四日市公害裁判の判決が出たのが、ちょうど 39 年前の今日(7 月 24 日)。
原告側勝訴を受けて本作の主人公の一人、野田之一さんは支援者に対し
「四日市に青空が戻ってきたときにありがとうと言いたい」とメッセージを発し
たが、行政も企業も四日市ぜんそくは既に過去のものとなってしまったらし
い。
1987年に公害健康被害補償法が改正され、新規の公害病患者認定が廃止
されて以降も発病して苦しんでいる人が何人もいる。四日市市の市長はそ
の話は初めて聞いたなどとお粗末な限り。
企業側も世代交代が進み、当時のことを知らない社員ばかり。不法投棄だ
の許可されていない薬品の製造だのデータ改竄だのといった不祥事が相次
ぐのも、そういったことをきちんと継承していっていない会社の体質によるも
のだろう。
そういった意味では、澤井余志郎さんの長年にわたる膨大な記録というもの
は非常に貴重。物腰は柔らかで温厚そうな澤井さんだけど、これだけの年
月を公害の記録に捧げてきたその信念には頭が下がる。
1 年前の集会には市の職員や企業の人間も出席していたが、公害について
正しく認識し、同じ過ちを繰り返さないことが経済成長の名目の下、青空を
奪い、海から魚を奪った者の最低限の責務であろう。