いわゆる土地国有化の理論的基礎(上)
いわゆる土地国有化の理論的基礎 (上)
一若干の整理と覚え書一
奥地正
目次
I はじめに
I 大土地所有と社会主義的土地国有化
(1) 国家による大土地所有の収奪
(2) 国有地における農業の経営形態
(3) 土地国有と地代範疇
IⅡ 農民的土地所有・経営と社会主義的土地国有化
(1) 土地国有化へのいま一つの道
(2) 農民的土地所有・経営から協同組合的土地所有・経営へ(以上,本号)
(3) 農業の集団化と地代範疇
V 資本主義的(ブルジョワ的)土地国有化について
V 現代日本における土地国有化問題の位相
V おわりに
I はじめに
1)
今日,住宅問題はわが国人口の半ば近くが居住する大都市圏を中心に,解決
されるべき重要な国民的課題の一つとなっているが,この住宅問題の根底には
住宅・交通手段・学校・公園などいわゆる生活基盤設備の用地とかかわって,
土地問題が横たわっている。そして,この土地問題は「かねてから,そして今
る,農業の基本問題であるばかりでなく,資本の権力の,政治と経済に関する
全体的支配の根幹にかかわる問題」であることは,今日多くの人びとが認める
ところであろう。
(1)
立命館経済学(第31巻・第1号)
土地問題はこうして日本社会の根幹にかかわり,複雑多岐にわたる問題を生
起させており、一例えば、一口に土地といっても,日本列島の脊梁部から臨海
部まで,森林原野から農地,住宅地,工業地,商業地,さらには湖沼,河川,
臨海地域等々まで多岐にわたっている一,その論議は当然,理論的なものか
ら現在の実態,さらには制度的な問題から諸々の種類・次元の政策論にもおよ
んでいるが,そうした中で一つの古くて新しい問題として,いわゆる土地国有
化・公有化の論議がある。
この土地国有化(以下,小稿では公有化をも代表させる) 論は戦後では,何より
もまず日本資本主義と農業変革の道すじにかかわる実践的論争として始められ
123)
たものであるが,その後「高度経済成長」期の“空白”を経て,ほ¥70年以降
では土地問題の論議が住宅問題など都市の土地問題へと大きく領域を移す中で,
諸々の種類・次元の政策論議において一つの底流をなしてきたかのようである。
そうした中で近年,例えば古川哲氏は,「現在,土地所有をめぐって提起さ
れている課題は,非農地の事実上の土地国有化への接近をつうじて,絶対地代
もしくは独占地代的なものの反映としての高地価を低下させ,崩壊に瀕した農
業における生産者的発展の展望を回復しつつ,いかにその生産と経営をより高
次の社会発展段階にスムーズに移行させてゆくのか……」にあるとして、「民
主革命の完成としての事実上の土地国有化」を主張している。そして,こうし
た論議が何も一部の経済学者だけのものでないことは,例えば司馬遼太郎氏の
土地「公有」論を見ても明らかであろう。
一方,土地の国有化に反対する論議も, もちろん少なくない。例えば法学者
の水本浩氏は,「土地の国有化は,別に違憲というには当らない」が,「政策
論の次元で言いますと,私は,「公有地拡大推進法案」のような部分的な公有
化には反対ではありませんが,全国土の国有化には反対です。まず,第一に,
国全体の私有地を買収する金がないでしょう。公債によると言いましても,後
の償還がたいへんです。第二に,役人をこれ以上つくって,国有地を管理させ
るのもたいへんです。」そして, 前掲の司馬遼太郎氏との対談では, 松下幸之
助氏の「公有化」反対論もほゞ同様の論拠によるものといってよい。
115)
(2)
いわゆる土地国有化の理論的基礎 (上)(奥地)
さて,土地国有化問題はこうして,今日の土地政策の具体的な次元とは未だ
大きな隔たりがあるとはいえ,現代日本の土地問題の底流をなすものとして見
え隠れしている問題であるが,その理論史はもちろん戦後の日本に始まるもの
ではない。土地公有論が歴史上にはじめて登場するのは18世紀後半のイギリス
においてであって、資本主義的農業の形成を背景としてW.オグイルヴィ, T.
スペンス, T.ペインが, ロックの自然法的土地所有思想を基盤として, 小ブ
ルジョワ的な土地公有論を主張した。 ついで19世紀後半には,産業革命後の産
業資本の展開を背景として, リカアドの差額地代論を基礎にしてJ.S.ミル,
さらにH.ジョージらが,ブルジョワ的な「土地国有」論を展開した。そして,
K. マルクスが 資本主義社会の根本的な批判の上に立って, プロレタリア的土
地国有論を展開したことは今日多くの人びとが知るところであろう。
小稿の課題は、マルクスをはじめとするマルクス主義経済学の土地国有化論
に関する基礎的な文献をあらためて整理しつつ,若干の考察を加えて問題の本
来的意義を明確にし,それらを通じて今日の日本資本主義の下における土地国
有化問題の歴史的位相を基本的に明らかにすることである。
1)例えば,拙論「経済政策の展開と住宅問題」(『経済』1981年8月号)。
2) 『土地問題百話』(農業制度問題研究会編, 1982年)3頁。
3) 上原信博「『土地国有論』と『二つの道』の論理」(山田盛太郎編『変革期にお
ける地代範疇』,1956年・所収)を参照。
4) 古川哲「現代日本の土地所有と地代の問題 民主革命の再開の問題として」
(『現代と思想』No.30, 1977年)218~19頁。
5) 『土地と日本人』(対談集・司馬遼太郎, 1980年)。
6)水本浩『土地問題と所有権 土地の私権は、どうあるべきか~』(1973年)
72~73頁。
7) 保志向「土地国・公有化論——資本主義下におけるその意味と問題性」(『ジュ
リスト』No.476, 特集・土地問題, 1971年),同『戦後日本資本主義と農業危機
の構造』(1975年) 第3篇第1章,および椎名重明編著 『土地公有の史的研究』
(1978年) 第I章などを参照。
(3)
立命館経済学 (第31巻・第1号)
IⅡ 大土地所有と社会主義的土地国有化
(1) 国家による大土地所有の収奪
マルクス,エンゲルスによる社会主義的(プロレタリア的)土地国有化論の基
本型は,近代的大土地所有と資本主義的農業の展開をみたイギリスにおいて,
プロレタリアートがその政治的支配をうちたてた後に実施すべき大土地所有の
「収奪」に始まるものであった。彼らは,まず「共産主義の原理」では,新政
権が実施すべき「諸方策のうちもっとも主要なもの」として12項目を掲げてい
るが,その中で土地国有化に関しては、次の1〕の4項目を掲げている。つ
いで「共産党宣言」では「もっとも進歩した国々では、次にあげる諸方策 (10項
目一筆者)がかなり全般的に適用できる」として, 土地国有化に関しては次の
[2] の2項目を掲げ,そして「土地労働連盟から大ブリテンとアイルランド
の男女労働者への呼びかけ」では,次の [3]に示す1項目(全9項目のうち)
と若干の説明を与えている。
[1] (2) 地主,工場主,鉄道所有者,船主の財産を,一部は国有産業の競争により,
一部は直接に政府紙幣での補償により,徐々に収用すること。
(3) 大多数の国民に敵対したすべての亡命者と反逆者との領地没収。
(4) 国有農場,国有工場,国有作業場において,労働を組織し,あるいはそこにプ
ロレタリアを雇用すること。....
(9) 国民の共同団体のための共同住宅として,国有地に大住宅をつくる。……
CF. エンゲルス「共産主義の原理」(1847年)より。
[2] 1. 土地所有を収奪し,地代を国家の経費にあてること。 3.相続権の廃止。
ーーーマルクス・エンゲルス「共産党宣言」(1847~48年)より。
[3] (1)土地の国有化。
……生活の源泉である土地が少数の私的個人の支配下におかれ,その気まぐれにまか
せられている状態を,合理的な社会は放置することができない。全人民によって選出
され,その受託者たる政府こそが,社会全体の利益のためにそれを管理できる唯一の
権力である。
いわゆる土地国有化の理論的基礎(上)(奥地)
――「土地労働連盟から大ブリテンとアイルランドの男女労働者への呼びかけ」
(1869年)より。
ここにみたような土地のプロレタリア的国有化は,近代的大土地所有制を展
開したイギリスに対してだけでなく,封建的大土地所有制がいまだ残存してい
たドイツに対しても同様に「適用できる」ものとされた基本方針であった。こ
のことは、マルクス・エンゲルスのドイツを対象とした次のような諸論述から
して明らかであろう。
[4] 6. これまで農民を苦しめてきた,あらゆる封建的負担,あらゆる貢租,賦役,
十分の一税等は,なんらの補償なしに廃止される。
7. 王侯領その他の封建的領地,すべての鉱山,炭坑等は,これを国家の財産とす
る。これらの領地では、農業は,大規模に,科学の最新の方法を用いて,全国民の利
益のために経営される。
―マルクス・エンゲルス 「ドイツにおける共産党の要求」(1848年)より。
〔5〕 (1)社会は,土地の私的所有を廃止して,集団的所有とする権利をもっている。
ー 「バーゼル国際労働者大会の決議」(1869年)より。
[6] いったいドイツには小農民所有と並んで大土地所有が存在していて,これが生
きのびている封建経済の基礎をなしているのではないのか?ただたんに現在の国家経
済を始末しようと思うだけでも,革命中にこの大土地所有を一掃しなければならない
のではないのか?そして,いったいそれは1789年の古びた方式 「フランスにおける
ブルジョア革命によって没収された所有地の細分化のこと」一筆者)でできること
なのか? そうはいかないのだ。……土地の国有化が出発点なのだ。」
~「マルクスからニンゲルスへ」の手紙 (1869年)より。
7〕 農村労働者が彼らのおそろしい貧困から救われることができるのは、なにより
も,彼らの主要な労働対象である土地そのものを大農民やさらに大きな封建領主の私
有からとりあげて,社会的所有に変え,農村労働者の協同組合が自分たちの共同の勘
定でそれを耕作するときである。ここでわれわれは,社会は土地所有を共同の国民的
所有に変えることを利益とする,というバーゼル国際労働者大会の有名な決議にたど
りつくのである。この決議は、大土地所有と,それに結びついて大農場経営とが存在
し,そしてそれらの大農場に1人の主人とたくさんの日雇とがいるような国々を,お
もに目あてとして書かれたものである。ところで,こういう状態はドイツではだいた
いにおいていまなお支配的であり,したがって,この決議は、イギリスとならんで,
まさにドイツにたいしてきわめて時宜を得たものであった。
―ェンゲルス『ドイツ農民戦争』第2版(1870年)への序文 (1870年)より。
(5)
立命館経済学(第31巻・第1号)
[8] 大土地所有の場合だけは、事態はまったく単純である。これは、あからさまな
資本主義的経営であって,そこではどんな遠慮も必要でない。……わが党が国家権力
をにぎるやいなや,党は大土地所有者をあっさり収奪しなければならないことは、工
業における工場主の場合とまったく同じである。……このようにして全社会に返還さ
れた大農場は、現在すでにそれを耕している農業労働者を協同組合に組織したうえ,
彼らに引き渡して,全社会の管理のもとで用益させなければならないだろう。
エンゲルス「フランスとドイツにおける農民問題」(1894年)より。
こうして「資本主義社会から生まれたばかりの 共産主義社会 の 第一段階」
(ゴータ綱領批判)では,資本家の諸々の生産手段と同様に,大土地所有は私的
所有から国家的所有に移されるのであるが,それはたんに近代的土地所有制が
確立されたイギリスにおいてだけではなく,封建的土地所有制がなお残存して
いたドイツにおいても、さらにはフランスなど他の諸国にあっても、大土地所
有と資本主義的(ないし半封建的)大経営であるかぎり適用されるべきものとし
て提起されていたといってよい。
(2) 国有地における農業の経営形態
土地の国有化は、「いっさいの生産用具を国家の手に,すなわち支配階級と
して組織されたプロレタリアートの手に集中」することが「生産様式全体を変
革するための手段として,避けることのできないものである」(共産党宣言)と
いう一般的必要性とともに,固有にはつぎのような「社会的必要」にもとづく
ものであった。
C9] 社会の経済的発展,人口の増加と集中,農業に集団的な組織的労働や機械や同
様の発明を応用する必要によって,土地の国有化が「社会的必要」となる………
われわれに必要なことは,生産が日々に増大していくことである。……われわれの
もっている科学的知識,われわれが支配している 機械その他のような農業技術手段
は,土地の一部を大規模に耕作しないかぎり、けっして有効に適用することはできな
い。 一方では住民の欲望がたえまなく増大していること,他方では農産物価格が
たえず高騰をつづけていることは、土地の国有化が「社会的必要」となったことを,
反駁の余地のないまでに証明している。
ーマルクス「土地の国有化について」(1872年)より。
10)
(6)
いわゆる土地国有化の理論的基礎(上)(奥地)
このように,社会の経済的発展は,一方では人口の増加と住民の欲望の増大
によって農産物需要を増大させ,また他方では農産物価格の高騰を通じて農業
における機械などの労働手段や組織的労働の導入を必要にし、大規模耕作を必
然化させ,かくして社会進歩と私的土地所有との矛盾を拡大し,土地国有化の
「社会的必要」を促進するのであるが,こうした農業における生産力発展の必
然性は当然,国有化された土地における農業の経営様式を規定することになる。
ここからして当然に,国有化された土地では一方で国有工場が営まれると全
く同様に国有(=国営) 農場が営まれ、一他方, 社会化された共同消費手段と
して例えば,国有地に大住宅が共同住宅として建設され,運営される(「共産主
義の原理」・前掲引用文[1]) ,そして「農業は、大規模に,科学の最新の方
法を用いて,全国民の利益のために経営される」(ドイツにおける共産党の要求」
・前掲引用文(43) ことになる。これが社会主義における農業経営の基本形態の
一つである国有・国営農場に関する原基的な規定であるといってよい。
ところで,国有地における社会主義的農業経営のいま一つの基本形態は,上
掲引用文からも明らかなように, “農村(農業)労働者による 協同組合経営”
である(前掲引用文[7], [8]を参照)。この協同組合農場の形態はさきの国営農
場の形態と対比して,1870年代以降に大きくクローズ・アップされてくるとい
ってよいが,こうした展開の背景をなしているのは,1840年代以降における労
働組合運動と結びついた協同組合運動の発展であろう。マルクスは,1866年,
ジュネーヴで開かれたインタナショナル第1回大会のために書いた「指示」の
中で,「協同組合労働」という項目で次のように協同組合を評価している。
[10]()われわれは,協同組合運動が,階級敵対に基礎をおく現在の社会を改造する
諸力のひとつであることを認める。この運動の大きな功績は,資本にたいする労働の
隷属にもとづく、窮乏を生みだす現在の専制的制度を,自由で平等な生産者の連合社
会という,福祉をもたらす共和的制度とおきかえることが可能だということを,実地
に証明する点にある。
()しかし,協同組合制度が,個々の賃金奴隷の個人的な努力によってつくりだせる
程度の零細な形態に限られるかぎり,それは資本主義社会を改造することはけっして
できないであろう。社会的生産を自由な協同組合労働の巨大な,調和ある一体系に転
(7)
立命館経済学(第31巻・第1号)
化するためには,全般的な社会的変化,社会の全般的条件の変化が必要である。
―マルクス「個々の問題についての暫定中央評議会代議員への指示」(1866年)
より。
12)
こうした背景の下で,社会主義の下での協同組合農場が国営農場と並んで大
きな位置づけを与えられることになるのであるが,しかし、それはもちろん襲
業の協同組合経営一般が無条件にとりあげられたわけではなかった。それは、
まず第一に社会主義的土地国有化を基盤とするものとして,それと密接不可分
の関係で把握されていること, 第二に 農業(農村)労働者によって組織された,
農業(農村)労働者の協同組合であること,そして第三にその経営形態は究極
のものではなく、究極的形態への過渡段階にあるものであること―これらの
点が留意されなければならない。次に掲げるマルクスの「土地の国有化につい
て」の一節,およびマルクス没後のエンゲルスの手紙は,これらのことを示し
ていると思われる。
[11] 土地は全国民だけが所有できるという決定を,未来はくだすであろう…協同組
合に結合した農業労働者の手に土地を渡すということは、生産者のうちのただ一つの
階級だけに全社会を引き渡すことにほかならない……
――「土地の国有化について」(1872年)より。
[12] 国有地はたいていは大借地農業者に賃貸され,そのごくわずかな部分が農民に
払い下げられているが,賤民の分割地ははなはだ小さいので、新規の農民たちは大農
場での日雇仕事にたよらざるをえなくなっている。大きな国有地を分割せずに,共同
耕作のために農業労働者の協同組合に賃貸するよう,要求すべきであろう。
- - 「エンゲルスからアウグスト・ベーベルへ」の手紙(1884年)より。
[13] 国家の管理のもとでの自営協同組合に大農場を一はじめは賃貸の形で、一委
譲するが,国家はあくまでも土地所有者としてとどまるというようにする。……協同
組合に土地をあたえるべきであり,さもなければその土地は資本主義的に利用される
ことになる。パリ・コミューンが要求したように,労働者は工場主たちが休止させて
いる工場を,協同組合的に経営しなければならない。これは大きい違いだ。そして完
全な共産主義経済への移行にあたって,中間段階として,われわれが協同組合的経営
を広範囲に応用しなければならないであろうということ,このことについてはマルク
スも僕も疑問をもったことはなかった。ただ、問題は次のように取り計らわなければ
ならない。すなわち,社会が,したがってまずは国家が,生産手段を所有し,そうす
ることによって協同組合の特殊利益が社会全体に対立して設定されることのないよう
(8)
いわゆる上地国有化の理論的基礎(上)(奥地)
にしなければならない。」
― 「ニンゲルスからアウグスト・ベーベルへ」の手紙 (1886年)より。
14)
(3) 土地国有と地代範疇
116)
マルクスが分析したように,2種類の地代のうち,絶対地代は土地所有の私
115)
的独占と農業における資本の有機的構成の低さから形成される。そこで,「土
地の国有化は絶対地代を廃滅し,その額だけ農産物の価格を引き下げる可能性
をもたらす。何故なら、そしてこのことが,差額地代と絶対地代の第二の相
異なのだが、前者は農産物の価格決定の要素をなさないが,後者はその要素
をなすであろうからである。前者は生産価格から生じ,後者は生産価格をこえ
る市場価格の増大から生じる。前者は剰余から,すなわち優良地あるいは優良
な位置における労働のより大きな生産性がえる特別利潤から形成され,後者は
これに反して,農業労働の一定部分の剰余収益から生じるものではない。」
社会主義的土地国有化――例えば、ソ連では「土地の私有権は永久に廃止さ
れる。土地は,売ることも,買うことも,賃貸に出したり担保に入れたりする
こともできず,その他いかなる方法によっても他人に譲渡することはできない。
すべての土地……は、無償で収用されて,全人民の財産となり,そこで働くす
べての勤労者の用益にうつされる」ところから始まった――は,こうして絶対
地代を廃絶する可能性を生みだすが,しかし,これに対して差額地代は社会主
義的土地国有の下でも容易に消滅するものではない。
「地代が差額地代であるかぎり,それは競争によってつくりだされ,これが
絶対地代であるかぎり,独占によってつくりだされる。……差額地代は生産の
資本主義的性格から成立し,土地の私有からは生じない。差額地代は,土地改
革論者が欲するように,土地が国有化されても,農業の資本主義的経営がその
まま維持されるならば、存続するであろう。ただ,それが個々の私人に流入す
る代りに、国家に流入するだけである。」
ここで問題は、差額地代成立の必要条件とされている“競争”や“生産の資
118)
(9)
10
立命館経済学 (第31巻・第1号)
本主義的性格”が社会主義の土地国有の下でもつべき意味内容の如何であるが
―というのは、 上掲文では資本主義下の土地国有化が 想定されているから
一 一,それは通常,次のようなものであるとみられよう。すなわち,社会主義
的土地国有の下では、差額地代が形成される必要条件は、(1)土地の豊度と位置
の差異の存在,および優等地の有限性,(2)一定の独立採算性をもった社会主義
企業(農場)が一定の土地を独占的に用益していること,(3)一定の商品一貨幣
的諸関係と「価値法則」 土地生産物の市場価格が最劣等地における経営の
個別的生産価格によって規定される関係,ないしは、土地生産物について同一
生産物=同一市場価格が成立しているような一定の関係~一の存在であろう。
差額地代の成立要件が上述のようなものであるとすれば,(1)の条件は社会主
義下で土地改良や商・工・農業の立地配置や交通条件等が飛躍的に発達し,そ
れによって土地条件の自然的社会的差異が完全に均等化されないかぎり, (2)の
条件については端的にいえば、一定の産業部門については単一の全国的経営が
成立しないかぎり,(3)については労働量計算が直接的に行なわれるための社会
経済的・技術的諸機構が全産業,全地域にわたって発展しないかぎり,いずれ
の条件も容易には止揚できないものであり,したがって,差額地代は社会主義
的土地国有の下でも容易に消滅することはありえないであろう。
ともあれ,こうして形成される差額地代が,生産者の権利が「生産者の労働
給付に比例する」,「共産主義社会の第一段階」(ゴータ綱領批判)の問題である
とすれば、そのすべてが国家によって収用されるべきものであることは多言す
るまでもないであろう。このことは、エンゲルスの「住宅問題」における,次
のような論述とも密接に対応するものであるといってよい。
19)
[14] ついでに確認しておかなければならないことは,労働人民によるいっさいの労
働用具の「現実の占取」,全産業の掌握は, プルードン主義者のいう「償却」とはま
ったく反対のものだということである。後者では,個々の労働者が住宅,農民個,労
働用具の所有者になるのだが,前者では,「労働人民」は家屋,工場, 労働用具の総
体的所有者にとどまり,それらのものの用益権は,すくなくとも過渡期のあいだは,
費用の補償なしに 個々人または協同組合に引き渡されることはおそらくないであろ
う。それは、土地所有の廃止ということが,地代を廃止することではなく,かたちを
(10)
いわゆる土地国有化の理論的基礎(上)(奥地)
20)
121)
変えてではあるが,地代を社会に譲渡することであるのと,まったく同様である。だ
から労働人民によるいっさいの労働用具の現実の掌握は、賃貸借関係の維持をけっし
て排除するものではない。
―ェンゲルス「住宅問題」(1872~73年)より。
ところで, 現実の社会主義国(ソ連)では, 土地の自然的・社会的条件(豊
度と位置など)の差異にもとづいて,社会主義企業間の不等な労働生産性を基盤
として差額地代が形成されているのであるが,これは農産物買付価格の地帯別
格差づけやコルホーズ所得税などによって国家財政に収用され,主として企業
間の経営条件の格差を平準化し,また全体としての経済運営を計画的に遂行す
るために配分されているといわれる。ここで問題なのは、さしあたり農産物買
付価格の地帯別格差づけとコルホーズ所得税であるが,これと差額地代との関
係についていえば,両者とも形成された差額地代の国家による収用の形態であ
ることはいうまでもないが,前者についてはそれは同時に,差額地代が消滅す
る一過渡形態をなすものに他ならない。マルクスはすでに『剰余価値学説史』
の中で,この点に関わって次のように述べている。
[15] この差異は,それが単に土地の自然的豊度の相違からだけ生ずるかぎりでは,
たとえ絶対地代はなくなっても,残る。しかし自然的相違を均等化することの可
能性をまったく無視すれば一,この差額地代は,市場価格の規制と関連しており,
したがって価格とともに,また資本主義的生産とともに,なくなってしまうのである。
残るのはただ,次のことだけであろう。すなわち,社会的な労働が幾度の違ら土地を
耕作して,その場合に,充用労働量」の相違にかかわりなく,これらの労働があら
ゆる部類の土地においてより生産的になることができる,ということである。だが,
劣等地に費やされる労働量のために,現にブルジョアの場合にそうであるように,優
等地の生産物」により多くの労働が支払われなければならないということは,けっ
して起こらないであろう。むしろ IV において節約された労働は の改良に,IIで節約
された労働は II の改良に,最後に II で節約された労働は I の改良に,利用されるであ
ろう。 こうして 土地所有者によって 食われていた資本の全部が,土地労働の均等化
に,また農業一般に費やされる労働を減少させるのに,役だつであろう。
――『剰余価値に関する諸学説(『資本論』第V巻)』 第8章より。
122)
しかし,事態がさらに発展し,「共産主義のより高度の段階」(ゴータ綱領批
判)に近づくにつれて, 差額地代は,したがって「ある虚偽の社会的価値」は、
(11)
立命館経済学(第31巻・第1号)
やがて「死滅する」,あるいは「眠りこむ」 時をむかえる。 マルクスは『資本
論』第IⅡ巻で,この点を次のように洞察している。
[16] 社会の資本主義的形態が廃止されて社会が意識的な計画的な結合体として組織
されているものと考えてみれば, 10クォーターは,240シリングに含まれているのと
同じ量の独立な労働時間を表わしているであろう。したがって,社会はこの土地生産
物を,それに含まれている現実の労働時間の2倍半で買い取りはしないであろう。し
たがってまた土地所有者という階級の基礎はなくなってしまうであろう。……それだ
から,一現在の生産様式は維持されるとするが,差額地代は国家のものになると前
提して一他の諸事情が変わらなければ土地生産物の価格は同じままであろう、と言
うのは正しいとしても,結合体が資本主義的生産にとって代わっても生産物の価値は
同じままであろう,と言うのはまちがいである。同じ種類の諸商品の市場価格は同じ
だということは,資本主義的生産様式の基礎の上で,また一般に個々人のあいだの商
品交換にもとづく生産の基礎の上で,価値の社会的な性格が貫かれる仕方である。
一 『資本論』 第Ⅱ巻・第6篇第39章より。
23)
ここで,再びひるがえって,当面の問題を住宅問題と関連させてみれば,レ
ーニンはその「国家と革命」において, エンゲルスの一文(前掲引用文(14) を参
照)を引用した後、つぎのように述べている。
17) エンゲルスは、きわめて慎重な表現をつかってプロレタリア国家は「すくな
くとも過渡期のあいだ」 は,住宅を無償で割りあてることは「ほとんどないであろ
う」と言っている。全人民のものである住宅を,個々の家族へ有料で貸しつけること
は,家賃の取立てをも,一定の管理をも,住宅割当てのなんらかの基準をも,前提と
する。すべてこうしたことは、一定の国家形態を必要とするが,しかし,特殊な軍事
的および官僚的機関ととくに特権的な地位にある公務員とを必要とするものではけっ
してない。だが,住宅の無料貸付けが可能となるような状態への移行は,国家の完全
な「死滅」とむすびついている。
―レーニン「国家と革命」第4章(1917年)より。
24)
こうして,「共産主義のより高度の段階」に近づくにつれて,都市と農村の
格差・対立は少なくなり,差額地代の国家による収用とその再投資が農業生産
力の豊かな発展と不等な土地諸条件の均等化をもたらし,その中で各等級の土
地における生産物の個別的価値がそれぞれの個別的市場価値をもつにいたるの
であるが,この過程はたんに土地生産物の「価値法則」が変容し,差額地代=3
(12)
いわゆる土地国有化の理論的基礎(上)(奥地)
13
1
25)
「虚偽の社会的価値」がその歴史的役割をおえて消滅していく過程であるだけ
ではない。社会主義的土地所有がよってもってその経済的実を示す差額地代が
消滅していくにつれて,そのかぎりで国家的土地所有そのものも消滅の道をた
どらざるをえない。その究極にある土地の姿をマルクスは,次の[18]のように
描いているのであるが,ともあれこのような土地国有それ自体が消滅する過程
は同時にまた,国家そのものも「死滅」していく過程に他ならない。
[18] より高度な経済的社会構成体の立場から見れば,地球にたいする個々人の私有
は,ちょうど1人の人間のもう1人の人間にたいする私有のように、ばかげたものと
して現われるであろう。1つの社会全体でさえも1つの国でさえも、じつにすべての
同時代の社会をいっしょにしたものでさえも,土地の所有者ではないのである。それ
らはただ土地の占有者であり土地の用益者であるだけであって,それらは、よき家父
[boni patres familias」として,土地を改良して次の世代に伝えなければならないの
である。
――『資本論』第II巻・第6篇第46章(建築地地代・鉱山地代・土地価格)より。
26)
27)
1
28)
「土地は全国民だけが所有できるという決定を, 未来はくだすであろう」。
「生産手段の国民的集中は,合理的な共同計画に従って意識的に行動する,自
由で平等な生産者たちの諸協同組合からなる一社会の自然的基礎となるであろ
う。」「そこには, 社会そのものと区別された政府も国家も,もはや存在しない
であろう!」
「発展がすすむなかで階級差別が消滅し,結合社会をつくった諸個人の手に
全生産が集中されたとき,公的権力はその政治的性格を失う」のである。
1) 『マルクス・エンゲルス全集』(大月書店)第4巻(以下,全集ののように 示
す) 390~91頁。なお,年次は執筆年を示す(以下同じ)。
2) 全集①495頁。
3) 全集10567~68頁。
4) なお, 寺本千名夫「マルクス・エンゲルスの土地国有論」(1981年度・土地制
度史学会秋季学術大会『報告要旨』所収) 16頁を参照。
5)全集③3頁。
6) 全集16677頁。
7) 全集 (書簡集) 2303頁。
8) 全集16394頁。
(13)
14
立命館経済学 (第31巻・第1号)
9) 全集2499頁。
10) 全集1953~54頁。
11) 全集9194頁。
12) 全集 55頁。
13) 全集(書簡集)6231頁。
14) 全集 (書簡集) 0373~74頁。
15) 『資本論』第II巻・第6篇第45章,全集5b961頁以下。
16) K. カウツキー・向坂逸郎訳『農業問題』(上巻岩波書店) 141頁。 ただし,
訳文はそのままではない。
17) 「労働者・兵士代表ソヴェト第2回全ロシア大会」における「土地についての
報告」(1917年10月26日)より。 ~一『レーニン全集』(大月書店)第26巻, 259
~60頁。
18) 前掲『農業問題』 140~141頁。
19) ここからしても,保志均氏が「社会主義社会における差額地代残存説」を全面
的に否定しておられることは、大きな問題があろう。一保志杓『戦後日本資本
主義と農業危機の構造』278~285頁。
20) 全集B280頁。
21) さしあたり、『大月・経済学辞典』 635頁を参照。
22) 全集G II 127~28頁。
23) 全集5b852~53頁。
ついでに, 保志氏は、前掲書(279頁)で「土地生産物の現実的労働時間での評
価は,土地条件,自然的条件をふくめて,平均的生産諸条件で生産される労働時
間量が,基準的な労働時間量として設定され, 生産物が,それに照応する「価格」
で買い上げられること,また,このことの可能な実質的条件の設定が行なわれる
ことによって貫徹される。」として,第III-3表(差額地代の消滅の初期形態)で
生産費を上まわる「超過分」が優等地と劣等地とでプラス, マイナス, ゼロとな
る表を掲げておられる。しかし,筆者からすれば、なるほど差額地代はプラス,
マイナス,ゼロになるだろうが,しかし、こうした状態が一体どんな段階で,あ
るいは,どんな条件の下で,どのようなメカニズムでもって実現されるのか,意
義不明という他はない。
24) 『レーニン全集』⑤469頁。
25) ちなみに ; 「彼(ヘンリ・ジョージ のこと一筆者) の 基本的な ドグマ
は,地代が 国家に 納められれば、万事が うまくいくだろうというのだ。(こう
した支払いは,『共産党宣言』 にあげてある過渡的方策のなかにも述べられてい
る。)この見解は,もともとブルジョア経済学者のものだ。……われわれ自身は、
(14)
いわゆる土地国有化の理論的基礎 (上)(奥地)
15
すでに述べたように,国家による地代のこの取得—前掲引用文[2]を参照(筆
者) - を,ほかの多くの過渡的方策のひとつとして取り入れた。これらの方策
は,同じく『宣言』のなかで述べてあるように,それ自体矛盾にみちており,ま
たそうあらざるをえないのだ。」~「マルクスからフリードリヒ・アードルフ・
ゾルゲへ」の手紙 (1881年)より。全集(書簡集) 9165~66頁。
26) 『資本論』II b, 全集② b 995頁。
27) マルクス「土地の国有化について」(1872年)より。全集1955頁。
28)「共産党宣言」(1847~48年)より。全集①495頁。
III 農民的土地所有・経営と社会主義的土地国有化
(1) 土地国有化へのいま一つの道
「労働者革命の第一歩は、プロレタリアートを支配階級の地位に高めること,
民主主義をたたかいとること」であり,「プロレタリアートは,その政治的支
配を利用してブルジョアジーからつぎつぎにいっさいの資本を奪いとり,い
っさいの生産用具を国家の手に,すなわち支配階級として組織されたプロレタ
リアートの手に集中し,生産諸力の量をできるだけ急速に増大させ」(共産党宣
言)なければならないのであるが, それではこの新たな政権は小ブルジョアジ
ーの一大部分である小農民,すなわち農民的土地所有・経営に対しては、どの
ような態度をとるのであろうか。この問題は近代社会主義運動にとってきわめ
て重要な問題であること,世界各国の近現代史に照して明らかであるが, マル
クスとエンゲルスはまず小農民の特質をつぎのように把えている。
[19] フランスでは、だれでも購買する力のある者は,土地を手に入れることができ
る。しかし,土地が入手容易だという,まさにこの事情が,土地の小地片への分割を
もたらし,資力が乏しく,主として自分自身と,さらに自分の家族との肉体労働にた
よらざるをえない人々がそれを耕すという結果をもたらしたのである。土地所有のこ
の形態と,その必然的な結果としての小地片の耕作とは,現代の影業上の改良の応用
をまったく不可能にしているだけでなく,同時に耕作者自身を,いっさいの社会進歩
にたいする, とりわけ土地の国有化にたいする最も断固たる敵に変えている。
( 15 )
立命館経済学 (第31巻・第1号)
―マルクス「土地の国有化について」(1872年)より。
[20] 分割地所有は,その性質上,労働の社会的生産力の発展,労働の社会的な諸形
態,資本の社会的な集積,大規模な牧畜, 科学の累進的な応用を排除する。
高利と租税制度とはどこでも分割地所有を貧困化せざるをえない。資本を土地価格
に投ずることは,この資本を耕作から引きあげることになる。生産手段の無限の分散
化,そして生産者そのものの無限の孤立化。人間力の莫大な浪費。生産条件がますま
す悪くなり生産手段が高くなっていくということは,分割地所有の必然的な法則であ
る。この生産様式にとっての豊作の不幸。
-『資本論』 第Ⅱ巻・第6篇第47章第5節(分益農制と農民的分割地所有)より。
[21] おびやかされている自分の猫のひたいほどの土地を守るためのたたかいが困難
になればなるほど、彼はますます必死にそれにしがみつき,全社会に土地所有を引き
渡そうなどと語る社会民主主義者を,それだけいっそう高利貸や弁護士と同じょう
な危険な敵とみるようになる。
エンゲルス「フランスとドイツにおける農民問題」(1894年)より。
(
3)
小農民のこのような経済的・政治的特質からして当面,「農民的所有をもつ
フランスは, 地主制度 (landlordism] をもつイギリスよりも,土地の国有化
からはるかに遠いのである」が,しかし,このことはもちろんフランス固有の
特質といった性質の事柄ではない。「農民が私的土地所有者として大量に存在
するところ,イギリスのように農民が消滅して農業日雇労働者に入れかわると
いうふうになっていない西ヨーロッパ大陸のすべての国家でそうであるように,
農民が多かれ少なかれかなりの多数をさえ占めているところでは,次のような
ことが起こる。すなわち、農民が,これまでフランスでやってきたように,あ
らゆる労働者革命を妨げ,挫折させるか,あるいはプロレタリアートが……政
府として,農民の状態が直接に改善され,そのため農民を革命の側に獲得する
ような諸方策をとらなければならないか, どちらかである。」こうしたところ
からして,「小農にたいするわれわれの態度」としては,「われわれが国家権力
をにぎったときに、大土地所有者にたいしてやらなければならないように,小
農をも力づくで収奪する(有償か無償かは,どちらでもよい)などということは,
とうてい考えられない」という重要な原則的見解が提起されるのである。
こうして,前節でみた大土地所有者に対する方策,すなわち土地国有化の実
115)
(16)
いわゆる土地国有化の理論的基礎(上)(奥地)
17
施とは異なって,小農民に対しては土地の国有化は回避され,その小土地所有
は私的土地所有のままで新たな社会に入るのであるが,それでは新たな社会主
義は農民の状態を直接的に,長期的かつ積極的に改善していくために、さしあ
たりどのような基本方策をとるのであろうか。この点の原則的な見解について
は,次のような論述が注目されなければならない。
[22] その諸方策は、土地の私的所有から集団所有への移行を萌芽状態において容易
にし,その結果農民がおのずから経済的に集団所有にすすむような諸方策であって,
たとえば相続権の廃止を布告したり農民の所有の廃止を布告したりして,農民の気を
悪くするようなことをしてはならない。
――マルクス「バクーニンの著書『国家制と無政府』摘要」(1874~75年)より。
[23] 生産者は生産手段を所有する場合にはじめて,自由でありうること,
生産手段が生産者に所属することのできる形態は,次の二つしかないこと,
1. 個人的形態――この形態は普遍的な現象であったことは一度もなく,また工業
の進歩によってますます排除されつつある,
2. 集団的形態――この形態の物質的および知的な諸要素は,資本主義社会そのも
のの発展によってつくりだされてゆく,
……フランスの社会主義的労働者は、経済の部面ではすべての生産手段を集団に返還
させることを目標として努力する……
―マルクス「フランス労働党の綱領前文」 (1880年)より。
[24] 生産者の自由は生産手段の所有を前提する,というフランスの綱領の命題は、
すぐそれにつづく綱領本文で次の命題によって補われなければならない。……だ
から,プロレタリアートの自由になるあらゆる手段で,生産手段の集団的な取得をた
たかいとらなければならない,と。
だから,ここでは、生産手段の共同所有が,獲得すべきただ一つの主要目標として
かかげられているのである。
エンゲルス「フランスとドイツにおける農民問題」(1894年)より。
9)
以上にみるように,農民的土地所有に対する社会主義的土地改革の基本方針
は、大土地所有の場合のように土地を国有化するのではなくて,この場合には
農民の私的土地所有を基本的に受容しつつ,その上でそれを新たな「集団所
有」ないし「共同所有」の形態に転化させることであるといってよい。
それでは, この土地改革方針は,内容的にはどのような改革を,どのような
方法ないし過程を媒介としつつ、実現していくのであろうか。
(17)
18
立命館経済学(第31巻・第1号)
(2) 農民的土地所有・経営から協同組合的土地所有・経営へ
ところで,われわれが農民的(小)土地所有や農民的(小)経営という場合,こ
の「農民」の経済的な実体はどのようなものなのであろうか。それは、多言す
るまでもなくマルクスの「農民的分割地所有」と,エンゲルスの「小農」に関
する規定によって与えられているといってよいが,その基本的な内容について,
ここではまず次の点からみてみよう。
[25] 自営農民の自由な分割地所有という形態は,支配的な正常な形態としては、一
方では古典的古代の最良の時代の社会の経済的基礎をなしており,他方では、近代の
諸国民のもとで、封建的土地所有の解体から生まれてくる諸形態の一つとして見いだ
される。イギリスのョーマンリ (yeomanry], スウェーデンの農民身分, フランスや
西ドイツの農民がそれである。……自営農民の自由な所有は,明らかに,小経営のた
めの土地所有の最も正常な形態である。
――『資本論』 第II巻・第6篇第47章第5節(分益農制と農民的分割地所有)より。
[26] ここで小農というのは,通例自分自身の家族とともに耕せないほど大きくはな
く,家族を養えないほど小さくはない一片の土地の所有者または賃借者―とくに前
者のことである。
―― 「フランスとドイツにおける幾民問題」(1894年)より。
「土地の占有は労働者が自分自身の労働の生産物の所有者であるための一つ
の条件なのであり,……土地の所有がこの経営様式の完全な発展のために必要
であるのは、ちょうど用具の所有が手工業経営の自由な発展のために必要であ
るようなものである。土地所有は,この場合には個人的独立の発展のための基
礎をなしている。」
しかし、この農民的小生産様式はその固有の経済的性格からして、資本主義
的生産様式の下では決して,正常な発展や安定的な展望をさえ見いだすことは
できない。それどころか, 資本主義的生産様式が 発展すればするほど,次に
みるような「それ(自営農民の自由な分割地所有一筆者)を没落させる 諸原因」
が,さきに掲げた [20] の「諸原因」とともに発展し,この経営様式の存立条
件は、それによって不断に掘り崩されている。そしてこれらの歴史的な傾向と
1
12)
1113)
(18)
いわゆる土地国有化の理論的基礎(上)(奥地)
19
その諸結果は,「共産主義社会の第一段階」の下にあっても,この経営様式が
同一のままにとどまるかぎり,回復ないし解消することはきわめて困難であろ
う。
[27] それを没落させる諸原因……とは次のようなことである。この土地所有の正常
な補足をなしている農村家内工業が大工業の発展のために滅びること。こうして耕作
されていた土地がだんだん濟せてきて搾り尽くされてしまうこと。どこでも分割地経
営の第二の補足をなしていてそれのために家畜の飼養を可能にする唯一のものである
共有地が大きな土地所有者によって横領されること。あるいは植民地農場として経営
され,あるいは資本主義的に経営される大規模耕作が競争に加わってくること。一方
では土地生産物の価格の低下をひき起こし他方ではより大きな投資とより豊富な対象
的生産条件とを必要とする農業上の諸改良もまたこれに役だつ……
― 『資本論』第II巻・第6篇第47章第5節より。
[28] 土地を,共同的永久的所有として,入れ替わって行く人間世代の連鎖の手放す
ことのできない存在・再生産条件として,自覚的合理的に取り扱うことに代わって,
地力の搾取や乱費が現われる……小さな所有の場合には,こういうことは,労働の社
会的生産力を充用するための手段や科学が欠けていることから起きる。……
小さな土地所有が前提するのは,人口の圧倒的な多数が農村人口であって,社会的
労働ではなく孤立的労働が優勢だということであり,したがって,富も再生産の発展
も,その物質的条件の発展も精神的条件の発展も , このような事情のもとでは排除さ
れており,したがってまた合理的な耕作の条件も排除されているということである。
一同前・第5節より。
農民的土地所有・経営が資本主義下で貧困化し,没落する歴史的傾向と諸結
果が以上のようなものであり,そしてこれらが新たな社会にあっても農民的小
生産様式の基礎上のままでは、容易に解消することができないとすれば,そこ
での生産と経営の様式はどのようなものでなければならないのか,この点にっ
いての「われわれの態度」と方策はどのようなものなのか?――これに対する
解答は,次にみるように“小農の私的経営と私的所有を協同組合的な経営と所
有に移行させる”ことをおいて他にはないであろう。
[29] 小震にたいするわれわれの任務は、なによりも、力づくではなく,実例とその
ための社会的援助の提供とによって,小の私的経営と私的所有を協同組合的なもの
に移行させることである。……
この場合に肝心なことは,民の家と畑の所有を救うには,それを維持するには,
(19)
立命館経済学 (第31巻・第1号)
それを協同組合的な所有と経営に転化させる以外には道がないことを,農民にわから
世ることであり,今後もそうであろう。農民を没落にむかって 追いたてているもの
は,まさに個別的所有にもとづく個人経営なのだ。
「フランスとドイツにおける農民問題」(1894年)より。
16)
それでは何故に,農業の小経営 (小生産)にかえて協同組合的経営(生産)を,
したがってまた分割地所有にかえて 協同組合的所有(集団所有ないし共同所有)
を“選ぶ”のであろうか。それはけだし上述のところから明らかなように,新
たな社会の下では, 農業の協同組合的経営(生産)が, まさに「社会的生産を
自由な協同組合労働の巨大な,調和ある一体系に転化」(引用文10]より)させ
ることを現実に展望しつつ,はじめて現代科学の光で農業をくまなく照らし,
大規模生産(大規模耕作・牧畜)の展開を可能にし、農業生産の孤立分散性を克
服して生産の社会化を促進し、農業生産を土地価格の程桔から解放し,地力の
収奪や破壊から自由にし,かくして小農民を小土地所有のくびきから物質的に
も精神的にも解放する等々, 農業の全面的な発達に向けて,大きな道をき
り拓くものと期待されるからに他ならない。
それでは,小農に較べて数ははるかに少ないが,大震や中農に対しては,そ
の経営と所有に関して,どのような方針がとられるのか?
30] 大農と中幾も,やはり資本主義的経営や海外の安い穀物生産の競争にかならず
敗れるのは,経済学上確かなことであって,……この衰退を防ぐためにわれわれにで
きることは,ここでもその農場をいっしょにまとめて協同組合経営にするよう勧める
ことだけである。そうした経営では,賃労働の搾取をしだいに廃止し,経営をしだい
に全国的な一大生産協同組合の、平等の権利と義務をもった部門に転化させることが
できる。
一同前「農民問題」より。
17)
そして,「大土地所有の場合だけは」,事態は以上と全く異なる。 すでに第
II 節の(1)でみたように(引用文[8] を参照), この場合には土地は完全に国有化
され,そしてそこで国営農場が営なまれないとすれば,「全社会に返還された
大農場は、現在すでにそれを耕している農業労働者を協同組合に組織したうえ,
彼らに引き渡して,全社会の管理のもとで用益させ」ることになるのであった。
(20)