabitants. There is talk of a change from a subsidy to an Okinawa Promotional Lump
Sum Grant, increasing the prefectural influence. On the other hand, a local citizens'
group has pointed out a mistake in the environmental assessment of the landfill at the
Awase Tidelands and the failure in transplanting the seagrass beds. Moreover, the
Naha District Court has handed down a ruling that the economic rationale has not been
made for expenditure of public funds on Stage 1 of the Awase Tidelands landfill.
Nevertheless, work is pushing forward.

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執筆者一覧
はじめに, 3-2, 4 古沢広祐(国学院大学経済学部教授)
1-1 〔講演録〕諸富徹(京都大学大学院経済学研究科教授)
1-2 高山進(三重大学資源循環学科教授)
1-3, 1-4 志村智子(公益財団法人日本自然保護協会)
1-5, 2-2, 3-3 鈴木希理恵(NPO 法人野生生物保全論研究会理事)
2-1 北澤哲弥(江戸川大学非常勤講師)
2-3 佐藤方博(認定NPO法人生態工房事務局長)
3-1, 3-3 高橋雄一 ( 國學院大學大学院経済学研究科博士課程 / NPO 法人野生生物保全論研究会スタッフ)
3-3 安部真理子(公益財団法人日本自然保護協会)
この事業は IUCN 日本委員会による「にじゅうまるプロジェクト」に登録しています。
愛知ターゲット 3 の達成とグリーン経済への転換に向けて
生物多様性をまもり育むために
2014 年 3 月 26 日
発行者 NPO 法人野生生物保全論研究会(JWCS)
〒180-0022 東京都武蔵野市境 1-11-19 モウト APT102
HP http://www.jwcs.org E-mail info@jwcs.org 郵便振替 00160−9−715145
デザイン 土肥優子
翻訳 Robert Hancock
平成 25 年度独立行政法人環境再生保全機構地球環境基金の助成により作成しました